ブルアカ転生記譚   作:背教者

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 今話はカイザー尻尾切りが起きてからの数日間の一幕
 どちらも先生視点です
 カンナは謹慎期間中なのでレイト当番での出演になります


【幕間】シャーレの当番(レイト&カンナ・ミヤコ)

 


【カンナ&レイトの場合】


 

 防衛室のゴタゴタから数日。

 関係各所の混乱や対応が一通り終わってようやく一息つけるようになったと見た私は、ふぅ、と息を吐くと共に背凭れに凭れかかった。

 デスク上のPC画面にはこれでもかというくらいの長ったらしい文章が綴られたテキストファイルが広がっている。あの日――SRT廃校案が正式に白紙へと戻されてすぐ、SRTを動かして防衛室の癒着やヴァルキューレの汚職問題を摘発したことで発生した報告書、その総まとめだ。

 

 癒着していたカイザーコーポレーションの要人の逮捕や聞き取りなどもあって数日掛けたが、そちらの成果は芳しくない。

 

 逮捕自体は出来たが、明らかにトカゲの尻尾切りと分かるものだった。

 しかしそれ以上の追及は出来ない。発見し、押収した証拠品に記載されていたカイザー側の人物は逮捕出来ているからだ。

 その逮捕者の証言からカイザー本部の人物の名は出ているのだが、証拠が無い。

 それゆえ、これ以上の捜索は無理筋だとして打ち切る判断を下さざるを得なかった。

 私の力不足というのもあるが……

 

 そう己の無力を噛み締めていると、コト、という小さな音と共にデスクにマグカップが置かれた。

 

 注がれているのは漆黒色のコーヒー。

 

「―――お疲れ様です、先生。そろそろ休憩にしませんか?」

"カンナ……そうだね、休憩にしよっか"

 

 それを振る舞ってくれたのは、デスクに置いたのとは別にもう一つマグカップを持っているカンナだった。

 防衛室とヴァルキューレの汚職を知っていながら、しかし同僚や後輩達を盾にされ、従わざるを得なかった子である。

 彼女は今回の件で当事者ではあるが被害者でもあった。

 同時に事態の発覚と解決の一助となった告発をした人物でもあった。

 その結果、情状酌量の余地があるとして彼女は一ヵ月の謹慎と半年の減俸処分で済んだ。本人は矯正局入りも覚悟していたようだったが、私を含め多数の陳情もあってそれは免れていた。

 

 それを聞いて少し沈痛な面持ちをしていたのは記憶に新しい。

 

 彼女は自分への罰が足りないと思っているようだった。

 謹慎期間なのにシャーレに来て手伝いをしてくれているのはきっとそれが原因だと思う。曲がりなりにも謹慎処分期間中だから事務作業は出来ないが、身の回りの世話はさせてほしい、報告書を作る際に当事者から話を聞ければ確実な筈だ、と。そう言って聞かなかった。

 暫く休んでほしくはあったのだけれど……

 それでは納得しなさそうだったから、無理し始めるまでは好きにさせてあげようと決め、彼女の好きなようにさせていた。

 

 その彼女の促しに頷くと、少しほっとしたように彼女は息を吐いた。

 

 それからその顔が私とは別の方へと向けられる。

 視線を追えば、私と同じくらいうず高く積み重なった書類と格闘する青年の姿が映った。今日は彼にとって初の当番――といってもそんな感じはしないのだが――の日だったのだ。

 その彼が書類作業をするデスクへと、カンナが持っていたマグカップを置いた。彼女のものかと思っていたがどうやら彼のために注いだものだったらしい。

 

「レイトさんも休憩にしましょう」

「……そうだな。気疲れもだが、眼も疲れてきた。一息入れよう」

 

 彼女の促しを聞いた彼は僅かな間を挟んだ後、徐に書類を置き、眉間を揉みながら言った。

 時計を見れば既に三時のおやつ時を過ぎている。昼食を食べてからずっと書類とにらめっこしていた事を考えれば、集中力が切れたり自覚できる疲労が出てくるのも当然だろう。

 

"カンナは自分の分のコーヒー淹れてる?"

