探偵の俺に、異世界の依頼は重すぎる   作:リポストマン

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六話 喧々諤々

 

 

「うっ……ゴホッ、ゴホッ⁉︎」

 

 水をかけられたエンリは目を覚ました。

 

 暖色の光が目に入り、眩しさに頭が揺れる。それだけが原因ではないのだが、今のエンリにはそこまで考えられる思考は保てなかった。

 

 現在、エンリはパイプ椅子に縛られていた。

 

 周りはトタン造り。

 所々錆びており、置かれた木材は腐っていた。長らく整備をされていない所から、倉庫としての役目を放棄されているのだと一目でわかる。

 

「起きたか」

 

 エンリの目の前には、バケツを持った男。

 若干の褐色肌。筋肉質の肌を見せるため、黒いタンクトップを着ていた。

 

 服装含め、目の前の人物の顔を確認したエンリは見知らぬ顔であることは理解した。

 

「すまねえな、にいちゃん。うちのバカ共が手荒な真似しちまって」

 

「手荒……? なんの話をしてる?」

 

「はぁ……こりゃ、記憶がトんでなぁ。おい、橋間。テメェんのとこの奴、バットで何回殴った?」

 

 振り返りながら叫ぶタンクトップの男。

 すると、橋間と思われる今風の若者の一人が歩いてくる。

 

 まだ学生と思えるぐらいには若い。

 ネズミを思わせるその容姿にも見覚えがない。しかし、腕に巻かれている白いスカーフは何処かで見た気がしていた。

 

「エーノくんが二回殴ってました」

 

「二回かぁ……」

 

「僕は止めたんですけどね。モフセンさんトコに連れて行かないと〜って」

 

「へぇ……なぁ、二回で思い出したんだがさ。オレ、この間初めて、串カツってのを食べたんだ。ボスとセバスの兄貴と三人でよ」

 

 モフセンは床にバケツを置き、突然たわいもない話をし始める。

 

 それに少々驚きつつも、橋間は相槌を打つことにした。

 

「いいですね、串カツ。関西のですか?」

 

「ああ、カンサイの。チェーン店ではあったんだが、ちゃんとそこにはルールがあってよ。カンサイならではの……まあ、二度漬け禁止ってやつだ」

 

「でた、二度漬け。俺、関東の人間だからあんまり好きじゃないんですよ」

 

「まあ、それでも店のルールだ。二度漬けするなってのは当たり前。次に使うやつが汚くて使いたくねぇって理由がある。分かるか?」

 

「ええ、まあ────」

 

 その台詞を言い終えた瞬間、橋間と呼ばれた不良が顔面を殴られた。

 

 視界の端で、橋間の身体が跳ねる。

 殴られた、というより“吹き飛ばされた”と言った方が正しかった。

 

 グッガシャという聞き覚えのない軋む音を立て、数メートル先のトタンに穴が開いていた。

 

 エンリはその光景を虚な目で追っていた。

 

「分かってんなら……二度も人の頭を殴るなってのも、当たり前だろがっ‼︎ 中身が死んじまったパペットとお喋りしてぇと思う人間がいるかよ? そのクソッタレの思考が、常識が、人間としての道徳観のバランスが保ててねえんだよォ‼︎」

 

 先程の大きな音で少しずつエンリの意識が戻ってきていた。

 

 場所が倉庫であること。

 次いで、潮の香りがすることから港にあることを把握した。

 

 身体を動かそうとした時、自分の腕が縛られていることに気づく。

 軽く動かすと少しの弾性を感じる。だが、容易く解けそうだとは思えない。

 

「ふぅ……ニッポン人とは思えない奴だ」

 

「全くだねぇ。日本人じゃないアンタからの台詞には説得力がある」

 

「ほう。じゃあ、ニッポン人らしく、誠実に喋ってもらおうか」

 

 再度、エンリの方へと振り向いた男は地べたに胡座をかいた。

 

「自己紹介からでいいかな?」

 

「いいぜ。オレは────ここではモフセンって言われてる」

 

「モフセン、ね。俺はエンリ。苗字はいる?」

 

「要らねえよ。テメェが佐藤さんなら常識的にわかりづれぇ」

 

「そうかい……じゃあ、モフセン。俺から何が聞きたい?」

 

 意識がハッキリとしたエンリ。

 彼の目にはモフセンと、その奥の扉先に見える不良の集団を見ていた。

 

 白いスカーフやバンダナをした複数人。

 

 ホワイトレッグの面々。

 ここはそのアジトの一つだろう。または、臨時でどこからか借りた拷問場の一つの可能性も考えられる。

 

 どちらにしろ、目の前のモフセンと名乗る男との会話に下手な嘘は通用しないことを彼は理解していた。

 

「昼頃、お前は人から薬と携帯を盗んだな」

 

「盗んだ。袋と携帯のセットを六つ。内容は一切確認してない」

 

「……それを何処に運んだ」

 

「連れの仲間。暴力担当」

 

「もう一人の露出女か。その女、何者だ?」

 

「マフィアだよ。中華系マフィア。渋谷を牛耳ってるとこの」

 

