ブルアカ転生記譚   作:背教者

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原作メインフラグ崩壊&アヤメ覚醒回
アヤメ視点のみ
黄昏堕ちする前の心情描写諸々をはじめ独自設定盛りだくさんなので注意
あとAI絵があります



【克己!】百鬼夜行桜花祭【委員長】

 

 

 戦い始めてどれほど経っただろう。

 目の前の”敵”に集中し始めてから時間は気にしていなかった。ただ戦い続けている事による疲労感や残弾の乏しさが、時計の代わりになっていた。

 分かるのは、あとどれくらい戦えるか。

 今のペースなら―――多分、30分もない。

 

「ちっ……」

 

 舌を打つ。

 自分と瓜二つの冷たい顔の偽物が憎たらしい。強さも同じ、技量も同じ、だがあちらは生身の肉体ではないのか疲れ知らずだ。最初は拮抗していた力比べも、こちらが疲労するにつれて押し負けるようになってきた。

 このままでは押し切られるだろう。

 

「アヤメ!」

 

 無慈悲に、無感情に迫る鏡写しのその姿を横から銃撃が襲った。ナグサだ。

 彼女も伊達に副委員長を務めている訳ではない。百花繚乱において、私の次に強い事は私自身が認めている。そして200に届いた模擬戦の数々が、この場で唯一私の偽物と戦えるだけの素地を作っていた。

 

 ―――その姿にも、舌を打ちそうになる。

 

 アヤメ、アヤメ、と。いつも後ろを付いて歩いてきた幼馴染。

 どうしようか、と。いつも隣に立って聞いてきた副委員長。

 本来なら彼女は私と共闘している場合ではない。私の偽物を私が抑えている間に、キキョウ達の指揮を取って、先生の指示の下に戦うべきだ。

 彼女は慕われている。いつも一人で動いていた私と違って、彼女は組織人として部下や後輩達に指示を出し、意見を聞き入れて調整してきた。キキョウ達が私よりも彼女の事を慕っている事は去年の間でも理解していた。

 

 すごいなと、素直に感心していた部分でもある。

 

 信頼を得る事は簡単ではない。それは人助けのために多くの人と知り合っていたからこそよく知っていた。

 たとえ同じ生徒であろうとも、人を信用する事は難しいのだ。

 それは私もよく知っていた。

 

 ―――そんな彼女に、私は打ち明けていない事がある。

 

 私は、百蓮を使えない。

 シャーレの先生がキヴォトスに来て数日後に、私は自分の偽物の怪異と遭遇していた。

 当然その時持っていた百蓮で攻撃したが、怪異にそれは通じず、ただ私を嘲笑する顔を浮かべてどこかへと消えた。

 その怪異は、ニャテ・マサムニェの『百鬼夜行絵巻』で呼び出されたものだったのだろう。

 あの時から桜花祭の破壊、ひいてはお祭り運営委員会、百花繚乱紛争調停委員会、陰陽部全てを巻き込んだ転覆計画は始まっていた。私はその端緒に過ぎなかった。

 

 昔からこの地に生きている者なら、百花繚乱を少し調べれば、クズノハの伝説と百蓮の事はすぐに知れる。

 

 『百鬼夜行絵巻』を手に入れたマサムニェは、自身の兵団への唯一の対抗策となる私―――もとい、百蓮と百花繚乱委員長の無力化を企てた。

 そして百蓮を使えないとして、大っぴらに私の偽物を魑魅一座と共に行動させ始めた。

 きっとそれは私への、ひいては生徒が牛耳る今の百鬼夜行への当てつけだ。『お前達にはどうしようも出来ないだろう』という自信の表れだ。

 事実として今、私は時間稼ぎしか出来ていない。

 何の打開策も打ち出せていない。

 百蓮さえ、使えていれば―――

 

「全然効いてる様子が無いね……アヤメ、どうする?」

 

 それを知らないナグサが、隣に来ながら聞いてきた。

 

 ―――ズキ、と眼帯で覆った右眼が痛む。

 

 顔を顰めながら、私は少しだけ首を回してナグサを見た。

 真っ白な少女のその眼には、こちらに向ける確かな信頼を感じる。

 アヤメなら何とか出来るだろう(・・・・・・・・・・・・・・)という信頼の眼だった。

 

 

 

 ――――ああ、その()だ。

 

 

 

 ――――その眼が、私を惑わせる。

 

 

 

「私は……」

 

 それに、無自覚に応えようとして。

 ガチリと、反射的に口を閉じた。

 

「アヤメ……?」

 

 訝しげに首を傾げるナグサ。

 

 ―――その隙を、偽物とはいえ怪異の私が見逃すはずもなく。

 

 ゴンッ! と横殴りの衝撃を受けたのを最後に、視界が暗転した。

 

 

 

 

 昔からしていた人助け。本心から好きでやっていたそれが、いつからか苦痛に感じるようになっていた。

 私はいつも笑っている訳ではない。

 私はなんにでも手を貸すような聖人ではない。

 私にだって嫌いなことやしたくない事はある。

 私にも出来ないことはたくさんある。

 私だって、疲れる事はある。

 それを見せないようにと、気を張っていたのは事実だ。心配させたくなかった。

 

 けど――だからといって、心配無用とされたかった訳じゃない。

 

 なんでも出来る完璧な存在と見られたかった訳じゃない。

 

 

 そうと気付いた時にはもう遅かった。

 

 

