ブルアカ転生記譚   作:背教者

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今話の視点はカヨコだけです




【信用!】アビドス防衛戦線の事後処理②

 

 無事だった教室の一角を臨時の作戦本部にして、そこに集まっていた私は、喜びを露わにする面々を眺めていた。

 

「……ま、一先ず大団円って感じなのかな」

「かなー?」

 

 通信でひっきりなしに互いの健闘と無事を称え合う風紀委員たちの声を聴きながら呟くと、隣にいたムツキが悪戯っぽく笑いながら小首を傾げて同調した。

 普段はアルに引っ付いているけど、当の社長は目をキラッキラさせて感動に打ち震えている。

 多分声を掛けてもあまり反応が無くて面白くないからこっちに来たんだろう。

 

「くふふ、アルちゃんってば感動し過ぎてて面白ーい!」

 

 ……いや、単に傍から眺める方が楽しいからそうしてるだけのようだ。

 まあ反応があってもなくても確かにアルが面白い事があるのは確かなので、彼女の行動も理解できる。

 ハルカもアルが喜んでるのを見て、嬉しそうだし。

 アルが笑っているのを見るとこっちも嬉しい気持ちになる。

 

『それから、便利屋68はいるか?』

 

 そこで、通信から男の―――彼岸レイトの声が、私達の組織名を名指ししてきた。

 ぴく、と眉がひくつく。

 

 いったい私達に何の用なのか。

 

 一つ、二つは思いつく。彼の養父を助けたし、校舎防衛や捕らえた傭兵達の監視にも協力したから、そのお礼かもしれない。

 だがそれ以外だと、面倒な事になりそうだ。

 

"うん、いるよ"

「んんっ……ええ、まだいるわ。そろそろお暇するつもりだけど」

 

 ……当の社長は、その辺を考えていないだろう。

 表情こそ取り繕ってるけど声はいつもより弾んでいた。

 通信機を差し出した先生もそれが分かっているのか苦笑を浮かべている。

 ちら、とこちらを見られて、内心を見透かされてそうな居心地の悪さを感じて目を逸らす。

 まあ彼女からの視線が無くなる訳じゃないから居心地は悪いままだけど。

 

「くふふっ、アルちゃんってばもう興奮しっぱなしで凄かったよ♪」

 

 そんな私から離れたムツキが、アルの下へと駆け寄りながらそう言った。

 あれはアルをおもちゃにして遊ぶ気満々の声音だ。

 ご愁傷様、と内心で手を合わせながらハルカの手を取って引き寄せる。

 

「あ、あの……?」

「今は黙ってようか」

 

 しー、と小声で伝えると、ショットガンを抱きしめたハルカがこくりこくりと頷く。

 いい子だ。

 そんな私達を他所に、話は進む。

 

「最大のピンチって時にシールド破って、レールキャノンを決めるなんてカッコよく決めるからぁ、アルちゃん、ワカモさん達の大ファンになっちゃったみたい♪」

『そうか。ワカモが聞いたら喜ぶだろうな』

「ちょっ、ムツキ! 言わないでよそれ……!」

「えーなんで? 隠す事でもないでしょ?」

「体裁というものがあるのよ……!」

 

 にまにまと笑うムツキに、小声で抗議するアル。

 小声にしてても通信機の通話口から近いから意味無いと思うんだけどな、と思いはすれど指摘はしない。

 ああいう抜けた所もアルの良いところなのだ。

 

「はぁ……ま、まあ、とりあえず気にしないで。それで、用件は何かしら」

『ワカモから経緯は聞いた。善意で養父を守り助けてくれたそうだな……そのことについて、個人として礼を言いたくてな』

「ふふっ……これは大将にも言ったのだけれど、礼には及ばないわ。私はただ気に入らない連中をぶっ飛ばしただけだもの」

『……そうか。将来有望そうだな』

「くふっ、家族だねぇ~。同じことを大将にもワカモさんにも言われたよ!」

『…………そうか』

 

 私も思った事をムツキが伝えると、通信越しの青年の声がほんの少し揺らいだ。

 ……動揺、だろうか。

 ワカモさんの時とは異なる反応に内心で首を傾げつつ、思考は更に別の事で回していた。

 

 

 ―――彼は"個人として"と、敢えて立場を区切った。

 

 

