ブルアカ転生記譚 作:背教者
今話はアヤネ視点です
本作独自の解釈や設定が出ます
レイト先輩の病室は、不穏ではなくとも息の詰まる緊迫感に満たされていた。
理由は明白。
彼を治療したという、黒ずくめの怪人が放つ異様さがそれを齎している。
自らを『黒服』と名乗った男性と思しき人物は、どうやら柴大将と卒業生のワカモ先輩とも面識があるらしい。とはいえ7年も前の事、今の彼女たちにとっては初対面も同然だろう。
……治験契約をレイト先輩と結んだということは、柴大将一家全員が顔馴染みなのだろうか。
ふと浮かんだ疑問を振り払うように、私はビデオ通話で繋がっている面々を映すタブレットを持ち上げた。
「セリア先輩とシロコ先輩は、ご存知でしたか?」
『……少なくとも私は会った事無いわ。知ってたら治験契約の話を聞いた時に言及してる』
『私も知らないよ』
「そうですか……」
どうやら知らないらしい。
となれば、レイト先輩がひた隠しにしていたことも相俟って、他の方々にとっては本当に七年ぶりの再会に過ぎず、その存在を忘れていたほど関係性は薄いと見ていい。
おそらくお二人も、この黒服がどういった人物なのか、詳細は知らないはずだ。
すべてを把握しているのは、レイト先輩だけだろう……
「ワカモ先輩、この方はいったい……?」
それでも、7年前には面識があったのだ。
当時どのような経緯があったのかを知りたくて、私は質問した。
ワカモ先輩は警戒の面持ちで黒服を見つめたまま、重い口を開いた。
「……7年前、"ある事"のためにレイトさんが紹介して下さったのです」
「レイト先輩が……?」
ちら、と肩越しに病床の先輩を見る。
つまり、少なくとも7年前から彼と黒服の間には繋がりがあった。そして黒服を大将とワカモ先輩に引き合わせた張本人もまた、彼ということ。
いつから、どうやってそんな繋がりを得たのかは気になるけれど……
「ある事って……?」
核心に触れるべく問いかけると、彼女は片手を持ち上げ、自身の頭頂部にある大きなふさふさの耳に触れた。
「私の耳と尾は、ユキノさんやシロコさんのそれと違い、生まれつきのものではありません。かつて百鬼夜行で起きた大事件の発端……『神降ろし』によって生えた、後天的なものです」
「そ、そうなんですか……!?」
「はい。表沙汰にされていない事なので、知る人は限られますが……」
そこで彼女は言葉を切り、一拍置いた。
それは触れたくないもの、思い出したくない過去を直視するための、痛切な覚悟の間。彼女の瞳には、まだ当時の恐れが色濃く残っているようだった。
以前アビドスを訪れた際の毅然とした女社長の面影はどこへやら、そこには傷を抱えた一人の少女が佇んでいるように見えた。不遜ながら、私は彼女に言いようのない親近感を抱いてしまう。
「―――その原因を取り除く手立てのために、私が紹介されたのですよ」
言葉に詰まる彼女に代わり、私の問いに答えたのは黒服だった。
右眼から白と黒の噴煙を上げながら、怪人は悠然と語り始める。
「厳密に言えば、耳と尾は『神降ろし』によって齎された副次的なものに過ぎません。彼女の生家である狐坂家はそちらを求めていたようですが、『神降ろし』という秘儀を授けた者の真意は降ろしたモノの方にあったでしょう。結果として狐坂家はその一件を境に彼女を残して滅びましたからね」
「そ……そう、だったんですか……?」
「……ええ。私にその瞬間の記憶はありませんが……」
「呪い死んだとしか形容できない現場だったそうですよ。少なくとも外傷はほぼ無し。つまり、ワカモさんの身に降ろされた
黒服の人が残酷な事実を付け加えると、ワカモ先輩がぐっと唇を嚙んだ。
彼女にとって、その過去はまだ乗り越え切れていない痛みなのだ。
生みの親や親戚をすべて一度に喪った喪失感。それは、私には到底推し量れないほど深く重いものに違いなかった。
