探偵の俺に、異世界の依頼は重すぎる   作:リポストマン

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十一話 開巻劈頭

 

 

 目の前に置かれた短剣。

 

 近代に造られたものではなく、中世辺りで造られたような趣のあるアンティークな品。

 

 けれど、銀色の刃に彫られた“ 王冠と蛙 ”のレリーフ。

 それが示すのは、エンリにとっては大きな情報であった。

 

 千景が探している四つのうちの一つ。それであることに彼はすぐに気付いた。

 

「この短剣は……?」

 

 エンリは知らぬ存ぜぬの体で、短剣について質問をする。

 

 これを見せてきた真意。彼が出してきた意味を知る必要があった。

 

「……お前が依頼を受けるなら、話す」

 

 モフセンは簡単には話す気がない。

 

 エンリは彼の態度から、短剣を出した理由の想像がついた。

 

「その短剣、お前らのボスを倒すためのものか」

「似たようなものだ。オレはもう使えんがな」

 

 “ もう使えない ”。

 モフセン自身がすでに使ったというニュアンスなのだろうとエンリは考え、短剣についてはそれ以上の情報は取れないことを悟った。

 

 続けて、今回の依頼の内容について聞く。

 

「何故、マイアミホットのバイヤー事業から抜けたいんだ?」

 

 モフセンからこの話を持ち出された理由は、エンリからすれば全くわからなかった。

 

 彼の喋り方や態度からしても肯定派のように見えていた。でなければ、あんなにも派手に殴る蹴るなど起こすはずがないのだから。

 

「ボスが死ぬかもしれないからだ」

 

「死ぬ?」

 

「マイアミホットはヤクザからの横流し品だ。もし、他の勢力にそれがバレでもすれば、ボスは死ぬ」

 

「なるほど……だが、セバスチャンだっているんだろう。流石にあんなぶっ飛んだ力を持ってるなら、ヤクザ相手になんて死ぬことはないんじゃないか?」

 

「セバスチャンもボスも万能ではない。手練れには殺される可能性は十分にある」

 

 確かに常軌を逸した人間は存在する。

 

 エンリの中で代表的な例を出すとしたら、ラオパンだろう。彼女ならばセバスチャンと戦ったとしても勝てる可能性はあった。

 

 そんな人間がゴロゴロいるような場所がヤクザやマフィアの世界。明らかにファンタジー側の人間である。

 

「頼む、探偵の。依頼料はいくらでも払う。ボスはオレを地獄の底から救ってくれた恩人だ。あの人を見殺しにしたくない……あの人を助けるために、オレだけじゃ足りない」

 

 頭を深く下げるモフセン。

 

 エンリ自身、彼の気持ちは理解できる。

 人情によるもの。恩人に恩を返す為に、頭を下げてでも手助けを必要としている。

 

 エンリは情に流されて、依頼を請け負ったことはない。自分の利益になる仕事だけを請け負って、他を断ってきた。

 

 この依頼も自分の利益には一切ならない。

 

 報酬よりもリスクの方が大きいことで、利益なんて言葉が塵にも等しくなってしまう。

 

「頼むッ……‼︎」

 

 強く拳を握るエンリ。

 

 断ってしまえと脳は命令している。

 そうすれば、いつも通りの日常に戻れる。問題が起きれば、ほとぼりが冷めるまで雲隠れしてしまえばいいだけ。

 

 合理性に欠けているんだぞっ‼︎

 

 体全身が叫んでいる。

 逃げることには慣れているだろう。逃げるたびに、自分が少しずつ軽くなっていく感覚を、彼は知っていた。

 

 進む事は、あの時のように苦しむことになる。

 

 自分の軽率な行動で両親が目の前で自殺した日。その時と同じように、他人の死が目の前で、自分の判断で起こることにエンリは恐怖していた。

 

 自分の死など怖くはなかった。

 

 エンリにとっての本当の恐怖とは、自分が起因となった他人の死。見える範囲の死。

 

「……死んでも、文句言うなよ」

 

 静かにそう呟き、胸ポケットからタバコを出す。

 ライターで火をつけ、一度だけ吸ってから、溜息のように煙を吐いた。

 

「依頼は受ける」

 

「……いいのか?」

 

「報酬は用意しておけよ。通常料金の三倍は絶対貰うからな」

 

 誤魔化すように報酬の話を切り出し、タバコを吸うエンリ。

 

