極月の少年たち   作:板屋 響

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第4話

 先ほどまで完璧に整えられていた広い背中が今は丸まって激しく上下し、かろうじて吐き出された笛のような音が舞台袖にこだまする。

 

 ――典型的な過呼吸である。

 

 「袋持ってきて!」 「背中をさすれ!」

 

 舞台袖に怒号が飛び交った。

 

 「灰谷さん、先輩が――――!」

 

 仁羽少年が慌てて背中をさすりながら悲鳴をあげた。

 

 「……大丈夫だから ああ袋はいらないよ ほら蒼くん、吸って、1、2、3、4……」

 

 駆け寄ってきた灰谷Pだが、ずいぶん手馴れていて動転した様子はない。

 

 「…………最…近は平気、だっ、たの、にッ……

  リハ、だって、たく…さん……」

 

 「今は喋らなくていい ほら吐いて、1、2……」

 

 「…も…う、いい、か…ら…… お客さん、待って……」

 

 「無理はだめだよ しばらく休ませてもらおう ほら吸って……」

 

 「…………畜、生…………ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――大丈夫ですよ、その間は仁羽さんが歌いますから」

 

 百近い眼が一斉に(プロデューサー)に向いた。

 

 「彼はN.I.A要員です! どんな会場でも歌って踊れる訓練を受けています」

 

 ざわめきがワッとひろがっていく。

 中には961関係者なのか、あぁ()()N.I.Aの、と得心しているスタッフもいるようだ。

 

 「プロデューサーさん、何言って――――」

 

 「セトリを見せてください ……なるほど、一曲目は『黒化(ニグレド)』

  今年のN.I.A用の練習曲じゃないですか

  個人の持ち歌の概念がないのは極月(うち)の良いところですね」

 

 「…………アンタまさか、最初からそのつもりで――――」

 

 「定刻から20分は過ぎています 

  お客様をこれ以上、説明なしにお待たせするのはいかがなものかと」

 

 「…………これは猪之塚先輩のためです 

  それだけは、それだけは覚えといてください」

 

 「……ええ、存じていますよ」

 

 

 そうして形ばかりの打ち合わせを終えた仁羽少年は、少しだけ客席を見つめ、ジンクスなのか片手で軽く顔に触れてからステージに飛び出していった。

 

 

 「――ハイどうも~! 極月学園一年、仁羽風雅です!」

 

 いつも以上に軽薄にふるまっている。こういう場で道化ぶっても逆効果だろうに。

 

 ――――だが、問題はない。

 

 「……だから少しだけ、ボクで暇つぶし、してくれませんか?

 

  ――――黒に染まれ……!」

 

 歪んだギターリフが荒々しくいななき、ハモンドオルガンがうねる。

 ライトが一斉に灯り、少年は挑発的に歌いだした。

 

 

 ――(よろず)の色はここに始まる

   深淵よ歌え 生き直すための終わりを

   乾に湿を合せ 朽ち融けたその果て

   酸よ泥土を苛み 偽りなき「完全」を我が身に!

 

 

 ――――()()()()()はディストピアめいたパブリックイメージの極月(うち)にしか歌えないだろう。

 往年のアングラ演劇の流れを汲むプログレッシブ・ロック。

 

 

   唯一の体験に 一千年を捧ぐ 

   真実はいつも 闇の臓腑に

 

   腐敗せよ! 己がすべてを凶器に変えて!

 

 

 多少現代的なアレンジは施されているとはいえ、客席をトランスにかける効果は上々だ。

 

 

   霊を穿ち 心臓を破れ

   「ワタシ」を成した 衣装脱ぎ捨て

   暗澹をまとい 誰より昏く澄み渡る

   黒に染まれ! 今、目醒めゆく本質

 

 

 激しくステップを踏むサビから一転、厳粛ぶったクワイア(合唱)が加わる。  

 

 

   Et cum primum nigrescit, dicimus esse clavem operis: (黒と化す時、我らこれ業の鍵と称す)

   quia sine nigredine illud fieri non potest.(黒色なくして 成就はあり得ぬゆえに)

 

   万の色はここに始まる

   腐敗せよ! 己がすべてを凶器に変えて!

 

 

 いくら優秀だろうと一アイドル養成校の坊ちゃんでしかなかった少年の存在に、これで世間が少しは気づいてくれるといいが……

 

 

   霊を穿ち 心臓を破れ

   「ワタシ」を成した 衣装脱ぎ捨て

   暗澹をまとい 星より昏く澄み渡る

   黒に染まれ! 今、顕れし本質

 

 

 

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