ブルアカ転生記譚 作:背教者
「先生、こちらは片付きました」
そう言って書類を内容別にボックス分けしてくれるのは当番として来てくれたユウカだった。
トップバッターとして当番を務めてくれた彼女は、元々デスクワークが本業というのもあってか、物覚えも極めて良いのもあってテキパキと書類を片付けてくれた。
シャーレビル奪還時に掛かった弾薬費の手続きに必要な書類の書式を渡してくれたのもあって、とても助かった。
”ありがとう、本当に助かるよ! あの量を前に一人で挑むのは心細過ぎて……”
「気持ちは分かります。あの量は殺人的でしたね」
”リンさん達、容赦が無いよ……私まだ来たばかりなのに……”
ううっ、と泣きべそをかきながら、私もどうにか書類をやっつけて仕事を終えた。
”終わったー!”
そう歓声を上げると、ユウカがおお、と感嘆の声を上げる。
「来たばかり、と言っても先生も早いじゃないですか。私とそんなに変わらなかったですよね?」
”まあ、書類を捌くこと自体は苦じゃないからね。量が嫌なの、量が”
「ああ、分かります……馴れてるから作業は苦じゃないけど、量が多いと気が重くなりますよね」
”それー!!!”
両手の人差し指でユウカを指しがら同意する。
そんな私に行儀悪いですよと注意するユウカも笑みが浮かんでいた。
最初はやっていけるかな、と超銃社会のキヴォトスと今まで暮らしてきた日本とのギャップで不安だったけど、デスクワークでの仲間を得ればその不安も吹っ飛んでいた。
掲示板の皆からユウカ達が常識的な子だとは聞いていたし、奪還戦の時も感じてはいたけど、戦闘が無い穏やかな時間で接した事で彼女への安心感は確固たるものとなっていた。
私とユウカはもう戦友だ、大量の書類という敵をやっつけた戦友なのだ。
そんな気持ちを抱きながら時計を見る。
時間は午後四時過ぎ。終業時間までに一時間もある!
”ちょっと早いけど、今日の仕事は終わり! 終業時間までお喋りしよう!”
「えっ。いいんですか、それ? まだ少し書類は残ってるようですけど」
”今日の含めて期日までは余裕があるから大丈夫! それにユウカとお喋りしたい!”
「なっ……もう、先生ったら……」
私の願望に、ユウカは顔を赤くしてそっぽを向いた。
これくらいで照れちゃうなんて、普段はそんなにお喋りする相手がいないんだろうか?
そんな疑問を抱きつつ、いそいそと飲み物とお茶菓子の用意をして談話の場を作る。彼女の希望でインスタントだがコーヒーを淹れた私は、湯気が立ち上るマグカップを二つ持って、ソファに座るユウカの隣に腰掛けた。
”はいこれ。熱いから気を付けてね”
「ありがとうございます」
そんなやり取りを挟んで、お菓子を摘まみながらコーヒーを啜る。
糖分とカフェインが体に行き渡る……
”キヴォトスのお菓子もコーヒーも美味しいねぇ……ご飯が美味しいとやる気が出てくるから嬉しいよ”
「D.U.地区で市販されてるものですね。安定してるんですよねーこの辺って」
”ミレニアムは違うの?”
「ウチの自治区も安定はしてますけど、味自体はそこまでかも? 技術を活かした機械での大量生産が多いですから。廉価ではあるんですが」
”ナルホドー。一長一短ですなぁ”
「まあ気にしない限り味の良し悪しに焦点は当てないですからね。安価に美味しいものが手に入るなーとしか思いません」
”そう聞くと良いところしかないように感じるね”
「ミレニアムは良いところですよ、治安も良いですし。爆発事故はありますけど」
”ダメじゃん”
「実験には危険が付きものですから。実験場に入らなければ安全です」
”うーん後半はそうなんだけど前半は頑丈なキヴォトスの人ならではの感性だね”
「先生がいたところでも似たような感じなんじゃないですか? 流石に無事故は無いでしょう」
”うーん否定できない”
「ほら、やっぱり」
ふふん、と澄まし顔で笑うユウカ。そんな彼女からミレニアムの良いところや困ったところ、セミナー会計としての苦悩や憤りを聞いていく。
その末に、ある話題に触れるのは必然だった。
「――という訳で複雑なんですよね。セミナーとしてはウチお抱えの特殊部隊に頼るべき、でも会計としてはあの人に頼った方が学校の財政的に助かるって」
”あの人?”
