浅葱の影   作:CATARINA

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土方がヘイトキャラになる問題。
いや実際……実際何やってんのコイツ……案件多過ぎる……


秋雨の強襲

 雨の日だった。

 九月ももうじき終わりの時分で……

 俺と琴は揃って非番だったから、二人して昼間から飲んでてな。

 商人としての仕事も安定してきて、月に一、二回くらいは全休が取れるようになったんだ。 

 

 あれから壬生浪士は人も新たに名を新撰組と改め、確固たる体制を確保。

 一から十までの隊長に、それぞれの部隊。

 その他琴が率いる別動隊や俺たち勘定方、会計方などの内勤組。

 人員の入れ替えも落ち着き、組織としての体裁を得たと言える。

 鮮やかな浅葱色の隊服は背に誠の一文字を刻まれて各隊士に配布され、京の町を練り歩くみすぼらしい野良犬どもはかくして統率された狼へと変貌した。

 まさに非の打ち所もない万全な体制。

 

 バシバシと戸を叩く音。

 最初は風が枝など運んできたと思っていたが、どうも規則的に刻まれている。

 寝ぼけ眼を擦る琴を手で制し、拳銃を片手に勝手口から表に回り込んだ。

 最初は暗がりに紛れてよく分からなかったが、雲が晴れ、月明かりの中にそれは現れた。

 血塗れの男が我が家を背にして力尽きている。

 寝ているところに不意を打たれたのか着の身のまま、時期不相応な身軽さであった。

 虚ろな目で此方を捉えた男の面を見て、それが同胞であると俺は漸く気が付く。

 

「お前……! 平間か!? 何があった!?」

「…………よォ、秋無。ヘタこいちまった……」

 

 芹沢派の一人にして勘定方の同僚、平間重助が血溜まりの中で項垂れていた。

 慌てて駆け寄り服を脱がせると惨い傷が。

 袈裟懸けに一太刀、更に逃げる背に一突き。

 どちらか一つでも致命となり得る太刀傷を二つ負い、瀕死で駆けてきたのだろう。

 

「くそ……まさか、本当にやりやがるとは……畜生……」

「酷いな……! 気をしっかり持て、眠っちまったらもう助からんぞ!!!」

「八木で、芹沢さんが…………秋無……」

「八木……壬生のか! 分かった! 分かったからもう喋るな! 傷に障る!」

「頼む……!」

 

 琴に傷を洗い流して医者を呼ぶように伝え、俺は黒の羽織と装備を取って駆け出す。

 雨に隠し切れぬ続く血痕と血溜まりが惨劇の跡を示していた。

 血を追って壬生までの道を逆上り、半ばも過ぎた頃不意に人の気配を察して立ち止まる。

 

「齋藤に沖田、それに副長まで。雁首揃えてどうしたよ」

「ああ、秋無組長。此方こそこんな夜更けにどちらまで?」

「壬生の方で騒ぎがあったって聞いてな……向かってみりゃ明らかな血の跡、辿って遡るのは自然な事じゃねぇか? ……っても流石にこの辺からは血の跡が滲んでよく分からなくなってるがよ。何があったんだ?」

「…………分かりません、壬生でねんごろになっていた芹沢局長が襲われたとしか。」

「そりゃ大事だ……傷の具合は?」

「残念ながら、即死でした」

「そうか……下手人はあの力士どもの采配か? 恨みは買ったからなぁ」

 そう言って俺は銃を抜いた。

 瞬間、沖田と齋藤の纏う雰囲気が一変する。

 その後ろで土方だけが押し黙って悠々と構えたままで。

 

「……何のつもりです?」

「そりゃなんかの冗談か? お前らだろ、芹沢局長を殺ったの」

 

 さて、下手人はこの三人と誰だろうか。

 芹沢さんはアレで強い、それにしぶとい。

 万全を期すなら後一人二人配置しているだろう。

 同流派で親交の深い新八じゃあないだろ、山並か原田辺りか。

 俺がわざわざ血の跡を辿ってきたのは、それを遡れば下手人が追い掛けて来るだろうと踏んだからだ。犯人の正体に薄々勘づいていたとしても__仮に道中で荒くれ浪人などが居ればそれで良かったというのに。俺は疑念を忘れてそいつを殴り殺して終わりだった。

 

 だが、こうなっちまったらもう覆せねぇ。恨むぜ。

 

「……分からねぇと思うか? それは返り血だ、お前らのじゃねえ」

「気付いていたのか?」

「近藤を押し上げんとするお前ら試衛館一派が芹沢さんを邪魔だと思ってんのは知ってたよ。俺を誰だと思ってやがる、京の全てが俺の耳に入ってくんのさ……」

 

 確かに、芹沢さんは人間としちゃクズの部類に入る。

 酒呑んじゃ暴れるし、女癖は悪くて基本人を舐めてる。

 金子の提供断られただけで放火するしな、俺ん商売敵だったから良かったけど。

 

