【完結】夢見る癒して   作:万歳!

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第19話 過去を知る者

 エルヘブンへ帰還したボクたちは、これまでに起きた出来事を包み隠さず報告した。天空城で起きた異変、マスタードラゴンの不在。

 

 それを聞いた長老たちは沈黙し、重い空気が広間を満たした。エルヘブンの白い石壁に反射する光さえ、どこか翳って見える。

 

 パパスさんは悩んだ末、リュカたちをもう少しの間、この地に預ける決断をした。

 

 マスタードラゴンに起こった異変……それが何なのか、ボクにもまだ分からない。だけど、それさえ解決できれば、マーサさんを救い出せる。確信に近い予感が、胸の奥で静かに燃えていた。

 

 パパスさんの表情は厳しかった。けれど、ほんのわずか――本当に、気をつけて見なければ分からないほどだが、その目の奥には希望の光が宿っていた。

 

 もう少しで、再会できる。そう信じている人の顔だった。

 

 そして、一旦リュカたちの様子を見に行こうとした、その時だった。廊下を進む途中、護衛の兵士たちが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「陛下……一人のモンスターが、部屋を占拠しております」

 

「占拠、だと?」

 

 兵士の声は困惑と緊張が入り混じっていた。外から様子を探ると、すぐに事情が分かった。マーサさんを守るために、騎士を生やした存在。

 

 ――スライムナイト。

 

 後で聞いた話だが、その騎士――ピエールは、マーサさんが攫われた後、生きる希望を失っていたらしい。主を失った騎士は、剣を握る意味すら見失っていた。だが、そこに現れた少年が、自らを「マーサの息子」だと名乗った。

 

 ピエール、ピエールか。しかもスライムナイト。同じだ。レイドック城……。ボクは途中で旅立った。だけど彼なら、最後の時までレイドック城に……レック様に殉じそうだ。きっと殉じただろう。

 

 それが、少しだけ寂しい。

 

「……どうした、ホイミン?」

 

「ふふ……少し昔のことを思い出しちゃって……それより」

 

 偽者なら斬るつもりだった。けれど、その瞳を見ただけで分かったという。あの人の子だ、と。

 

 今、部屋の中ではマーサさんの過去が語られていた。リュカ、ビアンカ、スラリン、ドラきち、プックル、サンチョさん、そして教育係の女官さん。マーサさんの幼少期、エルヘブンで過ごした日々、そして笑顔。

 

 それらを、皆が静かに、真剣に聞いている。

 

「うん……ちょっと順番は変わったけどさ」

 

 ボクは小声でパパスさんに話しかけた。

 

「マーサさんの過去を知ってる人から、リュカが直接話を聞けて良かったと思うよ。特に、子ども時代の話も」

 

「そうだな」

 

 パパスさんは頷いた。

 

「できれば、私も詳しく聞きたいぐらいだ。だが、そうも言っていられん。一旦、リュカに顔を見せたら、すぐに天空城へ向かおう」

 

「……そうだね」

 

 短いやり取りの後、ボクたちは部屋に入った。その瞬間だった。

 

「父さん!!」

 

 弾けるような声。リュカが立ち上がり、駆け寄ってくる。同時に、空気が変わった。殺気。はっきりとした、研ぎ澄まされた敵意。

 

 ピエールから、パパスさんへ。あまりにも露骨な殺意に、周囲の護衛たちが一斉に身構えた。剣がわずかに鳴り、緊張が走る。

 

 だが、パパスさんは静かに手を上げ、それを制した。

 

「外からだが、大まかな話は聞かせてもらった。リュカに、マーサの話をしてくれて感謝している」

 

「お前か……お前か!!!!」

 

 ピエールの声は震えていた。怒りだけじゃない。悲しみと後悔が、剣のように尖っている。

 

「マーサを攫ったのは!! ああ、この際だ、攫ったことは許そう!! だが何故だ!! 何故マーサを守らなかった!!」

 

 剣に手がかかる。

 

「マーサは、ずっとお前を待っていたのに!! 何故、その期待に応えなかった!!」

 

 その瞬間、リュカが前に出た。

 

「だめだよ! ピエール!!」

 

 小さな体で、パパスさんをかばう位置に立つ。

 

「ああ……マーサの子、リュカ! 何故です!! 何故、その男をかばうのです!!」

 

「違うよ!!」

 

 リュカの声は、必死だった。

 

「父さんは、今も母さんを探してる! それも、あと一歩のところまで来てるんだ!!」

 