「レイトさんですよ、彼岸レイト」
”あーあの”
奪還戦でモモトークを交わしこそしたが、それ以来特に音沙汰がない――といってもそもそも奪還戦自体が昨日の事である――ので彼の事は何も知らないも同然だった。昨日は忙しくて雑談する暇も無かった。
その彼の事も知れると思って、少し聞いてみる事にした。
純粋に彼女達との馴れ初めも気になるし。
”ユウカとレイトっていつ頃知り合ったの?”
「私がミレニアムに入学して、セミナーに入ってすぐですね。リオ会長から紹介されました」
”えーと、セミナーがミレニアムの生徒会だから……セミナー会長ってことは生徒会長、つまりそのリオっていう子がミレニアムのトップ?”
「そうです。リオ会長はいま三年生ですが、一年生の頃から会長をしていてその頃から関係がずっと続いてるそうですよ。リオ会長自身もセミナーに入ったばかりの会長になる前の頃、当時の会長から紹介されたそうです」
”へー、すごい長い関係なんだね”
具体的にどういう関係なのかは分からないけど、三大校と言われる学校のトップが身内にわざわざ紹介するほど……と考えると、レイトが結構な立ち位置にいる事は何となく想像できた。
それをすごい、としか表現できないのは自分もどうかと思うが。
「そうですね。長い上に、親密だと思います。それなりにお世話になってますし、こちらからもお返しをしてますから」
”ほうほう。というと?”
「お世話になっているのは……あの人、傭兵でして。ウチが抱える秘密の特殊部隊だと作戦は成功するんですが、被害が甚大で修繕費等に莫大なお金が掛かりがちなんです。なので今月は苦しい時に頼っています」
”ああ、さっき話しかけてた事だね……え? 彼、特殊部隊ばりの動き出来るの?”
「失敗されると困るからって、リオ会長の指示でレクチャーを受けたそうです。作戦時はウチもバックアップしてます」
”ビックリした……アビドスっていうところがそんなに魔境なのかと”
「……まあ、ある意味魔境かも? いまなお原因不明の砂漠化で一面砂だらけではありますし」
”うーん魔境が指してるものが違うかなそれは!”
掲示板の皆から話には聞いていたけど、現地民のユウカすらもそう評するほどアビドスの環境は酷いらしい。
逆に興味が出てきたけど……
でも皆の話的に、遭難で死者が出るレベルらしいし。
下手に動くべきじゃないだろうなぁと自分を律した。物見遊山で一日休みに出来るほど余裕がある訳でもないし。
”それで、お返しっていうのは?”
「依頼を達成してもらった時の報酬を多めにしてます。アビドスの月の返済額の数倍くらいですかね」
”ウン十万くらい?”
「数千万ですね」
”あれぇ!? 桁が違う!?”
「去年や一昨年よりも借金自体はかなり減ってるようですが、それでも元が大きいですから」
想像より桁が二つ違った事に驚くが、ユウカの反応は淡白だった。数字の事になると冷静になるスイッチがあるのかもしれない。
いやそんな彼女の頭を悩ませるミレニアムお抱えの特殊部隊っていったい……
どんな酷い破壊跡になるのか逆に気になる……
”数千万って、報酬として多過ぎない……?”
