ブルアカ転生記譚   作:背教者

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今話はセリカ→ワカモ視点です
AI絵が複数あります



Vol.EX 特殊作戦デカグラマトン 知恵と砂漠の鉄蛇編
アビドス防衛線


 

 

 

 その日も、いつもと変わらない一日が始まる筈だった。

 

 

 

 アビドス高等学校に進学してから半月と少し。

 ほぼ毎日のようにあった不良達への襲撃も二日に一回くらいに落ち着いて、屯していた不良達も少しずつ数が減って、住民のみんなもやっと安心できる日が近づいてきたと顔色を明るくし始めた今日この頃。

 みんなの笑顔のために。なにより、このアビドスを喪わないために今日も頑張ろうと気合を入れて登校した私は、校舎の中のある一室へと足を運んだ。

 

 『アビドス廃校対策委員会室』。

 

 私がアビドスに入学してから発足した委員会、その本部。

 今や唯一となった委員会の教室だった。

 

「おはようございまーす」

 

 ガララと扉のスライド音と共に挨拶しながら入室する。

 時刻はまだ7時前で、結構早い。連邦生徒会が定める学習時間の始業までには一時間以上もある。

 それでも教室には既に先客があった。

 机を寄り合わせた中の一つの席について何かを読んでいた先客が顔を上げて、私を見て、あっと声を上げて微笑んだ。

 

「おはようセリカちゃん。今日も早いね」

「アヤネちゃんだって早いじゃん。進学してからまだ一度も早く登校出来た試しが無いんだけど?」

「あはは、たまたまだよ。流石に入学したばかりで遅刻はね」

「まー気持ちは分かるわ」

 

 私の同意に、微苦笑を浮かべる少女は奥空アヤネ。

 アビドス公立第一中学校に通っていた同級生で、他の自治区へと進学も出来ただろうに私と同じくアビドスに進学を決めた友人だった。

 

 正直借金がある上に砂漠化が進んで久しいアビドスに進学する子なんて自分くらいだと思っていたから、入学式で顔を合わせた時は驚いたものだ。

 中学に居た頃も親しくはあったけど、みんな進学先をどうするかは聞かないのが暗黙の了解だった。

 生まれ育った土地だ。

 それを守り続けているところに進まないのはどうなのか……という思いは誰しもあった。

 

「レイト先輩は?」

「仮眠室だよ。多分もう少ししたら起きてくると思う」

「そっか」

 

 けれど―――もし進んだ時、どれだけ苦しい事になるかは想像に難くなかった。

 

 キヴォトスでも有名な人の10年は、地元民が一番よく知っている。

 

 その結果が今である事も。

 

 だから誰も進学については話にしなかった。

 同じ悩みをみんな持っていて、それに明確に答えを出せる子なんて居なかったから。

 正直なところ、結果的にアビドス高等学校へ進学した私ですら、これで良かったのかと毎日自問自答し続けている。

 借金は着実に減っている。不良は減り、治安も改善してきている。

 

 でも、その後は?

 

 原因不明の砂漠化なんて私達がどうこう出来る問題なのか?

 何十年もの間、原因が分からない事に今更答えを出せるのだろうか?

 

 借金を取り立ててばかりで、大人達は何も対策を打ち出そうとしないのに。

 

「……先輩、昨日当番だったのに警邏してたんだね」

「そうみたい」

 

 そんな中、先輩がシャーレの先生という大人と出会って。

 

 

 ―――"初めましてだね。シャーレの先生です、よろしくね"

 

 

 ひょんな事から社会科見学の一環として先輩の仕事がてら、その人に会う事になって。

 

 

 ―――"私は、あの子が努力し続ける限り、あの子の夢を応援します"

 

 

 忍者なんて、と内心思っていた私と違って、本気で努力しているなら応援すると言ってのけた姿を見て。

 この短期間でシャーレに協力していた理由を朧気ながらに察した。

 アビドスの先が見えないのはきっと先輩も同じ。だから多分、シャーレの先生を頼ろうとしてるんだろうなって。

 連邦生徒会にはいくら訴えかけても意味が無かったから。

 ……いくら連邦生徒会長肝入りで呼ばれた人だからって、砂漠化なんて自然現象をどうにか出来るとも思えないけど。

 

