極月の少年たち   作:板屋 響

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第2話

 「――まさか本当に地下駐車場でダンスレッスンとは……」

 

 「N.I.A要員ですからね 昨日はカフェテリアでしたよ

  みんなでこう、ダッシュで椅子をどかしてねー」

 

 夏も近いのに薄ら寒くよどんだ地下の空気の中、こともなげに仁羽少年は言う。

 NEXT IDOL AUDITION、通称N.I.A。極月学園の威信をかけた一大イベントが間もなく始まろうとしている。

 票数稼ぎで大量に送りこまれる極月生は、どんな劣悪な会場でもパフォーマンスを発揮できるよう特殊レッスンを受けていると聞いていたが(プロデューサー)も現場は初めて見る。

 

 「……悔しくありませんか 

  どれだけ厳しいレッスンに耐えたところで、N.I.A要員は途中棄権して票を花形(ABランク)に捧げる決まりだ」

 

 「声デカいですよ! みんなナーバスなんです、そこ!

  ……もう人いないしハッキリ言いますけど、ボク個人は納得してますよ そういう契約なんで」

 

 「ええ、存じていますよ」

 

 理事長の毒づく姿が脳裏にありありと蘇る。

 

 ――ヤツは入試面接で契約を吹っかけてきたのだ

   「極月を選んだのは縫製コースがあるからだ

    N.I.Aで票を稼ぐから縫製の単位取得も許可してほしい」

   とな! この私に!

 

 「――しかしなぜアイドル科に? 最初から縫製コースに入ればよかったのでは?」

 

 弱小事務所の寄せ集めと陰口をたたかれることもある極月学園だが、言い換えれば各事務所が得意分野を持ち寄っていることも意味する。

 アイドル科と普通科しか擁していない初星と違い、舞台芸術のあらゆる分野を網羅しているのが極月の強みというわけだ。

 問題のデザイン科縫製コースもそのひとつである。

 

 「ボクはね、最高のアイドル衣装を作りたいんですよ

  中身(アイドル)の気持ちがわからなきゃ独りよがりでしょ?

  本当は縫製コースに通いながらアイドルも勉強もできるのがベストだったんですけど、調べたら逆しかムリだって言われて……」

 

 全国の受験生から非難が殺到しそうな言いぐさである。

 

 「……つまり、あなたにとってアイドル科は一種の寄り道というわけですね?」

 

 「そんなつもりじゃ―― いや、否定はできませんね

  卒業したら服飾の専門に進みますから  

  だからこそやっぱり、スカウトは受けられません」

 

 何度も来てもらって申し訳ないんですが、とあまり申し訳なくもなさそうな口調で少年は言った。

 

 「アイドルと縫製、両立は大変でしょう

  N.I.Aが始まれば今よりもっと忙しくなるのでは?

  私ならスケジュール管理のお手伝いもできますよ」

 

 「……ありがとうございます

  でも結局、ボクはアイドルじゃありませんから」

 

 「そうですか…… ところで今日はスカウトとは別件で、服飾志望の仁羽さんにお願いがあるんです」

 

 「?」

 

 「事務所の先輩の担当アイドルが、今度ライブをするんです

  ですが衣装スタッフに急遽欠員が出まして――」

 

 「?!猪之塚(いのつか)(あおい)の、ふふふ復活ライブ??!!」

 

 案の定、眼の色を変えてフライヤーに飛びついてきた。

 

 「やっぱりご存じだったんですね」

 

 「そりゃあもう!! 極月の男子じゃ一番尊敬してるアイドルですよ~!

  子役時代からファンでしたけど、中等部でアイドルデビューしてからガラっとかわっちゃって!

  それがまたもーワイルドでカッコいいんですよ、ええ!」

 

 猪之塚蒼。

 一世代上の有村()()()には一歩及ばなかったが、子役時代からの長いキャリアで極月男子の中では比較的名の売れているアイドル。

 子供時代も可愛らしい容姿でそれなりに人気だったが、劇的すぎた成長期をうまく生かしてワイルド路線のアイドルに転身を果たした。

 高等部に進んでからもしばらくは順調に活動していたが、今年のN.I.Aにはエントリーしていない。

 なぜなら…………

 

 「――体調不良から半年ぶりの復活でしょ?

  チケット争奪戦でボロ負けして、もー本当に、本ッ当に悔しくって~!!」

 

 「……アイドルにはならないんじゃなかったんですか」

 

 「それとこれとは話が別ですっ! ありがとうございますっ!!」

 

 これまでで一番いい笑顔で放たれたお礼がコンクリートの函にこだました。

 

 

 ☽☽☽

 

 

 ――さかのぼること十数分前、一台の高級車から世にも珍妙な駐車場レッスンを眺める二つの影があった。

 長い髪の女が男に語りかける。

 

 「あの妙なレッスンをまだやっていると聞いてやってきたが……無駄足だったな

  多少はマシなのが一羽いるが、真の才能には程遠い

  やはり今年はお前に注力するしかないようだ」

 

 「……そーダネー、月花様(セニョーラ)と同意見カナー

  みんな大したことないネ」

 

 「そうだな さっさと戻って次のレッスンを――」

 

 「待っテ!」

 

 男は突然女を制止して静止した。

 日頃は人を使う立場の女だが、こういうときの男は梃子でも動かないことを短い付き合いで知っている。

 

 (……あんな遠くの会話も聞こえるのか、さすがに耳が良い)

 

 男がレッスン会場に居残った二つの人影に耳をすましていることは、聴力は常人並みの女にもわかった。

 

 『――とは話が別ですっ! ありがとうございますっ!!』

 

 いきなり影の一方が大声を出して酷い反響が男女を襲った。

 

 「……才能も半端なうえに分別もたりないか いいかげん戻るぞ、カル――」

 

 ステージの外では他人の機微に関心の薄い女だが、この時の男の獰猛な笑顔にはわずかばかりの戸惑いを禁じ得なかった。

 

 「……月花様(セニョーラ)、カルロスあいつ許せないカモ♪」

 

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