あなたを生かす、呪いになれたら   作:端取合

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愛の反転、呪いの反面


幕間 愛、あるいは呪いについて

記録 二〇一八年七月 首都東京 某ホテル隣接礼拝堂

四級呪霊及び特異空間(等級推定、名称未定)を非術師複数名が目視で確認する。

(これ)を下位等級に反した異常事態であると潜入調査中の補助監督が判断し、上司に報告後、ホテル従業員及び臨時雇用の聖職者である非術師百数名の避難誘導を開始した。

関係者の協力により誘導は円滑に進んだが、避難開始から三十分後、写真撮影のために礼拝堂を使用していた結婚式前日の新郎新婦及び友人とを合わせた一般人三名と共に、該当補助監督が音信不通となる。

緊急措置として、別件のため某ホテル近辺にいた高専一年生三名が先行派遣される。

先行派遣隊到着時、礼拝堂内に新郎新婦と補助監督一名の生存を確認する。残穢による体調不良が見られるも命に別状はなかった。

遅れて礼拝堂外に一般人一名が呪霊に襲われているのを発見し、高専一年生の内一名が討伐する。一般人は重度外傷、努力呼吸あるものの意識清明であったが状況確認中に急変、意識不明の重体となり現場判断で呪術高専に救急搬送とした。

特異空間は呪霊消失に伴い消散する。

任務終了後被害

物的被害: 礼拝堂外装融解

壁面剥離

東屋半壊

人的被害: 補助監督一名 見当識混乱 中度の意識障害

高専一年生一名 軽度外傷

一般人二名 重度精神ショック状態

一般人一名 意識消失 重度外傷 残穢貯留

 

 

 

 

 

「虎杖悠仁くん」

 

 廊下を歩く悠仁を呼び止めたのは見たことのあるような気がする女性だった。

 シワひとつない黒生地のスーツに身を包み、きっちりとした印象を受ける装いをしながら、白いを通り越して青く染まった顔色をしている。寝ていないのか疲労が取れていないのか、どちらにしろ生気の薄い雰囲気だった。

 

「えっと、……どちらさま?」

「補助監督をさせていただいてます」

「ああ! どうりで見たことあると思った!」

 

 黒いスーツは日々仕事と戦う社会人の標準装備だ。悠仁たち学生が改造済みでありながらも制服であるように、補助監督も日常に溶け込む配慮のされた服装であるのが常だった。

 

「突然で申し訳ありませんが、どうかお時間をくださいませんか」

 

 震える声は、それでも真摯だった。

 ()いで深い礼。このまま床に膝をついて、額を擦り付けてしまいそうな勢いがあるほどの。

 

「ええと、俺は良いんだけど……」

 

 用事もないのだし、悠仁自身は別にかまわなかったが、両面宿儺という呪いの宿主としては違う。

 同級生という立場であっても伏黒恵や釘崎野薔薇といった呪術師や、あるいは補助監督であろうと事情知ったる伊地知であれば話は別だが、どう考えても頭を下げたままでいる補助監督は違うと思う。

 どうしたものか。

 まずは一度誰かに相談してから、というか誰に相談すればいいんだろうか。つらつらと考えていると、返答に困る悠仁の背後から「いいよー」と気の抜けた回答が飛び出した。

 

「五条先生!」

「やあ」

 

 ウィンドブレーカーに身を包んだ五条は、スーツの補助監督とは逆に緩い空気を引き連れてやって来た。近付いてくる気配に気付かなかったことを悔しみつつも、早く追いつかなければと思う。

――命の瀬戸際で、誰かを助けられる力を切望した。

 結果悠仁が手に入れたのは持て余すほどの大きすぎる力と、付随(ふずい)してくる理不尽だった。

 呪いなんて存在は知らなかったが、必死になって叫ぶほど伏黒が止めてくれたにも関わらずに宿儺の指を飲み込んだのは自分自身だ。選んだからには使いこなせるようにならないといけない。でなければ悠仁はまた大切なものを失ってしまう。

 これ以上何ひとつとして取りこぼしたくはなかった。何もできないのは、もう嫌だ。

 強くなると決意新たに、まずは目の前のことから。

 