「まあ多いのは確かですが、特殊部隊が出す弾薬費と被害額の方が大きいので……それにあの人にそういう依頼を出す時って、出さなかった場合や失敗した場合の被害に掛かる額の方が大きいんです。そう考えればコラテラルダメージとして処理出来ます。この額なら他の依頼より優先してくれますしね」
すました顔でそう言ったユウカは、ふと、遠い目をし始めた。
「ええ、そうです。特殊部隊が毎回出す被害額を考えれば毎回あの人に依頼した方が総額として安上がりでミレニアムの財政にも優しいんです。本当に、あの人がミレニアムに来てくれれば助かるんですけど。もしくはあの人達が”穏当”の二文字を覚える任務のこなし方をしてくれれば。いえそれが出来たらとっくにやってるんでしょうけどね。あの人に依頼する度にその後の他の学校に依頼した事に関する対応が大変ですがこれもミレニアムを守るためなんですけどちょっとあの人達に文句くらい言ってもいいですよね」
”お、おぉ……と、とりあえずここで吐き出しちゃいなさい……”
「先生……ありがとうございます。では―――」
その後、ミレニアムお抱えの特殊部隊による必要のない出費のせいでいかに予算繰りに苦心しているかの悩みや愚痴を聞いた。
今度ユウカに差し入れしようと決心した私だった。
「先生、こちら終わりました」
”おーお疲れー!”
ユウカの当番の翌日に来たのはハスミだった。
正義実現委員会の副委員長を務める彼女もまた忙しいだろうに、それでも当番として快く来てくれた生徒だ。
その彼女の終了とほぼ同時に私の分も終わったので、今日はこれで終了とする事にした。
”ハスミも書類仕事早いね! 現場で戦う人だからもう少しゆっくりなのかなって思ってたよ”
「副委員長ともなると、訓練日程や備品管理の報告などで書類に目を通しますから。委員長にばかり任せるわけにもいきませんし」
”なるほど。文武両道じゃないと務まらないって事か”
「そういう事ですね。トリニティ自体が文武両道を目指してますし」
”まあ理想だもんねぇ”
昨日のユウカのように、紅茶片手にお菓子を摘まみながら談笑する。
今回の紅茶もハスミの要望だ。聞くところによるとトリニティはキヴォトスにおける紅茶の本場らしくて、ハスミもかなり凝る方なのだけど、インスタントを許してくれる寛容派だった。
まあ私を前に我慢しているだけかもしれないが……
”しかし、正義実現かぁ。字面だけ見ると物々しいね”
「……先生も、そう思われますか?」
”字面だけ見るとね。実態はそうじゃないって分かるけど、外だと『正義』をテーマにした血みどろな創作物多かったし、そうじゃなくても何かを正義にして言い争う人も多かったから”
「キヴォトスも外もそう変わらないんですね」
”まあ生きてる人が大差無いからね。コミュンケーション方法が多少違うくらいだから”
外の人――つまり私は銃弾一発で死ぬし、当たり所が悪かったら大怪我もする。だから暴力なんてそう起きなかった。起きる所では起きてるんだろうけど。
海外だと銃撃戦が勃発したニュースがよくあったし、それで死傷者が出た話もよくあった。
それでも、キヴォトス程ではなかったのだ。
まあキヴォトスもけが人はともかく死者の話は出ないんだけど。
”キヴォトスは銃撃戦多いけど、死傷者の話は全然聞かないよね。案外平和なのかな?”
