【完結】夢見る癒して   作:万歳!

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第5話 ベビーパンサー

 次の日。

 

 まだ夜の名残が空気に残る時間帯に、ボクは目を覚ました。窓の外では、山際がうっすらと白み始め、鳥の鳴き声が一つ、また一つと増えていく。

 

 昨夜、パパスさんから聞いた話が、頭の奥で静かに反芻されていた。リュカの運命。マーサさんの力。そして――リュカを託したい、という言葉。

 

 胸の奥に、重みのある熱が残っている。

 

(何かあった時に、迷わず動けるようにしておかないと)

 

 ボクは家を出て、朝露の残る庭先へと浮かび出た。冷たい空気が体を撫でる。まずは軽く体を慣らすように、触手を伸ばし、縮め、回転させる。剣を振る前の、いつもの準備だ。

 

 しばらくすると、背後で扉が開く音がした。

 

「……やはり、起きていたか」

 

 振り返ると、パパスさんがそこに立っていた。まだ完全に鎧を着けてはいないが、肩には外套を羽織り、剣を携えている。どうやら、同じことを考えていたらしい。

 

「パパスさんも?」

 

「ああ。体が鈍るのは性に合わん」

 

 互いに顔を見合わせ、自然と笑みが浮かぶ。言葉は要らなかった。気がつけば、ボクはパパスさんの予備の剣を手にしていた。朝日が差し込み始める中、最初の剣戟が響く。

 

 ――カンッ。

 

 軽い探り合い。だが、すぐに互いの距離が詰まっていく。

 一合、また一合。剣と剣がぶつかるたび、乾いた金属音が朝の静けさを切り裂いた。

 

 ボクは剣を振る。パパスさんは受け、流し、返す。やがて呼吸が揃い、動きが洗練されていく。何度目か分からない打ち合いの後、ボクは思わず口にした。

 

「……さすがだね、パパスさん」

 

「いや、ホイミンこそだ。だが――」

 

 パパスさんは一歩引き、剣を構え直す。

 

「そろそろ本気を出してくれてもいいんじゃないか? 伝説の勇者と共に戦った力を見せてくれ」

 

 ボクは一瞬、目を細めた。

 

「……そうだね。じゃあ、少しだけ」

 

 次の瞬間、ボクの動きが変わる。剣を握る腕とは逆側の触手が、空を裂くように伸びた。バトルマスターとしての剣技に、パラディンとしての肉体運用。剣と触手、攻撃と防御を同時に成立させる戦い方。

 

 本当なら、ここに魔法戦士や賢者としての呪文を重ねる。だが、これは模擬戦だ。すべてを見せる必要はない。

 

 パパスさんは驚きながらも、即座に対応してきた。触手の正拳突きを剣の腹でいなし、同時に踏み込み、剣を振るう。

 

(……凄い)

 

 ダーマ神殿もないこの世界で、ここまで鍛え上げた剣。それは才能だけじゃない。積み重ねてきた時間の重さだ。それでも――負けるわけにはいかなかった。

 

(パパスさんに、リュカを任せられると思ってもらわなきゃ)

 

 さらに剣を重ね、拳を交え、百合、二百合と続く。やがて、パパスさんの呼吸に、わずかな乱れが見えた。

 

(……今だ)

 

 剣で正面から切りかかり、ガードに合わせて触手で足払い。パパスさんは反応したが、わずかに反応が遅れた。その瞬間、ボクの剣先は、パパスさんの喉元で止まっていた。

 

 静寂。

 

「――いや、参った!」

 

 パパスさんは剣を下ろし、豪快に笑った。

 

「さすがだな、ホイミン」

 

「ううん……実戦だったら、どうなるか分からないよ。パパスさんも本気じゃなかった」

 

 その時、ぱたぱたと足音が近づいてきた。

 

「凄い! 凄いよ!」

 

 リュカの声だ。振り返ると、スラリンとドラきちを連れて、目を輝かせて立っていた。

 

「父さんも、ホイミンも!!」

 

「ふふん。ボクのは年の功かな。だから、パパスさんの方が凄いよ!」

 

「そうなんだ……」

 

 リュカは首を傾げ、ふと思いついたように聞いた。

 

「ねえ、ホイミンって、いくつなの?」

 

「それは内緒!」

 

 ボクは笑って答える。

 

「今のボクは、リュカの友達。それでいいでしょ?」

 

「……うん!!」

 

 その笑顔を見て、胸の奥が温かくなる。

 

