探偵の俺に、異世界の依頼は重すぎる   作:リポストマン

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五話 悪逆賊人

 

 

 薄暗い電灯に照らされた廃ビルの個室。

 

 不良の溜まり場らしく、四方に“ 獣の脚に後光 ”が描かれたグラフィティ。周りには缶スプレーが積み上がっていた。

 

 中央には作業台であった木製のテーブル。それを挟むように、執事服の男性とパーカーの男性がパイプ椅子に座っていた。

 

 片方は眼鏡をかけたスリムな日系人。もう片方は筋肉質なアラブ系。

 

 服装も含めるとツッコミどころ満載であるが、彼らは表情を固くしたまま、会話していた。

 

「聴きましたよ。男女二人に携帯とヤクが盗まれたって」

 

「ええ。原田達がやらかしました。女から一方的に殴られ、男が携帯とヤクを持っていたと」

 

「困りますね……我々も危ない橋を渡り始めたとはいえ、大きな問題に発展されるのは────彼らは殺してませんよね?」

 

「木材十発で勘弁してやりました」

 

「懸命ですね。やはり、モフセンくんは優秀です」

 

 執事服の男性は笑顔を浮かべ、懐からスマートフォンを出す。

 

 通話アプリのグループに通話画面を出し、集音モードに切り替えた。

 そのまま、机へ携帯電話を乱雑に放り投げる。

 

「では、彼らの服装や特徴……特に男の方を詳しく報告してください」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

『お前も大変なことになったな』

 

 探偵事務所入り口、横にもたれるエンリ。

 

 風呂に入り始めた千景。やけに生々しいシャワー音に困り果てたエンリは、机の上にジャージを置いて、頭を冷やそうと外に出ていた。

 

 それに次いで、今の情報整理のために永利へと電話をかけているところであった。

 

 裏の事情という点で見れば、最も話をしやすいの彼だとエンリは考えていた。

 

 確かに、他の手というのならば、居る。しかしその等価は流石にエンリでは払えないものであった。彼の口からは絶対に言えない。

 

 とりあえず千景から聞いた依頼内容を話し、4つの代物────骨董品の概要を調べて欲しいという話を持ちかけた。

 

 すると、永利は二つ返事で承諾してくれた。

 

 エンリも少々驚いたが、どうやらホワイトレッグの件の事情が思っていたよりも混み合っていたらしく、貰った金額では割に合わないと判断したからだと聞かされた。

 

 そんな気がしたと軽く返し、受けてくれることに安堵していた。

 

「まさか、失踪事件の人間が帰ってきたなんて信じられませんよ」

 

『だがよ、これで疑惑が晴れたんじゃねえか?』

 

「……仕事に支障に出るのは嫌なんすけど」

 

『もうちょっと知名度があれば、その心配ができそうだな』

 

 言い返すこともできず、黙ってしまったエンリに対し、笑って返す永利。

 

『それでよ、その嬢ちゃん自体は信用できんのか?』

 

「……少なくとも、こっちの要求は飲んでくれました」

 

『おいおい……』

 

「全部が全部、信用出来ていたら、こんな仕事できませんよ」

 

 探偵とは人の裏側を覗く仕事だとエンリは自負していた。

 

 汚いところ、恥ずかしいところ、悪いところ────良いところなんてものは依頼内容の一割ぐらいしかなくて、常に悪意の中で振り回され続ける。

 

 その悪意が利用者にあるのか、そもそも依頼の中に存在しているのか。どちらにしろ、存在していると仮定しなければならない。

 

 信用するのは“ 契約 ”だけ。

 

 それが彼の基本スタンスである。

 

『お前が良いなら良いけどよ……あんまり、入り込みすぎるなよ』

 

「危なくなったら、流石に引きますって。そもそも危なくないように、手を打ってますし」

 

『そうじゃねえんだけどなぁ……まあ、その骨董品のことはこっちでも調べておくわ』

 

「今度、菓子折りぐらい持ってきますよ」

 

『要らねえよ。代わりにお嬢の機嫌取りに付き合ってくれ』

 

 電話が切れたことを確認し、目元を押さえた。

 

 朝から取材、昼はラオパンの機嫌取りに次いで、夕方近くには失踪事件の人間からの脅しと依頼。

 

 彼をいつもよりも疲れさせるのに十分な出来事の連続であった。

 だが、この連続した時間の中で未だに二十時を回っていないというのは驚きを隠せない。

 

 と言っても、事務所の前は人通りは少なく、今の時間帯でも通っても一人二人ぐらいだろう。そもそもこんな通り、好き好んで通る人間はいないだろう。

 

 だからこそ、反応が遅れた。

 

