ブルアカ転生記譚 作:背教者
先生視点だけです
一部元のイベントをなぞってますが変わってもいます
修行部と合流した後の事。
百花繚乱の詰所に行って捕まえた魑魅一座・路上流の子達にシズコが脅しを掛けると、彼女達もそこまでして庇い立てする義理は無いようで、アッサリと黒幕である雇い主の情報を吐いた。
私が睨み転生者の皆が認めた通り、その雇い主は百鬼夜行商店街会長のニャン天丸――本名『ニャテ・マサムニェ』――だった。
それを知った怒り心頭のシズコを筆頭に、私たちは百花繚乱の幹部達――副委員長・御稜ナグサ、切り込み隊長・不破レンゲ、作戦参謀・桐生キキョウ――を加え、魑魅一座の子達から聞き出したアジトへ急行。
皆を指揮して屯していた魑魅一座を蹴散らして、最奥に居た眼帯を付けたニャン天丸の下へたどり着いた。
「……この目で見るまで、まさかって思ってました。でも本当に会長が黒幕だったなんて……! 皆で協力してお祭りを形作ってきたのは全部嘘だったんですか!? 何のために、魑魅一座を操ってまで桜花祭の邪魔を!?」
部屋に踏み込むなり開口一番シズコが怒りの叫びを上げた。その声音には、信じていたのに裏切られたという悲しみも混じっていた。
その彼女の叫びに、魑魅一座を控えさせた猫獣人のニャン天丸がふん、と百夜堂での時のように鼻を鳴らした。
「全部嘘だったのか、だと? それは違う。儂はおぬし達が生まれるずっと前から祭りに携わってきた。その伝統を大切に想っている事は確かよ」
「伝統って……じゃあホログラム花火にしたから、それが許せなかったから桜花祭の邪魔を!?」
「それも少し違う。シンプルに言うなれば、金よ」
シズコの問いにそう言ったニャン天丸は腕を組み、眉根を寄せる。
それは、大人の醜い執着の発露、その始まりに過ぎなかった。
「百鬼夜行の最大主産業が”観光”なのは、時代を積み重ねて築かれた技術、文化が他に無いから。それくらいはおぬしも分かるだろう? 他の自治区には無いからこそ強く売り出すからな」
「それは……はい」
「花火もその一つ。そして『百夜ノ春ノ桜花祭』の目玉でもある……このお祭りが一度開かれる度に、膨大な額の金が動く。その金を、お祭り運営委員会、おぬしらのような子供が握っとる。儂はそれが気に食わんかったのだ」
富める者への羨望ではない。なぜそれを自分が持っていないのだ、という妬み。足を引っ張ろうとする事も厭わなくなるくらいの執着がその言葉にはあった。
商店街の会長を担うほどの人だ、商機を見出す才は確かにあったのだろう。そしてその原動力である執着を隠すくらいには理性的でもあった筈だ。人の上に立つ人は貪欲でなければならないが、しかし醜くあってもいけない。
私もこれまでの人生でそれをよく理解していた。
だからこそ、子供を操った。魑魅一座―――学籍を持たぬ、貧した子供達を良いように使い、裏から操っていた。
「気に食わないって……お金も大事ですけど、楽しんでもらえない事には!」
「『お祭りを素敵なものに』、か? そのためなら、大枚をはたいてミレニアムに依頼するのも必要なことだと?」
問い質すように連ねたニャン天丸は、はっ! と大きく笑い飛ばした。
「何という青い考えだ! 儂に任せれば、おぬしらよりはるかに多くの金を稼げるというのに! いいか、伝統を紡ぐには金が掛かる! だが伝統は金になる! すなわち伝統こそが金そのもの! 時間を掛けた研鑽、技術の蓄積、機械などでは織りなせぬ妙がそこにはある! そうでなくばお面や袴といった手工芸商品は当に絶えているだろうよ! 百花繚乱の袴も、正式銃も、魑魅一座のお面も、祭りの花火も、何もかもだ!」