 モフセンは小さく頷き、分かったと呟いた。

 

「それで、その短剣についてだ。何故あのタイミングで出した。脅しってわけでもないだろ」

 

「勿論だ。常識的には脅しと捉えられてもおかしくないがな」

 

「そこは俺の観察眼を信じたってことか」

 

 頷くモフセンに嬉しくはねえけどなと軽く返しながら、エンリは胸ポケットから出した携帯灰皿にタバコを落とした。

 

「単刀直入に言おう。この短剣は“ キルロイ ”を呼び起こすためのものだ」

 

 その言葉でエンリの中で合点が入った。

 

 ボスを倒すため。もしボスがキルロイを持っているとしたなら、同じ力を持って戦えばいいだけに過ぎないということ。

 

 シンプルかつ合理的。

 

「なるほど。キルロイ────つまりはあの化け物みたいなのを操れるようになるアイテムってことか」

 

「ああ。これでオレもボスもセバスチャンも、キルロイを扱えるようになった」

 

「……やっぱり、アンタも使えるのか」

 

「使えるが、戦闘じゃ役に立たない」

 

 凪藤との戦いで使わなかったことやエンリへ依頼を頼んだ理由も明確になった。

 

「……それで、これはどう使えばいいんだ。身体にでも刺すのか。嫌だよ、痛いの」

 

「切る、だな。別段どこを切ろうが関係ないが、痛みはある。我慢しろ」

 

「マジかよ……」

 

 短剣を手に取り、苦虫を噛み潰したよう顔でもう片方の手に添えた。

 

「なあ、これで切ったらキルロイってやつが暴走とか身体が爆発────とかないよな?」

 

「今のところはない。ボスが選り好みして、オレたち二人ぐらいにしか使わなかったが。そもそもキルロイは何もないところは出てこないから、安心しろ」

 

「爆発する可能性はあるんだ……」

 

 おちゃらけた会話を繰り返す中、エンリの頭には再び逃げたいという感情が湧き起こる。

 

 他人の死に関与する。

 

 それが引き金となって、新たに他人の死を招くかもしれない。

 

 助けたとしても、また誰かが死んでしまうかもしれない。

 

 けど、

 

 ────弱いクセに他人の死生観には口を出す軟弱者。

 

「せめて、他人の生き死に文句を言っても、正しいと思えるぐらいにはなりたい」

 

 エンリはそういうと、自身の掌を短剣で切った。

 

 少量の血が床へと垂れる。

 それに次いで、血が黒く染まり、コールタール状になって、彼の足元に円を作り始めた。

 

 すると突如、彼の身体を覆い隠すように黒い液体が沸き上がり、酷い粘着音を撒き散らしながら圧縮していく。

 

 叫ぶ間もなく、包まれたエンリは激しく苦しみ、やがては動かなくなってしまった。

 

 これにはモフセンも驚き、手を伸ばすものの、黒い液体の温度に即座に手を引っ込めるしかなかった。

 

 十数秒後、黒い液体が徐々にエンリはの身体から地面へと流れていく。

 

 ゆっくりと目を開けるエンリ。

 

 黒い液体によって溶かされてしまったのか少々寒さを感じていた。それでも裸を見られるのは、同性のモフセンだからと気にする事はなかったが。

 

「なあ、これで使えるように……?」

 

 声が高い。

 喋った時に何故だか声が高いことに気がついた。それもどこか幼いような、女性のソプラノ声のような。

 

 それどころか、モフセンがより大きく見える。ゴリラのようだと凪藤が言っていたが、確かにゴリラのように大きい。

 

「あっ……とりあえず、鏡でも見てきたらどうだ」

 

 その発言者のモフセンは何故だか、顔を背けているのだが。

 

 嫌な予感。

 

 あまりにも経験がないが故に、その予感は強く警報を鳴らしていた。

 

 少しばかり駆け足で洗面所の方へ向かい、鏡で自分の姿を見るエンリ。

 

 そこには────。

 

 

 黒と紫の角。

 

 紫の宝石が先っぽについた黒い尻尾。

 

 紫にも似た色の翼。

 

 そして、つるぺた幼女。

 

 

「なんじゃこりぁ……」

 

 洗面所で腑抜けた可愛らしい声が小さく木霊した。

 

 





 これにて序章終了です。次からはホワイトレッグ完結編こと、後光羅刹編を始めます。どうぞ、よろしくお願いします!
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