「そこまでにしておけ。その話は百鬼夜行陰陽部から緘口令が敷かれている上、デリケートな話だ」
そこで、見かねたレイト先輩が、圧の籠った声音で制止を掛ける。
「これは失礼……ですが、これを知った上でなければ私との関係性も正確には伝わらないと判断しました。私がどういう枠組の者なのかも」
「凄惨な現場の詳細まで語る必要はなかったはずだが」
「あなたが私を紹介した動機の重みには必要だったかと」
「……だとしてもだ」
「クックック……留意しておきましょう」
レイト先輩は、あまり黒服の人を快くは思ってないらしい。ワカモ先輩慮っての攻撃性かもしれないけれど、それだけではない気もする。
あるいは私達がまだ知らない何かを警戒しているのか。
―――ともあれ。
オトギ先輩の予想を前提にするならば、こんな不気味な相手を頼らざるを得ないほど、事態は切迫していたという事だろう。
「話を戻しますが……一連の経緯を知った彼は、ワカモさんの身の内に潜ったソレを危惧しました。無論、ソレを宿す秘儀を伝えた者にも」
「花鳥風月部、だね」
「そうです」
話題を戻した黒服の人に、アヤメさんが補足を挟む。
そういえば、彼女は百鬼夜行の人だった。狐坂事変という大事件の詳細を、百花繚乱のトップとして把握していてもおかしくはない。
そして『花鳥風月部』という集団が、ワカモ先輩の生家が滅びるキッカケらしい。
『神降ろし』……科学技術が発展した現代において、それはあまりに眉唾な、オカルトの類に聞こえる。
けれど、狐坂家の人々はそれを信じた。
しかもこの人の話を信じるなら、神を信仰しているからではなく―――あろうことか、ワカモ先輩に耳と尾を生やす、ただそれだけのために。
私の知る世界のルールとは、決定的に異なる価値観で行われた凶行……
背筋にゾクリと震えが走った。
「ソレを彼女の身から引き剥がすために八方手を尽くしたそうです。百鬼夜行に古くから伝わる古の大預言者の伝説、怪異を払う銃の伝承、地方に流布される怪異の噂、黄昏等々……果ては、百鬼夜行外の特異現象等にも手を伸ばした。私はその一環でワカモさん達に会うことになった訳です」
簡単な出会いのあらましを語った後、「まあ……」と黒服の人は続ける。
「結論から言えば、引き剥がす事は無理だったのですがね。強引に行えば彼女は死に至る。皮肉なことに、降ろされた
「そうですわね……今では生まれつきあったかのように、耳も尾も自在ですわ」
「私は遠からず、あなたは衝動に抗えず狂うだろうと予想していました。その予想に反し、立派な大人になられた。感嘆しましたよ」
「……そうですか」
口元の裂け目を深くする黒服。笑みを深くしているのだろう彼の言葉には、純粋な感嘆以外の何かが籠っているように感じられた。
―――興味深い、と。
そんな言外の意思を、ひしひしと感じてしまう。
"7年前の事は分かったよ、黒服。次は彼の左腕に関して教えてもらえるかな?"
そこで、黒服の思索を断ち切るかのように先生が前に出ながら問い掛けた。
黒服と最前で対峙する形になった先生の姿は、同じ女性なのに大きく見えた。あれが大人の背中なのかもと思うと同時、どことなく先輩達からも感じる頼もしさも感じた。
「ええ、勿論。あなたも構いませんね?」
「……ああ」
重々しく、レイト先輩は秘めてきた左腕の事について話す事を許した。
誰にも明かさなかった秘密を、私達はいよいよ知る事になる。そう思うと不安も湧いて来て、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「許可も頂きましたので、話させて頂きますが……結論から言いましょう。アビドスの盾の権能を用いた事が、左腕の黒ずみの原因です」
"盾の権能……? 機能じゃなくて?"
