ワンナイトから始まる狩猟生活   作:タク@DMP

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第二話:偶然は2度まで信じると決めている

「……説明を、させてください」

「説明もクソもねーよ、事実しか横たわってねーわ」

 

 バラージュ行きの馬車の中で、隣合って座るラグナとアジサイ。

 アジサイの方はと言えば、昨晩の自分の暴れっぷりを漸く思い出してきたのか真っ青な顔で弁明を始める。

 

「初めてだったんです。それがまさか、こんな事になるなんて」

「今の今までよく何事も無かったなオメー」

「酔った勢いで襲ってくるような輩は大抵返り討ちにしてくるので」

「へえ自分から襲う分には問題ねーんだ、大した貞操観念だな」

「待って下さい、誤解なんです、いや本当に。まさか、こうなるとは──思わなくって」

「俺もビックリだわ」

「その、確かにお酒は好きなんです。好きすぎて実家では”オメー絶対に人前で飲むんじゃねーぞ、フリじゃないからな、絶対飲むんじゃねーぞ”って言われてたんですが」

「答え出てんじゃん、実家の家族からすら止められてんじゃん」

「その──ここ数日移動続きで一滴も飲んでいなかった所為か……我慢が、出来なくって」

 

 気が付いたらアジサイの手には酒瓶が握られていた。ナチュラルにそれを口に運ぼうとしたので、手遅れになる前にラグナはそれをひったくる。

 

「何をするんですか!! それはボクの水!!」

「どっからどー見ても水じゃねーよ、げぇっ、くっさ!! 何だコレ、どんだけ度が強ぇーんだ、朝っぱらからなんてもん飲もうとしてやがる!!」

「えーと、昨晩の記憶を消したくって……一番強いヤツをさっき買っちゃって……ダメでした?」

「また昨晩みてーになるのが目に見えてんだろが、この酒カス女!! オマエはしばらくアルコールを抜け」

「そんな殺生な!!」

 

 ラグナは頭を抱えた。

 自分も女関係で節操がない自信はある。 

 しかし、この少女は──それを上回るとんでもない酒好きであった、と。

 もしも飲ませてしまったが最後、また新しい騒動を起こすかもしれない。

 

「……しかし、こうなってしまった以上、やはり責任を取るしか」

「そのセリフは普通俺が言うんだよね」

「故郷の家族に手紙を書きます、婿が出来たと」

「待て待て待て待て、何勝手に人を家系図に組み込もうとしてやがる」

「ボクがこうして旅に出ているもう1つの理由が──婿探しなんです。強いハンターを婿に入れれば──恐らく故郷の皆も喜んでくれるはず」

「常識ブッ飛んでんのかテメーらのところの故郷は」

 

 手紙を書こうとしたアジサイのペンをひったくるラグナ。

 こんなところで勝手に将来を決められてしまっては堪ったモノではない。

 

「それに俺は結婚なんざしたかねーんだよ、遊びたい年頃なんだよ、何なら赤の他人の人生に責任を持つなんてゴメンだね、カーッペッ」

「すごいですね、スラスラと最低なセリフが出てくる」

「オメーにだけは言われたかねーよ!! それにな、俺の好みはボインボインのねーちゃんなんだよ、オメーみたいなガキとは縁遠いの!!」

「ッ!」

 

 顔を真っ赤にしてアジサイは自らの胸を隠した。

 正直、お世辞にも彼女の体型は大人っぽいとは言えない。

 すらりとしたボディライン、幼さの残る顔立ち、そして低い背。

 それを彼女も自覚しているのだろう。

 

「な、何ですか!! ボクが貧相だって言いたいんですか!! 結局昨晩あれだけ激しくしたくせに!!」

「うるせーな、酒で意識ブッ飛ばした分はノーカンだろが、俺はオメーみたいなガキは対象外なの」

「これから成長しますッ! 絶対にッ!」

「ねーよ、酒飲める年齢なのにそっからそれ以上成長することは無い」

「そんな事言ったら貴方はゴリラじゃないですか!! 無駄にゴツいし、髭も濃いし!! ……初めてがこんなオッサンだなんて」

「俺はまだ25だ!!」

「25!? ……ウソでしょ3歳しか変わらない……」

「じゃあオマエは22か……3つ下にオッサン呼ばわりは堪えるな……」

 