「……えっと、本当に大丈夫? それ急ぐことなの? なんかお姉さん、顔色も悪そうだし今度でも……」

 

 体調不良が思わしくないのであれば別の機会でもかまわないと伝えようとすれば、五条があっさりと遮った。

 

「大丈夫だよ。なんせ先にボクの許可を取りに来てくれたくらいだし」

「え、そなの?」

「ただし」

 

 人差し指がピンと立てられる。

 

「僕を含む呪術関連者の数名の立ち合い付きだよ」

 

 口調のわりには重たい条件を、いとも簡単に五条は並べ立てた。

 

 

 

 

 

「私の術式は他人の精神に干渉するものでもあります」

 

 普段であれば五条と生徒三人が使用する教室には、珍しいことに片手に満たる人間が待機していた。複数人の静かな息遣いを前に、補助監督の女性の言葉が室内に響く。

 

「干渉するもので〝も〟ってことは他に何があるんですか?」

「そもそも集められた理由は? 集合するように連絡があっただけで、詳しいことは聞いてないんだけど」

 

 伏黒と釘崎の言うことはもっともだった。詳細は伏せられたまま教室に集合、かと思えば突然始まる女性補助監督の話である。疑問は当然であった。

 

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

 女性の話も、伏黒の疑問も、釘崎の訴えも、丸っとすっ飛ばかして、いけしゃあしゃあと言ってのけたのは五条である。

 

「ちょっとね、先日の悠仁のお姉さんの件で共有しときたいことがあって呼んだの」

 

 即座に空気が張り詰めた。

 目に見えて悠仁の顔が歪み、つられて伏黒と釘崎の表情も変わる。

 

(けっこうなことで)

 

 仲間の、その家族の話だ。つい先日の任務案件でもある。意識も変わるだろう。

 五条は続けろ、と補助監督に目配(めくば)せした。補助監督は頷いた。

 

「私の体験したことを、私の視点(術式)で追体験してもらいます」

 

 固まった時間が動き出す。

 塗り替えられる視界。

 鮮やかに歪み、明らかに曲がる世界。

 世界が変わったと同時にはじまったのは、補助監督の女が、ウェディング関係者として調査している最中のことだった。

 

 

 

 

 静止の声は湿度に()かっていた。

 振り返りたいのを(こら)えて「もしも」と悠里は言った。

 死ぬつもりはない。けれど世の中がそう上手く事が運ぶものではないと知っているから、どんな結末も受け入れる覚悟だけは決めた。

 だからこそ。

 

「私が帰って来なかったら」

 

 続けざまに重ねたのは「悠仁のことを頼みたい」という要望だった。

 

「……うん、後見人にでも、なんでもなるよ。金銭面も任せて。不自由させないって約束する」

「あー、それも嬉しいんだけど、……余計なもの(オタクの貢ぎ癖)までくっついてきそうだからいいや」

「喧嘩売ってる? 買うけど?」

 

 後を託すような言葉への即答を悠里は遠慮した。至れり尽くせりな内容はありがたかったが、なにも誰かの人生を背負ってほしいわけではない。

 ただ少なくとも、この場面で何かを頼めば絶対に了承してくれるだろうという打算と、そのためには助からなくてはいけない意識が芽生えてくれるだろうという悪知恵が働いたのは事実だった。加えて納得はできずとも、まだ薄い腹に小さな小さな我が子を抱えて、しかも生涯をともにするパートナーに留められているのだから動こうにも動けないのは予想できていた。

 異議反論がないのは納得ができたからではないことは承知の上で、この場で全員が助かる可能性の低さを友人が理解してくれて良かった。

 悠里はほくそ笑んだ。

 

「あはは、冗談だって。もちろん気持ちは嬉しいんだよ。ただお願いしたいのは、そんな軽く人生までかかった大層なものじゃあなくて――」

 

 人並みに寂しがり屋な、弟のことを思う。

 

「時々さ、ご飯に誘ってあげてほしいんだよね。あとは一緒に遊びに行ったりとか」

「言われずとも許可さえあれば全力でかまいに行く所存だけど? あの子の素直さは普通に可愛い」

「ありがと」

 

