【完結】夢見る癒して   作:万歳!

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第15話 グランバニアへ

 サンチョさんを見送り、山を越え、谷を抜け、いくつもの夜を越えて――ボクたちは、ついに辿り着いた。

 

 リュカの故郷、グランバニア。

 

 高くそびえる城壁が遠くからでも見える。その威容は、山の国と呼ばれるにふさわしいものだった。岩山と一体化するように築かれた城は、まるで大地そのものが王を守っているかのようだ。

 

 城門を開門した兵士たち……彼らの顔にも喜びがあふれていた。城下町は城門の中にある。城下町の中に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 

 ざわめき。どよめき。

 

 そして――確信に満ちた声。

 

「……パパス様?」

 

 誰かが、そう呟いた。

 

 次の瞬間だった。

 

「パパス様だ!!」

 

「我らの王様が帰ってこられたぞ!!」

 

「生きておられた!!」

 

「お妃さまは!? マーサ様はどこに!?」

 

 声は連鎖するように広がり、街全体が揺れる。窓という窓が開き、人々が雪崩のように道へと溢れ出してきた。老人も、若者も、子どもも。誰もが同じ名前を叫んでいる。

 

 ――パパス。

 

 それは、グランバニアにとって「王」の名だった。

 

(……すごい)

 

 ボクは思わず、息を呑んだ。

 

 長い年月、不在だった王。国を捨てた、と陰で言われてもおかしくない存在。それでもなお、これほどまでに民の心に残り続けていたなんて。

 

 その中心にいるパパスさんは、少し困ったように、けれどどこか懐かしそうに、街を見渡していた。

 

 そして――。

 

「……父さん、王様だったの!?」

 

 リュカの声が、少し遅れて響いた。

 

 驚きで目を丸くし、完全に思考が追いついていない顔だ。無理もない。つい昨日まで、一緒に山を登り、野営をし、剣の稽古をしていた父親が、突然「国王」だと知らされたのだから。

 

「マジかよ……」

 

 ヘンリーが呆然とした声を漏らす。

 

「いや、パパスさんが王様って言われたら……納得しかしないけどよ……。だから父上と、あんなに仲良かったのか……」

 

「パパスさんが、王様……?」

 

 ビアンカも、目を見開いたまま呟いた。

 

「パパス、友達に黙ってるのは無しだろう」

 

 マグダレーナさんの声には、呆れと優しさが混じっていた。

 

 リュカを含め、全員が一斉にパパスさんへと視線を向ける。その視線を受けて、パパスさんは頭の後ろを掻きながら、苦笑した。

 

「……すまんな」

 

 その一言が、すべてを物語っていた。

 

 そんな中で、不思議と落ち着いていたのが――スラリンたちだった。

 

「ということは……」

 

 スラリンが、ぴょこんと跳ねながら言う。

 

「リュカって、王子様なの?」

 

「そうにゃっ!」

 

 プックルが、なぜか誇らしげに鳴いた。

 

 ドラきちは空でくるりと回りながら、「すごいすごい!」と騒いでいる。

 

 パパスさんは、もう一度苦笑を漏らした。

 

「まさかな……国を、民を捨てた私が、ここまで歓迎されるとは思ってはいなかったが……」

 

 その声には、驚きと、そしてほんの少しの後悔が滲んでいた。

 

 ――その時。

 

「道をお開けください!!」

 

 聞き慣れた、よく通る声が人波を割った。

 

「お帰りなさいませ、旦那様! ――いえ、国王陛下!!」

 

 サンチョさんだった。

 

 胸を張り、深く頭を下げる。

 

「オジロン殿下たちが、城でお待ちです!!」

 

 その瞬間、民衆の歓声は最高潮に達した。

 

 パパスさんは、剣を手に取り、高く掲げる。そして――民に向けて一歩踏み出した。

 

「皆の者!!」

 

 その声は、驚くほどよく通った。

 

 ざわめきが、少しずつ、確実に静まっていく。

 

「まずは、感謝する!!」

 

 パパスさんは、まっすぐに民を見つめて言った。

 

「私は、お前たち国民よりも――妻マーサを探す道を選んだ! そのことに、後悔はない!!」

 

 はっきりとした宣言だった。

 

「だからこそ……ここまで歓迎されるとは、思ってもみなかった!! 心から、感謝する!!」

 

「俺たちに、パパス様以上の王様はいません!!」

 

 誰かの叫びが、また歓声を呼ぶ。

 