 伸びた髭を触るラグナ。追放されてからは伸ばしっぱなしにしていたが、オッサンと間違えられるのなら剃るか──と思い直す。

 老けているように見られるのは不服だった。

 ちらり、とアジサイを見遣る。

 自分の胸に手を当てており、むぐぐと口籠っている。やはり体型の事は彼女自身が気にしているようだった。

 

「……あー、その。何だ。ちょっと言い過ぎたな──」

「良いんですか? 貧相だとかガキだとか言って」

「あ”?」

 

 拗ねたように口をとがらせ、アジサイは続けた。

 

「折角貴方をウチの依頼主に推薦しようと思っていたのに」

「推薦?」

「飛竜祭ですよ。ウチの依頼主に頼んで、貴方を推薦するんです。そうすればラグナさんも飛竜祭に参加できるはず」

「そんな事出来るのか!?」

「結果は分かりませんが──どうやら大分頭数を揃えるのに苦労しているようです」

 

 それもそうだ、とラグナは思い返す。

 一匹一匹はさして強くないイャンクックだが、それが空を埋め尽くす程の数となれば話が変わってくる。

 ハンターは上澄みも上澄みの実力者が求められるわけだが、そんな者は早々見つかるはずがない。

 

「貴方の真っ新なギルドカードでは、実力を証明できないでしょうし、ボクが口利きをしますよ。その……昨晩のお詫びということで」

「サンキュー!! やっぱり持つべきは見る目のある狩り友だぜ!! 心なしかオメーがボインボインのねーちゃんに見えてきたわ」

「本当に最低ですね……やっぱり貴方みたいな人が婿だなんて御免被りますよ」

「まあ仲良くしようぜ、俺はチンカス、オメーは酒カス、それで良いじゃねえか」

「何も良くないんですよ、同列に並べてほしくないんですが」

「でもオマエ、酒の勢いで俺を襲ったじゃん」

 

 アジサイが死んだ顔でナイフを取り出し、自らの服を捲り上げた。

 真っ白だが古傷塗れのお腹が露わになった。

 

「露と落ち、露と消えにし、我が身かな──人生22年、短かったなあ」

「悪かった!! 悪かった!! 俺が言い過ぎた!! だからここで速やかに自害するのは止めろ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──城塞都市バラージュ。

 またの名を歓楽都市。町の四方を強固な外壁や防御施設で囲っているのは、数年おきに飛竜の群れが町を通過する”飛竜災”が起きる為である。

 関所を通った場所から降りた二人は、石造りの建物が立ち並ぶ大都市を前に圧倒されるばかりだった。

 普通、モンスターの被害があるような地域は辺鄙な村や里であることが殆ど。ハンター稼業をしていると、都市部に赴くことは自然と少なくなるのである。

 

「取り合えず、到着したからには依頼主に謁見しなければなりません」

「謁見は良いけどよー、先に飯にしねーか?」

「女に飯、本能だけで生きてるんですか貴方は」

「オメーも酒の事になると我を失うだろが」

「良いんですか? 貴方を推薦するのはボクですよ」

「ごめんなさいでした」

 

 とはいえアジサイも腹を空かせていたのは同じだ。予定の時間にはまだ余裕があるので、二人は食事をする場所を探す。

 だが、何処も人通りが多く、ふとしたことで互いを見失ってしまいそうになる。

 ラグナは背が高いのでまだ目立つが、子供のような体躯のアジサイはふとしたことで人混みの中に埋もれてしまいそうだった。

 ラグナはこの町の事をよく知らない。アジサイに依頼を出した有力者の居場所も分からないまま彼女を見失う訳にはいかなかった。

 

「あだっ」

 

 そんな中、何かがラグナにぶつかった。

 見下ろすと──白い体毛の小さな獣人がラグナを見上げていた。

 尖った耳に長い髭、猫型の種族・アイルーである。

 

「あ、ごめんなさいニャッ! 失礼するニャ!」

 

 そう言って、アイルーは何処かへ逃げてしまうのだった。

 

「やれやれ、こんな町中じゃあうっかり子供にぶつかって泣かしてしまいそうだな」

「誰が子供ですか」

「オメーの事は言ってねーよ」

「……酒の美味しいお店があると聞いているのですが」

「昼間っから飲むんじゃねーぞ」

「むぅ」

 

(……アレ?)