「セリカちゃんは先生と会ってたよね」

「ん……まあ、ね。ふわふわしてる人だったわ」

「言ってたねー。私も早く会ってみたい」

「早くって言ってもすぐじゃない。確か次の社会科見学ってアヤネちゃんだし、明後日でしょ?」

「うん、ミレニアム。レイト先輩が技術面を伸ばせるだろうからって」

 

 言いながらアヤネちゃんが手元の開きっぱなしだった本を見せてくる。何を読んでいるのかと思えば、設備点検等に関する技術書だった。

 

「あー……そういえば今のインフラ整備って」

「私担当だよ。先輩からも『既に俺より上手い』って太鼓判貰ってるの」

「手に職ってやつよね。私もなんか出来るようにならないとかなぁ……」

 

 自分の席に着きながらボヤく。

 彼女は現在、アビドスの校舎だけでなく住民からの修理依頼を受け持っていた。

 専門の業者と違って無料だから頼られる。それだけで稼ぎにはなってないけど、でも日々の生活には欠かせなくて、その働きがあるから住民からのアヤネちゃんへの信頼は日々募りつつあった。

 そんな彼女に比べれば、借金返済ではアルバイトで貢献してる訳だけど、学生が一人で稼げる学なんて多寡が知れている。学校の防衛はみんなでやっている事だから誇れる事でもない。

 

 私は本当にアビドスに貢献できているのだろうかと、最近は煩悶し続けている。

 

 この短期間で同級生は明確に結果を出している。

 先輩達は言わずもがなで、レイト先輩はその筆頭だ。

 

「私も賞金稼ぎをするべきかな……」

 

 ぽつりと零れた私の懊悩。

 

 

「―――あんたにはまだ早いわよ」

 

 

 それに、厳しい声音の否定が返されて、私は思わず顔を顰めた。

 否定に対してだけでなく。

 その声の主に、思う所があったから。

 

「げ。この声は……」

「おはようございます、セリア先輩」

「おはよう、アヤネ。今日も早いわね」

 

 アヤネちゃんの挨拶に(いら)えを返す、私に似てるけど私のじゃない声の主に、私は苦い顔を向けた。

 教室に新たに入ってきたのは私に似た容姿の人物だった。

 その人物はポニーテールで、私よりずっと背が高くて、教室内だけどタクティカルベストの上に黒コートを着込んだ武装状態で、黒基調の無骨な銃を持っていた。

 その人の名は、黒見セリア。

 私と同じ苗字で、瓜二つの容姿だけど、まったく姉妹ではないアビドスの二年生である。

 

 

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「それで、あんたねぇ。げ、とはご挨拶ね。げ、とは。いい加減慣れなさいよ」

「いや……ちょっとまだ、違和感があるというか。逆にあんた……セリア先輩は私を見て思う所とか無いの?」

「別に。生き別れの姉妹くらい似てるとは思うけど、結局は他人だから」

「あはは……なんていうか……」

「あの先輩にしてこの先輩(こうはい)ありだわ……」

「だねぇ……」

 

 バッサリと言って捨てるセリア先輩に、アヤネちゃんは苦笑して、私は頭を振って息を吐いた。

 

 確かに彼女が言うように生き別れの姉妹くらい私達は似ている。

 でも私はそんなの知らないし、親に確認しても生んだのは私一人だったので、生き別れの姉妹だとかそういう訳ではなかった。

 だからまあ他人なのは確かだし、いつまでも引っかかってる私の方がおかしいのかもだけど……

 なんだかなぁとも思うのだ。

 

「おはようございます~」

「おはよう……二人とも、いつも早いね。セリアもおはよう」

「おはようシロコ。ノノミもおはよう」

「はい、おはようございます」

 

 なんとも言えない気持ちで机に突っ伏していると、更に二人、新たに教室に入ってきた。

 ほんわかした挨拶をしたのが二年生の十六夜ノノミ。

 物静かな雰囲気で挨拶したのが同じく二年生の砂狼シロコ。

 ここにレイトを加えた六人が、アビドスに在籍する全生徒だった。自主的に留年しているあの人を除く純粋な現役生徒はここに揃った五人である。セリア先輩は17歳で本来三年生のところが訳あって二年生らしいのだけど。

 ……本当に限界な学校だなと思った。

 

「おはようございます、ノノミ先輩、シロコ先輩」

「おはようございまーす」

「ん。レイト先輩は……仮眠室?」

「そうですね。昨夜も警邏されてたみたいで」

「あら……あまり無理をされてないといいんですけど。先週辺りは特にお疲れでしたし」

 

