ワンナイトから始まる狩猟生活   作:タク@DMP

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第十七話:願うならば

 ※※※

 

 

 

 ──大嘘吐きのラグナ。

 

 

 

 それが、ハンターになったばかりのラグナに最初に付けられた仇名だった。

 

 

 

「黒いリオレイアって……信じるか?」

 

 

 

 嗤われたことが殆どだ。その場では信じて貰えた素振りをしたが──後から「あいつは頭がおかしい」と陰口をたたかれているところを見た事もある。

 

 ──居るわけねーだろ!! 黒いリオレイアなんてな!!

 

 ──見間違いだったんじゃねえか?

 

 ──居るかどうかも分からねえモンスター探してハンターやってるなんて、馬鹿げてるぜ!!

 

 ──よう!! 黒いリオレイアは見つかったか? ラグナ!! ギャハハハハハ!!

 

 一緒に寝た女にすら、何かの見間違いだと言われた。学術院では、証拠の無いものは認められない、と突っぱねられて誰も本気にはしてくれなかった。

 それが、一時期のラグナを荒ませる原因になったのは言うまでもなかった。

 

 だが、中には真摯に話を聞いてくれる者。信じがたいとは思うが、ラグナの狩りの姿勢を肯定してくれる者もいた。ラグナが完全に歪まずに済んだのは、そうした人達との関わりだった。

 そして漸く──バラージュで、同じ黒い飛竜を見つけ、そして鱗まで拾った者と出会えた。それが──他でもないマタビだった。

 ラグナにとっては、喉から手が出る程に追い求め続けた「黒い飛竜の実在の証拠」だった。

 

 焚き木の前で──生乾きのインナーを着たまま、ラグナとアジサイは身を寄せ合う。

 沸かした湯を飲みながら、冷えた身体を中身から温めていく。

 狩りの後とは思えない程の穏やかな時間が過ぎていた。外は未だに雨が降っている。ラグナもアジサイも、外に出る気にはとてもではないがならなかった。

 今だけは、狩りの事も飛竜祭の事も──忘れてしまいたかった。

 だが、そんな中であえてラグナはアジサイに問うた。黒いリオレイアを──信じるか、と。

 

「……黒いリオレイア、ですか? 黒いディアブロスなら聞いた事がありますが」

「今となっちゃ、俺もアレがリオレイアだったのか分からねえ。リオレイアを何匹も殺した今だから言えるが……姿かたちは似ていたが、中身は最早別物だった、と思う」

「……そんなのと、一体いつ出会ったんですか」

「信じるか? アジサイ。誰も見たことが無い──黒い飛竜を。俺は……ずっとそいつを追ってる」

 

 アジサイの問いには敢えて答えず、逆にラグナは問いかける。

 彼のいつになく真剣な表情にどぎまぎしながらも、アジサイは──ゆっくりと、言葉を選ぶように答えた。

 

「証拠が無いものを……直ぐに信じることは、ボクには難しいです。ひょっとしたら見間違いかもしれないですから」

「……だよな」

 

 残念そうにラグナは言った。

 分かってはいた。やっぱりか、という諦めが。そして失望がラグナの中に渦巻く。

 分かり切った事じゃないか、と己に言い聞かせる。

 

「悪い。忘れてくれ──」

「でも──信じる、信じないじゃなくて──それを追い求めるのがハンターじゃないですか」

「え?」

 

 思いもよらぬ答えの続きに──ラグナは顔を上げる。 

 アジサイの顔は、期待で輝いている。

 

「そう言う意味ではボクは──ソイツと戦ってみたいと思いましたけどね。リオレイアの形をした、リオレイアではないナニカ……聞いただけで血が沸いてきそうです。だから、ラグナさんがそれを追っているというなら──ボクも、一緒にそれを追いかけてみたいです」

「一緒に?」

 

 ラグナは目を丸くした。

 

「ええ。目撃者は……多い方が良いでしょう? それとも、ボクでは不足ですか」

「ッ……はは。そうか。一緒に、か」

 

 彼は──試し行為をしたことを恥じた。

 この問いかけに色んな答えを出してくれる人が居た。

 だが「一緒に」などと言ってくれるのは、アジサイが初めてだった。

 

「でも、変なラグナさん。どうしてこんなこと聞くんですか」

「小さい頃だ。家族と乗ってた飛行船が──そいつに堕とされて、俺だけ生き残った」

 

 アジサイの顔が強張った。

 ラグナにとって、これが如何にセンシティブな話題かをアジサイは悟った。

 

「当時はだーれも信じてくれなかったよ。ガキの言う事なんかな。そりゃそうだ、黒いリオレイアを見たヤツなんて他に居ねえんだから」

「そんな。世界にはモンスターが溢れていて、どんな亜種が居るか分からないのに」

「……俺が名を上げ始めて、”飛竜落とし”って呼ばれるようになってからは、ちらほら信じてくれる人も出てきてくれたけど。それでもきっと、あの頃の俺は泣いたままだ」

 

