【完結】夢見る癒して   作:万歳!

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第24話 悲劇

 マスタードラゴンは、「プサン」という名を名乗り、いったんグランバニアに滞在することになった。

 

 天空城の主が人の姿で地上に降りる――それ自体が異例中の異例だ。けれど、今はそれを咎める者はいない。世界は静かに、しかし確実に次の局面へ進みつつあった。

 

 ビアンカが出産するまでは、パパスさんもボクも、すべてをリュカたち優先にする。魔界突入も、大魔王討伐も、今は一歩引く。命が生まれようとしているのだ。それ以上に優先すべきものなんて、あるはずがない。

 

 グランバニアの城内では、時間の流れが少し変わったように感じられた。

 

 朝になれば、城の中庭に剣の打ち合う音が響く。リュカはパパスさんと向かい合い、汗を流しながら剣を振るっていた。以前よりも姿勢が安定し、無駄な動きが減っている。

 

「力に頼るな、リュカ。剣は流れだ」

 

「はい、父さん!」

 

 剣の稽古が終われば、今度は政務の時間だ。

 

 玉座の横に座り、書類の読み方、民の声の聞き方、王として決断するとはどういうことか――パパスさんは一つ一つ、噛み砕くように教えていた。

 

 そして、そのすぐ近くには必ずビアンカがいた。

 

 お腹はまだ目立たないが、彼女は柔らかな表情でリュカを見守っている。時折、体調を気遣ってマグダレーナさんが声をかける。

 

 仲間のモンスターたちも自然と集まり、プックルはビアンカの足元で丸くなり、スラリンは頭の上でぷるぷると揺れていた。

 

 ――平和だ。

 あまりにも、穏やかで、温かい。

 

 でも、それだけじゃ駄目だ。幸せな時間の中だからこそ、向き合わなければならない真実がある。ビアンカの血統のこと。

 

 それを、ダンカンさんたちは話す決断をした。

 

 話を聞くのは、パパスさんとボク、リュカ、そしてその仲間たちだけ。この事実を知る人間は、少ない方がいい。何より――ビアンカのために。

 

 その日、いつもの談笑はなかった。

 

 城の一室に集まった空気は、どこか張り詰めていて、仲間のモンスターたちでさえ、異変を察したのか静かにしていた。

 

「それで、どうしたのパパ?」

 

 ビアンカが首を傾げる。

 

「改まって、こんなふうにみんなを集めちゃって」

 

 軽い調子だった。いつも通りの、明るいビアンカ。

 

「ああ……実はな」

 

 ダンカンさんは言いかけて、言葉を詰まらせた。

 

「お前に聞いてほしい話があるんだ」

 

「なにそれ、ただ話すために集めたの?」

 

 ビアンカはくすりと笑った。けれど――その笑顔は、すぐに消えた。

 

 ダンカン夫妻も、パパスさんも、そしてボクも。誰一人、笑っていなかったからだ。

 

「……何なの?」

 

 部屋の空気が、ぴんと張りつめる。

 

「実は……私の口からは、やっぱり言えない!」

 

 ダンカンさんは頭を抱えるようにして言った。

 

「マグダレーナ、頼む!」

 

「……はぁ」

 

 大きなため息。

 

「こういうのは、男親の務めだろうに……まったく」

 

 そう言いながら、マグダレーナさんは一歩前に出た。その背中は、どこか覚悟を決めた人のそれだった。

 

「まずね、ビアンカ」

 

 優しい声。

 

「私たちは、あんたのことを心から愛している。それだけは、絶対に分かっておくれ」

 

「そんなの、分かってるわ、ママ」

 

 即答だった。

 

「ビアンカ……あんたは、養子なんだ」

 

「――えっ」

 

 時間が、止まったように感じた。ビアンカの目が大きく見開かれ、息を呑む音が聞こえる。

 

「ほら、驚かない」

 

 マグダレーナさんは、すぐに続けた。

 

「私たちはあんたを愛している。血のつながりなんてなくても、家族さ」

 

 一瞬、青ざめかけたビアンカの顔に、少しずつ色が戻っていく。マグダレーナさんは、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「あれは、私たちがまだ行商をしていたころ……雨宿りをしていた時のことさ。樹の陰から、かすかな泣き声が聞こえてきた。それが――あんただった」

 

 静かな語り。

 

「そしてね……今はもう無くなっているけど」

 

