「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
クソ気まずいんだが。
俺たちが騒動に巻き込まれてから数ヶ月____
あの女剣士とやり合っている間、局長たちは池田屋で本隊と対峙していたらしい。
わざわざ苦労して一人生け捕りにしたのに意味なかったって事だ、悲しいね。
直後に禁門の変。除け者にされた長州の跳ねっ返り共の反乱。
ありゃ参った、京都市中で大っぴらに大戦する事になるとは……
何百何千って家屋が燃えて吹き飛びやがったからな。
お侍さんは大層な夢想を好んで大義の為に必死らしいが。
相当暇そうで本当に羨ましいよ……
そして今回の功績……池田屋事件などと呼ばれる活動。
禁門の変にて長州藩の狼藉を見事沈めた功績。
その褒賞として幕府から二百両を賜った。
俺の懐から出した分も多少は補填出来そうで何より。
更に今回の功績は新撰組の名__元々悪名だけは知れ渡っていた__を全国に知らしめた。
ここで一つ隊士の大幅拡張に走ろうという事で、局長や藤堂たちが江戸に渡っている。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
何か言ってくれねぇだろうか。
ここ数ヶ月、殆ど琴と会話した記憶がない。
無言のまま朝を迎えて飯を食い、無言のまま帳簿をシバく俺を眺める。
巡回の時さえ言葉を発する事なく、時に浪人を切り殺しつつも何も交わす事はない。
そんでそのまま床に入る。
向こうも気まずいのだろうが、正直こっちの方が厳しいんだが。
そもそも俺はそんな気にしてないのだ。
傷は痕にこそなったが生きるのに差し支えるでもなし。
「…………なあ」
「……!」
「やめにしようぜ、根比べなら俺の負けで良いからよ」
「…………」
「そんな気にしてんのか? まぁ形がアレだったが傷を舐めるくらい良くあることだろ」
獣もよくやってる応急処置ではある。
少しばかり貪られてたような感じはしたが。
「……だって」
「だってもヘチマもあるかい、そもそも局内には何ら言ってねぇんだし」
切られて死にかけたら同僚に食われかけました。
そんな報告出来るはずがないだろ。
「聞かないの……?」
「何がだ?」
「……その……私がああなった、理由とか」
「知らん知らん、知りたくもない。俺の知る限りお前はお前だ。だらしなく、食っちゃ寝ばかりして書類の類は期限守った事ねぇし、家事の一つも覚えねぇ」
「うぐ……いやでも……最近はお皿洗ったり……」
「じゃあ炊事と洗濯でも左衛門のカミさんから習うんだな」
「そんな殺生な! 覚える前に飢死するぞ私は!」
「なら洗濯だな。嫁入り前の女子が他所の男に下着まで洗わせるかよフツー」
「……私は気にしない」
「俺が気にするんだよ……」
ハハ、調子が出てきたじゃねぇか。
そうだ、それで良いんだよ。
辛気臭い顔よりもそんな小生意気なツラの方がずっと似合ってら。
「俺の相棒は、剣を振り回す以外何も出来ねぇ。そんなバカタレだ、違うか?」
「…………本当に聞かないのか?」
「お前が話したいってなんなら別だが、どう見たってそんなツラじゃねえだろ」
話す気のない奴に聞いてもどうしようもないだろ。
過ぎた話である、俺は過去には囚われない男。なんせ商人だからな。
昨日の損より明日の利、だ。
「……ありがと、出雲」
「ん、一生モンの恩で返してくれりゃ構わねぇ……さて、元気になった所でお前に話があってな」
「私に? 何が?」
「まぁ、見た方が早ぇ。丁度昼時だしな……」
屯所から出てぶらぶら歩き、途中で蕎麦を食い腹を満たしてから店に赴く。
春夏冬亭、大事な大事な我が初の店舗。
尤も俺は最近殆どここの運営には携わっていない。
品の買い付けくらいか? 後は運んどくだけで左衛門らが捌いてくれる。
「いや……いつ見ても、派手だな……」
「そうか? 商店なんて客からの見栄えしか考えてないしこんなモンだぞ」
「正直言って成金丸出し、外装から嫌らしさが出てる」
「ひどい」
実際俺は成金と呼ばれても否定は出来ないんだよなぁ。
実家は確かにデカいが、跡を継いだでもなく。
無論後ろ盾として『秋無』の名が作用した部分は多大だろうが、一代でここまで登り詰めた訳で。
「最近は多角展開も上手くいっててな……丁稚のガキ共も次々独立し始めている」
「凄ぇな、系列何店舗あるの?」
「九……準備中なのを入れたら十か? 飲食が三に宿場が二。あとは花街に……まぁアレだ、そっちも一つ。それと直営ではないが貸金、質屋、両替商なんかもやってるな」
「手広くやるねホント……普通未経験の業界じゃ上手くいかないだろうに」
