ブルアカ転生記譚   作:背教者

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逢魔に交わる百花 後編

 

 アヤメの申し出の後、百花繚乱の一室に残ったのは私とアヤメ、そしてアヤメの希望で残る事になったレイトの3人。

 私とアヤメが対面で座り、彼は私から見て左、アヤメから見て右の座布団に座っている。

 キキョウは彼は部外者だからと反対をしていた――多分アヤメとただならぬ仲なのではと疑っているのもある――けど、少なくともさっきのように止めてくれる人は必要だと先生が言い、またアヤメたっての希望もあって仲立ち人として残った。

 

 そこまで思い出したところで、今はアヤメを優先しなければと自分を律し、対面に座るアヤメへと意識を向けた。

 

 アヤメは思い詰めたような表情でじっと私との間にある床を見つめていたが、私からの視線に気づいてか、顔を上げて見つめ返してきた。

 それを見て、私は意を決して口を開いた。

 

「アヤメ。話って、なに?」

 

 静かに、でも強い意志を込めて問いかける。

 アヤメが抱えている何かを知るために。

 百蓮の資格だけじゃない、アヤメが追い詰めていた理由を知るために。

 

「……ナグサ。さっきあんたは……"いつものアヤメらしくない"って言ったよね」

「あ……う、うん……気に障ってたよね……ごめん……」

 

 一回目の無の表情を見せたのは、そこが引っ掛かっていたらしい。

 気分を悪くさせてしまっていたようだと分かって謝罪する。

 

「はぁ……」

 

 すると、どうしてか溜息を吐かれた。

 どうして? と私は困惑の目を向けると、アヤメは眉を顰めながら私を見た。

 

「……ナグサの悪い癖。私にだけみたいだけど……よくすぐ謝るよね、あんた。なんで気に障ったのかまで分からないのに」

「あ……えっと……」

 

 私の発言は、彼女にとってものすごく地雷だったのかもしれない。

 今まで見た事ないくらいどんよりと澱んだ眼を向けられながらそう言われて、私は怖気づいてしまった。

 

「七稜。あまり言い過ぎるのも禍根を残す、程々にしておけ」

 

 そこで、仲立ち人の青年が割り込んだ。

 遮られたアヤネの澱んだ眼でじろりと彼を見やる。

 

「……レイトさん。どっちの味方?」

「どちらでもない。たとえ親しい者同士であっても些細な一言で修復不可能な亀裂が入る。俺はそれを防ぎつつ、過不足なく互いの相互理解が進むためにいるだけの仲立ち人だ」

 

 さらりと昏い感情を流した彼は、そのまま目を眇めながらアヤメを見た。

 

「お前が御稜と絶縁したいと言うなら止めるのも辞めるが」

「っ…………そうは、言ってない」

「そうか」

 

 そう言って、アヤメは彼から視線を外した。彼もまた視線を外して瞑目した。

 私はと言えば、自分が放つ言葉のどれが彼女の地雷か分からないためアヤメの言葉を待つばかり。

 暫く待っていると、気を落ち着けたらしいアヤメがゆっくりとこちらを見てきた。

 その顔には、とても苦しそうな渋面が浮かんでいた。

 

「……ナグサや皆が思う"いつもの私らしい"私って、何? それって本当に私なの?」

「え……?」

 

 絞り出すような声音で言われた内容に、私は一瞬理解が追い付かなかった。

 いや、意味として理解できても、アヤメの中でどういう意味になっているのかがよく分からなかった。

 

「えっと……去年や一昨年から一緒に居るアヤメの事だけど……?」

「じゃあナグサが思う私ってどんなのか言ってみてよ」

「え、う、うん……」

 

 食い気味に突っ込まれて、勢いに気圧されながらも私はアヤメに対している印象を思考に上げ始めた。

 まず指を一本立てる。

 

「えっと……まず、百花繚乱で一番強いよね。一年の頃から何百戦と繰り返してるのにまだ私一度も勝ててないし」

 

 次に二本目を立てる。

 

「次に、いろんな人のお願いを聞いて、それをこなしていく事。すごく親切で働き者だって皆に評判なんだよ。レンゲが言ってたけど百花繚乱にたくさんの感謝状が届くんだから。後輩達もそれを知って、アヤメを尊敬してる」