「ええ」
権能。
機械的なそれではなく、概念的な言い回しをされた事に首を傾げる。同じ事が気になったらしい先生もそこを追及したが、黒服の人は権能で正しいと言う。
「権能とは一種の概念です。有形無形に関わらず、キヴォトスではそれが発現します。『その権利に基づき、何ができるか』……先生、あなたにも思い当たる事がある筈です」
黒服の人が、そう水を向ける。
それを聞いていた私に思い浮かんだのは、先生の指揮だった。白銀条約に彼女にも協力してもらう理由としてマコト議長達が挙げた一つであり、彼女単体での理由である。
"……指揮による、生徒の強化"
「そうです。あなたが『先生』である以上、あなたの下に集った『生徒』には権能の影響が反映される……学園都市だからこその概念というわけです」
同じ事に思い至った先生の予想を、黒服の人は肯定した。
指揮による強化は、先生が持つ権能。
私達はそれが出来る事は受け入れていて、なぜ出来るのかは考えなかった。
そこに踏み込んだ考えを持つこの人の言葉は、頭ごなしに否定できるものではないだろう。
「アビドスの盾の場合、障壁の発現が権能でした。判明している限りですが、使い手が生徒であれば起動は可能です」
「なら、アビドスを守るために開発したオートマタでは障壁を使えなかったのは……」
「神秘を持たないからでしょう」
「……神秘?」
リオ会長が呈した疑問には、新たな概念の言葉で返された。
新たなワード、未知の概念に困惑する私達を前に、黒服の人は慣れ親しんだもの故か悠然としたまま続ける。
「身近なもので言えば、ヘイローですね。それの有無一つで語れるものではありませんが……被造物であるオートマタには原則神秘がありません。それ故に権能を起動させられなかったと見ていいでしょう」
「ヘイローが、いわゆる起動キーの役割を担うということかしら」
「概ね合っております。正確に言うなら、起動キーの一つになりますが」
そんな事があるのか、と私は唖然とした。
生まれた時から常にある頭上のヘイロー。いつもそこにあって、でも形は分からないそれを鍵とするものがあるなんて知らなかった。
―――でも、そうなると分からない事がある。
ヘイローが起動キーというのなら……
「ですが……レイト先輩は、ヘイローを持っていません」
病床へと顔を向ける。厳めしい顔で黒服の人を見ている彼の頭上には、他の生徒と違って、ヘイローがある感じが無い。
つまり黒服の言に従うなら矛盾している事になる。
でも、それならどうやって盾を?
配線を弄って無理矢理電気を通すこととは訳が違う筈だ。
「確かに、彼はヘイローを持っていませんが、神秘の有無はヘイロー一つでは決まりません。そもそもそれを絶対条件とすれば、指揮による強化という権能をヘイローを持たない先生が振るえている点で矛盾します」
「あ、たしかに……」
"私はキヴォトスの外の人間だからね……"
「大変興味深いことです。神秘無き者が、なぜ権能を顕現させられるのか。神秘を有する『生徒』、その長たる連邦生徒会長が呼んだが故のものか、生来のものなのか……権能についてはまだまだ未知が多いです」
未だ不可解なことも多い先生の力について所感を述べた黒服の人は、コホン、と咳払いをした。
「話を戻しましょう。ヘイローを持たないことは、神秘を持たないと断定する理由にはなりません。彼が盾を起動出来たのは彼がアビドス高等学校の『生徒』だからです」
"……生徒である事が重要ってこと?"
「はい。学園都市を構築する重要な要素は『学園』です。そこに属する者はその肩書きを持つだけで一定の恩恵を受けます。それが現在のキヴォトスに展開されている権能であり、その恩恵がある者を『生徒』と言うのです。連邦生徒会長の不在によって揺らぎかけましたが、『先生』が来られた事でそれは今も維持されています」
黒服の人が言っている事は、法的なそれにも通ずる文言だ。
けれど今はなぜか、遠い異世界のことについて話しているように感じてしまう。
でもレイト先輩はずっと前からこれに踏み込んでいたのだと思うと、逃げてはならないという気持ちが湧いてくる。
少なくともこれを知らなければ、あの左手の負傷の理由を知れないのだから。
「つまり彼は、彼自身の神秘という内的要素ではなく、『生徒』に一律で付与される外的要素を以て盾を起動していたのです。しかしそれを継続するなら更に代償が発生する。分かりやすく言えば、
「……まさか」
その結論を聞いて、私はふと思い至った。
『生徒』として付与されたモノを使って盾を起動する。それは良い、まだ分かる。
なら、その後は?
展開し続けていた場合はどうなる?
守るために必要な出力が上がった場合は?
そして、それらの負債は誰がどう負担する?
