第11話 転職
こうしてボクたちは、ヘンリー王子――いや、本人の希望どおり「ヘンリー」と呼ぶべきだろう――を加えて、サンタローズの村へ戻ってきた。
夜の村は静かで、松明の火が風に揺れている。昼間の出来事が嘘のように、家々の窓からは温かな灯りが漏れ、いつもと変わらない平穏がそこにあった。
ヘンリーの後ろには、兵士が一人だけ付き従っていた。一応は護衛だが、剣の握り方を見る限り、本当の役目は連絡役だろう。王子という立場の重さを、ボクはあらためて感じた。
「いやあ、いい村だな!」
ヘンリーは屈託なく笑い、背伸びをする。
「城よりずっと落ち着くよ」
その言葉に、サンチョさんが豪快に笑った。
「はっはっは! そう言ってもらえると嬉しいですな!」
皆が歓待され、食事の席はにぎやかだった。だが部屋数の都合で、ヘンリーと兵士は宿屋に泊まることになった。
「また明日な、リュカ!」
「うん、おやすみ!」
そうして別れ、リュカたちはお風呂に入り、疲れ切った体を休めるために早々に眠りについた。静寂が村を包み込む。
――ここからが、本題だった。
ボクはパパスさんと二人、暖炉の残り火が揺れる部屋で向かい合っていた。彼の表情は、王としてではなく、一人の父としてのものだった。
「まずは、ホイミン。お前に感謝する」
低く、真剣な声。
「あの数のモンスターが相手だと、私も無事では済まなかったかもしれない」
「……そんなことないよ!」
思わず声を上げる。
「ボクがいなくても、きっと撃退――」
「――いや」
きっぱりと言い切られ、言葉を失う。
「ゲマに加え、周囲のモンスター。剣しか攻撃手段のない私では厳しかっただろう。感謝している」
その言葉を、ボクはしぶしぶ受け取った。事実、ボクがいなければ、リュカやスラリンたちの中から犠牲が出ていた可能性は高い。
「それでだ……天空への塔だが」
空気が張り詰める。
「お前が危険というのなら、私とサンチョだけでは心許ない。だが、ホイミンを連れて行くのに、リュカたちを連れて行くのは本末転倒だ」
「……そう、だね」
ボクはうなずいた。
「リュカたちには、危険なく育ってほしいもんね」
「そうだな。だから私は、祖国と……マーサの生まれ故郷を頼ろうと思う」
「マーサさんの、生まれ故郷?」
「エルヘブンという。呪文に長けた人々が暮らす集落だ」
一瞬、パパスさんは目を伏せた。
「……私はマーサと、ほぼ駆け落ちのような形でそこを出ている」
「か、駆け落ち!?」
「ああ」
苦笑しながらも、その声はどこか誇らしげだった。
「正直に言えば、私一人でエルヘブンを訪ねる勇気はない。だが、リュカがいれば話は別だ」
暖炉の火が、彼の横顔を照らす。
「リュカにも、マーサの小さい頃の話を聞かせてやりたい。それには、私よりもエルヘブンの人たちの方が適任だろう」
「……うん」
ボクは静かにうなずく。
「自分のルーツを知るのは、大事なことだよ」
「船の手配はベルギスに頼んでいる。この時代だが……何とかなるだろう」
「それなら――」
ボクは少し迷ってから、言った。
「ボク、古代の呪文ルーラが使えるんだ。一度行った街や村なら、瞬時に戻れる」
「ほう……!」
「だから、リュカの祖国やエルヘブンに一度行けば、この村まで一瞬で戻れるよ」
「それは心強いな」
パパスさんは腕を組み、考え込む。
「ならば、グランバニアで装備を整え、エルヘブンにリュカたちを滞在させ……私とサンチョそして数名の護衛で天空への塔へ向かうのが――」
「……いや」
ボクは首を振った。
「ボクも、天空への塔へ行くよ」
パパスさんが目を見開く。
「護衛は、エルヘブンやグランバニアから出してもらってリュカたちを護衛してもらおう」
「……そうか、そうだな」
しばらく沈黙した後、彼は深く息を吐いた。
「無理をして私が死んでは、何にもならんからな……」