 

 それから、三本目を立てる

 

「三つ目は凄く明るくて、優しいよね。いつも見せてくれる笑顔は太陽みたいで、掛けてくれる声も何もかも包み込むようで……私が足手まといでも、転んでも、すぐ手を差し伸べてくれるって言ってくれた時みたいに安心できるんだ……あ、これだといいところは……何個だろう? 三つくらいなのかな」

 

 今でも思い出せる。百花繚乱に入った一年生、201戦して負けて泣いちゃった時の事を。

 あの時の安心感は、今でも思い出せるのだ。

 それから折り返して六つ目、七つ目とアヤメの印象を連ねていく。

 

「……七稜」

「……なに?」

「俺が思っていた以上にお前自身の言動にも幾らか原因がありそうだが……」

「昔はこうなるって思わなかったんだよ……! というか2年以上前の事もあるしそれらを事細かに覚えてることにこっちがびっくりだよ……!?」

「……ひとまず、お前としては十分か?」

「うんざりするくらいね……」

「そうか。ではそろそろ止めよう」

 

 思い浮かべていくにつれてあれやこれやと次々と印象が浮かんできて、数えても数えても止まらなかった。

 伊達に幼馴染をしていないなとふんすと胸を張る。

 

「あー……御稜、一ついいか?」

 

 そこで、レイトが割って入ってきた。今度は私が何かに引っかかったらしい。

 

「なに? 話題からは逸れてないよね?」

「幼馴染として七稜の事を強く慕っている事はよく分かった。だが、主題からは逸れている。七稜が知りたがったのは百花繚乱に入って以降の印象だ」

「あ……」

 

 言われてハッとした。

 たしかに『委員長』や百蓮の資格にまつわる事なのだから高校生になって以降である事は明白だ。私が問われたアヤメの印象も、多分『百花繚乱委員長のアヤメ』の事だっただろう。

 慌てて意識をアヤメに向けたらすごく硬い表情で私を睨んできていた。

 

「ご、ごめん……」

「いや、いいよ。あんたが私の事をどう思ってるかよーく分かったから」

「うう……全然いいって感じじゃないよね、それ……」

「そりゃあね。あんたが予想以上過ぎて却って怒り通り越して呆れただけだから」

「え……」

 

 どういう事だろうと何度目かの疑問と困惑に戸惑っていると、呆れたように顔を歪めたアヤメがまた大きく溜息を吐いた。

 今日は本当にアヤメが荒々しい……

 しかも怒りすら通り越したらしいからまた私は何かをやってしまったようだ。

 でも何が原因か分からない……

 

「この際だから、もう全部言うけど」

「う、うん」

 

 

「私はね、全部嫌いだった」

 

 

「――――え」

 

 瞬間、何を言われたのか分からなかった。

 脳が理解を拒んだ―――そう理解した時には、アヤメの鋭い舌鋒が続けて飛んできていた。

 

「一人じゃ何も出来ないからって誰かに縋りつく連中が。偉そうに労うけど、また重荷を押し付けてくる奴らが。手を差し伸べられるからって、何かあるとすぐに泣き出すあんたが……ッ」

「あ、アヤメ……?」

 

 名前を呼ぶと、ギロリと、また澱んだ眼が睨みつけられた。

 息を呑んで身を竦ませると、短い嘆息を挟んでアヤメは瞑目したまま話を続けた。

 

「それでも……私はその日常を守りたかった。百花繚乱委員長として、守ってきたその日常を。他人の欲望に疲れて、他人から押し付けられる偶像を演じてでも! クズノハ伝説なんていうおとぎ話に縋ってでも! 百蓮の資格を得て、委員長として怪異を撃ち払うつもりだった!!!」

 

 ぎゅっと、瞑った瞼を更に強く閉じ。

 

 

「百蓮の資格が無いだけで諦めきれるほど私のこれまでは軽くない!!!!!!」

 

 

 心の底からの怒号を、アヤメは張り上げた。

 

「知られたくなかった、百蓮を使えない事を誰にも! 委員長に相応しくない事を! 誰も私を見ていない、みんな『優しくて頼れる七稜アヤメ委員長』を見続けてる! そんな誰からも理解されず認められなかった私が『委員長』でなくなったら、いったい私には何が残るっていうの!? 体のいい道具!? 都合のいい助っ人!? そんなの耐えられない……!!!」

