求めるべきマントの質…
それを見つけた出久のそれからの鍛練は、少し精神的にキツいものとなっていた……
「(ミントグリーン、ミントグリーン……。アラミド繊維の密度、ウレタンの伸縮率……)」
移動中、授業中問わず出久は布に触れ続ける……
具現化系の鍛練がキツいと言われる所以として、具現化したいものを常に触れたりしてイメージしなくてはならないというものがある…
しかも、いつ具現化出来るようになるのか一切解らないのである……
そこにあるのか、ないのかすら分からないゴールに向かって、ただ暗闇を突き進むような日々……
それが具現化系能力者の登竜門であり、出久を精神的に最も追い詰める壁だった
「(まだ、足りない……? 何が、何が違うんだ……っ)」
授業中、シャーペンを握る出久の左手は、常に制服のポケットの中でミントグリーンの布地を凝視するように擦り続けている……
指先の皮はとっくに擦り切れ、新しく再生した皮膚は硬くなり、感覚が麻痺し始めていた
それでも、触るのをやめれば、せっかく脳に定着しつつある「解像度」が、砂の城のように崩れてしまう恐怖があった
通学の電車内、歩行中、果ては食事中や風呂に入っている時でさえ、出久の脳内は布のことで埋め尽くされている
繊維の織り目の角度、光を浴びた時の鈍いミントグリーンの反射、防刃仕様の芯が持つ金属的な冷たさ、鼻を突く合成樹脂の匂い……
日常のすべてがその「布」に侵食され、時折、目の前の空間に本物がないのに緑色の残像が見えるほどの幻覚に襲われることもあった……
だが、それほどまでに五感を「狂気」で満たしてもなお、現実世界で手をかざした時に生まれるのは、パチパチと虚しく弾ける火花のような微弱なオーラだけ……
形を成す気配は一向になかった……
「……デクの奴、最近マジでキモさが増してねぇか?」
「ずっとブツブツ言いながら、ポケットの中で手をもぞもぞさせてるし……」
クラスメイトたちの冷ややかな視線や囁き声が、今の出久には遠く、霧の向こうの出来事のように感じられた……
ーいつになったら、形になるんだろう……。もしかして、僕は根本的なアプローチを間違えているんじゃないか? 念能力なんて、本当は僕の脳が見せているただの都合のいい夢で、僕はやっぱり、ただの無個性で、何一つ生み出せない人間なんじゃ……?
一度芽生えた疑念は、底なしの泥沼のように出久の心を蝕んでいく……
「個性」なら、ある日突然、身体の機能として当たり前に発現するものだ。
しかし「念」は、暗闇の中で一本の精緻な糸を紡ぎ続けるような作業だ。どれだけ努力しても、明日できる保証はどこにもない……
その絶対的な孤独と不透明さが、中学一年の少年の心をガリガリと削っていく
その日の夜、出久は夢の道場へ行く気力すら湧かないほどの精神的疲労を抱え、自室のベッドで横になっていた
疲れ果てた目で、天井を見つめる
「……諦めるための理由なら、いくらでもあるのに」
かっちゃんに言われた言葉、周囲の憐れみの目……
すべてを諦めてしまえば、このジリジリと脳が焼けるような鍛錬からも解放される。楽になれる……
だが、出久の右手は、無意識のうちに枕元にある「ヒーロー分析ノート」を掴んでいた……
「……いやだ」
歯を食いしばる……
ボロボロになった左手の指先が、シーツの布地を強く、強く掴みしめた……
「何も持っていないからって、ここで止まったら……僕は一生、あの冷たい視線の中に置き去りだ。力は授かるものじゃない。自分で、この手で、作り出すんだ……!」
諦めきれない。その泥臭い執念が、出久の胸の奥で燻っていたオーラを、再び激しく燃え上がらせる
「具現化、しろ……っ!!」
ベッドから跳ね起き、出久は自らの左手を真っ直ぐに見つめた
今、この瞬間にできなくたって構わない。明日も、明後日も、形になるその一瞬が訪れるまで、僕はあの布を触り続けるだけだ……
脳内に、あのミントグリーンの「本物の手触り」が、かつてない鮮明さで蘇る。
恐怖、焦燥、憧憬……
すべてをそのイメージの底へと沈めていく……
その時、出久の体から、それまでの火花とは明らかに違う、濃密で、ぬるりとした温かさを持つ「緑色の光」が、静かに溢れ出し始めていた……