【完結】夢見る癒して   作:万歳!

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第4話 初めての冒険

 まだ夢と現実の境目が曖昧な時間帯、窓の外から差し込む柔らかな陽光が、木の床に淡い光の帯を描いた。その光はゆっくりと部屋の奥まで伸び、眠っていたボクの意識を静かに引き上げていく。

 

 その瞬間だった。

 

「おはよう、父さん! サンチョ! ホイミン!」

 

 弾けるような声が、家中に響き渡る。寝起きの空気を一瞬で塗り替えるほどの元気さに、ボクは思わずくすりと笑ってしまった。胸の奥に残っていた微かな不安も、その声に押し流されていく。

 

 ふわり、と宙に浮かびながらボクは応える。

 

「おはよう、リュカ。スラリンも。パパスさん、サンチョさんもおはよう!」

 

 スラリンはすでにリュカの頭の上でぷるんと揺れ、眠そうにしながらも嬉しそうだった。

 

「ああ、おはよう」

 

 パパスさんは短く答え、腕を組んでから大きく背伸びをする。その姿はどこか疲れを残しつつも、父親としての頼もしさを失っていない。

 

「サンチョ、朝食を頼む」

 

「畏まりました、旦那様!」

 

 サンチョさんは張りのある声で答え、すぐに台所へと姿を消した。ほどなくして、焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂い、温かいスープの湯気が部屋の空気をやさしく満たしていく。その匂いは、どこか安心感を伴っていて、旅の途中で感じてきた緊張を一時的に忘れさせてくれた。

 

 ボクが食器を運ぼうとすると、リュカが目を輝かせて駆け寄ってくる。

 

「ボクも手伝うよ!」

 

「ありがとう。でも、落とさないようにね」

 

「大丈夫!」

 

 そう言って、両手で皿を抱えるリュカの動きは少しぎこちない。それでも一生懸命で、誇らしげだった。その様子を見て、パパスさんがふっと口元を緩める。

 

 家族の朝。それは短くても、確かに温かい時間だった。朝食は終始穏やかな空気の中で進み、誰もが言葉少なめながらも満たされた表情をしていた。

 

 食後、パパスさんは背中に剣を帯びながら、リュカの前にしゃがみ込む。

 

「じゃあリュカ。父さんは少し出かけてくる」

 

「うん」

 

「お前はホイミンたちと一緒に遊んでいなさい」

 

「分かった!」

 

 その返事と同時に、リュカの表情がぱっと明るくなる。まるで太陽が一段階、強く輝いたようだった。

 

「ホイミン! スラリン! 遊びに行こう!」

 

「行こうよ、リュカ!」

 

 スラリンが弾むように跳ね、ぽんっとリュカの頭に乗る。ボクもくるりと宙で一回転しながら答えた。

 

「じゃあ行こうか」

 

 三人は連れ立って家を飛び出した。朝の村は活気に満ちていた。

 

 教会からは低く穏やかな祈りの声が漏れ聞こえ、酒場では昨夜の出来事を語り合う大人たちの笑い声が響いている。広場では、木の棒を剣に見立てた子どもたちが勇者ごっこに夢中になり、「必殺技だ!」などと叫びながら走り回っていた。

 

 リュカはその間を縫うように駆け回り、スラリンは弾むように追いかける。ボクは少し高い位置から二人を見守っていた。

 

 ふと立ち止まり、二人の顔を見下ろす。そこには、曇りひとつない笑顔があった。

 

(……良かった)

 

 それが偽りのない、ボクの本心だった。しばらく遊んでいると、見慣れた二人の姿が目に入った。

 

「元気そうだね、リュカ!」

 

「楽しそうね」

 

 ビアンカと、そのお母さんだった。

 

「おばさん、ビアンカ、こんにちは!」

 

 リュカは胸を張って答える。

 

「うん、楽しいよ。ね、スラリン!」

 

「うん!」

 

「そうかいそうかい。男の子はそうじゃなくちゃねぇ」

 

 そう笑ったあと、ビアンカのお母さんの表情が少し曇る。

 

「ところで、パパスがどこに行ったか知らないかい?」

 

「父さん? 出かけてくるって言ってたよ?」

 

「そうなのかい……」

 

 話を聞けば、洞窟の奥まで薬を取りに行った人が戻らず、探しに行ける大人を探しているという。

 

「呼び止めて悪かったね。好きに遊んでおいで」

 

