探偵の俺に、異世界の依頼は重すぎる   作:リポストマン

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シリアス回なので続けて、投稿するですしおすし。

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十話 翻雲覆雨

 

 

 昼下がりの探偵事務所。

 

 ドアの曇りガラスから差す陽の光。

 それをぼんやりと目に入れて、ソファに寝転ぶエンリ。舞っている埃を気にすることなく、大きく息を吸い、吐いた。

 

 あの倉庫の騒ぎから三日後。

 

 嘆いた後、倉庫から重い足取りで歩き始めたものの、道の途中で倒れ、気づいた時には病院のベッド上であった。

 

 事情は伏せて(酔っていたことは覚えてるなんてありきたりな嘘で)、怪我の状態などを聞いた。

 

 医者から極度のストレスによって起こされた失神が原因。頭部への二箇所の外傷等は見た目だけ酷く、頭蓋の線状骨折で済んでいたらしい。

 

 頭の包帯は三日経った後も取れることはなく、付けたまま。

 特段痛みというのは感じてはいないものの、事件後の記憶がエンリの頭を蝕む。

 

 あの事件から、エンリは犯罪者扱いだった。

 

 家にはマスコミが殺到し、周囲の隣人からは犯罪者として扱われる。挙げ句の果てには面白がって、嫌がらせをする輩も現れる始末。

 

 両親も仕事を辞めざるを得なくなり、転居もすることになった。

 

 それで収まるはずもなく、地方でも散々な経験をしてきた。マスコミも止まることなく、追いかけてくるなんてことも当たり前。

 

 ある日、エンリはマスコミに対して、反論した。自分を含めた家族への誹謗中傷。これには彼も激怒した。

 

 それはマスコミにとって良い餌であった。加工し、晒し上げ、笑いものにする。犯罪者が言い逃れしようと必死になっている。

 

 なんて、情けない人間だと。

 

 そんな記事を書かれ、再度マスコミが殺到した時────両親が自殺した。

 

 首吊り自殺。

 音もなく、声をかけることもなく突然の自殺。同じ家に居たはずなのに、エンリが気づいたのは死亡から五時間後であった。

 

 何故自殺したのかという理由を彼は理解できていた。だが、彼自身を置いて、死んでいったことに理解はできなかった。

 

 その時から、エンリはリスクに大きな恐怖を感じるようになっていた。

 

 元々の性格も面倒臭いことから逃げる性格。それが死や罪に対してから逃げる方へと強く傾いた。

 

 極力、マスコミの目につかないように行動しながら、普通の生き方を求めた。

 

 大きなリスクは他人任せ。自分が大きな損害を食わず、必ず勝てるならば喜んでそれに飛びつく。

 

 ヤクザも警察も、怪しい能力を持った奴だって、リスクを背負ってくれるのなら利用する。

 

 そうすれば、自分が死ぬことはない。自分が罪を背負うこともない。

 

 

 ────十六年前から、貴方は変わらないのね

 

 

「……はぁ」

 

 エンリは何回もあの言葉を思い出してしまっていた。

 

 歳をとっても人間、大して変わることはない。側から見れば変わってないように見えるのは、この世界では常である。

 

 それを異世界帰りの人間と比べてしまう千景の発言はエンリにとっては、あまりにも重すぎた。

 

 その溜息から数秒後、ポケットから携帯電話の音が鳴り響く。

 

 エンリの着信音。

 

 携帯を開き、画面を見ることなく耳元に当てた。

 

「はい。こちら、動虎探偵事務所」

 

『……今日はやる気ねぇな。トラ坊』

 

「ああ……永利さん。お疲れ様です」

 

 電話越しでも分かるぐらいには気分が落ち込んでいるエンリ。永利はそれを察したのか、軽快さのない台詞で返した。

 

『ホワイトレッグの連中にやられたって聞いてな。全然、電話こないから、こっちからかけちまったよ』

 

「なんで知ってるんですか……いや、まあ察しはつきますけど。というか、俺が話したら、カチコミがどうとかする気だったでしょう」

 

『そりゃそうだろ。身内がバットで頭を殴られた。メンツを潰されりゃ、マフィアなら絶対にそうする』

 

「あんまり、大ごとにしたくないんですけどねぇ」

 

 ホワイトレッグのボスらしき人間との契約。手を出さないと言った以上、それを破るような真似をしてしまえば、エンリ自身が被害を被る可能性がある。

 

 彼自身、常軌を逸した化け物との戦闘をしなければならないなんてことは避けておきたかった。

 

『準備をして、ホワイトレッグを叩く。そんだけだ』

 

「一週間ぐらいですか?」

 

『チャカは使わねえよ。所詮はガキの集まり。俺なら最短三日だな』

 

 エンリにとっては笑えない状況だった。

 

 最悪、その三日で姿を消すぐらいの覚悟をしなければならない。

 全戦力を使ってのカチコミではないのは分かる。それなら、マフィア構成員ごときあのキルロイとかいう化け物に殺されるのがオチだろう。

 