 後輩に対しては先輩として。

 先生に対しては生徒会長として。

 私達には、個人として。

 関係性、あるいは因果関係を考えればまあ妥当だ。養父に関しての礼として違和感もない。

 だから多分アルだけでなくムツキも気付いてない。

 おそらくその辺に無頓着そうな先生も。

 

 けれど私はそこが引っ掛かった。

 多分―――彼は、私達の事を知ってる。

 知れる立場にあり、道理がある。

 

『あのですねぇ、便利屋68は違法グループなんですよ? 将来有望とか褒めないで下さいよ!』

 

 そして、まず間違いなく伝えているだろうと脳裏に浮かべた人物が、よく耳に響く声を通信に乗せてきた。

 思わず眉根を寄せる。

 

『曲がりなりにもあなたは自治区のトップなんですから不法者相手にお礼なんて言わないでください!』

『……人として、この道理から外れる訳にはいかんだろう』

『そういう所が原因で今回養父の方が狙われたんです! 不法者にはもっと厳しく毅然と当たってください! あなただけでなく、協力関係にある私達まで舐められてしまいます!』

 

 キャンキャンと吠える女生徒―――風紀委員会行政官、天雨アコが、厳しい言葉を投げていた。

 

 まあ言わんとする事は分からないでもない。

 受け取り方によれば、犯罪者を擁護するようなものだ。それはトップとして如何なものかとなるのも分かる。

 ……だからこそ、"個人として"と彼は区切ったんだろう。

 彼が感謝している事は本当だと思う。

 

 でも、受け入れているかは―――

 

『アコ、そこまででいいわ。彼岸レイトもそこは分かっているから』

 

 そこで、彼女の上司にあたる委員長から制止の声が掛かった。

 おそらく私と同じ点で、彼女もレイトの言葉の真意には勘付いているんだろう。

 

 たしか今はSRTのヘリに居るんだったか。

 ……窓から外を見れば、遥か遠くの空ではあるが、それらしきヘリがこちらに近付いてきているのが見える。

 目測で3kmくらいか……

 当初の予定では鉄蛇撃退と共に退散する予定だったけど、社長が大興奮してそれを忘れ、通信にも応じて離れられない理由も出来て、機を逸してしまっていた。

 これは、やられたかな……

 

『委員長。ですが……』

『そもそも今回便利屋は味方よ。悪漢から善意で市民を守った事は称賛されるべき善行。それは否定できないわ』

「ぜ、善行……」

 

 アルがヒナに善行と評価されてショックを受けていた。

 悪事はするけど、猫探しみたいに良い行いもするから、今回は後者だったというだけなんだけど……

 相容れないと思ってた相手に言われると自分の芯が揺らいだように感じるのかもしれない。

 

「善行……ううっ……」

「依頼された訳でもないのに大将助けて守ってアビドスの防衛に参加した事が善行なのは否定できなくなーい? ぶっちゃけ悪党要素ゼロだよ?」

『あなた達が違法グループなのは変わらないですけどね! だいたいタイミングが良すぎでしょう、どういう思惑でアビドスに居たんですか!? あなた達も例の依頼を受けていたんじゃないですか!?』

「ちょ、決めつけはよしてもらえる!? 断ってるわよそんなの!」

「っ、社長―――」

 

 その言い方はマズい、と言おうとしたその時。

 

 グッ、と背中に銃口が突きつけられた。

 

 思わず額に手を当てて天を仰ぐ。

 肩越しに後ろを見れば、短い黒髪の少女――空井サキ(RABBIT2)――がアサルトライフルを突き付けていた。

 更にその彼女の隣に、同じように銃を突き付けてくる白髪のSRTの1年。たしか月雪ミヤコ(RABBIT1)といったか。

 

「手を上げ、膝をついてください。従わない場合、抵抗の意思ありと見做して拘束します」

「ちょ、ちょっと待ちなさいって! だから私達は別に敵じゃなくって……!」

「ですが、知ってたんですよね。そしてあなた達は違法グループとのこと……拘束対象になり得ます」

 

 慌てるアルの言葉をRABBIT1が冷徹に切り捨てる。

 連邦生徒会長直轄の特殊部隊、その小隊を率いる鋭さが彼女の声音には乗っていた。こちらの言い訳は聞かないつもりだろう。

 他のSRTの生徒達にツーマンでアル、ムツキ、ハルカも銃を突きつけられていた。

 それぞれ愛銃を手放して、膝をついている。

 まあ抗う理由も無いしね……

 

「……はぁ。だからさっさと退散したかったのに」

 

 私も三人に倣って両手を上げて膝をついた。

 さっと銃を取られザワつく心を抑え込んでじっと耐え忍ぶ。

 

"えーっと……その、アル達は善意で協力してくれてたんだし、別にそこまでする必要は無いんじゃない……?"