 眩しいほどに真っ直ぐな子だ。

 でもどうしたって強さは人を孤独にしてしまうから。

 誰にも内緒で地獄への道を往こうとする子どもに、けしてひとりぼっちじゃあないと。

 

「わからせてやってよ」

 

 義務ではなく、

 責務でもないけれど。

 

「あの子はね、幸せになるの」

 

 誰よりも優しい弟。

 誰よりも愛おしい家族。

 

「穏やかで温かな日常を送って」

「いつか誰かを好きになって、結ばれて」

「あ、恋人とか結婚とかが絶対ってわけじゃなくって」

「面白おかしくバカ騒ぎする友人と遊んだりとか」

「美味しい物いっぱい食べて、満足したらふかふかのお布団で眠って」

 

 そういう、どこにでもあるような。

 

「好きなときにやりたことができるような」

 

 何気なく、されど尊い幸せを。

 

「この世界中の誰よりも享受してほしい」

 

 祈り、願う。

 家族の幸福という望みを。

 

「託してもいいかな」

「相変わらずの弟強火担(ブラコン)~! 今さらだけど悠里は悠仁くんの何のつもりなの?」

 

 悠仁とは双子だった。一卵性ではなく、二卵性。

 片割れというには足りず、ただの姉弟というには深い繋がり。

 

「家族だよ」

 

 この世に産み落とされた順番はあれど、悠里は姉であり、妹でもある。あるいは、――ただ役割を尋ねられたのであれば、良き友人であり、手のかかる子どもであり、教え導く大人であり、同時に――どうしようもなく他人だった。

 どれほど思いを傾けても、どれほど心が近くとも、他人が自分自身に成ることは有り得ない。

 他者に向けるにしては重い感情は、きっと自分のためのものに違いなかった。幸せになってくれという願いは押し付けで、そうあってほしいと祈る身勝手さだ。

 

「というか悠仁くんって守られるほど弱くないでしょうが」

 

 そうだ。悠仁は強い。

 そんなことは、とうの昔に知っている。

 名前を呼んでくれたときから。手を引いてくれたときから。抱きしめてくれたときから。曖昧だった自分を虎杖悠里として存在させてくれたときから、ずっと。

 だけど。

 

「私が守らなかったら誰が悠仁を守るの」

 

 祖父亡きい今、子ども扱いできる大人が存在しないなかで。正しく子どもとしての悠仁を守ることができるのは、きっと悠里しかいない。

 身勝手で、身の程知らずな想いだった。あくまでも悠里の我儘(押し付け)でしかなくて。

 もしかしたら両の足で地を踏み、未来へと駆けていく若人には重荷であるのかもしれなかった。

 でも。

 それでも。

 

「家族の幸福を願うことは、悪いことじゃあないでしょう」

 

 傍にいれない代わりに悠里は想った。

 この先の未来を幸せに生きられるように、と。

 

 

 

 

 鈍い痺れが、腹底を這いずった。

 喉元まで駆け上がってきたそれを、どうにか消化したくて、悠仁は口元を押さえた。

 

「なんで」

 

 悠里は言ってくれなかったのか。

 ずっと一緒にいたのに、呪いが見えるとは一度だって言わなかった。見えないはずのものが見えている、そんな素振りさえ悟らせなかった。

 別離の際の、悠仁の隠し事にも気付いていたということで。

 でもきっと、悠仁が隠そうとしていたからとか、そんなちっぽけな理由で黙っていたのだと思う。呪いを宿した悠仁のことも、呪いを専門にしてきた五条のことさえも(あざむ)いて、なんでもないふうを装って笑みを(たた)えていたことに他ならない。

 それが出来る人間(ひと)だということは、もうずっと昔から知っていたはずのなに。

 

「ずるい」

 

 悠里はずるい。

 守っているつもりだった。危険から遠ざけたつもりだった。

 安全なところで何も知らずに日常を送って、そうやって幸せに生きていくべきひとだった。

 なのに。

 

「知らんかった」

 

 不可視の世界を知らされず、裏側の世界を悟らせず、そうやってひとりで抱え込んできたのだと、はじめて知った。

 守られていたのは、悠仁のほうだった。

 しかも呪いに巻き込まれてなお、最後まで願うことが他人のことだなんて。幸せに生きてほしいと願うなんて。命を諦めたのかと、悠仁を置いていくのかと、怒るに怒れないじゃないか。