 ラグナは──当時の自分の心境を振り返る。

 味方は誰も居らず、孤独。

 辛さも、過去も、仇すらも誰も理解しようとしてくれない。

 そのうちラグナは諦めるようになった。他者と深い関係になることを。

 上っ面だけは軽薄な笑みを浮かべ、世を渡り歩くようになった。どうせすぐに別れるのだから、どうせ分かってくれないのだから、と言い訳して──自ら孤独に身を投じた。

 それでも心は他者との関りを求めた。だから──刹那的な肉体関係を求めた。

 

 結局、ラグナの心が満たされる事は終ぞ無かったのであるが。

 

「俺はきっと、やっつけてほしかったんだよ。どっかの強いハンターに……あの黒い飛竜を」

「……なんで、今まで黙ってたんですか」

「さぁな。何となく機会が無かっただけだ」

 

 それが、一つの理由。

 もう一つは──なまじ仲良くなってしまったアジサイに、リオレイアの話を否定されるのが怖かったからだ。

 ラグナにとって、黒い飛竜の一件は最早己の根幹を成しつつあり、それを否定されることはハンターとしての彼自身を否定されることに等しかった。

 故に──ラグナは人に深入りすることを避けた。パーティを組んでも、すぐに離れて黒い飛竜を探し続ける生活を続けた。

 

「ボク、許せませんッ!! ラグナさんの家族を奪っておきながら、その黒い飛竜が今ものうのうと生きてるなんて!! 家族の仇じゃないですか!! ボクだったらきっと、命を捨ててでもソイツの首を獲りに行きます……ッ」

「……モンスターを憎んでも何も意味が無い。それが、今までの狩猟生活で得たことだ。俺達だって獲物を殺すだろ。そいつには親や子供が居たかもしれねえんだぜ」

「それは、そうかもしれませんけど……」

「今あいつに会って──どんな気持ちになるかなんて、その時にならねえと分からねえと思う。分からねえから──だからこそ、会いたい」

 

 アジサイは──ラグナが獲物に感情移入してしまう理由が少しだけ分かった気がした。

 大切な人たちを失う痛みを、ラグナは誰よりも理解している。

 アルシュベルドの討伐が決まった時も「残念だが」と言っていたことからも伺える。

 尤も、アクラ・ヴァシムのように明確に人死にが出ているならば、そうも言っていられないので──命を奪わねばならない場面は弁えているのであるが。

 

「……話してくれて、ありがとうございます」

「俺の方こそ──ありがとな。……この話を聞いてくれる人が居ると……少しだけ、あの頃の自分が救われるような気がするんだ」

 

 ラグナの心の奥底に居る、幼いまま止まった彼自身。

 それを受け止めてくれる存在を──彼は探していたのかもしれない、とアジサイは思った。

 女好きで派手で、豪快で、一見いつも周りに誰かが居るように見えるラグナは──誰よりも、孤独を抱えていたのではないか──と。

 

「辛気臭い話して悪かったな。そんで? オマエは我慢勝負に勝ったわけだけど」

「……むぐ」

 

 未だに熱を持った太腿を擦り合わせ、アジサイは顔を逸らした。

 

「何でもお願い、しても良いんだぜ? 禁酒解禁でも、娼館禁止でも何でも言えよ」

 

 ラグナは──ヤケクソ気味に言った。正直、ここぞという場面で己の欲に負けてしまったことを後悔していない訳ではない。

 しかし、致してしまったこと自体には、後悔は無い。

 

「……何でも、良いんですか?」

「ああ、勿論」

「……さっき、言った筈ですよ」

「え?」

 

 ふにゃり、とした笑みを浮かべてアジサイはラグナの腕を抱き寄せる。

 

「……ボクも黒い飛竜を追いかけたいです。ラグナさんと一緒に」

「い、良いのか? そんなことで──もっと他にあるんじゃ」

「だって、娼館禁止は……する意味ないですよね。だって、ボクが居ますし?」

 

 顔を赤くしながら言ったアジサイ。しかしラグナは真顔で一言。

 

「味変したい時はあるだろ」

「最低の発言が更新されましたね……いや、もう良いです」

 

 アジサイはお腹を撫でる。先の行為の激しさを鑑みると──果たして自分一人で彼の精力を受け止めきれるのか、不安になってくる。

 しかし、そこを持ち前の反骨心で跳ね返した。

 

(いや、負けませんが!? ……負けっぱなしはボクのプライドが許さないです……ッ)

 

 何とか心を持ち直したアジサイは、咳払いすると──先の話に戻す。

 

「後、禁酒解禁も願いませんよ。酒は貴方に言われなくても勝手に飲むんで」

「酒カス……」

「貴方はチンカスじゃないですか」

「でもオマエ、酔った勢いで俺を襲ったから、実質俺の上位互換じゃん」

「短い人生だったなぁ──」

「おいやめろ速やかに自刃の準備に入るな」

 

 最初のやらかしを思い出すと、やっぱり希死念慮が唐突に発生してくるアジサイ。

 どうあがいても、彼女がラグナを襲ったという事実は変わらない。

 