だんっ! と、ニャン天丸が足を踏む。見得を切るように半身を前に出した彼は大きく吠えた。
「冗談ではない!!! 儂は商店街の会長だ! これまでの艱難辛苦を、金にあくせくして築いた全てを失ってたまるか!!! 百鬼夜行はお祭り一つで成り立っている訳ではない!!!」
「そんな事は百も承知です! だから私も、多くのお店の方の協力を仰いで、多岐に渡る出し物や演目を用意してきました!!!」
「その結果が花火師の排斥か!? 花火一つ変えただけと思っとるから青いのだ!!!」
「排斥だなんて人聞きが悪過ぎます! 桜花祭に出さない分、代わりに花火を打ち上げる仕事を発注しました! 総負担量は例年と変わらないんです!」
「その代わりの仕事は桜花祭ほどの規模の祭りではなかろう!」
「新しく伝統の祭りを作っていく試みです!」
「だがホログラム花火を使っていくのではないのか? 今後目玉の花火を全て! それでは集客を見込めんだろう! 危険で古臭いものと言われようがな、生の花火だからこそ生まれる価値がある! それを重視している儂の方がまだ金を稼げるわ!!!」
「別に全てと言っては――――」
正に喧々諤々。
魑魅一座も私や百花繚乱、修行部も置き去りに、ニャン天丸とシズコが怒りを露わに言い争う様を私達は見せられていた。
やはりというべきか、主張は平行線。
保守と革新、老人と若人の対立、その構図。
百夜堂での軽いやり取り、それが激化した先の論争だった。
どちらの主張もある意味正しくて、運営側ではない身としては口を挟めない事だ。だから誰もが口を開かないでいる。
だが―――私には、問うべき事がある。
”あの、ちょっといいですか?”
誰もが距離を取る中、片手を上げながら進み出る。
言い争っていたシズコとニャン天丸が揃ってこちらを見て、訝しげな眼をした。
「おぬしは……シャーレの先生か。なんだ?」
”お祭りや伝統の是非に関しては口を挟みません。興行を主催する側ではないので。ただ……ニャン天丸会長。あなたにお聞きしたい事がいくつか”
「ニャテ・マサムニェだ……なんだ?」
訝しげに、何を問われるか分からないという面持ちをする猫の獣人。
その様子に、内心沸々とした怒りを抱きつつ、しかしそれを表に出さないように努めながら言葉を紡ぐ。
”イズナ……久田イズナについてです”
「……ああ、あの自称忍者のチビっ子か。あやつがどうした」
”魑魅一座と共に彼女を雇ったのはあなたで、その目的は桜花祭の妨害……合ってますか?”
少し睨むように目を細めながら問う。
彼からすれば小娘にしか映っていなかったのか、私の圧はさらりと受け流され、うむと鷹揚に頷かれるだけだった。
「そうだな、あいつは実に役に立ってくれた。大したお金もかけていないのに、よく働いてくれたよ」
そう、上機嫌に語り始める。
見下したような、馬鹿にしたように嘲る声音で。
「ちょっと
”……お遊びですか”
「ああ、幼稚な子供のごっこ遊びだろう? あいつの言う『忍者』なんて、ファンタジー世界の魔法と同じような話だ。『雇い主としてご命令を』だとか『ご命令とあらば何でもこなすのが忍びの道』だとか。笑わないようにするのが大変だったくらいだ!」
声音に乗せた嘲りは、ついには笑声にまでなった。
場を満たす冷ややかな空気には気付いていないのか、そのまま彼は上機嫌のまま口を動かした。
「逆に言えば面倒だったのはそれくらいで、ちょっと付き合ってあげればあの通り。もうやる気満々で『忍びとして全力を尽くします!』なんて言った時には笑いが止まらなかったさ! ああ、本当に便利なやつだ。実に経済的で、バカで、こちとら大助かりだよっ!」
―――依頼が終わったら桜花祭を一緒に楽しめたら嬉しいです!
