探偵の俺に、異世界の依頼は重すぎる 作:リポストマン
節目の日に、何かが起きるとは限らない。
大抵は、いつも通りの日常に少しだけ違和感が混じるだけだ。
だからこそ、今の現状にエンリは呆れた顔で受け取るしかなかった。
「エンリくん。炭酸のふるふるゼリーって、もう売ってないの?」
黒い学生服を着た前髪パッツンロングの少女。
抱え膝で炭酸飲料コーナーの冷蔵庫を特徴的な赤い瞳で覗いている様は最近の学生となんら変わりはない。
彼女が十六年前と容姿がほとんど変わっていない状態で目の前に存在しているという点を除けば、だが。
「あ〜……確かふるふるゼリーの生産は六年前ぐらいに中止になったっけ」
「嘘っ。私、飲むことなく人生終えるの……」
「パチモンならディスカウントストアに売ってるんじゃないかなぁ」
「なら、そのディスカウントストア?に行きましょう」
「絶対ふるふるゼリー以外の余計な物まで買おうとするから行きません」
大人のクセにケチねと頬を膨らませて、その場から動かない少女。エンリは彼女の態度を見ながら、自身の頭の後ろを掻いた。
彼女との出会い────もといある意味での再会は数十分前に遡る。
◇◇◇
魔人の本部「竈君」から帰宅後、適当なラーメン屋で腹ごしらえしたエンリ。既に自宅兼探偵事務所の近くまで戻っていた。
それでも日は沈まず、おやつの時間と言わんばかりの微妙な時間になっていた。
若干涼しいビル風が吹く。それでも日光の強さには負けてしまい、エンリは額を手の甲で拭う。
残暑は長く続き、昔よりも気温の上がり方は異常であった。少なくとも、この上着が着れなかったほどに今年の夏は暑い。
今はそうでもないが、それでも体感的には暑いとは感じてしまう季節だった。
探偵事務所前の階段入り口手前に付くと、黒色の制服を着た少女が立っていた。
どうやら上を見上げて、探偵事務所の看板を見ているようであった。
依頼のために来たのだろうかと、自身の頸を掻いた。
別段今から仕事をやることには問題はない。だが、探偵事務所はその形式上、未成年からの依頼は受けられない法律が存在する。
依頼であるかどうかも怪しいところではあるが、家の前に屯されても迷惑だと考え、彼は少女の方へ注意しにいった。
「すいません。ウチの事務所に何か御用ですか?」
振り向いた少女。その眼には見覚えがあった。
赤────濁りの一切のない赤色の瞳。
間違えるはずもない。あの失踪事件の中でも目立つ存在であった彼女のことを。
「アナタ……エンリ?」
「そういうアンタは……凪藤 千景か⁉︎」
凪藤 千景【ナギフジ チカゲ】。
集団失踪事件でいなくなった343人の一人。エンリの記憶によれば、学年は一つ上で口数の少ない消極的な人間だったと中学時代の学友の情報を記憶していた。
口数が少ないというのは自身のことを喋りたがらないから、というのが真相である。それを理由とするのが赤色の瞳であろう。
「そのアルビノの眼に美人顔。学校じゃ、高嶺の花扱いだったのは知ってるよ。逆に出身地の田舎じゃ、その瞳が原因で忌児扱いだったらしいのも」
「……へぇ、詳しいの。流石は探偵さんってところかしら? その腕なら殺人事件でも活躍してるのでしょうね」
「漫画の読み過ぎなんじゃないかなぁ。探偵は殺人事件に関わらない」
皮肉を混ぜた発言に対し、眼を大きく開く千景。
その眼力にエンリは口元を歪ませた。
「えっ……名探偵コナンって、嘘だったの⁉︎」
「本当に漫画の知識なんだ……」
「だって、金田一少年のじっちゃんも名探偵で、殺人事件とか携わっていたでしょうに」
「いや、警察から見たら何も資格がない一般人だし」
「なん……ですって⁉︎」
目に見えて落ち込む彼女。
それに対してエンリは警戒心を緩めることはない。
彼に見えているのは突然帰ってきた同郷の人間。それが十六年前と殆ど変わらない姿で現れたのだから。
彼は警戒を強め、臨戦態勢に入っていた。
彼自身、彼女とは直接的な面識などない。彼の名前も、この探偵事務所の場所もどこで知ったのか不明。
あまりにも不自然な状態。例え丸腰だとしても、得体がしれなさすぎた。
「あれ?やる気?」
「“ 目の前に幽霊が現れました ”なんて、非常識な自体を目の当たりにして、警戒しない訳がないでしょ」
「ふ〜ん。私はやる気はないけれど」
「どうだか」
千景が手を挙げて、降参のポーズをする。その顔は涼しげで、エンリが攻撃しないだろうと顎を上げていた。
「ほら、やる気がないでしょう?」
「……」
分かり易い挑発。
しかし、その挑発に対して彼は乗った。