 そうしたら、次は情報を流したエンリへの粛清の可能性。その前に魔人本部が叩かれる可能性もある。

 

 どちらにしろ、エンリにとっては死の可能性は十分にあった。

 

『バックが三彩会じゃねえって分かってんだ。そんなに慌てることじゃねえ』

 

「日本の巨大ヤクザ組織じゃなくても、厄介ごとに巻き込まれるってわかったら、誰だって動揺しますよ」

 

『昔と変わんねえな、トラ坊。ビビりすぎだぜ』

 

 昔と変わらないという言葉を聞き、エンリは頭を押さえた。

 

『おっと、そろそろ時間みたいだ。また、依頼があったらそん時電話する』

 

「ええ……」

 

『またな』

 

 そう言って、永利の方から電話が切られてしまった。

 

 今すぐでも逃げたい気持ちが山々だったが、どうにも身体は動いてはくれない。

 

 まるで十五年前にでも戻ったかのような無気力感。エンリは電話を床に落とした。

 

 そうして、“ 日陰になったドア ”の方へ目を向けた。

 

「いつ来るかと待ってた」

 

 ドアが開けられた。

 

 エンリの目線の先、現れた大柄な人物。

 

 黒いタンクトップに白いパーカーを羽織った男。肌は浅黒く、筋肉質。おおよそ日本人とは思えない体長。

 

「よう、探偵の。三日ぶりだな」

 

 三日前、瀕死の重症を負ったモフセンであった。

 

 ズカズカと探偵事務所に入り、一人用のソファに腰掛ける。思いっきり体重を乗せた為か、ギシっと強くソファが軋む。

 

「まだ、引きずってんのか。オマエ」

 

「引きずるって何を」

 

「倉庫で叫んでたの聞いてたぞ。大の大人が泣き叫んでるやつ」

 

「チッ……あの時には起きてたのか」

 

「オマエのくれたエリクサー?ってやつのおかげでな。意識の回復なんて早かったぜ」

 

 エンリはエリクサーを受け取った後、モフセンへ飲ませていた。

 

 死なれるのは困る。そして、もしここで助ければ、この出来事を大きな被害なく収束できるかもしれないという打算からだった。

 

「メモ、見たぜ」

 

「そりゃそうだろ。分かりやすく、手に握らせてたんだ。それにアンタがここにいることがその証明だろ」

 

「……無謀だなオマエも。助けたら、恩を返してくれるなんて可能性を信じるなんて」

 

「恩を返すことは“ 常識 ”。アンタの性格が律儀過ぎることを観察しただけに過ぎない」

 

 身体を起こし、ソファに座るエンリ。

 

 それからクシャクシャになった後頭部を手櫛で直し、モフセンの方へと顔を向けた。

 

「本当なら色々聞きたいところだったが、事情が変わった」

 

「だろうな。あんな言葉聞かせられりゃ、予想はつく」

 

 エンリはモフセンに対して頭を下げ、ゆっくり言葉を吐いた。

 

「……俺は今後、このホワイトレッグの件に関わらない」

 

 殺される可能性。

 そこから抜け出すには、モフセンとの会話というカードを切るしかない。引き返すには一番の場であるから。

 

 エンリは強くない。彼は臆病者。

 

「なあ、探偵。少し聞きたい」

 

「答えられる程度なら」

 

「オマエ、なんであのイカれ女に楯突いたんだ?」

 

 それは保身から……と言葉を続けようとした時、言葉が詰まった。

 

 もし保身から動いていたのなら、エリクサーをモフセンに飲ませた時点でトンズラしてしまえばよかったのだ。

 

 だが、エンリは彼女を戦いを見守り、そして彼女が死ぬことに対して、口を出して止めてしまった。

 

「……オマエが自分への被害を被らない合理性の上で動いているのは、行動や言葉で理解できる。だが、あの行動に合理性はない」

 

 理解できている。

 

 理解できていた上で、それに対しての不条理を認めることはできない。

 

「なぜ、他人にスパゲッティを啜らないで食べるルールを教えるようなマネをしたんだ?」

 

 何かを恐れたから。

 

 理由は明確。根本を置いてたとしても、エンリにとっての何かは、自身を動かすには重要なトリガーの一つ。

 

 つまり、現状でも大切に、失わないようにしているものであった。

 

「まあ、それはいい。それにオレはオマエをこの案件から抜けさせるつもりはない」

 

「……どういうことだ?」

 

 モフセンは懐から鈍色の何かを出し、机へと置いた。

 

「依頼だ。ホワイトレッグのボス……禍福 蕭白を倒し、彼女をマイアミホットのバイヤー事業から撤退させて欲しい」

 

 動揺したエンリは立ち上がった。

 

 机に置かれたのは、短剣。

 

 その刃には“ 王冠と蛙 ”のレリーフが彫られていた。

 

 

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