【完結】夢見る癒して   作:万歳!

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第36話 再開

 そしてボクたちは、魔界の奥へ、奥へと進んでいった。

 

 足元から伝わる感触は、もはや岩でも土でもない。生き物の体内を歩いているかのような、ぬめりと脈動。空気は重く、息を吸うたびに肺の奥が焼けるように痛む。それでも、足は止まらなかった。

 

 現れる魔界のモンスターたちは、確かに強かった。

 数も多い。連携も取れている。明らかに、これまでの魔界とは質が違う。

 

 だが――。

 

(正直に言えば)

 

 ボクとパパスさんなら、一人でも突破できる。

 

 それが事実だった。

 

 奇跡の剣が振るわれるたび、肉体は癒え、力の盾が衝撃をいなす。パパスさんの剣は、もはや技ではなく「意志」だった。斬るべきものと、斬らざるべきものを、寸分違わず切り分ける。

 

 だからこそ、今はあえて――前に出ない。

 

「この程度なら、任せていい」

 

 そう判断して、リュカたちに戦線を委ねていた。

 

 リュカも、ビアンカも、テンもソラも、そして仲間たちも。彼らだって、マーサさんを救うために戦いたいはずだ。

 

 ――守られるだけの存在で終わらせたくなかった。

 

 ただし。

 

(大魔王は、別だ)

 

 魔界に足を踏み入れてから、ずっと感じている。

 

 ――視線。

 

 ――圧。

 

 ――底の知れない、悪意。

 

 それは、かつて戦ったデスタムーアや、デスピサロに勝るとも劣らない。いや、性質が違う。より静かで、より深く、より執拗だ。

 

 だが、それでも。

 

(勝てる)

 

 確信があった。

 

 ボクとパパスさん。

 

 そして、ピエールとガデシュ。

 

 この四人なら、必ず勝てる。

 

 リュカたちは、マーサさんと合流した後、護衛に回ってもらう。大魔王との戦いは――ボクたちが引き受ける。それが、ボクの誓いだった。

 

 ダンジョンの奥へ進むにつれ、空気が変わった。

 

 戦意を煽る瘴気ではない。

 

 むしろ、静かで、温かい。

 

 そして――。

 

「ああ……」

 

 声が、聞こえた。

 

 胸の奥に、直接触れるような声。

 

「パパス、リュカ……」

 

 足が、止まった。

 

「私は……どんなに、あなた方に会いたかったことでしょう」

 

 そこに、彼女はいた。

 

 マーサさん。

 

 鎖に繋がれているわけでもない。

 

 だが、明らかに――この場所に縛られている。

 

「私が攫われた、あの日以来……」

 

 マーサさんは、静かに続ける。

 

「あなた達のことを、考えぬ日はありませんでした。パパス……」

 

「マーサ!!」

 

 その瞬間、パパスさんが走り出した。

 

 迷いはなかった。

 

 剣も盾も捨てる勢いで、彼女を抱きしめる。

 

「……っ」

 

 リュカが、声を殺して泣いていた。

 テンとソラも、必死に涙をこらえている。

 

 ピエールは、一歩踏み出しかけて――止まった。

 

 自分の役割を、理解しているのだ。

 

「パパス……」

 

 マーサさんの手が、彼の背に回る。

 

「あなたは、変わっていませんね……」

 

 安堵と、愛情と、そして――どこか諦め。

 

 それが混じった声だった。

 

「ですが……聞いてください」

 

 マーサさんは、ゆっくりと身を離した。

 

「ミルドラースの魔力は……異常です」

 

 その言葉に、空気が張り詰める。

 

「あなた達に再会できた。それだけで、私は……」

 

 一瞬、視線が伏せられる。

 

「思い残すことはありません」

 

 ――来る。

 

 直感が、警鐘を鳴らした。

 

「この命に代えて、ミルドラースの魔力を封じてみせましょう」

 

「そんな必要はない!!」

 

 即座に、パパスさんが否定した。

 

「マーサ、聞け。今の私は、お前を攫われた、弱かったころの私ではない」

 

 剣を構え、堂々と前に立つ。

 

「私とホイミン、ピエールとカデシュがいれば、どんな相手であろうと負けはしない」

 

 そして、少しだけ誇らしげに言った。

 

「ホイミンのおかげでな。私は……ダーマ神殿で転職したと言っても過言ではない」

 

「……ダーマ神殿?」

 

 マーサさんが驚いたように目を見開く。

 

 ボクは一歩前に出た。

 

「初めまして、マーサさん」

 

 胸に手を当て、静かに頭を下げる。

 

「ボクはホイミン。人間になることを夢見ている……先代と、先々代の天空の勇者様の仲間です」

 

