──戦いは熾烈を極めた。
命を燃やし続けるアルシュベルドは、枝分かれした鎖で辺り一帯を薙ぎ払い、その度に際限なく龍属性エネルギーが爆ぜ続ける。
「こんな所で死ねるかよ……!! 娼館にだってしばらく行けてねーのによ」
「こっちだって、お酒……飲めてないですッ!!」
「んじゃあ飲めば良いじゃねえかッ!!」
「そっちだって、行きたきゃ行けば良いじゃないですかッ!!」
その余波を浴びても尚──ラグナとアジサイは止まる事を知らない。
誰よりも泥臭く、そして一撃、また一撃と剣閃をアルシュベルドに浴びせ続ける。
全ては生き残る為に。最早大義など関係無い。人間とモンスター、どちらがくたばるかの生存競争だ。
しかし──
「ヴォオオオオオオオオオオオンッッッ!!」
さっきよりも遥かに、アルシュベルドの抵抗は激しい。
鎖を引きずりながら突進したかと思えば、急転換して後ろを薙ぎ払う。
アジサイはまともに攻撃を受け、地面に叩きつけられ、喀血する。
そしてラグナもまた、龍属性エネルギーを帯びた前脚を相殺することが出来ず、全身に痺れるような感覚を負いながら膝を突くのだった。
「……はぁ、はぁ……!!」
「野郎……疲れ知らずかよ……クソッタレ」
ラグナもアジサイも体力は既に限界を迎えつつあった。
無理もない。マガイマガドの狩猟の後、誤魔化し誤魔化ししながらアルシュベルドと戦っていたが──既に精も根も尽きつつあった。
回復薬を喉に押し込んで傷を回復させてはいるものの、これ以上アルシュベルドの攻撃が激しくなればそれすらも難しくなる。
完全に覚醒したアルシュベルドは、これまでに見た事の無いパターンの攻撃を見せてきている。読み違えれば、一瞬で意識を刈り取られる。
「ヴォオオオオオオオッ!!」
両前脚の攻撃を躱すラグナとアジサイ。
しかし遅れて鎖が暴れ、そしてうねる。
先程までは見せなかった動きだ。
ラグナとアジサイの両者を絡め捕り、そして締め上げた。
「ぐがっ……この野郎──ッ!!」
「く、ぐるじ……ッ」
そこに──鎖に龍属性エネルギーの紫電が一気に流し込まれた。
目がチカチカし、頭が爆ぜるような感覚。
電気を耳から流されたような衝撃が襲い掛かる。
それが波打つように二人を打ちのめした後、地面に放り投げるアルシュベルド。
地を這う身の程知らずの不遜な狩人共を沈黙させるべく、鎖を全て地面に突き刺した。
「ヴッッッオオオオオオオオオオオオオオンッッッ」
──アルシュベルドの鎖が更に一際強く強く強く光り輝いた。
ラグナは嫌な予感がして、閃光弾を打ち放つ。
しかし、アルシュベルドは全く怯む様子を見せない。そればかりか、辺りは高温に包まれ──地面が波打ち、紫電が迸る。
「に、逃げ場がない──ッ!!」
アジサイは翔蟲を飛ばそうとした。
しかし、手が動かない。頭がチカチカする。
先の触手による攻撃で生命力を吸われてしまったからだ。
焦燥感、そして死への恐怖を覚えながら彼女は持てる全てを使って逃げようとした。しかし、最早足すら動かない。
「ッ……アジサイ!!」
声がした。
見上げると──そこにはラグナが立っていた。
「ジッとしてろよ──ッ!!」
剣を地面に突き刺し構えるラグナ。
間もなく、爆轟が辺りを覆った。
龍気が周囲の岩を消し飛ばしていく。
それでも尚、ラグナは耐え、耐え、耐え続ける。
今逃げれば、後ろに居る少女を守る事が出来ない。
「無茶です!! こんなの、受け止められるわけが──」
「無茶でもやるっきゃねぇんだよ!! 後は……頼むぞ……ッ!!」
アジサイは紫色に染まる視界の中で、ただただラグナの後姿を見ていることしか出来なかった。
間もなく閃光が辺りを包み込む。
熱が収まった後──それでも、微動だにせずラグナはそこに立っていた。
「ッ……ぁ」
アジサイは──声を漏らした。
胸を射抜かれたような感覚を覚えた。
「……ラグナさん……ッ!!」
あの時も。今も──ラグナの後姿は全く変わらない。
普段の軽薄な態度がウソのように、いざという時は命を賭してでも守りたいものを守り通す。