「そうだぜ。その子達は俺を守ってくれたんだし、信じてみても……」

「彼女達はアビドスの方達の殺害を目的とした集団側の可能性があります。万一の事を考慮して、警戒すべきです」

「問答無用で拘束してもいいんだけどな」

 

 先生と大将が諫めようとしたけど、RABBIT1とRABBIT2に反論されていた。

 まあ事が事だ、この対応は理解できる。RABBIT2が言うように即時拘束されても文句は言えない状況ではあるのだ。

 いや実際は冤罪だから言いたいけど。

 

「ど、どうしましょう……全部吹っ飛ばしましょうか……」

「待ってハルカ、それやったらマズい。そもそもここには先生がいる。爆発か崩落かで死んじゃうよ」

「そ、そうよハルカ、絶対ダメよ!? それやったらいま捕まってる連中の仲間になっちゃうから!」

 

 少しボルテージが上がり始めたハルカに先んじて釘を刺す。

 それにアルも乗ってくれたので、一先ずはこれで大丈夫だろう。ハルカはアルの指示なら聞く。曲解して暴走する事もあるけど、やるなと言われたらやらないだけの分別はある。

 

「うーん……これはちょっとマズいかも?」

「なにがマズいのですか? 何か計画でも?」

「あはっ、そんなのある訳ないじゃん。大将を助けたのもアルちゃんの衝動的なアレだし? 連合の事だってワカモさんの尋問で得た情報で初めて知ったしさ? ここまで読み切って動けるわけないって」

 

 冷や汗を垂らすムツキの発言にRABBIT1が言及する。

 ムツキは事実を伝えるけど、犯罪者の言う事に聞く耳を持つ気は無いらしいSRTの面々の表情は険しさを増すばかりだ。

 アビドスの教室内にピリついた空気が漂い始めた。

 

 ……これは、ここまでかもしれないな。

 

 周囲を見て、内心で諦観を抱く。

 流石にここから全員無事に脱出は出来ないだろう。

 というか逃走したら、疚しい事があると自白するようなもの。

 厳密には無いけど、大筋で言えばあるグレーな身にそれはキツい。

 今回の一件はゲヘナだけでなく、アビドス、ミレニアム、更にはヴァルキューレまで関与する一大事。それも人の命に金まで賭けて追い落とそうとする者の存在も露呈している。

 それに協力しているなんて受け取られたら私達に先は無い。

 何がなんでも誤解を解かなければならないのだ。そのためなら癪ではあるが、一度風紀に捕まる手もないではない。

 

『さて、それはどうでしょうか』

 

 更に間の悪いことに、アコの声が通信機から聞こえてきた。

 余裕ぶって、探るような声音。

 設置されたホログラム機器から投影されたバカみたいな服装の彼女の眼が、私達へと向けられる。

 疑われている。

 

『便利屋68……たった4人ですが、半月以上もの間、我々風紀委員会の手を逃れゲヘナ外で違法な活動をし、利益を得ている集団です。活動範囲はブラックマーケットにも及ぶ……一般生徒であればすぐ食い物にされ、犯罪の片棒を担がされるそこすらも拠点としているあなた達が、私達の考えが及ばない何かを理由に動いていた……そう考えるのは自然ではありませんか? ねぇ―――カヨコさん?』

 

 長広舌の最後に、ハッキリと疑いを掛けられる。

 ……まあ、彼女が割り込んできた時点で薄々考えは読めていたが。

 それでも表情が歪むのは止められなかった。

 あらぬ嫌疑を掛けられるのは、いつものことだが―――それでも、思う所はある。

 

「……名指しで疑ってもらえて光栄だね、アコ。でも生憎、本当に偶然だよ」

『偶然? 先ほど断ったと、社長を自称するアルさんが言われてましたが?』

「自称じゃないわよ!」

「アルちゃーん、いま気にするところそこじゃないと思うなー?」

「そうじゃなくて、疑うなら社長の私にしろってこと! カヨコが何か企んでたとしても、私達は一つの組織で動いてる! そして便利屋68のトップは私! 組織を率いる者が責任を追及されるべきなんだから疑ったり責めたりするならまず私になさい!」