 

 ラグナはふと、自分の鎧を見遣る。

 さっきのアイルーがぶつかった個所に小麦粉のようなものが付着していた。

 

(……いつの間に? ……ま、いっか)

 

 結局、人の空いている定食屋に二人して入る。

 中には、同じように鎧を着たハンターと思しき人の姿が散見された。

 二人で向かい合って席に座るが──沈黙したままなのも気まずいので、ラグナは話を切り出すのだった。

 

「飛竜祭ってよ。どんな感じなんだ?」

「どんな感じ……とは?」

「……いや、確か狩る数を競うとかそんな感じだっただろ。ルールとかあるんじゃねえか」

「ああ、そういえば話してなかったですね」

 

 お冷を飲んだアジサイは──不満そうに眉を顰めた。

 飲んだものにアルコールの味がしないと違和感を感じるのである。立派な依存症であった。

 

「この都市・バラージュには4つの有力な組織があります」

「組織?」

「経済を司る商工会、宗教を司る教会、セレブの集まりである貴族会、そして研究機関の学術会。それぞれに有力者が居て、彼らがハンターを集めて飛竜の討伐数を競うのです」

「んで、あんたの依頼人は……」

「商工会のリーダー、ディシプリン様です。チームとしては商工会組となるでしょう」

「きっかけは?」

「どうやら各地にスカウトを送り込んでいたらしく。ボクがヤツカダキの討伐依頼を達成した時に声を掛けられたんです」

 

 ヤツカダキは火山地帯に生息する巨大な蜘蛛型のモンスターである。

 そこらの飛竜種モンスターよりも危険度が高いとされており、改めてラグナはアジサイが上澄み寄りのハンターであることを思い知るのだった。

 

「地道だな……世界は広いぞ、凄腕のハンターなんてもんは早々見つからねえし、それじゃあなかなか面子が揃わねえのも納得だ。他の会も他所からハンターを呼んでんのか?」

「いえ、どうやら教会は20年ほど前から自前で戦えるハンターの”聖騎士隊”を従えていて、学術会や貴族会も専属のハンターを抱えています。商工会はどうしてもハンター育成のノウハウが足りず、外部から依頼することになってしまうそうです」

「成程ね。んまあ、商工会の専門分野は商いだろうしな。学術会が自前のハンターを抱えているのは調査の為だろうし、理解出来ねえ事は無い。だけど教会や貴族会が自前でハンターを抱えてるのはちと不穏だな」

「貴族会はどうやら、自分達の欲しい素材を収集するために専属のハンターを高い報酬で雇っているようです。モンスターの素材の中には高級家屋の原材料になるものもあるので」

 

 それを聞いてラグナは思い当たる節が浮かんだ。

 世の中には、手袋の素材に金獅子の剛毛を、垢すりに水獣のタテガミを──果てには朝の目覚まし係に生きた黒轟竜ティガレックス亜種を捕獲しろと依頼するイカれた第三王女が居るという話を聞いた事があるからである。

 基本的に狩猟許可はギルドを通す事になるとはいえ、自ら需要を満たす為に自前で専属のハンターを持っておきたいという貴族の気持ちは理解できなくもないラグナであった。

 

「……んで、教会は? 教会なんぞにハンターは要らねえだろ」

「バラージュ周辺には古の文明の古代遺跡などがあり、それらの保護を目的としているようです。どうやら彼らの信仰する宗教の寺院などだそうで」

「成程ねェ」

 

 イマイチ要領を得ない理由だが、大型モンスターの進出で遺跡などが住処になったり破壊される事例は後を絶たないという。

 その為にわざわざハンターを雇うのか、と疑問に思わないでもないラグナだが──この場では一応納得しておくのだった。

 

「お待たせしましたー」

「おう、飯が来たみてーだぜ。アツアツだ。火傷しねーようにな」

「む、いちいち子供扱いしないでください」

 

 やってきたビーフシチューに舌鼓を打ちながら、ラグナは続けた。

 

「ところでよ」

「何ですか」

「話は変わるが、オマエ……何処出身だ」

「……何処って……オニガ島です」

「オニガ島? ああ! 一度行ったことがある。昔、あの辺りで活動してたことがあってな。ユクモ村とかカムラの里とかから近い、あのデカい島だろ」

「ラグナさん、行ったことがあるんですか!?」

「海の王者・ラギアクルスがあの辺りに出没してな。皆で狩りに行って……ああ成程、そう言う事か。道理で」

 