どんなにボロボロになっても揺るがない──不撓の剣。
(そっか。ボクは……ずっと。この背中を追って──)
憧れだなんて言葉で誤魔化して来た。本当は一目惚れだった。
酒を飲んでも忘れられないくらい頭を焼かれてしまって、焦がれて。
あの背中に惚れて、彼の隣に立つようなハンターになりたかったのだ、と自覚した時。
「死なせないッ!! 絶対にッ!!」
「後は頼むぞ」というラグナの言葉の意味を悟り、いち早くアジサイはラグナの身体と大剣を鉄糸で縛り上げて──その場から脱する。
大技を撃った後のアルシュベルドは流石に疲弊しており、追いかけてくる様子も無かった。
出来るだけ遠くへ、遠くへ、遠くへ。
ラグナを背負ったまま、アジサイは──逃げた。
※※※
……どれだけ眠っていたか、ラグナには分からなかった。
激しい頭痛と共に目を覚ます。アルシュベルドの姿はそこには無かった。
「……ラグナさんッ!!」
体温と重みが襲い掛かってくる。
アジサイが抱きついてきたのだ。
ラグナは自らの掌を開閉する。力が入る。
体力を回復させ、傷を癒す「秘薬」をアジサイが飲ませてくれたのだろう、と察した。
「……此処は」
「逃げながら、キャンプに使えそうな場所を探したんです。此処は閉所になっていて、モンスターも入って来れません」
どうやら、岩壁の裂け目の奥にある小さな洞窟のようだった。
雨が入ってくることもなく、既にアジサイの手で簡易的なキャンプも設置されており、焚き木が点いていた。
「……アルシュベルドは」
「移動したかもしれません。ですが、導蟲がまだ生きています。今なら、追えるはず」
「……流石だな、アジサイ。俺の意図に気付いたか」
「あの大技では大剣のガードでも耐えられないって分かってた。だからボクを生かして、二人で離脱して立て直す……そうですよね?」
「100点満点だ。オマエに頼る事になっちまったのが、俺様的には0点だったが」
「んなッ!! そんなにボクに助けられたのがイヤなんですか!?」
「……るっせーな。女の子の前でくらい格好つけたかったんだよ」
少し拗ねたようにラグナが言った。
それを見て、可愛い所もあるんだ──とアジサイは微笑む。
ラグナは普段年長者ぶってはいるが、時折子供らしいところがある。それすらも今は愛おしかった。
「……ンだよ。ニヤニヤしてどうした?」
「いーえ? 命のやり取りに私情を持ち込むべきではないんでしたよね?」
「そーだよ。だから、一番生き残れそうな択を取った。お前なら、やってくれると信じてたからな」
「ッ……ほんっと、そういうところですよ」
「何だよ。不満か?」
「いーえ。大満足です。それに──久しぶりに良いものを見られましたから」
アジサイは──ラグナの後姿を思い出す。
装備も状況も相対するモンスターの強さも、昔とは違う。
だが、それでも──自分の原点を彼は思い出させてくれる。
「……なぁ、ところでよ、アジサイ」
「何ですか」
「秘薬飲ませてくれたんだよな」
「ええ。肋骨バキバキに折れてたんで、回復薬じゃ無理かなと思いまして」
「……秘薬って
「……」
アジサイは口を噤んだ。
そして──顔を真っ赤にしてラグナを睨み付ける。
それを見てラグナも察したのか、にやにやと笑みを浮かべた。
「ほーん? そう言う事かあ、俺も随分好かれたもんだな、普段あれだけキライキライ言ってる癖に──」
「そうですよッ!! 悪いですかッ!!」
「え」
キレ気味に立ち上がったアジサイは──装備を背負い、キャンプを飛び出す。ラグナはそれを追いかけた。少し揶揄い過ぎたかと思ったのだ。
「お、おい待て、茶化したのは悪かった、おかげで俺は助かったんだからな──」
「……取って下さい、責任を」
「ッ……責任?」
「こっちは、最初に貴方に助けられた時からずっと、頭も心もぐちゃぐちゃで……とにかくっ!! 絶対貴方と並んで、追い越して!! 貴方が、ボクしか見れないようにしてやりますからッ!!」
ぐちゃぐちゃの内心のまま、アジサイは吐き散らす。
自分でも何を言っているのか分からなかった。
だが──その為に何をやるべきかは決まっている。