 少し間を置いて。

 

「あんたの背中には、翼があった。

 そう……天空人のような翼が」

 

「天空人……?」

 

 ビアンカの声が震えた。

 

「勘違いしないでおくれ」

 

 マグダレーナさんは、すぐに抱き寄せるような視線を向ける。

 

「驚いたかもしれない。でも、私たちは本当に心からビアンカを愛してる。マスタードラゴンに誓ってもいい」

 

 そして、少しだけ苦笑して言った。

 

「ただね……リュカとパパスのすれ違いを見てたら、私たちも思っちゃったのさ。――隠し事は、もうやめようって」

 

 マグダレーナさんは、妊娠しているビアンカをそっと抱きしめた。

 

「ごめんね……こんな時に」

 

 遅れて、ダンカンさんもその輪に加わる。ビアンカは、何も言わなかった。ただ、二人に身を預けていた。

 

 ――間違いなく、家族だ。

 

 リュカは驚いていた。でも、拒絶はなかった。彼は静かにビアンカの手を握り、その温もりを確かめるようにしていた。

 

 ボクは、その光景を見ながら、胸の奥でそっと息を吐いた。

 

(よかった……)

 

 心配は、していなかった。それでも――この瞬間を、ちゃんと見届けられてよかった。

 

 秘密は明かされた。でも、絆は壊れなかった。むしろ、前よりも、強く、深く結ばれているように見えた。

 

 ――この子たちなら、大丈夫だ。

 

☆ ☆ ☆

 

 部屋の空気は、すでに涙の匂いを含んでいた。リュカも、ビアンカも、そして仲間のモンスターたちも、言葉を失ったまま、ダンカン夫妻の話を聞いていた。誰も声を出さない。けれど、誰も目を逸らさなかった。

 

 本当は――こんな話、したくなかった。

 

 ビアンカの出生の秘密も、天空人の血も、知らないまま幸せに生きることだってできただろう。でも、それは「今」だけの幸せだ。

 

(守るためには、知っていなきゃいけない)

 

 リュカとビアンカ、そしてお腹の中の小さな命を守るために。避けては通れない話が、まだ残っている。

 

「……さてと」

 

 ボクはわざと少しだけ軽い声を出した。沈黙に押し潰されそうな空気を、ほんのわずかでも和らげるために。

 

「ビアンカたちの話は、一応ここまでだね……」

 

 視線をパパスさんに向ける。

 

「それで、パパスさん。ボクが話す? それとも、パパスさんから?」

 

 パパスさんは、ほんの一瞬だけ目を閉じ、それから静かに首を振った。

 

「ホイミン……その時代を知っているのは、お前だ。任せる」

 

「……分かった」

 

 ボクは小さく頷いた。一度、深く息を吸う。胸の奥に溜まった重たい空気を、ゆっくりと吐き出す。みんなの視線が、一斉にボクに集まる。

 

 ――まだ、終わりじゃない。そんな予感を、誰もが感じ取っているようだった。

 

「リュカ」

 

 名前を呼ぶと、リュカはすぐに顔を上げた。

 

「ボク、勇者レック様の話はよくしてたよね」

 

「うん……うん」

 

「でも、勇者ソロ様の話は、あまりしてこなかった」

 

 リュカは少し考え込むように視線を落とす。

 

「そう、だね……それが、今日の話と関係あるの?」

 

「あるんだ」

 

 ボクは、はっきりと言った。

 

「天空人と人間の間に生まれた子どもは……天空の勇者に選ばれる」

 

 空気が、凍りついた。

 

「魔王を打倒する存在として、ね」

 

「……えっ」

 

 ビアンカの声が、かすかに震えた。

 

「そして――」

 

 ボクは、できるだけ淡々と、でも誤魔化さずに続けた。

 

「昔、マスタードラゴンは天空人と人間の婚姻を許さなかった。生まれた子どもは人間の手に預けられ、父親は天罰を受けて命を落とし、母親とも引き離された」

 

 言葉が、刃のように突き刺さるのが分かった。

 

 リュカとビアンカの顔色が、みるみるうちに失われていく。――自分たちも、同じ運命を辿るのではないか。その恐怖が、はっきりと表情に浮かんでいた。

 

「安心して」

 

 ボクは、少しだけ声を強くした。

 

「マスタードラゴンには、もう話をつけてある」

 

 二人の視線が、ボクに戻る。

 

