【完結】夢見る癒して   作:万歳!

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第3話 運命

 そして――サンタローズの村には、思ったよりも早く噂が広まっていった。

 

「パパスさんが戻ってきたらしいぞ!」

 

「息子さんが……魔物を連れているって?」

 

「いやいや、スライムとホイミスライムだそうだ。危険な連中じゃない」

 

 最初は家々の軒先で交わされる小声だったものが、やがて井戸端会議の話題となり、パン屋の前、酒場の入口、武器屋の店先でも、同じ言葉が繰り返されるようになっていった。だが不思議なことに、村は混乱するどころか、いつもより少しだけ活気づいているように見えた。

 

 誰かが剣を抜くこともなければ、槍を構えて門に集まることもない。それは、この村が長年培ってきた「パパスへの信頼」が、何よりも強固な証だった。

 

 そしてもう一つ。スライムやホイミスライムが、子どもたちにとって絵本や昔話に出てくるどこか親しみのある魔物として知られていたことも、大きかったのだろう。

 

(……よかった)

 

 ボクは、体の奥にたまっていた緊張が、すっと溶けていくのを感じながら、ふよふよと空中を漂っていた。

 

 石畳の道を、リュカは軽やかな足取りで歩いている。リュカの頭の上には、スラリンがちょこんと乗っていて、リュカが歩くそのたびにぷるん、ぷるんと体を揺らしていた。時折バランスを崩し、ずり落ちそうになると、慌てて体を伸ばしてしがみつく。

 

「ねぇスラリン、落ちないでよ?」

 

「だいじょうぶだよ! リュカのあたま、あったかくてきもちいいんだ!」

 

 その無邪気な声に、リュカはくすっと笑った。笑顔を見て、ボクの胸も自然と温かくなる。ボクは二人の少し後ろを、同じ速さで浮遊しながらついていった。村の空気は穏やかで、焼きたてのパンの匂いと、薪の焦げる匂いが混じり合って、どこか懐かしい。

 

 通りのあちこちで、村人たちが足を止めてパパスさんに声をかける。

 

「お帰りなさいませ、パパスさん」

 

「ご無事で何よりです」

 

「坊ちゃん、大きくなったねぇ」

 

 パパスさんはその一つ一つに、穏やかに頷き、短く言葉を返していた。その背中には、長い旅を経た疲れが見え隠れしているのに、不思議と弱さは感じられなかった。

 

 リュカに向けられる視線は、さらに柔らかい。まるで村全体が、彼の成長を一緒に見守ってきたかのようだった。

 

(みんな……本当に、この親子が好きなんだな)

 

 だからこそ、ボクやスラリンの存在も、恐れではなく「不思議な出来事」として受け止められたのだろう。その事実が、胸の奥をじんわりと温かくしてくれた。

 

 やがて一行は、村の中でもひときわ立派な家の前にたどり着いた。分厚い木の扉には、長い年月を感じさせる無数の傷が刻まれており、この家が幾度も風雨を耐え抜いてきたことを物語っている。

 

 パパスさんが扉に手をかけ、ゆっくりと開いた、その瞬間――

 

「おじさま! お帰りなさい!」

 

 ぱたぱたと軽やかな足音とともに、一人の少女が飛び出してきた。リュカと同じくらいの年頃だろうか。肩までの髪が弾むように揺れ、好奇心に満ちた瞳が、こちらをまっすぐ見上げている。

 

「……? サンチョ、この娘は?」

 

 一瞬きょとんとした表情を浮かべるパパスさんに、背後からサンチョさんが慌てて前に出た。そして胸を張り、満面の笑みで言い切る。

 

「私の娘でございますよ、旦那様!」

 

「なに!? サンチョの……?」

 

 パパスさんは、サンチョと少女を交互に見比べ、思わず言葉を失った。だが、その驚きも長くは続かなかった。

 

「違うわよ、パパス!」

 

 家の奥から、よく通る声が響いたのだ。

 

「おお……ダンカンの女将さんのマグダレーナじゃないか!」

 

 現れたのは、穏やかな物腰の女性だった。少女とあまり似ていない顔つきだが親子なのだろう。少し疲れた様子ではあるが、その瞳には芯の強さが宿っている。

 

「旦那様、ダンカンさんが病気になられまして……薬を取りに来ていたのです。それで、少しの間、こちらに滞在させていただいております」

 

「そうだったのか……それは大変だったな」

 

 大人たちが事情を話し合い始めると、その間に、少女はそっとリュカの袖を引いた。

 

「ねぇ。大人の話って、長くて難しいでしょう? 二階に行きましょうよ」

 

「うん! いいよ!」

 