仮に彼女の挑発が第三者を利用したものだとしても、彼女を人質に取れば問題はない。
手を挙げているのなら、彼女自身を手を出してこないだろう。
ひとまずは拘束しようとエンリが前進した瞬間────足元のコンクリートがクロスするように割れた。
抉り取られたような巨大なひび割れ。
身体の両サイドに押し寄せる風圧に驚き、後退りするエンリ。
何かが、通った。
そうとしか言いようがなかった。
反射的に後退るエンリの視界の端で、砕けた破片が宙を舞う。
「アナタが私に危害を加えようとしない限り、だけど」
たらりと額に汗を浮かべるエンリ。
何かあるとは思っていた。
ただ、それ以上に自分の手の内を読み、殺しに掛かってきたことに驚いていた。
事実上の攻撃の理解など等に超えている。
拳、蹴り、刃物、銃────それらとは全く異なる手段。その読みは当たっていたのだが、その覚悟の問題。
喧嘩ではない。殺し合いの領域。
この十六年という長い年月で一体何があったのか、想像の上を行く彼女の経験が彼の愚行を止めるには十分であった。
「エンリくん。私ね、話をしに来たの」
「……同窓会のお誘いなら、お断りだが」
「安心して。同窓会なら出禁を喰らってるから」
タッタッと軽くステップしながら、エンリへ近づく。彼の手を握り、上目遣いでニコリと笑った。
「物探しの依頼を受けて欲しいの」
自身の手に何かを握らせたことに気づいたエンリは徐ろに手のひらを見ると金貨乗っていた。
決して金貨模したチョコレートではなく、ズッシリとした重さ。おおよそテレビでしか見たことない高価な物体に唖然とした表情で金貨を眺めていた。
「どう? 当分は困らないと思うけれど」
だが、しかしエンリも馬鹿ではない。
明らかに高価な物を渡すということは、依頼内容は明らかな危険を孕んでいる可能性がある。
この場合は命を懸けて、鉄砲玉になって来いレベルに違いないと苦虫を潰した表情を浮かべた。
「か、返す。アンタの依頼は受けられない」
「別に命を懸けることはさせないわ。もし、命を懸けるとしたら私がやるから」
「だとしても、俺も巻き込まれる」
「その前にあの子で殺すから大丈夫」
「殺すって……やっぱり命を懸けるんじゃない。俺は自分が犯罪者になるのも、殺されるのも嫌なの」
ヴェルセスタと呼ばれた空に浮く機械へ指差す彼女の手前、エンリは頸を掻いた。
この男、既に犯罪の片棒を担いでいることを無視していた。
ヤクザへの情報流出、半グレとの喧嘩、携帯強奪etc……数えられない程の犯罪を依頼として請け負っているのにも関わらず、この発言であった。
「……本当に受けてくれないの? 今なら金貨共にこの美少女探偵助手と────」
「要らない」
「ごほんっ‼︎ この美少女探偵助手と────」
「いやだから、要らない」
「空白の“ 二年間 ”について教えてあげる」
「だか────あ?」
“ 空白の二年間 ”。
その言葉の奇妙な差異と意味。
それは魅力的な提案。この十六年間、行方不明にならなかった三人が最も知りたい真実を提示させられているかもしれない。
特に事件の犯人として世間的には仕立て上げられそうになっていた彼にとっては。
「……信用できないな」
「その信用、探偵らしく自分で集めてみたら?」
「探偵らしく?」
「少なくともテレビはその信用で持ち切りよ」
テレビ。その単語に数時間前の永利の言葉を思い出す。
────お前のいた高校あったろ。なんかあったらしいぞ。
────高校ですか? 責任者もいなくて、廃校も同然ですけど……。
────俺も深くはしらねぇが、テレビで取り上げられてるとかウチのもんが言ってたぜ。
彼はスマホを取り出し、ニュースサイトを確認する。そのニュースサイトの一番上のトピックに集団失踪事件の名前が書かれていた。
トピックを開くと、アタマに集団失踪事件の被害者たちが帰ってきたという文言が並べられていた。
「その小さいテレビで確認できた?」
「……ああ、アンタがここにいる理由も多少は分かったよ」
「だったら、依頼を受けてくれるかしら」
「内容は事務所で聞く……そこからで構わないか?」
「なら、少しだけコンビニ行きましょう。こっちに来てから何も食べてないの」
それからエンリは千景共に近くのコンビニまで足を運んだ。
彼女がお金を一切持っていないことに呆れかえった。だがそれ以上に、携帯のキャッシュレス決済を見て、「流石は大人ね。未知の領域だわ」と目を輝かせていることに遠い目をするしかなかった。
飯まで奢った挙句、下着まで買わされたことには不服だった。
もれなく、エンリは店員から変態を見る目で見られていた。