「――――」

「"いつものアヤメらしい"ってなに!? 私は私だ、委員長になる前もなってからも変わってない! 頼まれたら何でもやる聖人でも疲れ知らずの超人でもない、ただの人なんだよ!!!」

「アヤメ……」

 

 ここまで、喉も胸も張り裂けんばかりの叫びを上げる姿は見たことが無かった。

 きっとこれが大雪原で吐き出したもの。

 大雪原に行く前から抱えていた、私が気付かなかった彼女の悲鳴。

 百鬼夜行計画の最中に気絶し、目が覚めた後、私達の加勢じゃなくてレイトの方に行った理由。

 私が抱いた違和感の正体。

 副委員長として残っても体のいい道具に、都合のいい助っ人にされると―――自分の叫びを聞いてくれないというアヤメの慟哭。

 

 彼女が百花繚乱を辞めると言うほどまでに追いつめられていた理由の、真実。

 

 これまでアヤメが手助けを頼まれそれに応じた時、なにを感じていたのかを初めて知った私は……

 

「―――ごめんね……」

 

 気付けば、私は謝罪を口にしていた。

 ポタ、ポタ、と。

 泣き虫の評に違わぬ早さでとっくに出ていた涙が頬を伝う。

 

「ごめん、本当にごめんなさい、アヤメ……今まであなたのことを、ちゃんと見れてなくて……! アヤメも助けてほしいって、手を伸ばしてたことに気付かなくて……!」

「……」

「ずっと苦しんでたのに、頼ってばかりで……ごめんなさい……!」

 

 百花繚乱の袴の裾を握り締め、泣きじゃくりながら。

 それでも私は謝罪を口にしていた。

 

「幼馴染で、友達なのに……私は、ぜんぜんアヤメの助けになれてなかった……!」

 

 零れ落ちる涙を拭いながら、目の前に座る大切な幼馴染に謝罪をする。

 アヤメは、私を険しい目で見据えていた。眉間に皺を寄せて私を睨んでいた。

 

 ―――そうだよね……

 

 ―――幼馴染で、ずっと一緒だったのに気付かなかったんだから

 

 ―――こんな謝罪だけで、許してくれる筈がない

 

 胸中で諦観が頭を擡げる。

 この3人だけになってから最初の会話で、私は謝罪する事を咎められた。何が悪かったのか分かってもないのにって。

 今は、悪かったことは分かったけど。

 でも謝って済む問題じゃない。

 ずっとずっと、アヤメは苦しみ続けていたんだから……

 

「今まで、本当にごめんなさい……もう、頼らないようにするから……アヤメの分も、私が―――」

 

 

 

「っ、あーもう!!!」

 

 

 

 その時、耐えかねたようにアヤメが声を上げて私の言葉を遮った。

 ボロボロ泣きじゃくりながら困惑する私に、顔を真っ赤にしたアヤメがびしりと指を突きつける。

 びくりと、私は体を震わせた。

 

「一度しか言わないからよく聞け!」

「う、うん……」

 

「条件次第で副委員長として残ってもいい!!!」

 

「え!?」

「おお……」

 

 アヤメの宣言に、私は涙を拭うのも忘れて驚いた。

 静観していたレイトも思わず声を漏らしていた。

 アヤメは指を下ろしてふぅと息を吐き、厳めしい面持ちで私を見据えた。

 

「条件は……あんたが、私と継承戦をする事」

「え……」

 

 そして、続けて言われた事に私は言葉を喪った。

 

 『継承戦』。

 

 それは百花繚乱に古来より伝わるしきたりの一つ。上の職の者に実力を示すことで成り上がるシステムだ。下克上とも言われる。

 これは委員長も対象となる。

 私の場合は怪異を百蓮で払える意味で百蓮に選ばれ、委員長に繰り上がるという別のパターンだけど……

 つまるところ、委員長の座を継承するにあたって継承戦をやる必要は無い。

 そもそも当事者間の同意があれば継承戦を介さずとも委員長の代替わりは出来るのだから。

 

 それを分かっている筈のアヤメが、それを条件に出してきたという事は。

 