「――なんですと!?」

 

 ピエールの剣が、わずかに下がった。

 

「そうだな」

 

 パパスさんが静かに言った。

 

「お前も、マーサに関係がある。ホイミン、事情を説明してくれ。私より、第三者から聞いた方がいいだろう」

 

「分かったよ」

 

 ボクは一歩前に出た。

 

「マーサさんは、大魔王に誘拐された。おそらく……リュカよりも、強大な力を持っていたから」

 

「……っ」

 

 ピエールの肩が落ちた。

 

「マーサが、そこまでの力を……。だからこそ、私が守ると誓ったのに……」

 

 剣を握る手が、震えている。

 

「でもね」

 

 ボクは続けた。

 

「もう少しで、マーサさんを救える。だから今は、リュカが狙われないように護衛が必要なんだ。エルヘブンも、ここにいる兵士たちも、みんなリュカの護衛だよ」

 

 ピエールを見る。

 

「君はどうしたい? ナイトを生やせたスライム。絶望する? それとも、リュカにマーサさんの話を聞かせながら、護衛する?」

 

 少し間を置いて、言った。

 

「決戦の時には、君も連れていく」

 

 沈黙。そして――

 

「……守りますとも!!」

 

 ピエールの声は、もう震えていなかった。

 

「リュカを!! マーサの小さい頃の話も、いくらでもしましょう!! ですから……決戦の時には、必ず私をお連れください!!」

 

「了解だよ」

 

 ボクは、にっこりと笑った。

 

「じゃあ、顔も見せたし……行こうか、パパスさん」

 

「ああ」

 

 パパスさんはリュカの頭に手を置き、優しく言った。

 

「リュカを、頼む」

 

 その言葉は、騎士にも、ボクにも、そしてこの地そのものにも向けられた誓いのように響いていた。

 

☆ ☆ ☆

 

 そして、リュカたちをエルヘブンに預け、ボクとパパスさんだけで再び旅立とうとした、その瞬間だった。エルヘブンの森は、相変わらず静かだった。

 

 古い樹々が作る天蓋の下、柔らかな木漏れ日が地面を淡く照らしている。葉擦れの音と、遠くで鳴く鳥の声だけが、時間の流れをゆっくりと刻んでいた。

 

 この村は、優しい。だからこそ、これから向かう天空城への道との落差が、胸の奥で不安として膨らんでいた。背後から、小さくもはっきりとした足音が聞こえた。

 

 落ち葉を踏みしめる、迷いのない歩調。振り返るまでもなく、誰なのかは分かっていた。

 

「父さん!」

 

 張りつめていた空気を、鋭く切り裂くように、リュカの声が響いた。その声には、子ども特有の甘さはなかった。揺れも、戸惑いもない。ただ、覚悟だけが、まっすぐに込められている。

 

 振り返ったパパスさんの表情が、わずかに強張るのが分かった。

 

「ボクも、母さんを取り戻す手伝いがしたい! 一緒に連れて行って!!」

 

 リュカは拳を強く握りしめ、真っ直ぐにパパスさんを見つめていた。その背中には、スラリン、ドラきち、そしてプックル。

 

 誰かに与えられた仲間じゃない。彼が自分で選び、自分の意思で「友達」と呼んだ存在たちが、静かに並んでいた。

 

「ボク、もう十三歳なんだ!! ベホマだって使えるようになった!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、ちくりと痛んだ。

 

 十三歳。本来なら、剣を振るうより先に、夢を見ていていい年齢だ。誰かを守るより、守られていていいはずの年齢だ。

 

 けれど、この世界は、あまりにも早く彼から子どもでいる時間を奪っていく。スラリンが、ぷるりと身体を揺らして、一歩前に出た。半透明の体に、木漏れ日の光が反射して、きらりと輝く。

 

「ぼくたちが、絶対にリュカを守るよ。だから、お願い。一緒につれていってあげて」

 

 その声は小さくて、でも震えていなかった。ドラきちは低く喉を鳴らし、プックルは短い尻尾を左右に振る。言葉にしなくても分かる。彼らは、もう決めているのだ。

 

 リュカの隣に、ビアンカが立った。

 

「パパスさん! 私だって、リュカの友達よ! リュカのお母さんを助ける手伝いをさせて!」

 

 その声には、無理に背伸びをしている響きがあった。怖くないはずがない。それでも、ここで引き下がる気はない――そんな覚悟が、はっきりと伝わってくる。

 