 眉をハの字にして物憂げにノノミ先輩が言った。

 その気持ちは私も同じだった。

 当時は毎日襲撃があったし、その分だけ弾薬の消費も凄まじかった。それの補給のためにD.U.地区まで装甲車を持ってるレイト先輩は動いていた。

 それと並行してシャーレに協力してSRTの廃校に貢献したり、借金返済のために傭兵稼業もこなしたり、自治区運営で欠かせない書類仕事をこなしたり……

 生活サイクルはバラバラだろうし纏まった睡眠が取れてるのか疑問だ。

 昔から疑問だったけど自分の時間を持ててるのだろうか?

 

「もうちょっと私達を頼ってもいいと思うのよね……そりゃ、先輩にしか出来ない事ばかりだったのは分かるけどさ」

「傭兵稼業は下手しなくてもヴァルキューレに捕まりかねないし、賞金首を捕まえるのもあまり派手にやり過ぎるとこっちもお咎め食らうから他自治区じゃ難しいとはいえね……」

 

 私のボヤきに、セリア先輩が同調してきた。

 一方的に私が隔意を持ってるだけで、基本的にセリア先輩と私の思考回路は同じだと最近何となく分かってきた。だから何かに対して思う事は大抵同意見になる。

 

「やっぱり、借金を一気に返せたら負担は減る。だから私から一案がある。あの計画をいよいよ実行に移すべき」

 

 ギラッと目を光らせたシロコ先輩が、自信満々な様子で懐から使い込まれている手帳を取り出した。

 それを見て、またか、と私達は苦笑した。真面目気質なアヤネちゃんは頭を抱えてすらいる。

 シロコ先輩はなぜか銀行強盗をしようと事ある毎に提案してくるのだ。ただレイト先輩がいない時を狙ってる辺り、それが許されない事だとは分かっているらしい。

 分かっているのにしたがるのはこう……私より年上の筈なんだけど、子供っぽく感じる部分だった。

 だからこそ親しみを持てる訳でもあるのだけど。

 

「一応聞くけど、シロコ。あんた何を言おうとしてる?」

「それは勿論、銀行強盗をするべきと―――」

 

 

「却って負担が増えるからやめろ」

 

 

 セリア先輩の問いに、シロコ先輩が予想通りの答えを言おうとしたその最中、それを遮るように男性の声が割って入った。

 声がした方―――対策委員会室の出入り口を見れば、やや疲れを滲ませた寝起き顔のレイト先輩が入ってくるところだった。

 

「ん……レイト先輩……」

 

 彼の姿を見た途端、意気揚々としていたシロコ先輩が耳をぺしょりと畳んで肩を落としていた。

 鬼の居ぬ間に、とばかりの腹案も即座に潰されて気落ちしたようだった。

 

 まあでも……銀行強盗なんて、そりゃレイト先輩に認められる訳がない。

 賞金首を捕まえる事は半ば連邦生徒会にも奨励されている事だけど、法的に認められている訳じゃない。勝手な戦闘行為は基本咎められるし自分の学園以外の自治区でやれば処罰対象にすらなり得る。犯罪者を捕まえるのは基本的にその自治区の治安維持組織の仕事なのだ。

 つまり無許可での戦闘行為になる訳で、そういう事を続けていれば目を付けられ、排斥される。

 最悪所属学園と問題を起こした自治区の学園との仲が悪くなる等の校際問題になる。

 そうなればその自治区に賞金首が逃げ込んだ時に捕まえられなくなって、それまでに要した時間や労力、出費は無駄になる。

 だからレイト先輩は都度許可を取り続けて、各治安維持組織と信頼を構築してきた。

 SRTとすら関係を持てるくらい、彼は法が許す範疇と逸脱のラインを厳しく見極めてきた。傭兵稼業をしても咎められないギリギリのラインを。

 

 そのレイト先輩が、犯罪行為を許すはずもなくて。

 

「砂狼。その手帳を渡せ」

「え……えと……」

「隠すな。渡せ」

「…………はい……」

 

 おそらくはターゲットの銀行の情報が綿密に記されているのだろう手帳を見咎められたシロコ先輩は、レイト先輩の圧に抗おうとしたけど結局できず、しょもしょもとした顔で手帳を取り上げられた。