 だがまぁ、それはそれとして。

 

「だからって殺す必要があったのか? それだけで排除するのかよ、土方」

「……!」

 

 秋無の言葉から穏やかさが消える。

 秋無出雲という男は大商人の子とは思えぬほど粗暴であり、口が悪い。

 しかし最低限、歳上で上司である芹沢や土方には役職や敬称を付ける。

 それが外れるのは、切れている証。

 怒りに顔を歪ませ、七尺を超える巨躯が膨れ上がる。

 満ち満ちた筋肉に負荷がかかり、脈動するのだ。

 

「……必要な事だった。それだけだ」

「殿内と家里。そして今回ので芹沢さんに、平山と平間……邪魔者は皆消すってか。」

 

 照準を土方に定め直す。

 同時に抜刀して切りかからんとする沖田と齋藤を手で止める。

 

「まだ遠い。まだ二足遠い、近寄るのは勝手だが、知っての通り俺は早いぜ。少なくとも一人は道連れにさせて貰う……しっかり首を切り落とせよ二人とも、即死じゃなきゃ全員殺すぞ俺ァ」

「本気ですか、秋無さん」

「遊びで銃を向けると思うか?」

「…………」

「沖田を見習えよ齋藤。見てみろ、野郎俺が立て替えた団子の代金も返してねぇってのに躊躇いもなく俺を刺し殺すつもりだぞ。ほんっとうにイカレてんなぁ」

 齋藤は一応抜刀しただけってところ、沖田は……駄目だなこりゃ。

 動いた瞬間殺すって風情か。情ってモンはないのか?

 一方の土方はまるで動じていない、一番遠いというのもあるだろうが……

 なるほど大層な度胸だなクソッタレ。

 

「その銃」

「あ?」

「火薬が濡れてたら撃てない筈だ、そうだろう?」

「……濡れてたなら、な。俺は手入れを欠かさない男なんで、実包を油紙で包むくらいはそりゃしてる、とはいえ撃てるかどうかってのは……俺にも分からん」

 

 土方は銃を構えた俺の前にずいと押し出てきた。

 刀の間合いまで半足、僅かな踏み込みで切れる境界。

 

「試してみるか?」

「……悪くない、抜きな。どっちが素早いか試してみるのも良いかもしれねぇ」

 

 押し黙ったまま太刀を抜く。

 天然理心流の……何だったか、ナントカって構え。

 太刀の重さと長さを存分に活かした豪快な剣が持ち味だったか。

 道場仕込みの坊ちゃん剣術とはワケが違う、奴らのは只管に人斬りの剣。

 外しはしないだろう、お互いに。

 初弾が出るか、そして当たるか、勝敗はそれだけで決まる。

 

 雨に泥濘む辻の一端で、二人の緊張が最大限高まる。

 じりじりと爪先で間合いを詰める土方に、銃の揺れを最小限に抑えつつ必中を狙う秋無。

 両者の制空権が僅かに触れ合い……相手を捉えたのは同時であった。

 

 

 

 

 

 

「止めないか二人とも!!!!!」

「ッ!…………近藤さん」

「…………何でい、局長か」

「通報があったから急いできてみれば、何だこれは……」

 

 ああやっぱり、野郎近藤(この人)に何も伝えてねぇのか。

 独断で勝手に、ここまでやりやがったのか。

 

 

 

 ああ……馬鹿がよ。

 

「……芹沢局長がご殉職なされたそうだ」

「なっ……!? それは本当なのか秋無!?」

「事実らしい、詳細はそっちの三人に聞いた方が早い。俺は現場に向かう途中でな……その途中帯刀した怪しい人影があったから不意にやり合う事になりかけただけだ、心配するな」

「心配するなと言ってもな……しかし芹沢さんが何故……」

「大阪の一件、やり過ぎたからな。恨みは買っていたんだろう」

 

 俺たちの活動は既に薩長からも目の敵にされている。

 だから力士どもに唆された攘夷志士どもの凶行というのには、一つ筋が通っている。

 俺はくるくると銃を回転させて懐に差し直し、笠を深く被って近藤の言葉を待つ。

 

「ともあれ、まずは現場を見に行かねば……」

「……ああ」「はい」「ええ」「おう」

 

 先頭で急ぐ近藤には聞こえぬように、密やかに土方に伝える。

 

「……ひとまず、そういう事にしておく。しておくが、俺ァこんなやり方には納得しねぇ。近藤さんの為を本気で想うなら、尚更によ」

「……これが間違いでなかった、いつかそう思う日が来るはずだ」

 

 そうかい、そりゃ楽しみだね。

 笠被っててホント良かったわ、顔見せなくてすむもんね。

 

 

 

 

 

 

 