 サンチョさんが、困ったように「ぼっちゃん……」と呟いた。止めたい。でも、止める資格が自分にあるのか分からない。そんな迷いが、その背中ににじんでいた。

 

 護衛の兵士たちも同じだった。剣に手をかけながらも、一歩を踏み出せない。教育係の女官も、口を開きかけては閉じ、ただ戸惑いの色を浮かべている。

 

 ――参ったな。

 

 ボクは、心の中でそっと呟いた。昔から、こういう目に弱い。必死に前を向く子どもの目も、友達を守ろうとするモンスターの覚悟も。

 

 そして、きっと――パパスさんも同じだった。

 

「リュカ……」

 

 パパスさんは、言葉を探すように黙り込んだ。大きな背中が、ほんの少しだけ小さく見えた気がした。

 

「力不足なのは分かってる!」

 

 リュカが、一歩踏み出す。

 

「だけど、何もしないままで、父さんたちを待っているだけなんて嫌だ!!」

 

 その叫びは、反抗じゃない。怒りでもない。置いていかれることへの、純粋な恐怖だった。

 

「パパスさん」

 

 ボクは声を潜め、そっと隣に歩み寄った。

 

「ポートセルミだったかな。あの辺りなら、リュカたちでも十分戦えると思う」

 

 一瞬、言葉を選ぶ。

 

「それに……一か所に固まっている方が、危険な時もある。マスタードラゴンに会えれば必要なくなるけど、次善の策は、用意しておくべきだよ」

 

 パパスさんは、しばらく地面を見つめたまま動かなかった。

 王としての理性と、父としての感情が、激しくぶつかり合っているのが分かる。

 

「……天空の武具、か」

 

 低く呟く声。

 

「そう。魔界への扉を開く鍵になる」

 

 長い沈黙の末、パパスさんは顔を上げた。そこにあったのは、迷いを抱えたままでも前に進む者の表情だった。

 

「分かった。リュカたちには、天空の武具を探してもらう」

 

「……それがあれば、母さんを取り戻せるの?」

 

 震える声。

 

「ああ」

 

 パパスさんは、はっきりとうなずいた。

 

「魔界への扉さえ開ければ、後は私とホイミンだけでも、マーサを取り戻せる」

 

 リュカは目を伏せ、深く息を吸い込んだ後、力強くうなずいた。

 

「分かった! ピエール君も来るでしょ?」

 

「もちろんです!」

 

 即答するピエールの声は、騎士としての誓いそのものだった。

 

「マーサの代わりに、あなたを全力で守りましょう、リュカ!」

 

 その言葉に、リュカはほんの少しだけ、子どもらしい笑顔を見せた。

 

「……なら、一旦グランバニアに戻るぞ」

 

 こうして長老たちと別れを告げ、ボクたちは再びグランバニアへと向かった。城に戻ると、大臣たちが集められ、パパスさんは簡潔に指示を出した。

 

「リュカも、マーサを取り戻す旅に参加したいと言っている。ポートセルミ周辺を探索させる。馬車と護衛の準備を頼む」

 

 そして、視線がこちらに向く。

 

「ホイミン。ポートセルミに行ったことはあるか?」

 

「うん。何十年も前だけどね。多分、ルーラで飛べる」

 

「なら頼む。リュカたちと護衛を連れて、送ってやってくれ」

 

 その声には、信頼と、ほんのわずかな不安が混じっていた。

 

「分かったよ」

 

 ボクは、できるだけ明るく答えた。――大丈夫。この選択は、きっと最善になる。そう、自分に言い聞かせながら。

 

☆ ☆ ☆

 

 そうしてボクは、リュカたちを連れてポートセルミへと飛んだ。

 

 ルーラの光が弾け、視界が反転する感覚は、何度経験しても慣れない。一瞬の浮遊感ののち、潮の匂いと湿った風が、いきなり全身を包み込んだ。

 

 ポートセルミ。海と交易で栄える港町は、グランバニアとはまるで違う顔を持っている。石畳の道には人と荷車が行き交い、白い帆を張った船が桟橋に並んでいた。遠くではカモメが鳴き、潮騒が絶えず耳に届く。

 

 活気に満ちたこの町は、一見すると戦争や魔界などとは無縁に思える。けれど、その賑わいこそが、失われれば取り戻せないものの象徴でもあった。

 

 馬車を手配し、護衛の兵士たちが周囲を固める。リュカは町の景色に目を奪われながらも、すぐに表情を引き締めた。遊びではない。これは、彼にとって初めての「任務」なのだ。