 パラパラと、先輩が中を検分する間、教室は張り詰めた空気で満ちていた。

 別に悪くない私達ですら息を呑み、身動きが取れない。

 

「……よくこれほど調べ上げたな」

 

 張り詰めた教室で次に彼が口にしたのは称賛だった。

 意外に思っている私や多分同じ気持ちだろうノノミ先輩達を他所に、彼は言葉を続けていく。

 

「ここまで拠点を調べ上げる手法は教えていない。独学か?」

「ん……それは、その。シミュレーションを繰り返して、分からない事を埋めるように探していったら自然と……だから独学、かも」

「……これを調べ上げるのに掛けた日数は?」

「2日くらい、かな。でもまだ十分じゃない……」

「……そうか」

 

 その問答からも暫くパラパラと手帳を見ていった後、パタンと閉じたそれを、彼はシロコ先輩に差し出した。

 

「……返してくれるの?」

「取り上げたところで意味はないからな。シミュレーションまでなら趣味の範疇だ……だがそれを落とすなよ。問題になる」

「ん……」

 

 そう言った彼の手から手帳を恐る恐る受け取るシロコ先輩。

 そんな彼女に、レイト先輩が言葉を掛けた。

 

「砂狼。以前から言っているように、強盗は犯罪だ。仮に実行すれば俺は法に則りお前をヴァルキューレに突き出す。奪った金も返済には一円たりとも使わない。何故か分かるか?」

「ん……アビドスのために、ならないから」

「そうだ。むしろ喪うことになる」

 

 キッパリと、厳しい声音で言われたシロコ先輩が肩を落とした。

 そんな彼女に、「だが」とレイト先輩が続ける。

 

「お前のそのシミュレーションと情報収集能力は類まれなものだ。それを犯罪に使うか、真っ当に使うかはお前次第になる。出来れば、俺の仕事で使って欲しいところだが」

「……先輩の仕事に?」

「お前ももう2年生で、俺は2留目だ。いい加減引継ぎをしなければならない。学校が襲撃されてさえなければ傭兵稼業に連れ回していた。そしてお前のその情報収集能力は、傭兵稼業で腐る事はない」

「そうなの?」

「ああ。戦いは常に情報を集め、その量と精度が勝敗を分ける…………俺が欲しいくらいだ、そのレベルの能力は」

 

 絞り出すように、やや切実にも聞こえる声音で最後に付け足された辺り、本気で羨ましがっているらしかった。

 レイト先輩が何かを切望する姿は初めて見たからびっくりした。

 それはシロコ先輩も同じだったようで、驚いた顔で彼を見上げていた。

 

「……じゃあ、今度連れて行って」

「襲撃が無くなればな。遅くとも社会科見学の時には――――」

 

 

 

 

 ―――ォォォォオオオオオオオン!!!!!!!

 

 

 

 

 その時、どこからか遠吠えが聞こえてきた。ビリビリと大気が震え、机や窓がガタガタと震えた。

 

「今のって……」

「鉄蛇だ、しかもそう遠くないなこれは」

 

 私の呟きを拾うように言ったレイト先輩は即座に教室隅のガンラックへと走り寄って、立てかけていた機構銃や散弾銃、盾を手に取った。

 それを見て、私も動かなきゃと衝き動かされるように席を立つ。

 砂漠の鉄蛇―――それはアビドス育ちなら誰もが知る脅威だ。それと戦わなければならないと分かっているからこそ、使命感にも似た想いが私の中にあった。

 同じように慌てて本を閉じたアヤネちゃんが声を上げた。

 

「て、鉄蛇って、あの砂漠の鉄蛇ですよね!? こういう時って私達はどう動けば!?」

「今から指示を出す。奥空、白銀(はくぎん)条約については知っているな? それ案件だと二校に連絡を入れた後、連絡係としてここに残れ。他四人は避難誘導に動け。俺はバイクでアレを誘導する」

「なっ―――まさか先輩、一人でアレを相手にする気!?」

 

 慌てる私達を落ち着かせるように淡々と指示を出す先輩だったが、その内容に私は耳を疑った。

 確かに去年の襲撃時もシロコ先輩達が避難誘導していたし、放送があるにしても逃げ遅れた人とか居ないかの確認も必要だからそちらに人員を割くべきなのは分かる。

 でも―――あんな巨大な機械を相手に、一人で戦うのはいくら何でも無茶だとしか思えなかった。

 