 マーサさんの表情が、さらに驚きに染まる。

 

「確かに、ミルドラースの魔力は底なしに見えるかもしれません」

 

 だが、と続ける。

 

「それでも、デスタムーアやデスピサロに比べれば……弱い」

 

 断言した。

 

「ボクがいれば、負けることはありません」

 

 その言葉に、マーサさんは息を呑んだ。

 

 そして――。

 

「マーサ!!」

 

 堪えきれなかったのだろう。 ピエールが走り出した。

 

「私です! ピエールです!! 会いたかった……本当に、長い旅でした!」

 

「ああ……」

 

 マーサさんの瞳が、潤む。

 

「ピエールまで……」

 

 しばしの沈黙の後、マーサさんは、静かに言った。

 

「……ならば」

 

 両手を胸の前で組む。

 

「私も、あなた達と共に戦いましょう」

 

 ――まずい。

 

 その瞬間、確信した。

 

 これは、封印の祈りだ。

 

 大魔王を、そして――自分自身を縛る類のもの。

 

 皆は、涙を流しながら再会を喜んでいた。

 その尊さに、心を奪われていた。

 

 だが、ボクだけは――違った。

 

(来る)

 

 背後の空気が、歪んだ。

 

 次の瞬間。

 

「危ない!!」

 

 ボクは叫び、マーサさんとパパスさんの前に躍り出た。

 

 衝撃が、世界を揺らす。

 

「――におうだち!!」

 

 触手を構え、全身で受け止める。

 

 凄まじい魔力が炸裂した。

 

 ――やはりだ。

 

 再会の瞬間を、狙ってきた。

 

 大魔王は、感情の隙を逃さない。

 

 だが――。

 

(ここからだ)

 

 ボクは、歯を食いしばった。

 

 この家族を。

 

 この再会を。

 

 絶対に、壊させない。

 

☆ ☆ ☆

 

「ホ、ホイミン!!」

 

 思わず声が漏れた。

 叫ぶつもりはなかった。だが、視界に映った光景が、それを許さなかった。

 

 ホイミンが――炎に包まれていた。

 

 魔界の炎だ。

 

 ただの火ではない。意思を持ち、命を焼き尽くすために存在する、呪われた炎。その中心に、あの小さな背中が立っている。

 

(――油断した)

 

 歯を噛み締める。マーサと再会できた。それだけで、胸の奥に張り詰めていた糸が、ほんのわずかに緩んでしまったのだ。

 

 戦場に感情を持ち込むな。

 

 何度も自分に言い聞かせてきたことだというのに。

 

「大丈夫!!」

 

 炎の中から、張りのある声が響いた。

 

「それより、出てこい、ゲマ!!」

 

 その声音に、私は一瞬だけ息を忘れた。

 

 ――強い。

 

 炎に包まれてなお、揺らがぬ精神。

 

 だが、次の瞬間、嫌悪すべき笑い声が空気を切り裂いた。

 

「ほっほっほ……」

 

 姿を現したのは、やはりあの存在だった。

 

「さすがですね、ホイミン」

 

 細い目を歪め、愉悦に満ちた声で言葉を紡ぐ。

 

「大魔王様も、あなただけは別格と判断されていますよ。一対一でなければ勝てないと」

 

 吐き気がする。

 

「誇りなさい。大魔王様にそう思わせているのですから。ほっほっほ」

 

 その言葉と同時に――空気が、重くなった。否、違う。気配だ。四方八方から、押し寄せるように感じる無数の気配。一体や二体ではない。百でも千でもない。

 

(……万か)

 

 背筋が冷たくなる。

 

 だが、恐怖よりも先に、理解が来た。

 

(そういうことか)

 

 ホイミンを、ここで足止めする。大魔王の元へ向かう戦力から、最も厄介な存在を切り離すために。ゲマの狙いは、最初から明白だった。

 

 その時だった。

 

「パパスさん!」

 

 ホイミンの声が、まっすぐに私を射抜いた。

 

「進むんだ!!」

 

 一瞬、思考が止まる。

 

「ゲマと、その手勢はボクが引き受ける! 倒したら、すぐに追いかける!!」

 

 即断が求められる場面だった。

 

 迷えば、全てが崩れる。

 

 私は――ホイミンを見た。

 

 炎の中に立つ、小さな背中。

 

 だが、その背は、誰よりも大きく見えた。

 

(信じろ)

 

 それが、答えだった。

 

「皆、進むぞ!!」

 

 自分の声が、驚くほど低く、鋼のように響いた。

 

「でも、ホイミンが!?」

 

