ブルアカ転生記譚   作:背教者

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今話はカヨコ視点だけです

柴大将の善性と過去はいくら盛っても良いと思ってます
あの傷と器のデカさ、ぜったいタダモンじゃねぇぜ……




柴関ラーメン爆破事件

 

 

 店長の後を追って入った柴関ラーメンの店内は個人経営にしては広く、さっぱりとしていて清潔感のある内装だった。

 厨房の壁に古めかしい長銃が掛けられているのも、どうしてか風情があるように感じられる。

 

「適当に腰掛けてくれ。実質貸し切りだからどこでも構わないよ」

「あ、じゃあ折角だしカウンター席行きましょう! カウンター席なら店長から受け取りやすいし!」

「アルちゃんがそう言うならそうしよっか」

「……ま、アルがそう言うなら」

「はい……あ、すみません、お手洗いってどちらでしょう……?」

「入り口から見て右の通路を左に曲がった突き当たりにあるぜ」

「あ、ありがとうございます」

 

 アルの提案に特に反対意見も無いので、私達は奥からアル、ムツキ、私、ハルカの順でカウンター席に座った。

 ハルカはトイレを我慢していたのかすぐ席を離れてしまったけれど、まあすぐ戻ってくるだろう。

 

「湯を沸かさないとだからちょっと待ってくれな。その間に注文なににするか考えておいてくれ」

「はーい! あ、オススメの柴関ラーメンって頼めるのかな?」

「いけるぜ」

「じゃあ私は柴関ラーメンで!」

「老舗の店名と同じラーメンって事は期待できそうね。私も同じもので」

「……せっかくだし、私も柴関ラーメンで」

「ハルカちゃんのどうする?」

「ハルカならアルと同じのって言いそうだけど……勝手に決めるのもどうかと思うし、まだ猶予あるから帰って来るの待とう」

「そうね」

「とりあえず3人は柴関ラーメンな。トッピングと麺の固さはどうする?」

「そうねぇ」

 

 それから細々とトッピングや麺の指定をしていると、ハルカも帰って来た。

 なんとなく予想はしてたけどやっぱり「アル様と同じので」と言ったので、みんな紫関ラーメンを頼むことになった。

 それにあいよ! と景気よく店長が応じて、野菜を切ったりし始めた。

 

 それから談笑して、店長が『柴大将』と呼ばれている事を知ってから私達もそう呼び始めてから少しして、注文したラーメンが4人分出来上がった。

 デフォルトでチャーシューと野菜大盛の醤油風味らしいラーメン。

 それをいただきますと口ずさんでから食した。

 

「美味しい……!!!」

 

 そして、一口食べたアルが感嘆の声を上げた。

 これまで食べてきたラーメンの種類は決して豊富ではないし、なんならインスタントの方が多いくらいだけど、それらを凌駕するくらいの美味しさに私も無言で頷いた。

 これは本当に美味しかった。

 

「これで580円って新手の詐欺じゃないかな……」

「あ、ほんとだ。他のラーメン620円とかなのに柴関ラーメンだけ580円だね」

「安くて量が多くて美味しいって、最強じゃない!」

「ははは! 最強か、それはいいな!」

「あわ、あわわわわわ」

「あ、ハルカちゃんが幸せアレルギー発症し始めちゃった!」

「ダメよハルカ! 完食しないと大将に失礼だから!」

「は、はいぃ……!」

「無理して食べなくていいからな?」

「い、いえ……食べさせていただきます……」

 

 青い顔でガタガタ震えるハルカを大将が案じる一幕はあったけど、和気藹々と私達は貸し切り状態のお店で老舗のオススメラーメンを存分に味わった。

 あんまり食べない方だけど、それでも替え玉を注文するくらいには美味しかった。

 ……これが無くなると考えるとちょっと嫌だな。

 

「「「「ごちそうさまでした」」」」

「はいよ、お粗末様」

 

 

 声を揃えて言えば、柴大将はにかっと笑いながら丼を下げて洗い物をし始める。

 私達は食べてすぐという事もあり、お代を払った後に食休みでもう少し居させてもらう事にした。

 

「屋号を付けるだけあって美味しかったよ大将! これだけ美味しいなら、D.U.地区でもお店出せるんじゃないの?」

「そう言ってもらえるのは嬉しいが……アビドスの店を閉めたら、多分もうやらないだろうなぁ。俺も歳だからよ」

「そうなの? 全然そう見えないけれど」

「これでも60はいってるんだぜ」

「えっ!? ホントに!?」

「大将ってば若作りだねぇ!」

「はははは! まあ気持ちじゃまだまだ若いつもりだからな!」

 