 そんな私の問いに、しかし取り合うこともなく先輩が懐から取り出した端末を操作した。

 

 途端、ウ―――!!! と聞き馴染んでしまった警報音がアビドス中で鳴り響き始める。

 砂漠の鉄蛇が確認された時に発令される『鉄蛇警報』のサイレンだった。

 

『鉄蛇警報発令、鉄蛇警報発令。市民はシェルターへ急ぎ避難してください。繰り返します―――』

 

 サイレンの後、柔らかな女性の声で避難勧告のアナウンスが放送される。

 同時にスリープモードだった端末も震え始める。画面を見れば、鉄蛇がどこにいるかの地図と避難先候補のシェルターが表示されている。

 思っていたより鉄蛇は市街地に近かった。いつもそうだったかは分からないが。

 いや、それはともかく―――

 

「ちょっと先輩、一人でって本気なの!?」

「走ってどうにか出来る相手ではないからな―――ん?」

 

 私の訴えに取り合わず、端末を操作していた先輩がふと訝しむ声を上げた。

 顔を見れば、厳めしい顔の眉間を寄せて険しい面持ちになっていた。

 

「ど、どうしたの?」

「……警戒網のカメラがヘルメット団の集団を捉えた。ここから北に5km地点……こちらに向かってきている」

「はぁ!? こんな時にあいつら来てるの!?」

「あらら……そこまでアビドスの校舎を奪いたいんですね」

「執念深すぎるでしょ……もう怖いんだけど……」

「ここ奪えても学籍とか無いから意味ないのにね……」

 

 私の驚愕に、ノノミ先輩、セリア先輩、シロコ先輩が続く。去年鉄蛇を相手にしてきた先輩達は特にこの危険な状況で襲撃を仕掛けてくる考えは理解できないんだろう。

 いや、未経験の私でも理解できないけど。

 仮に校舎を奪ったところで撃退出来ないと普通に危険なんだけど……

 もしかして鉄蛇は私達に相手させて、安全になったところを奪う気でいるんだろうか。

 だとしたらとんでもない火事場泥棒の根性である。

 

「ちょ、ちょっと待ってください……! 他のカメラにもヘルメット団が映ってます! これ、総人数は100を軽く超えてますよ!」

「何よその数!?」

 

 遅れて確認したらしいアヤネちゃんも、タブレットを見て悲鳴を上げた。

 画面をのぞき込めば、幾つも分割されたカメラ映像のどれもこれもにヘルメットを被って武装した少女達の姿があった。

 

 その中の一つのカメラに、赤いヘルメットとジャージを着た少女が気付いたらしく目が合った。

 その少女が、軽く手を振った後、担いでいたショットガンを構え――発砲。

 カメラ映像が一つ途絶えた。

 

「あいつ、挑発したわね……!?」

「セリカちゃん、落ち着いて! いま冷静じゃなくなったら本当にマズいよ! レイト先輩、どうしましょう……?」

 

 フーッ! と気が昂る私の背中を摩って落ち着かせてきたアヤネちゃんが、そう問いを投げた。

 実際どうするべきなのか。

 いや―――これは、どうにか出来る状況なのだろうか。

 

 

「―――改めて指示を出す」

 

 

 そんな諦めにも似た考えが浮かんだ私の耳朶を、揺らぎのない声が叩いた。

 

「奥空はさっき言ったように二校に連絡。それが済んだ後は、全員校舎の防衛時と同じように動け。俺はバイクで鉄蛇を誘導する」

「市民の避難誘導はどうするの?」

 

 改めて下された指示に対して抱いた全く同じ疑問をセリア先輩が投げた。

 

「それに関してはこちらで何とかする。行くぞ!」

 

 そう言って、レイト先輩は踵を返した。それ以上の指示は無いという事だ。

 結局鉄蛇を先輩一人で相手にする事になった。しかも避難誘導にまで手を割いてまで、こちらには校舎の防衛に集中させようと。

 それがどうにも納得いかなくて。

 でもそれは、助けになれるほどの力も持ってない自分の無力のせいで。

 歯痒かった。

 

「何してんのよあんた、早く来なさい! 今からでも即席のバリケード作るわよ!」

「ッ、言われなくてもわかってるわよ!」

 

