【完結】夢見る癒して   作:万歳!

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第2話 故郷へ

 船がゆっくりと港へ近づくにつれ、ざわついていた甲板が徐々に落ち着いていった。海の青は浅瀬に近づくほど明るく透き通り、木製の船底に反射してきらきらと揺れる。潮の匂いと、港の魚屋から漂ってくる香ばしい匂いが入り混じり、旅の終わりを告げているようだった。

 

 帆が音を立てて下ろされ、船体がぎしりと軋む。ようやく船が桟橋に触れたその瞬間――。

 

「おじさん邪魔よ!!」

 

 高い声とともに、若い少女がパパスさんの体を押しのけて乗り込んできた。黒色の髪が勢いよく揺れ、赤いワンピースの裾が風に舞う。小さな嵐みたいな子だな、と僕は思った。

 

「おお! ルドマン様! お待たせいたしました!」

 

「ごくろうだな、船長」

 

 重々しい足取りで現れた男、名高い大富豪、ルドマンだ。彼の紫の衣は朝日に照らされて光り、威厳がある。けれど、その横顔はどこか柔らかかった。まるでトルネコさんみたいだ。

 

「その様子では、今回の旅は素晴らしいものだったようですな」

 

「そうだな。さて、私の娘たちを紹介しよう。と言っても、一人はもう船室に入ってしまったおてんば娘だが……フローラ。こっちにおいで!」

 

 呼ばれて姿を見せた少女――フローラは、穏やかな空の色の髪をしていた。けれど船の段差を前にして、ぴたりと止まる。足が震えていて、乗り越えられないようだ。

 

「私が手を貸しましょう……お嬢さん、手を取って」

 

 パパスさんが差し出した大きな手に、フローラはおそるおそる手を置いた。

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 小さな声は海風にさらわれそうだった。

 

「この通り、フローラは内気な娘でな。旅のお方、感謝いたします」

 

「いや、こちらこそ。美人な娘さんの手助けになったみたいでよかった。な、リュカ?」

 

「えっ!? ……うん」

 

 リュカの耳が真っ赤になった。フローラもそっと目を逸らし、頬を染めている。その様子を見て、僕は体を小さく揺らして笑った。パパスさんも、周囲の大人たちも、みんな優しい目をしていた。

 

「じゃあ、リュカ、ホイミン。行くとしよう」

 

「うん、分かった! じゃあねフローラ! 行こう、ホイミン!」

 

 桟橋に降りると、港町の喧騒がいっそうはっきり聞こえてきた。魚をさばく包丁の音、商人の呼び声、子どもたちのはしゃぎ声――どれも活気があって、旅の疲れを吹き飛ばしてくれる。

 

 僕たちが歩けば、すれ違う人々は決まって同じ反応をした。

 

「え、魔物?」「スライムがついてきてるぞ!」

 

 そんな声が背後から聞こえてくるたび、僕は少しだけくすっと笑ってしまった。これでもレック様たちと一緒に冒険して上級職まで極めて一緒に大魔王デスタムーアと戦い、時代が流れて天空の勇者ソロ様たちと肩を並べてデスピサロと戦った。人間にはなれなかったけど、輝かしい日々だと思う。

 

 だけど、そんな誇らしい過去より、今こうしてリュカと旅していることの方が、ずっと大切に思えた。不思議だ。

 

「おお、パパスさんじゃないか!!」

 

 町の男が声を上げて駆け寄って来た。パパスさんは軽く会釈し、

 

「久しぶりだな。リュカ、私はこの人と少し話があるから、その辺で遊んでいなさい。ホイミンの傍を離れてはいけないよ」

 

「分かったよ、父さん! 行こう、ホイミン!」

 

 リュカに手を引かれ、僕たちは町の広場を抜けて外れの方へ歩いていった。

 

「リュカ! 外に出ちゃいけないよ!!」

 

「ホイミンがいれば平気だよ! それに……ホイミン以外の友達も欲しいんだ!」

 

 リュカのその言葉は、ボク体の中心にあたたかく響いた。魔物である僕を、こんなふうにまっすぐ仲間と言ってくれる人は、そう多くない。

 

「……仕方ないな。少しだけだよ? でも絶対に、僕のそばを離れちゃダメだよ?」

 

「分かった! ありがとう、ホイミン!」

 