 アルとムツキはどうやら柴大将のことをいたく気に入ったらしく、程なくアビドスが酷い目に遭うことが分かっているのに会話しに行っていた。

 そうやって仲良くなっても後が辛くなるだけだと思うんだけどな……

 まあ多分ムツキは割り切れるから分かった上でなんだろうけど……

 

「で、ですけど……アビドスでの生活って、大変じゃないですか……? 物流とか、調達とか……」

 

 そう私は思っているのだけれど、他の皆はその辺は考えていないらしくて、ハルカもおずおずと会話に参加し始めた。

 その彼女の問いに、手早く洗い物を済ませた柴大将が椅子に座って、カウンター越しに話す体勢を取った。

 

「まあ、大変なのは確かさ。砂埃が混入しないように専用の空気清浄機の導入必須だから他で経営するより金は掛かってるだろうしな。砂嵐が来れば、予定していた物流は滞る。客足だって遠のく。純粋な味勝負以外での問題はそりゃあ山積みさ」

「それでも、アビドスでお店を続けるんですね……」

「まあな」

「どうして、ですか……?」

「どうしてか…………そうだなぁ……」

 

 しんみりと感慨深げに頷いた大将は視線を私達から外し、虚空へと向けた。

 キセルを揺らして。

 目を眇めて。

 

「頑張ってるやつがいるから、だな」

「それってアビドス高校の生徒のこと?」

 

 直近で関わりかけた話だったからか、アルが素早く反応した。

 それに言葉は返さず、大将は虚空に向けていた視線を私達―――いや、私達の背後へ向けた。

 

「後ろの壁の上の方、写真飾ってるだろ?」

 

 言われて、振り返る。

 入店した時は気付かなかったけど、他の店ならメニューの札が掛けられているだろう壁の上の方には額に入れられた写真が何枚もあった。

 入学式の看板の隣に立つ黒髪の青年、緑髪の少女、狐耳の黒髪の少女、狼耳の銀髪の少女、猫耳の黒髪の少女。

 卒業式の看板の隣に立つ狐耳の黒髪の女性。

 柴関ラーメンの前で大将と一緒に映る少年。別の写真では少年と緑髪の少女。更に別の写真では桃色髪にオッドアイの少女も。狐耳の少女、狼耳の少女、猫耳の少女が追加で一緒に映っている写真も別々にあった。

 

「あの写真に写ってるのって……」

「緑髪と桃色の髪の子は違うが、他四人は俺の子だよ。血の繋がりは無いがな」

「そうなの?」

「四人とも拾い子だからな。まあ俺自身が拾ったのは男子だけなんだが、書類上他三人も俺が保護者だ。そんであの二人の子も合わせて六人とも、アビドスに進学した」

 

 そう言って、柴大将は感慨深そうに写真を見つめた。

 

「正直な、砂漠化が始まる前を知ってる身としちゃ、ここで生活するのは苦しいもんだ。隆盛を誇ってた頃との差が激しいからな……それを(いと)って、俺と同世代の連中は殆ど別の自治区へ引っ越した」

「でも柴大将は引っ越さなかったのね」

「いや、俺も似たようなもんだったさ。根無し草の傭兵やって離れてる事の方が多かったよ」

「……もしかして大将のその傷って」

 

 私が問いかけると、察したらしい大将が頷いた。

 

「ああ、ドンパチやらかしてた頃の傷跡だ」

「やっぱりそうなのね! 一目見た時から只者じゃないと思っていたけど……! かっこいいわよ!」

「ははっ、そういいもんじゃないよ。大の大人が40過ぎても定職に就いてなかった情けなさの証さ」

 

 どうやら左の目元の十字傷と右眼の縦の傷はその頃のものらしい。何でも屋も一応傭兵の類なので、つまり大将は私達の先達という事だ。

 それを知ったアルが褒めそやすも、柴大将は笑いながらも自嘲した。

 そこでムツキが口を開いた。

 

「大将が傭兵を辞めたのってなんで?」

「育児のためだ、流石に子供抱えて傭兵稼業は出来ないからな」

「つまりあの少年を拾ったからって事ね」

「ああ。拾った頃は四、五歳の子供だったからな……懐かしいもんだ。禁煙したのもそれくらいだっけかなぁ。もう随分と火を入れてねぇ」

 