「社長……」

 

 アコに食って掛かるアルに、私は唖然と目を向けた。

 それに気づかずアルがホログラムのアコを睨みつける。

 

「その上で言うけど、私達は今回の一件に関与してないわ!」

『では先ほど断ったという話はどういう事なんです?』

「元々別の依頼で来て、追加依頼は断ったって意味よ!」

『……その別の依頼というのは、昨夜ヘルメット団を叩きのめしていた事か?』

「え!? え、えぇ、そうだけど……」

 

 そこで、青年の問いかけが入った。

 彼の予想は確かに当たっているが、どうして知っているのかと私達は困惑で目を合わせた。

 

「お前さん、アルちゃん達の事を知ってたのか」

 

 先生やSRTの子達も困惑する中で一番に問いかけたのは、彼の養父である柴大将だった。

 彼の問いに、青年が『ああ』と応じる。

 

『組織としては信任状集めの際に天雨から聞いた。その後に、ブラックマーケットでも最近勢いがある新顔として有名だから便利屋68の名は耳にしていた』

「そうなのね……!」

 

 誉め言葉と受け取ったのか、アルが嬉しそうな顔をした。

 まあ起業してから色々多方面で暴れていたからなぁ……

 同時期は彼も忙しかった筈だけど、情報収集を怠らなかったのだろう。

 

『昨夜に関しては、警邏をしながら不良達の拠点を潰している時、幾つかを便利屋が潰している所を見た』

「えっ、見てたの!? 私達気付かなかったわよ!?」

『遠巻きだったからだろう。お前達は賞金首ではなく、不良達を叩いていたから様子見に留めた』

 

 遠くから見るに留めていたから私達が誰も気付かなかった訳か。

 

 そして納得した。

 確かにアビドスをよく見回っているという情報は聞いた事があった。最近ずっとアビドスが襲われていた事も考えれば、警邏をよくするのも道理である。

 

『別に賞金首でなくとも要注意人物なんですから捕らえてくれても良かったんですけど?』

『便利屋の指名手配はゲヘナ一校だけのものだろう。現状ゲヘナ外では現行犯対応のみだ』

『でも昨夜、便利屋が暴れてるところを見てたんですよね?』

『優先順位の問題だな。アビドスにとっては校舎を頻繁に襲う不良達への対処が最優先事項だった。余計な消耗を避けた結果、敵か味方か分からない便利屋よりも明確な敵の不良達を優先したに過ぎない。本来なら今日明日で調べる予定だった』

『ああ言えばこう言う……!』

"アコ、落ち着いて……"

 

 私達が――あるいは私の事が――気に食わないらしいアコが昨夜見ていたらしい青年に詰問するが、するりするりと躱され、ぐぬぬと唸る。

 鉄蛇作戦の時も思ったけど、彼の事もアコは気に食わないらしい。

 

『話を戻すが……昨夜のアレが依頼だったなら、断ったという話はその依頼の後に来たものか?』

「ええ、そうよ。私達が受けたのは試金石としての依頼だった。それの達成報告の際に、本命を出されたのだけど……」

 

 そこで、アルがちらりと私を見てきた。

 言っていい? という視線に、こくりと頷く。

 

「……依頼主に関して黒い噂があるから手を引いた方がいいって、ウチの課長から助言があってね。本命の依頼を受けるのは危なすぎると判断して詳細を聞く前に断ったのよ」

「ちなみに課長はカヨコちゃんだよー。ムツキちゃんは室長で、ハルカちゃんがヒラね♪」

『……なるほど…………先生、SRTを下げさせてくれ。便利屋への嫌疑は誤解だ』

"そうだね。みんな、銃を下ろして"

 

 少しの間を置いて、レイトがそう提案してくれた。先生も待ってましたとばかりにすかさず応じる。

 どうやら二人は信じてくれるらしい。

 

「待ってください。今の言い分を信じるんですか?」

 

 そこで、私に銃を突きつけるRABBIT1が異を唱えた。

 彼女はこちらの言い分を信じていないらしい。

 