「あの左腕の黒ずみは……盾の権能を使い続けるために必要なものを、絞り出したせい……?」
「概ねそうです。起動した権能は効力や強度、使用時間に応じて使い手から神秘を吸い上げようとします。
私の当たってほしくない予想は、しかし黒服の人に肯定された。
「では、今まで
「時間経過で治る程度に軽微だったためでしょう。その程度であれば、見た目は汗と泥で誤魔化せます」
"時間経過で治るんだ……"
「返せる程度の負債であれば。今回は手遅れになるところでしたが」
今まではリカバリー出来ていた。
しかし今回は、その程度には収まらない程に深刻なものだった。おそらく見た目以上に。
最悪……神秘というものが枯渇して、命を落としていたかもしれない。
事の深刻さを理解した私達は、ゆっくりと振り返った。
レイト先輩の表情は固い。知られてしまった、とバツが悪そうにしてくれている方がまだ怒りやすかった。
そこへ、ふら、とワカモ先輩が力なく歩み寄る。
「……黙っていた理由は、これを知られたくなかったからですか?」
「ああ。盾役を譲る訳にはいかなかった」
「なぜです? ヘイローを持つ私なら不足なく、代償無く盾を扱えたと理解されていた筈です」
ワカモ先輩は縋るように膝をつき、彼の手を取った。
痛みを堪える面持ちで問い掛けた彼女に、同じく何かを堪えるように歪んだ顔のレイト先輩が応じる。
「お前もあの盾なら鉄蛇の主砲を防げると知っていた。そして、お前の攻撃は元々アレに通用していた。あの時のお前に盾を渡していれば、単身仇討ちに向かっていただろう」
「そんな事は……そんな、こと、は……」
「……ワカモまで喪いたくはなかった」
徐々にか細くなり、遂には言葉に詰まって黙ってしまった彼女に、レイト先輩は痛々しげなものを見るような視線を向けつつ続ける。
「お前が落ち着いた後も続けた理由は、俺が最前で盾を使うことが交渉カードになったからだ。白銀条約においてアビドスが出せるものは殆ど無い。だからこそ俺自身に価値を持たせ、それを維持する必要があった」
「……たしかに、提案者自らが最も危険な役回りを担っていたからこそ、私やマコトが耳を傾けた部分もあるわ。ゲヘナとミレニアムが最も危険なら参加しなかったでしょうし、仮にワカモが盾役として出てもレイトを信用したかは……」
「ですがそれで体が蝕まれて死んでしまっては元も子もありません! 守るために死んでは、何も……! 私が、不甲斐なかったせいで……」
弱々しく、懺悔するように俯く。
そんな彼女に、彼の左手がぽんと乗せられた。
「いや、ワカモはよくやってくれた。今日の勝利も、その後の手筈も、これまで積み重ねてきたものがあったからこそ」
そう言って頭を撫でる先輩の顔は、厳めしくはあっても柔らかかった。
「互いにやるべき事を為しただけだ」
―――お互いにやるべき事を為しましょう
それは、レールキャノン最後の一射のチャージを始めた時に、ワカモ先輩が彼へ向けた言葉だった。
彼にとって、それに帰結するのだろう。
ワカモ先輩のことを思って盾役を譲らなかった。
白銀条約の交渉カードになったから以降も続けた。
その代償に体が蝕まれたとしても、それをどうにかするために治験契約を結んで対応できるようにした。
それら全てが、アビドスを守るために必要な、やるべき事だったから―――
「先輩は……」
それらを知った私は、もう限界だった。
震える声が口からついて出ていた。注目が集まるけれど、それすらもどうでも良かった。
「先輩は、間違ってます」
「……何がだ?」
「誰にも何も相談しなかった事です!」
問われた事に、ハッキリと言い返す。
こんなの当たり前の事だった。
「共有されなかった理由は分かりました。当時の情勢を加味して、それが必要だった理由も理解しました……でも、それでも、やっぱり間違ってます。先輩一人が何もかも背負ってるじゃないですか!」
胸中で渦巻く感情の爆発を抑えながらも、それでも語気が強くなるのは止められなかった。
「私とセリカちゃんは入学したばかりだから分かります。でも、ワカモ先輩やセリア先輩達には話していても良かったと思います! 交渉カードという事なら猶更受け継がせて下さい! レイト先輩もいつまでも留年し続けられないんですよ!」
『よく言ったわアヤネ! レイト先輩、こんな話聞かされたからには無理矢理にでも盾は受け継がせてもらうからね!』
私の言い分に、そう乗っかったのはセリア先輩だった。
廃校対策委員会の副委員長として―――それ以上に、去年の間はずっと鉄蛇と対峙する先輩の姿を通信越しとはいえ知ってるからこそ、思う所があったらしかった。
当然だと思った。
初めての私ですら思ったのだから。
『ん……黒服の人、ヘイロー持ってる人なら盾を使っても問題無い?』
「そうですね。元々その盾もヘイローを持つ別の生徒の持ち物でしたし、問題無いかと」