 ふぅ、と疲労感を滲ませた嘆息を吐いた大将は、キセルを手に取って弄び始めた。

 調理中は火を付けないだけかと思っていたけど、どうやらそもそも禁煙していたらしい。

 薄々感じてはいたけど育児のために禁煙する辺りかなり真面目な性格のようだった。

 そんな人が傭兵をするくらい荒れてたのは……まあ、アビドスの盛衰を見てきたなら、分からない話じゃない。

 

「孤児院とかに預けなかったんですね……」

「考えはしたが……疲れてたのか、血迷ってたのか。あるいはあいつを理由に落ち着きたかったのか。今となっちゃ自分でも分からないな」

 

 ははっと大将は笑って、弄んでいたキセルを口に咥えた。

 

「それから5年が経って、あいつがアビドスの借金返済のために傭兵稼業とか賞金稼ぎとかやり始めてな……誰もがとっくに返済を諦めてたってのに、それを続けて、アビドスに進学して、2留して。10年経った今もまだ続けてる」

「2留目って事は、今年で20歳になるのね」

「ああ。それを俺は見続けてきた。見てきただけだが……子供のあいつやあいつに感化されて頑張ってる子達を置いて先にアビドスを去るのは、それは親代わりとしてどうかと思ってな。せめてあいつが諦めるまでは俺もアビドスで店を続けようと思ってんのさ」

 

 柴大将はそう言って、視線を再び背後―――少年の入学式の写真へと向けた。

 それから私達を見て、ふっと笑って。

 

 

「ここは、あいつの家だからな。親の俺が待っててやらないとだろ?」

 

 

 万感の――子供の私達にはまだ分からないだろう――想いの籠った声音で、そう締め括った。

 

 

 ―――真っ当な人だ。

 

 

 柴大将の話を聞いて、真っ先に思ったのはそれだった。

 かつては私達と同じようにアンダーグラウンドの傭兵をしていたようだけど、その人間性はとてもまっすぐで、真っ当だった。

 私が知る大人のいずれとも違う。

 元からなのか、子供を育てていたからそうなったのかは分からないけれど……

 

 とても良い人である事は痛いくらいに分かった。

 

「う゛、う゛ぅ……っ! 良い話ね゛ぇ……!」

「うわ、アルちゃん感極まって滂沱の涙流してるよ。まあ気持ちは分かるけど」

「は、ハンカチをどうぞアル様……!」

「ありがとうハルカ……」

 

 キヴォトス一のアウトローを志し、一日一惡なんてものを掲げてるアルは涙を流していた。

 ムツキはそれに呆れ笑いを浮かべてるけど、その感情を否定はしていなかった。

 ハルカも少し涙を浮かべていた。

 私も、涙を浮かべてこそいないけれど……

 心を揺り動かされたのは事実だ。これはカイザーが傭兵を雇ってでもアビドスを潰しに掛かり、大将の息子である青年をも再起不能に至らしめたがっている事を知っているからかもしれないが。

 

「はは、辛気臭い話して悪いな」

「いえそんな! こっちから聞いた事だもの、大将は謝らなくていいわ!」

「そ、そうです! 元はと言えば私が質問したからで……す、すみませんすみません!」

「ハルカちゃんはちょっと落ち着こっか? 大将が困っちゃうからね」

「ははは、仲が良いんだな」

「あうぅ……ちょ、ちょっとトイレ行ってきます……!」

「ありゃ、行ってらっしゃーい」

 

 あわあわとし始めたハルカをムツキが落ち着かせるのを見て、大将が笑う。

 その顔からはさっきまでの色んな感情が浮かんでは消えていた複雑な表情は消えていて、快活なラーメン店の店主の表情が浮かんでいた。

 その様子を眺めていた私は、ちょうどいい頃合いかなと判断した。

 

「ところで、ハルカがトイレから戻ってきたらお暇しない? 流石に長居しちゃったし」

「え? あ、そ、そうね…………そうね……」

 