 目標があって目指した委員長の座は、『七稜アヤメ委員長』という偶像を作り出した。

 頼れて、なんでも手伝ってくれる、みんなの味方の『七稜アヤメ委員長』を。

 これまでの自分の行動が全て重石に感じられた。

 かつての心境から一切変わっていないと、そう見られていると気付いたのはいつだったか。

 気疲れし、溜息を吐いていた時の姿を見た後輩が「らしくない」と言ったのを聞いた時だったか。

 常に変わらず後ろを追い、隣から聞いてくる幼馴染のある種の不変さを見て、自分が変わってしまった事を悟った時だったか。

 

 彼女達の眼から逃げたくて。

 

 けれど、委員長になるまでの過去の自分を裏切れなくて。

 

 百蓮を使えないと発覚したあの日を境に、私はクズノハを探しに行く旨を書き置きしてクズノハがいるとされる場所へ旅立ったのだ。

 

『―――こんなところに居たのか、七稜』

『……レイトさん……?』

 

 伝承に記された雪山を登る私を最初に見つけ出したのは、私が知る限りでキヴォトス唯一の男子の彼岸レイトだった。

 私の書き置きを見てナグサも居なくなり、百花繚乱が混乱した事を、SRTの作戦行動の責任をシャーレの先生が負う事を認める信任状を貰いに来た際にニヤから聞かされ、信任状を書く代わりとして依頼され、探しに来たらしかった。

 そんな彼は、私を見て眉根を寄せていた。

 

『随分と荒んだ眼をしているな……何があった?』

『別に、なんでもないよ』

『……書き置きだけして失踪する事も、ロクな用意も無く生きる屍のような様相で雪山を進む事も、何もない者はしないだろう』

『…………アビドス生のあなたには、関係ない事だよ』

『随分な言いざまだな……』

 

 私の投げやりな言葉に、さして傷ついた風もなく溜息を吐いた彼は、しかし踵を返しはしなかった。

 

『それで、クズノハだったか。会えたか?』

『……まだ』

『そうか。場所の見当はついているか?』

『……それもまだ』

『そうか……どの辺は探した?』

『…………覚えてない』

『……そうか』

 

 頷きと共に彼は小さく嘆息を漏らした。

 それでも彼は帰ろうとしない。

 私を連れ帰ろうとする事も。

 

 それが、私には不思議だった。

 

『……帰らないの?』

『俺が引き受けたのは七稜の『捜索』と『保護』であって『帰還させる事』ではないからな……』

 

 そんな屁理屈を捏ねた後、それに、と彼は言葉を続ける。

 

『遭難死でもする気なら引きずってでも連れて帰っていたが本気で探す気なら止めはしない。好きにするといい。御稜や天地達からは苦情を言われるかもしれないが……お前は気にしなくていい』

 

 言いながら、腰のポーチから取り出した小さめの水筒を投げ渡してきた。聞けば中に白湯を入れているとの事だった。

 体が冷えているだろうから飲めと言われ、素直に飲む。

 ……雪山に入って丸一日、そういえば何も飲み食いしていないことに今更ながら気付く。

 これはただ温めただけのお湯で、栄養なんて無いけれど。

 どこか体がほっとした気がした。

 

『……あったかい……』

『そんな薄手で、ロクな準備もしてなければ冷えるのも当然だ』

 

 嘆息した彼は天を仰ぎ見た。

 つられて私も見ると―――

 

『……きれい』

 

 雲一つない満天の星空が広がっていた。

 人工物の光がない故に遮られず届く星々の光は、生まれて初めて見るくらい鮮明で、鮮烈だった。

 

【挿絵表示】

 

 

 いつぶりだろうか、と思った。

 景色を見て、感動するのは。

 いや。そもそも、何かに感激すること自体が……もう思い出せないくらい昔にあったのが最後だった気がした。

 

『……私さ、委員長を辞めようと思う』

 

 ずっと張りつめていた糸が、その時緩んだのだろう。

 今まで誰にも明かさなかった秘密を。心の弱音を。

 気付けば吐き出していた。

 

『―――そうか』

 

 その弱音を、彼は肯定も否定もせず。同じように空を見上げながら受け流していた。

 受け止めてくれないんだな、とも思ったけど。

 それが却ってありがたい気もした。

 

『止めないんだね』

『七稜の人生だ。他校の生徒に過ぎない俺に、止める権利は無い』

『そっか』

 

 端的な理由だった。

 実際他校の生徒が『辞めるな』って言うのは内政干渉に当たるし、自身に関係ない事だから関わるなという話。真っ当な理由だった。

 だからだろうか。

 それまでが馬鹿らしくなるくらい、つらつらと言葉が流れ出ていた。

 

『私、百蓮を使えなかったんだ。退魔の力で怪異を払う事が委員長の役割なのにそれが出来ない。だから辞めようって思ったの』

『クズノハ伝説の話だったか。なるほど、だから探しに来たのか』

『……信じてくれるんだ?』

『七稜は見たのだろう? そして実際に交戦もした。なら事実として判断するだけだ。それに似たような話、事象を俺も幾らか経験している。その手の話が枚挙に(いとま)が無い場所も知っている』

『え、そうなの?』

『ああ。とはいえ特定の武器がなければ倒せない訳ではないから、そこは百鬼夜行との違いだな。おそらくクズノハ伝説で語られているが故に生じた縛りだろう。『百蓮には退魔の力がある』という概念、伝承がそういう理法を構築した訳だ』

 

 虚空を眺めながらレイトが言っている事は私にとっては少し難しい話だった。

 ともあれ、クズノハ伝説で語られているせいで百鬼夜行の怪異を倒すには百蓮が必須になっている事だけは理解できた。

 