「―――わかった」

 

 私は、嗚咽を堪え、涙を拭って、しっかりとアヤメを見返して頷いた。

 彼女が望む継承戦にどういう意味があるかは分からない。私には、アヤメの考えている事は分からないから。

 ただ、きっと。

 彼女の申し出は、彼女なりに伸ばしてくれた手だろうから。

 

 その手を、私は今度こそ……

 

 ぎゅっと、袴の裾を掴む。

 百鬼夜行連合学院に進学し百花繚乱の門を叩いたあの日から、共に背負った袴の重さを再確認する。

 

「いつ、するの?」

「今から」

「……えっ?」

 

 そして、日時を確認した私は、彼女の即答に幾度目かもわからない困惑に襲われた。

 理由は、今から継承戦をするにも条件を満たさないから。

 

「でも……継承戦は、百花繚乱所属の幹部一名と、外部の人一名を証人にして公平性を期さないと……」

 

 そう言うと、はぁ、と。苦笑の顔でアヤメが溜息を吐いた。

 

「ルールばっかり気にするとこ、相変わらずだね」

「う……でも、それが」

「分かってる。しきたりだからね……ただ、私が求めてるのは本来の継承戦じゃない。百蓮はあんたに渡って、委員長の座も譲ることは決まってる。継承戦に懸けるものも守るものも、私にはもう無いんだ」

 

 ただ……、と。

 アヤメはそこで言葉を止めて、苦笑を消した。

 次に浮かべたのは……煩悶の、顔。

 

「これは、私なりのけじめ。そして……私の、わがままだよ」

「……そっか……」

 

 つまり、継承戦というのは名ばかりの。

 でも―――心情は、それに匹敵する戦いを。

 彼女は終止符として求めている。

 

 『百花繚乱委員長』のアヤメを、私が終わらせろと。

 

 そう言いたいのかもしれない。

 

 

「……それなら、私もけじめをつけないと」

 

 

 そして私は、意を決した。

 

「ナグサ……?」

「私は……今のまま委員長になっても、きっとアヤメのようにはこなせない。アヤメも知っている通り私は泣き虫で、優柔不断な弱虫だから……」

 

 アヤメに並び立つ人として相応しく在れるように。

 私はその思いを胸に彼女の隣を歩いてきた。

 アヤメに比べれば出来る事なんて少ないけれど、それでも私は、彼女の隣に相応しく在れるように―――アヤメの言葉を借りるなら『七稜アヤメに相応しい御稜ナグサ』を演じてきた。

 本当は泣き虫で、優柔不断な人間だけど、それを隠し通せてるのはその仮面を被っているからでしかない。

 

 ……結局のところ、肝心のアヤメの助けにはなれていなかったのだけれど。

 

「そんな私が委員長に繰り上がったところで後ろ指を指されるだけ。きっと誰も認めない。そして誰よりも、私自身がそんな自分が委員長になった事実を認めない」

「……つまり、どうしたいの?」

 

 笑みも、煩悶も消して。

 でも―――無ではない面持ちで、アヤメが問いかけてくる。

 臆病風に吹かれそうになった私は、それでもその心を叱咤して、毅然と見つめ返し。

 

 

「正式な継承戦に勝って、アヤメが背負ってきたものを受け継ぐ」

 

 

「―――あの泣き虫が、言うようになったね」

 

 

 私の宣言に、アヤメの無の表情が崩れた。

 しょうがないなぁという声が聞こえてきそうな苦笑の顔だった。

 

 対して私は、沈痛の思いで瞑目した。

 思い返すのはこれまでの思いとその日々。

 アヤメを苦しめている事に気付かなかった痛恨の日常。

 

「私は……アヤメがそこに居てくれれば、それで良かったと思ってた」

「……」

「暖かい日差しが気持ちいい、抜けるような青空が綺麗……そんな、ひとつひとつが「今日も楽しかった。明日もきっと……」と思わせてくれるように。理由なんて殊更に必要ないって」

「都合のいい夢だね、それは」

「……うん。私は、アヤメを理解しようとしていなかった」

 

 いつまでもその日々が続くと思っていた、夢のそれ。都合のいいことだけ見て過ごすばかりの怠惰な夢。

 いつ割れるかも分からない泡沫の夢だった。

 