「あ、はい。コップは借りましたが……」

"じゃあそっちのソファに行こっか。レイトもどう?"

「ああ……」

 

 席を立った私はいつものソファへと場所を移した。自分の分のマグカップを持ったカンナも隣に座る。

 レイトはソファと垂直の位置に置いた座椅子の方に腰掛けた。

 彼は背凭れにぐでっと凭れかかり、脱力気味。精神的に疲れているのかその眼は虚空を向いていて、コーヒーも味わうのではなく流し込むような形で口に含んでいるように見えた。

 なんか……思ってたより疲れてる……?

 

「レイトさん、なんだか異様に疲れてませんか?」

 

 カンナがそう聞くと、ごくりとコーヒーを飲み下したレイトがどこか淀んだ眼を私達に向けてきた。

 数秒後、また虚空へと視線が戻る。

 

「……疲れが取り切れていなくてな」

「疲れ……ああ、SRTの件ですね。私……ヴァルキューレや防衛室の事もありましたし……」

"この半月近く、ほぼずっと働き詰めだったもんね……"

 

 私が彼に促されてヴァルキューレに訪問してから激動の日々が続いた。その中で最も動き回ったのは彼だろうと、私達の誰もが認めている。

 彼は自身の伝手を辿ってSRT廃校反対の署名を三日で集めた。その間にカンナから相談を受け、SRT廃校を確実に白紙撤回させるための布石として、信任状すらも三日で集めた。

 

 ここまででヴァルキューレとSRT特殊学園を訪問した初日を含めて一週間の実働だ。

 

 三大校やいくつかの学校は彼が直に足を運んで話をしたとも聞いている。署名の回収も含めればキヴォトス中を駆け回ったと言っても過言ではない。

 それを今も襲撃が続いているというアビドス防衛線の補給や警邏も行いながら……となると、彼の負担は相当なもの。

 SRT廃校案が白紙に戻った後、私の名代として防衛室制圧の実働部隊にも参加。

 防衛室と企業、ヴァルキューレの癒着騒動もあって連邦生徒会は非難を浴び、それを解決したシャーレは一躍有名に。

 それらの対応は、シャーレ所属生徒とこの件に関わった生徒で知名度があるレイトが大半を引き受けてくれた。

 

"……思い返すと、殆ど頼り切りだったね"

「そこは気にしなくていい。SRT廃校を覆すことには俺も賛成だった。部長を任され、尾刃から話を聞いてと段階を踏むごとに予期もしていた。覚悟はできていた」

 

 そう言って、ずず、とコーヒーを啜る。

 

「とはいえ、今後似たような事が起きても俺は手助け出来ないだろう事は覚えておいてほしい」

"それは、なぜ?"

「所属の問題がある」

 

 私の問いに、簡潔にそう彼が応えた。

 その意味を考えていると、隣に座るカンナが納得を滲ませた声を上げた。

 

「ああ……他自治区への干渉問題ですね。レイトさんはアビドスですから……」

「そうだ。今回は公共機関の連邦生徒会の不祥事だった事、尾刃からの暴露と協力要請があったから介入は許されたが、他自治区なら俺が参加するのは内政干渉として校際問題になる。たとえシャーレ部員としてでもだ」

"あーそういう事……"

 

 そこまで聞けば、二人が言わんとする事も分かった。

 シャーレの部員になればあらゆる自治区での戦闘が許可される事をはじめ様々な権限が適用される。そんな超法規的組織だが、いくら部員になったとしても『どこかの学園の生徒』という情報は揺るぎようのない事実である。