忍者を自身の夢だと語り、最後にそう言って去っていったイズナの姿が脳裏を過る。
依頼が終わったら。
忍びとして命令に従っているだけと、そう言っていた彼女は『依頼』の詳細については何も聞かされていなかった。
ただいいように使われて。
ただ、自身の夢を蔑ろにされて。
彼女がこちらの話を聞かなかったのは、心を守るためだったのかもしれない。
自分の中の根幹を守るために。
必死に辻褄合わせを、していたのだ。
”……そうして、イズナの夢を利用して、桜花祭を壊そうとしたんですね”
「ああそうさ。桜花祭が中止になれば、お祭り運営委員会はその責任をとって運営を下りるしかない。自然と次にその役割が任されるのは儂だろう。これでも商店街の会長だ、そのコントロールも難しくはない」
そう言ったニャン天丸は、そこでふむ、顎に手を当てて私を見据えた。
「しかし……夢、か」
”……なにか?”
「いや、おぬしも付き合いの良いやつだなと。先生とはいえ、大したお人好しだよ。あんな夢想とすら言えないバカの妄想に付き合う事も。『彼岸の獣』に付き合っている事も」
そこで、ニャン天丸の視線が私から外れ、私の後方に向いた。
視線を辿って振り返れば、ニャン天丸は厳めしさの増したレイトを見ているようだった。
”『彼岸の獣』……?”
「知らんのか? 10年もの間、キヴォトス全土を駆けずり回る金の亡者に付けられた仇名だ。その由来は、
ニャン天丸がそこまで言ったところで、ドンッ! と銃声が響いた。
撃ったのは、話題に挙がっていた張本人のレイトだった。天井に向いた銃口から硝煙を上げる機構銃が今度はニャン天丸へと向けられる。
見た事がないくらい剣呑な眼をしていた。
「不謹慎という言葉を知らんらしいな。軽々しく話していいものではないぞ、
そう言いながら、レイトが指を機構銃の引き金に掛ける。
流石にマズいと感じたのか、ぐっと呻きながらニャン天丸が一歩後ずさる。
「ッ……だが、おぬしのそれは夢想だ! 無謀で、無策で、無計画な夢物語に過ぎん!」
だが大人としての自尊心か、あるいは金への執着か、何かしらの矜持故か。
縮こまる事を良しとせずレイトに対して彼は尚も吠えた。
「何十年と要して改善の兆しはなく、人も減り、企業も去った! 時間も金もドブに捨てているも同然だぞおぬしのそれは! 2年ほど前の出来事を忘れたか!? 無駄な事だと、おぬしも理解した筈だ! 喪うだけだとな!」
「……好きに言ってくれる」
ニャン天丸の言葉を、しかし彼は痛痒にも感じていないように受け流した。
「お前が金に執着するように、俺も執着しているものがある。それだけだ」
「儂とおぬしが同じとでも!? 本来ならとっくに卒業して大人の仲間入りをしている年齢だぞおぬしは! そうやって何時まで夢想に浸っているつもりだ!? 何時まで空想に縋り足を止めている気だ!? この10年でおぬしは一体何を得た!? ―――喪うばかりで何も無いだろう!!!」
ニャン天丸がダメ押しとばかりに怒号を上げる。
到底無理だ、無駄な事だ、諦めろ、と。
それはキヴォトスに生き、アビドスを外から見た大人からの一つの視点。荒廃し寂れいく自治区を生徒数人で維持している地の長へ向けた厳しい意見だった。
文言だけ切り取れば、それは子供を叱責する親とも受け取れたかもしれない。
ニャン天丸が真っ当な善人であったなら、あるいは赤の他人であっても響くものはあっただろう。
だが――彼は、ニャテ・マサムニェは悪人である。
イズナの夢を嗤い、踏み躙った悪人なのだ。
―――彼が口にした言葉は、ただ彼が積み上げた10年を否定するだけのものだ。
ユウカ達との縁、SRTの廃校を撤回する時の働きの素地となる縁、アビドスを存続させただろう働き、その全てを。
己の欲望を肯定するためだけの、否定の言葉。
反射的に、それは違う、と言おうと口を開いたその時―――
「得たものなら、ある」
私よりも先んじて、レイトが否定の言葉を口にした。