 リュカは即座に頷いたが、ふと何かを思い出したように振り返る。

 

「スラリンたちも一緒でいいでしょう?」

 

「……兵士のおじさんが叫んでたから、ちょっと聞こえてたけど」

 

 少女はスラリンとボクを交互に見て、目を丸くしたあと、ぱっと笑顔になった。

 

「本当に、魔物を友達にしてるんだ。すごいじゃない! ねぇねぇ、どうやって仲良くなったの?」

 

「えへへ、それはね――」

 

 リュカは誇らしげに語り始めた。スラリンと出会った日のこと。そして、ホイミン――つまりボクと、一緒に旅をしてきたこと。

 

 少女は階段を上りながら、何度も振り返っては話を聞いてくれる。その表情には恐れはなく、ただ純粋な驚きと好奇心だけがあった。

 

 ボクは一瞬、階段の下にいるパパスさんの方を振り返った。その視線に気づいたのか、パパスさんは何も言わず、静かに頷いてくれる。

 

(……大丈夫)

 

 その合図を受け取って、ボクは安心して二人の後を追った。ふよふよと空中を漂いながら、木の階段を一段ずつ上っていく。

 

 二階の窓から差し込む夕日が、部屋をやさしいオレンジ色に染めていた。長い影が床に伸び、時間がゆっくりと流れているのを感じる。

 

 これから先、どんな運命が待ち受けているのか――その時のボクたちは、まだ何も知らなかった。

 

 けれど確かに、この家、この村、この仲間たちと過ごす時間が、かけがえのないものになる予感だけは、胸の奥で、静かに、そして確かに灯っていた。

 

☆ ☆ ☆

 

 二階の部屋には、夕暮れの光がゆっくりと差し込んでいた。木枠の窓から入るオレンジ色の光が、床や壁を柔らかく染め、昼と夜の境目を静かに告げている。

 

 ベッドの上に腰掛けた少女が、胸を張るように名乗った。

 

「私はビアンカ。私のこと、覚えてる?」

 

 その声は少しだけ自信満々で、少しだけ不安が混じっている。リュカは一瞬きょとんとしたが、すぐに顔をほころばせた。

 

「もちろん! 覚えてるよ、ビアンカ!」

 

「……本当かしら?」

 

 ビアンカはじっとリュカの顔を覗き込み、疑うように目を細めたが、すぐに肩をすくめて笑った。

 

「まぁ、それは横に置いといて」

 

 そう言って、今度は視線をスラリンとボクに向ける。

 

「そこにいるスライムさんたちとは、どうやって友達になったの?」

 

 その問いに答えようとした瞬間――ボクが口を開くより早く、スラリンがぴょん、と弾んだ。

 

「僕はスラリン! リュカが僕に野菜をくれて、友達になってって言ってくれたんだ!! それで、ずっと一緒について行くことにしたんだ!」

 

 まるで宝物を語るような口調だった。ビアンカは目を丸くし、少しだけ口を開けたままスラリンを見つめる。

 

「……そうなの。ずいぶん素敵な出会いじゃない」

 

 そう言ってから、今度はボクに視線を移した。

 

「じゃあ、ホイミスライムさんは? どうしてリュカと一緒に旅をしているの?」

 

 その問いには、少しだけ真剣さが混じっていた。ボクは空中で姿勢を正し、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「ボクはね、人間になりたくて、ずっと旅をしているんだ。それでリュカと一緒に旅をしていたら……人間になれそうな気がしたんだよ」

 

 その言葉に、ビアンカは目を見開いた。

 

「え……? どうして、人間になりたいの?」

 

 純粋な疑問。責めるでもなく、否定するでもない、まっすぐな問いだった。ボクは少しだけ昔を思い出しながら、語り始める。

 

「なんでかな……多分、人間のいいところを知ってしまったからだと思う。もちろん悪い面もあるけど……それでもボクは人間の光に憧れてるんだ」

 

 二人は神妙に聞いてくれた。そしてビアンカが疑問点を聞いてきた。

 

「でも、リュカと一緒にいたら何で人間になれると思ったの?」

 

「分からない。でも、ボクはね、もともと、ただのスライムだったんだ。その頃、空を飛びたいって、ずっと思ってた」

 

 リュカとビアンカは、黙って耳を傾けてくれている。

 

「そしたら大昔、ホイミスライムに進化できて……一緒に空を飛ぶベッドに乗って、人間と旅をしたことがあったんだ」

 

「……え?」

 

「空飛ぶベッド!?」

 

 今度はリュカが声を上げた。無理もない。普通は信じられない話だ。

 

「そんなのがあったの、ホイミン!?」

 