『ああ、そうだ』

「養父を助けられたからといって甘くなってませんか?」

『いいや。こちらからも聞くが、相手が違法グループの人間、あるいは傭兵の一種だからと、不信と疑念を向けて当たり前だと思っていないか?』

「そんなことは……」

『俺達が今すべき事は全てを疑う事ではない。疑念の中から事実を拾い、認め、それを信じ、情報を纏め、対策を打ち出す事だ。そしてそれはこちらの仕事。危惧は理解するが、今は先生を守る事に専念して欲しい。お前達が先生を守る力なのだから』

"ミ……んんっ、RABBIT1、銃を下げて"

「……了解しました。出しゃばって申し訳ありません」

"ううん、心配してくれてありがとうね"

 

 不服そうな声音だったが、再度命令されては従うより他はないのだろう。後頭部に突きつけられていた銃口が離れていった。

 アビドス救援2部隊のリーダーなのだろう彼女が銃口を下げたからか、アル達を警戒していた面々も一先ずは下がっていく。

 手を下ろして立ち上がり、銃を返してもらった私は、通信機の方に顔を向けた。

 ホログラムに映っているアコも、通信機に目を向けていた。

 

『証拠も無しに信じるんですね』

「アコと同調するのは癪だけど……私も同感。何で信じてくれたの? それに昨夜、私達を見かけた時に接触してこなかった事も。不良達が共通の敵だったからって私達が敵じゃない保証は無かったよ」

『お前達はアビドスの敵ではない。であれば、俺が疑う必要は無い。それはゲヘナの面々の仕事だ』

「答えになってない。疑わない理由ではあっても信じる理由じゃないでしょ、それは」

 

 まるで大人みたいな躱し方をするなと思いながら私がそう追及すると、ふ、と彼の短い嘆息が返された。

 呆れというよりは……苦笑、だろうか、そんな気配を感じる。

 

『誤魔化されなかったか。まあ隠すことでもないが……―――昔の話だ。後に、アビドス生徒会長になったとある生徒が言っていた事がある』

 

 一笑に付されたと思って更に問いを重ねようとした時、青年がそう話を切り出した。

 どうやら答えてくれるらしいと分かった私は、更なる追及をしようと開いていた口を一旦閉じた。

 

『疑念、不信、暴力、嘘……そういうものを当たり前だと思うようになったら、自分達もいつか、自分を見失ってしまう。それでアビドスを取り戻しても、自分達が思い描いたアビドスにはならない。だから困っている人がいたらその人を疑うのではなく、信じて手を差し伸べるのだと』

「それは……ずいぶん、その……」

『理想論だ。当時既に傭兵をやっていた俺は、そう思った』

 

 私が思っていた事を、10年もそれを続けている青年はハッキリと言い切った。

 

 そう―――理想論だ。

 

 このキヴォトスは暴力に満ちている。少しの事で引き金を引いて争いが起きる。

 知らない相手だったら当然不信を向ける。

 少し問題があったら、誰にでも疑念を向ける。

 自分の身を守るためなら平気で嘘を吐く。

 どこの自治区もそう。例外は無い。

 観光が産業の百鬼夜行も、ヴァルキューレと連邦生徒会のお膝元であるD.U.地区も、過疎になっても不良がよく流れてくるらしいアビドスだって同じ。

 そんな人が生徒会長だったのかと、むしろ驚きだった。

 

『だがな……俺はそれを理想と思いはすれど、空想とは思わなかった。なぜか分かるか?』

「……わからない」

『一人の大人の善意に救われたからだ。その人と会わなければ、俺は15年前に死んでいた』

 

 その言葉にハッとして、柴大将を見る。

 隻眼の大将は神妙な面持ちで通信機を見つめていた。

 

『俺は一度、確かに人の善性に救われている。それを否定はできなかった。だから俺は、少なくとも一度は相手を信じてみると決めている。名を知らぬ相手、顔も知らぬ者であろうともだ』

「裏切られた事は、無いの?」

 

 傭兵をやっていたら相手を疑って掛かるのは当然だ。

 偽りの依頼で嵌めてくる事だってある。

 

『幾度となくある』

 

 それへの問いには、肯定が返された。

 けどそれは、沈痛さなんて欠片も無い柔らかい声音だった。

 

『だがそれは、相手を一度も信じない理由にはならない』

「……信じた相手が、敵になったとしても?」

『互いの譲れない信念故なら仕方ない。それは裏切りではないからな』

 

 それは、無条件で信じると言ってるも同義だった。

 理想論を語った人と違ってたった一度だとしても、それは―――

 

「それは……辛いでしょ」

『否定はしない。だが、それが自ら選んだことの結果なら、受けるべき傷だ』

 

 それは、傷付くことも受け入れる言葉だった。

 諦観ではなく覚悟のそれに、なぜだか顔が歪む。

 

「……いつか、取り返しが付かなくなるかもよ」

『死ななければ問題ない。()()()()()()、何とでもなる』

 

 

 ―――なーに、生きていれば何とかなるさ!