 テンの叫びが耳に届く。ソラも、唇を噛み締め、こちらを見ていた。その視線が、胸に突き刺さる。だが――ここで立ち止まることは、全員を危険に晒すことになる。

 

(私がいる)

 

 心の中で、そう呟く。

 

(ホイミンが抜けても……私が前に立つ)

 

 そして、マーサがいる。

 彼女の力があれば、穴は埋まる。

 

 気は進まない。

 

 だが、ここで消耗すれば、勝てる戦いも勝てなくなる。

 

「私が先頭を行く!」

 

 剣を構え、声を張り上げる。

 

「ピエール、最後尾は任せた!」

 

 足を踏み出す。半ば強引に、隊列を動かす。誰も逆らわなかった。皆、理解している。そして――進み始めて間もなく。

 

 背後から、凄まじい轟音が響いた。

 

 地鳴り。爆発。魔力の奔流。

 

 振り返りたい衝動を、必死で抑える。

 

(……一人で、やっているのだな)

 

 あの数を。

 

 あのモンスターたちを。

 

 私たちを信じて。

 

 だからこそ、ここに残った。

 

(ならば)

 

 拳を強く握る。

 

(その信頼に、応えねばならぬ)

 

 友として。仲間として。ダンジョンを進むにつれ、違和感が増していく。魔物が、いない。いや、正確には――邪魔をしてこない。

 

 トラップも、拍子抜けするほど少ない。

 

(……進みやすすぎる)

 

 これは偶然ではない。

 

(大魔王……ホイミンを恐れているな)

 

 だからこそ、こちらには深入りせず、全力をホイミン一人に向けている。

 

 慢心。

 

 それは、強者が必ず犯す過ちだ。

 

 歩きながら、胸の奥で何かが煮え立つ。

 

(その慢心)

 

 マーサを攫ったこと。

 

 リュカとビアンカを石に変えたこと。

 

 テンとソラに、孤独な夜を過ごさせたこと。

 

(その全てに)

 

 剣を握る手に、力がこもる。

 

(必ず、代償を払わせる)

 

 それは、ホイミンの怒りではない。

 

 夫としての怒り。

 

 父としての怒り。

 

 祖父としての怒り。

 

 私、パパスが背負うべきものだ。

 

 報いを受けさせる。

 

 大魔王よ。

 

(首を洗って、待っていろ)

 

 私は前を見据え、さらに歩を進めた。

 

☆ ☆ ☆

 

 そして――私たちは、ついにたどり着いた。

 

 魔界の最奥。

 

 空気は重く、呼吸するたびに肺の奥が焼けるようだった。足元の岩は黒くひび割れ、そこから滲み出る魔力が、まるで生き物のように脈打っている。

 

 ここが終着点だ。

 

 長き旅の果て。

 

 すべての元凶が座す場所。

 

 玉座のように盛り上がった岩の上に、それはいた。

 

「ついにここまで来たか」

 

 低く、だが魔界全体を震わせるような声。

 

「伝説の勇者と、その一族の者たちよ。私が誰であるか、そなたたちにはすでに分かっておろう」

 

 闇が揺らぎ、巨大な影が輪郭を持つ。

 

「魔界の王にして、王の中の王。ミルドラースとは、私のことだ」

 

 圧が、違う。

 

 確かに、これまで戦ってきたどの魔物とも異なる存在感だった。

 

 だが――

 

「気の遠くなるような年月を経て、私の存在はすでに神すら超えた」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。

 

「――笑わせるな」

 

 気づけば、私は一歩踏み出していた。

 

「デスタムーアとデスピサロ……鬼のいぬまに王を名乗っていただけではないか?」

 

 玉座の影が、わずかに揺れる。

 

「お前は怖いのだろう?」

 

 視線を、真正面から叩きつける。

 

「ホイミンが。だからこそ配下どもで足止めしている」

 

 一瞬、沈黙が落ちた。

 

「……だまれ」

 

 短く、苛立ちを隠さぬ声。

 

 横で、マーサが息を呑むのが分かった。

 

「ミルドラースの魔力が……抑えられている……?」

 

 マーサの声は震えていた。

 

「ありえない……ここまで弱体化しているなんて……私が祈ったとしても、ここまでは……」

 

 ミルドラースが、鼻で笑った。

 

「ふん。確かに、あの生意気なホイミスライムによって、私の力は制限されている」

 

 認めた。

 

 それだけで、胸の奥が熱くなる。

 

「配下を相手にしながら、なお私の力を抑える……認めよう。ホイミスライムは、確かに脅威だ」

 

 だが――その次の言葉に、私は剣を強く握った。

 

「だが今、お前たちの傍にはホイミスライムはいない」

 

 嘲るような声音。

 