 事務所の前は静かすぎた。

 遠くから車の音だけが聞こえる。

 風の音だけがやけに大きく聞こえる。

 

 横から勢いよく振るわれた金属バット。

 

 避ける隙さえなく、気付いた頃には勢いが乗ったまま、頭部に受けてしまったエンリは地面に倒れた。

 

「いっちょやりー」

 

「先制攻撃きまった‼︎」

 

「ホームラーンじゃん」

 

 床に伏せたエンリの前。

 彼の前でケラケラと笑っているのは、金属バットを持った男たち。

 

 声のトーンからして、若者であるのは確かだが、顔は覆面をかぶっていて見えない。

 

 だが、その腕には見覚えのある白いスカーフが巻かれていた。

 

「……ホワイト、レッグの」

 

 片方の額から血を流しながら、立ち上がるエンリ。

 

 フラフラとおぼつかないところを見るに、脳震盪のような症状が起きていた。それでも、彼の目は少年たちの方へと向いていた。

 

 その状態の彼を見て、少年たちは顔をしかめる。少年の一人が血痕のついたバットをグルグルと振り回し、エンリの顔にピッタリとバットを合わせた。

 

「あれ、ヒットじゃん。もっと力込めろよ」

 

「うるせぇ、ボケ死ね。今から満塁の準備しとけ」

 

「でもでも、こいつこんまま持ってたら、モフセンさんから報酬貰えんじゃね?」

 

「いいじゃーん。それ採用。橋間くん天才」

 

「んじゃあ、もう一発。ツーランぐらいの打ってあげてよ」

 

 エンリは立っていることさえギリギリであった。

 

 視界が再度暗くなった次の瞬間、大きな衝撃が身体を襲う。それが頭を殴られた衝撃なのか、地面に倒れてしまった衝撃であるのか。

 

 定かではないが、それを明らかにする程の意識は残ってはいなかった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「エンリく〜ん、現役JK(※諸説あります)のタオル姿よっ‼︎」

 

 タオルを巻いただけの千景が勢いよく扉を開けて、洋室へ入る。

 しかし、そこにはエンリはおらず、文字が書かれたコピー用紙と共に赤色ジャージが置いてあるだけだった。

 

 手紙には「玄関前にいるので、これを早く着てください」と乱雑に書き置きされていた。

 

 なんとも律儀で、礼儀のない男だろうか。それ以上に自分のやろうとしていたことが見透かされていたことに千景は少しの憤りを感じていた。

 

「男子高校生はこういうのが好きだと聞いたのだけれど、やはり漫画だけなのかしら……」

 

 タオルを下ろすと、下着姿の姿を晒す。

 一切の色気のないブラトップとパンツ。先程、コンビニで買ってくれた(購入させた)代物である。

 

 流石に異性の前で裸になれる程の度胸は彼女になかった。ただ、下着姿なら晒しても良いという異世界帰りのだらし無さはあった。

 

 置いてあるジャージを着る。

 まるで高校に通っていた時のような気持ちになるも、いかんせん体育が不得意であった過去の自分を思い出してしまう。

 

 そんな思い出を掻き消すように頭を振り、彼が待っているであろう階段を上がっていく千景。

 

「……やっぱり都会の空って黒いのね」

 

 異世界から帰ってきて、初めて空を見上げた千景。

 

 彼女がいた場所は見上げれば星が見える程に空気が澄んでいた。

 空気の違いが人間の感覚で分かるかどうかと言われると、余程の違いが無ければ判別不可能だ。

 

 だからこそ、いつも空を例えに挙げていたことを思い出した。

 

 月の明かりだけはあまり変わらないことは、この人通りの少ない場所のせいであることは確かだとは思うが。

 

「エンリくん、シャワー上が────って、いない」

 

 階段を上がりきり、通りに出るが彼の姿は無い。

 

 嫌になって逃げた?

 そんな考えがふと浮かび上がったものの、彼がそんなことをする人物ではないことをよく知っていた。

 

 右、左と交互に見るも人の姿はなく、代わりに赤色のワンボックスカーの後部が見えた。

 

 徐々に遠くへ離れていく車から目を離し、月明かりの差す地面を見る。

 黒色のコンクリートにうっすらと赤い液体が垂れていた。

 

「……ディーくん、追跡して」

 

 何処からか無数の虫羽の音が聞こえるも、すぐさま音が遠くの方へ離れていく。

 

「さてと、シャワー浴びたばっかりだけど、エンリくんを取り戻さないと。幸い、“ アレ ”も二個はある」

 

 事務所入り口の隣り、落書きの描かれたシャッターに手を付く。

 

 塗料の線が、月光を吸って脈打った。

 

 

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