 セリア先輩の怒鳴り声に、私も怒鳴り返して、一先ず思考を横に置いた。

 たったの5kmなんてバリケードを作ってる間にも埋められる。それくらい分かっていた。苛立ち混じりにガンラックから自分の銃を取り出して、予備の弾薬を詰め込んだバッグを肩に掛け、対策委員会室を飛び出した。

 みんなの後を追って下駄箱で靴を履き替えた私は、使いもしない運動用具だのボロボロになった机だのを引っ張り出して校門などの入り口に並べ、手早く固定。即席のバリケードを作る。

 といっても手榴弾やグレネードをぶち込まれたら一発で壊れそうなくらい脆いものだけど……

 それでも敵の進軍を遅くできるから意味はある。

 

 そうして後は迎え撃つだけになった段階で、ふと不安に駆られた。

 

 ―――これ、凌ぎ切っても助けに行けないんじゃ、と。

 

 武器や残弾、物資の計算の上では多分ヘルメット団には勝てる。先輩が昨日補給してくれたから潤沢とは言えないがそれでも十分余裕がある。

 でも多分ギリギリだ。

 そしてそれは、互いに全力を出した上での辛勝という結果だろう。

 弾は勿論、時間も限りなく使った上での結果。鎬を削るという表現が正しい筈だ。

 

 その末に、果たして私達は鉄蛇と戦う先輩の下へ向かえるか?

 

 それ以前に先輩が無事な間に助けに向かえるのか?

 

 地元民だから『白銀条約』の事は知っている。今までだって避難誘導に人員を割きこそすれ住民も慣れているからそれはすぐに終わって加勢に向かえていた筈だ。

 でも今回は校舎の防衛があってすぐには駆け付けられない。

 長時間の単独戦闘を強いられて、果たして無事でいられるのか?

 太さが大規模なビルほどもある鉄蛇に?

 

 先輩なら無事だ、と―――無責任には思えなかった。

 

 じゃあどうすれば変わるのかと考える。

 やりたい事は助けに向かう事。必要なのは時短のための戦力で、必須なのは鉄蛇と戦うだけの物資。

 それらで頼れる場所は―――

 

 

"辛かったら、誰かに頼るんだよ"

 

 

 その瞬間、脳裏に声が蘇った。

 百鬼夜行で聞いた言葉。辛い事情があって、でもそれに抗うと決断したアヤメさんに向けて送られた先生の言葉だ。

 その言葉はあくまでアヤメさんに向けられたもの。私に向けられたものじゃない。

 

 でも先生なら、もしかしたら―――

 

 先生は『大人』だ。

 ほんの少ししか関わってない相手に、こんな期待を抱くなんて私らしくない。

 ……でも。

 私が頼れる中でこの状況を打破できそうなのはこの人しかいない。

 

 そう判断した時には、私はもう端末を取り出して、先日交わした連絡先へとコールしていた。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイレンが鳴り響き、人が慌ただしく行き交うようになった道を眼下に収めながら情報を集めていると、懐に入れていた携帯端末が振動し始めた。

 こんな時に誰がと思って取り出せば。

 画面には、愛しい人の名前が表示されていた。

 

「あら……噂をすれば影、ですね」

 

 ほう、と。熱を帯びていると自覚できる息を吐き、一息入れてからコールに応じた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『―――出てくれたか。すまない、こんな状況で電話して』

「問題ありません。あなた様からのコールでしたらいつでもお受け致します」

『そうか。早速で悪いが本題に入るぞ』

「お聞かせください」

 

 想いを乗せた言葉も、さらりと流される。

 非常事態故の余裕の無さ、あるいは焦り故―――というわけではなくて。これがいつもの事だった。

 こちらが想いの言の葉を紡ぐことも。

 それに含まれた想いを知ってか知らずか流すことも。

 悲しいほどの日常だった。

 

『サイレン通り鉄蛇が来た。だが、同時にヘルメット団の集団も重なった』

「存じております。丁度その情報を集めておりましたので……こちらで一掃しましょうか?」

『いや。それより市民の避難誘導を頼みたい。砂狼達は校舎の防衛に回したからそこまで手が回らない』

 

 告げられた内容に、僅かに眉を顰める。

 

「それは……あなた様は、お一人で鉄蛇に?」

『ああ。バイクの機動力も盾の守りも、どちらも一人しか使えないからな』

「…………そうですか」

 

