【完結】夢見る癒して   作:万歳!

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第8話 妖精の村へ

 こうして、アルカパでの冒険と交流は一区切りを迎えた。

 

 別れ際、リュカは何度も振り返ってビアンカに手を振り、「また絶対に遊びに来るから!」と大声で叫んでいた。ビアンカも負けじと手を振り返し、「また冒険しようね!」と叫んでいた。その瞳は少しだけ潤んでいた。

 

 子ども同士の別れは、どうしてこうも胸にくるのだろう。

 

 パパスさんは忙しい身だ。マーサさんを探す旅もある。だけど――もしまたアルカパに来ることがあれば、その時はボクが保護者として付き添えばいい。そう思った。人間の子どもを守る役目なら、ボクは何度でも引き受ける。

 

 新しく仲間になったプックルは、すっかりリュカに懐いていた。リュカが歩けば後をついていき、立ち止まれば足元に座り込み、眠る時は必ず隣に丸くなる。

 

 ……間違いない。最低でも、リュカには魔物使いの資質がある。勇者でなくとも、勇者を支える存在になれる。その価値は、決して低くない。

 

 家に戻ってからは、最近、村の中で四人――リュカ、スラリン、ドラきち、そしてプックル――で遊ぶことが増えていた。追いかけっこをしたり、川辺で石を投げたり、木剣で剣士ごっこをしたり。

 

 ボクはその様子を少し離れたところから見守りながら、時折、家の中でパパスさんと腰を下ろして話をしていた。

 

 夕暮れの風が、畑の匂いを運んでくる。

 

「それで……今はリュカが持っているが」

 

 パパスさんは低い声で言った。

 

「金色のオーブだったか」

 

「うん。ゴールドオーブは……おそらく天空城に、……マスタードラゴンに何かあった可能性が高いと、ボクは思っている」

 

 パパスさんが静かに頷いた。

 

「確かにな。あのオーブは、ただの宝じゃない。神聖な力をはっきり感じた」

 

 遠い記憶が脳裏をよぎる。雲の上に浮かぶ城。風の音。竜の咆哮。

 

「となると……天空への塔へ向かう必要があるな」

 

「そうだね。でも天空への塔は資格がある者しか入れない」

 

 ボクは正直に言った。

 

「勇者様と一緒なら入ったことはある。でも……ボク単独で資格があるかは、分からない……前にも言ったように、ボクが一緒なら門前払いはないと思うけど……」

 

 パパスさんはしばらく黙り込み、腕を組んだ。

 

「……なら、一先ず夏になったら、私が一人で天空への塔に向かおう」

 

「それは危険だよ!」

 

 思わず声が強くなる。

 

「いくらパパスさんでも、あそこにいるモンスターは別格だ。行くなら、ボクも一緒に行かないと!」

 

 パパスさんは一瞬目を見開き、それから苦笑した。

 

「……そうだな。だが、その前に」

 

 彼は声を落とし、慎重に言葉を選んだ。

 

「ホイミンには、伝えておく必要がある」

 

 空気が変わったのが分かった。

 

「私は……グランバニアという国の国王だった」

 

 その言葉は、驚きではなかった。むしろ、答え合わせに近い。それなら何でマーサさんが攫われたかの答え合わせができる。

 

「……やっぱり」

 

「マーサを探すために、王位を捨てた。だが、大事なのはそこではない」

 

 パパスさんは、村で遊ぶリュカの方を一瞥した。

 

「リュカが……高貴な生まれだということだ」

 

 胸の奥が、ひやりと冷えた。

 

「……もしかして」

 

 慎重に言葉を選ぶ。

 

「魔王は、マーサさんじゃなくて……リュカを狙っている?……マーサさんはそれに気づいていた?」

 

「ああ。その可能性が高いと私はホイミンの話から睨んでいる」

 

 パパスさんは、はっきりと頷いた。その時だった。

 

「では!」

 

 少し大きな声で、サンチョが会話に割り込んできた。

 

「私がパパス様について行きましょう! リュカ様たちは、アルカパのダンカン夫妻に、夏の間だけお預けするのです! そして!」

 

 サンチョはボクを見て、力強く言った。

 

「ホイミン殿がリュカ様を護衛する! これが最善では?」

 

 パパスさんは腕を組み、しばらく考え込んだ。確かに……今考えられる中では、最も合理的な案だった。

 