 

 

 青年の言葉に、脳裏で大将の言葉が重なった。

 

「……なるほどね」

 

 敵対しても何か理由があるんだろうと……多分傭兵の場合は、依頼次第で、依頼主を敵視するくらいなんだろう。

 彼が話した生徒会長程でないにしても―――

 この青年も、十分な理想家だ。

 人に恵まれたんだなと思った。

 

 まあ……大将の人柄や経緯を思えば、分からない話でもなかった。

 

『納得できたか?』

「うん。わざわざ話させて悪かったね」

『問題ない……話を戻すぞ。便利屋には聞きたい事がある』

「あ、もしかしてさっきの思い出話はこっちを絆そうって魂胆だったの? やるね~」

「え? そうだったの?」

『そんな意図は無いが……』

「だろうね。ムツキの冗談だから気にしないで」

『そうか』

 

 ムツキのからかいにアルが騙されるが、私はそれは無いだろうと分かっていたので嘆息した。

 勿論やろうと思えばそういう腹芸くらい出来るだろうけど、それくらい見抜けるし、見抜かれた場合の事を考えればリスクしかない状況だった。やるメリットが無いのである。

 

 ……まあそれに、多分彼が話した『生徒会長』は例の人だ。

 

 故人の話を引き合いに騙し討ちを仕掛けるほど、彼は堕ちてないだろう。

 

「それで、聞きたい事って?」

『幾つかある。お前達の依頼主の名は?』

「……悪いわね。守秘義務があるから教えられないわ」

「…………」

 

 アルがそう答えた途端、白髪のSRT生の方から強い視線が向けられる。

 さっき出しゃばった手前、口出しはしてこないようだが……

 対して、同じ傭兵でもある青年はその答えを予想してはいたのか、『そうか』とアッサリとした受け答えで流した。

 

『なら、昨夜の依頼の具体的な内容はどうだ』

「まあ、それなら。と言ってもあなたや皆も知ってる事よ?」

『お前達の行動を知っているが、経緯を知らない。その辺りを把握しておきたい』

「社長、忘れてたけどこの件はワカモさんに話してなかった事だから……」

「……あー確かに……」

 

 彼はワカモさんから今日何があったかの報告を聞いていたけど、いま発覚したウチの話は初めて出る情報だ。

 実際、アビドスを襲ってた連合と全くの無関係とも言い難い。

 なのでそれをそれとなく伝えると、アルも言わんとする事を理解したようで、少し遠い目をして頷いた。

 

 それから青年の問いに応じる形で、依頼主の情報は極力避けつつ、私達がどんな依頼を受けてどう動いたかを報告。

 これがそのままヒナやアコに伝わるのは正直アレなのだが、背に腹は代えられない。

 依頼主の具体名は出さなかったが―――本命依頼を受けないよう助言した理由まで問われたので、最近癒着バレしたとか、暗殺計画がバレてヤバい所とは伝えた。

 最近それで有名なのは一つしかないのでそれで分かる筈だ。

 

 守秘義務?

 相手は自治区トップにして治安維持組織トップ、事情聴取の一環だから仕方ない。

 便利屋も企業だ、SRTによる介入をされたら話すしかない。シャーレの超法規的権限の前にはひれ伏すしかない。

 だからこれは仕方のない事なのだ。

 無実を証明するためだから。

 

 アコにやれ面倒な事に、やれまた問題をとグチグチ言われながらも報告を終えた頃にはアルは半ばグロッキー状態で椅子に座って虚空を見上げていた。

 そんな彼女の隣の席に腰掛けて、肩にぽんと手を乗せる。

 

「私があれだけ忠告した意味、分かったでしょ?」

「ええ、そうね……ほんっっっっっっとうに本命依頼は断っておいて正解だったわ……」

『一つ間違えればどこまでも堕ちていく。気付かない内に、気付いた時にはもう引き返せないほど手遅れで、堕ちざるを得なくなる。あるいは抜け出せなくなると言うべきか……危なかったな』

