HERO×HERO   作:ティファールは邪道

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4話:発現と一歩

その日は、ただ少し気分転換のつもりだった……

 

精神を摩耗させる具現化の鍛錬から一時的に解放されるため、出久は休日を利用して、いつもより少し遠くの街まで足を伸ばしていた

 

だが、ノートを片手にヒーローの動向を追いかける悪癖が祟り、気がつけば随分と時間が経ってしまっていた

 

「しま、った……! もうこんな時間!? 急いで帰らないと、夜の鍛錬の時間が削れちゃう……っ!」

 

西の空が不穏な赤紫に染まり始める中、出久は住宅街の裏道を焦った足取りで駆け抜けていた

その時だった

 

ーキィィィィィィィッ!!!

 

鼓膜を鋭く引き裂くような、猛烈なブレーキ音が静かな路地裏に響き渡った

出久が反射的に音のする交差点へと目を向けた瞬間、心臓が凍りつく

視界に飛び込んできたのは、スピードを落としきれずに横滑りしながら突っ込んでいく一台のワゴン車……

 

そして、その行く手、横断歩道の真ん中で恐怖に身をすくませ、おもちゃのボールを抱きしめたまま立ち尽くしている小さな男の子の姿だった

 

「あ……」

 

車を運転している男の、狂乱に満ちた絶望の顔が見える

距離にして、十数メートル……

 

今から走っても、絶対に間に合わない。人間の足の速度では、車が子供を撥ね飛ばす方が圧倒的に速い……

 

手が、届かない

 

ー嫌だ……

 

脳裏をよぎるのは、かつてテレビで見た「平和の象徴」の姿。どんな絶望的な状況でも、距離すらも置き去りにして、必ず間に合って人々を救い出す、あの背中……

 

それに比べて、自分はなんだ

 

体が一歩前に動いたものの、自分の無力さを知る脳が「間に合わない」と冷徹にブレーキをかける

 

―届け、届いてくれ……!!

 

出久は泣きそうな顔で、心の底から叫んだ

視界が涙で歪む

 

―目の前で人が助けられないなんて、そんなの、絶対に嫌だ……!!

 

―何のために、あの地獄のような念能力の鍛錬を身に付けた!?

何のために、皮膚を擦り切らし、頭を狂わせるほど、あのマントを具現化しようと思ったんだ……!!?

ただノートに書き留めるだけの、無力な「デク」に戻るのか?

違う。僕は、救ける側の人間(ヒーロー)になるって、あの夜に誓ったんだ!

 

―頼む、届け……っ!

 

"ドクンッ"

 

心臓が、見たこともない激しさで跳ね上がった

全身の血管を巡る生命エネルギー……オーラが、出久の「願い」という名の純粋な狂気に反応し、沸騰を始める

 

―届け……っ!!

 

"ドクンッ!"

 

ー足りない! もっとだ、もっと僕の命(オーラ)を燃やせ……!!

 

―届け……っ!!!

 

"ドクンッ!!"

 

出久は前に突き出した自らの左手を見つめ、喉が張り裂けるほどの悲鳴を上げた

 

「と、ど……けぇぇぇぇっ!!!!」

 

瞬間、出久の伸ばした腕の先から、それまでの生温かい光とは次元の違う、爆発的な量のオーラが溢れ出した

 

溢れたオーラは空中で瞬時に収束し、出久の脳裏に刻まれたあの「手触り」――伸縮性と頑強さを兼ね備えた、ミントグリーンの特殊繊維へと形を変えていく

 

それはマントの形すら捨て、ただ子供を救うための一筋の「大蛇」のような長い布の帯となって、猛烈な速度で射出された

 

バサァッ!! と激しい風切り音を立て、鋭く伸びた布が男の子の身体に、優しく、しかし強固に巻き付く

 

「え……?」

 

「(引け……っ、引っ張れぇぇぇぇっ!!)」

 

出久は無意識のうちに、全身の筋肉を限界まで駆動させ、具現化した布を力任せに引き戻した

 

『練』によって強化された肉体と、命を削り出すような具現化の勢いが、男の子の身体を軽々と宙へと引き上げる

 

ーキガガガガガッ!!!

