冬のある日、アリアは大学の事務室の前に立っていた。まだ14歳。小柄な体と幼い顔つきは、大学の職員の目にひと目で年齢差を示していた。孤児院から送り出された彼女にとって、大学という世界は広く、そして少し怖かった。肩にかけた小さな鞄の中には、核物理学専攻の教科書数冊と最低限の所持品が入っている。
事務室に入ると、温かい光に照らされた机の上に大量の書類が並んでいた。担当の職員が手際よく書類を確認している。アリアが名前を呼ばれる瞬間、心臓がわずかに跳ねた。
「……アリア・マンシュタインさんですね」
その言葉を耳にした途端、アリアの中で何かが止まった。マンシュタイン――聞き覚えのあるようで、しかしどこか遠い名前。孤児院で育ち、両親や家族のことを知らずに生きてきた彼女にとって、突然告げられる血筋の存在は、予期せぬ衝撃だった。
「マンシュタイン家……?」小さな声でつぶやくアリア。
職員は書類の束を整えながら、優しく言った。
「はい、あなたの出生記録や推薦書によれば、名門マンシュタイン家の末裔です。学問的才能にも長けているとの評価ですので、特別推薦での入学となります」
アリアの心臓は速く打った。孤児院で過ごした日々と、血筋という未知の世界。自分の存在が、突然大きな枠に置かれたような感覚。14歳の少女にとって、それは理解を超えた現実だった。
「名門……私……?」目の前の現実を反芻しながら、アリアは静かに胸の内で整理を始める。孤児院での自分――友人も少なく、誰にも頼れずに生きてきた日々――と比べ、今、自分はまったく新しい世界に立っている。
職員が微笑んで言った。
「もちろん、あなたの能力で大学生活を切り開くことを期待しています。ただ、周囲の学生たちも、噂であなたの名前を知るかもしれません。それに心の準備をしてください」
アリアは深呼吸をした。まだ14歳、未熟な身体と感情で、これから大人の世界に踏み込む覚悟を迫られていることを理解した。しかし、孤児院で培った観察力、集中力、忍耐力が、この未知の世界でも彼女を支えることを知っていた。
「分かりました……」小さくつぶやきながら、アリアの瞳は決意に輝いた。
その日、アリアは初めて自分がマンシュタイン姓であることを知った。名家の血筋であること、そしてこれからの大学生活で周囲の学生たちに注目されるだろうことを、彼女自身が理解した瞬間でもあった。未来への一歩は、静かだが確実に踏み出されたのだった。