「ボクが勇者様と一緒に世界を救った、その報酬として……リュカとビアンカ、そして生まれてくる子どもに、天罰は下さないって、約束させた」

 

「……そっか」

 

 リュカの肩から、力が抜けた。

 

「ありがとう……ホイミン」

 

「うん」

 

 微笑み返しながら、ボクは胸の奥で小さくため息をついた。

 

「本当はね、ここで話を終えられたら良かった」

 

 でも、と続ける。

 

「もう一つ……どうしても伝えなきゃいけないことがある」

 

 リュカも、ビアンカも、そして仲間のモンスターたちも、目を見開いた。スラリンが、無意識にリュカの頭の上でぷるりと震える。

 

「勇者ソロ様は……」

 

 記憶が、胸の奥で痛んだ。

 

「勇者としての力が完全に覚醒する前に、魔王に襲撃された」

 

 誰かが、息を呑む音がした。

 

「ソロ様を守るために、多くの人が動いた。隠し、逃がし、時間を稼いで……その結果、多くの人が犠牲になった」

 

 ボクは、触手を握りしめた。

 

「ボクはね……その悲劇が、また繰り返されるんじゃないかって、不安なんだ」

 

 この場にいる全員の表情に、はっきりとした恐怖が浮かぶ。想像してしまったのだ。魔物に追われ、狙われ、逃げ続ける未来を。

 

「マーサさんが攫われたのも……」

 

 声が、わずかに低くなる。

 

「もしかしたら、リュカを――勇者の可能性を持つ存在を狙ってだったのかもしれない」

 

「……そんな……」

 

 ビアンカの手が、無意識にお腹へ伸びた。

 

「でもね」

 

 ボクは、はっきりと前を向いた。

 

「安心して、リュカ。たとえ魔王が数千、数万で攻めてきても、必ずボクとパパスさんで撃退する」

 

 パパスさんが、力強く頷く。

 

「だから」

 

 ボクは仲間たちに視線を向けた。

 

「スラリン、ドラきち、プックル……他のみんなも、リュカとビアンカを守ることを最優先にして」

 

 仲間たちは、迷いなく頷いた。それが当たり前だと言わんばかりに。

 

「まぁ……」

 

 ボクは、少しだけ肩をすくめた。

 

「何も起きない可能性も、もちろんある。ただ……頭の片隅に、入れておいてほしい」

 

「分かった」

 

 リュカが、まっすぐに言った。

 

「父さん……何かあった時のために、ボクも鍛えて」

 

「もちろんだ、リュカ」

 

 パパスさんの声は、静かで、そして強かった。

 

「私のように、妻を攫わせはしない。そのためには、お前自身も強くなっておく必要がある」

 

 リュカは、はっきりと頷いた。その姿を見ながら、ボクは胸の奥で静かに誓った。

 

(今度こそ……誰も失わない)

 

 この家族も、この命も、この未来も。――全部、守り抜く。

 

☆ ☆ ☆

 

 話が終わったあと、ボクは一人で外壁に立っていた。

 

 グランバニア城の高い城壁。石積みの冷たさが、触手越しにも伝わってくる。夜風が吹き抜け、触手が僅かに揺れた。

 

 眼下には王都の灯りが広がっている。城内に城下町を作った。魔物から国民を守るために。凄い選択だと思う。もしマーサさんが誘拐されずパパスさんが王として残っていたなら、より発展した国を見ることができたかもしれない。

 

 人々の営み。眠りにつく家々。酒場の名残の笑い声。すべてが平和で、何事もない夜に見える。まるで今は何もありませんよというかの如く。

 

 ――だからこそ、目を離すわけにはいかない。

 

 ボクは外を見張っていた。空を。街道を。森の影を。

 

 何一つ、見落とすつもりはなかった。もし勇者ソロ様の時と同じなら……魔王たちは必ず仕掛けてくる。油断はできない。

 

(守るんだ)

 

 リュカを。ビアンカを。そして――まだ名もない、お腹の中の小さな命を。

 

 この城は強固だ。兵もいる。城壁で敵を抑えられる。だが仮にイオナズンの直撃を数回受けたらどうなるだろうか?