 二人はそう言って去っていった。その背中を見送ったあと、ボクはすぐに気づいた。リュカの表情が、先ほどまでとは違っていたことに。唇をきゅっと結び、目の奥に強い光を宿している。

 

「ねぇ、ホイミン」

 

 リュカは真っ直ぐにボクを見上げた。

 

「僕たちが行っちゃダメかな? お願い!! 僕も父さんみたいに、頼られる人になりたいんだ!」

 

 その声は震えていなかった。本気だった。すぐにスラリンが口を挟む。

 

「ホイミンがいれば怖いものなんてないでしょ? お願い、聞いてあげようよ!」

 

 ボクは黙り込んだ。洞窟は危険だ。子どもが足を踏み入れていい場所じゃない。分かっている。何度も、何度も。冒険したのだから。

 

「……はぁ」

 

 小さくため息をついてから、ボクは言った。

 

「分かった。でも、条件があるよ」

 

 二人は息を呑む。

 

「絶対に、僕から離れないこと。約束できる?」

 

「うん!」

 

「約束する!」

 

 その満面の笑みを見た瞬間、もう引き返す言葉は残っていなかった。

 

 洞窟の入り口では、大人が子どもを入れないよう目を光らせている。スラリンがわざと大きく跳ね回り、視線を引きつけた。

 

「な、なんだ!? スライムが――」

 

 その隙に、リュカとボクは素早く洞窟の中へ滑り込む。すぐにスラリンも合流した。

 

 ひんやりとした空気。暗闇の奥から漂ってくる湿った匂い。ボクは胸の奥で、小さく覚悟を決めた。

 

(……これは遊びじゃない)

 

 ――冒険の、始まりだ。

 

☆ ☆ ☆

 

 洞窟の中は、思っていた以上に薄暗かった。外の光は入口から少し進んだところで完全に途切れ、代わりに壁や天井から滲み出るような湿り気と、冷たい空気が肌にまとわりついてくる。足元の石はところどころ濡れていて、歩くたびに小さな水音が響いた。

 

 それでも――。

 

「わぁ……なんか冒険って感じだね!」

 

 リュカは目を輝かせ、まるで宝探しに来たかのように周囲を見回している。スラリンも負けじと、ぴょんぴょんと跳ねながら洞窟の天井を見上げていた。

 

「ひんやりしてるけど、気持ちいいね!」

 

 ……怯える様子は、まるでない。

 

(これは……あとでパパスさんに、相当怒られるかもしれないな)

 

 ボクは内心で苦笑した。でも、リュカが自分の意志でここに来たいと望んだのも事実だ。無理やり連れてきたわけじゃない。そう思うことで、自分を納得させる。

 

 それに――。

 

(リュカには、とてつもなく強い運命がある)

 

 それは勘なんかじゃない。勇者レック様、勇者ソロ様、そしてその仲間たち。数多くの英雄を見てきたボクだからこそ、はっきりと分かる。リュカの中には、彼らと同じ……いや、それ以上の「流れ」がある。

 

 だからこそ、その運命に押し潰されないように、今から少しずつ「選ぶ力」を身につけさせてあげたい。

 

(事後承諾になるけど……パパスさんには、それで納得してもらおう)

 

 そう心の中で呟いた、そのときだった。洞窟の奥から、かすかな足音と羽音が聞こえた。

 

「……来るよ」

 

 ボクが小さく告げると、リュカとスラリンはすぐに身構える。

 

 闇の中から姿を現したのは、三匹のモンスターだった。角を構えたいっかくウサギ。重そうな棍棒を引きずるおおきづち。そして、天井近くをふわふわと飛ぶドラキー。

 

(気配を完全に消していたから、油断して出てきたみたいだね)

 

 数は三。危険度も高くはない。

 

 ――なら、いい機会だ。

 

「リュカ! スラリン!」

 

 二人に向かって声をかける。

 

「ボクがいなくても戦えるように、二人でやってみて! 大丈夫、ちゃんと後ろで見てるから!」

 

 一瞬、二人はボクを見上げた。そしてリュカは、ぐっと拳を握りしめて大きく叫ぶ。

 

「分かった!」

 

 最初に動いたのは、リュカだった。いっかくウサギにリュカはひのきの棒を握り、そっと近づく。

 

 ……そして。ひのきの棒で、撫でた。

 

(ああ……)

 

 多分、モンスターでも友達になれると思っているんだろう。殴る、という選択肢が、最初から存在していない優しい。それはリュカの一番の長所だ。

 

 だけど――戦いの場では、それが命取りになることもある。案の定、いっかくウサギは警戒心を剥き出しにし、角を低く構えた。

 

