【完結】夢見る癒して   作:万歳!

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第7話 力の片鱗

 ――そう、あくまで保険のつもりだった。

 

 リュカたちが恐怖に負けず、自分の力で一歩を踏み出すための、最後の安全網。それがボクの役割のはずだった。

 

 だけど、レヌール城に棲みついた幽霊たちは、ボクの想定よりもずっと悪辣だった。城の廊下は冷え切り、壁に掛けられた古い燭台は、火を灯していないのに淡く揺れている。床にはひび割れが走り、踏みしめるたびに、遠くで誰かが呻くような音が反響した。

 

「……なんか、見られてる気がする」

 

 ビアンカが腕を抱き、周囲を警戒する。リュカは強がるように胸を張っていたが、その足取りは少しだけ慎重だった。

 

 その瞬間だった。背後の空気が歪んだ。骨が擦れ合う音。次の瞬間、壁から抜け出すように、骸骨の幽霊が現れた。

 

「――ビアンカ!!」

 

 骸骨は狙いを定めたかのように、真っ直ぐビアンカへと伸びる。その指先が、彼女の肩に触れる寸前――

 

「させない!!」

 

 ボクは即座に前へ出た。剣を振るうことに迷いはなかった。

 

「ゾンビ斬り!!」

 

 聖なる斬撃が骸骨を断ち、白い骨は悲鳴すら上げずに霧散した。……間一髪だった。リュカたちは呆然と立ち尽くし、ビアンカは一瞬遅れて、深く息を吐いた。

 

(今のは……危なかった)

 

 胸の奥が、ひやりと冷える。ボクが一瞬でも遅れていたら、どうなっていたか分からない。だけど同時に、別の思いが胸を締め付けた。

 

(ボクが前に出過ぎると……)

 

 リュカたちの「経験」を奪ってしまう。だが、危険に晒すわけにもいかない。成長と安全の境界線。それは、思っていた以上に曖昧で、難しかった。

 

「ホイミンって……すごく強いのね!」

 

 ビアンカが尊敬の眼差しで言う。

 

「でしょ? 僕が言った通りだよ!」

 

 リュカは誇らしげに胸を張った。

 

「ホイミンは父さんと同じくらい強いんだ!」

 

 スラリンとドラきちは、くるくるとボクの周りを回り、嬉しそうに跳ねている。……その無邪気さが、逆に胸に刺さった。

 

(強さを見せるのは簡単だけど。でも――)

 

 彼ら自身が前に進まなければ、意味がない。城の探索を続けると、今度は鎧の中に潜んだモンスターが現れた。今度はボクは動かない。

 

「リュカ、来るよ!」

 

「うん!」

 

 リュカの剣が当たり、ビアンカの鞭が絡め取り、スラリンとドラきちが追撃する。少し危なっかしいが、確かに“戦えて”いた。

 

(……よし)

 

 そうして進んだ先、広間に差し掛かったときだった。空気が変わった。悲しみと後悔が、濃霧のように満ちる。そこに、女性の亡霊が現れた。

 

「待って!」

 

 ビアンカが一歩前に出て叫ぶ。

 

「私たちは、この城に住み着いた幽霊を退治しに来たの! 何か知っていることを教えて!!」

 

 亡霊は答えず、静かに歩き出す。振り返りもしない。だが、その背中は――ついて来いと言っているようだった。

 

「……どうする、リュカ?」

 

 リュカは少し考え、スラリンとドラきちを見る。

 

「ついて行った方がいいと思う!」

 

「同意にゃっ!」

 

 そして、リュカはボクを見た。ボクは、ゆっくりと頷いた。

 

(リュカの選択だ)

 

「よし、行こう!」

 

 走り出した先で、亡霊は古びた椅子に腰を下ろした。

 

「……わたしは、このレヌール城の王妃、ソフィア」

 

 その声には、怒りよりも深い悲しみがあった。

 

「十数年前……城の者は皆、魔物に襲われ、命を落としました……」

 

 沈黙が落ちる。

 

「それは……ひどいわ!」

 

 ビアンカが、かばうように前へ出る。

 

「でも、ここにいるスラリンたちは優しいモンスターなの! 一緒にしないで!」

 

 ソフィアは、穏やかに微笑んだ。

 

「ええ、分かっています。幽霊になったからでしょうか……心が、よく見えるのです」

 

 そしてリュカたちを見る。

 

「あなたたちは、善なる心を持っています」

 

「……ホイミンは?」

 

 リュカが問いかける。

 

 ソフィアは、少しだけ驚いた顔をした。そして微笑んだ。

 