「つーか、今回のお誘いもオマエからだったし。オマエも大概スケベだろ」

「……フン。ガキみたいな女に興奮してた貴方が言いますか。散々人の事、子供扱いしておいて」

「いやー、その件なんだけどよ」

 

 ラグナは──首からぶら下げたロケットペンダントを外し、アジサイに見せた。

 中を開くと、すっかり古びた家族写真が入っていた。

 口ひげを生やした貴族服の男と、その隣に座るドレス姿の女性。

 真ん中には、蝶ネクタイをつけたラグナと思しき少年と──幼い少女の姿。

 

「……これって」

「俺の両親。俺の隣にいるのが──妹。血は繋がってねーけど……本当の妹みたいに可愛がってた」

「連れ子ですか?」

「そこそこ良い所の家だったからな。親父にも新しい縁談が来たんだ」

 

 懐かしいよ、とラグナは続ける。

 遠い思い出。引っ張りだす度に胸が痛くなる。

 ラグナにとって、何よりも眩しくて、そして二度と戻らない時間だ。

 

「よく子供扱いして、怒らせたっけか。怒った顔も可愛いから、つい揶揄っちまって……」

「……もしかして、ボクを妹さんに重ねてたんですか?」

「オマエみたいに素直な子は……妹を思い出しちまってな。んまあ、結局オマエの言う通り手ェ出しちまったんだが……」

 

 俺はダメな兄貴だな、とラグナは頭を抱える。

 

「……妹はもう居ねえ。そんでもって、オマエはガキじゃねえ。立派なハンターになった。結局、あの頃からずっと進めてねーのは、俺だけだったんだ」

「ボクは妹さんの代わりにはなれないし、ならないですよ」

「うん。分かってるよ。そりゃそうだ」

「だけど──今のラグナさんと、黒い飛竜を追うことならできます」

 

 アジサイは、ラグナの手を強く握り締めた。

 離してしまえば何処かに行ってしまいそうな彼の手を──握り締める。

 

(やっと会えたんです。掴んで離すもんですか!)

 

「──ボクと、黒い飛竜……追いかけてくれませんか? ラグナさん。だって貴方……荷物が重いから、って理由で一人でフラッと居なくなっちゃうでしょう?」

「……バレてたか」

「でも、それ許しませんから。一度島を助けて貰った恩、命を助けて貰った恩、まだ返しきれてないし……そして──ボクがラグナさんの傍に居たいんです。並んでるだけじゃ満足できません。いつか絶対、追い越しますから」

「……はぁーあ。まだ遊びたい年頃だったんだけど、とんでもねーヤツに捕まっちまった」

「……イヤでしたか?」

「まさか」

 

 ラグナは愉快そうに笑う。

 やはり、この少女は──「おもしれー女」だった、と確信する。

 決してラグナの思い通りにはならない。しかし、それが却って彼の心を躍らせる。

 

「……雨、やまねーな」

「そうですね」

「んじゃあ、まだ時間があるってことだろ」

 

 アジサイを抱き寄せる。

 彼女は肩を震わせ、しかし──ラグナの腕に細い指を這わせる。

 

「……まだ、するんですか?」

「んまあ、あれだ。雨の所為で、まーた辛気臭い話しそうになっちまったし。それなら身体を動かした方が良いかと」

「……別に、良いですけど」

「オマエ、ほっそいな……ちゃんと食ってるか?」

 

 腕の中にすっぽりと納まってしまうアジサイは、とてもではないが狩猟時の姿からは想像できないくらい身体が薄い。

 普段抱く相手の傾向とは真逆なので、うっかり壊してしまうのではないかと不安になる。

 尤も、大型モンスター相手にあれだけ戦えているので、人間如きに壊せるはずもないのであるが──それでも労わるように彼女に触れる。

 

「……体質的に太れないから、コンプレックスなんですよ。貴方に憧れて大剣使おうとしたのに……身体が大剣の重さに負けて、使えなかったんです」

「……オマエ、やっぱり俺の事大好きだろ」

「今となっては、双剣以外考えられませんけどね」

「おっと今、スルーしたな」

「……思い上がらないで下さい、全く……」

 

 好意は否定しない。だが、それでラグナが調子に乗るのは別問題だ。

 惚れた弱みというヤツなのだが、仕方がない。

 故にアジサイは、こちらからもマウントを取ってやることにした。

 

「……でも、お笑いですよね」

「あん?」

 

 悪戯っ子のように口角を上げて、インナーを捲り上げるアジサイ。

 すらりとしたラインを描くお腹が露わになった。

 

「あれだけおっぱいの大きい人が好きだって言ってたのに……ボクの誘惑に負けちゃったんだから」

「……」

「案外、ちょろいんですね。ラグナさんって」

 

 昔のラギアクルスの件と言い、アジサイと言う少女は身の程を弁えないところがある。

 あるいは、返り討ちに遭うことを期待してしまっているのだろうか。物欲しそうに上目遣いでラグナの瞳を覗き込み──彼に蹂躙されることを望んでいるようだった。

 

 

 

「そーかそーか──オメー、明日は立てねえモンと思えよ」

 

 

 

 その御期待に応えるべく、ラグナは──たっぷり仕返しすることにした。

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