「リュカ、下が――」

 

 言い切る前に、突進。ボクは即座に前に躍り出て、触手でいっかくウサギの角を掴み、そのまま地面へ叩きつける。鈍い音。

 

 それだけで、いっかくウサギは完全に戦意を失い、洞窟の奥へと逃げ去っていった。

 

「……ごめん」

 

 リュカが視線を下げながら小さく呟く。

 

 その間に、スラリンはおおきづちとドラキーを相手に、縦横無尽に動き回っていた。

 

 体当たりで距離を詰めては跳ね退き、攻撃を誘ってはかわす。単純だけど、効果的な動きだ。

 

「リュカ!」

 

 ボクははっきりと声をかけた。

 

「君がモンスターを友達にしたいのは分かってる!! でもね、戦わなきゃいけない時もあるんだ!!」

 

 リュカはびくっと肩を震わせる。

 

「もし戦えないなら、それでもいい。ボクやスラリンが代わりに戦う! 殺す必要はないんだ!!」

 

 一拍置いて、続ける。

 

「だから……選んで!」

 

 リュカは自分の手と、ひのきの棒をじっと見つめた。そして、顔を上げる。

 

「……やってみる!」

 

 今度は迷いはなかった。リュカは今度は真っ直ぐドラキーへと走り、ひのきの棒を振り下ろした。

 

 ――鈍い音。

 

 脳天に直撃し、ドラキーはそのまま地面に落ち、ぴくりとも動かなくなる。

 

「やった……!」

 

 一方、おおきづちはスラリンに翻弄され続けていた。そこへ横からリュカが駆け寄り、ひのきの棒で一撃。

 

 スラリンの体当たりが追い打ちとなり、おおきづちは悲鳴を上げて逃げ出した。洞窟に残ったのは――倒れたドラキーだけ。

 

(……いや)

 

 微かに、羽が動いた。

 

(気絶したふり、か)

 

 そのとき、リュカが思いもよらないことを言い出した。

 

「ねぇホイミン。僕、ホイミが使えるようになった気がするんだ」

 

 ボクは思わず目を見開く。

 

「このドラキーに、かけてあげてもいい?」

 

 ……参ったな。まじまじとリュカを見つめて、ボクは思わず笑顔になってしまった。

 

「リュカの、やりたいようにすればいいよ」

 

「うん!」

 

 リュカは集中し、両手をドラキーに向ける。

 

「ホイミ!」

 

 柔らかな光が広がり、ドラキーの傷が癒えていく。

 

「急に押しかけてごめんね。僕たちは人を探したら、すぐに出ていくから」

 

 しばらく沈黙が続きリュカが進もうとした瞬間――。

 

「……待つにゃっ」

 

 ドラキーがゆっくりと目を開いた。

 

「なんで、ホイミをかけたにゃっ?」

 

 リュカは少し困ったように笑う。

 

「傷つけたのに、こんなこと言える立場じゃないけど……それでも、傷つけたままなのは嫌だったんだ」

 

「……へんな人間にゃっ」

 

 ドラキーは小さく息を吐いた。

 

「お礼にゃ。岩に押しつぶされてる人の場所、案内するにゃっ」

 

「本当!? ありがとう! 君、名前は?」

 

「……ドラきちにゃっ」

 

 その瞬間、ボクは思わず苦笑してしまった。

 

(ああ……これはもう、決まりだな)

 

 多分このドラキー、ドラきちも、リュカの仲間になる。そんな予感が、確信に近い形で胸に残っていた。

 

☆ ☆ ☆

 

 そうして、ボクたちはグータフさんを無事に助け出すことができた。洞窟の奥で崩れた岩に足を挟まれ、身動きが取れなくなっていた彼を救ったのは、リュカの機転だった。

 

 最初に状況を見たとき、正直に言えば、ボクが力を使えば一瞬で済む話だった。岩を浮かせ触手を使って、そっとどかすだけでいい。でも、それは最後の手段だ。リュカが自分の力で誰かを助けようとする、その大切な一歩を奪ってはいけない。

 

 リュカの成長をボクは見守る必要がある。

 

「待ってて! 今ロープを岩に巻き付けるから!」

 

 洞窟に響くリュカの声は、震えていながらもまっすぐだった。スラリンとドラきちは周囲を警戒し、ボクは天井付近から全体を見渡す。万が一、魔物が近づけばすぐに対応できる位置だ。

 