 ともすればシャーレを隠れ蓑にして、他学園の自治区に内政干渉する……という事も出来てしまう。

 今回は捜査権や逮捕権を持つヴァルキューレ公安局の局長、独自の権限を持つSRTの二つが味方だったから許された。相手が連邦生徒会だったからこそ所属に対しても公平な扱いを受けたからでもある。

 

 これがゲヘナやトリニティだったら、彼はここまで大胆に協力できなかったということ。

 

 ハスミやチナツから協力を求められても、アビドス生の――しかも生徒会長の――彼は、該当自治区の治安維持組織や生徒会に相当する組織に話を通し、後を任せるしか無い。

 今回は例外中の例外だったという事だ。

 

「アビドスがかつてのように三大校と呼ばれる影響力を維持していれば多少は押し通せたかもしれないが、今や砂漠化で寂れ、過疎化が進んだ弱小自治区。今回は俺の伝手で色々助けられたが、学校としての力は無いに等しい。それは先生も覚えておいて欲しい」

"それは……そういう案件が舞い込まない事を祈っておくよ"

「……そうだな」

 

 曖昧に笑いながら返すと、彼も微苦笑で口の端を歪めながら首肯した。

 揃ってコーヒーを口にして酸味のある苦味で思考をリセットする。

 さらに彼はマグカップを大きく呷り、ごくりとコーヒーを飲み干した。カップをテーブルに置いた彼の表情はどうしてか険しかった。

 

「……カフェインがまだ足りないか……眠気が……」

 

 そう言って眉間を何度か揉む。

 改めて彼の顔を見れば、疲れが出てきたのか朝には無かった筈の隈が目元に浮かんでいた。

 

"レイト、仮眠室で寝ていいよ? 今日はもう随分手伝ってもらったし……"

「……今日の当番は俺だ。任された書類はまだ残っている。これで休んだら、部長として示しがつかない」

"体調が良くないのに頑張る方が示しがつかないと思うけど"

「む……」

 

 上が休まないと下も休めない、という話はキヴォトスに来る前でもよく聞いた話だ。

 シャーレに殊更上下関係というものはないけど、顧問である先生の私と部長の彼だけは権限が高い。そして多くの学校や生徒と知り合いの彼のことを慕う子も恐らく多い。

 そんな彼が休まず働いていたら、それを知った子達もあまり休もうとはしないだろう。

 

「そういえば、レイトさんはよくアビドス中の警邏をされていませんでしたか? 今の内に休んでおかないと後に差し支えるのでは?」

 

 そこでカンナからアシストが入った。

 そういえばシャーレ入部のプロフィールの趣味の欄に『警邏・仮眠』と書かれていた覚えがある。

 ……改めて思うが趣味ではないような。

 スズミも『巡回・散策』と書いていた。彼女の場合は後者は趣味に入るだろうからともかく、彼の場合はどっちも趣味とは言えない気がする。

 ともあれ、だ。

 

"そういう事なら猶更仮眠を取っていいよ。シャーレの当番も大事かもだけど、生徒それぞれの生活や学校の事の方がずっと大事だから"

 

 シャーレは各学校のため、先生は生徒のためにある。

 それを支えようとするあまり、自分の事や自分の学校の事を疎かにするのは本末転倒。私はそれを望まない。

 

「……なら、厚意に甘えて休ませてもらおう」

 

 彼を心配するカンナや私の想いが伝わったのか、彼はそう言って徐に席を立った。

 

「書類は8割ほどは終わっていて、残りは依頼、報告、決済別で仕分けしている。地域、自治区別にはなってない。その残りは、申し訳ないが……」

"了解! 仕分けしてもらってるだけでも有難いよ、気にせず休んじゃって!"

「ゆっくりお休みください」

「ああ……そうさせてもらう」

 

 私達に背を向けた彼は給湯室の方へと空のマグカップを持って向かった後、オフィスの隣に備え付けられた仮眠室の方へと入っていった。

 それを見送った私達は、まだ暖かいコーヒーをぐびりと呷る。

 

"……薄々感じてたんだけどさ"

「はい」

"レイトって割と無理を押して動く人?"