「旦那様! ぼっちゃん!」

 

 サンチョさんの声が響いた。

 

「食事の準備ができましたよ!」

 

「はーい!」

 

 リュカの声に、スラリンとドラきちが頷くようにしてついていく。ボクはパパスさんと目を合わせ、無言で頷いた。朝食の後、ビアンカとお母さんが訪ねてきた。事情を聞いたパパスさんは、少し考えた後、口を開く。

 

「そうか、今日帰るのか……女二人では危ないな。私が送ろう」

 

 そして、リュカを見る。

 

「お前たちも、ついてくるか?」

 

「――もちろん!!」

 

 リュカは弾けるように答えた。その横で、ビアンカが小声で囁く。

 

「ねえ……ドラキーも友達にしちゃったの?」

 

 リュカは誇らしげに胸を張った。――ビアンカからすれば不思議なのかもしれない。でも、それがリュカなのだ。ボクはその背中を見つめながら、静かに決意を新たにした。この旅路の先で、どんな運命が待っていようと。

 

 この子を、必ず守る。

 

☆ ☆ ☆

 

 アルカパまでの道のりは、驚くほど穏やかだった。街道沿いには背の低い草が風に揺れ、遠くでは小鳥のさえずりが聞こえる。時折、茂みの奥で何かが動く気配はあったが、それ以上近づいてくることはなかった。

 

 それも当然だろう。ボクとパパスさんは、力を隠していなかった。

 

(……逃げてるね)

 

 視線を向ければ、こちらを遠巻きに見ていたモンスターが、そっと身を引くのが分かる。この辺りに出没する魔物たちでは、ボクやパパスさんとの差はあまりにも大きい。数百、数千体で囲まれようと、勝負にすらならない。その格の違いを、本能で理解しているのだろう。

 

 そんな空気を感じ取っているのか、スラリンやドラきちは実にのびのびとしていた。

 

「まてまてー!」

 

「つかまえるにゃっ!」

 

 スラリンが弾むように跳ね、ドラきちが空中で旋回する。その後を、リュカとビアンカが笑いながら追いかけていく。

 

 土を踏みしめる音、子どもたちの笑い声。旅というより、まるで遠足のようだった。

 

「ほんとに、楽しそうねえ」

 

 ビアンカのお母さん――おばさんが、目を細めてその様子を眺める。パパスさんも、どこか柔らかい表情で頷いた。

 

「子どもには、こういう時間が必要だ」

 

 その言葉を聞いて、ボクは胸の奥が少しだけ痛んだ。この穏やかさが、永遠に続くわけではないと、ボクは知っているから。リュカの苦しい運命を。

 

 いや、違う、ボクはリュカに苦しい運命を歩ませたくない。そのためにボクの力を使う。それでいい。やがて、視界の先に城壁が見えてきた。門と、賑やかな人の声――アルカパの街だ。

 

「着いたよ!」

 

 ビアンカの声に、リュカがぱっと顔を上げる。

 

「ここがアルカパかぁ……!」

 

 門番がこちらに気づき、にこやかに声をかけようとして――次の瞬間、目を見開いた。

 

「こ、これは……パパス殿!!」

 

 そして、その視線がスラリンとドラきち、ボクに移る。

 

「……!? パパス殿の後ろに、モ、モンスターが!!」

 

 門番は一歩身構えたが、パパスさんは落ち着いた声で答えた。

 

「ああ。そのモンスターたちは、私の息子が仲間にした。人を襲うことはない。安心してくれ」

 

「モンスターを……仲間に?」

 

 門番は一瞬戸惑ったものの、やがて深く息を吐いた。

 

「……パパス殿のお言葉なら、信じましょう。ただし、問題を起こさないようにお願いします」

 

「問題なんて起こさないよ!」

 

 リュカが前に出て、胸を張る。

 

「ねっ、ドラきち!」

 

「そうにゃっ! いいこにゃっ!!」

 

 その様子に、門番の肩から力が抜けた。

 

「……はは、元気なお子さんだ」

 

 ボクはそのやり取りを眺めながら、ふと遠い記憶に沈んだ。かつて、レック様の旅に同行していた頃も、似たような場面があった気がする。モンスターと人が、境界を越えて並んで歩く――それは、いつの時代も異端で、そして希望だった。

 

(時代は巡るんだね)

 

 気づけば、パパスさんたちは街の中へと歩き出していた。慌てて意識を戻し、ボクもふわりと浮かびながら後を追う。

 