『じゃあその伝説を壊せば……』

『―――百花繚乱の、ひいては今の百鬼夜行の全てを殺し尽くせるのか?』

『――――!』

 

 私の思い付きは、しかし彼の重い反論で封殺された。

 それは現実的ではないとすぐに理解できた。どれだけ私が強くても、たった一人ではできる事に限界がある。

 ナグサ一人には勝てても百花繚乱全体となると勝てない。

 ……殺すことなんて、以ての外だ。

 今となっては百蓮も、姿を見せないクズノハの事も疎ましく思っているし、百鬼夜行自治区の面々にも複雑な感情を抱いているが、だからと言って死んでほしいとまでは願っていない。

 これまで築いてきたものを失くしたいとも思っていない。

 言葉に詰まった私を見て、我が意を得たりとばかりにレイトは『そもそもだ』と言葉を続けてきた。

 

『伝説や伝承の類はそれが成立し語り継がれている時点でどうにもならん。それらが消えるには何十年、何百年という永い時が必要だ。それこそキヴォトスそのものが滅亡でもしない限りどこかの誰かが必ず語り継ぐだろう』

『……じゃあ無理だね』

 

 百蓮を使える手立てが出来たかと思ったが、取れない手段では意味が無いと、私は嘆息した。

 

『―――ところで、七稜。自分で言っている事とやっている事が乖離している事に気付いていないだろう』

『……え?』

 

 そこで、唐突に切り出された話に虚を突かれ、思わず顔を空から彼へと向ける。

 彼もまた応じるようにこちらへ顔を向けてきた。

 

『乖離って……何のこと?』

『お前は『委員長を辞めようと思っている』と言ったな。話を聞いた限り百蓮で怪異を倒せないからとの話だが……クズノハを探しに来たのは、百蓮を使えるようになる手立てを探しているから。先の伝説の破壊に関して関心を寄せたのも百蓮を使えるからだろう。つまりお前は口ではああ言いつつも、百花繚乱の委員長たらんとしている』

『……そう、だね。でもそれは別に乖離した理由と行動じゃないよね?』

 

『ならクズノハがいる場所の見当も付けず、現地に来ても探した場所すら覚えていない事にはどう説明をつける?』

 

『――――……そ、れ……は……』

 

 その指摘に、私は言葉に詰まった。

 それは確かに乖離した言動だった。

 委員長を辞めようと思っているなら、杜撰な行動にも説明はつくだろう。でも百蓮を使えるようになる手段を探す理由としては不適格だ。そもそも本当に辞めようと思っているなら副委員長のナグサに百蓮を渡している筈だ。

 しかし本当に百蓮を使えるようにと考えているなら、捜索の仕方の杜撰さが乖離する。

 

『俺から見て、今のお前は冷静ではない。それでも本心は定まっているのだろう事は分かる』

『私の、本心……?』

『百蓮を使えるようになりたい、百花繚乱の委員長として相応しくありたい。これらに偽りは無いだろう。そうでなければ怪異を倒せなかった事をショックには思わない』

『……うん』

 

 確信を抱いているかのように力強い言葉は、不思議とストンと腑に落ちるものだった。

 素直に、私は頷いていた。

 

『ならそれ以外が負担になっていた訳だ。冷静さを失うくらいの、耐えがたい何かが。生憎と俺は百鬼夜行にあまり足を運ばなかったせいでお前のことをよくは知らず、想像もできないが……』

 

 ほんの少し気落ちしたように眦を下げた彼は、それでも私をまっすぐ見たまま、続きを喋った。

 

『話したくないと言うなら無理にはとは言わない。だが言語化する事で思考は整理される。そしてここには俺とお前だけだ……吐き出すだけ吐き出してみろ。存外、楽になる』

『……体験談?』

『そうだ』

 

 彼の気を遣っての促しに、質問で返す。

 歪んだ自分の性格を認識して嫌な奴だなと自覚していると、特段気にした風もなく彼は首肯を返してきた。

 

『吐き出したところで状況は変わらない。気が晴れるだけだ。足を止め、後ろを振り返る事に生産性は皆無と言える……だがな。忘れてしまっていた大切なものを、思い出せる』

『大切なものを……』

『人間は状況に振り回される。その時々の感情にも。(しがらみ)に囚われ、己を殺す事もある。すると自分が何をしているのか、何のために行動してきたのかが分からなくなる。そうして感情と行動とが乖離していき……やがて、正気を失う。無自覚の乖離による積み重なったストレスか、取り返しがつかなくなった原因を理解したショックでな』

 

 目を眇めながら私を見る彼は、視線が合っている筈なのにどこか遠くを見ているようだった。

 体験談か、という問いを肯定したのも真実だったと理解するには十分過ぎて、少なからず知る人の一面に内心に驚きの感情が広がる。

 

『レイトさんも……そういった時が?』

『ああ。体験談だからな』

『……どういった事か、聞いてもいい?』

 

 それは、我ながら踏み込み過ぎで、不躾な質問だったと思う。

 でも、聞いておきたかった。

 どういったものか知らないままでは怖かったから。

 

 そんな私の心情を知らないだろう彼は、ほんの少し間を置いてから口を開いた。

 

『……俺が賞金稼ぎや傭兵をしている理由は知っているな』

『アビドスの借金返済だよね。大昔に出来た先人の負債を背負ってるって』

 