 

一寸遅れて、ワゴン車が激しい音を立てて横断歩道を通り過ぎ、電柱に衝突して止まった

 

間一髪、鉄の塊から逃れた男の子は、出久の手元へと引き寄せられ、そっと地面に降ろされた

 

「あ、あはは……ま、間に合った……」

 

出久は膝をつき、激しく肩で息をしながら、自らの左手を見た

そこには、まだ実体として微かに形を保ち、陽炎のように揺らめくミントグリーンの布が握られている

距離を凌駕し、小さな命を救い出した、自らの「発」の産声

恐怖でガチガチと震える身体とは裏腹に、出久の胸の奥には、確かな、そして途方もない熱が宿り始めていた……

 

__________________

 

交差点に響き渡る野次馬の喧騒と、赤色灯の冷たい光

車に轢かれそうになった男の子は、駆けつけた母親に抱きしめられて泣いていた……

その傍らで、出久はパトカーの後部座席に揺られながら、自分の両手を見つめていた……

 

公共の場における、許可のない「個性」の使用……

 

法律上は立派な規律違反であり、何より事故の第一発見者(当事者)として、出久は最寄りの警察署へと連行されることになった

 

「――うん、状況は分かった。要するに、今まで『無個性』だと思われていた少年が、あまりの危急に直面して突発的に個性を発現させた……ということだね」

 

取調室で対面した初老の警察官は、手元の書類と出久の顔を交互に見ながら、優しく、しかし厳格な声で言った

今回は幼い子供の命を救ったという明確な「人道規録」があり、悪質なヴィラン行為でもないため、お咎めなしの厳重注意という形で処理されることになった……

 

数時間後、連絡を受けて警察署に飛び込んできた母・引子は、涙でボロボロになりながら出久を抱きしめた

警察の勧めもあり、長年「無個性」とされていた出久の身体に一体何が起きたのか、突発的な発現による異常がないかを確かめるため、二人はその足で総合病院へと向かうことになった

 

「ふむ……変わった個性だね……? 伸縮性が高く、更に固くも柔らかくも出来る緑の布を生み出し操るなんて……ご両親の個性は?」

 

白髪交じりの医師は、新しく撮影された出久のレントゲン写真や血液検査のデータを偏光グラス越しに眺めながら、興味深そうに尋ねた

 

「し、主人は火を吐く個性で、私がものを引き寄せる個性です!!」

 

引子は出久の手をぎゅっと握りしめながら、必死な声で答える

 

「ふむ……。お父様の"火を吐く"という『熱エネルギーを生み出す』という特性が、お母様の『対象を引き寄せる』という性質と、極めて特殊な形で混ざり合い、変質したのでしょうな……

その膨大なエネルギーを物質として結晶化させた結果、その特定の布しか生み出せない……と……」

 

医師は納得したように顎を撫で、カルテに万年筆で素早く書き込んでいく……

 

現代の個性社会において、長年の無個性判定から「奇跡的な超晩成型」として能力が発現するケースは、極めて稀ではあるが前例がないわけではない……

 

医師の診断は、この世界の「理(ことわり)」に沿った、最も合理的な解釈だった

 

「(……違う)」

 

医師の言葉を静かに聞きながら、出久は胸の中で呟いた

これは生まれつき体に備わっていた「個性」なんかじゃない

僕が血を吐くような筋トレに耐え、脳が狂いそうになるまでミントグリーンのハンカチを擦り続け、暗闇の中で自らの魂を燃やして、この手で、ゼロから作り上げた『技術』だ……

 

遺伝子の突然変異でも、奇跡の晩成でもない。

自分の執念が、世界のルールを欺き、「新しい個性」としてカルテに登録させた

 

させてしまったのだ……

 

「身体に異常は見られません。むしろ、中学生にしては驚くほど全細胞の代謝が活発で、肉体の基礎値が高い。これから少しずつ、その『布』を出す感覚に慣れていくといい。おめでとう、緑谷くん。君は、無個性じゃなかったんだ」

 

医師から手渡された、新しく書き換えられた『個性登録証明書』……

 

そこには、出久のこれまでの絶望をすべて塗りつぶすように、新しい文字が刻まれていた

 

【個性名:万能外套(仮)】

 

病院の帰り道、夕暮れの街を歩きながら、出久はポケットの中でその証明書をそっと指先でなぞった

 

「出久……よかった……本当に、よかった……っ」

 

隣で何度も涙を拭う母の姿を見て、出久の胸に温かいものが込み上げる……

嘘をついている罪悪感はなかった

 

ただ、世界が勝手に自分の努力を「才能(個性)」と解釈してくれたのなら、それを利用すればいい……

 

「(これで、僕はスタートラインに立てる……。隠れて修行する必要もない。堂々と、現実世界でこのマントを鍛え上げることができるんだ……っ!)」

 

出久は歩みを止め、夕日に向かって自身の左手をかざした……

パチパチ、と皮膚の表面で微かな、しかし力強い緑色のオーラが明滅する

 

生まれ持った型を書き換えた少年は、その背中に誰も見たことのない「念」の炎を宿し、ヒーローへの道を確かに歩み始めた……

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