そして、ふと思い出したように言う。
「ところでホイミン。お前がラインハットで使っていた剣技だが……私でも使えるようになるか?」
「……どうだろう?」
正直に答える。ダーマの神官なら間違いなくできるだろう。話によれば賢者として経験を積めば、人を転職させることもできるらしいが……。ボクにはまだ無理だと思う。
「教えることはできる……パパスさんなら、バトルマスターと、その下位職の戦士や武闘家の技なら、習得できるかもしれない」
「ほう」
「ダーマの神官がいれば無理やり転職もできただろうけど……今はね」
「……そうか」
彼は少し残念そうに笑った。
「勇者も転職でなれたと言っていたからな。私も、目指せるのかと思ったが」
「勇者になるには、いくつもの職業を極める必要があるんだ」
ボクは説明する。
「その必要な職業の中でボクが修めているのは、バトルマスターと賢者だけ。教えられるのも、その技までだよ」
「……無理を言ったな」
「ううん」
ボクは即座に首を振った。
「ボクができることなら、何でも協力するよ」
パパスさんは、まっすぐにこちらを見た。
「ならば、まずは剣技だ。集団を相手にできる技を教えてほしい」
「分かった!」
ボクは力強く答える。
「リュカのお母さん――マーサさんを、必ず取り戻そう!!」
パパスさんは立ち上がり、拳を握った。
「ああ!!」
その声は低く、だが確かな決意に満ちていた。暖炉の火が、静かに揺れていた。運命は、もう後戻りできないところまで動き出している。
――それでも、ボクはこの人たちとなら、進める気がした。
☆ ☆ ☆
「父さん、その冒険……ビアンカもつれて行っちゃダメかな?」
静かな部屋に、リュカの声が響いた。暖炉の火が小さくはぜ、朝のサンタローズは深い静寂に包まれている。ボクは少し離れた場所で浮かびながら、そのやり取りを見守っていた。
パパスさんがリュカを生まれ故郷へ、マーサさんの故郷へと連れて行くことを話したら、リュカはビアンカを連れていきたいと言い出したのだ、
パパスさんは、すぐには答えなかった。腕を組み、目を閉じる。その横顔は、王ではなく、一人の父親のものだった。
「……何故そうしたいんだ?」
低く、問いかけるような声。パパスさんはいつもリュカの意思を尊重していた。だから問いかけているんだろう。
「ビアンカと約束したんだ」
リュカはまっすぐに言った。
「また冒険するときは、ビアンカもつれていくって」
その言葉に、パパスさんの眉がわずかに動いた。しばらく沈黙が流れる。まるで、その約束の重さを測るかのように。
「……危険な旅になるかもしれない」
ゆっくりと、しかしはっきりとした声だった。
「お前は、ビアンカを守る覚悟があるか?」
リュカの背筋が、ぴくりと揺れる。
「仲間を頼るのはいい。だが――ホイミンは駄目だ」
その瞬間、ボクは胸が少しだけ痛んだ。でも、それが必要な問いだということも、よく分かっていた。ボクが守るというのは簡単だ。例え敵が数千や数万で襲ってきても自衛はできる。
命を懸けてリュカたちを守る。でもボクがいないところで襲われたらと思うと……パパスさんの言いたいことを否定できなかった。
「ホイミン抜きで、ラインハットのモンスターの群れから、ビアンカを守り抜く覚悟はあるか?」
その言葉に、リュカは一瞬、言葉を失った。あの時の光景が、頭をよぎったのだろう。剣を振るうゴンズ、ジャミ、そして呪文を使うゲマ。押し寄せる魔物、死の気配――。
リュカの拳が、ぎゅっと握られる。答えられずにいるリュカの前に、スラリンがぴょんと跳ね出た。
「大丈夫だよリュカ!」
ドラきちは、ふわりと飛んでリュカの肩に止まる。
「だいじょうぶにゃっ」
プックルもまた、静かにリュカの足元へと寄り添った。まるで、「一人じゃない」と伝えるように。リュカは、はっとしたように仲間たちを見て、かすかに笑った。