「……よし」

 

 静かに、だが決意のこもった声。

 

「なら後でリュカにゴールドオーブを貸してもらい、天空への塔へ向かおう。何が起こっているのか、はっきりさせる」

 

 ボクは力強く頷いた。

 

「リュカの護衛は任せて!」

 

 自然と声が弾む。

 

「ついでに剣の稽古と呪文の稽古もしておくよ! リュカ、伸びるから!」

 

「ああ……助かる」

 

 パパスさんは、少しだけ安堵したように息を吐いた。

 

「マーサは呪文の適性が高かった。恐らくリュカにもあるだろう」

 

「ホイミンが鍛えてくれるなら、私は安心できる」

 

 少し照れくさくなって、ボクは話題を変えた。

 

「それと……ボクの過去、どこまで話していいかな? 今は、ぼかしてるけど……詳しく聞かれて話さないのは、正直つらい」

 

 パパスさんは少し考え、それから言った。

 

「……勇者ソロ様の話は、しないでくれ。レック様の話なら、構わない」

 

 ボクは小さく息を呑んだ。

 

「……リュカに、ソロ様の時と似ているって気付かせないためだね?」

 

 パパスさんは、静かに頷いた。夕暮れの空が、茜色に染まっていく。嵐は、まだ遠い。だけど――確実に、近づいている。

 

 その時が来るまで、ボクはこの子を守る。それが、過去から託された、ボクの役目だから。

 

☆ ☆ ☆

 

 パパスさんと腰を据えて話し込んでいるうちに、ふと胸の奥がざわついた。理由は分からない。ただ、長年の経験が警鐘を鳴らしていた。

 

 ――リュカの気配が、ない。

 

 さっきまで庭先で剣の稽古をしていたはずだ。プックルの鳴き声も聞こえない。さらに、家の奥……いや、地下の方から、微かな魔力のうねりを感じる。呪文詠唱の余韻のような気配だ。

 

(……まずい)

 

 今、パパスさんは来客対応の真っ最中だ。王としてではなく、一人の旅人として応対している以上、簡単に席を外すわけにはいかない。

 

「……確認は、ボクがやるしかないか」

 

 そう呟いて、ボクは床から少し浮かび、音を立てないよう地下への階段へ向かった。石造りの階段はひんやりと冷たく、明かりの届かない奥には薄暗い影が溜まっている。

 

 地下室に降りた瞬間――

 

 視界に飛び込んできた光景に、思考が止まった。

 

「……旅の、扉?」

 

 そこには、間違いなく旅の扉があった。青白い光を帯び、ゆっくりと脈動する魔法陣。数え切れないほど見てきたが、まさか――こんな場所で出会うとは思っていなかった。

 

(何で……リュカの家に?)

 

 あり得ない。少なくとも、ボクの知る限り、この家に旅の扉は存在しなかった。だが、次の瞬間、最悪の可能性が頭をよぎる。

 

(……使われた?)

 

 ボクは慌てて振り返り、階段を駆け上がった。

 

「サンチョさん!!」

 

 声を張り上げると、台所の方から慌てた足音が聞こえ、サンチョさんがエプロン姿のまま飛び出してきた。

 

「どうしました、ホイミン殿……って、そ、その顔は!」

 

「地下に……旅の扉がある」

 

「……な、なんですと?」

 

 サンチョさんは言葉を失い、急いで階段を下りて行った。ボクもそれについて行き、旅の扉を見て、サンチョさんは青ざめた。

 

「念のため確認だけど……この家に、旅の扉って元々あった?」

 

「い、いえ! 断じてありません!」

 

 即答だった。

 

「やっぱりね。で……リュカたちの気配を感じない」

 

 ボクは慎重に言葉を選びながら続ける。

 

「この先に、いる可能性は高いと思う?」

 

 サンチョさんの顔が、みるみる蒼白になった。

 

「……ぼ、ぼっちゃん!」

 

 彼は踵を返し、勢いよく走り出した。

 

「旦那様にお知らせしてきます!!」

 

 だが――

 

 その瞬間だった。旅の扉が、眩く輝いた。次の瞬間、光の中から小さな影が飛び出してくる。

 

「――わっ!」

 

「うわぁ!」

 

 転がるように現れたのは、リュカ、スラリン、ドラきち、そしてプックルだった。サンチョさんは一瞬呆然とした後、勢いよくリュカに飛びついた。

 