特に考えがあった訳ではない問いかけだった。
それが、考えなしという悪罵を受けるべきものだった事に気付いたのは、眉根を寄せたハスミの顔を見た時だった。
”あ、ごめん。亡くなる人が居ないのは良い事だなって思って言っただけで、別に他意は無くて……”
「いえ、分かっていますよ。ただそういう話はあまりしない方が良いと思います。負傷者の話はしますが、死者の話は縁遠い子が殆どですから……」
”気を付けます……”
粛々と頭を下げる。今のは本当に考えなしが過ぎていたと猛省する。
―――そうしながら、死が希薄なんだな、と分析していた。
超銃社会。
普通の銃社会と聞いても死を連想させ、実際にそれを証明するように銃撃戦での死者は報道されていた。
でもキヴォトスではそうではない。死に至らず、しかし銃社会は成立している。
つくづく、生徒や住人達の頑丈さ故の奇妙な構造をしていると思った。
誰だって死を恐れてはいる筈だ。
それでも銃を持つ。
それは自分の身を守るためか、誰かを守るためだろうけど……
そうじゃない人もいるはずだ。
相手を傷付けるために銃を持つ人が。
”ねえ、ハスミ。この際だから、ちょっと聞いておきたいんだけど”
「なんでしょう?」
”ブラックマーケットって知ってる?”
「ええ、まあ……指名手配犯や犯罪者がよく屯している場所ですから、正義実現委員会としても要注意地域としてマークしています。そこがどうかしましたか?」
”私は生徒の味方で居たいからさ。そこの人達が”どういう”人達なのか、知っておくべきだなって。ハスミ達は守るためだろうけど……その人達は、きっと傷付けるために銃を持つ人達だから”
敵を知り、己を知ればとも言う。対策を立てるためにもまずは知らなければと思った。
そう思ってのお願いに、ハスミは美麗な眉を再度寄せた。
「……意図は分かりました。ですが、そういう事でしたら私よりもレイトさんに聞いた方が良いと思います」
”レイトが? もしかして、傭兵だから?”
「それもありますが、私が知る情報は断片的です。トリニティを狙う組織の傾向、その狙いという集団の情報ばかりで、ブラックマーケットそのものの情報はそう多くありません。正義実現委員会をよく知ってもトリニティ全体の事は分からないのと同じです」
”あーなるほど”
その人、組織の事は知れても、文化や環境は分からないと。
『傷付けるために銃を持つ人』の一例は知れる。でもそれが凡例か、あるいは特異例かは分からない。
そういう意味では確かに良い選択ではないかもしれない。
”でもレイトは知ってると”
「昔からずっと各地を回られていますからね。それはブラックマーケットも例外ではありません、賞金首がよく潜伏先に選びますから」
”へー……じゃあその前提の上で、ハスミの知ってる事を教えてもらえる?”
「それでよければ」
そうして私は彼女が知る限りのブラックマーケットの情報や、これまで捕まえてきた者達の話を機密に触れない限りで教えてもらって、終業までの時間を過ごしたのだった。
ちなみに、レイトと知り合ったのはハスミが一年の頃、当時の委員長に紹介されたかららしい。
殆どユウカと同じような理由だった。
ユウカ、ハスミと来た次の日の当番はスズミだった。
トリニティ自警団という集団のリーダーらしいが、公的な組織ではないらしい。でもハスミが特に気にした風ではなかったから非公式でもその活動は認められているのだろう。
そしてその活動を続けられる実力を彼女は持っていた。
「―――いま確認が取れました。シャーレの先生って、本当にいたんですね……」
そう言いながら私の身分証でもあるIDカードを返してくるのはヴァルキューレの生徒の子だ。
経緯としては、シャーレに生徒の仲裁を依頼する電話が入り、当番だったスズミを連れて急行。争っていた不良達を退けた後に駆け付けたヴァルキューレの子が、シャーレの事を知らなかったので事情聴取された。そういういきさつだ。
スズミ一人で不良達合わせて三十人近くを返り討ちにしたのは、指揮した私をしてもびっくりである。
”ヴァルキューレには知らされてない感じ?”
