ブルアカ転生記譚   作:背教者

17 / 46
逢魔に交わる百花 前編

 

 

 桜花祭前夜。

 もう日を跨いで当日になろうとする深夜に、私は幼馴染のアヤメと連邦捜査部シャーレの部長レイトの三人で百花繚乱の屋敷の一室に集まっていた。

 

 百鬼夜行商店街の会長ニャン天丸―――改め、ニャテ・マサムニェによる転覆計画『百鬼夜行計画』は未然に阻止できた。

 

 捕縛したマサムニェからの尋問も終え、一先ず諸々の情報を纏め終えたので翌日の桜花祭に備えようと一時は散会になったのだが。

 その段階で、百花繚乱委員長のアヤメが爆弾発言をした―――

 

 


 

 

『ナグサ。私、百花繚乱を辞めるつもりだから』

 

 

『……………………え』

 

 ぴしりと、私の体は凍りついたように固まった。

 アヤメを見ても、彼女は表情を変えない。

 何もかもを包み込んでくれるような太陽のような笑み―――では、なくて。

 真面目な話をする時の、真剣な表情をしていた。

 冗談で言ってる訳じゃないって嫌でも分かった。

 

『百蓮の資格を証明したナグサが次期委員長ね。桜花祭が終わり次第、引き継ぎをするからそのつもりでいて』

『えっ……ちょ、アヤメ……?』

『アヤメ先輩……? ちょっと、いきなり何を言って……』

『百蓮の資格に関しては聞いたけど、辞めるって何でだ?』

 

 私がうまく言葉を発せない間に先に復帰したキキョウとレンゲが質問した。

 その二人にアヤメは顔を向けて、バツが悪そうに頬を掻いた。

 久しぶりに晒された金眼が揺れていた。

 

『私は、ほら。怪異の眼、魔眼を持ったからさ。今回の噂の事もあるし……信用が下がってるから』

 

 怪異の眼――竜気の魔眼。

 それはニャテ・マサムニェが呼び出した怪異アヤメとの戦闘で気絶した際、夢の中で会ったクズノハから教えてもらった金色に変色した目の名前。

 大雪原に行った日、『黄昏』という怪異にまつわるモノの影響を受けて変質したというそれは、確かに不思議で不可解なものだ。伝承で語られる百蓮も無しに怪異を葬れるのは特異ですらある。

 

 でもそれは、要は使いようの問題だ。

 

 基本的に怪異にしか影響はないのだから問題は無いのではと思った。

 

『その竜気の魔眼って怪異みたいに害を与えるモノじゃないんだよな? 噂だって根も葉もない事なんだし気にする必要無いんじゃないか?』

 

 同じように思ったらしいレンゲが怪訝な顔をしながら指摘する。

 それにキキョウも続いた。

 

『委員長にナグサ先輩が就任する事自体は問題ないと思うけど……例の怪書の警備を考えると、いま辞められるのは困るよ。花鳥風月部とかいうとこの怪異を倒せるのは百蓮を使えるナグサ先輩か、その魔眼で竜気を穿てるアヤメ先輩の二人だけなんだから』

 

 さらに彼女は不機嫌そうに二股の尾を揺らしながら言葉を続けた。

 

『委員長と副委員長交代ならまだ分かるよ。でも退部までする理由にはならないんじゃない?』

『そうは思わないかな。こんな魔眼持ちが居ても何かあった時、今回みたいに不信感持たれても困るだけだよ。だからレイトさんみたいに都度雇われる傭兵って感じで関わろうかなって。困った時はいつでも切り捨てられるでしょ?』

『……たしかに、万が一を考えればそれもアリではあるけど……』

 

 へらりとアヤメが苦笑し、首肯しながらつらつらとそう言った。

 しょうがないなぁと、いつもなら言っていただろうその笑みは、今はどこかくすんで見える。

 その笑みも、言ってる事も、いつものアヤメと違うと直感するには十分過ぎた。

 

『アヤメ、どうしたの? なんだか……いつものアヤメらしくないよ……?』

『――――』

 

 私が問いかけると、苦笑顔のアヤメが表情を消した。

 その無の顔を見て私はびくりと肩を震わせる。

 何か気に障る事を言っただろうかと考えるけど、でも何が問題だったのか分からず、困惑の眼を向けるばかり。

 報告の場にいた陰陽部の部長ニヤ、シャーレの先生、レイト、彼の後輩というセリカも不穏な雲行きを見てか退出することなくこちらを見つめていた。

 