 という事で新体制。

 近藤さんが唯一にして絶対の局長になりました。

 結果的に土方の思惑通りって事が嫌になるが……

 俺のやることは変わらない、新撰組の金を管理して、役割が回ってきたら京の街を巡回する。

 元々近藤一派の方がずっと多かった組織だから、他のメンツは寧ろやりやすいようだが。

 俺はどうやら芹沢派だと思われていたみたいでな……

 平隊士の一部から『なんでアイツはあんなにデカい顔をしているんだ』と噂されてるらしい。

 ハハハ、こやつめ。 金庫番に逆らうとどうなるか知らんらしい。

 よいしょ、給与査定は最低。来月からは半額に減封っと。

 よーし浮いた予算で鎖帷子新調しちゃうもんね。

 いのちだいじにがウチの基本です。

 クソバカガムシンや先駆け特攻隊長達は反省してくれ。

 ああ今日も新八が壊した家屋の請求書が。

 藤堂も研ぎ代を経費申請するのは良いんだけどもっと大事に扱って?

 太刀で引き摺るくらいなら大人しく打刀にすれば良いのに何なんだよアイツ。

 身長ばかりはある程度生まれの差があるから諦めろって……

 

 俺? 俺はなんか生まれの割にやたらデカいんだよな……異人か鬼の血でも入ってんのかね?

 あとは出雲が神様の御加護ありきだよなと。

 ああ商売繁盛商売繁盛、あとは健康と奴らの馬鹿が治るよう願います。

 多分病気だと思うのだ、早いうち医療を頼った方が良い。

 今は無理でもきっといつか助けられる日が来るハズ……

 

「……」

「そろそろ喋ったらどうだ沖田、突如来て無言で帰るのもう三日目だぞ」

「……自分を殺そうとした相手に何かないんですか」

「何も、土方の奴に思うところはあるがお前や齋藤はどうでも良い。俺ァ商人だぜ、昨日まで殺し合ってた野郎と次の日にゃ算盤弾いて商談なんて常の話よ」

「肝が据わってるんだかなんというか……」

「まぁ、一つくらい思うところがあるとしたら」

「何です?」

「その格好、丈短過ぎだろ夏の寝巻きか?ちゃんとした袴を履け」

「うわーっ! えっち!助平!土方!顔面仁王!」

「土方に謝れバカタレ……待て、いまただの悪口混ざってなかったか?」

 

 シモの問題多すぎるんだよなアイツ。

 そりゃ切った張ったのやり合いをしている若い男が田舎から京にきたら右にも左にも大層な美人揃いの京で元気盛んになるのは分かる、分かるよ。

 その問題を局内に持ち込まないでくれや。

 色街の顔役の爺さんらには昔から可愛がって貰ってるから頭が上がらないし……

 申し訳なさそうに請求書とか渡されると心苦しいのだが。

 

「普段からこの完璧美少女である沖田さんの肢体を睨め回すように見つめていたんですね!? 時々やたらと湿っぽい視線感じると思ってたんですよ!!!」

「湿度じゃなく憐憫だよボケ、この時期にその格好のやつがあるか。ぼんぼん痛めるぞ」

「あ、これ本当に下心無いやつだ。完全に目線が親かお兄ちゃん……」

「ガキにゃ興味ねぇよ……」

 

 ああ、やれやれ。

 願わくばこれ以上誰も死なずにいて欲しいモンだぜ。

 

 

 


 

「無理すんなよ、生きてるだけ奇跡だからなお前」

「分かってらぁ。本当に世話になっちまったな」

 

 平間の奴は奇跡的に生き残った。

 酷い傷で半月ばかし生死を彷徨ってこそいたが……

 流石に鍛えた身体である。

 

「これで神戸から江戸行きの船に乗れる、その後は何とかしてくれ」

「名前も人生も変えるさ、流石によ。二度死ぬのは御免蒙りたい」

「だろうな」

「……何から何までありがとうな、言葉もない」

「気にするな、もう会うことも無ぇだろ。たっぷり感謝して子孫代々俺を奉れよ」

「めちゃくちゃ恩着せがましいじゃねぇか…………よし、じゃあな」

「おう」

 

 去っていく背を呆然と眺めつつ、俺は既に頭ん中で新しい商売を考えてる。

 別れは惜しまない気質なのだ。

 

「……秋無!」

「ん?」

「死ぬんじゃねぇぞ、お前」

「当たり前だ、何だ急に寂しくなったか?」

「違ぇよ、琴の奴が悲しむだろ?」

「ハハ……お前さんも達者でな!」

 

 死ぬんじゃねぇぞと来たか。

 十中八九土方たちの事だろうなぁ。

 さて、いつまで着いてけることやら。

 




沖田さんは組長の五つ下のイメージで書いてる。
平時は兄妹感あって仲良いです。
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