「あ、いえ、話には聞いてますよ。朝礼で局長からも通達されました。でも私達はまだ先生の顔を知らないですし、シャーレの活動もよく知らないので……」
”まあ、昨日と一昨日は山盛りの書類と格闘してたからね。外回りは実質今日が初めてだし”
「そうなんですか……なんか、キヴォトスの外から来た大人って言っても、私達と変わらないんですね」
小首を傾げながら、不思議なものを見るように見上げてくる少女。
”そうだよー。銃弾に脆い以外は変わらないよ。そんな私は泣きながら山ほどある書類を捌かないといけないんだ”
「ふふ、泣きながらですか。大人でも泣くんですね」
”そりゃあね、泣きたい時に泣けないなんて辛いだけだから。勿論時と場合を選ぶから心で泣いて顔は笑ってる事もあるだろうけど”
「じゃあ書類と格闘してる時の先生は実は泣いてるって事ですか?」
”そう! あまりの量の多さに泣いてる事が多いよ! 当番の子がいるから何とかなってるけど!”
そう言って、隣で周囲を警戒しているスズミを見る。ヴァルキューレの子もスズミに視線を向けた。
「確か、トリニティ自警団のリーダーですよね。噂は聞いてます」
「う、噂ですか……どんな噂です?」
「えっと……閃光弾をよく使うとか、無力化した人に凄い罰を与えてるとか?」
”……そうなの?”
凄い罰って、いったいどんな罰を与えてるんだろうと彼女を見やる。
当のスズミは不服そうな、複雑そうな表情を浮かべていた。
「凄い罰……凄いかどうかは、分かりませんが。まあ罰は与えてますね。悪事を繰り返す人が少しでも減らなければイタチごっこですから」
”そんなに凄い罰なの?”
「いえ、そこまででは……音楽を聞かせてるだけですし」
”……それ、罰なのかな”
「……まあ、聞いた人は嫌がってるので。罰にはなってるかと……」
そう言いながら、ほんの少し口先を尖らせながら拗ねたようにそっぽを向いた。
いったいどんな曲なんだろうと疑問を挟みつつ、ヴァルキューレの子に別れを告げ、依頼主にも挨拶してシャーレへの帰路に就いた。
その道すがら、彼女との雑談に乗り出した。
”スズミは音楽が好きなの?”
「好き……かどうかは分かりませんが、時間があれば聞いています」
”そっか。キヴォトスの音楽ってどんなのあるのか知らないんだけど、スズミのお気に入りって何? オススメも知りたいかな”
そう問うと、隣を歩く彼女の顔が曇った。
あれ、なんかマズい質問したかな、と内心慌てていると。
「……私のお気に入りは、その。あまり人に薦められるものではないようなので。ご自身でネットで検索されると良いかと思います」
”…………もしかして、さっき話に挙がってた罰の?”
「…………はい」
”……そっかぁ”
なるほど、と納得する。
さっき不服そうな顔をしていたのは、自分にとってお気に入りの曲を凄く嫌がられるものと認めるようだったからだろう。
罰として使っているのは自分だけど、それはそれとして嫌がられるというのは……という複雑な心境。
その不服感と心境とが、あの表情だったわけだ。
”うーん……一応聞くけど、その曲のタイトルって?”
「え、と……」
そんなに酷い曲なのだろうかと気になって問う。スズミは少し躊躇を見せたけど、人が好いからかあっさりと教えてくれた。
あれなんか聞き覚えあるなと思いながらそのタイトルで検索し、上がっていた動画で音楽を再生する。
”めっちゃ聞き覚えある曲だ……!!!”
そして、やっぱ覚えのある曲だった事でそんな感想が開口一番に出た。
”これキヴォトスの外の曲だよ! 懐かしいなぁ”
「え……知ってらしたんですか?」
”知ってる知ってる! 世代ではなかったし聞く機会も少なかったけど、有名だったからね!”
なお、その有名の意味するところは、この歌手の曲の中でネットで最も嫌われている、という何ともなものである。
海外ミームらしいが、そう言われていた事自体は事実だ。
これは知られてはならないな、と心に決める。
私は好きな方なんだけど、海外と日本の差なのかな。
”これがあるって事は他にもありそうだね。スズミ、今度時間あったら色々教えてくれる? オススメのCDショップとかあれば案内して欲しいの”
「わ、私で良ければ……」
”やった! 約束だよ!”