なに? とニャテ・マサムニェが訝しむ声を上げた。
「俺の後ろに在るもの。それこそが、得たものだ」
銃口を突きつけながらのレイトの言葉。
少し振り返れば―――彼の後ろにいる、猫耳の少女の姿を認めた。廃校も視野に入るほど寂れているらしい学校に地元愛一つで入学した一年生のセリカを。
マサムニェに怒って顔を真っ赤にしている彼女は、自身の先輩が口にした事を一拍遅れて理解したらしく、今度は羞恥で顔を赤くした。
―――彼が言わんとする事を、私は理解できた。
「……どういう意味だ?」
その彼女の姿を視認していないのか、あるいは見た上で分からないのか。
マサムニェは疑問を呈するだけだった。
はぁ、とレイトが嘆息を漏らす。
「……それも分からないなら欲に目が眩み過ぎている。そんな輩の言葉を聞く義理など、俺には無い」
そして、彼はそう吐き捨てた。
―――たとえマサムニェが善人だったとしても、きっと聞き入れなかっただろう。
それだけの何かを彼は背負ってしまっているから。
おそらくマサムニェが言いかけて中断させられた7年前の惨劇とやらに起因するものを。
そして転生者の皆が頻りに話していた事であろう2年前の出来事を。
おそらくは、人の死を。
それも無駄な事だったなどと彼が認める筈もない事だった。
それを悲しく思いながらも深呼吸をし、意識を切り替え、マサムニェへと向き直る。
今重要なのは、少なくとも彼の過去ではないのだ。
”ニャテ・マサムニェ。あなたに人の夢を否定する権利も、馬鹿にする権限もありません。そして夢を見る事に子供も大人も関係ありません”
「な、なにを……!」
”だってそうでしょう? あなたはお金を稼ぐために、シズコ達を貶め、お祭り運営の幹事を奪い取る事を夢見ていたじゃないですか”
「……!」
私の言葉に、マサムニェの顔が強張る。
きっと目的や目標というように言葉を変えて自己弁護をしていたのだろうけど……
それは、浅はかである。
行政の中核を子供が担うこのキヴォトスにおいて、大人がそれに関わるというのは非常に難しい事は理解している筈だ。百鬼夜行の最大産業とされる”観光”、それを一手に引き受けるお祭り運営委員会レベルともなれば関わるのが難しい事は想像に難くない。
そんな困難な道を敢えて進み、掴み取ろうとするその原動力。
それを夢と言わずして何と言おうか。
”誰しも夢を持ちます。それを否定なんて、何の権限があって出来るのでしょうか。この子達はあなたの子供ではなく、あなたはこの子達の親ではないのに”
「ぐっ……」
”まして、イズナの夢を利用していいように使っていた以上、あなたは猶更否定できる立場ではありません”
「な……なら、先生は、おぬしはあの小娘のバカげた妄想が夢に値するものだと、そう言うのか!?」
マサムニェにとって、それは正しい論理だったのだろう。
金を基準とした価値観。
生きる上で不可欠な金銭、その絶対的な尺度。
……純粋な子供とは交わりようのないそれが、きっと大人への不信の根幹だ。
大人になると求められるもの。結果。業績。その末の報酬。
子供が反発するわけだ。それらはきっと、子供達の純真さとは相容れないものだから。
”当然です。そもそも、我々大人がするべき事は、子供達に現実を教える事だけではないでしょう?”
「な、なんだと……?」
”子供達が夢を描いているんです。夢を抱けているんです。ならそれを喜び、実現するよう協力するのも、大人の務めではありませんか?”
「時間の無駄だ、一円の価値にもならんのだぞ!!!」
”いいえ、夢を追い求めた思い出は値千金です。大人になってからではもう得られない、得難いものです”
それに、と。私はさらに言葉を続ける。
脳裏に描くのは、何度も交戦したイズナの姿。
”あなたはイズナを『戦力だけなら魑魅一座の数十人分』と言っていましたね。それが忍者になるための修行の末に得たものだとすれば、決して時間の無駄でも、何の価値もない事でもなかった……そうは考えられませんか?”