「チャイナマフィアの魔人か」

 

「その構成員。暴力とハンバーガー大好きでバカ。おまけに胸はHカップ」

 

「オレはケツ派だ」

 

「デカケツだよ。タッパもデカい」

 

「……それならグレートグッドタイプだ」

 

 会話の中、エンリは彼らの情報収集能力を組み上げていった。

 

 自身を追えたが、お嬢を追うことはできなかった。一目で容姿が分かるものがあるのなら、それを元に探す方が比較的楽。

 

 特にお嬢の服装なら尚更。

 

 つまり、彼らは写真等の実像の類いで探してないということ。そして、そういった類いを獲得できていない。

 

 “ 目撃証言 ”。この線である。

 

 ラオパンが殴った六人の証言を元に、エンリとラオパンの人物像を炙り出した。

 

 その後は、聞き込み等の人海戦術で彼らの所在を明らかにしようとした。

 

 エンリも渋谷では目立つ服装、ホームページまであるため、見つかるのは時間の問題であった。

 

 ラオパンに関しては幸い、永利の配慮が効いたのだろう。

 

 エンリは自分から会話を切り出し始める。

 

「なぁ、俺は一介の探偵だ。依頼は露出女との散歩。飼い犬が他人の犬に吠えるなんてあることでしょ?」

 

「なら、お前は他人の犬のクソでも持ち帰るのか?」

 

「道に転がってちゃ、迷惑だと思うからなぁ。“ 良心 ”で持ち帰って、処分をお願いするけど」

 

「なら、自分のゴミ箱に捨てちまえばいい」

 

「えぇ……? 俺の家ってペット用のゴミ箱ないだよね。臭いとか嫌だし、散歩したついでに依頼者に頼んじゃうけどなぁ」

 

「依頼者に他人のペットのクソを押し付けんのか? とんだ“ 良心 ”をあったもんだなァ」

 

「まあ、自分の庭が犬のクソで汚くされたんじゃ、飼い主も怒るわけで。仕事する上で必要な“ 良心 ”でね」

 

 モフセンの顔が険しくなる。

 手をグッと強く握り締め、荒く息を立てていた。

 

 エンリは椅子に深く腰掛けた。

 会話を続けながら、見下すようにモフセンの姿を見始めた。

 

「やめよう、モフセン。こんなレスバしても、そっちが馬鹿を見るだけだ。俺は逆らえなかったんだ。だって、依頼者があのマフィアだぜ?」

 

「……依頼内容は喋れないと?」

 

「喋れないよ。怖いし。ここで喋ったらマフィアに殺される。あ、けど、ここで喋らないならアンタにも殺されるか……でもまあ、痛みのないやっさし〜いモフちゃんの────」

 

 その瞬間、モフセンが拳を放った。

 

 それと同時にエンリは身体を斜め後ろへ倒し、パイプ椅子を翻す。

 

 丁度、パイプ椅子の背もたれの支柱部分にモフセンの拳が衝突。破裂音と共にパイプ椅子が折れ、エンリは壁へと追突した。

 

 トタンが折り重なるように倒れ、エンリを押し倒す。風圧で砂埃が舞い、電灯に反射して先が見えなくなった。

 

「常識ぐらいよぉ、守れ……一般人は死にそうになったら、直近で命乞いするだろうがよォ‼︎ 気持ち悪いんだよ、テメェ‼︎ 」

 

 モフセンはその場で地団駄を踏み、頭を掻きむしる。

 

「ヘラヘラ、ヘラヘラ、ヘラヘラ、ヘラヘラ、ヘラヘラ、ヘラヘラ、ヘラヘラァー‼︎ 勢い余って殺しちまったじゃねえかァ‼︎」

 

 勢いよく殴ってしまったことも問題だと思いながらも、常識から逸脱することを良しとするエンリの言葉に怒りが抑えられなかった。

 

 ────まるで目の前で黒板に爪を立てられた気分だ。

 

 そんな言葉が喉元につっかえていた。

 

 つっかえているだけなら、まだ飲み込めそうであった。

 

「けむっ! ごほっ! うぇ、ごほっ!」

 

 煙の奥から聞こえる女性の声。

 先程の衝撃で舞った砂埃で咳き込んでいるのか、明らかに場違いであった。

 

 煙の中に赤色のジャージ柄浮かぶ。

 白のラインがある安物の服。そこらへんのディスカウントショップで売ってるものだと分かる。

 

 崩れたトタンを踏みながら、現れた女性────否、少女は非常識であった。

 

 握ってしまえば、折れてそうな華奢な肉体。

 艶々とした黒い長髪。

 鮮血が溜まったような赤い瞳。

 

 まるで、あの人と正反対のような姿。

 そして、同じ覇気を纏っている。

 

 

 “ 同列 ”

 

 

 自分の常識を────あの人を覆してしまうかもしれない存在。

 

 衝動的に喉元を抑えたモフセン。

 

 これを吐き出してしまったら、この衝動を抑えられる気がしなかったからだ。

 

「あら、自殺してるゴリラ?」

 

 詰まっていたはずの怒り。

 それが容赦なく喉から吐き出された。

 

 

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