 ロープを岩に巻きつけ、リュカとスラリン、ドラきちの三人がかりで引く。掛け声に合わせ、少しずつ岩が動いた。

 

「よし……今だ!」

 

 最後の一押しで、岩は音を立てて転がり落ちた。グータフさんは大きく息をつき、その場に座り込んだ。

 

「た、助かった……! 坊主、あんた……」

 

「よかったぁ……!」

 

 リュカは安堵のあまり、その場にへたり込んだ。ボクは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じる。――ちゃんと、助けたんだ。自分の力で。

 

 洞窟を出るころには、ドラきちが当たり前のようにリュカの後ろを歩いていた。逃げるでもなく、威嚇するでもなく、まるで昔からの仲間のように。

 

「……ついてくるの?」

 

 リュカが振り返って聞くと、ドラきちは小さく鳴いた。

 

「いいよ! 一緒に帰ろう!」

 

 その言葉に、ドラきちは嬉しそうに羽を震わせた。ボクは思わず苦笑する。――やっぱり、ついてきた。家に戻る道すがら、ボクの胸には小さな不安が芽生えていた。……パパスさん、怒るかな。

 

 その不安はすぐに現実になった。事情を聞き終えたパパスさんは、深く息を吐き、リュカの頭を軽く――本当に軽く――叩いた。

 

「まったく……」

 

 リュカの肩がびくりと震える。

 

「よくやったな。さすが私の息子だ」

 

「……!」

 

「だがな。ホイミンがいるから大丈夫だと思ったんだろうが、次からは私にも一言、言いなさい」

 

「……ごめんなさい、父さん」

 

 リュカは視線を落とし、唇を噛みしめていた。その姿を見て、胸がちくりと痛む。悪いのは、止めなかったボクだ。

 

「パパスさん、ボクが――」

 

 そう言いかけた瞬間、パパスさんは視線だけでボクを制した。その目は怒りではなく、何かを考え込むような色をしていた。

 

 その夜、新しく仲間になったドラきちとスラリンは、サンチョさんの料理を夢中で食べていた。

 

「ぼっちゃん! そして坊ちゃんのお友達!! たくさんお食べください!」

 

 リュカはそんな二人――いや、二匹を眺めながら、嬉しそうに笑っている。その笑顔を見て、ボクは思う。……よかった。本当に。

 

 お風呂の後、リュカはあっという間に眠ってしまった。今日一日、気を張り続けていたのだろう。パパスさんのいない、初めての冒険。その疲れが一気に出たに違いない。

 

 静かになった家の中で、ボクはパパスさんとサンチョさんと向き合った。

 

「ありがとう、ホイミン。リュカを見守ってくれて」

 

「ううん……勝手なことをして、ごめんなさい」

 

「いや……リュカには、重い運命があるんだろう」

 

「……そうだね。ボクは今まで勇者様やその仲間たちを見てきたけど、リュカには間違いなく、その流れがある」

 

 パパスさんはボクの言葉にしばらく黙り込み、やがて静かに語り始めた。

 

「リュカの母さん、マーサはな……不思議な力を持っていた。リュカのように、魔物と心を通わせることができたんだ……そしてその力は、魔界にも通じるらしい」

 

 胸がざわりとする。それが事実なら……。

 

「リュカにも……その力が?」

 

「分からない。だが、ホイミンと友達になれた。それだけでも、何かを持っている証だ」

 

 その言葉にボクは思い出す。ダーマ神殿の記憶。魔物マスターという職業。そのことをパパスさんに話す。パパスさんの視線が変わった。

 

「……もしかしたら、生まれつきその素質を持っているのかも」

 

「そうか……」

 

 パパスさんは目を閉じ、深く息を吸った。

 

「私はマーサを必ず助ける。マスタードラゴンに会いに行く間は、サンチョにリュカを任せる。その後は、リュカを――サンチョと、ホイミン。お前に任せたい。……いいか? ホイミンがリュカを見ていてくれれば、私は自由に動ける」

 

 サンチョさんは力強くうなずいた。そしてボクは、迷いなく答えた。

 

「任せて。たとえリュカの命を狙う存在が、数千……数万現れたとしても――」

 

 胸の奥から、言葉が溢れ出す。

 

「ボクが、必ず守り抜いてみせる」

 

 眠るリュカの方を見やる。小さな寝息が、静かに部屋に響いていた。

 

 ――この子の未来のために。ボクは、癒しの呪文だけじゃない力を、リュカを守るために使うと、ここで誓った。

ルドマンさんはトルネコの

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