 そう促すも、アルは頷きながらも歯切れの悪い応答を繰り返していた。

 ……何となくそうなるかもな、と思ってはいたのだけど。

 アビドスを襲ってる思惑を知り、柴大将の想いを聞いてしまった今、ここで何も言わずに立ち去ることが正しい事なのかと悩んでいるようだった。

 アビドスに迫る危機を知っていて、でも巻き込まれないように去る準備もしていたのに地元民の話を聞けばそうもなる。

 だから私はあまり話しかけなかったのだけど……

 

「くふふ♪ アルちゃ~ん、そんなに悩んでる顔してどうしたの~?」

「ちょ、やめてよムツキ……!」

 

 分かっているのが丸わかりの顔でムツキがアルにじゃれつき始めた。

 どうするべきか悩んでいるアルが、助けを求めるようにこちらを見てくる。

 ……それはいったい何に対して求めてる助けなんだろうね。

 

「私は社長に従うよ」

「カヨコぉ……」

「……まあ、関わるにしても依頼って体がいいんじゃない? ウチは何でも屋なんだし」

 

 素っ気なく従うことを伝えても助けを求められたため、一先ず助け舟として意見を出しておく。

 実際アビドスを去る事にしたのはほとぼりを冷ましてカイザーからの嫌がらせを避けるためが主だ。依頼が舞い込めば、それがどんな内容だろうと――アルが気に食わないと見なければ――達成に全力を注ぐのがウチの基本。

 逆に言えば依頼を出してもらえればいいわけで。

 つまるところ『売り込めばいいのでは』という言外のアドバイスだった。

 どうせカイザーが妨害してくるなら嫌がらせで対抗勢力に付いたっていいだろう。

 

 それを察したらしいアルが、ぱっと表情を明るいものに変えた。

 ほぼ同時に柴大将が首を傾げる。

 

「ん? 社長って、アルちゃんは企業のトップなのかい?」

「こほんっ……自己紹介が遅れたわね。私は陸八魔アル、お金さえ払ってもらえれば何でもする何でも屋、『便利屋68』の社長よ!」

「室長の浅黄ムツキでーす!」

「……課長の鬼方カヨコです」

「そしていまトイレに立っていない子は平社員の伊草ハルカ! 何か依頼したい事があれば是非ウチに依頼してちょうだい! あ、これ名刺ね」

「お、おお……」

 

 キリッとしたキメ顔で名乗りを上げたアルがそう言って、懐から取り出した名刺を差し出した。

 少し当惑を見せながらも名刺を受け取った柴大将はそれをまじまじと見つめる。

 

「最近の子はキッチリしてんだなぁ。俺が傭兵やってた頃は営業文句なんてロクに無かったぞ……」

「ふふ、これでも社長だもの!」

「くふ、アルちゃんずーっと勉強してたもんね。お陰でムツキちゃんは退屈な時間が多かったな~」

「ははは、本当に仲が良いんだな」

「まあ幼馴染だもの」

「ね~」

「ほお……幼馴染か……」

 

 名刺を片手にアルとムツキを見てふんふんと頷く大将。

 何かが彼の琴線に触れたらしい。

 

「大将にも幼馴染っていたの?」

 

 気になったらしいアルが聞くと、頷いていた大将がはっとした顔で動きを止めた。

 

「あーいや、俺は特には」

「そうなの? その割には何かを思い出していた風だったけど」

「思い出してたのはあいつのさ。あの写真に写ってる緑髪の―――」

 

 

 

 ―――ォォォォオオオオオオオン!!!!!!!

 

 

 

 ハルカが戻ってくるまでのわずかな時間でも歓談に勤しんでいたその最中、突如として空気を震わせる遠吠えが轟いた。

 ビリビリと大気を震わせ、肌もピリつかせるほどの大きな咆哮。

 店もガタガタと震わせたそれにアルもムツキも私も驚いて凍りつき、息を呑んだ。

 

「な、なによ今の!?」

「あー鉄蛇か……」

 

 アルの疑問には、柴大将のボヤきの声が答えた。

 それから間を置かずウー! と緊急サイレンがどこからともなく響き始める。

 

 

『鉄蛇警報発令、鉄蛇警報発令。市民はシェルターへ急ぎ避難してください。繰り返します―――』

 

 

 サイレンの後に避難を促すアナウンスが掛かった。

 柴大将は懐から取り出した携帯端末を見て、顔を顰める。

 

「……市街地に近いな。砂漠化が進んだから、いよいよ行動範囲圏内が迫ってきてるって事か」

「大将、それは?」

「アビドスの地元民用に作られた緊急避難用アプリだよ。鉄蛇警報が発令された時は、その出現地点と危険予測範囲、それから避難先のシェルターが表示される。君らも一緒に避難しよう」