「ありがとう!!」

 

 パパスさんは続けた。

 

「だが私は、まだ旅の途中だ!! 妻を見つけることも、できていない!!」

 

 一瞬、静寂が落ちる。

 

「だが――大きな手掛かりを得た!!」

 

 その言葉に、民の目が輝く。

 

「私が王座に戻るのは、妻マーサを取り戻した時になるだろう!! それまで……待っていてくれるか!!」

 

 答えは、最初から決まっていた。割れんばかりの歓声。否定の声など、どこにもない。誰もが、王の選択を受け入れていた。それ以上に、王妃を取り戻すことを、心から願っていた。

 

「パパス様!!」

 

 誰かが叫ぶ。

 

「王子様を、見せてください!!」

 

「ああ、分かった!!」

 

 そう言って、パパスさんは――リュカを抱き上げた。

 

「えっ!?」

 

 突然のことで、リュカは目を白黒させる。それでも、逃げることはなかった。

 

「私とマーサの息子、リュカだ!!」

 

 高らかに、宣言する。

 

「リュカは、正しくマーサの血を継いでいる!! モンスターすら仲間にできる……まるでマーサのように!!」

 

 ボクの胸が、きゅっと締めつけられた。

 

「お前たちは……そんなリュカを、受け入れてくれるか!?」

 

 答えは、言葉ではなく――歓声だった。

 

「リュカ様万歳!!」

 

「お世継ぎ様万歳!!」

 

「王子様!!」

 

 無数の声が、リュカを包み込む。

 

 リュカは、少し恥ずかしそうにしながらも――背筋を伸ばし、胸を張っていた。

 

(……ああ)

 

 きっと、思っているんだ。父さんに恥じない自分でいたい。その想いが、幼い背中から、はっきりと伝わってきた。

 

 ボクは、その姿を見つめながら、心の中でそっと誓う。

 

(大丈夫だよ、リュカ。君は、ちゃんと――王子様だ)

 

 そして、その旅を、ボクは最後まで見届ける。

 

 そう、強く思っていた。

 

☆ ☆ ☆

 

 リュカを先頭に、子どもたちとマグダレーナさん、そしてスラリンたちは、城内の見学へと向かっていった。長い旅路の果てに辿り着いた巨大な城は、どこを切り取っても目新しく、きらきらとした好奇心を刺激するのだろう。

 

 高い天井。壁一面に描かれた歴代王の肖像画。石造りの回廊に響く足音。スラリンが跳ねるたびに、ぴちゃりと軽い音が反響していた。

 

 その背中を見送りながら、ボクは一歩引いた位置に留まった。

 

 ――引き止められたのだ。

 

「ホイミン、少し……付き合ってくれ」

 

 パパスさんの声は低く、けれどどこか迷いを含んでいた。これから話されるのが、軽い世間話でないことは、声色だけで分かった。

 

 案内されたのは、玉座の間の奥。普段は重臣たちが集う執務室だった。重厚な木製の扉が閉まると、城の喧騒は遠のき、空気が一変する。

 

 しばらくして、扉が再び開かれた。

 

「兄上!!」

 

 感極まったような声とともに現れたのは、オジロンさんだった。礼服に身を包み、王族の威厳を纏いながらも、その顔には純粋な安堵と喜びが浮かんでいる。

 

「よくぞご無事でご帰還されました! オジロンは……オジロンは、嬉しゅうございます!!」

 

 深く、深く頭を下げるその姿に、ボクは胸の奥がじんと熱くなった。

 

「留守の間、迷惑をかけたな、オジロン」

 

 パパスさんはそう言って、ゆっくりと歩み寄った。

 

「本当です……。あまりにも玉座の不在が続いたもので、私に王座に座れと進言する者も多く……」

 

 苦笑交じりの言葉だったが、その裏にどれほどの重圧があったかは、想像に難くない。

 

「オジロン様」

 

 一歩前に出たのは、大臣の一人だった。

 

「これだけの年月、国王陛下が帰還されなかったのです。そうした声が上がるのも、仕方のないことかと」

 

「……ああ」

 

 パパスさんは短く頷いた。

 

「大臣の言うとおりだ。悪いのは、私だ」

 

 その言葉に、室内の空気が張り詰める。

 

「今まで国を支えてくれたこと、心から感謝する」

 

 そう言って――パパスさんは、頭を下げた。王が、臣下に。それは、決して軽い意味を持たない行為だった。

 

「へ、陛下!!」

 