「……ありがとう」
その声は小さかったが、確かだった。もう、震えはなかった。
「ボク一人じゃ、正直……厳しいと思う」
それでも、リュカは顔を上げた。
「でも、スラリンたちがいれば……絶対にビアンカを守る!」
その宣言に、部屋の空気が変わった。パパスさんは、ゆっくりと目を開ける。
「……そうか」
短く、しかし重い一言。
「ならまずは、ビアンカに聞いてくるんだ。冒険がどれだけ危険になるかも、きちんと話してな」
リュカは、強くうなずく。
「それで、ビアンカがそれでもついてくると言うなら……」
パパスさんは、立ち上がった。
「お前と、スラリン、ドラきち、プックルで――私を倒してみろ」
「父さんを!?」
リュカの声が裏返る。
「そうだ」
パパスさんは、真剣な目で言った。
「それができたら、私はビアンカがついてくることを認めよう」
一拍置いて、続ける。
「ただし、最終的に判断するのはダンカンたちだ。それを踏まえたうえで――私に勝ってみせろ」
「……分かった!」
リュカの返事は、迷いがなかった。その時、扉が開き、ヘンリーが顔を出した。
「待ってくれ、パパスさん!」
勢いよく部屋に入ってくる。
「その戦い、俺も参加しちゃダメか?」
驚くリュカに、ヘンリーは笑った。
「リュカの友達なら、俺の友達も同然だ! それに……」
拳を胸に当て、真剣な表情になる。
「俺は父上に代わって王位を継ぐんだ。子分たちを守るためにも、強くならなくちゃいけないんだ!」
その言葉に、隅で控えていた連絡役の兵士が、感慨深そうに息を吐いた。王としての自覚――それが芽生え始めているのが、誰の目にも明らかだった。
「いいだろう」
パパスさんは、うなずいた。
「審判はホイミン。お前に任せていいか?」
「もちろんだよ!」
ボクは即答した。
「試合は一か月後だ。その間、ホイミンに鍛えてもらうといい」
そう言いながら、パパスさんはちらりとボクに視線を向けた。――自分も鍛えてもらうぞ、とでも言いたげに。それに気づいて、ボクは思わず笑ってしまった。
(……本当に、パパスさんは強い)
力だけじゃない。覚悟と優しさを、ちゃんと併せ持っている。ボクは胸の奥で、静かに決意する。
(この一か月――全力で鍛えよう)
リュカたちが、自分の力で大切な人を守れるようになるために。
☆ ☆ ☆
そしてボクたちは、アルカパの街へと向かった。ルーラの光が弾け、視界が一瞬で切り替わる。次の瞬間、石造りの建物と活気ある声が耳に飛び込んできた。ヘンリーは今回は留守番。
パパスさんも一緒だ。本当に「一度行った場所へ転移できる」のか、確かめたかったのだろう。着地した瞬間、周囲を見回して小さくうなずく。
「……間違いないな。見事だ、ホイミン」
「えへへ。慣れると便利だよ」
アルカパの街は、以前来た時と変わらず賑わっていた。市場の呼び込み、鉄を打つ音、パンの焼ける香ばしい匂い。だが――今回は、通りを歩くにつれて、視線が集まってくるのがはっきり分かった。
「あれ……?」
「見ろよ、あのホイミスライム……」
「触手に光ってるの、勲章じゃないか?」
ボクの体に付けた、ラインハット城で授与された勲章が、陽の光を反射していた。どうやら、ボクの存在はすでに噂になっているらしい。
(……有名になるのは、ちょっと居心地が悪いな)
でも、怖がられる視線じゃない。驚きと、どこか敬意が混じっている。それが分かって、少しだけ胸が軽くなった。
やがて、見慣れた宿屋の前にたどり着く。ダンカンさんたちの宿屋だ。
「いらっしゃいま――」
声をかけてきたダンカンさんが、途中で目を見開いた。
「……パパスじゃないか!!」
次いで、リュカを見る。
「それにリュカまで!!」
すぐに奥へ顔を向けて、大声で呼んだ。
「ビアンカ! 降りておいで! リュカたちが来たよ!」
二階から、ばたばたと慌ただしい足音。階段を駆け下りてきたのは、見慣れた金髪の少女だった。