「なっ……ぬ、ぐぅ……!」
”彼女がただアニメやドラマを見るだけのぐうたらな夢想家であったなら、あるいは私も叱責したかもしれません。しかし彼女は本気で目指し、体を鍛え、技を磨いた。その集大成は今日私も見ました”
だからこそ――、と。
私は悪人の猫獣人を見据えながら、言葉を続ける。
”私は、あの子が努力し続ける限り、あの子の夢を応援します”
―――直後、ドガァン! という爆発音と共に天井が崩落した。
”えっ!?”
「な、何だ!? 天井が……!? どうなっている!?」
「げほげほっ! 何が……!?」
「わ、分かんないっす!」
瓦礫と砂埃が立ち込める中、私はシズコに連れられ後ろに下がり、魑魅一座もマサムニェを引き連れて一旦距離を取る。
その両者の丁度相中に、天井裏から飛び降り、音もなく着地した闖入者の影があった。
久田イズナである。
どよっ、とどよめきが起きる。
百花繚乱をはじめ実力者は多数あれど、彼女に気付いていた者はほぼ居なかったようだ。
その実力こそ彼女が忍びを目指して修行して得たものだと思うと、過程を見てきたわけでもないのに何故だか誇らしく思えてくる。
「い、イズナだと?! なぜここに……!」
「―――全部、聞いていました」
マサムニェの慌てた声に応じたイズナの声音は、とても冷たかった。
明るく無邪気な少女の色は無い。
怒りも悲しみも籠っていない、ただ静かで平坦な声音だった。
きっと――彼女の心、その奥底で守られていた素の声だった。
彼女の横顔から読み取れる感情は、分からない。
「雇い主の話も……先生の気持ちも。どちらも、最初からずっと聞いていました。そうして、ようやくイズナは分かりました」
そこで、イズナがこちらを見た。
熱に浮かされたような表情で、潤んだ目で、私を見つめていた。
「最初からずっとイズナの夢を聞いてくださって、そして応援してくださった先生の隣でなら……イズナは、これから先もずっと、夢を見続けることができます! 先生―――」
たたた、と走り寄ってきた彼女は、数歩前で立ち止まるや否や膝を折り、頭を垂れた。
それはまるで、ドラマで見る忍びが忠義を示す時の姿勢のようで―――とても様になっていた。
「いえ、主殿! これよりイズナは、全てを真の主君たる主殿に捧げ、主殿のために戦います!」
そう宣言すると共に、顔を上げて私を見上げてきた。
キラキラと、まっすぐに。純粋な想いがその眼には宿っていた。
私が守りたい光だ。
眩しくて、嬉しくて、泣きそうになりながら目を眇めて、手を差し出す。その手を嬉しそうに尻尾を振りながらイズナが掴んだ。
そして私が彼女に言葉を掛けようと口を開く―――
「チッ……! だが、イズナが寝返ったとしても問題はない!」
その寸前、マサムニェが怒号を上げた。
廃墟のビルの中、立ち位置は勢力に沿って分断されている。このまま戦闘にもつれ込んでも問題ない状況だ。
いよいよ荒事になると感じたのだろう。これまでずっと静観を保っていた面々も銃を構え始めた。
だが私は、戦闘が始まるよりも先に聞きたい事がまだ残っていた。
それはある意味、こちらの戦力を削りかねない問題―――
”ニャテ・マサムニェ、最後の質問です! 魑魅一座と百花繚乱委員長のアヤメが一緒に暴れていたという話、これはどういう事ですか!”