「ホイミンは……私では測れません。あまりにも善が深すぎて」

 

 その言葉に、胸がざわついた。そして、ソフィアは続けた。

 

「最近……邪悪な者たちが、身分ある子どもをさらっているという噂を聞きます」

 

 ――その瞬間。ボクの中で、過去が蘇った。ソロ様。デスピサロ。勇者が育つ前に、摘み取ろうとする影。

 

(……まさか)

 

 もし、これが偶然じゃないなら。

 

「私とエリック王には子がいませんでした……」

 

 ソフィアは静かに頭を垂れる。

 

「だからこそ、どうか……私たちを眠らせてください」

 

 リュカは、まっすぐに頷いた。

 

「分かった。僕たちが、悪いモンスターを倒す」

 

 その姿を見ながら、ボクは決意した。

 

(これは、パパスさんに話さなきゃいけない)

 

 リュカの運命。マーサさん。そして、子どもを狙う影。すべてが、一本の線でつながり始めている。やがて、王の亡霊――エリック王が姿を現した。

 

「ここまで来た者は、そなたたちが初めてじゃ」

 

「どうか……ゴーストの王を追い払ってくれぬか」

 

「分かりました!」

 

 リュカは力強く答えた。松明に火を灯し、玉座の間へ向かう。ボクは一歩後ろで、剣と盾を構える。

 

(ここから先は……本当に危険だ)

 

 だが、リュカはもう、立派に前を見ていた。

 

 ――だからこそ。

 

 絶対に、死なせない。

 

 それが、ボクの役目だ。

 

☆ ☆ ☆

 

 玉座の間へと続く重い扉が、ぎい、と鈍い音を立てて開いた。長い年月、誰の手にも触れられていなかったのだろう。扉の内側から流れ出てきた空気は冷たく、湿っていて、どこか腐臭を含んでいた。ボクは無意識にリュカたちの前に一歩出る。

 

 赤い絨毯はところどころが破れ、金糸はくすんでいる。天井から垂れ下がるシャンデリアは半分が崩れ落ち、淡く揺れる燭台の炎が、壁に歪んだ影を映していた。

 

 ――そして。

 

 玉座の上に、そいつは座っていた。

 

 王の威厳を真似たつもりなのだろう。だが、腐臭と冷気をまとった半透明の体は、ただの成り損ないの王にしか見えない。空洞の眼窩が、ぎょろりとこちらを見下ろした。

 

「ほほう……ここまで来るとは、たいしたガキどもだ」

 

 粘ついた声が、玉座の間に反響する。

 

「ほうびにおいしい料理を作ってやろうじゃないか。さあ、こっちに来なさい」

 

 その言葉に、ビアンカが一歩前へ出た。

 

「イヤだ! お前だな、この城で悪さをしているのは!」

 

「そうよ! 亡くなった人たちを無理やり起こして、苦しめているのはあなたでしょ!」

 

 リュカも剣を握りしめ、真っ直ぐに睨み返す。

 

「リュカ、下がって」

 

 ボクの声は、思ったより低く、静かに響いた。二人は一瞬戸惑ったけれど、すぐに頷いて後ろへ下がる。スラリンとドラきちも、空気の変化を感じ取ったのか、ボクの背後に集まった。

 

 親分ゴーストは舌打ちをし、恨みがましい視線をこちらに向けてくる。

 

「……その床、落とし穴だね」

 

 指先で示すと、ゴーストは一瞬だけ目を見開いた。

 

「ちっ……気づかれたか。それにしてもモンスターが人間の味方をしているだと? はっ。だとしても、お前たち下等なモンスター如き――」

 

 そこまで言わせなかった。ボクは、ずっと抑えていた“力”を、ほんのわずかだけ解放した。

 

 空気が、軋んだ。

 

 温度が一気に下がり、燭台の炎が震え、消えかける。リュカもビアンカも、スラリンもドラきちも、息を呑んで動けなくなっているのが分かる。

 

 そして――明確な殺気を突き付けられた親分ゴーストは、目に見えて震え始めた。

 

「……っ!」

 

「取引をしよう」

 

 ボクは、静かに言った。

 

「ボクは、リュカたちが君と戦うのに手を出さない。その代わり、君は正々堂々戦うんだ」

 

 一歩、前に出る。

 

「もし、この約束を破ったら――その時は、ボクが君を退治する」

 

 沈黙。

 

「……儂に、メリットがないが?」

 

 震える声で、ゴーストはそう言った。

 

「今、ボクはちょっとだけ怒ってるんだ」

 