『なら決まりね! セリア先輩って前線に出まくるから、むしろ丁度いいわね』
『ふふ、次期会長がこれで決まりましたね♪』
「……生徒会長がその盾を持つ決まりは特に無いがな」
タブレット越しの賑やかさに先輩は苦笑を浮かべた。
特に反論しないのはもう諦めているからか、あるいは次代に託すことを前向きに捉えるようになったからか。
―――あるいは、と更に思考する。
2年前に発生した犠牲者。黒服の人が言った、盾の本来の持ち主。ワカモ先輩に向けて言っていた『仇討ち』。
話の流れから予想通りなのだとすれば……
たしかに、他の人に盾を託す気にはならないかもしれない。
今の彼は、肩の荷が下りた気持ちなんだろう。
だからと言って怒りは収まらない。この怒りは、ずっと一人で抱えていた事に対するものなのだから。
「まったく……先輩は、隠し事が好きなんですね」
「まったくだ。育ての親に隠れてそんなの背負い込んでるなんてな。育て方を間違ったか?」
柴大将がそう言った瞬間、先輩は苦虫を嚙み潰したように顔を顰めた。
「……生まれつきだ。あんたの責任ではない」
そう思ってほしくないという言葉にならない声が聞こえた気がした。
それが聞こえたかは分からないが、柴大将がふ、と笑った。
「子供の責任は親の責任だぜ。背負ってなんぼのそれを背負わせてもらえないのは、自分が親じゃないと言われてるような気分になっちまう」
言いながら大将は、今も悄然としているワカモ先輩とは反対側――ベッドの右側――へ回り込んだ。
投げ出された先輩の手を大きな手が持ち上げた。労るように、腕を―――完治する前は切断の判断が下された手を、もう片方の手で包み込んだ。
「それに、家族を思いやるのは当然の事だ。あんだけ傷付いたのを見れば、心配にもなる。分かってたみたいに完治までする手筈も整えてりゃ猶更な……」
そこで、はぁ、と大将が嘆息を吐く。
初めて見る嘆息だった。これまで何度か柴関ラーメンを訪れる機会があったが、快活に笑う印象が強かっただけに、その姿は印象的に映った。
「頼むから、あんま無理しないでくれ。正直10年前から気が気じゃねぇんだ。傭兵なんてモンはな、鳴かず飛ばずで良いんだよ」
それは、来客を快活に迎えるラーメン店の店主としてではなく、子供の無事を願う親としての姿だった。
例の拉致依頼では大将は鳴かず飛ばずの元傭兵と評されていた。単純に能力が低かった訳ではなく、意図的に評判を低くしていたのかもしれない。あまりに有名になると危険だと知っていたから。
かつて傭兵だったからこそ理解している危険さに、子供が見舞われている。
それを知った時の大将の内心は、彼が言っているように気が気でないものだったのだろう。
「…………すまない」
さしもの、強情な先輩もそれにはただ謝罪するばかり。
反省しているのかは分からない。けれど、それを無碍にする人とも思えない。家族からの願いであれば猶更だ。
"アヤネ"
そこで、先生が小声で名前を呼びながらちょんちょん、と肩を突いてきた。顔を向ければ、口元で人差し指を立てて、もう片方の指で出入り口の方を指し示される。
今は家族だけにしてあげよう、という事らしい。
こくりと頷いた私は、タブレットをワカモ先輩の近くのベッドに置いた後、先生の後を追って病室を後にした。
以下の情報が更新されました
・権能
・アビドスの盾
・奥空アヤネ
・ワカモ
・柴大将
・権能
黒服から語られたキヴォトスの独自概念
別名"奇跡"
無形には先生の指揮バフ、有形にはアビドスの盾が該当
指揮バフは、キヴォトスが『学園都市』という形を取り、そこに『先生』という肩書きで存在する事で発生した権能
アビドスの盾は神秘を起動キーとしてバリアを展開する
そのため通常、神秘を持たない被造物は権能を扱えない
・
レイトが受け継ぎ、セリアが受け継ぐ事になった盾
神秘を起動キーとして鉄壁の障壁を展開する権能を有する
ヘイローを持たないレイトがこれを扱えたのは『生徒』という外的神秘による恩恵を利用したため
左腕の黒ずみはレイト自身の神秘供給能力を超えて権能使用を継続した代償によるもの
・奥空アヤネ
後輩として、仲間として怒った新入生
かつての情勢や決断に理解は示しつつ、これからは一人で背負わせないという思いの丈をぶつけた
先輩の独善的な献身を「間違い」だと言える希少な逸材
・ワカモ
取り残されすれ違っていた
喪ったあの日から失意と共に己を卑下し続けてきたが、挫折を経て「人を頼ること」を覚えた彼女の学びは、今やアビドスや多くの傭兵たちを守るEXP社という形になっている
7年前の黒服の別名は忘れている
・柴大将
元傭兵の親
酸いも甘いも知るがゆえに心配し、見守ってきた
完治する手筈まで整えてレイトが何かしようとしている事に勘づいているが、敢えて言及していない
7年前当時の黒服の別名を知っているが、そういう事もあるだろうと思い流している