 石畳の道。立ち並ぶ商店。焼き立てのパンの香り。アルカパは活気に満ちていた。やがて、街の中央にある宿屋へと辿り着く。中に入ると、空気が一変した。

 

 ベッドに横たわる一人の男性。青白い顔色で、浅い呼吸を繰り返している。その傍らには、心配そうに寄り添う、従業員らしき人物。

 

「あっ、おかみさん! お帰りなさい!」

 

 従業員が駆け寄る。

 

「薬は……薬は手に入ったんですか?」

 

「ええ」

 

 おばさんは、しっかりと頷いた。

 

「これで、主人も良くなるはずよ」

 

 その言葉に、場の空気が少しだけ明るくなる。おばさんは薬を手に、寝台へと向かった。

 

「どれ……ダンカン、今から薬を飲ませるわよ」

 

 パパスさんも歩み寄る。

 

「私も見舞おう」

 

 ボクも少し気になり、近づいてダンカンさんの容体を観察した。賢者としての知識が告げる――毒や呪いではない。薬さえあれば回復する病だ。

 

(よかった……)

 

 最悪の場合、キアリーやベホマで治療するつもりだったが、その必要はなさそうだ。しばらくして、おばさんが振り返り、ビアンカに声をかけた。

 

「ビアンカ。リュカたちに、この街を案内してあげなさい」

 

「はーい!」

 

 ビアンカは元気よく返事をし、振り返る。

 

「行くよ、リュカ! スラリン! ドラきち!」

 

「うん!」

 

「いくにゃっ!」

 

 楽しげに駆け出す子どもたち。ボクは一瞬、どうするべきか迷ったが――パパスさんが、何も言わずにこちらを見て、静かに目配せをした。その意味は、はっきりと伝わってくる。

 

(護衛、だね)

 

 ボクは小さく頷き、空中に浮かび上がった。

 

「じゃあ、ボクも一緒に行こうかな」

 

「やった!」

 

 リュカが振り返って笑う。その笑顔を守るために、ボクはここにいる。アルカパの街の喧騒の中へ、子どもたちは走り出した。その背中を見守りながら、ボクは静かに警戒を強める。

 

 この街で――また、物語が動き出そうとしていた。

 

☆ ☆ ☆

 

 ビアンカに手を引かれるようにして、ボクたちはアルカパの街を歩き回った。石畳の道は陽を受けて温かく、店先からは呼び込みの声や金属を打つ音、パンの焼ける匂いが混じり合って流れてくる。活気のある、いい街だ。

 

 人の営みというものは、いつ見ても不思議だ。危うくて、騒がしくて、それでも、どこか優しい。

 

 ボクは勇者様に憧れて人間になりたいのだろうか? いやきっとこの普通に暮らす人たちの営みを見て、人間になりたいと思っているのだろう。この平和がいつまでも続けばいいのに。

 

 そして、最初のうちは、通りすがる人たちも驚いた顔でこちらを見ていた。スライムとドラキーそしてホイミスライム――人の子どもに混じって歩くモンスターの姿は、やはり異様なのだろう。

 

「……モンスター?」

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

 ひそひそ声が聞こえる。けれど、スラリンがぴょこんと跳ねて挨拶をし、ドラきちが「こんにちはにゃっ」と間の抜けた声を出すと、空気は少しずつ和らいでいった。

 

「……スライムか」

 

「ドラキーなら、まあ……」

 

 警戒は残っているものの、剣を抜く者はいない。それどころか、子どもたちの笑い声が、次第に街中に響き始めた。

 

「こっちのお店、前にお母さんと来たの!」

 

 ビアンカはそう言って、目を輝かせながら指差す。リュカは少し照れたように笑って、うなずいた。

 

「へえー! すごいね、ビアンカ!」

 

 その足元で、スラリンがぴょこんと跳ねる。リュカの頭の定位置から離れて今は足元で動いている。

 

「スラリン、それ触っちゃだめだよ!」

 

「ぷるぷるー! ぼく悪い子じゃないよ!!」

 

 屋台に並ぶ果物へ伸びかけたスラリンを、ビアンカが慌てて止める。頭上ではドラきちが羽音を立てて旋回していた。

 

「ドラきち、飛びすぎ!」

 

「だいじょうぶにゃっ!」

 

 ボクは少し後ろから、浮かびながらその様子を眺めていた。胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 

(……こんな時間が、ずっと続けばいいのに)

 