そう、それはおそらくシズコがシャーレに相談を持ち掛けた要因であり、百花繚乱だけには任せられないと踏んだ原因。
七稜アヤメと魑魅一座、その関係性の噂について。
ただの噂だろう、虚偽だろうと切り捨ててもおかしくはない。
だが――転生者の皆の話を鑑みると、どうしても無視していいものとは思えなかった。
その私の問いかけに、マサムニェはニヤリと嫌な笑みを浮かべ、懐に手を入れた。
「そんなに知りたければ見せてやるわ!」
そう言って、取り出したのは一本の巻物。
―――それを視界に納めた瞬間、ゾッ、と背筋を悪寒が走った。
アレが何かは分からない。見た目では、ただの巻物としか。
だがなぜか、マサムニェの思惑通りにさせてはならないと勘が叫ぶ―――!
”皆、マサムニェを止めて!”
「もう遅いわ!」
咄嗟に指示を飛ばすも、それはマサムニェに一手分の余裕を与えたのには変わらない。言うが早いか彼は巻物を解いて開いていた。
遠く、薄暗い廃墟の中だ、巻物に何が書かれているかまでは流石に見えなかった。
だが、読む必要のない事象がその場に起きた。
ズルリと、闇夜の影から何かが漏出した。
それは数秒で人の大きさにまでなり、真っ黒の不定形のそれが人の形を取り、最後に色を得る。一つに結われた金の髪、菫色の双眼、青い羽織、白の制服、厚底の下駄。そして青の長銃―――
冷たい目をした百花繚乱委員長の七稜アヤメがそこにいた。
「アヤメ……?!」
「っ……アヤメ先輩が魑魅一座と一緒に居たという話の真相は、これだったのね」
アヤメの幼馴染だという百花繚乱副委員長のナグサが困惑したように呟いたと同時、隣で警戒態勢を取っていた猫又の特徴を持つ作戦参謀の少女、キキョウが顔を顰めながら納得の声を上げた。
「捕虜にした連中が揃って喋らなかったワケがようやく分かったよ。言ったところで信じられねぇよこれは」
キキョウの隣で構えながら、レンゲが顔を顰めながら言う。多分誰もが同じなのか特に反論は上がらなかった。
あるいは、目の前の脅威にどう対処すべきかに意識を割いていて反応する余裕が無いからか。
「ふん、儂を追いつめたと思っていたのだろうがな、だから青いのだおぬしらは。策は二重三重に張ってこそよ」
誰もが突然現れたアヤメの偽物に意識を向ける中、それを呼んだマサムニェが皮肉げに言いながら笑う。
その間も巻物はクルクルと解かれていっている。
「これは『
マサムニェが喋る間も、彼の足元の影はドンドンと形を得ていっている。
それは唐傘のお化けだったり、目玉だらけの障子だったり、ヒョロ長い一反木綿だったり、天狗の化生。
あるいは百花繚乱の装束を纏う見知らぬ少女達。
過去の百鬼夜行に存在しただろう人から空想上のものだろう――とはいえキヴォトスなら本当にいたかもしれないとは思う――存在まで、多種多様な姿へと影達が形を得ていく。
「『百花繚乱』もこの通り。儂はこれを使って、桜花祭を台無しにしてお祭り運営委員会を追い落とすと同時に、百花繚乱の名も落とし、それらを重用して腰を上げなかった陰陽部をも排斥する! それが儂の真の計画―――『
声高にマサムニェが言った瞬間、最後に蟠っていた闇から膨大な何かが噴き出る。
闇色の水の中から現れたのは、身の丈5メートルはあるだろう巨大な赤い鬼。童話のそれよりも雄々しく、禍々しく、そして狂暴と一目で分かるその威容でここに顕現していた。
【―――ォォォオオオオオオオオオオッ!!!】
赤い鬼は完全に顕現するや否や、その暴威を表すかのように咆哮を上げた。空気をびりびりと震わせるそれに私は思わず身を竦ませる。
「こ、こんなのが暴れたら桜花祭が本当にめちゃくちゃになっちゃう! 絶対に止めないと……!」
「し、しかしシズコ殿、銃が効いてませんよ! 主殿、どうしましょう!?」
「百花繚乱のもマズいだろ! ただでさえアヤメ先輩の噂で信頼揺らいでんのに外で暴れられたら……!」
桜花祭を守ろうと、怯えを怒りで上書きして応戦しようとするシズコ。加勢しながらも、攻撃が効果なしと報告するイズナ。
それでも後ろに仰け反らせられていて、許容量があるのか一部は行動不能にも出来ている。
それを見てか、レンゲも焦りながらも威力のある一発を撃ち込み続けている。
”み、皆! とにかく現れた敵が外に出ないよう牽制して!”