 ボクは少し困ったように笑った。本当は、これ以上詳しく話すと、パパスさんの願い――もっと言えば、まだ語ってはいけないリュカのお母さんの話題に触れてしまう。

 

「うん……たしか、クリアーベル? だったかな。その街で、空飛ぶベッドがあったんだよ」

 

 曖昧に濁すと、リュカは「へぇ……」と感心したように頷いた。ビアンカは目を輝かせ、身を乗り出す。

 

「いいなぁ……私も飛んでみたいなぁ」

 

 そして、何かを思い出したように胸を張る。

 

「ところでリュカ。私、もう八歳なのよ。リュカより二歳もお姉さんなんだから!」

 

「そうなの!?」

 

「そうよ!」

 

 得意げに笑ったあと、ふとスラリンを見て首を傾げた。

 

「スラリンたちは、文字、読める? もし読めないなら、私が本を読んであげる!」

 

 その言葉に、リュカとスラリンは同時にぱっと表情を明るくした。

 

「ほんと!?」

 

「聞きたい!」

 

 ボクは一瞬、考え込む。……実は、ボクは大概の文字は読める。でも、ここでそれを言うのは、なんだか野暮な気がした。

 

(……今日は、黙っていよう)

 

 ビアンカは本棚から一冊の古い本を取り出し、ぱらぱらとページをめくる。

 

「じゃあ、読むね。えーと……そ、ら、に……」

 

 たどたどしく文字を追う声。ボクは自然と、ビアンカの後ろへ回り、そっと本文を覗き込んだ。

 

 ――その瞬間、胸の奥が静かにざわめいた。

 

 この本は、天空の城のことを書いている。マスタードラゴン。ソロ様の本当の願い。幼馴染の蘇生ではなく、「天空城で暮らすことこそが栄誉だ」と信じ込んでしまった、この世界の神。

 

(……ゼニス王は、なぜ、マスタードラゴンに教育をしなかったんだろう)

 

 一瞬、視線が鋭くなる。もし、きちんと導いていれば。もし、間違いを正せていればソロ様は――。

 

 だが、すぐに我に返った。

 

(……違う)

 

 ここにいるのは、未来を背負う子どもたちだ。リュカも、ビアンカも、スラリンも。ボクはいつもの、穏やかな笑顔に戻る。

 

 そのとき――。

 

「ビアンカ! そろそろ宿に戻りますよ!」

 

 一階から、ビアンカのお母さんの声が響いた。

 

「はーい、ママ!」

 

 ビアンカは本を閉じ、少し名残惜しそうに立ち上がる。

 

「じゃあね、リュカ。スラリン、ホイミン。また、遊ぼうね!」

 

「うん! またね、ビアンカ!」

 

「バイバイ、ビアンカ!」

 

 スラリンとリュカが大きく手を振る。

 ボクは触手をゆらりと振って、それに応えた。

 

 階段を下りていく足音が遠ざかる中、夕日の光はすっかり薄れ、部屋には静けさが戻っていた。

 

(……この出会いも、きっと)

 

 まだ誰も知らない。

 

 けれど確かに、この夜は、未来へとつながる小さな分岐点だった。

 

☆ ☆ ☆

 

 サンチョさん自慢の晩ご飯は、想像以上に豪勢だった。

 

 大きな鍋で煮込まれたシチューの湯気が食卓に立ちのぼり、焼き立てのパンの香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がっている。

 

「わぁ……!」

 

「おいしい!!」

 

 リュカとスラリンは、目を輝かせながら夢中でスプーンを動かしていた。スラリンは小さな体をぷるぷると揺らしながら、皿の端に残った一滴まで大切そうに味わっている。

 

「ほっほっほ。坊ちゃんはよく食べられますなぁ。旅の疲れが出ておられるのでしょう」

 

「サンチョの料理、大好き!」

 

「ぼくも! あったかい!」

 

 その様子を、パパスさんはどこか眩しそうに見守っていた。ボクもまた、胸の奥がほっと緩むのを感じていた。

 

 食後は、サンチョさんが用意してくれた大きなお風呂だ。湯気の向こうから聞こえてくる、リュカとスラリンのはしゃぐ声が、家の中にこだましている。

 

「スラリン、あったかいね!」

 

「うん! とけちゃいそう!」

 

 その声も、しばらくすると静かになった。長旅の疲れが、一気に出たのだろう。

 

 二人は同じベッドに並んで横になると、ほんの数分もしないうちに、すぅすぅと寝息を立て始めた。スラリンは無意識のうちにリュカの腕のあたりにくっつき、リュカはそれを自然に抱き寄せている。

 

(……平和だな)

 

 ボクは、そっと2階の部屋から出た。。

 

 そして――ここからが、本題だった。

 