 あまりにも有名な話だ。

 十年近くもそれを続けている事を馬鹿にする人もいるが、しかしその継続性や努力を称賛する者も少なくない。

 かくいう私もその一人。

 ただお金を稼ぐだけの人ならそうはならなかった。でも彼は、依頼や賞金首の捕縛とは別に、色々と人との繋がりを大切にする人だった。彼に助けられたという話やニュースはネットで調べれば幾らでも出てくる。十年近くの積み重ねの結果だった。

 それを思い出しながらの私の返答を、しかし彼は、苦笑と共に(かぶり)を振った。

 

『今はそうだが、始めたばかりの頃の俺に先人の負債を背負っているという意識は無かった』

『……そうなの?』

『ああ。あったのは世話になった恩人の生きる土地を、アビドスに生きる人達を守りたいという漠然とした願望だった。借金を返せばそれに貢献できると知ったから続けているに過ぎない』

 

 そこで、彼は静かに嘆息した。

 表情が、目が、昏くなる。

 

『だが、俺は固執し過ぎた。状況を改善するには借金をどうにかしなければならないと言って……人を、蔑ろにした』

 

 静かに一呼吸が挟まり、彼の顔は上へ―――満天の星空へと向けられた。

 けれど彼の意識が星空に向けられてはいない事は私にも分かった。

 

『―――あの日』

 

 密やかな声が、空気を震わす。

 

『もし、依頼を断っていたならば、取りこぼさずに済んでいた筈だった。この銃と盾を俺が持つ事も無かった筈だ』

 

 それらが、彼が後ろ腰に吊るしている散弾銃と折り畳み盾である事はすぐに察した。

 噂程度にしか把握していなかったが――

 彼は、人を亡くしたのだと理解するには十分過ぎた。

 

『遅きに失したと理解した後は、我ながら酷いものだ。恩人にも自治区の人達にも随分と迷惑をかけた。その人にはどうしようもない事をぶつけて、吐き出して。初心を思い出した時には全て手遅れだ……今となっては、辞め時も見失ってしまった』

 

 その日の後悔に思いを馳せているのだろう青年が、諦観と後悔とが()い交ぜになった弱々しい嘆息を一つ吐いた。

 それを吐き出し、ぎゅっと強く目を瞑った後、彼の面持ちは改められた。

 あの嘆息一つで意識をこちらに戻していた。

 

『……つまらない話をしたな。お前の話を聞こうと思っていたのに……すまない』

 

 そして、謝罪される。

 私は、反射的に首を振っていた。

 

『こう言うのは不謹慎かもだけど……知れてよかったよ』

『そうか……』

 

 ただの善意で、何も辛さを知らないだろう人から言われたなら、きっと反発していた。心を開かず、耳を貸さなかっただろう。

 でも――人の死を背負った人からの言葉は、流石に無視できない重みがあった。

 その後悔を自分もすると考えると恐ろしかった。

 私にあるという言動の乖離、それを今の内に自覚し、すり合わせをしておかないと同じ轍を踏むぞ、と。彼の警告は確かに私に伝わっていた。

 

 その焦りに後押しされたように、私はその場で諸々を吐き出した。

 

『皆、私じゃない”私”を見てる。『優しくて頼れる七稜アヤメ委員長』を見てるんだ―――違う、私は私だ! 頼まれたら何でもやる聖人でも、疲れ知らずの超人でもない、ただの人なんだよ!』

 

 理路整然なんてしていない。

 感情のままに、思った事、感じた事を吐き出した。

 

『でも……でもさ、みんなが見てる仮面(”私”)も私なんだよ。だって人を助けてたのは自分の意思だから。人の笑顔を見るのが好きで、百鬼夜行が好きで、だから私は百花繚乱に入ったんだよ。委員長を目指したんだよ。それが、何? 怪異を倒せない? 百蓮に選ばれなかった? ―――そんな事で否定されるのを良しとするなら、そもそも『委員長』である事に執着なんてしない!!!』

 

 過去を確かめるように。

 道程を、過去の足跡を、もう一度踏みしめるように。

 同時――当時には無かった今の私が思う事を、整理するように。

 私は次々と吐き出していった。

 

『だからクズノハを探した! 百蓮に選ばれなかった理由を知るために! クズノハに会って認められれば、百蓮を使えるようになると思ったから!』

 

『―――それを口実に、少しでも百鬼夜行から逃げたかった!』

 

『百蓮を使えない事を知られたくなかった! 私を見る目から離れたかった!』

 

『失望されるのが嫌だった!!!』

 

『私には『委員長』しか無いんだ! たくさんの人の力になって賛成を得た、これまでの道のりの集大成なんだ!』

 

 

 

『それを失ったら、私は……私は……ッ!!!』

 

 

 

 雪原に座り込み、頭を押さえながら慟哭する。ボロボロと抑えも聞かない涙が溢れて落ちる。ズキズキと、涙と共に右眼(・・)も痛み始めていた。

 それに頓着する余裕も無かった私は、そのまま感情のままに吐き出し続けた。

 

 ―――気付かない内に泣き疲れて眠っていて、起きた時は麓の村の宿の一室だった。

 

 私はベッドに寝かされ、彼は底冷えする床に寝袋を使って眠っていた。

 

『……迷惑かけて、ごめんなさい』

『吐き出すよう促したのは俺だ。気に病む必要は無い……それより七稜。お前、その右眼は……』

『え?』

 