 さらに殺気を重ねる。空間が、悲鳴を上げる。

 

「それを君にぶつけないだけ、譲歩していると思ってくれていいよ」

 

「……わ、分かった! 分かったから!!」

 

 親分ゴーストは、玉座からずり落ちるようにして叫んだ。

 

「その殺気を止めてくれ!!」

 

 ボクは、ふっと力を抜く。

 

「――ふぅ。ちょっと熱くなっちゃった。ごめんね、皆」

 

「ホイミン……」

 

 リュカが、不安そうにボクを見る。

 

「ごめんね、リュカ。でも、君たちで倒すんだ。そこにいる親分ゴーストを」

 

 一瞬の沈黙のあと、リュカは強く頷いた。

 

「――分かった!! みんな、準備はいい?」

 

「もちろんよ!」

 

「任せてリュカ!」

 

「もちろんにゃっ!」

 

 四人とも、きっと聞きたいことが山ほどあるはずだ。でも、それを飲み込んで、目の前の敵に集中している。

 

 ……どこまで話すべきなんだろう。これは、パパスさんと相談しないといけない。そう考えている間に、戦いは始まった。

 

 先手を打ったのはスラリンだった。ブーメランが風を切り、親分ゴーストの顔面へと飛ぶ。

 

「ぬっ!」

 

 払おうとした腕に、ドラきちが噛みついた。

 

「今にゃっ!」

 

 直撃。呻き声を上げるゴーストに、ビアンカの鞭が絡みつき、足元を打つ。

 

「これでもくらいなさい!」

 

 そこへ、リュカが踏み込み、銅の剣で頭部を叩いた。

 

「やあっ!」

 

 親分ゴーストは呪文を唱えようとするが、そのたびに攻撃で遮られる。後衛型――長引けば不利だと悟ったのだろう。

 

「――分かった分かった! この城からは出ていく!!」

 

 荒い息で叫ぶ。

 

「それで、許してくれるか!!」

 

 リュカが一歩前に出た。

 

「もう悪いことをしないって、誓える?」

 

「もちろんじゃ! 悪いことをして、そこにいるホイミスライムに目を付けられたくはない!!」

 

 ……全員の視線が、ボクに集まった。これは……少し、過去を話す必要があるかもしれないな。

 

 やがて親分ゴーストたちは霧のように消え、城には静寂が戻った。エリック王とソフィア王妃は、安らかな表情で現れ、リュカに光り輝くオーブを差し出した。

 

「感謝のしるしじゃ」

 

 ――え?

 

 ボクは、その光を見て息を呑んだ。

 

 ……見間違いじゃない。あれは、本来、天空城にあるはずのものだ。ということは。天空城に、何かが起きている。

 

 パパスさんに、伝えないと。マーサさんのことも、子どもさらいの噂も――全部、繋がり始めている。ボクは、リュカの背中を見つめながら、静かに決意した。

 

 ――まだ、この旅は始まったばかりだ。

 

☆ ☆ ☆

 

「ホイミンって凄いね!!」

 

 リュカが満面の笑みで叫ぶ。夕暮れの風が、レヌール城の城下町の石畳をなぞるように吹き抜けていった。戦いを終えた後の静けさは、いつも少しだけ胸に沁みる。

 

「そうね……確かに凄いわ。でも、私はホイミンが何者なのか、ちょっと気になる」

 

 ビアンカは腕を組み、じっとボクを見つめてくる。その視線は鋭いけれど、疑いよりも純粋な好奇心が勝っているのが分かる。

 

「僕も!!」

 

「おいらもにゃっ!!」

 

 スラリンとドラきちまで声を揃えた。……参ったな。こうなると逃げ場はない。ちらりとリュカを見ると、彼は首をかしげていた。ボクはいつも通りの調子で言った。

 

「リュカは気にならないの?」

 

「うーん……」

 

 少し考える素振りをしてから、リュカはにっと笑った。

 

「ホイミンはホイミンだよ! 確かに強いけど、人間になりたいって願ってるホイミスライムなだけでしょ?」

 

 ――ああ。その言葉が、胸の奥にすっと染み込んでくる。強さでも、過去でもない。今、ここにいるボクを見てくれている。

 

 そんな人間、勇者様たち以外にはいなかった。もしかして……いや、やっぱり。リュカは、勇者なんじゃないだろうか。

 

 心の中で、そう呟いた。

 

「とりあえず……ボクのことを気にしてる人が多いみたいだし」

 

 ボクは軽く咳払いをして言った。

 