「リュカ!!」
ぱっと笑顔が弾ける。
「久しぶり! パパスさんも! みんな元気だった!?」
「うん、元気だよ!」
リュカが即答し、スラリンはぷるんと跳ね、ドラきちは翼をぱたぱたさせる。プックルはというと、すでにビアンカの足元にすり寄って、猫みたいに喉を鳴らしていた。
「もう、プックルったら」
ビアンカは嬉しそうにしゃがみこむ。そんな和やかな空気の中、リュカが一歩前に出た。
「ビアンカ。実はね……今回ここに来たのは、また冒険に出ることになったからなんだ」
「冒険……?」
「うん。だから、よかったら一緒に行かないかなって」
一瞬、沈黙。次の瞬間――。
「えっ!? 本当!?」
ビアンカの声が弾む。
「私も一緒に行きたいわ! ねぇママ!!」
「待て待て」
パパスさんが、落ち着いた声で割って入った。
「今度の冒険は、危険性が高い。リュカは、そのことをきちんと説明するんだ」
そしてダンカンさんに向き直る。
「ダンカンたちには、私から話そう」
三人は奥へと引っ込んでいった。残されたのは、リュカたちとボク、それにビアンカ。
「それで……」
ビアンカが首をかしげる。
「どれくらい危険なの? 正直、ホイミンが一緒なら安心って思っちゃうんだけど……」
「えっとね」
リュカは少し考えてから言った。
「ラインハット城がモンスターに襲われたの、知ってる?」
「もちろんよ! 街でも噂になってるわ」
ビアンカはボクをちらっと見て、目を細める。
「……一人のホイミスライムが勲章をもらったって話。もしかして――」
ボクは、触手に付けた勲章をそっと前に出した。
「ボクだよ」
「やっぱり!!」
「ホイミンだけじゃないよ!」
リュカが胸を張る。
「ボクたちももらったんだ!」
「すごいじゃない!」
ビアンカの目が輝く。
「ホイミンは本当にすごいんだ。王様と王子様を狙ったモンスターが、何百匹もいたんだよ。それを一人で――」
「ちょ、ちょっとリュカ」
さすがに盛りすぎだと思ったけど、止める間もなかった。
「……想像以上ね」
ビアンカは、改めてボクを見つめる。
「強いと思ってたけど、そこまでだったなんて」
「それだけじゃないよ!」
リュカは続ける。
「ホイミンは蘇生魔法が使えるんだ。30分以内なら、亡くなった人を生き返らせられる!」
ビアンカは、言葉を失った。
「……そんな……」
(まぁ、普通は信じられないよね)
ボクは内心で苦笑する。チャモロさんなら一時間まで蘇生できたし、ボクもまだまだだ。
「……そんなホイミンがいても、危険な旅なの?」
「多分、父さんは最悪を考えてるんだと思う」
リュカは真剣な顔で言った。
「ホイミンがいない時に、同じ状況になったらって」
「……それは、怖いわね」
「だから条件があるんだ」
リュカは、ぎゅっと拳を握る。
「ボクとスラリンたちで、父さんと戦って勝てたら、ビアンカの同行を認めるって」
「パパスさんに!?」
ビアンカが驚いて声を上げる。
「……ホイミンは?」
「審判だよ。でも一か月、ボクたちはホイミンに鍛えてもらう予定なんだ!」
ビアンカは、少し考え――そして、はっきりとうなずいた。
「決めたわ」
リュカをまっすぐ見て言う。
「私もついて行く。だから……必ずパパスさんに勝ってみせて!!」
「分かった!」
その力強い返事を聞きながら、ボクは胸の奥で静かに思った。
(……また、運命が一歩進んだ)
この選択が、どんな未来に繋がるのか。それはまだ分からない。でも――。
(全力で、支えるよ)
そう、心に誓った。
ルドマンさんはトルネコの
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子孫
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子孫じゃない