 目覚めた彼に謝罪して、慰められた後。

 右眼を指摘され、鏡を見た。

 本来なら両目とも菫色の筈の私の右眼はなぜか金色へと変色してしまっていた。眼科に掛かったところ視力に変化はなく、眼圧などの異常も無い。本当に原因は不明だった。

 ただ―――何となくだが、奇妙な靄のようなものが見えるようにはなっていた。

 他の人には見えないし、あまり見たくないものな気はしたから、治療の一環ということで普段は眼帯を付けて過ごすようになった。

 クズノハには会えず、百蓮も使えないまま、私は”私”を求める日常へととりあえず戻った。

 ナグサ達になにも告げないまま。

 問題を先送りにして。

 

 

 そのツケが、さっきの戦いだった。

 

 

「懐かしいなぁ。まあついこの間の話だし、懐かしむのもおかしな話だけど」

 

 

 これまでを明晰夢として振り返っていた私は、夢の中でそう独り言ちた。

 振り返った過去はまだ半月と経っていない出来事だ。だというのに遠い過去のように思えるのは、私にとって激動の日々が続いているからに他ならない。

 

「いや? 然しておかしな事ではあるまい。過ぎた時の量ではなく密度、あるいは心境の変化など差異一つで人は誰でも懐古するものじゃよ」

「……だとするなら、その差異はあなたに会った事だろうね。()()()()

 

 どことも知れぬ黄昏に包まれた空間。そこにポツンと出来た和室の中で出会った薄桃色の髪と尾を持つ薄着の少女―――クズノハと名乗った者に、そう返す。

 会おうとしても会えなかったかの大預言者と、まさか戦闘中に気絶した後に出会うとは思わず最初は面食らったものだ。当然疑いもした。

 正直、今も若干疑ってはいるが……それは気にしないことにした。

 これが私が作り出した妄想でも、あるいは本当に本人だとしても、どちらでも関係ない事だ。

 

「それで、私の過去を見た訳だけど、これで何かが変わるの? あんたと会ったら何か良くなる?」

「特に何も変わらんよ」

「……そう」

 

 ―――やっぱりか、と内心で嘆息する。

 

 以前までの私であれば、クズノハに会えたなら百蓮を使えない理由や、使えるようにするための条件を聞き出そうとしていただろう。

 百蓮を使えなければいま直面している戦いに勝てないのだから。

 ……しかし、同時に『クズノハに会ったところで何も変わらないのでは』と諦観も抱いていた。

 期待するだけ無駄だ、という諦観だった。

 そして実際に会って話しても意味は無かった。ただ諦観がより深まっただけ。

 

「このままだと、あの怪異達は倒せない……全滅、か……」

 

 虚空を見上げる。

 和室を模したどことも知れない黄昏色の空間は、それだけで胸に侘しさと呼び起こす。

 

 ―――なにもかも喪う事になるのかな。

 

 そんな絶望が頭を(もた)げる。

 クズノハに会って、何かが変わっていれば。せめて百蓮を使えるようになっていればまだ違っただろう。

 だけど、そうはならなかった。

 怪異を倒せないのであれば……きっと私は、彼のように喪うのだろう。

 

 私にとって大切なものが何なのか。それはきっと、喪った時に初めて気付く。

 

 その絶望を前に、私は……生きようと思えるだろうか。

 きっと無理だな、と。

 馴れてしまった諦観をふたたび抱く。

 

「いや、全滅はせんじゃろうな」

 

 その諦観を、クズノハが否定する。

 上に向けていた顔を下ろし、彼女に疑念の目線を送る。

 

「妾はいま其方を介して外の状況を把握しているが……ナグサと言ったか。気絶した其方を後ろに下げた後、一縷の望みを掛けて百蓮を使いだした」

「―――まさか」

「使えておるよ、そやつは」

「――――――――は」

 

 絶句。

 言葉を失うというのはこういう事かと、思わず笑声が漏れた。

 

「く、は……ぁ、はは。ははっ、あははは! あっはははははは!」

 

 喉の奥から。胸の内から。笑いがこみ上げてくる。

 けれど。

 全然、嬉しくない。

 去来するのは諦観。ああやっぱり、という想い。

 

 ナグサならもしかして、と。

 

 彼女は人に慕われている。彼女は人の上に立つ素質がある。一人で好き勝手に動いていた私なんかよりずっと組織を回せる人とは認めていた。

 ただ、これは意地だった。

 

 『委員長』は彼女の方が相応しいのだという事実を、私は認めたくなかったのだ。

 

 こんな―――百蓮に選ばれたか否かという、それだけで結論が出るなどと認めたくなかった。過去の遺産と伝承一つで決まるなどと。

 認められる筈がなかった。

 ……それも、無駄に終わったけれど。

 私は『委員長』ではなくなる。百蓮を扱える者が百花繚乱の正当な継承者になる。そういう古い言い伝えがあるからだ。

 怪異を倒せない私と倒せるナグサなら当然後者こそが継承する者として正当。

 

「事が済んだら引き継ぎしないとだなぁ……あーあ……終わり、かぁ……」

 

 幾度目とも知れない溜息を吐いて、諦めと共に呟く。

 引き継ぎと言っても、やる事は殆ど無い。私は普段一人で動いていて百花繚乱の統制は殆どナグサが取り仕切っていたから指揮系統の移譲は問題なく行える。書類仕事とか渉外程度だけど、それらもナグサはよく一緒に居たから知っている。

 改めて考えると、お飾り委員長にも程がある体たらくぶりだった。

 百蓮が私を選ばず、ナグサを選んだのも無理からぬ事だった。

 納得はしないが。

 

「それでも……きっと、マシなんだろうなぁ……」

 