 町を抜け、柔らかい草の匂いが漂う草原へ出ると、一匹のスライムがこちらを見て震えていた。僕を見て怯えている力を抑えているつもりなんだけど――魔物同士なのに、なんだか切ない。

 

「怖くないよ」

 

 リュカが一歩前に出て、袋から野菜を取り出し、そっと差し出した。

 

 スライムはリュカと野菜を交互に見つめ、しばらく迷っていたが……やがて恐る恐る、野菜を口に運んだ。

 

 ぽり、ぽり……。

 

 噛む音が少しずつ落ち着いていき、緊張も解けていく。そして、そのスライムはか細い声で言った。

 

「……どうして、人間が魔物に優しくしてくれるの?」

 

「君と友達になりたいからだよ!! 名前は何て言うの?」

 

 リュカは眩しい笑顔で言った。その笑顔は、僕が初めて彼に会ったときと同じだった。スライムは驚いたように体を震わせ、やがて小さく答えた。

 

「……ボク、スラリン。友達になってくれるの?」

 

 その声音には、不安と希望が混ざっていた。過去、僕も似た気持ちを抱えていた――空を飛びたいと願っていた日も、人間になれなかったあの日も、勇者様と共に戦ったあの日も。けれど今は、リュカがそれを全部あたたかい色に塗り替えてくれている。

 

「もちろんだよ、スラリン!」

 

 とリュカ。

 

「うん。僕も賛成だよ」

 

 

 と僕。こうして、草原に小さな友だちが一匹増えたのだった。僕たちに追いついてきたパパスさんが苦笑を漏らしていた。だけど反対はせずにリュカを温かい目で見ていた。

 

 パパスさんは本当にリュカを愛しているんだなと思った。

 

☆ ☆ ☆

 

 港町を出ると、空気の匂いがはっきりと変わった。潮の重さを含んだ風は次第に薄れ、代わりに若草と土の香りが鼻をくすぐる。遠くまで続く草原は、春の光を受けて淡い緑に波打ち、ところどころに白や黄色の小さな花が揺れていた。

 

 新しい仲間、スラリンを連れて、僕たちはリュカの故郷、サンタローズの村を目指して歩いている。僕は地面すれすれをふわふわと浮かびながら進んでいた。スライムの体は軽く、風に身を任せれば自然と前に進める。足跡を残さないのも、こういう旅では便利だ。

 

「ねえホイミン、あれ見て! あの雲、ドラゴンみたいだよ!」

 

 リュカが指を差す先で、白い雲がゆっくり形を変えている。彼の頭の上では、スラリンがぴょこんと揺れながら、その雲を見上げていた。

 

「ほんとだ……あ、でも今はスライムみたいに見える!」

 

「えー? ボクに似てるの?」

 

 スラリンが少し誇らしそうに体をぷるんと膨らませる。リュカは声を立てて笑い、その笑い声が草原に溶けていった。

 

 二人とも、すっかり仲良しだ。スラリンはいつの間にか、リュカの頭の上を定位置にしていた。歩くたびに、ぽよん、ぽよんと小さく弾み、そのたびにリュカが「落ちないでよ?」と声をかける。するとスラリンは「だいじょうぶ!」と答える。そのやり取りが、なんとも微笑ましい。

 

 僕も、昔はこんなだったかな。

 

 ふと、遠い記憶がよみがえる。レック様と一緒に旅をしていた、あの頃。勇者様たちと肩を並べ、必死に戦い、必死に生きていた時代。あの時の僕も、仲間といるだけで胸が温かくなるのを感じていた。

 

 時代が変わり、ライアン様やソロ様と一緒に旅をした時は途中までボクがリードしていた気がする。でも最終的に決断をしたのはいつも勇者様だった。勇者様は辛い思いをしていたのに暖かかった。

 

 そんな温もりが、今、またここにある。

 

 僕だけじゃない。少し前を歩くパパスさんも、ときどき立ち止まって振り返り、リュカとスラリンを見るたびに、目尻をわずかに下げている。強く、厳しい顔ではなく、父親の顔だ。

 

 道なき道を、リュカは楽しそうに歩いている。踏み固められた街道から外れ、草をかき分け、小さな丘を越え、時にはぬかるみに足を取られながらも、それすら冒険の一部として笑っている。