 

(愛されていた)

 

 違う。

 

(愛されている)

 

 この甘やかな。

 絶望にも似た歓喜を。

 どう表現すればいいのだろう。

 喉がふるえた。舌がもつれた。唇がわなないて、上手く話せそうもない。溢れそうになる感情を声にすることでもできず、悠仁は(うずくま)った。

 

 

 

 

 

 事の顛末(てんまつ)

 少年少女たちと青年に追体験させたのは、女にとっては思い出すのも億劫(おっくう)な自身の記憶だった。人に見せるのはなおのこと(はばか)られ、けれど――命を懸けて託されたものを、何があっても伝えなければならなかった。

 女の術式は戦闘向きではない。

 前線の場に(おもむ)いたとしても、精々出来ること言えば情報共有だけ。情報の精密さに自身はあれど、呪いを祓う能力には残念ながら恵まれていなかった。

 しかし戦う力がないとは言え、裏側の世界を(かじ)った人間であるのだから、呪いの満ちた場面で動かねばならなかったのは間違いなく自分だった。

 たとえ少女が見える側であったのだとしても、呪いの何たるかを知らない一般人を、渦中に向かわせていい理由にはならなかったのに。

 呪いの前に身体が動かなかった不甲斐ない女を責めもせず、あの少女は悪感情ひしめく影のなかへ飛び込んでいった。

 

(しかも死んだあとの保険までかけて)

 

 母胎として呪いを身の内に取り込むという選択。

 信仰者として神の膝元で加護を得るという選定。

 

 想像だにしなかった、少女の不可視のものへの造詣(ぞうけい)。未知を既知へと転じさせた手腕は、想定外の知識と、想像以上の覚悟のうえに成り立っていた。凄絶な取捨の果てというものを、確かに女はこの目で見た。

 そして親としての役割の象徴である、という思い(認識)による庇護は。

 重ね掛けされた守りは、きっとこの少年のためにこそ使いたかっただろうに。

 両面宿儺の器であると勝手に恐れていた少年は、実際に会ってみれば本当に極々普通の少年だった。絶望への扉を開けた少女が最後まで心を砕いた、たったひとりの家族。

 姉に想われた少年――虎杖悠仁に向かって深く礼を、それでも足りなくて膝をつく、床に額を付けて謝罪する。

 

「申し訳、ありませんでした」

 

 どれほど態度で示しても、どれほど言葉を繰り返しても、謝り足りなかった。

 たったひとり残された家族だ、と少女は言った。弟のことが大切で、幸せになってほしいと願い、守ってあげたいと望み、そんな彼女のことを、結果的に女は見捨てたのだ。責められても甘んじて受け入れる心づもりでいた。

 だと言うのに。

 

「あー、えっとね、お姉さん。ちゃんと助かってくれてありがとう」

 

 返ってきたのは、結末に対して不釣り合いな感謝の言葉だった。

 

「悠里はさ、一度決めたら梃子(てこ)でも動かんからさあ。めんどくさがりのくせに、変なとこで頑固なの。悠里が友達さえ振り切ったんだから、あの場で誰が止めても言うことを聞かなかったよ」

 

 なんで。

 どうして。

 

「お姉さんが謝ることじゃないし、気に病むことじゃあない。しかも疲れてるだろうにわざわざ教えに来てくれてさ、大変だったでしょ」

 

 家族を奪ったに等しい人間を責めないんだ。

 

「だから、ありがとね」

 

 逆に自分を(いたわ)り、気遣ってくれる感謝はどんな罵倒よりも残酷だった。

 強制的な記憶の追体験は、感情こそ共有されないものの、女の視点で脳内上映された内容は忌々(いまいま)しいものだ。止めることもできず少女を死地へと見送る行為に、言葉なく(うずくま)った少年が何も考えないはずがないのに。

 さらに救いようがないのは、許された気でいる自分の浅ましさだった。

 

 

 

 

 

追記

派遣隊到着時、内一名が礼拝堂に人工的な結界を感知していたとのことであるが、残穢からの調査結果により高専関係者によるものではないと判明している。現状結界作成者は不明であり、精査していく必要がある。