 そして、それは割れた。

 

 だから―――いい加減、夢から醒めなきゃいけない。

 現実を見る時が来たのだ。

 

「だから私は、アヤメが背負ってた重みも、苦しみも、痛みも。少しでも理解した上で……アヤメの傍に居たい……」

 

 そして私は、手を伸ばす。

 アヤメに比べたら何にもない、重さも苦しみも痛みも知らない綺麗な手だけど。

 そんな手でも、アヤメの助けにはきっとなると信じて。

 彼女が伸ばしてくれた手を、今度こそ掴むために。

 

「……そう」

 

 静かに、アヤメは首肯した。ふっと、消えそうな微苦笑を湛えて。

 それから徐に立ち上がった。

 

「なら……やろうか」

「うん」

 

 彼女の求めに、私も応じ、委員長の証である百蓮を手に立ち上がった。

 

「レイトさん。百花繚乱の外部枠の証人として、継承戦に立ち会ってもらえる?」

「引き受けよう」

「ありがとう」

 

 アヤメは早速とばかりに証人役をレイトに任せていた。

 彼は百花繚乱所属でないどころか百鬼夜行の人でもない。とはいえ百鬼夜行とも7年に渡る付き合いがあり、さらにアビドス生徒会の会長に加え連邦捜査部シャーレという公的組織の部長も務めている。社会的信用という面では十分だ。

 幸い彼は証人として立ち会うことを快諾してくれた。アヤメと揃って、ほっと息を吐く。

 問題は、残るもう一枠。

 

「百花繚乱所属の証人は……キキョウにお願いする……?」

「日を回った深夜だけど受けてくれるかな。そもそも起きてるかどうかも怪しいけど……」

 

 出来れば、今の気持ちのまま継承戦を始めたい。

 でも現実問題として3人だけで話をするために離れてもらったし、とっくに夜も更けての丑三つ時、普通に就寝しているだろう。

 そこを叩き起こして巻き込むのは流石に気が引けた。アヤメも流石にどうかと思ったのか、少し賛成しかねる様子。

 でも他に任せられる人が居ないというのもまた事実。

 

 

「―――では、妾が証人となろう」

 

 

 その時、この場に居ない筈の4人目の声が耳朶を打った。

 聞いたことが無い声に、私は反射的に百蓮を構えながら声が聞こえた方へ向き―――

 

「……え」

 

 そこで、周りに意識が向いて絶句した。

 さっきまで畳がある百花繚乱の部室だったのに、気付けば周囲の景色は、どこかも分からない和室になっていたのだ。

 しかも、四方の開いている障子から見える景色は黄昏時。

 丑三つ時の筈なのに、これは……

 

 そして、私が百蓮を向けた先には、一人の少女がいた。

 

 薄桃色の長髪、狐の耳と尾を持ち。

 ……ものすごく露出度の高い装いで煙管を持つ、妖艶さと老練さを感じさせる少女が。

 

「クズノハか……」

「……数時間ぶりだね」

「え……!? クズノハって、この人が……?」

 

 レイトとアヤメの言葉に、私は驚きのあまり敵かどうか定かじゃない状況なのに二人に顔を向けた。

 レイトは内心を伺い知れない厳めしい面持ちのままだったが、アヤメは複雑そうな、苦々しい面持ちで件の少女を見つめていた。

 視線を少女に戻すと、余裕の面持ちで煙管を吹かしていた少女が艶然と笑った。

 

「ふふ、また会えるとはのう。可愛い後輩や」

「……また会いたいとも思ってなかったけどね。そもそも、会えると思ってなかったし」

「嫌われたものじゃ」

 

 どこか諦観を滲ませながら刺々しい雰囲気で言うアヤメを、クズノハと呼ばれた少女はさらりと受け流し、また笑った。

 そして、紅色の化粧をした双眸が、こちらを向く。

 

「さて。初めて会ったの。妾は百花繚乱紛争調停委員会の初代委員長、クズノハじゃ」

「あなたが……初代、委員長……」

「いかにも。ナグサ、其方の事は知っているぞ。アヤメの眼を介し、先の戦いからこれまでを見ていた」

「な―――」

 