「詳しい話は、ビアンカの家で食事をしながらにしよう。それに、先にやらなきゃいけないことがあるでしょ?」

 

「……分かったわ!!」

 

 ビアンカはぱっと表情を切り替え、拳を握った。

 

「とりあえずリュカ! まずは子ネコちゃんを助けましょう!!」

 

「そうだね! じゃあ早速向かおう!」

 

 こうして一行は、夕焼けに染まる村外れへと向かった。

 

 旅の詩人が語っていた“幽霊の城”の噂は、どうやら村中に広まっていたらしい。お化け退治をしたことが、ネコをいじめていた連中の耳にも入ったようだった。

 

 ビアンカは、逃げ腰の男たちに向かって、はっきりとした声で言い放つ。

 

「子猫を引き渡して!」

 

「……分かったよ」

 

 渋々と差し出された網の中から、小さな影が転がり出た。ベビーパンサーは、少し怯えながらも、リュカとビアンカの足元へ近づき、ころんと寝転がった。

 

「……大丈夫だよ」

 

 リュカが優しく撫でると、ビアンカも同じように手を伸ばす。その様子を見て、いじめっ子たちは何も言わずに去っていった。

 

「さて……まずは名前を付けないとね」

 

 ビアンカが楽しそうに言う。

 

「ゲレゲレはどうかしら?」

 

「うーん。僕はプックルがいいと思うな」

 

 リュカはベビーパンサーの鼻先をくすぐりながら言った。

 

「スラリンたちはどう思う?」

 

「プックルがいいと思う!」

 

「保留にゃっ!」

 

 ……二対一。ビアンカは少し不満そうだったけれど、すぐに肩をすくめた。

 

「仕方ないわね。じゃあ今日からこの子はプックルよ!」

 

「ガウ!」

 

 プックルは嬉しそうに鳴き、ビアンカの足にすりっと頭を擦りつけた。怒るつもりだったビアンカも、その仕草に思わず笑ってしまう。

 

「もう……ずるいわね」

 

 こうして一行は、ビアンカの家へと戻った。

 

「ママ! ただいま!」

 

「父さん、ただいま!」

 

 リュカとビアンカは、それぞれの親に今日の冒険を語り始めた。……なぜか話題の中心は、ボクだったけれど。

 

 勇者様たちなら、もっと派手な武勇伝がいくらでもあったはずなのに。それでも、今のボクを凄いと言ってくれる。

 

 少し、くすぐったい。

 

 その夜、リュカたちは風呂に入り、温かい食事を食べると、すぐに眠ってしまった。ボクの過去については、「昔、伝説の勇者様と旅をしていたモンスター」というところまでしか話さなかった。

 

 続きを聞きたそうな顔をされたけれど、今日はここまで。逃げるように話題を切り上げた。

 

「ホイミン……よくリュカたちを無事に連れ帰ってくれた」

 

 パパスさんが、静かに頭を下げる。

 

「私からもお礼を言わせてほしい。ビアンカを守ってくれてありがとう」

 

「鉄の扉を切るなんて、凄まじい腕だね。それに……勇者様と一緒に旅をした生き証人だなんて!」

 

「えへへ……」

 

 ボクは、胸を張った。そうしないと、あの旅の思い出を汚してしまう気がしたからだ。

 

「それで、パパスさん」

 

 少し声を落として言う。

 

「マーサさんを攫ったのは……恐らく大魔王だよ」

 

「……根拠はあるのか?」

 

「レヌール城の王妃様が言ってた。高貴な生まれの子どもが攫われているって」

 

「それは……」

 

「大魔王デスピサロが、勇者様が成長する前に殺そうとした、あの時代に似てる」

 

 パパスさんは黙り込む。

 

「ボクは……リュカが今代の勇者様、もしくは勇者様に力を貸す存在になると思ってる」

 

「……そうか」

 

 重い沈黙を破ったのは、ビアンカのお父さんだった。

 

「はいはい! 難しい話はそこまでだ!」

 

「せっかくだ、ホイミン! 勇者様との冒険を語っておくれよ。酒を飲みながらさ!」

 

「……飲めるんだろう?」

 

「……分かったよ」

 

 ボクは笑って言った。

 

「よし、パパスさん! どっちがたくさん飲めるか勝負だ!」

 

「いいだろう。今日はとことん付き合おう!」

 

 こうして、夜が明けるまで酒盛りは続いた。懐かしい名前と、懐かしい笑い声に包まれながら。

 

 ――そして、物語は静かに次の章へ進んでいく。

ルドマンさんはトルネコの

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