ブルアカ転生記譚 作:背教者
今話はアヤメだけです
アヤメばかりなのは非転生者の作中キャラ視点として書きやすいからです
本作で掲示板以外で初めて転生生徒が(やっと)出ます
シャーレに泊まって初めての朝が来た。
あれから再び転生者掲示板に繋がる事もなく――少なくとも覚えている限りでは――熟睡した私は、普段の習慣の賜物なのか、朝陽が上る頃には目が覚めていた。
時刻は午前六時にもなっていない。
見回りシフトに入っていた頃は五時起きもあったな……と懐古していると、そういえばいつの間にか見回りシフトには入れられなくなっていたなと気付いた。
あっちこっちで人助けをしていた私を見かねてキキョウが外していたんだろう。
自分で思っていた以上に周りが見えなくなっていたらしい。
それに気付けたのは、百鬼夜行を離れたからだろうか。
……それとは別の厄介事にぶち当たってしまったけど。
「……起きないと……」
はぁ、と息を吐いて身を起こす。
百鬼夜行にいた時とはまた異なる憂鬱さで体が重くなるのを感じながらのっそりとベッドから起き上がり、身支度を済ませていく。
寝間着を脱ぎ、仕事着や袴に袖を通していく間、思考に上っているのは昨夜知った驚愕の事実達。
「転生者……原作、か」
234人の生徒と先生が転生者であること。
先生は詳しくはないが、キヴォトスが彼女達の前々世での創作作品の舞台であったこと。
クズノハや私はその作品の登場人物であること。
そして生徒達234人の前世にあたるキヴォトスは、いずれも何かしらの形で滅びを迎えていること。
「はー……こんなの、知りたくなかった……」
『先生』が来てから滅ぶらしいから恐らく今年中にその滅びは来るのだろう。それに備えられるという意味では、知れてよかったのかもしれない。
しかし私が知ったところで……という思いもある。
レイトに助けを求めて電話したのもその思いがあったからでもある。少なくとも百鬼夜行内でだけ動いていた私よりは、色んな自治区と渡りを付けられる彼の方が適切だろうと。
彼にまた背負わせてしまった形になったのも、私がいま感じている憂鬱さの理由である。
「それもこれも色彩とか司祭とかが悪い……って言って、解決すれば楽なんだけど」
そう零して、再度ため息。
「……ひとまず目先の事から対応しないとか」
今日は先生や転生生徒達との距離感を測るのに終始するだろう。彼女達からすれば、『原作』の登場人物らしい私は異物なのだ。
そういう意味ではクズノハも異物なのだが、なんか異様に馴染んでたから気にする必要は無いだろう。私が気にすることでもないしその義理も無いけど。
そう気を取り直した私は眼帯を着け、愛銃を手に取ってから仮眠室を出た。
早朝のシャーレ内はまだ誰も起きていないのか静まり返っていて、底冷えした空気も相俟って寒々とした雰囲気が漂っていた。
そんなビルの中の階層を移動し、廊下を進んで食堂の方に顔を出すと、既に調理に取り掛かっている生徒がいるからかいい匂いが漂い始めた。
「おはよう。早いね」
「んーおはよー……―――あ、アヤメさんッ!?!?!?」
朝の挨拶をすると、厨房で鍋を回していた子が最初は生返事を返してきた後にこちらを見た途端、びっくぅっ!? と猫がキュウリを見た時のような驚きぶりと声を上げた。
あまりの驚きように私の方が驚いてしまう。
「人の顔見てその驚きようは失礼じゃない……?」
「エッ、アッ、その、ごめんなさい! いやわざとじゃないんですよホント! ただ昨夜あんな事があったのに変わった様子が無さそうなのが予想外というか……」
「昨日も思ったけどあなた達って私に対しての偏見とか先入観が結構あるよね……まあ、今回の事はそうなるのも分からなくはないけど。秘密を打ち明けた後は特にね」
私が抱えていた苦悩をレイトやナグサに伝えた日の朝、どんな反応をされるか恐れていた事があるから気持ちは分かる。
それでも人の顔を見て驚くのは失礼だとは思うけど。
彼女達の前世のキヴォトスでは"私"と会わなかったんだろうか。
「とりあえず朝ごはん食べたいんだけど、何か出来てる? まだ早すぎるかな」
チラ、と食堂の壁掛け時計を見れば、ゆっくり支度してもようやく六時を回ったくらいだった。