 クズノハの言葉に、アヤメが絶句した。

 まあ確かに、例の魔眼を介して見ていたということは、つまり今のアヤメにとってプライバシーは筒抜けになるという事だ。

 しかも百蓮の資格やクズノハ伝説で苦渋の思いを味わった彼女にとって、見られる相手がクズノハというのもあまりいい思いはしないだろう。

 それを察したのか、クズノハの目がアヤメに向き、安心させるように微笑んだ。

 

「勝手に見ていた事はすまなかった。じゃが、これも後輩達を想っての事よ」

「……今後あんたに見られ続けてるかもってのがイヤなんだけど」

「案ずるな。今回とて魔と交わる逢魔が時ではあるが、そもそも黄昏に由来する魔眼と百蓮を持ち、夢を介して繋がりが生まれ、更には今日が満月であったが故の特例じゃ。まずそう起きる事ではない」

 

 そう笑うクズノハの言葉に、すっかり忘れていたがそういえば今日は満月だったなと、鬼が咆哮を上げた時に見た夜空の月を脳裏に思い起こした。

 

「……なら、良いけど」

 

 彼女の言葉を、一先ず信じるしかないからか。憮然とした面持ちでアヤメは引き下がった。

 何だか今日は初めて見るアヤメの姿が多いな……

 

「して、妾を証人にするか否か。どうするかの?」

 

 そして、時間があまり無いことを示すようにクズノハが問うてきた。

 私としては、聞きたい事や言いたい事はあるのだけれど……でもそれは必須ではない。

 今はアヤメとの事を優先すべきだ。

 そうして私は、アヤメと目を合わせ――――

 

 初代委員長クズノハに、証人として立つ事をお願いした。

 

 


 

 

「―――百花繚乱紛争調停委員会初代委員長クズノハ、連邦捜査部シャーレ部長彼岸レイトを証人とし、百花繚乱継承戦をここに執り行う。両者、前へ!」

 

 妾の言葉を契機に、逢魔が時による境界の揺らぎを介して呼び込んだ黄昏の寺院の一室に、二人の少女が歩を進めた。

 

「百花繚乱紛争調停委員会委員長、七稜アヤメ」

 

 向かって左に、百蓮の資格の有無―――それよりも前から限界と恐れを感じ、竦んでいた少女が前に出た。

 魔眼を得るほどの激情を胸に、毅然として挑戦を受け止めて。

 

「百花繚乱紛争調停委員会副委員長、御稜ナグサ」

 

 向かって右に、うたかたの夢に浸ることをやめ、現実を見る決意を秘めた少女が前に出た。

 友を思うが故に、その全てを共に背負うための挑戦状を心に秘めて。

 

 

「古来より伝えし百花繚乱のしきたりに従い、いざ尋常に――――勝負!!!

 

 

 火蓋が切って落とされたその瞬間、二人の後輩が衝突した。

 距離を詰め。

 銃床で殴り掛かり。

 銃身で競り合って。

 早撃ちで競い合って。

 

 

「私はあんたの、その泣き顔が大っ嫌いだった!!!」

 

「言ってたね……! 気付かなくて、ごめん!!!」

 

「泣き虫のあんたに、委員長としての苦しみを背負えるの!?」

 

「背負ってみせる……! それは、諦める理由にはならないから!!!」

 

「ナグサ、あんたは……!!!」

 

「アヤメ、私は―――!!!」

 

 

 思いの丈を、ぶつけ合う。

 

「……青いのう」

 

 その眩しい花々の姿に、妾は目を眇めた。

 遥か昔、百鬼夜行が連合となる前の戦乱の時代―――それを纏めた時の事を、思い出す。

 あの二人はいま争っている。

 だがそれは互いを疎み、憎んでいるからではない。受け止めるために戦っているのだ。

 受け止めるのは相手からのもの。

 そして、己の過去と思い。

 

 どんな姿の他者も、己も、否定せずに受け入れ、認める。

 

 そうする事で初めて、明日に向かって踏み出せる。

 それこそが百花繚乱が冠する『調停』の在り方。

 

「世に生きる者はみな、仮面を被っておる。嫌われたくない、見捨てられたくないと、その一心で周囲が望む形と色をした仮面を被る」

 