『アヤメ……?』

『―――何でもないよ。それで、ナグサも何か不満ある? 別に協力しない訳じゃないよ。ただ退部して立場が変わるってだけだから』

『え、えっと……』

 

 言われて、慌てて思考を回す。

 ぐるぐる、ぐるぐると。

 助けを求めるように、アヤメに目を向ける。

 彼女は何も言わず、少しくすんだ苦笑を浮かべていた。

 その隣に立つキキョウから、何か言ってと懇願するような視線を受けた私は、更に慌てて思考を回して。

 

 結果口から出たのは素直な思い。

 

 

『私は……百蓮を使えなくても、委員長はアヤメが相応しいと思う』

 

 

『――――――――』

 

 

 何の捻りもない心からの言葉だったそれを言った瞬間、アヤメの顔から色が消えた。

 

 あ、私間違ったと悟るには十分だった。

 どうしよう、どうしようと思考が迷走する。いま何をするべきか思考の軸すら定まらなかった。

 分かる事は、アヤメを怒らせてしまった事。

 無表情なのに怒気を感じるアヤメは初めて見た。それくらい怒らせてしまった事は初めてで、どうするべきか私には分からなかった。

 

 アヤメが居ないとダメな私には、アヤメを本気で怒らせてしまった時の対処法が分からなかった。

 

 そんな私を、アヤメは無表情で睨んでいた。

 目には怒りと失望を湛えていた。

 初めて見るその眼にゾッとして、竦む私に、アヤメが何かを言おうと口を開いて―――

 

 

 

『そこまでだ』

 

 

 

 男性特有の低い声が制止した。

 特に大きくもないけど、無視できない圧力を伴ったそれに、アヤメも私達も動きが止まる。

 

『七稜、早まるな。御稜はこれまでのお前を評価して言っているに過ぎない』

『っ……けど、私は……!』

『落ち着け』

『ッ……!』

 

 シャーレの先生の隣で静観していた青年がアヤメへと歩み寄って、そう窘める言葉を掛けた。

 アヤメはぎり、と歯軋りして私から顔を逸らし―――

 

 

 青年の胸元に頭を押しつけた。

 

 

 ビシッ、と。さっきとは別の意味で空気が凍りついた気がした。

 

『彼岸さん……あんた、まさかアヤメ先輩とそういう関係なの……?』

 

 凍りついた空気に漂う疑問を口にしたのは、先ほどと同じく作戦参謀として冷静さを旨としているキキョウだった。

 まるで汚物を見るかのように鋭い軽蔑の眼をしている彼女の問いに、胸元に顔を埋められている青年は厳めしい顔を不快げに歪めながら首を横に振った。

 

『違う。大雪原で吐き出させた時についたクセだろう……七稜も、限界という事だ』

 

 彼の言い分を聞いて、そういえばと私は当時を思い返した。

 シャーレがSRT廃校反対運動の一環として署名を集めていて、それに協力してからほぼすぐに、アヤメは『クズノハを探しに行く。探さないで』とだけ書き置きを残しいきなり行方を晦ませた事があった。

 その際は百花繚乱の見回り勢を残して総出で探し回ったのだが、結局見つけ出したのは、当時SRT廃校反対運動の一環として信任状集めで百鬼夜行を再び訪れていたレイトだった。陰陽部のニヤから依頼されてすぐに急行し、大雪原で見つけ出したと聞いている。

 右眼に眼帯を付け出したのもその頃だった。まあ魔眼の事はさっき聞いたからいい。

 それよりも……

 

『吐き出させた……? 限界……? 何のことを言って……』

『……百蓮の資格に関してだ』

 

 私と同じ疑問で訝しむキキョウに、彼はそう答えた。

 答えになっているようでなってないそれにぐっとキキョウの眉間に皺が寄る。

 

『さっきも言ったけど、百蓮の資格が無かったからってアヤメ先輩が百花繚乱を辞める理由にはならない。一体何を隠しているの?』

 

 苛立たしげな二股の尾を揺らしながらのキキョウの問いに、私は自分に向けられたわけでもないのにかつて詰問された事を思い出し、身を震わせた。

 彼はそれをさらりと受け流して話し始めた。

 