百鬼夜行の寮の食堂だと朝練や見回りの子のために六時にはもう出されるけど、シャーレのご飯の時間を聞き忘れていたなと今更ながらに思った。
ついでに言うと献立も知らない。鍋からは味噌汁の匂いがするけど。
そんな私からの質問に、厨房の子が気まずそうに笑った。
「あーそっすね……シャーレの業務開始が九時なのもあって、若干遅いんすよ。いつもは七時過ぎとかなんで」
「七時……あと一時間か。流石に長いな……」
ここが勝手知ったる場所なら掃除とか色々したけれど、流石に初日で勝手にするのは憚られた。
図書室とかも流石にまだ開館時間じゃないから入れないだろうし……
「あー……じゃあ味見がてら、味噌汁だけでもどうっすか? 感想聞かせて欲しいっす」
BD教材で予習でもしとこうかと思い始めたところで、厨房の子からそんな提案が出てきた。
「いいの? お腹空いてたから、正直助かるけど」
「いいっすよ。お代わり込みで多めに作ってますし。まだご飯は炊けてないしおかずとかもまだなんで出せるのはそれだけっすけど……」
「いやいや、十分だよ。ありがとう」
「あいっす。んじゃよそってくるんで、カウンター席にドーゾ」
促しに応じて、カウンター席の端っこに座った。
カウンターから見える調理場には、所狭しと並べられた下拵えが済んだ肉や切り刻まれた野菜の山があって、これから一時間でそれらを調理したり盛りつけたりするのだろうと見て取れる。
……それにしても。
「ねえ」
「はい?」
「もしかしてだけど、シャーレのご飯当番ってあなた一人でやってるの?」
気になったのは、200人超えの食事を一人で用意しているようにしか見えない事。
大人数用の料理を作るにしても200人ともなると流石に10人くらい料理人が居てもいいと思うのだけど……
そんな思いが通じたのか、味噌汁をよそった器をトレーに乗せて持ってきた少女は、あーと声を漏らしながら苦笑した。
「そういう訳じゃないっすよ。調理担当とか下拵え担当とかで分かれてます。今朝は自分が当番だったってだけで、基本日替わりっす」
「ふぅん……じゃああの下拵えは別の子が?」
「そっすね」
「そっか」
頷きながら差し出してきたトレーをお礼を言って受け取る。
一人で全部やってたら過去の自分みたいになりそうだなと心配だったのだけど、そういう事にはならなそうだと内心で安堵した。
まあ先生やレイトがいるシャーレでそういう事はそもそもならないだろうけど。
そう一安心しながらテーブルに置いた器からは慣れ親しんだ味噌や滋味を感じさせる香りに満ち溢れた湯気が立ち上っていた。
「これ……百鬼夜行の味噌の香りだね」
一口に味噌汁と言っても自治区毎に特色がある訳だけど、自治区毎にやはり風味が違う。
生まれつき口にしてきたものともなると匂いで分かった。
器を手に取り、ずず、と味噌汁を啜り、やはり慣れ親しんでいた味に舌鼓を打つ。
「……本場そのものの味だよこれ。美味しい」
「おっ、そりゃよかった」
簡素に過ぎる私の感想に、今日の料理人の子はにかりと笑った。
「へへ。実は自分、"前のトコ"じゃ百鬼夜行だったんすよ。陰陽部お抱えの料理人でもあったんで、やっぱ慣れ親しんだ味を使いたくなるんすよね」
「あー……なるほど。"前"か……」
そうして、気を抜いていたところで投げ込まれた情報に、思わず反応が遅れた。
"前"―――つまり、前世のキヴォトス。
彼女が一度死に、滅びを迎えたキヴォトスでの話。
「その"前"では、私と話す機会は無かったの?」
「いやー無かったっすね。いま言ったように陰陽部お抱えで料理修行に忙しかったし、下手に関わって『原作』が変わるのが怖かったんで。あとキキョウさんに睨まれるの怖かったし」
「それ、本人が聞いたら余計眉間に皺が寄るよ。あれで怖がられるの気にしぃだから」
「ひぇ~。内緒でお願いします!」
「あははっ。分かったよ、私もキキョウの機嫌を無暗に損ねたくないしさ」
手早く調理を進めていきながらも悲鳴を上げる料理人の子に、器用だなぁと苦笑しながら了承する。
そもそもキキョウからすれば初対面の子にどうして怖がられるのかって話だし、"前世"どうこうの話をするわけにもいかないから、伝える選択肢は元から無いのだけど。
「ただでさえ最近レイトさんの事でイライラしてるから私も刺激したくないんだよねぇ」
「あーあの人の……いや、なんで? あの二人って仲悪いんです?」