「ハハハ、人の縁ってヤツさ。この店だって元々は俺のモンじゃなかったし」
「貰い物って事? 土地も含めたら何百両ってなりそうだけど……」
「話せば長くなるんだが、そうだな……」
昔……という程でもないが、元々ここには老夫婦が営む宿があった。
京の一等地に構えた店だ、当然ながら中々の繁盛ぶりだったよ。
だが良い場所ってのはやはりというか、皆欲しがるからな。
ヤクザ者の一派が地上げの為に随分と張り付いてやがったんだ。
ほとほと困った夫婦は付き合いの長い豪商である親父殿に相談し……
そんな折、焦った奴らは火を付けやがった。
燃え盛る宿に気付いたのは俺が最初でな。
客を逃がすため最後まで残った夫婦が取り残され、火消しの到着を待つ間はなく。
桶の水を頭から被り、炎上する瓦礫を叩き壊しながら突入。
崩壊寸前間一髪ってところで二人を抱えて離脱した。
……無論ヤクザ共には後々ツケを払って貰ったがね。
歳も歳、店もなくなった。老夫婦は引退し、京外れの別荘で隠居する事になったんだが……
子供もいないからと、焼け跡の土地をまるまる俺に託すと言い出してな。
それがまず一つ目。
そんで焼け跡もそのまま、土地だけ貰ってもどうしようかと思ってたんだが……
丁度そん時、道端を歩いてた爺さんがぶっ倒れたんだよ。
顔は真っ青で、脈を診るに心臓が止まってやがった。
蘭医者の先生……そう、新撰組も世話になってるあのジジイな。
俺は急いで爺さんを担ぎ、ジジイのところへ運んだ。
一先ず一命を取り留めたのを確認してその場は終わりなんだが……
翌週だったか、今度は腹が瓜のように膨らんだ娘さんが俺の目の前で倒れたんだよ。
どうしてこう俺の周りでは問題が続出するのか、なんて思いながらまたジジイのとこへ運んだ。
何でも腹に赤子を……しかも二人も抱えていたらしい。突然産気づいたんだと。
運良くお産に医者や産婆が間に合った事もあり、大事には至らなかった。
よしよし、俺ァお役ご免だな。なんて考えて去ろうとした時……
『梅!? 大事なかったか!?』
『あ! あん時の爺さん!?』
俺が連れてきたのはどうも爺さんの娘だったらしい。
縁ってのは奇妙なモンだよな。
そんでもってあれよあれよと話は進み。
大工の棟梁だった爺さんは焼け跡にこの春夏冬亭を建てたってワケだ。
因みに俺に一切了解を取らずに建設が始まってて、気づいたら半ば完成してて腰が抜けるかと思ったぜ。
「____という訳だ」
「なるほど……アンタのお人好しはもう生来のモンだね」
「金と親切は天下の回りもの、人に良くしてりゃそのウチ自分に返ってくる。親父の口癖でね。完成したのが俺が十四の時、そっから独立して今に至るってワケだ……おーい、左衛門ー! 俺だ俺ー!」
「! 旦那様、それに姐さんも……」
「だーっ、固ぇんだよオメー。昔みたいに兄貴で良いってんだろ」
「いやまさかそんな……昔はモノも知らぬガキでして……」
「わうわう」
あら可愛い。
生まれてまだ一年程の左衛門の娘。
子供ってのは基本的にまるまるしてるモンだがこの子は特に丸い。
須らく愛されて育っている事が丸わかりの恵体であった。
「確か生まれた時から一貫あったんだっけ?」
「へい……我が子ながら、良く育ってくれてます」
「ハハ、五つまでは神の内とよく言うが。この愛らしさはなるほど、神仏すら霞んで見えるに違いない……話を戻しちまうが。アレ、取りに来たぞ」
「ん……ああ! 離れの倉庫です、今お持ちして……」
「いや良い良い、お前じゃ持ち上がらんだろ。俺たちの為に時間を使うくらいなら一寸でも多く子供と触れ合っとけよ。子供の成長なんて秋の日暮れよか早いんだからよ」
「……ええ、なら、そうですね。痛み入ります」
宜しい。
そんじゃ行くぞ琴ー……ん? どうしたんだそんなまじまじ見て。
「……いや、あんまり可愛らしいんで、つい」
「愛される事こそが子供の生存戦略なのさ、愛さずには……庇護せずにはいられない。そうやって周りの大人を利用して育つように出来てんのよ」
「面白い解釈だ……出雲は、子供好き?」
「そりゃな。そうでもなきゃ、孤児どもを拾って雇ったりしてねぇよ」
俺んとこで働く奉公人たちは殆ど左衛門のような親なし子か捨て子。
世の動乱が苛烈になるにつれ増えていくモンだ。
不逞浪士に切られた幕臣の子、孕まされて捨てられた娼婦の子……
ま、俺も大差ない。天保の大飢饉で食い詰めた誰かが辻に捨てたガキだ。
親父も、お袋も、弟も、それをまるで気にしちゃいないけどな。
そういうガキを拾うのは親父の姿を写しているから。
後はまぁ、俺自身子供が望めるかってと難しいからな。
少しばかり歪んだ父性……というにはアレだな、兄性?