少し恥ずかしそうに、でもちょっとわくわくした顔で頷いてくれたスズミに、私は子供のようにはしゃぎながら喜んだ。
気持ち軽やかにシャーレに却って、勢いのままに書類もやっつける。
なのに全然疲労感が無かった。
”うーん、気持ちってやっぱり大事だ”
「いきなりどうしました?」
”後に楽しい事があると嫌なことも簡単に乗り切れちゃうなって”
そう言ってインスタントのココアを淹れたマグカップを渡す。
既に終業までやる事がなく、半ば恒例になった当番生徒との談笑の時間。外回りもしたのに余裕で書類を捌けたのはユウカ、ハスミ達と余裕を持って終えられていたのもあるが、スズミ自身のデスクワークの能力が高かったのもある。
”ユウカ達もだけどスズミも書類をサクッと片付けちゃって……もしかしてキヴォトスの生徒って、みんなこうなのかな? 大人に代わって政治やれてるくらいだし”
「いえ、皆ではないかと。こういう事を嫌っている方もいます。それに私が出来たのも、先生が私に出来る内容のものを割り振って下さったからです。分からないところは教えてくれますし」
”そりゃあまあ初めてだしね? 初めてなのに早いから驚きなんだけど。自警団も書類仕事とかするの?”
「いえ、特には。そもそも自警団とは言いますが組織ではありませんし……横のつながりはありません。メンバーというのもロクに把握してませんしね」
”へ~”
相槌を打ちながらズズ、と暖かいココアを啜る。
”じゃあ普段はスズミ一人で動いてるんだ”
「そうなります」
”何十人も一人で相手に出来るのもその経験から?”
「そうですね。今日はまだ少なかったので楽な方でした」
”え゛っ”
さらりと何でもないように言うスズミに、私は硬直した。
三十人はいたけど、それを少ないと評するって……
”……もしかしてトリニティって、意外と治安が悪いの?”
「お嬢様学校と言われてるからか生徒の誘拐事案や詐欺などで狙われやすいんですよね。これはレイトさんから聞いた話ですが、これまで懸賞金を掛けられてきた犯罪者の実に3割はトリニティでの犯罪が初犯らしいですよ。初犯に限らなければ5割を超えるとか」
”わーお……”
そこまでなのか、と戦慄する。
アビドスの借金返済のためにレイトが賞金稼ぎをしているが、その生業が成立する程に賞金首は多い。そしてその犯罪者達に懸賞金を都度掛けられるほどトリニティの財政は堅い。その堅さ故に、犯罪者達も身代金目的の誘拐や詐欺を狙う……と。
なんだかなぁ、と思うサイクルが出来上がってるような気がした。
”ハスミ達もスズミも仕事が無くならないね……”
「そうですね。いつまでこの活動を続ければいいのかと、そう思う事もあります。果てが見えませんから」
遠い目をしながらそう言って、スズミもココアを呷った。
ごくりと、飲み下せないものを飲み込むように喉が鳴る。
「けれど……それでも私は、この活動を続けていくんだと思います」
”そっか。それがスズミのやりたい事なら、先生は応援するよ”
「ありがとうございます」
にこりと、スズミは微笑んだ。
その笑顔がとても綺麗で、私も笑みが零れた。
「先生にもそう言っていただけると、勇気が湧いてきますね」
”そう? ……って、私にもって、他に同じような事を言った人がいるの?”
「はい。以前、レイトさんに」
”へぇ”
ハスミかな? と思ったけど、どうやら違ったらしい。
”スズミって彼と結構親しいの? 出会ったのっていつ?”