「本当にね……」

『よく引き留めたな、鬼方』

「素直に受け取っとくよ……」

 

 例の依頼を受けてからの苦労を理解して労われて、私は苦労が報われたと実感し、ほんの少し涙した。

 そうしてはぁとため息を吐く私の耳朶を、ヘリのプロペラの音が叩く。

 外を見れば、校庭にヘリが着陸していた。

 

『彼岸レイト、着いたわ。降りるから掴まってちょうだい』

『ああ、助かる』

『装備類は私達の方で持とう』

『頼む、七度』

 

 校庭に降り立った青年と少女達―――彼岸レイトと空崎ヒナ、FOX小隊を一瞥した後、私はぐったりと背凭れに凭れた。

 もう退散する事は敵わないだろう。

 やろうとしても、ここにはあちら側の人員が多過ぎる。

 そもそもこっちも弾薬は乏しいし、夜明け前に一仕事してからロクに休んでないから疲れている。

 社長も逃げる素振りが無いし……

 

 もうなるようになれだと、私は寝不足で鈍い思考を放り投げる事にした。

 

 





 以下の情報が更新されました
 ・月雪ミヤコ(RABBIT1)
 ・便利屋68
 ・鬼方カヨコ
 ・空崎ヒナ
 ・天雨アコ
 ・彼岸レイト
 ・後にアビドス生徒会長になったとある生徒


・便利屋68
ギリギリで首が繋がった違法グループ
万が一本命依頼を受けてたら破滅してたかもしれないのでカヨコの采配が輝いた
ヒナが帰って来てもう逃げられないがその気力も無い

・鬼方カヨコ
色々と疲れて考える事を辞めた課長
自分への疑いに食って掛かって「疑うなら責任者の自分を疑え」と庇ったアルに目を奪われた
アルが逃げる素振りを見せないのでここで風紀委員会に捕まってももう良いかなと思っているが、再度便利屋をするというなら即付いていく気でもいる

・空崎ヒナ
レイトに協力的な風紀委員長
ゲヘナ勢最大火力としてよく出張るため共同戦線を張る事が多く、レイトの事は割と理解している方
自治区トップに対するアコの物言いの方がゲヘナが舐められる理由になるんじゃないかなと思い始めている
レイトが便利屋の事で内心頭を抱えてることを察しているが政治的なアレコレは万魔殿の事だと割り切って口を噤んだ*1。ここで便利屋を捕まえる気はあんまり無いが、逃げられると協業関連が面倒な事になりそうなので逃げないで欲しいとは思っている

・天雨アコ
レイトに対して手厳しい行政官
自治区のトップ相手に恐れ知らずな発言が多い
レイトの事を認めていない訳ではないが、尊敬するヒナ委員長と協力するならもっとしっかりして欲しいと思っている
レイトとの関係性は学籍こそ違えどほぼユメに対するホシノポジ

月雪ミヤコ(RABBIT1)
自分が信じる正義にまっすぐな新米SRT生
犯罪者や違法グループ、彼岸レイトに向ける目はとても厳しい
アビドスの元会長とそれを受けたレイトの話を聞いて、少し思う所が出来始めた

・彼岸レイト
一度は相手を信じてみるアビドス生徒会長
夜間警邏中に便利屋が暴れている様子を見て、明後日までに便利屋を調べ上げて朝礼で共有するつもりだった
アビドス住民の誰かの依頼で来た傭兵かと思っていたので思わぬ所でカイザーが出てきて内心頭を抱えている。ワカモ、EXP社と便利屋の協業の件でゲヘナと話す機会を設ける必要が出来て更に頭を抱えている
カヨコからの問いはかつて自分も抱いたものだったため、懐かしくなって笑みを零した

・後にアビドス生徒会長になったとある生徒
もとい、みんなの太陽・梔子ユメ先輩
これ*2は原作でホシノに言った事だが、レイトに言ったのはユメが生徒会長になる前のこと
生徒として、会長として、そして傭兵としてのレイトの原点











FOX小隊の苗字分かったから今後出しやすくなるぞーやったー!!!
ユキノ実装されないじゃないですかヤダー!!!!!!!!

*1
ずっと黙っているがマコトも聞いているので越権云々と言われるのが面倒

*2
疑念、不信、暴力、嘘……そういうものを当たり前だと思うようになったら、自分達もいつか、自分を見失ってしまう。それでアビドスを取り戻しても、自分達が思い描いたアビドスにはならない

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