「どうか頭をお上げください!!」

 

 オジロンさんも、大臣も、慌てて制止する。

 

「我々は臣下として、当然のことをしたまでです!!」

 

「いや……」

 

 パパスさんは静かに言った。

 

「これから先の話題に触れるためにも、この謝罪は必要だ。どうか……受け入れてくれ」

 

 その言葉には、王としてではなく、一人の男としての覚悟が込められていた。数秒の沈黙のあと、オジロンさんはゆっくりと頷いた。

 

「……確かに、謝罪を受け取りました」

 

 大臣たちも同意するように頷く。そして――視線が、パパスさんに戻った。

 

「私は、これから天空城へ向かおうと思っている」

 

 その一言で、空気が変わった。

 

「マスタードラゴンに、マーサを取り戻す協力を……直訴するために」

 

「な、何ですと!?」

 

 大臣の一人が思わず声を上げる。

 

「しかし……天空城へは、どのように向かわれるおつもりで?」

 

 その問いに、パパスさんは、ちらりとボクを見た。

 

「そこにいるホイミンはな……」

 

 突然話題にされ、ボクは背筋を伸ばした。

 

「先の時代、勇者とともに戦った、心優しきモンスターだ」

 

 ……やっぱり、少し恥ずかしい。

 

「実力もある。剣だけで戦っても……今の私でも、敵わん」

 

「……兄上が、ですか?」

 

 オジロンさんの目が、見開かれる。

 

「さらに、ラインハットの国王と王子、私やリュカの暗殺を――たった一人で阻止してみせた。数百近いモンスターを相手にな」

 

 室内が、完全に静まり返った。視線が、ボクに集中する。

 

(う、うわぁ……)

 

 思わず、身体が小さくなる。自分では「やるべきことをやった」だけなのに、こうして語られると、どうにも居心地が悪い。

 

「……なんという……」

 

 誰かが、息を呑む音が聞こえた。

 

「それでだ」

 

 パパスさんは話を続ける。

 

「リュカを、マーサの生まれ故郷に預けるつもりだ。そして私とホイミンの二人で、天空城へ向かう」

 

 その言葉に、兵士長が一歩前へ出た。

 

「……グランバニアで、お守りするという選択肢は?」

 

 確かに、それも一つの答えだった。ボクも、心の中で同じことを考えていた。

 

「いや……」

 

 パパスさんは首を横に振った。

 

「できれば、リュカに……マーサの生まれ故郷を知ってもらいたい」

 

 その声は、父のものだった。

 

「迷惑をかけるのは承知している。それでも……頼めないか?」

 

 重臣たちが、互いに視線を交わす。言葉はないが、確かな意思疎通が行われているのが分かった。

 

 やがて、大臣が一歩前へ。

 

「……承知しました」

 

 静かだが、はっきりとした声だった。

 

「ただし、殿下には帝王学を学んでいただきます。そのための教育係を、サンチョ殿とは別にお付けいたします」

 

「……頼む」

 

 短く、それでも深く頷くパパスさん。こうして――グランバニアでの、大きな方針は決まった。

 

 王として。父として。そして――世界に挑む者として。ボクは、その場に立ちながら、胸の奥で静かに思った。

 

(……この旅は、きっと……誰かを守るための、旅なんだ)

 

 それが、誰であれ。

 

☆ ☆ ☆

 

「それでだ、ホイミン。お前に会わせたい人がいる」

 

 パパスさんがそう切り出したとき、ボクは城の回廊の窓からグランバニアの街を見下ろしていた。高台に築かれたこの城からは、石造りの家々と、忙しなく行き交う人々の姿が一望できる。王の帰還を祝う空気はまだ街全体に満ちていて、遠くからも笑い声や音楽が微かに届いてきた。

 

「ボクの知り合い? この辺りに誰かいたかな?」

 

 首をかしげながら振り返る。正直なところ、グランバニアに知り合いがいるとは思えなかった。ボクの知っている人間は、旅の途中で出会った者たちか、遠い過去――勇者ソロ様、勇者レック様、彼らとともに戦った仲間たちや古い友人たちだけだ。

 

「会ってみれば分かるはずだ」

 

 そう言って、パパスさんは踵を返した。その背中には王としての威厳と、父としての苦悩が同居している。ボクはその後を、少しだけ胸騒ぎを覚えながら追った。

 

 案内されたのは、城の奥まった静かな一角だった。人の気配が少なく、壁には古い壁画が描かれている。天空城や竜を思わせる図柄があり、思わず足を止めそうになる。

 