特異空間に取り残されていた一般人二名及び補助監督一名は継続したカウンセリングが必要であると診断されているものの、日常生活を送れる状態までには回復している。ただし精神的なショックから補助監督の現場復帰は現時点で困難であると診断されている。

また、礼拝堂の外で発見された般人一名は約一カ月経過後も意識は戻っておらず、継続して高専関係の治療施設に入院中である。

 

 

 

 

 

「難儀だねえ」

 

 五条は眠る教え子の(なまじり)を拭った。

 治療室の寝台に横たわる少女の(かたわ)ら。離さないように手を握り、椅子に腰掛けた不安定な態勢で、じっとしたまま寝息だけを立てている。

 

(あんだけのもん見せられて平静でいられるはずがないか。つくづく恵まれてるのか、恵まれてないのかわからない子だ)

 

 思案するのは、悠仁のことだ。

 不可抗力で、けれど呪いの世界に自ら飛び込んできた、優しすぎる少年のことを考える。

 いっそ身に宿(やど)した両面宿儺如き酷悪さを僅かでも持ち合わせていれば、これほどまでに傷付き、悩むことなどなかったろうに。

 あるいは五条のように呪術師の家系に産まれ育っていれば、上手く消化することもできただろうに。

 

「ま、無理な話か」

 

 状況がマシになる条件を浮かべようとして、(ことごと)く栓なきことを考えてしまったものだ。

 胸の内で挙げたそれらを得ていれば多少なりとも心は救われるだろうが、同時に、虎杖悠仁が虎杖悠仁足る根幹の否定である。自ら選び取った男に対する侮辱だと、誰に言うでもなく反省する。

 

(何と言っても、今回ばかりは問題になるのは虎杖悠里のほうだし)

 

 思索すべきは、五条さえも騙し抜いた少女のこと。

 呪いなど見えないものだと思い込んでいた。

 悠仁の中途編入の際に挨拶したときも、会話に違和感は覚えなかった。呪いに対する素振りはなく、今となっては隠し込んでいたのだろうが、完全に一般人の対応だったはずであるのに。

 

「あーあ、かわいそうに」

 

 それは誰に向けた哀れみだろうか。

 補助監督の記憶を振り返りながら、五条は眉を(しか)めた。

 見せつけられた、最後まで悠仁へと贈られ続けた無償の情。

 心の器を満たしてもなお、溢れてもかまわないと言わんばかりに注がれていく慈しみ。

 呪術師の家系に産まれ育った者ならば手放しでは受け取ることができなかったものだろう。課せられた宿命と、度重なる教育によって、そもそも望むことさえしなかったかもしれない。でもそれはきっと生きていくためには捨て置いてはいけないものだ。

 

 夜蛾正道が五条悟の暴挙を叱ったように。

 天内理子が五条悟の配慮に笑ったように。

 七三健人が五条悟へと信を置いたように。

 伊地知潔高が五条悟の望に応えるように。

 家入硝子が五条悟の行動を諭したように。

 夏油傑が五条悟の隣に並び立ったように。

 

 五条悟が五条悟として生きていくためには、そんなふうに、掛け値なしに他者から与えられるものが必要だった。

 少なくとも五条は大事にしたいと思える感情を、誰かに分け与えられるべきだと考える感情を、生家から出てはじめて受け取った。殊勝なことは口が裂けても本人たちには伝えられないが、まあなんだ、感謝もしている。

 あくまでも人間関係の内だ。

 受け取るのが五条ではなくても良かった感情を、けれど悠仁は一身に受けてきたのだ。一般人であるが故に享受してきた情感が、今の悠仁を作り上げている。

 だからこそ。

 

「まったくもって……――」

 

 呪いを知っていたことも。こんなふうに巻き込まれてしまったことも。

 真綿で首を絞めるような、甘やかな情を注ぎ込んでおいて、家族を置き去りに――深い眠りに落ちていることも。

 

 ――どこまでも厄介な呪い()だよ。

 

 過去に五条自らが生徒に告げた「愛は歪な呪いだ」という持論が、こんなところでまで展開されるなど、考えたこともなかったのだ。

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