 

「ホイミン、見て! この草、ふわふわだよ!」

 

「ほんとだね。転んでも痛くなさそうだ」

 

「じゃあ転んでみようかな!」

 

「だ、ダメだよ! わざと転ぶ必要はないからね!」

 

 そんなやり取りをしながら、僕は少し後ろから二人を見守っていた。

 

 ……なんだか、保護者になった気分だ。

 

 いや、気分じゃない。年齢を考えれば、僕は立派な保護者だった。正確に数えたことはないけれど、スライムとして生まれて、ホイミスライムに進化してもう数百年以上は生きている。

 

 リュカも、スラリンも、パパスさんも、マスタードラゴンですら、僕から見れば若者だ。そう考えると、自分が「老人側」なのは間違いない。

 

「……まあ、心は若いつもりだけどね」

 

 誰に聞かせるでもなく、僕は小さくつぶやいた。隊列は、話し合って決めたものだ。先頭を行くのはパパスさん。視界の利く位置から、常に周囲を警戒している。背中から伝わってくるのは、長年戦場を歩いてきた戦士特有の落ち着きだ。

 

 真ん中にリュカとスラリン。そして最後尾に、僕。

 

 僕は、バトルマスターとして剣を振るったこともあるし、パラディンとして盾になったこともある。魔法戦士として剣と魔法を併用し、賢者として後方支援を極めた経験もある。

 

 前衛に立っても、十分すぎるほど戦える。

 

 でも、だからこそ後衛にいる。

 

 僕が前に出てしまうと、パパスさんと役割が重なってしまう。それに、今守るべきは戦線じゃない。日常だ。リュカが笑って歩ける時間そのものを、壊さないこと。その役目は、後ろから全体を見渡せる僕が一番向いている。

 

 草原には、ところどころ魔物の気配もあった。遠くで影が動いたり、草が不自然に揺れたりするのが見える。でも、近づいてくることはない。

 

「……やっぱり、分かるんだね」

 

 僕との力量差を。魔物たちは本能で察しているのだろう。ここは、手を出すべき相手じゃないと。だから戦闘は起きない。剣も、魔法も使わずに、ただ歩いて進める。

 

 それが、何よりありがたかった。

 

「ねえホイミン」

 

 リュカが少し振り返って言った。

 

「サンタローズの人たち……ぼくたちを、受け入れてくれるかな?」

 

 その声には、ほんのわずかな不安が混じっていた。僕はふわりと前に出て、リュカの目の高さまで降りる。

 

「大丈夫だよ。リュカは、あの村の大切な子どものはずだから」

 

「……ホイミンは?」

 

「僕も、リュカの仲間だからね」

 

 そう言うと、リュカは少し安心したように笑った。スラリンも「ボクもいるよ!」と元気よく弾む。受け入れてもらえるといいな、と思う。村の人たちに。

 

 そして、リュカのもう一人の家族――サンチョさんに。草原の向こうに、なだらかな丘が見え始めていた。その先に、きっとサンタローズの村がある。風が草を揺らし、太陽がゆっくり空を移動していく。僕たちは、その中を歩いていく。戦いではなく、帰るための旅を。

 

☆ ☆ ☆

 

 長い草原を越え、なだらかな丘を一つ越えたとき、木の柵と門が見えてきた。サンタローズの村だ。夕方の陽射しが村を包み、屋根瓦や井戸の縁が橙色に染まっている。どこからか薪の燃える匂いが漂い、懐かしさと温かさが胸の奥に広がった。

 

 ここが、リュカの帰る場所。

 

「着いたみたいだね、リュカ」

 

「……うん」

 

 リュカは少しだけ緊張した顔で村を見つめていた。頭の上のスラリンも、先ほどより大人しく、ぷるんと小さく震えている。門の前に立っていた門番の兵士が、こちらに気づいて目を見開いた。

 

「やや!? その姿は……パパスさんではありませんか!? 2年も村を出たまま、一体どこへ行っておられたのですか! ともかく――お帰りなさい!!」

 

 兵士は駆け寄り、深く頭を下げた。だが、次の瞬間、その視線がパパスさんの後ろ――僕とスラリンに移る。

 

「……む?」

 

 空気が一変した。兵士は反射的に槍を構え、鋭い切っ先をこちらへ向ける。

 