「会ったのはトリニティ総合学園に入学する前ですね。親しい……かは分かりませんが、自警団活動を行うようになってからは賞金首を捕まえるためにトリニティへ訪れた際によく声を掛けてもらいます。実は私が非公認で援助もなく自警団を続けられているのも、彼と賞金首を捕まえて、その懸賞金を山分けしてもらっているからです」
”レイトが呼ぶって……彼って思ったよりチームプレーするんだね”
「普通の賞金稼ぎは取り分が減るのを厭うそうですが、レイトさんは確実に捕まえるためによく集団行動されてますよ。私以外にも正義実現委員会の方ともよく動いていますし」
そう言った後、そもそも、とスズミは顎に手を当てて訝しむような表情で虚空を見上げた。
「あくまで私の印象ですけど、言われるほどあの人ってお金に執着してない気がするんですよね……」
”そうなの?”
「はい。お金に執着してたら、先生がキヴォトスに来た日も連邦生徒会の下に来てないと思います。各地で暴れていた不良鎮圧の依頼は殺到していた筈ですし、賞金首だってそこら中に居ました。それらを無視して……となると」
”なるほど……”
言われてみれば、確かに、と思わなくもない話だった。
まあそれもお金にがめつくならないといけないほど切羽詰まっていないだけとか、学校が襲撃されているから優先順位が変わっていたとか、色々別の理由も考えられる。
でも私よりも長く彼と接していたスズミが言うなら、多分そうなのかもと思った。
そう思えるのも、私の前で彼が借金やお金云々を気にするような言動を彼がしていなかったからだ。弾薬費やガソリン代について聞かれなかった。
”もしかしたら彼は、お金よりもずっと大事な事を優先してるのかもしれないね”
「……そうかもしれませんね」
ふふ、と微笑と共にスズミが頷く。
そのまま談笑は穏やかに続いて、終業の時間を迎えてスズミとの時間を終えた。
スズミの次の日に当番として来てくれたのはチナツだった。
風紀委員会に所属する彼女も忙しい身なのだが、それでも応じてくれた事はとても有難い。ほか三人と同じく書類を捌くのも早かった。
そういう訳で、終業よりもずっと早くやるべき仕事が終わった。
”チナツも早いねぇ、本当に助かるよ! ありがとうね!”
「いえいえ、これくらいは慣れてますから」
”えぇ……風紀委員会だとあの量もザラなの?”
「まあ……そうですね」
何とも言えない微苦笑を浮かべて頷くチナツに、私は戦慄した。
山のように積まれた書類がいくつもあったが、それがザラなのだという。風紀委員会はどれほどの激務なのだろうか。
是非ともゲヘナについて聞きたいと、コーヒーを注いだマグカップを渡しながらソファに座った。
”風紀委員会って、ゲヘナの治安維持組織だよね? そんなに書類が多いって事は……騒動も比例して多いって事だよね”
「そうですね。ゲヘナは自由と混沌の坩堝と言われていまして……その、問題が起きるのが平時と言いますか。むしろ問題が起きてない方が異常と言いますか」
”そんなに”
「はい。それで捌くべき書類も多くて……捌ける人も少ないですし。なので、もう慣れました」
”……チナツって、一年だよね?”
「はい、そうです」
”……偉いねぇ”
よしよし、と彼女の茶髪の頭を撫でる。
チナツは連邦生徒会へ直訴に来た面々の中で唯一の一年生だ。それを任されるだけの信頼を既に得ているという事だろう。
実際信頼されるだけの仕事ぶりだとは今日一日だけで思った。人柄もよく、仕事が出来て、気配りも出来るとなれば頼られるのは自明の理だ。
ならそれに見合うくらい褒めてあげるのが先生というものだろう。
「あ、その……ありがとう、ございます……」
褒められたからか、あるいは撫でられているからか、チナツは顔を赤くして縮こまってしまった。でも頭を撫でる手を拒否せず、むしろもっとと言いたげにほんの少し頭を押し付けてくる辺り不快には思ってないらしい。
ならばと存分に撫でていくと、だんだんとチナツの表情も緩んできた。
「えへ、えへへ……」
”……かわいい”
「はぅっ!?」
そんなチナツを可愛いと言った途端、びくっと体を震わせながら離れてしまった。
どうやら羞恥心が勝ってしまったらしい。
”あれ、もういいの?”