 時間がないにも関わらずの問いかけにそれでも答えて頂けたのは彼なりの誠意の表れ。

 偽りなく、本心の言葉だろう。

 

 だからこそ―――嗚呼、だからこそ。

 

 悲痛が私の胸を襲った。

 二つの戦端が重なった事や戦力を分けなければならなくなった事はただの偶然かもしれない。

 それでも咄嗟に出た判断がそれなのは……

 なんとも、やりきれない。

 ……それを防げただろう立場故に、それを言う資格も、彼を責める資格も己は持たないのだけれど。

 

「―――承りました。(わたくし)の身命を賭して、市民の避難誘導を完遂致します」

 

 その悔恨と苦痛を飲み込んで、私は答えを返した。

 

『……気概は買うが、軽々しく命を懸けるな』

 

 こちらの返答に苦々しい声音で苦言を呈された。

 ―――このやり取りも、いつからか慣れたものだった。

 私は本気だ。

 本気だからこそ、いつも苦言を呈されてきた。

 懐かしさが胸中に去来した。

 

『ともあれ、頼んだぞ』

「はい、お任せくだ―――……もう切られましたか。余韻にも浸らせて頂けないとは……相変わらず、ですわね」

 

 こちらの返事を聞いてすぐに切られたらしく、返事をする間に通話は終わっていた。

 その性急さに苦笑が漏れる。

 これにも懐かしさを感じた。

 

 ―――あの方が私を見れなくなったのは、何時からだったか。

 

 考えるまでもなかった。

 

「ええ、そうです……人は、喪ってから気付くものですからね……」

 

 防げたはずの喪失だった。

 

 私が背負うべき罪だった。

 

 留守を任された私こそが。

 

 

 

 ―――二度と繰り返しはしない。

 

 

 

 あの方が『白銀条約』を構築したように、私も一年の雌伏の時を経て構築した力がある。

 まだ出来上がって間もないが。

 練度と密度は有象無象に負けていない。

 

 デスクに向かい、手早く必要なデータを打ち込んだ後、放送スイッチをオンにしてオフィスビルの全体放送を開始した。

 

 

「―――『エクスペンダブルプライド』アビドス支部の従業員およびメンバーの皆さん、社長のワカモです。これより社長権限を以て緊急依頼を発注致します」

 

 

 『エクスペンダブルプライド』*1

 

 それが私が卒業後に起業した企業の名前だ。

 業務内容はPMCのそれに近いが、実際は寄せられた依頼の中から登録された傭兵の実力に適したものを提示し、情報などのサポートを行うという毛色の違うものだ。

 最たる内容は賞金首の情報収集とそれのサポート。

 レイトさんのツテを最大限利用し、様々な自治区との協力体制も築き始めているため事業は安定軌道に向かっているところだった。

 収支に関しても問題ない。賞金首を登録メンバーが捕まえる度にこちらに支援金という名の報酬が支払われるし、懸賞金の幾らかが情報支援をしたこちらの取り分にもなっているからだ。非登録メンバーに掻っ攫わられなければプラスが出ると言っていい。

 情報収集には人件費が掛かるものだが、そこは連邦生徒会とヴァルキューレの情報網、レイトさんの各自治区の治安維持組織の情報網も使えるので殆ど抑えられているのも大きい。

 

 そうして短期間ながらそれなりの規模にもなり、リピーターによって登録メンバーも増えた。

 いまアビドスに居る者は決して多くはないが、避難誘導に限れば十分だ。

 

「依頼主はアビドス生徒会長、彼岸レイト様。内容は『アビドス自治区市民のシェルターへの避難誘導』。砂漠の鉄蛇襲来に際して行われるこの避難ですが、現在アビドス高等学校は周知されている数多の不良の集団に再度襲撃されており、避難誘導を行える状況にありません。よってこれより本依頼を発注致します。これは訓練ではありません。繰り返します、これは訓練ではありません。人命が懸かった任務になります」

 

 起業した理由は彼の賞金稼ぎのバックアップのためだが、勿論それだけではない。

 死者を出さない事。

 それがあの日―――2年前に犯した過ちに対する自分なりの贖いだった。

 