「アルシュベルドを……狩猟します。そして、生きて帰るんですッ!! 必ずッ!!」
「一つオメー、勘違いしてる事があるぜ」
破軍の剣を納刀したラグナは導蟲を放る。
アルシュベルドの痕跡を辿る光が道に灯された。
そして、隣に立つ一人前のハンターに笑いかける。
「オマエはもう、とっくに俺の隣に立てているよ。じゃなきゃ、あんなこと任せねえ」
「ッ……~~~!! もうッ!!」
きっとそういうことを誰にでも言うんだろうな、と悔しいような嬉しいような、恥ずかしいような気持ちを抱え──アジサイは駆けだした。
※※※
「居た……アルシュベルド……!!」
何かを追い求め、彷徨う亡霊のようなアルシュベルド。
鎖には未だ龍気が絶え間なく迸っている。
「……アジサイ。手筈通りだ。あの大技はヤツの龍気を全て解き放つ。だから──その大本である鎖を破壊するッ!!」
「了解ですッ!!」
「そうすれば、ヤツの大技を抑制することができるはずだッ!!」
飛び出したラグナはアルシュベルドの背後から大剣を叩き込む。
巨体がぐらつき、赤黒い稲光を放ちながらアルシュベルが吼えた。
しかし、そのタイミングも既に読み切ったのか、寸前で耳を塞いだアジサイは怯むことなくアルシュベルドの胸元に飛び込む。
対抗するようにして前脚を振り下ろしたアルシュベルドだったが──
「もう、効かねえよそれは!!」
すかさずラグナが大剣で受け止め、暴れる鎖も衝撃をいなして受け流す。
そして、例によって留守になってしまった懐から、頭部に飛び移るアジサイ。
(”螺旋斬”ッ!!)
その大きな顎が双剣に斬り刻まれる。
悲鳴を上げてのたうち回るアルシュベルドだが、更にそこに追い打ちをかけるように空中からラグナが急襲し、飛び込んで大剣を叩き込んだ。
一度では鎖は破壊できない。
何度も、何度も剣を二人は浴びせ続ける。
鎖が伸び、龍気が暴れるならばラグナが受け止める。
そして、その後隙を縫うようにしてアジサイが鎖を斬り刻む。その度に──龍気が爆ぜていく。
受けるラグナ。攻めるアジサイ。
両者の完璧な連携が、アルシュベルドを徐々に崩しつつあった。
「ファアアアアアウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
一際甲高い咆哮が辺り一帯に響き渡る。
アルシュベルドが鎖を地面に突き刺し、龍気を解き放つ。
ラグナが前に立ち、大剣で受け止めた。
「何度も何度も──もう、その攻撃は喰らわねえよッ!!」
赤黒い稲光が辺り一帯を焼き尽くした。
獲物は今度こそ蒸発しただろう、とアルシュベルドは確信と共に目の前を見遣る。
しかし、砂煙と共に──さっきよりもピンピンした様子でラグナは立っていた。
「──ヘ、ヘヘッ……流石だな。腕が痺れて、もう剣が持ち上がらねえよ……とんでもねえ威力だった。だけど──ッ!!」
「その狂気の鎖から、今度こそ貴方を解き放ちますッ!!」
ラグナの背後から飛び出すのはアジサイだ。
翔蟲を飛ばし、弱りに弱った鎖に螺旋斬を叩き込む。
既に度重なる酷使、そして攻撃によってズタズタになった鎖では、最早上手く龍属性エネルギーを放出することすら出来なくなっていた。
悲鳴を上げてよろめいたアルシュベルドだったが、それでも鎖をアジサイに巻きつけ、乱暴に地面に叩きつける。
「がぁっ……ッ!!」
翔蟲を使い切ってしまったので受け身を取ることすら出来ず、地に伏せるアジサイ。
しかし──ラグナが跳ぶ、その一瞬の隙を作ることは出来た。
アルシュベルドの前脚を踏み台にして、高く高く跳んだラグナは大剣を大きく振り上げ、力を溜めていく。
「冥土の土産に聞けッ!! 俺はラグナ……”飛竜落とし”のラグナッ!!」
「ヴォオオオオオオオオオオオンッッッ!!」
高らかに名乗りを上げたラグナ。そして、同時に、あの宙返り蹴りを見舞おうとするアルシュベルド。
空高く舞おうとする鎖刃竜を今度こそ落とすべく、ラグナは剣を持ち換えた。
「テメェに──引導を渡す者だッ!!」
(──エリアルスタイル・改──”相殺撃墜斬り”ッ!!)