 あれだけ固執していた『委員長』の座を手放さなくてはならない。

 そう悟っても、私の胸中は荒れ狂ってはいなかった。

 何もかもを喪うなんて未来は嫌だった。私の手でないとはいえ、百蓮を扱える者がいるというのは安心する要素だったのだ。

 

 それに加え、安堵する自分もいた。

 

 私がこの手で百蓮を使い、怪異を打ち滅ぼし、委員長として相応しいのだと自信を取り戻したくはあった。けれどそれを為せた場合、きっと私はみんなが求める”私”に塗り潰されてしまうだろうという予感もあった。

 あの雪山へ逃げた時の思いをするのは、嫌だった。

 だから……安堵していた。

 これまでが無駄だったと証明する事になるとしても。

 もう私は、限界だった。

 

「気は済んだかの?」

「……うん。納得は出来ないけど……もういいかな」

 

 煙管を吹かしていたクズノハが見計らったように問いかけてきた。

 私はそれにどうにか返事をした。

 これまでのような執着は、嘘のように消えていた。執着する理由も無くなったから当然だ。もういっそ清々しさまで感じる。

 

「そういえば、私っていつ起きるの?」

「心配せずとも遠からず目覚めるじゃろう」

「ふーん」

「自分から聞いてきておいて興味なさげじゃのう……」

 

 呆れたようにクズノハが言う。

 そう言われても、もう私はクズノハに用は無いし、この場所でする事も特に無いのだ。どうせ寝たままでもナグサが百蓮で怪異をどうにかするだろう。

 要は手持ち無沙汰だった。

 ……起きたところでしたい事がある訳でもないけど。

 

「では雑談ついでに、未来ある後輩に助言をしてやろう。其方の右眼についてじゃ」

 

 そんなこちらの心境を知ってか知らずか、クズノハがそう言った。

 その内容に興味が湧いた私は彼女に視線を向け、先を促す。

 

「その眼は黄昏……この世とあの世の境目、さまざまな怪異と深く関わる現象の影響を受け、変質したものじゃ。其方が泣き喚いておったあの雪山付近は特に黄昏の影響が強くてな。その時の感情、すなわち発露した想いが及ぼした影響なのじゃよ」

「発露した想い……私の眼が……」

「心当たりはあるのではないか?」

 

 『眼』に関する心当たりは、あるといえばあった。

 でもそれは人から見られている事に関してであって自分がどうこうなるような思いは持っていなかった筈だ。

 

「其方の右眼は余人には見えぬものを見通す力を持つ。今は生物や怪異が持つ竜気を見るのが精々じゃろうがな」

 

 その疑問を知ってか知らずか、クズノハはさらに言葉を続けた。

 疑問がさらに増えた。

 

「竜気……?」

「この世ならざる力の源泉、あるいは生命の息吹の事じゃ。人によっては神秘とも呼ぶその流れの根幹――竜穴(りゅうけつ)を穿てば、()()()()()()()()()()()()()()

「―――!」

 

 その言葉に、それまで気怠く思いながら聞いていた気分が切り替わる。

 

 ―――百蓮無しで怪異を屠れる。

 

 その話を聞いて冷静でいられる筈がなかった。

 胸中を渦巻く思いは『委員長』の座を守れるとかそういったものではない。しかし確かに込み上げるものがあった。言語化出来ない感情と欲求が、確かに湧き上がっていた。

 そんな私を見てか、クズノハが微笑ましいものを見るような優しい笑みを浮かべた。

 

「いずれは千里を見通したり、透視したり、人の心を見通したりも出来るようになるじゃろう。精進するのじゃな」

「……まるで御伽噺の妖怪みたいな能力だね」

 

 自分に向けられる彼女の表情に少し気恥ずかしさを覚えた私は視線を逸らし、どうにかそれだけを捻り出した。

 我ながら性格が捻じれたものだと思うが、クズノハは気を悪くした様子もなく言葉を続ける。

 

「先にも言ったが、怪異と深く関わる黄昏に影響された眼じゃからな。自然(じねん)、開花する力も怪異に(ゆかり)のあるものになる」

「だからこの怪異の力()を使えば怪異を倒せると」

「そういう事じゃな。毒を以て毒を制す、というわけよ」

 

 私の要約に、煙管を一度吹かしたクズノハが首肯する。

 

「これはますます『委員長』の座は譲らないとかな。怪異……化け物側の力は、百花繚乱の委員長に相応しくない」

 

 苦笑しながら、私はそう言った。

 それにクズノハが、ふむ、と目を細める。

 

「そもそも百蓮も怪異側の代物じゃがな」

「……えっ」

 

 なんかとんでもない事を宣った大預言者の狐に目を向けるが、逆に訝しげな視線を返された。

 

「そんなに驚く事か? 退魔の力と言われているが、ただ人に害を齎すか利を齎すかの違いでしかない。まあ其方の眼が百蓮と同じ退魔の力と扱われる事は実際問題難しくはあろうな。人の世は大勢がどう見るかで左右されるところがある故、本質がどうだろうと関係ないからの」

 

 上げて落とすのを繰り返すの辞めてもらえるだろうか。

 そう思いながらジトっとした目を向けるが、かんらかんらと笑って流されるばかり。上位者然とした大預言者様は抗議の視線を痛痒にも感じていないらしかった。

 私こいつ嫌い。

 

「―――ふむ、そろそろ目覚めが近いようじゃな」

 

 そう考えていると、徐にクズノハがそう言った。

 視線を辿って自分の体を見れば体が徐々に透けていっていた。何だかんだ、もうお別れらしい。

 