「んー? んー……」
野菜を炒めながら横目で見てきた彼女に、啜った味噌汁を飲み込んでから応じる。
「キキョウはナグサや百花繚乱のみんなの事が大好きだからね。自分にとって大切な人達に、男の影があると思って警戒してるんだよ。私の事情を知ってるのナグサ以外だとレイトさんだけだしね」
「あーナルホド」
「あとせっかくの継承戦の立ち合いを自分は見届けられなかったのにって妬いてる部分もあるかも」
「あーありそう。『原作』だとキキョウと先生が立ち会ってたっすからねぇ」
肉を突っ込み、ジャーッ! と油で焼く音を立てて炒め物を作りつつ彼女が言う。
その内容に、私は微妙な表情になった。
「……正直、受け止め切れてないんだよね。『原作』どうこうっての。いや一番は滅びがどうこうに関してだけど」
「アーマーソレハー……ハイ、デスヨネ」
カクカク、と動作がぎこちなくなりながらカタコトの反応が返された。
あまりに素直なその反応に、こちらも気が抜けてくる。
「……別に怒ってる訳じゃないよ。そりゃ驚いたし、私の内心とか事情とか色々察さられてる事には思う所も無いわけじゃないけどさ。気にしない事にしてる」
「あ、あははー……そうしてもらえると助かります……ちなみに、気にしない理由って何かあったりします?」
「そりゃあまあ」
手早く次の炒め物に取り掛かりながら問い掛けてくる少女に、味噌汁を飲み切った私はトレーをカウンターに乗せながら口を開いた。
「
「居なかったですね」
「だからだよ。今ここに生きてる私の感情とか苦悩とか、それらを越えた想いは私だけのもので、それは誰にも知られてないって事だからさ。あなた達が知ってるのは私じゃない"七稜アヤメ"の事だから、じゃあいいかなって」
私は元々多くの人が形作る"みんなの委員長"という偶像に苦しんでいた。
今はそれが自分の行動の結果で、もっと自分が意思表示してればって思う部分もあるが、それもその苦しみを越えたから思える事。
私は、私自身を見て欲しかった。
私の知らない"私"を作って、あるいは頑張ってる姿が七稜アヤメの全てだと思って欲しくなかった。疲れている時、やる気が出ないだってあるのだから。
だからこそ、『原作』や"前"のことをあの掲示板で知った時は、忌避感が物凄かった。
でも、レイトが居ないと知って、クズノハによる立ち合いやナグサとの継承戦の時期、結果も違うと知って、少し落ち着けたのも事実だった。
彼女達が知っているのは私じゃない"私"。
ならその差異こそが私の唯一性であり、私は生きた存在なんだと。
ただの物語の登場人物ではないのだと。
その証明だと思うのだ。
「だから少なくとも先生やあなた達に対しての忌避感はそんなに無いよ」
「そ、それは良かった……でもちょっとはあるんすね」
「いやまあ……自分の知らないところで自分の事を凄く知られてたりすぐ共有されるって思うと、ちょっと」
「デスヨネごめんなさい!!!」
正直細部は違えど苦悩してた事やその経緯を知られてるだけでも結構キツいなぁと思いながらぶっちゃけた瞬間、料理人の子が頭を下げて謝ってきた。
思わず笑みが零れてしまうくらいには純粋なところがある子だと思った。
そんな彼女を宥めてる間に朝食の時間が近付いてきて、SRTの子達や他の転生生徒達、先生も顔を出してきた。
昨夜の事なんて知る由もないSRTの子達とも挨拶を交わし、転生生徒達の微妙な距離の測りようを感じつつ、私は厨房から貰った定食のトレーを手に先生の下に向かった。
「おはよう、先生。隣いい?」
"あ、うん。いいけど……"
「なんかよくなさそうな反応だね」
"いや……アヤメは嫌じゃないのかなーって。ほら、昨夜のアレがあったし……"
隣に腰掛けた私を見ながら、先生も他の子達と同じように距離を測るような顔を浮かべた。
違いがあるとすれば、転生生徒達は何かを恐れているのに対し、先生はこちらを慮っている点か。
多分生徒達は『原作』が崩れた事、ネームドらしい自分が踏み込んできた事に恐怖している。
しかし先生は、そんな状況なのに目の前の生徒の事を気にしている。
ふ、と笑みが零れた。
「あの子達が知っているのはここにいる魔眼を持つ私の事じゃない。先生達の事情に驚きや混乱はあったけど、今はもう大丈夫だよ」
"そ、そう?"