ひとまず倒すことは出来ずとも時間稼ぎが出来るのなら話は別だ。私はシッテムの箱を介して皆のサポートを開始した。
そんな中、戦場に似つかわしくない朗らかな声が上がる。
「お、おおっ! すっげぇっす!」
「このままいけば百花繚乱の連中も一網打尽っすね!」
それは魑魅一座・路上流だった。マサムニェの周囲に残っている十数人が赤鬼や様々な化生を見て、お面で見えなくとも分かるくらい興奮している。
その勢いのままこちらに銃口や砲身を突き付けてくる――が。
そんな彼女らを、じろりと赤鬼が睥睨する。
ズ―――、と。
金棒が持ち上げられた。
”あなた達、逃げて!”
「は? なんであんたが―――」
”鬼があなた達を狙ってる!”
「―――え?」
私の咄嗟の注意に、虚を突かれたような反応をしながらも緩慢に赤鬼を見やる魑魅一座達。
彼女らが金棒を持ち上げている赤鬼と、その赤鬼の眼が自分達に焦点を合わせているのを見て、その意図するところを理解したらしい。
ひっ、と怯える声が上がった。
「ああ、おぬしらはもう用済みだ。さっさと消えるがいい」
そこに追い打ちを掛けるようにマサムニェが解雇を宣告する。つまり守る気は無いという意思表示。
彼女達にとって死刑宣告に等しいそれが実質的な指示だったのか、金棒を持ち上げる赤鬼の右腕がギチリと筋肉を隆起させた。
「ひっ―――ひぃぃいいいい!?」
「いや、いやぁああ?!」
「や、やめ……!」
味方だと思っていたが、実際は自分達を襲う存在だったと理解した魑魅一座が一挙に平静さを失いった。逃げようとするが、近くにいる仲間で退路も無い。
【ガァァアアアアアッ!!!】
そんな彼女ら目掛けて金棒が横殴りに襲い掛かる―――
「ぬ、ゥァあッ!!!」
その寸前、彼女らと金棒の間にレイトが割り込んだ。
重厚な折り畳みの盾を展開し、真っ向から金棒と対峙。そして接触の瞬間に盾を弾いて金棒の軌道を頭上へと逸らした。
赤鬼の一撃は誰も犠牲者を生まなかった。
「え……あ……?」
「なんで……」
「呆ける暇があるなら下がれ!」
「「「「「は、はい!!!」」」」」
レイトの叱責に、ビクゥッ! と魑魅一座が肩を跳ねさせながら返事をした直後、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
それを見送ることもなく、彼は金棒を振り抜いて隙だらけの赤鬼の膝に機構銃の金杭の先端を押し付けた。直後炸薬の破裂音が響き渡り、金杭の激烈な一撃が叩き込まれる。
【ゴ、ァガ!?】
「そのまま沈め!!!」
ガクリと膝を折り前のめりに倒れる赤鬼の巨体を躱したレイトは、そのまま盾で巨大な顔に殴り掛かった後、再度金杭を叩き込む。
ズガンッ! と炸薬が装填される音が廃墟に木霊した。
それが開戦の合図となる。
「お前達、あの男をやれ!」
邪魔するようにマサムニェが指示を出し、未だ健在の化生達を動かし始めた。
一反木綿が宙を舞って襲い掛かり、壁や障子の化生が邪魔をするように立ちはだかり、横合いから唐傘お化け達が銃撃を繰り出し始める。
それらを彼は銃撃で落とし、ブレードで斬り飛ばし、杭打ち機でぶち抜いて行動不能にし、榴弾で纏めて破砕しながら応戦を続けていく。
その背後に、眼帯を付けていないアヤメが迫るが―――
「あんたの相手は、私だ―――!」
割り込むようにアヤメが躍り出て銃床を叩きつけに掛かった。偽物のアヤメも応じるように長銃を振りかぶって銃床をぶつけ、鍔迫り合いの様相で競り合いを始める。
”みんな、二人の援護を!”