「ああああ、ぼっちゃん!!」

 

「うわっ!? サ、サンチョ!? どうしたんだよ急に!」

 

「ご無事ですか!? 怪我は!? 腕は!? 足は!?」

 

「だ、大丈夫だってば!」

 

 サンチョさんはリュカを抱き締めたまま、涙目で詰め寄る。

 

「それで! 旅の扉でどこへ行ったのですか! 旦那様に言って、きっちり叱ってもらいますからね!!」

 

 リュカは視線を泳がせ、少し気まずそうに言った。

 

「……えっと……妖精の村に」

 

「……妖精の村?」

 

 一瞬、間が空いた。

 

「と、とにかくです!!」

 

 サンチョさんはリュカの手を掴んだ。

 

「旦那様に詳しく説明していただきますからね!!」

 

 そうしてリュカは、ずるずると引きずられて行った。その場に残されたスラリンたちに、ボクは静かに問いかけた。

 

「……それで? ボク抜きで、どうして妖精の村に行ったの?」

 

 スラリンがぴょんと跳ねて、申し訳なさそうに言った。

 

「本当にごめんホイミン!」

 

「ホイミン、忙しそうだったから……」

 

 リュカの代わりに、ドラきちが続ける。

 

「春を取り戻すために、ぼくたちだけで冒険してきたにゃっ!」

 

「……春を、取り戻す?」

 

 嫌な予感が、確信に変わる。

 

「……分かった。とりあえず、リビングに行こう。そこで、全部聞かせてもらうよ」

 

 声は静かだったと思う。怒りは、なかった。ただ――少しだけ、胸の奥が痛んだ。

 

(言ってくれれば、ついて行ったのに)

 

 でも同時に、こうも思う。

 

(……必要だったんだろうな)

 

 リュカには、きっと重い宿命がある。だからこそ、ボク抜きで踏み出す勇気も、成長には必要だ。

 

 叱るのは、父親の役目だ。その後、来客対応を終えたパパスさんに、リュカたちは今回の冒険を一から説明していた。話を聞き終えたパパスさんは、深いため息をつき――

 

「……まったく」

 

 そう言って、リュカの額に軽くデコピンをした。

 

「いった!」

 

 だが、パパスさんは笑っていた。誇らしそうに。他人のために、世界のために、無謀でも行動した息子を。

 

(……やっぱり)

 

 ボクは心の中で呟く。

 

(リュカが、勇者様なんじゃないのかな)

 

 天空の剣を持たせれば、答えは出るだろう。でも――

 

(パパスさんは、それを望んでいない)

 

 マーサさんを救いたい。だけど、自分の息子に世界を背負わせたくはない。なら。ボクはその意思を尊重する。

 

 そして、もし宿命が牙を剥いて襲いかかるなら――全力で守る。

 

 それだけでいい。

 

 それが、今のボクの選んだ答えだった。

 

☆ ☆ ☆

 

 そして次の日の朝。

 

 リュカの家の窓から差し込む光は、昨日までよりもはっきりと暖かさを帯びていた。頬に触れる空気も柔らかく、外からは小鳥の鳴き声が聞こえてくる。――間違いない。春は戻ってきている。

 

 それをなしたのが、リュカだと思うと誇らしい気持ちになった。

 

 ボクはふわりと宙に浮かびながら、食卓の様子を眺めていた。木製のテーブルには焼きたてのパンとスープ、簡素だけど心が落ち着く朝食が並んでいる。スラリンたちは椅子に座るというより、テーブルの周りでぴょこぴょこと跳ねながら食事をしていた。

 

 パパスさんは腕を組み、少しだけ咳払いをしてから、向かいに座るリュカに視線を向けた。

 

「リュカ。確かにお前は妖精の国で、春を取り戻したみたいだな」

 

 その低く落ち着いた声に、食卓の空気が引き締まる。リュカはスプーンを止め、少し背筋を伸ばした。

 

「暖かくなった。……自慢の息子だ」

 

 一瞬の沈黙のあと、リュカの顔がぱっと赤くなった。照れたように視線を逸らし、それでも抑えきれない嬉しさが口元に滲んでいる。

 

「……ありがとう、父さん!!」

 

 その声は少し裏返っていて、でも真っ直ぐだった。ボクは思わず微笑んでしまう。こういう瞬間を見るたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