 

 油断はできない。勇者ソロ様の時代を、ボクは知っている。「安全」だと思われた場所ほど、狙われる。

 

 月明かりに照らされた雲が、ゆっくりと流れていく。

 

 その静けさの中で、足音が近づいてきた。

 

「ホイミン」

 

 振り返ると、そこにパパスさんが立っていた。鎧は着ていない。だが、その佇まいには王としての重みがある。

 

「どうしたの、パパスさん?」

 

「……お前に相談したいことがあってな」

 

 声は低く、周囲を警戒するように抑えられていた。

 

「なら、場所を変える?」

 

「いや、ここがいい。ここなら話が漏れることもないはずだからな」

 

 その一言で、ボクは察した。これは世間話じゃない。――何か、決定的におかしい。夜風が一段と冷たくなった気がした。

 

「大臣の一人が……裏切り者の可能性がある」

 

「っ!?」

 

 一瞬、頭の中で警鐘が鳴り響いた。

 

「具体的には?」

 

「ビアンカの出産に合わせて、子守役を増やそうと進言してきた」

 

「それ自体は、不自然じゃないよね……」

 

「だがな」

 

 パパスさんは一歩、城壁に近づいた。

 

「オジロンに命じて裏を探らせた。その大臣の身元保証人とされている者が……その話を知らなかった」

 

 ぞくり、と背筋が冷えた。

 

「……確かに、それは怪しい」

 

「だろう」

 

「生まれてくる赤ちゃんが、勇者の可能性を持つことは……知っている?」

 

「いや。あの場にいた時、あの男はいなかった。大臣としても、なり立てだ」

 

 夜空を見上げながら、パパスさんは続ける。

 

「功績を上げようとしているだけの可能性もある。だが……勇者ソロの件を思えば、油断はできん」

 

「現時点で……逮捕できるほどの証拠は?」

 

「無い」

 

 短く、はっきりとした答えだった。

 

 ボクは目を閉じ、思考を巡らせる。

 

「……なら」

 

 ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「ビアンカの出産のタイミングで、魔王の手勢が動く可能性は高いね」

 

「そうだ」

 

 パパスさんは即座に肯定した。

 

「私は国王だ。民を、街を、犠牲にするわけにはいかない」

 

 その声には、父としての苦悩と、王としての覚悟が混じっていた。

 

「出産の日は、警戒を最大限に引き上げる。だが……」

 

 パパスさんはボクを見る。

 

「ホイミン。お前は呪文を使える。城内より、城外で戦った方が力を発揮できるはずだ」

 

 その言葉に、ボクは静かに頷いた。城の中で本気の戦闘をすれば、守るべき人たちまで巻き込んでしまう。

 

「城外を任せてもいいか?」

 

「もちろん」

 

 即答だった。

 

「城内の安全が確認でき次第、私も必ず救援に向かう」

 

 ボクは、パパスさんを見つめて言った。

 

「任せて。例え数千、数万の敵が襲って来ようとも、必ず撃退してみせる」

 

 そして、胸の奥で誓いを立てる。

 

「マスタードラゴンにじゃない。世界を救った勇者レック様、勇者ソロ様、そしてその仲間たちに誓うよ」

 

 一瞬、パパスさんの目が揺れた。

 

「パパスさんも、無理はしないで。皆で生きよう」

 

 そうして、少しだけ微笑む。

 

「それに……パパスさんは、マーサさんとも再会しなくちゃ」

 

「……ああ」

 

 低く、しかし確かな返事だった。

 

「私は配下に命じて、その大臣の動きを探らせる。もし、致命的なことをしようとしていた場合――」

 

 言葉が、夜に沈む。

 

「未遂でも……斬る」

 

 王の決断だった。ボクとパパスさんは、互いに視線を合わせ、無言で頷いた。言葉はいらない。そして、それぞれの役割へと戻る。

 

 ――ここからは、ボクとパパスさんの戦いだ。

 

 絶対に、リュカたちを参戦させない。子どもに剣を握らせる戦いにはしない。ボクたちだけで終わらせる。それが、大人の責任だ。

 

 空を見上げると、満月が高く昇っていた。

 

 あまりにも明るく、あまりにも静かで――

 

 まるで「何をしても無駄だ」と嘲笑っているかのように。

 

 ボクはその視線を、意識的に振り払う。

 

(違う)

 

 例え運命がどうであれ、例え神が何を定めていようと。ボクは守る。リュカを。ビアンカを。そして――生まれてくる、未来を。

 

 何が起きようとも。




次回、宿命の時二回目。

ルドマンさんはトルネコの

  • 子孫
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