飛び上がったアルシュベルドの顔面に、大剣の全力の一閃が叩き込まれた。
アルシュベルドの巨体が地面に堕とされ、地響きと共に土煙が舞い、そして赤黒い稲光が飛び散る。
そして──その上に、ラグナは剣を突き立て──呟くのだった。
「……強かったぜ、オメーは」
「や、やった、ついに……」
「ヴォオオオオン……!!」
「え」
「え」
ラグナも、アジサイも、目を見開く。
既に屍になったものと思っていたアルシュベルドは──目を光らせ、再び起き上がる。
「ハ、ハハハハハ、ウソだろ、この流れで起きてくるのかコイツ……!!」
「まだ、戦えるんですか……!?」
「ヴォオオオオオオオオオオオンッッッ!!」
咆哮するアルシュベルド。
最早、ラグナもアジサイも余力など残っていなかった。
故に。故に──なりふり構って等居られなかった。
あるもの全てを投げ打つ総力戦が始まった。
──そして、どれ程経っただろうか。
気が付けば、今度こそアルシュベルドは息絶えており、その近くでラグナもアジサイも──豪雨が降りしきる中、大の字になって倒れていた。
「……とんだ狩りだったな……ったく」
ラグナはアルシュベルドの亡骸に目を遣る。
結局、トドメの一撃を入れられたかどうかも分からなかった。
全てを出し切って満足したかのようにアルシュベルドは死んでいた。
二人は──死んだ顔で肩を支え合い、フラフラになりながらさっきのキャンプ地に向かう。
バクバク、と胸が未だに止まらない。
「……生きた心地がしねえ。古龍とやり合った時以来だ」
「……そんなにですか。いや、ボクも、ここまでヤバいのは初めてでした」
「……ハハ、オメーが一緒で良かったよ。じゃなきゃ死んでた」
「……それで。どうするんですか」
「何がだよ」
「……いや、もうどうでもいいです」
中身の無い会話。
最早、話す事を考える余裕すらアジサイには無かった。
命懸けの戦闘の後か、もうすっかり思考は死んでいた。
そして、戦闘の高揚感は後を引き続け、彼らの胸は常に早鐘を打ち続けていた。
キャンプに入っても、未だにアドレナリンが止まらない。
この場には誰も居ない、二人っきりだ。
「……濡れたままだと、風邪引きますね」
「……ああ」
言葉数は少ないが──二人は防具を脱ぎ捨てた。
びしょびしょに濡れたインナーも脱ぎ捨てて、互いに見つめ合う。
「……アジ、サイ」
ラグナは、ぼうっとした頭でアジサイの身体を目からつま先まで、じぃっと睨めていた。
すらりと引き締まった体躯。しかし、蜂のように縊れた腰。
ガキのようだと散々バカにしてきた彼女が──否応なしにメスであると思い知らされた。
どうしてこんな「女」を色々理屈をつけて放っていたのだろう、とラグナは自分の愚かさを呪う。
「……あの」
アジサイは──自分でもどうかしていると思っていた。
だが、未だに興奮は冷めやらなかった。
命の危機に瀕した生き物は、本能的に子孫を残す事を求める──というバジルの
言葉の意味を、身をもって彼女は思い知る。
自分で柔らかい部分をラグナに押し付け──希う。
「……冷えた時は、人肌で温め合うと──言いますが」
アジサイの理性は、先の戦闘で完全に蒸発していた。今此処にいるのはケダモノだけだ。
「……ボクでは……ダメですか?」
そうして餌を釣られてしまえば、ラグナはもう己を制する理由など無かった。