 パパスさんが一室の前で立ち止まり、扉をノックした。

 

 コン、コン。

 

 間を置かずに、落ち着いた声が返ってくる。

 

「どうぞ」

 

「失礼する」

 

 扉が開かれた瞬間、部屋の空気が一変したように感じた。柔らかい光に包まれた室内には、どこか人間とは異なる雰囲気をまとった人物が立っていた。背は高く、衣服は簡素だが、その布地は見たこともないほど滑らかで、淡く光を反射している。そして背中に翼が生えていた。

 

「これはパパスさん! 声が聞こえてましたけど、本当に帰ってこられたんです……!?」

 

 その声を聞いた瞬間、ボクの中で何かが確かにつながった。

 

 ――天空人だ。

 

 はっきりとした確信があった。話したことはない。でも、覚えている。天空城の回廊の片隅で、勇者ソロを見送っていたあの姿。高みから地上を見つめる、どこか孤独そうな瞳。

 

 そして、その天空人も、ボクを見て言葉を失っていた。

 

「……まさか……」

 

 視線が交差する。懐かしさと戸惑い、そして驚きが入り混じった沈黙。

 

「あなたは……勇者ソロと一緒に大魔王に立ち向かったホイミスライム、ホイミン」

 

「……覚えててくれたんだ」

 

 思わず、そんな言葉がこぼれた。名を呼ばれることが、こんなにも重く、温かいとは思わなかった。

 

「パパスさん? 天空人を保護していたの?」

 

「ああ。すまんな。だが私はこの天空人に聞きたいことがある。無駄足にならないようにな」

 

 その言葉に、胸が少しだけ締めつけられる。無駄足――それはつまり、天空城へ向かう覚悟がすでに固まっているということだ。

 

「無駄足?」

 

「あなたに聞きたいことがある」

 

 パパスさんの声は静かだったが、芯が通っていた。

 

「天空城のマスタードラゴンは、ホイミンを天空城に入る資格がある者と認めると思うか?」

 

 部屋の空気が張り詰める。天空人は少し目を伏せ、過去を探るように沈黙した。

 

「……ソロ様のころでしたら、恐らく認めなかったでしょう」

 

 その言葉に、胸の奥がちくりとした。あの頃のマスタードラゴンは、人間と天空人を分けようとしていた。

 

「ですが、今のマスタードラゴン様は人間への興味を増やしていたはずです。人間を別の側面から見ることができるホイミンは……恐らく門前払いはされないでしょう」

 

 少しだけ、安堵の息が漏れる。

 

「それに、ホイミンの装備も天空城で預かっています。その点からも、受け入れる可能性は高いかと」

 

「そうか、情報提供感謝する」

 

 パパスさんは一つ頷き、すぐに次の問いを投げかけた。

 

「もう一点。ゴールドオーブが天空城から落ち、今は息子が持っている。天空城に何かあった可能性はあると思うか?」

 

 天空人の表情が曇る。

 

「……それは」

 

 短い沈黙。

 

「確証はありませんが、かなりの確率で、天空城に――マスタードラゴンに、何かがあった可能性があります」

 

 胸の奥がざわついた。天空城は、世界の均衡そのものだ。そこに異変があるというのなら、それはただ事ではない。

 

「そうか……」

 

 パパスさんは目を閉じ、深く息を吸った。

 

「もう一点、質問させてくれ」

 

 再び視線が天空人に向けられる。

 

「ホイミンは、マーサを救うために、自分が勇者様と戦った功績を私に譲ってくれると言っている。その勇者の仲間としての功績で、魔界への道を開いてくれると思うか?」

 

「……それは、難しいですね」

 

 天空人は正直だった。

 

「勇者しか開けない道は、力なき者が迷い込まぬようにするためのものです。ただし……」

 

 その視線が、まっすぐボクに向けられる。

 

「勇者以上の力を示せば、可能性はあります」

 

 静かな断言だった。

 

「――感謝する」

 

 パパスさんは短く言い、踵を返した。

 

「行くぞ、ホイミン」

 

 その一言に、すべてが込められていた。ボクは小さく頷き、胸の奥で決意を固める。勇者ではない。王でもない。ただのホイミスライムだ。それでも――誰かを救いたいと願う心だけは、きっと本物だ。

 

 その心を、天空城に、マスタードラゴンに、示す時が来たのだと。

ルドマンさんはトルネコの

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