 子どもたちが眠りについたのを確認してから、ボクとパパスさん、サンチョさんは、居間のテーブルを囲んだ。ランプの明かりが揺れ、外では夜風が木々を鳴らしている。

 

 パパスさんは、腕を組んで低く息を吐いた。

 

「それでだ、ホイミン。前に言っていたな。ホイミンは……勇者と一緒に旅をしたことがあると」

 

「うん」

 

 ボクは静かに頷いた。

 

「ボクは、勇者レック様と仲間のみんなと一緒に旅をした。ダーマ神殿で加護を受けたりしながらね。それから……次の世代の勇者、勇者ソロ様と、その仲間たちともね。そして、魔王を討伐したよ」

 

 その言葉に、サンチョさんが目を見開いた。

 

「な……ダーマ神殿……! それは……まさか、神話の時代では……!」

 

「事実だ」

 

 パパスさんは、重く頷いた。

 

「私は、勇者なら魔界への道を開けると調べ上げた。そのために、伝説の武器――天空の剣も手に入れた」

 

 パパスさんは一瞬、言葉を区切る。

 

「だが……前にホイミンから聞いた話だと、勇者ソロの血統は……すでに絶えてしまったのだな?」

 

 空気が、張りつめた。

 

「……なっ!?」

 

 サンチョさんが、思わず声を上げる。

 

「そ、それは真でございますか、旦那様……!?」

 

 ボクは、パパスさんの代わりにゆっくりと肯定の頷きを返した。

 

「……うん」

 

 一瞬、ランプの炎が揺れた。

 

「マスタードラゴンは……勇者ソロ様の本当の願い――ソロ様の身代わりに亡くなった幼馴染の蘇生じゃなくて……天空城で暮らすことを、魔王討伐の報酬にしたんだ」

 

 言葉を選びながら、続ける。

 

「ボクは人間じゃないから、確かなことは言えないけど……ソロ様のお父さんは、マスタードラゴンの天罰……天空人と関係を持ったことで殺されて、お母さんとも……引き離されてしまったらしい」

 

 沈黙が落ちた。

 

「……それは……」

 

 サンチョさんは言葉を失い、パパスさんは唇を強く結んでいた。ボクは、胸の奥に溜め込んでいた思いを、そっと吐き出す。

 

「パパスさん。ボクは……マスタードラゴンに、思うところがある」

 

 二人は黙って聞いている。

 

「それだけじゃない。マスタードラゴンの前に、この世界を見守っていた……ゼニスの王様にも、だ」

 

 ランプの光が、テーブルに影を落とす。

 

「どうして、人間の価値観を……命の重さを、尊さを、マスタードラゴンに教えなかったのかって」

 

 一拍置いて、続けた。

 

「でも……マーサさんを助けたいなら、マスタードラゴンに直訴するのが、一番いいかもしれない」

 

「……マスタードラゴンに、か」

 

 パパスさんは、低く呟いた。

 

「うん。ボクたち勇者の仲間には、報酬はなかったけど……それでも、ボクは勇者の仲間だった。マスタードラゴンなら魔界への扉を開けるはずだ……それに」

 

 胸を張る。仲間たちとの冒険を誇らしげに。

 

「天空城には資格があるものしか入れない。勇者やその仲間たちとか……勇者様の仲間だったボクがいれば門前払いはされないと思う……本当はルーラでいければ一瞬なんだけど、飛べなくなってるから、マスタードラゴンが封印をしたのかもしれない。それにボクはマスタードラゴンが生まれる前から生きているから」

 

「ホイミン……」

 

 パパスさんは、じっとボクを見つめた。

 

「ホイミンは……天空城へ、どうやって行くかを知っているのか?」

 

「もちろん」

 

 ボクは迷わず答えた。

 

「天空への塔を登ればいい。場所も……大体なら分かる」

 

 そして、提案する。

 

「だから……ボクとパパスさん、二人で天空城へ向かうのがいいと思う」

 

 しばらく、沈黙。やがて、パパスさんは深く息を吸い、静かに頷いた。

 

「……そう、だな。さすがにリュカは連れていけないな」

 

 彼は、寝室の方角に視線を向ける。

 

「なら、夏になったら天空城へ向かうとしよう。今はまだ、春にもなっていない」

 

 柔らかく、声が緩んだ。

 

「その間は……リュカと、思いきり遊んでやらないとな」

 

 その言葉に、ボクは自然と笑顔になった。

 

「うん! それが、いいと思う!」

 

 居間の外では、夜風が静かに吹き、星が瞬いている。子どもたちは、何も知らずに眠っている。けれどこの夜、運命は確かに、ゆっくりと動き始めていた。

ルドマンさんはトルネコの

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