「お任せを、主殿!」
「手伝うよアヤメ!」
「お祭りを、守るよ~!」
「あーもう、絶対許さないからねニャン天丸!!!」
私はレイトとアヤメが戦いの趨勢を決めるキーパーソンだと定め、改めて指揮を始める。
イズナ、ナグサ、ツバキ、シズコの
「儂の計画を知ったからには生かしてはおかん! 恐怖と失意の底に沈みながら死に絶えるがいい!」
”そんなこと、絶対にさせない!”
子供達を食い物にする事しか考えない大人と、そんな子供達を守るためにここに居る大人。
その二つの意思を標榜する戦力による代理戦争がここに勃発した。
ニャン天丸/ニャテ・マサムニェ超強化
便利屋漫画で在野の悪人がとんでもねー悪事してるならネームドがそうなっても、ま、ええやろ……の精神
百花繚乱編1章の代わりなので
・ニャン天丸/ニャテ・マサムニェ
今話で超強化された初イベントの黒幕枠
伝統に関してそれらしい事を言っているが結局のところは『金稼ぎ』しか考えていない上に悪事をしていたから正当性は皆無
怪異・百鬼夜行で召喚した怪異や百花繚乱の化生で桜花祭を台無しにし、お祭り運営委員会だけでなく百花繚乱をも貶め、それらを重視する陰陽部の権威も落として成り上がろうと画策している
・『百鬼夜行絵巻』
現実に実在する室町時代から江戸時代にかけて描かれた絵巻物のこと
実物は臨済宗のお寺『真珠庵』に保管されている
様々な妖怪や鬼の行列が描かれており、特定の物語というよりは妖怪図鑑のような性格を持っている。ただし名前や解説などは記されていない
赤鬼と思われる鬼もあり、本話に出た赤鬼はそこを抽出したもの
本作においては『図鑑のような性格』の要素を怪書として拡大解釈して強調。
百鬼夜行自治区がその名で在り続ける限り自動的に歴史が綴られていく
要は『百鬼夜行関連の歴史、伝承を具現化したミメシスを作り出す怪書』
どこぞの芸術家やすとーりーてらーが目を付けてそう(偏見)
・赤鬼/百鬼夜行兵団 怪力乱神・赤鬼
本作におけるクロカゲ代わりの怪異ボス
見た目のモチーフは『Fate/Samurai Remnant』、強さのイメージはクリア後に戦える大怪異の鬼(最高難易度)
ブルアカにおける怪異なので霊銃”百蓮”、怪異、怪書による加護を得た者による攻撃しかダメージにならない
・怪異アヤメ
眼帯を付けていない怪異ver.アヤメ
原作の黄昏に落ちる前のアヤメと同じ頭身で、数話前の眼帯アヤメ画像と比べると若干小さい
実力は本物と同等
・魑魅一座・路上流*1
雇い主に捨て駒として切り捨てられた少女達
成功報酬を渡される前に切られたのでいいように使われて捨てられた形
ある意味イズナより悲惨
・百花繚乱紛争調停委員会*2
アヤメ&ナグサ健在なので普通にいるし最終編前なので原作の無力感に打ちひしがれてもいない
・修行部
原作と違って百花繚乱が機能していて戦力が足りているのもあってかなり空気
ちゃんと3人揃ってはいる
・お祭り運営委員会
シズコ、フィーナが現場にいる。ウミカは店舗で準備中
シズコの怒りのボルテージは天井知らず、看板娘パンチは温められ続けている
・彼岸レイト
7年前に色々あって『彼岸の獣』の仇名を付けられた傭兵兼賞金稼ぎ
2年前にも色々あった
本来は機構銃を使い倒す超攻撃的スタイルだが、諸事情から盾で守る技術も鍛えている