「そ、そうね! ハルカが戻り次第すぐに―――」

 

 

「た、大変ですアル様!!!」

 

 

 アルが応じる中、トイレから戻ってきたハルカが少し密かに声を上げながら飛び出してきた。

 何事だと一斉に視線を向ける中、慌てた様子のハルカがあわあわと手をばたつかせながら続きを口にする。

 

「ハルカ、どうしたの? 鉄蛇警報なら私達も―――」

「このお店、囲まれてます!!!」

 

 ハルカからの小声の、しかし焦りを滲ませた鋭い報告を聞いたアルは、一瞬硬直し。

 

 

 

「なななな、なっ、なんですってぇ――――――!!!???」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 一拍遅れて驚愕の絶叫を響かせた。

 ハルカが折角声を小さくして外で囲んでるらしい連中に気付かれないようにしてくれていたのに……と私は溜息を吐き、ムツキは笑い、ハルカはあわあわとして。

 

「……なるほどな」

 

 柴大将は、何かを察したらしく納得した風に頷いていた。

 

「大将、なにか知ってるの?」

 

 それが引っ掛かった私は周囲を警戒しながら問い掛けた。

 元傭兵でアビドスの地元民の柴大将なら何か知っているか勘付いたかしてもおかしくない。

 

「……知ってるっつうより、予想通りって感じだ」

「予想通り……?」

「こっちの話さ。少なくとも、ゲヘナの君たちには関係ない」

 

 何かを察しているらしい大将は優しい声音でそう突き放すように言った。

 なにか、嫌な予感がした。

 

「ハルカちゃん、通路の途中に階段あったのは見たか? そこからウチの二階に行ける。君たちは二階の窓から屋根伝いに逃げな。俺の端末を見ながらならシェルターに行けるだろう」

 

 その予感はすぐさま的中した。大将は端末をこちらに投げ渡してきたのである。

 言外に、一緒に逃げる気は無いと言ってるも同然で。

 私達は困惑した。

 

「え……ちょ、大将? どういうこと?」

「連中の狙いは多分俺だ。最近アビドスの校舎を襲撃してる子達がいるんだが……中々うまくいかない事に業を煮やしたか、多分俺を人質にする気なんだろう。在校生の半分は俺が親だからな。まあ鉄蛇警報が出てる中でも狙ってくるほど過激とは思わなかったけどな」

 

 壁に掛けていた古めかしい長銃を手に取りながらムツキの問いに答える大将。

 その背中からは戦意をあまり感じられない。

 戦う気ではあるらしいが……

 

「あなたはどうするのよ」

「残って戦うさ。いま俺がシェルターに逃げたら、他の住民に迷惑が掛かっちまう」

「でもでも、鉄蛇も危ないんだよね?」

「まあな。けどいつもならあいつが砂漠に引き離してるから、今回もその筈だ。すぐにこっちに来る事は無いと思う」

「……でも、アビドスの学校も襲撃されてるんじゃないの?」

 

 アルとムツキに続いて、私も問いを投げた。

 これは憶測の域を出ないが―――鉄蛇の出現とこの店の包囲は、おそらく作為的なものだ。だとすればアビドスの校舎もいま襲われてる最中と考えていい。

 鉄蛇を誘き寄せて彼岸レイトの注意をそちらに向ける。

 アビドスの校舎を襲って他の在校生をそこに縛り付ける。

 そしてその間に、彼と彼女らにとってのアキレス腱である養父の柴大将を人質に取る。

 校舎を明け渡さなければ無事が保証されないとなれば多分言う事を聞かざるを得ない。そしてアビドスの面々はそれに従うだろう。少なくとも柴大将は見捨てられるような悪人ではない。

 

 随分と悪辣で、手が込んだ作戦だ。

 ただのチンピラや傭兵でも鉄蛇まで利用するとは思えない。

 だが、カイザーの合同作戦という話を考えればあり得なくはない。

 なにせ鉄蛇が跋扈するこのアビドスの砂漠でカイザーは長年何かをし続けているのだ。鉄蛇の誘導くらいなら、訳もないだろう。

 

 だから柴大将が徹底抗戦して時間を稼いでも、助けは―――来ない。

 

「だろうな」

 