そういうのの発露なんだと思う、知らんけど。
「よし。俺さ、この間浦賀に行ったろ」
「……あの時か。連れてってくれなかった」
「別に誘っても良かったんだぞ? お前俺が話しかけようとすると逃げたから……」
「…………それでも、行きたかったのに」
「分かった分かった、今度な。それですんげぇ面白いモンがあったから頼み込んで買ったんだわ」
ガラリと扉を開け放てば、そこに置かれていたのは無機質な鉄の塊。
肉厚で重厚の、広刃の剣であった。
日ノ本の刀とはまるで違う拵えは、それが南蛮に由来するモノである事を示し。
先端につれて寧ろ広がり、尖らない切っ先は刺突を加味していないから。
戦場で敵を蹴散らす武器にあらず__なれどその殺意はそれすら凌駕する。
「エクセキューショナーソード、そう呼ぶらしい。南蛮の古い処刑剣だと」
「……デカいな。刃渡りは……六尺以上はあるか? どんなデカブツを切ったんだよ……」
「ああ。しかも面白いのが、コイツは呪われてるらしい。日本で言うなら妖刀か? コイツで首を落とされた貴人の怨念か憎悪か、一度握れば最後、二度と手から離せなくなり人を斬り殺して回るらしい……」
「……待てよ、わざわざ連れてきたって事はコイツを私に?」
「ご名答。なぁにお前なら大丈夫さ、元から人斬りだもの。」
「呪われてるって分かってるモノを人に押し付けるか?」
「その代わり、コイツは折れず欠けず曲がらない……らしい。面白いだろ?」
「面白いってお前なぁ……」
そうは言いつつひょいと持ち上げる。
ククク、言葉では呆れていても身体は正直よな。
大太刀なんて今どき早々手に入らんからな……普通の拵えの太刀。打刀ばかりのこのご時世じゃそれでもちと長大だが……さぞ長物が恋しかろう。数打ちの刀じゃ奴の馬力には耐えらんないしな
というか見立て一俵弱はあるんだけどなアレ、馬鹿力め。
「ん……」
「どうだ?」
「……出雲、やっぱりこの武器呪われてるぞ」
「分かるもんか?」
「ああ、握ったらなんか剣の精……? みたいのが乗っ取ろうとしてきたよ」
「マジかよ、売り文句の冗談だと思ったんだが。大丈夫か?」
「心の中? で普通に捻じ伏せて屈服させた、これはもう私のモンだ」
その場でひっくり返って派手に背中を打つ。
そんなことある?
何もかもデタラメな奴だ……
「いやなんか『剣が人に逆らうか?』って脅したら喋らなくなっちゃって……」
「可哀想に……武器に同情する日が来るとは思わなかった」
琴から布越しに大剣を受け取り、寝かして油布で拭ってやる。
……うん、心做しか刀身から嬉しそうな雰囲気を感じるな。分かりやすくない?
妖刀……西洋の呼び方なら魔剣か? 魔のモノとしての矜恃はないのか。
試しに直接素手で柄に触れてみる。瞬間、凄まじい速度であらぬ方向に大剣が射出された。
あわや壁をぶち抜く刹那、辛うじて反応した琴が空中で掴み取り、被害を防いだ。
「やっぱ駄目か」
「いつも思うんだけどなんなのそれ」
「分からん。俺に宿る出雲ノ神の御加護か呪いか、俺が刀剣を握ると必ずこうなるんだよな」
元々剣術はまるで駄目だったんだが、触れないって事もなかったんだがな。
年々酷くなってる気がする、果ては包丁すら握れなくなるかもしれん。
「それは困る、出雲がご飯を作らなかったら飢え死しちまう」
「自分で作るという選択肢はハナっからないんだな。そういうとこ好きだぜ相棒」
「ん……良いね、重さも個人的には凄く良い。気に入った、貰って良いか?」
「当たり前だ、お前以外に誰が使えるんだよ……何だ、しっかり血を啜らせてやった方が、その剣も喜ぶんじゃねぇか? 美術品よかマシだろう」
意志を持つ武器とか初めて見たからなんとも言えないが……
少なくとも呪いになるくらいだ、寝てるくらいなら人を斬りたいだろうよ。
変な話だが、仲良くやれよ。
後書きにはなりますがすげぇ伸びてて混乱しております、久しぶりに感じたけどやはり日間乗るとすげぇんだな……
誤字報告高評価などなどありがとうございます。