「依頼の詳細、報酬等についてはこれから各自の端末に送信する依頼書をご確認ください。受注される場合は平時のように受諾ボタンのクリックをお願いいたします。受諾されていない場合、避難誘導に参加されましても報酬のお渡しは出来かねますのでご注意ください。また参加されない場合、参加して避難誘導を行った後は速やかにシェルターへの避難をお願いします」

 

 注意事項を伝えた後、放送スイッチをオフに切り替え、依頼データを発信して息を吐く。

 それから踵を返し、手早く準備を始めた。

 執務用の衣服を脱ぎ、戦闘に特化した衣服に袖を通す。ヒールからコンバットブーツへ履き替える。パチリとハーネスを留め、使い古したコートを羽織った。

 そして姿見でおかしなところが無いかを確認した後、ガンラックへと足を向ける。

 

「……あの日、私は救えなかった。命も。心も」

 

 傭兵は替えが利く。

 誰にでも出来ることをしてくれる。

 けれどそういった人は誰かがしなければならない事を担えるし、誰かが出来ない事が出来る人だ。

 役割として替えは利いても、命に代えは無い。

 

 2年前。二人の命を取りこぼした。

 

 1年前。常に彼と二人で鉄蛇と対峙した。

 

 

 そして今―――彼は一人で対峙している。

 

 

 それはダメだ。

 私の勘が告げている。

 7年間共に在るソレも警鐘を鳴らしている。

 

 

 動かなければ、待つのは別離だと。

 

 

 2年前と同じ過ちを犯すか否か。その分水嶺が目の前に来ていた。

 

「今度こそ、守り切ります。大切なもの全てを」

 

 愛銃を手に取り、歩みを進める。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 嗅ぎ慣れた火薬の匂いがチリリと忘れ得ぬ記憶を焦がし始めていた。

 

 

*1
Expendableは消耗品、使い捨ての、替えが利くの意味。転じて傭兵のこと。つまり社名は『傭兵の誇り』を意味する






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 ・2年前の事件
 ・白銀条約
 ・エクスペンダブルプライド

・ワカモ
アビドスの卒業生にして若社長
レイトが立場的にホシノ枠であるのに対しこちらは精神的な原作ホシノ枠
ほぼレイトのコネ頼りの起業と業務内容ではあるが軌道に乗らせたのは実力
またアビドスきっての戦闘巧者
ちなみに『鉄蛇警報発令』のアナウンスの声の主
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・黒見セリア
セリカと瓜二つのアビドス二年生
とある事情により二年生だが17歳。レイトが居ない時のまとめ役でもある
黒見姓ではあるが姉妹という訳ではない
常にタクティカルベストと黒コートを着て銃を手放さない警戒態勢で、銃も愛用のものはあるが基本的にとっかえひっかえで何でも使う
立ち絵・表情差分
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・砂漠の鉄蛇
アビドスで警報が発令されるレベルの存在
答えはビナーだが正式名称をレイト達は知らないのでこの呼称で呼ばれる
出現時は警報発令でシェルターに避難、アビドス高校の生徒で迎撃に当たる事になっている

・2年前の事件
レイト、ワカモ両者の傷となっている事件
2人の命が喪われており、これを契機にレイトは白銀条約の締結、ワカモはエクスペンダブルプライドの設立に動いていた

白銀(はくぎん)条約
鉄蛇出現に際して関わってくるもの
正式名称は『ヘイローを有する白銀の鋼鉄兵器対策条約』
2年前の事件を契機にレイトが率先して動き締結させた
アビドス以外に二校が関わっている

・エクスペンダブルプライド
『傭兵の誇り』の意味を持つ会社
社長はワカモ。社訓は『誇りある選択を』
2年前の事件を契機にワカモが1年の雌伏の時を経て起業した会社で、作中でまだ一ヵ月も経ってない新進気鋭の企業
寄せられた依頼を登録傭兵の実力に合わせて提供して日銭を稼がせる職業斡旋のようなものをしているが、主な業務は連邦生徒会、ヴァルキューレ、各地の治安維持組織と提携しての賞金首捕縛業務。その一環で賞金首関連の情報を集め、レイトに提供してアビドス借金返済の助けをしている
要は企業版シャーレ+レイトの賞金稼ぎ・傭兵稼業を完全商業化したもの
イメージとしてはゲーム等の『ギルド』が最も近い
筆頭傭兵にレイト、セリアが名を連ねる
ちなみにセリアがセリカに対し「まだ早い」と言ったのはこの仕事全般
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