 

 彼が入った仮眠室を見ながら聞く。

 隣からはほんの少し悩むような気配を感じた。

 

「……少なくとも途方もない借金返済のために10歳の頃から賞金稼ぎを続けるくらいには無茶をする人です」

"キヴォトスでもそれは無茶判定なんだ"

「中学生になってからなら分かりますが、10歳は流石に早過ぎますから。それに何十年も前のアビドス生徒会が作り膨らんだ借金の返済に、まだ中学にもなってない子供が動くというのも……その額を含めて無茶な話です」

 

 ズズ、とカンナはコーヒーを啜った。

 それからふぅ、と小さく息を吐く。

 

「まさか留年されてまでそれを続ける程とは思いませんでしたが」

"……じゃあレイトは、常に無理をしている?"

 

 自主的に二回も留年してまで、という点から安直に予想した私の問いに、カンナは少し悩む素振りを見せた。

 肯定はしないが、否定もしない。

 そんな微妙な塩梅のようだ。

 

「こう言うと、おそらく彼に否定されるでしょうが……私と彼には共通する部分があります。その点から言えば『常に無理はしていない』と言えます」

"共通する部分?"

「不規則な生活サイクル。日頃の警邏。賞金稼ぎや他自治区からの届く依頼の傭兵稼業。金銭関連を除き、それらは公安局の業務に近しい。通報があれば日夜を問わず急行しますし、犯罪があればパトロールを強化します。指名手配犯を追って他自治区と協力する事もありますし、要請を受けて動く事もあります」

 

 虚空を見上げ、過去を振り返るように遠い目をしながらカンナが言う。

 掲示板の皆も一人SRTとか一人シャーレとか言ってたけど、ヴァルキューレとも通ずるものがあるんだなぁと聞いていて思った。

 いや、むしろ実態はヴァルキューレ寄りなのかも?

 

"なるほど……じゃあやっぱり今回の事で相当負担を掛けてたって事か……"

「それは私が頼った事も関係していますし、SRT特殊学園の廃校反対には彼自身が積極的だった事もあるので、あまり気にしなくていいと思います」

"うーん……まあ、そうだね……"

 

 常に無理はしていない。

 彼のことをよく知っているらしいカンナが言う事を信じるなら、その『日常』から外れた今回の件は無理をしていたという事だろう。

 まあ夜の警邏もしていたならそりゃそうだよね……

 

"しっかり眠れてたらいいね"

「そうですね」

 

 そうして、二人でまたコーヒーを啜った。

 

 

 休憩の後、私は再び書類と格闘を始めた。

 彼に任せた分の残り2割の書類は、あらかじめ仕分けしてくれていたものをカンナが更に学園別に分けてくれたので私の手間は更に減って、今日やる予定だった分は全て終業までに終わらせる事が出来た。

 ユウカ達が当番だった時のように談笑が出来るほど終業までに余裕がある訳ではないけど、でも時間通りに終わったのは事実だ。

 

"カンナもレイトもありがとね! 予定分は終わったから本当に助かったよ!"

「いえ……私はお礼を言われるほど役に立てていません」

「俺も初の当番だというのにやりきれなかった」

 

 二時間ほど仮眠を取ったレイトが仮眠室から出てきたところで、お礼を言う。

 しかし二人は素直に受け取る様子が無かった。

 うーむ、こういうところも『共通する部分』なのだろうか。多分カンナも自覚してないだろうけど。

 

"レイトが手伝ってくれてなかったらそもそも終わらない量だったよ。カンナも書類整理してくれたから、私がやる手間が省けて処理に時間を割けた。素直に受け取ってほしいな"

「……先生がそう言うのでしたら」

「……次の当番ではしっかりこなせるよう、体調を万全にしておく」

"気にし過ぎないようにね? レイトが頑張ってる事は私も知ってるから。カンナも無理せず気楽に手伝いに来てね!"