 それを、大将も分かっているらしかった。

 分かった上で残ると言っていた。

 厨房から出て店の入り口へと歩を進める柴大将は、随分と古い長銃に弾を込めてガシャリとコッキングして、こちらを一瞥し―――

 

 

「けどそれは、俺が他人様に迷惑かけてまで逃げる理由にはならねぇんだ」

 

 

 不敵に笑って、そう言った。

 

 それから大将はガラガラと引き戸を開いた。

 扉から見えた外にはヘルメットを被って、それなりの武装をした傭兵達がずらりと並んでいた。

 その列を見ながら大将は店の出入り口に陣取って姿を晒した。

 

「貧乏暇なしの身にとっちゃ千客万来は嬉しい限りなんだが、またの機会に来てもらえるか?」

「……それは出来ない相談だ。あんたを捕らえろってのが、あたしらに掛かってるオーダーなんでね」

 

 いきなり出てきてのその言葉に少なからず動揺はあったようだが、それでもプロ側ではあるのだろう。冷静さを取り戻した傭兵の一人が応じながら担いでいたアサルトライフルの銃口を突きつけた。

 それに倣うように周囲の傭兵達もそれぞれの無骨な銃を構え始める。

 幾つもの銃口を向けられている柴大将は、しかし怯んだ様子もなく肩を竦めた。

 

「なら別の相談なんだが、ここはひとつ手を引いて一緒に避難しないか?」

「時間稼ぎのつもりか?」

 

 圧を掛けながら、リーダーらしい傭兵がぐっと半歩前進した。

 それに大将は首を横に振る。

 

「真面目な話さ。鉄蛇に襲われたら死にかねない。2年前、実際に死亡者も出たんだ。生きてりゃなんとかなるが、死んだらそこまでだ。だから一緒に避難しないか?」

 

 それは命乞いとも違う、真摯な心配だった。

 これから起きるだろう戦いは鉄蛇という驚異が近くにある中で起こす必要のないもの。鉄蛇に襲われれば助からない事を、地元民である彼はよく知っているようだった。

 自身を人質に取ろうとする思惑を知っても尚かつて傭兵だったが故か責めはせず、今は避難しようと語りかけるのは柴大将の善性故に違いなかった。

 

「あんたが捕まってくれたらすぐ離れられる話だよ」

 

 しかし、それは応じられなかった。

 冷徹に―――しかし確かに、嘲りを含んだその言葉と共に、一発の銃声が木霊した。

 それは大将と話していた傭兵に着弾し―――爆発。

 周囲にいた複数の傭兵も纏めて吹っ飛ばす爆風の中、深紅のコートがはためいた。

 

 

 

「便利屋68、大将を守るわよ!!!」

 

 

 

 怒りに目を燃やしたアルが我慢ならないとばかりに爆発していた。

 先の爆発する銃弾は、彼女が奥の手として秘めている特別製の銃弾だった。それを初手で使うくらい、今の彼女は怒りに駆られているようだった。

 

「ハルカ、前で暴れなさい! ムツキは大将を下げてから弾幕を張って! カヨコは大将の護衛! 行くわよ!!!」

 

 言葉が速いか、発砲が速いか。

 ほぼノーモーションの狙撃銃片手撃ちで柴大将と話していた傭兵をぶっ飛ばしたアルは、そのまま動揺する傭兵達を撃ち抜きながら矢継ぎ早に指示を出していく。

 

「あはっ、待ってたよアルちゃん!!!」

「殺します……! 死んでください死んでください死んでくださいぃぃぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!」

 

 アビドスから離れる事も、カイザーと真っ向から敵対する事の厄介さも、全部無視して。

 今はただ、善良な大人を助けるためだけに動いていた。

 

 ―――その光景に、ふ、と笑みが零れた。

 

「は……なっ、便利屋の子達、なんで……!」

「あー、後から請求とかはしないから安心して。こうなったらもう止まらないから」

 

 ムツキに引っ張られて店内に引き摺り戻された柴大将を後ろに下げながら、愛銃でアル達のリロードの隙を縫いながら言葉を掛ける。

 驚くのは無理もないけど、まあ諦めてもらうしかない。

 この状況が収まるまでもう止まらないのだから。

 

「あのさ~、親切にしてくれた大将が連れ去られるのを知ったのにそれでも逃げろって言う方が酷だよ?」

「そうよ! 本当はこのままアビドスを去るつもりだったのだけどね! 大将の話を聞いて、親切にしてもらって、自分を狙う相手にも避難を呼びかけるような人を見捨てられる訳ないじゃない!」