 パパスさんは今度はスラリンたちの方を向いた。

 

「スラリン、ドラきち、プックル。よく息子を助けてくれた。感謝する」

 

「えへへ……」「当然にゃっ!」「ガルル!!」

 

 三匹はそれぞれ違う反応をしながらも、ぷるぷると体を震わせて照れていた。

 

 だがそこにあるの感情は同じだ。パパスさんに褒められて喜んでいる。彼らにとって、主人はリュカなんだろうけど、その父親から褒められるのは嬉しいのだろう……もしかしたら、彼ら自身もパパスさんを父親と思っているのかもしれない。

 

 勇者様の時代にも、こうして人間と魔物が同じ食卓を囲む光景はあった。とくにレック様の時代。ボク以外にも仲間になったモンスター達もいた。僕よりはるかに強いモンスター……ドランゴもいた……でも、あの頃とは少し違う。

 

 今はもっと、穏やかで、壊れやすい。ボクが本気を出したら、それに対抗できるのはパパスさんだけだろう。逆に言えばボクと同格の相手がリュカたちを襲ってきたら……静かに首を横に振る。かりにそんな相手が出てきたとしても命に代えてもリュカたちを守る。

 

 人間になりたい……その夢を捨てることになっても構わない。

 

 そんなことを食事をしながら考えていたら、パパスさんはスープを一口飲み、それから話を続けた。

 

「それでだ、リュカ。父さんはこれからラインハット城に行かねばならん」

 

 その言葉に、リュカは少しだけ肩をすくめた。その視線は少しだけ寂しそうであった。

 

「仕事、だよね?」

 

「ああ。ただ、用件が終われば夏まで時間ができる。今はホイミンに鍛えられていると聞いたが……」

 

 パパスさんの視線が、ちらりとボクに向く。ボクは軽く胸を張った。任せてほしい。

 

「帰ってきたら、私にも、その成果を見せてくれ」

 

 その瞬間、リュカの目がきらきらと輝いた。

 

「ほんと!? 分かった! ホイミン、稽古をお願いします!」

 

「うん、分かったよ、リュカ。今日は少し厳しくいくから覚悟してね」

 

「望むところだよ!」

 

 そのやり取りを見て、パパスさんは満足そうに小さく笑った。

 

 少し間を置いてから、パパスさんは再び口を開く。

 

「それでだ、リュカ。ラインハット城に……一緒に行くか?」

 

 リュカは一瞬言葉に詰まった。

 

「……えっと。父さん、迷惑じゃない?」

 

「そんなことあるものか」

 

 即答だった。

 

「スラリンたちが同行する許可も、すでに貰ってある。安心しろ」

 

「……!」

 

 リュカは椅子から立ち上がりそうになるのを必死に堪えながら、

 

「行きたい!! 父さんが、どんな仕事をしてるのか見てみたい!!」

 

 と、はっきり言った。

 

「そうか」

 

 パパスさんは満足そうに頷く。

 

「なら準備だ。朝食を終えたら、すぐに向かうぞ」

 

「分かったよ、父さん!」

 

 それからの食事は、嵐のようだった。リュカは何度もパパスさんに話しかけ、スラリンたちははしゃぎ、サンチョさんは「落ち着いて食べなさい!」と何度も注意していた。

 

 ボクは静かに食事を終え、皿を台所へ運ぶ。そして、誰にも見られない場所で、そっと目を閉じた。

 

 ――嫌な予感がする。

 

 理由は分からない。ただ、胸の奥がざわつく。それでも、決めていることがある。何があっても、リュカを守る。リュカが大切に思うものすべてを、守り抜く。

 

 勇者様たちと共に戦った日々を、ボクは思い出す。炎、剣、祈り、そして別れ。あの時代を直接、知っているのは、もうボクだけだ。

 

 ボクは人間になりたい。だけど、それ以上に――友達を守りたい。そして勇者様たちの冒険を語り継ぎたい。過去を語り継ぐのは、ボクの役目だ。その語り継ぐ相手は、リュカと、その仲間たち。

 

 理由は分からない。でも、そうするべきだと、ボクは確信していた。

 

 静かに目を開けると、朝の光が、まっすぐ未来へと伸びていた。




次回からラインハット編

ルドマンさんはトルネコの

  • 子孫
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