「努力します」

「……善処する」

 

 なんとなく似た受け答えをした二人を見送って、今日の業務は終了した。

 レイトもカンナもしっかり者だけど……

 なんだかんだ目が離せない子達だと分かった一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


【ミヤコの場合】


 

 レイトの初当番の翌日の当番はSRT特殊学園に存在するグループの一つ、RABBIT小隊の小隊長である月雪ミヤコだった。

 

「先生。本日はよろしくお願いします」

"うん、よろしく。当番の仕事で分からない事があったら聞いてね"

「はい」

 

 苗字のように雪を思わせる髪色の少女は、少し緊張した様子でデスクに座って書類と睨めっこを始める。

 当番の仕事といっても、基本的に最終判断は私が下すものなので当番にしてもらっているのは仕分けやデータの打ち込みばかり。どちらかと言えば単純作業に分類されるものが基本だ。

 まあシャーレ自体、始動し始めてあまり時間が経ってないからでもあるのだけど。

 SRTとか捜査関係の書類は昨日レイトとカンナと一緒にやっつけたから、例の一件に関するものは今日の書類に混ざっていない。

 そして今日の予定分は、ミヤコが一年生である点も考慮して少なめにしていた。

 連邦生徒会から送られてきた分を含めてもかなり余裕がある。

 

 そのため午後4時を過ぎた頃には予定分を終える事が出来ていた。

 

"うおー! 終わったー! お疲れ様ミヤコ!"

「はい、お疲れ様です」

 

 私の喜びの声を、彼女はクールな様子で受け流す。

 うーん、クールな子だ……

 

「終業時刻は1730と伺っていますが……1時間ほど早く終わりましたね。この後は何をされるのですか?」

"いつもなら当番の子とお喋りして時間を潰してるね"

「ではそうしましょう。私も先生と話す機会が是非欲しかったので」

 

 若干前のめりな勢いでそう言うミヤコ。クールな表情だけど情動の方はちゃんと少女のようだ。

 そんな彼女の誘いを断る筈もなく、私は飲み物を用意して、ソファに並んで座った。

 

"はいこれ、コーヒー。熱いから気を付けて。砂糖とミルクはテーブル上にあるからお好みで"

「わかりました。ありがとうございます」

 

 マグカップを受け渡した後、私はゆっくりと自分の分のコーヒーを口に含んだ。酸味のある苦味が口内に広がっていく。

 ミヤコはと言えば、テーブル上に置いてあるシュガースティックを手に取っていた。どうやら彼女は砂糖だけ入れる派らしい。

 ミヤコがコーヒーを口にして一息入れるのを寛ぎながら見ていると、こちらの視線に気づいたのか、彼女もこちらに目を向けてきた。

 

「先生? 私の顔をじっと見て、どうかされました?」

"いや顔っていうか、見てたのは全体? 砂糖だけ入れる派かー覚えとこって見てただけだよ"

「なる、ほど……?」

 

 きょとんとした顔で小首を傾げるミヤコ。ちょっと小動物っぽいなぁと思えるのは、今も付けている兎耳を模したヘッドセットの影響だろうか。

 少し視線を下げれば、書類作業中も着ていたタクティカルベストが視界に入る。

 仕事を始める時やお昼休憩の時にも"それ脱いだら?"と聞いたけど、「いつ敵襲があるか分かりませんので」と言って断られた一幕が脳裏に蘇る。まあ外回りの依頼が入れば護衛についてもらう訳だから二度手間になるのもなぁと思って引き下がったのだ。

 特殊部隊のきらいが強いらしいし、あまりとやかく言うのも彼女達の規律や自立心に良くないだろうし。

 

「あの、先生。お話があるんですけど」

 

 ぼーっと色々考えていると、意を決したような面持ちのミヤコから話を切り出された。

 

"うん? なに?"