 

 マシンガンで弾幕を張りながら、ムツキが笑う。

 それにアルが同調するように声を発した。

 

「私が目指すアウトローは、それを看過するほど落ちぶれたものじゃないんだから!!!」

 

 その宣言に、大将はぱちくりと目を瞬かせた。

 

「……アウトローならまず俺を売らないか?」

 

 大将のご尤もな指摘に、私は再び笑みを零した。

 

 キヴォトス一のアウトローを、この上ない悪を目指すなら後ろから大将を撃つべきだ。何ならカイザーからの誘いにはすぐ飛びつく筈だ。何なら今ここで彼を差し出すのが普通だ。

 アルは犯罪行為だとしても普通に自身の力は振るう。社会規範から外れる事を望んでいるし、その行為を尊んでもいる。

 だというのに、その軌道から彼女は外れる。

 悪を尊び、悪を目指しながらも、人道には(もと)らない在り方は―――

 

「ま、ウチの社長が目指してるのは世間一般でいう"それ"とは違うから」

 

 確かに、人が定めるLaw(常識)に縛られないキヴォトス唯一のアウトローだろう。

 

「―――ははっ、面白い子達だな」

 

 そんな私達を、柴大将は朗らかに笑った。

 

「便利屋68だったか、()いチームだ。将来有望だな」

「くふふ♪ だってさ、アルちゃん」

「先達にそう言ってもらえて光栄だわ!」

 

 大将の賛辞に、嬉しそうに笑うムツキとアル。

 大人から認めてもらうのは―――これが、初めてかもしれない。

 私も自然と笑みが浮かんでいた。

 

『始まったぞ! こっちからも行け!』

『傭兵を雇ってたってのか……!?』

『さぁな、ともかく全員伸せば同じだ!』

 

 その時、いま陣取っている正面玄関とは反対側からも声が聞こえてきた。ややくぐもっているから壁越し―――恐らくは裏。

 ハルカがトイレに行っている時に把握しただろう勢力。

 

「社長、裏から回って来てるみたい」

「囲まれてるって話だったわね……!」

「なら2階に行こう。今ならまだ階段を登れるはずだ」

「籠城するにしてもその方が良さそうね……! ハルカ、戻りなさい!」

「はい!!!」

 

 柴大将の提案を受け、戻ってきたハルカと共に入口右側の通路へと入る。突き当たりのトイレや裏口だろう扉まではいかず、途中にあった階段を上って2階へ上がる。

 階段を上り切り、扉を開けて中に入って閉める。

 すぐに机や椅子を運んで簡易的なバリケードを作った。

 とはいえ……

 

「即席のバリケードじゃすぐ突破されるね。籠城は無理だ。逃げないとマズい」

 

 鉄筋コンクリのビルならまだしも、紫関ラーメンは木造を基本とした風情ある店舗に過ぎない。防御力は無いに等しい。

 少し知識があるものがいれば手榴弾数個で倒壊に追い込まれるだろう。

 

「私達も弾薬に限りがあるしね……どうしたものかしら。何か案はある?」

「あ、あの……」

「ん? ハルカちゃん、何かあるの?」

「その、この建物を爆破して、生き埋めにするのはどうでしょう?」

「「「えっ」」」

 

 おずおずと、しかし過激な事を言い出したハルカに私達は揃って唖然とした。

 いやまあ戦術的にそれはアリではあるのだけども。

 

「いや、それはマズいでしょ~……ここ大将とその家族の家だし、爆破は……」

「そもそも爆弾の準備出来てないでしょう?」

「あの、最初にトイレに行った時に襲撃があった時の備えとして仕掛けてます……二回目行った時に回収するつもりだったんですけど……」

「ああ……回収しようとしたら囲まれてることに気付いて戻って来たんだね……」

「俺は知らない間に店を吹っ飛ばされそうだったのか……」

 

 柴大将が愕然と呟きを漏らしていた。

 まあ、そりゃそうなるよね……

 

「す、すみませんすみませんダメですよね死にます!?」

「いや死ななくていいからな! それにまあ、怪我の功名だ。やってくれ!」

「「「「えっ!?」」」」

 