『これまで努力し、反対意見が出ないほどの人望と共に築いた『委員長』という立場や評価を、百蓮の資格の有無という自身にはどうしようもない一点で覆された。その衝撃を……桐生、お前は想像した事はあるか?』

『え……』

『無論、『委員長』(それ)が七稜の全てという訳ではない。だが比重など人によって異なる。そして七稜にとって『委員長』(それ)は、なんの目星も無く、あてもなかろうと、クズノハ伝説を頼みの綱として大雪原に一人向かう程に重かった』

 

 そう言った彼は、キキョウから私へと視線を移した。

 

『最終的に百蓮を使える者は自身ではなく、ずっと共にいた御稜……お前だった』

 

 責めるでも、窘めるでもなく、ただ淡々と事実を告げるような声音で言葉が紡がれる。

 アヤメは今も、その顔を彼の胸元に埋めている。

 彼女の表情は誰にも見えず。

 何を考えているかも、分からない。

 

 けれど彼女は、彼の言葉を遮る素振りを見せなかった。

 

 つまり彼の言う事は少なくとも間違いではないという事になる。

 

 

 ―――じゃあ……アヤメが辞めるのは、私のせい……?

 

 

 その結論に行きついた、その時。

 

『―――とはいえ、俺としても百花繚乱を辞める決断は性急過ぎるとは思うがな』

 

 それまでの空気を破るように、レイトがアヤメの意見に反対する言葉を言い放った。

 

『えっ、ちょ、どういうこと!? 何で!?』

 

 それに最初に反応を示したのはそれまで彼の胸元に顔を埋めていたアヤメだった。擁護する事を言い続けていたから絶対の味方だと思っていたんだろう。

 実際私もそう考えていたからいきなり梯子を外す発言には驚いた。

 そんな驚愕からか問い詰めるアヤメに、レイトは厳めしい澄まし顔で応じた。

 

『今のお前は冷静ではない。百蓮の資格が御稜にあった事で余計に心を乱されているお前は、何かを正しく決断出来る状態とは言えない』

『なっ……そんなことは!』

『気絶から覚めた後、先生や桐生達を放って動く判断を下した精神状態は正常だったとでも? 一言も告げず、いきなり姿を消した行動が正しかったと』

『ぐっ……そ、れは……!』

『組織人としてはまずは同僚と後輩を、次に公的組織のトップである先生を気に掛けて動くべきだった。首魁もそこに居て対応できる力を持ったなら尚の事、事態の収拾を優先して俺のことなど三の次、四の次で十分だった』

 

 アヤメの反論を、しかし彼は鋭い舌鋒で封じた。

 今のアヤメは冷静ではないと。

 

 ――その判断力を損なわせ、精神を乱しているのが何なのかは、流石に理解できた。

 

 『百蓮の資格』。

 いつからか、アヤメを苦しめるようになったそれこそが原因なのだ。

 私の手にある委員長の証とされる百蓮。それを以て、怪異を撃ち払うことが出来る資格が……

 

 

 

 ――――本当に、それだけ?

 

 

 

 そこまで考えて、ふと、そんな疑問が頭を(もた)げた。

 ニャテ・マサムニェが百鬼夜行絵巻からアヤメの怪異を呼び出し、それと対峙して、でも撃ち払えなかった事でアヤメは自身に百蓮の資格が無い事を知り、大雪原へ向かった。

 焦りがあったのは確かだろう。

 アヤメの努力はずっと見てきたからよく知っている。二年の時点で委員長への継承戦が認められ、勝利して就任した際に誰かの不満や反対意見も無かった。200戦して200敗という自分の完敗記録もそれを証明している。

 アヤメは努力の人だと、幼馴染の私が一番よく知っている。

 

 でも―――あるいはだからこそ、違和感があった。

 

 百蓮の資格が無いと知って、それだけでそこまで焦るだろうか?