「SRTの責任者になっていただいた事です。お礼、言えてなかったですから」

"ん……? お礼は言われてたような"

 

 ミヤコの話に私は首を傾げた。

 掲示板の皆に報告したように、白紙撤回が決定したことをSRT特殊学園で報告した時に皆からお礼は伝えられている。ミヤコもその一人だった事は覚えている。

 そんな疑問を浮かべるのは分かっていたのか、ミヤコは狼狽える事なく口を開いた。

 

「個人的なお礼です。SRTは私にとっての憧れで……廃校になるかもしれないって聞いた時、頭が真っ白になって。ユキノ先輩が諦めていた様子だったのもショックで……」

 

 ミヤコは顔を少し俯け、手元のコーヒーの水面に視線を落とす。

 当時の心情を思い出しているのだろうその横顔は暗鬱としたものだった。

 

「でも、先生を案内してきた時は吹っ切れている様子で。最終的に廃校も無くなりました」

"なるほど……ミヤコはユキノを尊敬してるんだね"

 

 ミヤコが個人的にお礼をしたいと思うほど感謝の念を抱く理由。それはあの日、光の無い眼をしていたユキノを立ち直らせた事に端を欲しているらしかった。

 先輩後輩の関係であるとはいえ、ミヤコは一年でSRTに入学したばかり。

 それでもそこまでの感情を抱くという事は、それだけ強くユキノに入れ込んでいるから。

 とても尊敬しているんだなと、私は予想した。

 そして、その予想は当たっていたらしい。ミヤコは少し頬を赤くしながらはにかんで、はい、と頷いた。

 

「中学生の時に、先輩の……FOX小隊の活躍をニュースで見たんです。その時から先輩は私の憧れで。それでSRTへの進学を決めました」

"そっか……憧れの先輩を追いかけて、か"

「はい」

 

 微笑みと共にまた頷き。

 少女してるなぁと、微笑ましい気持ちになった。

 

"その顔を見れて、あのときユキノを説得した甲斐があったよ。本当に。生徒が喜んでるのが私としても本望だから"

 

 そして、そんな少女の想いを守れた事に私もまた嬉しくなって、そう言った。

 すると笑っていたミヤコが表情を改めて、じっと私の顔を見つめてきた。

 

「……本当に、先生は生徒の味方になる人なんですね」

"まあ……それが私だからね"

「それは、先生だからでしょうか?」

"それだけじゃないよ。大人としても、私個人としても、私にとって困ってる子を助ける事は当たり前の事だから"

「……なるほど……」

 

 私が言う事を、私の眼を見つめながら聞いていたミヤコは、静かに頷いた。いま聞いたことを吟味するように思案顔を浮かべる。

 少しして、外されていた彼女の視線がこちらに向けられた。

 

「……ユキノ先輩が言っていた通りの人物なんですね、先生は」

"ユキノからはなんて?"

「当たり前のように当たり前じゃない事を言う人だ、と」

"うーんキヴォトスの歪みが凝縮されてるコメントだ……"

 

 ユキノから聞いたというその言葉に、私は額を押さえて天を仰いだ。

 子供が政治を取り仕切り、自治区の運営を回している状態はとても健全ではない。でもそうせざるを得ないくらいキヴォトスの大人は悪辣な人が多いのだという。

 それが如実に表れたようなコメントに私は嘆くばかりだ。

 そんな私に、ミヤコは苦笑を零していた。

 

「ふふ……今だから言いますけど、正直なところ、私は先生の事を信用していませんでした」

"まあ、キヴォトスの子達は大人に不信感を抱くって話だしね"

「そうではなく。いえ、それもあるにはあるのですが。あの人……彼岸レイトさんと一緒に居たでしょう?」

"ん? まあ……そうだね"

「だからです」

 

 おや? と首を傾げる。

 これまで会ってきた生徒達は、みんなレイトに対して信用を寄せていた。勿論それは顔見知りだからというのもあるだろう。彼の行動を見てきたからこそだと。

 

 しかし―――どうやらミヤコは、彼の事を信用していないらしい。

 

 どういう事だろうと素直に気になった。

 

"言い方から察するに、ミヤコはレイトの事を信用してないって受け取れるけど……"

「そうですね。正直、今も信じていいのか分かってません」

"私の事は?"