「お前たちは、ホイミスライムと共に私に挑むべきだった。それが、敗因だ」

 

 ――違う。

 

 私は、剣を構えた。

 

「私がお前に言いたいことは三つある」

 

 声が、自然と低くなる。

 

「よくも、マーサを攫ってくれたな」

 

 一歩、踏み出す。

 

「よくも、リュカに母がいない悲しみを背負わせたな」

 

 さらに一歩。

 

「よくも、孫たちに孤独な夜を過ごさせたな」

 

 剣先が、魔王を指す。

 

「――私の怒り、受けてみろ」

 

 全身の血が、沸騰する。

 

「ミルドラース!!」

 

 私は地を蹴った。

 

 背後から、剣の風切り音。

 ピエールとリュカが、迷いなく追ってくる。

 

 詠唱が、重なった。

 

「呪文を使える者は、私に続け!!」

 

 カデシュの声だ。

 

「パパスたちのために、隙を作る!! メラミ!!」

 

「メラミ!!」

 

「メラミ!!」

 

 ビアンカとソラが続く。

 

 炎の奔流が、ミルドラースを包む――が。

 

「この程度の呪文……!」

 

 眩い光。

 かがやく息が、呪文を相殺した。

 

 だが――その瞬間。

 

(今だ)

 

 私は踏み込んだ。

 

 奇跡の剣が、闇を裂く。

 

「!!」

 

 確かな手応え。

 ミルドラースの肉体に、傷が刻まれた。

 

 奴が、こちらを見る。

 

「……成程」

 

 低く唸る。

 

「お前も、警戒すべき存在だな。さすがは、マーサの夫というべきか」

 

 その言葉に、迷いは消えた。

 

 ピエールとリュカが、左右から斬りかかる。

 ダメージは与えている。だが――

 

(まだ、足りん)

 

「上級呪文が唱えられるなら、唱えろ!!」

 

 カデシュの指示が飛ぶ。

 

「できない者は、パパスへの援護に徹しろ!!」

 

 正しい判断だ。

 

 この場で、一番前に立つべきは――私だ。

 

 踏み込み、斬る。

 

 呪文が直撃する。

 

 放たれた魔力を、剣で叩き落とす。

 

(……無傷では、済まぬか)

 

 さすがに、ホイミンほど無茶はできない。だが奇跡の剣の効果で軽傷だ。

 

 さらに、その瞬間。

 

「パパス……!」

 

 温かな光。

 マーサの回復呪文が、全身を包む。

 

(勝てる)

 

 確信が、胸に満ちた。

 

 ミルドラースが、焦っている。

 

 動きが、鈍い。

 

「ば、馬鹿な……!」

 

 魔王の声が、揺れる。

 

「ゲマ!! さっさとそのホイミスライムを黙らせろ!!」

 

 だが――返事はない。

 

 私は、斬り込んだ。

 

 奇跡の剣が、首筋を捉える。

 

「……ぐっ」

 

 致命傷のはずだ。

 だが、まだ倒れない。

 

「おのれ……こうなれば……!」

 

 魔力が、膨れ上がる。

 

「無理やり、第二形態に――」

 

 だが。

 

「――っ!?」

 

 何かが、封じた。

 

「邪魔をするな……ホイミスライム!!」

 

 怒号。

 

「……ちぃ。ゲマまでやられたか!!」

 

 そして――

 

 逃げた。

 

 大魔王が、背を向けた。

 

(逃がすか!!)

 

 その瞬間。

 

 雷が、落ちた。

 

「――!!」

 

 テンの雷が、ミルドラースを貫く。

 

(今だ!!)

 

「終わりだ!!」

 

 全身の力を、剣に込める。

 

「ホーリーエッジ!!」

 

 一閃。

 

 首が、半分、斬り落とされた。

 

 それでも――なお。

 

「バカな……!」

 

 狂った笑い。

 

「ははは! 私の勝ちだ!! ホイミスライムは息絶えた!! これで第二形態に!!」

 

 ――違う。

 

 私は、駆けた。

 

「――何!? 何故動ける……ホイミスライム!!」

 

 理性と本能が、同時に叫ぶ。

 

(止めだ)

 

「ぬわー!!!」

 

 すべてを捨てた一撃。

 

 首が――落ちた。

 

 沈黙。

 

 ミルドラースは、動かない。

 

 ……終わった。

 

「勝利だ!!」

 

 勝どきが上がる。

 

 皆が、喜ぼうとして、ミルドラースのホイミンが息絶えたという言葉に驚きの表情をしている。

 

 私の胸にあるのは、一つだけ。

 

(ホイミン……)

 

 急がねばならない。

 

 友が、待っている。




次話で最終回です。読んで頂き感謝です!
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