「パパスさん! スライムが……!? しかも、息子さんの頭の上に! 危険です! 今すぐ倒さなくては――!」

 

 スラリンがびくっと震え、リュカの髪にしがみついた。僕も一歩前に出ようとしたが、その前に――。

 

 パパスさんが、何も言わず、ただリュカの背中を視線でそっと押した。それだけで、リュカはすべてを理解したようだった。

 

「待って!!」

 

 リュカは兵士の前に立ち、両手を大きく広げた。

 

「兵士のおじさん!! ホイミンもスラリンも、悪いモンスターじゃないよ! ぼくの……ぼくの友達なんだ!!」

 

 必死な声だった。それは、守りたいものがある人間の声だった。心が温かくなった。

 

「……友達?」

 

 兵士は槍を下げはしなかったが、明らかに戸惑っている様子だった。僕とスラリンを交互に見て、眉をひそめる。

 

「確かに……その二匹はモンスターのはずだ。だが、リュカ君を襲う気配はない……」

 

 しばらくの沈黙の後、兵士はゆっくりと槍を下ろした。

 

「……分かった。おじさんは、リュカ君の言うことを信じよう」

 

「ありがとう!!」

 

 リュカは満面の笑みを浮かべた。スラリンも安心したように「よかったぁ……」と小さく声を漏らす。

 

「だがな」

 

 兵士は真剣な表情に戻る。

 

「村に入るのは、少し待っていてくれ。村のみんなに事情を説明しなければならない。突然モンスターを連れて入れば、混乱が起きてしまうからな」

 

 その言葉に、今まで黙っていたパパスさんが大きくうなずいた。

 

「そうだな。二人とも悪いモンスターではないと、私も分かっている。だが、村人に話を通さねば、思わぬ事故が起きかねん。頼んだぞ」

 

「分かりました! すぐ戻ります!」

 

 兵士はそう言うと、門をくぐり、村の中へ走っていった。そこには喜びがあるように見えた。

 

「パパスさんが帰ってきたぞー!!」

 

 その声が村の中に響く。リュカとスラリンは顔を見合わせ、くすっと笑った。僕も、思わず体がふわりと弾んでいた。――受け入れてもらえる。そんな予感が、確かにあった。

 

 しばらくして、村の中から、息を切らしながら走ってくる一人の男が見えた。少し太り気味な人物だ。

 

「だ、旦那様――!!」

 

 男は門の前で膝をつき、そのまま深々と頭を下げた。

 

「お帰りなさいませ!! サンチョは……サンチョは寂しゅうございました!!」

 

「すまなかったな、サンチョ」

 

 パパスさんは静かに言い、続けて僕たちを手で示した。

 

「それと、新しい家族が増えた。そこにいるホイミスライムのホイミンと、スライムのスラリンだ」

 

 そして、ほんの少し声を落としてリュカとスラリンに聞こえないように続ける。

 

「……リュカは、マーサの血統を正しく継いだようだ」

 

 その言葉に、サンチョさんの目が大きく見開かれ、やがて深い感慨に満ちた笑顔へと変わった。

 

「……そうでございましたか……!」

 

「それと、ホイミンは伝説の武器に関しても知識を持っている。調査が、一気に進むかもしれん」

 

「それは……それはようございました!!」

 

 二人の話が続く中、リュカは我慢できなくなったのだろう。ぐいっと前に出て、声を張り上げた。

 

「サンチョ! ただいま!! 父さんだけじゃなくて、ぼくともお話ししてよ!」

 

「――ぼっちゃーーん!!」

 

 サンチョさんは感極まった様子で膝を折り、リュカを抱きしめた。

 

「お帰りなさいませ!! そして……坊ちゃんの新しいお友達も、初めましてでございますな!」

 

「初めまして! ぼく、スラリン!」

 

「初めまして、サンチョさん」

 

 僕も一歩前に出て、丁寧に言った。

 

「ボク、ホイミン。人間になりたくて、旅をしているんだ」

 

 夕陽が村を照らす中、サンタローズの門は、静かに開かれていった。――ここからが、新しい日常の始まりだ。




ホイミンはドラクエ6を経由しているので、レベルが高く、メラゾーマの直撃を普通に耐えてしまいました。

ルドマンさんはトルネコの

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