「先生は信じられる人だと思ってます」

"ん~……???"

 

 質問を重ねても私は首を傾げるばかりだった。

 『レイトを信じても私は信じない』か、『レイトも私も等しく信じない』ならまだ分かる。でも『私は信じてレイトは信じない』理由が分からない。

 

"どうして彼は信じていいか分からないのか、話せる?"

 

 そう問うと、ほんの一瞬、ミヤコの顔に緊張が走った。

 しかし小さな呼吸と共にそれは霧散する。

 

「……これは、ひどく個人的な、込み入った話になるのですが」

"うん"

「ユキノ先輩と同じように、私もSRTから去る事は嫌でした。勿論先輩と離れるからというのもありますが……SRTには、そこにしかない『正義』があるからなんです」

"SRTにしかない正義?"

 

 オウム返しのように呟くと、彼女ははい、と言葉を返してきた。

 

「トリニティの正義実現委員会といった集団の名前に付けたり、あるいはヴァルキューレの生徒のように信念や行動理念にしたりなど、人は誰しも自らの行動が『正義』だと信じている……しかし私にとって、彼女達の正義は『本当の正義』ではないと思うのです」

"というと?"

「『正義』とは、理にかなった正しい道理のこと。つまりは真理です。であるならば相手や状況によって変わるものではない。しかし各所の治安組織は様々な利害関係の中にあり、その結果、『正義』というものを自分達の都合のいい形へと歪曲し続けてきました……ですが、SRT特殊学園だけは違います」

"連邦生徒会長直轄の組織だから、だよね"

「そうです」

 

 今のシャーレも似たようなものだ。学園間の関係や利害の問題に左右されない。

 いやもちろん舞い込んでくる仕事や人間関係での利害関係には晒されるのだが、連邦生徒会直轄組織として公平中立の立場である事は示されており、かつこれを動かせるのは『先生』だけだ。

 部長も動かせる人物ではあるが、先生である私の許可がなければ名代は名乗れない。

 

「SRTを動かせるのは連邦生徒会長だけ。その権限の下に時と場所を選ばず、相手がだれであっても同じ基準で、自らが信じる一つの正義を追求できる……そんなSRT特殊学園に、私は憧れたのです」

"……でも私は連邦生徒会長じゃないよ?"

「確かにそうです。ですがあなたは先輩達に指示を出し、かつてのようにカイザーの不正を暴き、正義を執行しました」

 

 更にミヤコは、それだけではありません、とやや興奮気味に続ける。

 

「SRTは連邦生徒会長の指示のみを受ける組織。先生たちの尽力もあり、今は先生の指揮の下に動くことが許されましたが……それはともかく。つまりSRTは連邦生徒会にも正義の刃を向けられる数少ない組織でもあるのです」

"まあ、だからこそ防衛室の癒着を暴く時に協力を頼んだわけだしね……"

 

 癒着を暴露したカンナだけでは危ない。

 私の名代としてレイトも向かわせてもまだ厳しい。彼に逮捕権や捜査権は無いからだ。

 だからこそ、どんな勢力にも縛られないSRTに早速働いてもらった。

 

「しかし、SRTはその特異性故に、他の治安組織との共同任務をまず行いません。機密性、迅速性の観点もありますが、連邦生徒会長の独断で自治区介入という形になる行動のため、該当の自治区の方々が良い顔をせず協力を得られない事が殆どだからです」