 

 馬車の中で、鎧の擦れる音とともに、ひとりのスライムナイトが近づいてきた。騎士としての立ち居振る舞いが、無意識の所作にまで染みついている。

 

「ホイミン殿」

 

 静かで、それでいて芯のある声だった。

 

「あなたは、死者の蘇生ができると聞きましたが……まことですか?」

 

 ずいぶんと核心から来たな、とボクは内心で苦笑した。

 

「三十分以内に、病気以外で亡くなった人ならね……」

 

 できるだけ軽く答える。

 

「誰か、蘇生したい人でもいた?」

 

「いえ、そうではなく……」

 

 青年――ピエールは一瞬、言葉を探すように視線を伏せた。

 

「あなたは、勇者とともに戦った伝説の生き残りだとも聞きました」

 

 ああ、と納得する。

 

「リュカたちが、そう話しちゃった?」

 

 そう言って、馬車の窓から外に目をやる。

 

 そこでは、リュカとビアンカが護衛の兵士たちに囲まれ、馬車の操作や戦い方について説明を受けていた。リュカは真剣な顔でうなずき、ビアンカは剣の持ち方を何度も確認している。足元にはスラリンとドラきちがいて、プックルは馬車の影で落ち着きなく動いていた。

 

 キメラの翼も積んである。いざという時は、すぐにグランバニアへ戻れる。理屈の上では、安全策は十分だった。

 

「確かにボクは、勇者様と一緒に大魔王と戦ったよ。でも……」

 

 言葉を切り、ピエールを見る。

 

「それは、もう昔の話だ」

 

 ピエールは、少しだけ身を乗り出した。

 

「あなたは……数百の魔物から、リュカたちを守ったと聞きました」

 

 その声には、わずかな震えがあった。

 

「あなたなら……マーサを、守れましたか?」

 

 胸の奥で、何かが静かに軋んだ。

 

「……どうだろうね」

 

 ボクは、すぐには答えられなかった。もしも、という問いほど残酷なものはない。

 

「でも、一つだけ言えることがある」

 

 ピエールの目を、正面から見据える。

 

「ピエール君は、多分……守れなかった後悔を、マーサさんやリュカに断罪されたいと思っている」

 

 ピエールの指先が、わずかに震えた。

 

「でもね、君の償いは、そこじゃない」

 

 ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「君がすべきことは、リュカを守ることだ。それが、マーサさんへの償いにもなる」

 

 長い沈黙。

 

「……お見通しでしたか」

 

 絞り出すような声だった。

 

「長い年月、生きているからね」

 

 ボクは小さく笑った。

 

「みんなを頼むよ。生きてさえいれば、ボクが必ず治療する」

 

 そして、声をさらに落とす。

 

「それと、君にだけ話しておく」

 

 ピエールの表情が引き締まる。

 

「今回の冒険は……マーサさんを救うことには、ほとんど影響しない」

 

「……」

 

「これは、リュカが暴走しないようにするための方便なんだ」

 

 ピエールは、静かに息を吐いた。

 

「左様で……」

 

「だから」

 

 ボクは続ける。

 

「何があっても、リュカを守り抜いてほしい」

 

 ピエールは、迷いなく頭を下げた。

 

「もちろんです。リュカの仲間たちと共に、たとえこの命を使いつぶすことになろうとも、必ず」

 

「それは、きっとリュカもマーサさんも望まない」

 

 ボクは、きっぱりと言った。

 

「君も生き延びるんだ。マーサさんを助けるために」

 

 ピエールは、しばらく黙っていたが、やがて深く頭を下げた。

 

「……承知しました」

 

 そして、わずかに微笑む。

 

「どうやら私では、あなたを測ることはできないようだ。最初の友達と伺っていましたが……」

 

 視線の先には、馬車の操作を必死に覚えようとしているリュカの姿。

 

「リュカは、本当にマーサ様の才能を受け継いでいるのですね」

 

「そう、だね」

 

 ボクは、そう答えながら、胸の奥でそっと祈った。

 

 二人で馬車での戦い方を学ぶリュカたちの姿は、あまりにも真剣だった。それが誇らしくもあり、同時に、少しだけ怖かった。

 

 ――どうか、この冒険が、彼の糧になりますように。

 

 ――そして、マーサさんを救うことに、悪い影響を与えませんように。

 

 潮風に揺れる港を見つめながら、ボクは静かに祈り続けていた。

 




次回、トロッコおじさん

ルドマンさんはトルネコの

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