「……とりあえず、右目の事を教えてくれた事は感謝しとく。ありがとう」

「気にするな、ここに迷い込んだ者と話すのがたまの楽しみなのでな。また会えるかは定かではないが……達者で暮らせ」

 

 ふりふりと、煙管を揺らして別れを告げるクズノハ。

 その姿が、私の意識が和室から追い出される直前に見た最後の光景だった。

 

 

 

 

「―――ん」

 

 意識が浮上する。

 直後、耳朶を打つ喧噪や銃撃の音に顔を顰める。どうやらまだ戦いは続いているらしい。

 体を起こして周囲を見れば、場所はそんなに変わっていなかった。強いて言えばタブレット片手に指揮をしている大人の先生の後ろまで下げられているくらいか。

 負傷者を移送するだけの人手が無かったからだろう。

 またこの騒ぎを聞いて百花繚乱の他のメンバーが駆け付ける程の時間もおそらく経っていない。

 

「は、ぁああ!!!」

「……ナグサ」

 

 夜闇も切り裂きそうなくらい鮮烈な白が駆けている。彼女は怪異の私を相手に、百蓮で応戦していた。

 気絶した私を下げさせるために無茶でもしたのか、ナグサの姿は意識を失う前と比べて汚れていて、幾らか被弾した様子だった。それでも倒れていないのはセリカやキキョウ達、修行部、お祭り運営委員会、魑魅一座の面々のサポートと先生の指揮があるからだろう。

 そして怪異の私も無傷ではない。私がどれだけ隙を突いて百蓮の銃撃を撃ち込んでも傷一つ無かったそいつは、幾らかの手傷を負っていた。

 クズノハから聞いていたが……本当にナグサは、百蓮を使えているようだった。

 周囲を見れば、ニャテ・マサムニェが呼び出した怪異も数が減っている。このままいけば順当に勝てるだろう。

 

 

 

 ―――その時、ズンッ! と重い響きが地面を伝って体を震わせた。

 

 

 

【ゴァァァアアアアアアア!!!!!!】

 

 

 

 そして、一拍挟んで怪物の咆哮も聞こえた。

 

「レイトさん……」

 

 そうだ、と私は思い出す。

 戦いが始まってすぐに彼は赤鬼を別の場所へ誘導してくれたのだ。

 その彼を追いつめようと、マサムニェは幾人もの過去の百花繚乱委員長の怪異達を差し向けた。

 いくら彼でも決定打を持たない持久戦はいつまでも続けられない筈だ。

 銃弾も体力も気力も有限なのだから。

 

 ―――この場はもう大丈夫だろう

 

 ―――百蓮を使える『委員長』に相応しい者(ナグサ)がいて、先生の指揮もある。

 

 であれば―――私は。

 

 

 『委員長』でない私(七稜アヤメ)は、やれる事を為そう。

 

 

 体を起こし、近くに置かれていた――おそらく百蓮を使っているナグサの――百花繚乱制式銃を手に取り、咆哮と振動が聞こえる別の戦地へと駆け出した。

 走っている間に右目の眼帯を外す。

 右の視界は左の視界と異なり、霧のようなものがそこら中を漂っている。きっとこれがクズノハが言っていた竜気なのだ。

 それには流れがあった。

 私が向かう先だった。

 

 駆け出してから少しして、金棒を振り回して暴れる赤鬼の巨躯が見えてきた。

 

 白い帯の竜気は赤鬼の角に集中して渦巻いている。

 あれこそが竜穴なのだろうと察し、長銃を構え―――引き金を引いた。

 

 ガォンッ!!! と轟音と共に銃弾が飛んでいく。

 

 吸い込まれるように赤鬼の一本角に飛翔し――着弾。

 一発で角が折れた。

 

 

【ガァァアアア!?】

 

 

 痛覚が通っていたのか、突然角が折れた事に驚いたのか。赤鬼は驚愕の咆哮を上げて仰け反った。

 近くで戦っていた傷だらけの青年―――レイトも、いきなりの事に驚きの顔を向けていた。

 そんな彼の隙を逃さないとばかり群がろうとする百花繚乱の姿をした怪異達に、私は慣れた動作で長銃の射撃とコッキングを素早く繰り返し、全ての竜穴を撃ち抜いていく。

 人型の怪異達はそこまで強くなかったようで一発で消えていった。

 ……百蓮を使えなかった事の苦悩が嘘のような光景に世の無常を感じながら、私は歩を進めた。

 

「お待たせ、レイトさん」

「七稜……? 今の全部、お前がやったのか?」

「そうだよ」

 

 流石の彼も驚きを隠せなかったようで珍しく瞠目の表情を続けたままだった。

 その彼の眼が百蓮ではない長銃(私の手元)に向けられ、怪訝と疑問の色を宿した。

 それはそうだ。彼はこの世で唯一、私が百蓮に選ばれず怪異を倒せなかった事実を私から聞いている人なのだから。

 私が怪異を倒した事も、百蓮を持っていないのに怪異を倒したという事実にも、疑問を抱くのは当然だった。

 

「―――気になる事はあるが、それは後にしよう。今更だが……やれるな?」

 

 だが―――彼はその疑問を口にはしなかった。

 私を気遣ってか。それとも、ただ目の前にいる敵を倒すことを優先しただけか。

 どちらでも構わない。

 

「うん、やれる。私が倒す。狙いを付けないとだから、サポートお願い」

「任された」

 