「うっ……く……は、はい。もう充分です。ありがとうございました」
”そっかー。また撫でてほしくなったら言ってね?”
「……その時は、お願いします」
羞恥で縮こまりながら、それでも素直に頷くのはチナツの良いところだなと思った。
して欲しい事をきちんと表明できるのは良い事だ。
”そういえば、話は変わるんだけど”
「は、はい、なんでしょう?」
”チナツもレイトと知り合いなんだよね? どういうキッカケで何時ごろ知り合ったのかなーって”
「レイトさんですか? 会ったのはゲヘナ学園に入学する前で、委員長に紹介されたからですね。あの方、よく風紀委員会に来られるんです」
”……うん?”
チナツの返答に、あれ、と首を傾げる。
委員長というのは風紀委員会のトップの事だろう。その子に紹介されたというなら、つまりゲヘナに入学してからという事になる。
でも彼女はゲヘナに入学する前に会ったと言った。
矛盾してない? と思った。
”ゲヘナって中高一貫校なの?”
思いついたのは、ゲヘナが中高一貫で、風紀委員会が両方に跨って存在する組織だからという想像だった。それならつじつまが合う。
しかしチナツは首を横に振った。
ただ私が疑問に感じた事の理由は察したようで、申し訳ありません、と苦笑しながら謝罪を口にした。
「お会いしたのは体験入学の時です」
”あーなるほど”
体験入学と聞いて一気に疑問は氷解した。
なるほど、それがあったか、と思わず膝を打った。
そんな私に苦笑を浮かべながら、チナツは話を続けた。
「まあ昔から有名な方でしたから一方的に知ってはいましたが……その頃の私は救急医学部志望で、風紀委員会の合同演習での怪我人の治療の見学をしてました。レイトさんは風紀委員会の仮想敵として戦う依頼で来られていたんです」
”レイトってそんな事もしてるんだ……”
「報酬が確約されていて政治に巻き込まれない事なら割と何でもするらしいですよあの人。まあそもそも問題児を捕まえるか訓練相手になる仕事しか基本やらないらしいですけど」
そう言った後、あ~……と何かを思い出したような呻きを上げるチナツ。
どうしたんだろうとコーヒーを啜りながら続きを待った。
「そういえば偶に
”変な依頼って?”
「委員長を襲うという依頼です」
”???????”
え、なにそれ、と本気で困惑した。
襲う……襲う? 男性が女性を襲う的なアレ? いやでもそれやってたら今頃険悪だよねぇ、と考えていると、こちらの困惑を察したらしいチナツが苦笑しながら詳細を話してくれた。
端的に言うと、ゲヘナの生徒会にあたる万魔殿の議長――つまり生徒会長は、なぜか風紀委員長を目の敵にしており、度々嫌がらせをしてくるのだという。業務を増やしたり、訓練時間を増やしたり、意味があると思えない作業を言い渡したり。
その一環として、委員長と戦う依頼をレイトに出しているのだという。
チナツが入学してからも一回それに遭遇したらしい。その時に当の委員長があっさりと襲いに――もとい戦いに来たレイトに応じて、模擬戦に向かったとか。
”なるほど……なるほど? いや、なんでレイトそれ受けてるの? 断ればいいんじゃ?”
「私もそう思ったんですけど、曰く委員長の気分転換になると……当の委員長も一頻り戦った後はすごくパフォーマンスが上がってるんですよね。本人もストレス発散になるからと受け入れていますし……」
”バトルジャンキーなのかな???”
「どうでしょう…………」
答えに窮したようにそう濁すチナツ。
明確に否定しなかった辺り、彼女がどう思っているかは推して知るべし。
顔も名前も知らないゲヘナの風紀委員長―――その少女がどんな人物か、知りたくはあるがちょっと怖くなってしまう私だった。