 それは、生きていく上で当然のこと。

 誰しも被る。

 例外は無い。

 それに罅が入り、破綻を迎える事も、また。

 

「だからこそ―――破綻を迎えた時に、受け入れられる者が不可欠なのだ」

「……」

 

 視線は、鎬を削り合う後輩達に向けたまま。

 妾は語りを続けた。

 これを聞いている者へ、言い聞かせるように。

 

 調停とは、ただ殴って言う事を聞かせるだけでなく、その者に寄り添う事もまた必要な時がある。

 

 アヤメに寄り添おうとナグサがその声と想いを受け止めているように。

 

「背教せし者よ。其方(そち)には、いるか?」

 

 受け止めようとする者と想いがあるだけでは意味が無い。

 受けてもらおうという気持ちも不可欠なのだ。

 アヤメが継承戦を言い出したように、時に、人に我儘を伝える事も。

 

「……俺を拾った者がいる」

「共に歩む者は?」

 

 間髪を入れず、妾は問いをさらに投げた。

 親を頼れるのはいいだろう。

 だが―――いま重要なのは、共に歩み、共に助け合える仲間なのだ。

 

「……俺には無用だ」

 

 その問いに、一瞬男は言葉に詰まる様子を見せてから答えを出した。

 ……ああ、やはりか、と。

 予想していた通りの答えに、心中で息を吐く。

 

「純なる欲は、悪でも罪でもないぞ。生まれてくる者に罪が無いのと同様にな」

「……だとしても……俺には、過ぎたものだ」

 

 頑なに男は否定する。

 ふむ、と。煙管を吸い煙を吹かす。

 

「一度起きたことを無かったことには出来ぬ。変わってしまった存在を元の姿に戻す方法などありはしない。木に成った実が地に落ち腐りゆくように……」

 

 後輩達の激戦を見つめながら、語りを続ける。

 男からすれば、あの二人も年下の後輩だろうが。数百年生きる妾からすれば男も同じ。

 

 百鬼夜行に属さず、妾と会うほど奇特な者は――――それだけ、危うい。

 

 黄昏はあの世とこの世に類する特殊な領域。

 ともすれば、彼岸に近しいところ。

 それを苗字に持つ事だけでなく、その身上も縁がある故だろうが。

 

「人は一人では生きていけん。群れるのは、生きるために手を取り合うからじゃ。そして(ひと)(たび)群れに入れば、たとえ一人になろうとも手を伸ばす者が現れる」

 

 アヤメに対するナグサのように。

 アビドスに属し、数多くの自治区に繋がりを持ったこの男には、それこそ数多の手が差し伸べられるだろう。

 友愛と善意とで。

 

「其方にその手は払えん。早々に諦めておけ。でなくば、其方が往く先は――――残す者にとっても、地獄じゃ」

 

 その表現はあくまで比喩だ。

 だが真実でもある。

 近しい者を亡くした者がどんな思いに苛まれるかなど男が一番よく知っている。

 

「……だとしても、そう思えるだけマシな結末にはなる」

 

 その上で、男の決意は揺らがなかった。

 それどころか己の命を擲つ心算すら既にある。

 一瞬、後輩達から視線を外し、男を見た。

 眇めた目で睨みつけた男は、7年前と変わらぬ(まなこ)で二人を見つめていた。

 それを見て、視線を後輩達へ戻す。

 

「後輩達を悲しませたその時は、その魂、壊れるまで呪ってくれようぞ」

「そうか……手を煩わせる事を、先に謝っておこう」

 

 死後に関しての脅しと罰の示唆にも男は怯まない。

 そうなる事を、断定までしてのけた。

 

「……愚か者め」

 

 そこへ行きつくまでの過程を思い、憐れみと共に吐き捨てる。

 

 

 それと同時に、後輩達の戦いにも決着がついた。

 

 

「今まで……本当に、ごめんね。アヤメ」

 

「……まったく。こんな時まで泣くなんて……――――やっぱり私は、あんたの泣き顔が大嫌いだよ」

 

「……そっか」

 

「そうだよ……馬鹿ナグサ」

 

 

 結果は―――涙ながら笑顔の二人が、手を繋いでいる事が証明していた。

 

 

「ではな、可愛い後輩達よ。精進するのじゃぞ」

「ありがとうございました」

「……どうも、ありがとう」

「ふふ。愛いのう」

 