 私達に何も言わずただ書き置きだけして旅立ち、そして大雪原で見つけたというレイトに何かを吐き出すほどにアヤメは追い詰められていたという。

 それは事実だろう。

 

 ただいくら委員長の立場に比重を置いているとしても、それだけでは払拭し切れない違和感があった。

 

『……ねぇ、レイトさん』

『なんだ』

『大雪原で吐き出したって言ってたけど……アヤメが限界を迎えたのは、本当に百蓮の資格が無かったからだけなの……?』

 

 その問いを投げた瞬間、アヤメがびくりと肩を震わせ、彼の眼が気遣わしげに胸元のアヤメに向いた。それからこちらに見定めるように眇められた眼が向けられる。

 何かあるな、と確信を抱くには十分な反応だった。

 

『なぜ、その疑問を持った』

『……アヤメが委員長の立場を凄く重視してたように、アヤメに寄せられる信頼や信用も決して軽くない。"魑魅一座と一緒に暴れてる"なんて噂が流れても揺らがない程に』

 

 彼女が振りまく笑みは太陽のようで、安心感を与えてくれる。包み込んでくれる。不安を、和らげてくれるのだ。

 由緒正しい百花繚乱の委員長という信用ある立場、かつ周知されやすいのもあって、彼女の名前は普段の人助けの甲斐もあって百鬼夜行でも随一と言っていい。お祭り運営委員会委員長になった河和シズコもかなりの知名度だけど、アヤメの方がずっと活動歴は長いし、活動範囲も広いから。

 そんな彼女に寄せられる信頼はもの凄くて、だから誰もが委員長への就任を受け入れた。

 

 その信頼が揺らぎかけたのが、今回の『百鬼夜行計画』の一つであるアヤメの怪異を用いた裏工作だったけど。

 

 でもそれも、普段アヤメや私達に懲らしめられてる魑魅一座や不良達が言ってるだけ。

 アヤメが大雪原で吐き出すほど追い詰められる理由足り得ない。

 

『それにニャテ・マサムニェの裏工作でアヤメへ不信が向いてたけど、それは大雪原からアヤメが帰って来てからの噂。大雪原に向かった時点では『委員長』に関して不安になるほどの事態じゃなかった』

 

 実のところ、シャーレの先生やレイトが来た時点でもアヤメへの疑いの目はあれど少数で、委員長としての立場を揺らがせるほどではなかった。

 百花繚乱内ではアヤメを悪く言う噂に憤慨する人が多くて、私もその一人だったのだ。

 

 だからこそ、アヤメが何に追い詰められていたのかが分からない。

 

『私達は、アヤメの事を信じてる。百蓮の言い伝え、クズノハ伝説のことをただの古い言い伝えだと思ってて……だからこそ、私達はアヤメがしてきた人助けやその能力、人格を見て、私達の委員長として戴いてる』

 

 それはレンゲも、キキョウも同じだ。

 その思いで目配せをすれば、緊張の面持ちで二人が頷いた。

 

『アヤメ先輩とは普段ぜんぜん一緒に行動しないけど、でもその活躍はよく聞いてた。助けられた人達の感謝だって届いてたしさ。すっげーって思って、目標にしてるんだ』

『……一人であっちこっち飛び回ってるから指示を仰ぐってなったら専らナグサ先輩になってるのはどうかと思うけどね。でも"それ"がアヤメ先輩のやり方だから、こっちもそれを前提に動くだけ。大事な時はいつも戻ってたしね』

 

 にかりとレンゲが笑い、ふん、と澄まし顔でキキョウが言う。それでも二人とも、さっきよりは雰囲気が柔らかかった。

 アヤメに向ける信頼が、そこには確かにあるのだ。

 

『この信頼を忘れちゃうくらいアヤメが追い詰められていたのなら……きっとそれは、百蓮の資格だけじゃない何かに原因があるって、そう思う――――だから、アヤメ』

 

 そうして、私は青年に縋りついている私の幼馴染をまっすぐ見た。

 私に名前を呼ばれたからか、びくりと肩を震わせたアヤメが、少しずつこちらを見る。金と紫の瞳と視線を交わした私は、ゆっくりと口を開いた。

 

 

『アヤメが抱えてる事を、教えて欲しい。私は……アヤメの力になりたい』

 

 

『――――――――』

 

 

 幾度目かの沈黙が、返された。

 一度目は無を。

 二度目は怒りを。

 

 三度目は―――沈思。

 

 ほんの少しの瞠目の後、視線が逸れて、ぎゅっと眉が寄って。

 少しだけ呼吸が乱れて。

 ぐっと息を吞んだ後――――

 

 

 

『ナグサと、話がしたい』

 

 

 

 絞り出すような密やかな声量で、そう言った。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。