 いま私は彼と肩を並べて戦える事をとても嬉しく思っている。

 それだけで、なんでもよくなっていた。

 

 ―――彼が駆けだし、赤鬼が迎え撃とうと金棒を振りかぶる。

 

 その瞬間、角から位置を変えた竜穴に銃弾を撃ち込み、傷を与えながら大きく怯ませる。

 隙を晒した赤鬼を彼が盾と炸薬式杭打ち機の金杭で追撃し、傷こそ無いがさらに怯ませる。

 それを何度も繰り返した末に、赤鬼は無事に討伐出来た。

 特に苦戦する事も無く、語る事もないくらい安定した戦いだったが―――

 

 私はこの日の事をきっと一生忘れない。

 

 あの雪山の日の事も。

 今日共に戦った日の事も。

 私が喪いたくないと思っていたものが何なのかを理解した瞬間を、私はずっと大事にして生きていくだろう。

 

「レイトさん」

「何だ?」

「ありがとう」

 

 私の内心なんて知る由もない彼は当然ながら訝しげに眉を寄せる。

 お礼を言われるような事はあっただろうか、とでも考えているんだろう。

 

「……俺の方こそ助かった」

 

 そして、今回の戦いで単身引き付けていた事と当たりを付けたのかそんな事を言ってきた。

 まあお礼の内容にそれも含んでない訳じゃないけど……

 言ってないから分かる筈もないか、と苦笑する。

 

「……なんだ?」

「何でもないよ……帰ろうか。多分そろそろ向こうも終わってる筈だから」

「ああ――――いや待て。他に加勢が無いから妙だとは思ったが、まさか先生の方を放ってきたのか?」

「え、うん。ナグサが百蓮使えてるし大丈夫かなって」

「……………………そうか」

 

 私の返答に、すごく何か言いたそうに複雑な表情をした彼は、長い沈黙の末にそれだけ返した。

 

 






 七稜アヤメの情報が更新されました
 竜気の魔眼の情報が更新されました
 クズノハの情報が更新されました


・作中ざっくり時系列
①先生赴任&シャーレ奪還戦
②ユウカ、ハスミ、スズミ、チナツ当番(4日)
③レイトシャーレ訪問&SRT廃校案発覚(1日)
④SRT廃校反対 署名集め(3日)
⑤SRT廃校反対 信任状集め(3日)
⑥SRT廃校案白紙&防衛室長とカイザー捕縛
⑦カンナ&レイト、ミヤコ当番(数日)
⑧数日後シズコ電話
⑨翌日桜花祭前日(今ココ)

 ドッペル怪異でアヤメが百蓮使えない事を知ったのと失踪が④の三日目、アヤメ発見が⑤の初日*1
 つまり大雪原での話はカンナから暴露される日の前日、現在の約一週間前の出来事になります


・七稜アヤメ*2
クズノハや怪異への感情が高ぶり過ぎて黄昏と呼応した結果、魔眼を獲得した少女
眼なのは原作のヒトツメ要素
竜穴を穿つ攻撃は「犬夜叉」の妖穴を斬る竜鱗の鉄砕牙が参考元
桜花祭前に怪異アヤメと遭遇して百蓮を扱えていない事を知り、クズノハを求めて大雪原に行った
原作と違い委員長の座も百蓮も譲っていなかったが、これはレイトの影響。この時点では無自覚だったが赤鬼戦を経て諸々を悟り、委員長の座やこれまでの功績等への未練は無くなり、自他の認識のギャップによる恐怖やストレスは吹っ切れた
ただし気にしなくなった訳ではないため原作のヒトツメ化に至る心情自体は残ったまま
闇落ち回避はしたが原作みたく丸く収まった訳ではない


・クズノハ
百花繚乱紛争調停委員会の創設者にして初代委員長
百鬼夜行がまだ連合になる数百年前の人物で原作でも詳細不明。名前の由来は安倍晴明の母狐で、存在からして神側の上位者
栄光を求め会おうとする者とは会えず、求めていない者は会える事が原作で仄めかされている*3
アヤメは雪山でレイトと会ってなぜ委員長の座に拘るのか、なぜ雪山へ赴いたのか等の理由と感情の乖離を把握し、クズノハへの執着が諦観で薄れていた事と黄昏の影響が眼に宿っていた繋がりでクズノハの空間に迷い込んで出会えた。皮肉にもアヤメの諦観癖が今回の出会いに繋がった形
時間から切り離された身ではあるが己が遺した遺物たる百蓮がアヤメの現状の一端でもある事を汲み、右眼に関する情報を提供した


・御稜ナグサ
怪異アヤメにアヤメがぶっ倒された後、一か八かで無断で百蓮を借りたところ攻撃が通ったのでそのまま使用続行*4
このあと委員長の座を引き継がされる話を聞かされ困惑する事になる


・彼岸レイト
原作と乖離する部分には大抵関係している男
百鬼夜行にあまり行ってなかったのでアヤメについてもよくは知らなかったが、共闘自体はある
大雪原で吐き出させたのは今でも深く後悔している過去から同じ目に遭ってほしくないからで特別な意味は無い

*1
発見時点で大雪原に入ってから1日目、かつレイトが大雪原に来たのは信任状を貰いにニヤの下を訪れていたため

*2
実装求ム

*3
「己の闇を直視できぬ者は、他人の灯火となれぬ」「じゃが、光を背にし、前に進める者ならば……己の目の前に落ちる影を追うことが出来る」「……故に、ナグサ(其方)は妾とまみえた」

*4
転生生徒達から案を出された先生からの提案で

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