 あわあわとパニックになるハルカを落ち着かせながら、なんと柴大将から爆破にゴーサインが出てきた。

 ハルカの時と同じように、今度はハルカも含めて驚き度合い多めの声が再度重なった。

 

「ちょ、大将!? ここ家族が帰る家なんでしょう!? いいの!?」

「そりゃまあ思い出はあるが、大切なのは土地や物じゃなくて人だ。俺さえ居ればそこがあいつの帰る"家"だよ」

「大将……」

「折角君らが助けてくれたんだからな。何がなんでもアビドス高校の校舎まで逃げ延びるのが今重要だ。店はまた建てられる、昔は屋台でやってたからな。だからほら、遠慮なくやっちまってくれ! なーに、生きていれば何とかなるさ!」

 

 これから家も稼業の店舗も喪うというのに、大将は朗らかに笑い飛ばしてみせた。

 大切なのは人。土地や物じゃなくて、自分にとって大切な人こそが帰る場所なのだと。

 

 私も―――今なら、分かる。

 

 かの青年にとっての柴大将は私にとってのアルのような存在なのだろう。

 大将はそれを自覚しているからこの店舗が無くなっても問題ないと判断した。

 

 ―――絶対に守り切らないと。

 

 私達は互いの顔を見合った。

 みんな、決然とした面持ちだった。同じ理解で、同じ結論に達していた。

 

「あはっ、もう絶対負けられなくなっちゃったね」

「社長、やろう」

「ええ……ハルカ!」

「はい! いきます――――!!!」

 

 アルの促しに、ハルカが頷き。

 全員で窓から飛び出すと同時、ハルカが手にしていた起爆スイッチをガチリと握り込み―――

 

 

 背後で、柴関ラーメンが大爆発した。

 

 






 以下の情報が更新されました
 ・アビドス襲撃合同作戦
 ・紫関ラーメン
 ・柴大将
 ・陸八魔アル
 ・浅黄ムツキ
 ・鬼方カヨコ
 ・伊草ハルカ


・アビドス襲撃合同作戦
アビドスを潰すために徹底された多方面展開作戦
カヨコ視点で校舎襲撃と柴大将拉致以外に鉄蛇(ビナー)出現にもカイザーが関わっているかは憶測の域を出ていないが、鉄蛇警報が出てから傭兵が動いているのでほぼ確定と考えている

・紫関ラーメン
創業15年目の老舗*1
原作と同じ爆破の結末になったが経緯が大きく変わっている
アビドス生の写真が飾られているくらいにはアビドス土着のお店だった

・柴大将
色々と盛られたラーメン店の店長
子供を拾った『善良な大人』
昔は傭兵をやっていたが行き倒れていた子供の養父になってから落ち着いた
店に店舗前で撮った写真や子供の友人の写真も飾るくらいには子煩悩
女子はちゃん付けで呼ぶが、男子の事は頑なに「あいつ」と呼び続けている
ちなみにアルが一手遅れてたら傭兵達に撃たれていた

・陸八魔アル
悪党は目指すが外道にはならない便利屋社長
元々そのままアビドスを去る気だったし柴大将が表に出る時も今後を考えて悩んでいたが、柴大将が撃たれそうな瞬間を見てカイザーどうこう考えていた事が全部吹っ飛んで行動に出ていた
現状アビドスの味方ではないが柴大将の味方

・浅黄ムツキ
気に入らない事は全部吹っ飛ばす気でいる室長
親切にしてくれた大将が目の前でどうこうされそうなのを見て、それでも動かないのかなーと思った時にはもうアルがぶっ放しててテンション最高潮
とはいえ爆弾を使わない理性はあった
あの話を聞いた上で家を吹っ飛ばす提案をしたハルカには流石にびっくりした

・鬼方カヨコ
色々考えながらもそれを無視したアルの行動を喜んでいる課長
その気になれば外道な手も打てるが、打ちたいわけではない。それを飛び越えていく仲間の姿に心惹かれている

・伊草ハルカ
トラブルメーカーだが活躍もしている平社員
控えめな性格なのに柴大将にアビドスでお店を続ける理由を聞いたのは、開店前にご飯を食べさせてくれた恩が出来たから
最初のトイレの時に爆弾を仕掛けていたのを流石にヤバいと思って回収しに向かったが囲まれてた事に気付き断念
最終的に怪我の功名で役に立ち、悪い成功体験を積んでしまった……かもしれない

*1
原作では不明

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