"あー……シャーレの介入は自治区長としてはあんまり喜ばしい事じゃないって話に近いね。私も依頼が来てから動いてるし"

「そうですね、そのイメージが適当かと」

 

 私の想像を肯定した後、それで、と彼女は話を戻した。

 

「防衛室の不正を暴く時、先生はSRTだけでなくヴァルキューレと一般生徒を絡めた指揮をしました。つまり異なる正義を掲げる者達があの時は一つの目的に向けて動いていたということです。更に言えば、それはSRTの正義とも合致していた」

"う、うん? まあ……そうなのかな?"

「そうなのです」

 

 いまいち分からない感覚だったが、ミヤコの中では確固たるものになっているらしく、強く肯定された。

 正義……正義かぁ……

 雲を掴むような話だし、そういう話に拘泥するとロクな事にならないイメージしかないからあまり傾倒しないつもりなのだけど……

 

「その経緯を見て、私はシャーレでなら他の学園の生徒達とも揺るぎない正義の下に活動できると考え、先生を信じようと思いました」

"なるほど……それで、レイトを信じられない理由は?"

 

 彼女が私を信じる理由と背景はおおよそ分かった。正義に関しての持論や信念を全て理解できたとまでは言えないが、並々ならぬ想いがあり、そして私には相応の期待が寄せられている事も分かった。

 それはそれとして、この話の発端は『なぜレイトを信じられないのか』である。

 そこをまだ聞けてないので、改めて問いかけると――

 

「あの人の行動に正義は無いからです」

 

 ――バッサリと、ミヤコの冷たく吐き捨てるような評価が耳に入ってきた。

 

"……えっと、どういうこと……?"

 

 あまりに突拍子の無いように感じる評価に、思わずそう問うと。

 むむっと眉根を寄せた表情でミヤコは口を開いた。

 

「私も会ったのは最近なので伝聞程度にしか知りませんが……あの人は賞金稼ぎにして傭兵、お金のためならどこにでも行って何でもするでしょう」

"……でも彼、何十年も前からの学校の借金返済のために動いてたらしいけど"

「ブラックマーケットでの活動は不必要な事です。そんな人の行動に正義なんて見出せません」

 

 難しい顔でそう言ったあと、その筈だったんですけどね……と少し疲れた雰囲気を滲ませながら彼女は続けた。

 

「今回、あの人は何の見返りも求めず無償で署名集めや信任状集めを行い、防衛室の制圧任務にすら従事したと聞きました」

"そうだね。一応当番扱いでお給料は出るように処理はしたけどそれも別に求められたわけじゃないし……というかそもそもアビドスの方が襲撃されてるのに、そっちに対処しつつこっちにも尽力してくれてたんだ。信任状だってカンナから事情を聞いて、より確実かつ迅速にSRT廃校案を白紙に出来るようにって念を入れての行動だったらしいよ"

「らしいですね。私もユキノ先輩から教えてもらいました……だからこそ、分からなくなったんです。あの人の正義は何なのか、と」

 

 悩みながらのその言葉は、どうすればいいのかと困っている心情を多分に含んでいた。

 ミヤコは彼を信じられないと言っていたが、実際は判断に迷っているらしい。その判断基準が『正義』なのはかなり独特だが……

 

"とりあえず、これからシャーレで会う事もあるだろうしゆっくり考えればいいと思うよ。すぐに判断できる事じゃないしね。会ったばかりっていうなら猶更ね"

 

 『正義』の基準や判断が彼女を迷わせているように感じたけれど、そこはデリケートな部分だ。敢えてそこには触れず少し時間を置く提案を出しておく。

 

「……そうですね」

 

 同意したミヤコは少し温くなったマグカップの砂糖入りコーヒーを口に含み、ごくりと飲み込む。

 それを見て、私もマグカップを傾けるのだった。

 

 

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