「うん、大丈夫」
本当はまだ困惑はあるのだけど、それを言っても余計に心配させるだけだ。
レイトに電話した事もまだ言えない。
だから私は、とにかく自分は大丈夫だと伝える事に終始した。
先生はあんまり納得してなさそうな顔で、それでも本人が言うのならと、一先ず飲み込む事にしたようだった。
そういう大人な対応が今は有難い。
とはいえ、これだけではあまり説得力が無いだろうし、ちょっとだけおどけておこう。
「まあ強いて言えば、レイトさんに呪いを掛けてた事でクズノハには腹が立ってるかな。やってる事が7年前の花鳥風月部のそれに近いと思うからちょっと受け入れがたいよ」
"あー……"
おどけて、とは言っても本心ではあるのだけど。
いや本当に、後輩達―――つまり私やナグサ、範囲が広ければ百花繚乱、ともすれば百鬼夜行生徒を悲しませれば『死後魂が壊れるまで呪う』だなんて、どうしてそんな事をしようと考えたのか理解に苦しむ。
……一番理解できないのは、それを言われても尚、彼は考えてる事を変えようとしなかった事なのだけど。
昨夜の電話の時に聞いておくべきだったかと今更ながらに後悔の念が頭を擡げ始めてきた。
それを振り払うために、私は定食のおかずを口に運んで食べる事に集中し始める。
"私の気のせいかもだけど、クズノハってなんだかレイトの事をよく知ってる感じがするね"
しかし先生はその集中を乱してきた。
気になる人の名前が二人分も出てきたら流石にスルーは出来ない。普通に失礼だし。
そんなわけで咀嚼していた食べ物をごくんと嚥下してから、私は先生の言葉にうなずいた。
「それは私も思ってたよ。私とナグサの継承戦が終わった後に、性格上聞いてしまったら断れないだろうとかで百花繚乱や百鬼夜行の事を頼むとか言ってたんだよね」
"レイトの性格を把握してるって事は相当だね……いや、大預言者ならそれくらい当たり前なのかな……? ナグサやアヤメの事も訳知り風だったみたいだし"
「うーん……そもそもレイトさんの方もクズノハの事を知ってる風だったんだよね。もしかしたら過去に会ってたのかも」
言いながら脳裏に浮かべるのは、継承戦の立ち合いにクズノハが名乗りを上げてきた時のこと。
部屋の風景が一変してクズノハが現れたあの時、一番に声を上げたのは彼だった。
―――クズノハか、と。
直前の事後処理の会議の中でクズノハの特徴を話していたからそこから類推して名前を言ったのでも辻褄は合う。実際今まで私はそう思っていたし、特に疑問を呈さなかったナグサも多分同じ予想をしていたのだと思う。
しかしその割には、あの二人の間には何かしらの相互理解があるように感じられた。
「私とナグサの継承戦を見てる間だけでそこまで仲良くなれるとも思えないしなぁ……」
"レイトもだけどクズノハはレイト以上に仲良くなるのに人を選びそうだよね"
「そもそもクズノハは会える人がそうそういないという問題があるよ。簡単に会えたら私あんなに苦労してない」
"ああ、そうだったねぇ……"
苛立たしく思いながらの私の言葉に先生は苦笑を浮かべた。
きっと内心では"でも掲示板に出て来てるんだよねぇ……"と考えているに違いない。
まあ私も考えているんだけども。
あの大預言者は暇なのか。
……暇なんだろうな、全然人が辿り着ける場所じゃないし。
そもそも物理的にはとっくにあの寺院なんてボロボロで原形留めてないし。
そんな過去の苦い記憶を振り返りながらずず、と味噌汁を啜っていると、ヴヴヴ、という振動音が耳朶を打った。
その振動は先生の方から聞こえて来ていた。
"あ、ごめん。私の端末だ"
そう謝罪する先生に、味噌汁を口に含んでいた私は軽く首を横に振って気にしてない事を伝える。
ありがとう、と微笑んだ先生は、シッテムの箱とは違う携帯端末を取り出して画面を見た。
私にも見えたその画面には『黒見セリカ』と表示されていた。
"セリカ……?"
―――瞬間、食堂の気配が集中した。
厳密には、転生生徒達の意識がこちらに向いた。
セリカ。もとい、アビドスからの連絡。
彼女達が掲示板で話していた『原作』に通ずるものかもしれないという考えが手に取るように分かった。
「―――んぐ。こんな時間に連絡って、何かあったのかな」
"かもしれない。ちょっと離れるね"
「はーい」
電話のためにさっと席を立って食堂を離れていく先生の背を、転生生徒達が気が気でないように目で追っていた。
空気が変わった事を察しながらもその理由までは分からなくて困惑するSRTの子達も、彼女達に倣うように目で追っていた。
その光景を見ながら、私はまた味噌汁を啜る。
―――なんとなく、だが。
嵐の予感がした。
・厨房にいた転生少女
いつだったかの掲示板にも出てた元陰陽部お抱え料理人
「~っす」は目上の相手だけど畏まる場ではない時に使うです、ます口調を崩した口癖
現状アヤメと一番会話していて仲が良い転生生徒
挙動不審だったのはアヤメが推しの一人で緊張していたから
・七稜アヤメ
『原作の七稜アヤメ』とは違うからと吹っ切れた魔眼の使い手
『原作』だと魔眼を持ってないしレイトと会ってないしで色々と差異があるので、自分の事を知られてると言ってもそれは完全に違う人の事だと割り切った
割り切れてなかったらシャーレもストレスフルな環境に感じていただろう