 勇者の旅も、魔王討伐もない。ただ子どもたちが笑い、街がそれを受け入れる――そんな世界。だが、そんな願いが長く続かないことを、ボクは知っている。運命は、いつだって油断した頃に牙を剥く。

 

 ――それは、広場に出た瞬間だった。

 

「ちょっと! やめなさいよ!」

 

 ビアンカの鋭い声が、空気を切り裂いた。反射的に視線を向けると、広場の端で数人の子どもが集まり、何かを囲んでいる。

 

「可哀そうに、嫌がってるじゃない! そんな可愛い子猫をいじめるなんて、最低よ!!」

 

 ビアンカは駆け寄り、怒りを隠そうともせず叫んだ。子どもたちは一斉にこちらを見て、にやりと笑う。

 

「なんだ、ビアンカかよ」

 

「こいつは猫じゃねーって」

 

 一人が、足元のそれを乱暴に引き寄せる。鎖で繋がれ、身を縮めている――まだ小さな、斑点模様の魔獣。

 

「ネコにしちゃでかいしさ」

 

「変な声で鳴くし、見ろよ、牙!」

 

「こえーだろ?」

 

 その瞬間、ボクの中で時間が止まった。

 

(……ベビーパンサー)

 

 地獄の殺し屋、キラーパンサーの幼体。成獣になれば、人間一人など容易く引き裂く魔獣。その子どもを――。

 

(……この子どもたち、なんて無知で、なんて勇敢なんだ)

 

 ビアンカは一瞬だけ言葉を失い、それでも前に出て、ベビーパンサーを庇う位置に立った。

 

「……それでも、怖がってるじゃない」

 

 その声は、震えていたが、退かなかった。次の瞬間だった。リュカが、ビアンカの前に立ったのは。

 

「その子ネコを離してよ!」

 

 小さな背中。けれど、迷いのない声。

 

「何も悪いこと、してないじゃないか!!」

 

(……リュカ)

 

 思わず、言葉を飲み込む。ベビーパンサーを友達にする――それは、危険だ。本能が、そう告げている。けれど同時に、胸の奥で別の声が囁く。

 

(もし……もしリュカに、魔物と心を通わせる力があるなら)

 

 これは、試練であり、成長の機会でもある。ボクが止めていいのか、分からなかった。

 

「そうよ!」

 

 ビアンカも声を張り上げる。

 

「縛ったりしたら可哀そうだわ! すぐに離して!!」

 

 子どもたちは顔を見合わせ、舌打ちする。

 

「うるせーな」

 

「……でもよ」

 

 その時だった。鎖に繋がれていたベビーパンサーが、リュカの方を見た。怯えた目。だが次の瞬間、リュカがそっと手を伸ばすと――。

 

「……にゃぁ」

 

 小さく鳴き、リュカの指に鼻先を擦り寄せた。

 

(……懐いた)

 

 ボクは、息を呑んだ。これが、リュカの力。

 

(マーサさん……あなたは、これ以上の力を持っていたのかもしれない)

 

 それなら、狙われる理由も分かる。魔界に通じる力。人と魔物の境界を曖昧にする存在。

 

「それにしてもよ」

 

 いじめっ子の一人が、リュカを見下ろす。

 

「チビ。お前、魔物を連れてんだな?」

 

「僕の友達だよ!」

 

 リュカは即答した。

 

「悪いことなんて、しないよ!」

 

 子どもたちは、にやりと笑った。

 

「……じゃあさ」

 

「子ネコが欲しいんだろ?」

 

 嫌な予感が、背筋を走る。

 

「条件だ」

 

「レヌール城のお化け、退治してこいよ」

 

 その言葉に、周囲がざわめく。

 

「できたら、この化け猫をやる」

 

「どうだ?」

 

 リュカは一瞬だけ黙り込んだ。

 そして、拳を握りしめる。

 

「……分かった」

 

 まっすぐな目で、言い切った。

 

「約束だからね!!」

 

「へへ……決まりだな」

 

 子どもたちはベビーパンサーを引き寄せ、広場の奥へ去っていく。その小さな鳴き声が、胸に刺さった。ボクは、空を見上げた。

 

(……運命が、動いた)

 

 これは、ただの街の喧嘩じゃない。リュカの物語が、本格的に始まった瞬間だった。ボクは静かに、覚悟を決める。

 

(……全力で、守ろう)

 

 この優しい心が、壊されないように。




ホイミンを強くして何が悪い!

マスタードラゴンよりも前に生きてるんだ!これぐらい強くても問題ないはず('ω')

ルドマンさんはトルネコの

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