 妾が継承戦を見届けた旨を一筆認めた手紙を手に素直に礼を述べるナグサと、癪だと言わんばかりに目を背けるが礼は告げるアヤメ。

 その二人の反応が愛らしく、笑みが零れた。

 

 ―――今回の継承戦の勝敗は、今の二人にとっては重要ではない。

 アヤメが求め、手を伸ばし。

 それをナグサが受け止め、掴み返した。

 アヤメが副委員長として残る条件は、継承戦を()()()

 それに応じた時点でナグサは彼女の手を掴めていたのだ。

 ナグサは、おそらく気付いていないだろうが。

 これに関しては、そのままでもいいのかもしれない。

 

 そうして一頻り愛でた後、二人の後ろに立つ男へと目を向ける。

 

「最後に一つ、其方に言っておく事がある」

「……なんだ」

「なに、そう身構えるな。そんなに難しいことを言う気は無い。ただ―――」

 

 そこで、にやりと笑みを見せて。

 

「妾の可愛い後輩達を、どうか頼むと。そう頼むだけじゃよ」

「――――」

 

 先の二人だけの内緒の話。それは決して、未来を約束できるものではなかった。

 男は、後輩達と共に歩む気が無かった。

 

 だが―――知った事ではない。

 

 過去に生き、現在(いま)にいない妾からすれば、現在(いま)を生きる後輩達と男は共に歩めるのだから。

 だから託した。

 きっとその方が、ナグサとアヤメ二人にとってより良い未来になる予感がしたから。

 そして、何より。

 

「其方は、聞いてしまったら、頼まれたら無視できない、そういう性格じゃ。そうして多くの者と縁を結んできた」

 

 何よりも彼は、妾が生きた時代の『調停』の在り方に賛同した者に多い性格だった。

 人を優先し過ぎて疲れたアヤメも、かつてはそうだったように。そしていま、友を支えに戻ったように。

 武を用いて繋がりに、縁を築いて礎に。

 その縁が今はシャーレの力となり、アヤメを留め、ナグサとの縁を繋ぎ直す一助となった。

 

「じゃから、頼んだ。妾の後輩達の―――百花繚乱の、そして百鬼夜行の、今後をな」

「――――」

 

 それは、言外に死は許さんという意思表示。

 それを理解したらしい男は、長い絶句の後、長い溜息を吐いた。

 

「これは……一杯食わされたな」

 

 そうして、厳めしい顔に苦笑を湛えてそう言った。

 

「其方なぞ妾からすればまだまだ(わらべ)よ。あまり大人を甘く見るでないぞ?」

「……そういえばそうだったな」

 

 妾の煽りに、ふ、と男は自嘲の笑みを零した。

 その男に、改めて妾は鋭く眇めた目を向ける。

 

「して、返答は?」

「……俺に出来る事にも限りがあるが。可能な限り、手を尽くそう」

「逃げたか」

「誠意は込めている。偽りも、誤魔化しも無い」

 

 確かに、誠意はあるのだろう。偽りも、そして誤魔化しもしなかった。

 その上で―――己の意思を、それでも貫く場合を考えて『可能な限り』という文言を挟んだ。それが逃げであると、自覚した上で尚。

 ……本当に、童のクセに老人の如き頑迷さである。

 

 ―――だが、一石は投じた。

 

 ナグサとアヤメも、男が何かを抱え、隠している事には気付いた。訝しむ目をそれぞれ向けている。

 何を言っているか、何の話をしているか分からない。でも、自分達を頼むという願いにすらまともに応じれない何かがあるのだ、と。

 

 所詮妾は過去に生きた者。

 

 現在(いま)を生きている者達がどうにかするしか無い事だ。

 言うべきは言った。男が伸ばさぬ手を、それでも掴めるかは現在(いま)を生きる者達次第。

 これ以上は不要だろう。

 

「では、これにて別れじゃ。達者でな。ナグサ、アヤメ、そしてアビドスのレイトよ」

 

 改めて別れを告げ、妾は揺らいだ境界への干渉を止め、黄昏の寺院を引き戻し、現代の百花繚乱本部から退散した。

 後輩達の行く末に、幸多からん事を願いながら。

 

 

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