 ラグナはアジサイが腰からぶら下げている蟲籠に視線を送る。

 

「はい。翔蟲や鉄蟲糸技はカムラの里から、ボクの故郷のオニガ島に輸入されたものです」

「あの地方の住民なら納得だ。今じゃあ、近くの王国だとか周辺地域にも翔蟲が輸出されてると聞く」

 

 カムラの里は、周期的にモンスターの大群の襲撃を受ける事で有名だ。

 それ故に、モンスターを撃退する技術や戦略に長けており、里自体が巨大な防衛施設なのである。

 強靭な糸を出してハンターをサポートする翔蟲は、このカムラの里の周辺に生息しており──里のハンターは蟲を狩りに活用するため飼いならしているのだ。

 

「俺も昔、オニガ島に行ったことがあるんだが……それ以来、翔蟲は見た事無かったな」

「制御に高度な訓練が必要ですから。ボクも生まれつきの馬鹿力で無理矢理何とかしているようなもので」

「だろうな。尊敬するぜ」

「蟲無しであれだけ高く跳べていた人が何を言うんですか……とんでもないハンターというのは、案外何処にでも居るものですね」

「そうか?」

「ボクが目標にしているハンターも……そんな人だったんです」

 

 懐かしそうにアジサイは言った。

 

「昔……ラギアクルスに襲われて、ケガしてるところを助けられたんです」

「……へ、へえ、オマエもラギアクルスに」

「ええ、あの頃のボクは未熟で、自分の腕を過信して……一人でラギアクルスに挑みに行ったんです。でも、結果は……お察しの通りで。全身大怪我した挙句、駆け付けたハンターに助けられちゃいました」

 

 本当にバカですよね、とアジサイは自嘲する。

 それで生還しているのだから、改めて彼女の肉体のバケモノっぷりを実感するラグナだったが。

 

「すごく強くて……後姿がカッコよくて。結局一度も話せなかったけど……翔蟲無しで縦横無尽に駆け回って。まさか、あんな人が他にも居るなんて思いませんでした」

「ソイツ、武器は何使ってたんだ?」

「大剣です。偶然ですね、ラグナさんと同じです」

「……そっか。いやー、にしても本当に偶然って重なるんだな」

 

 ラグナは思い返した。

 とてつもなく嫌な予感が湧きつつあったが──疑念を潰す為に、一言、また一言と紡いでいく。

 ラグナは記憶を辿る。確かあの時の狩猟は大雨、大嵐で視界は最悪だった。

 そんな中、電気を全身から放つ巨大な海竜・ラギアクルスと死闘を繰り広げたので、嫌でも記憶に残っている。

 

「俺も5年くらい前、オニガ島でラギアクルスと戦ったからよ。確か、無鉄砲にも練習用双剣担いで飛び出したバカタレのガキが大怪我してたから助けだしたんだっけか」

「……へ、へえ……ボクもそのハンターと出会ったの、5年前くらいなんですけど」

 

 沈黙がその場に横たわる。

 そして──アジサイは顔を真っ赤にして伏せた。

 5年前という時間。ラギアクルスという狩猟対象。オニガ島という場所。片や大剣使いに助けられ、片や大怪我した子供を助けた。偶然は3つ以上は重ならない。それ以上は必然である。

 双方の会話から導き出されるのは──アジサイの憧れの人物が、今彼女の目の前に居る女好き大剣使いということだけである。

 

「ねえッ!! もう嫌なんですけどッ!! どうしてなんですかぁっ!?」

 

 アジサイは──泣き崩れた。

 何もかもが繋がった時、彼女は自分のやらかしたことの重大さを改めて突きつけられる羽目になるのだった。

 

「落ち着け!! マジで落ち着けって、他のお客さんも居るんだからよ!!」

「どうして……どうして、あの時のあの人が、貴方なんですかッ!? 知らなきゃ良かったッ!! ボクは、恩人に……なんてことをッ!!」

「いやー、えーと、うん、確かによく見たらオマエ、あの時のハナタレのガキだわ、てっきり男だと思ってたから一致しなかったぜ、そーか、あの時のガキか……えーと、随分大人っぽくなったな」

「むーッッッ!! 全然そんな事思ってない癖にーッッッ!!」

 

 残念だが今も昔も子供っぽい体型の所為で、当時のラグナからは「バカガキA」くらいにしか思われてなかったのである。

 それどころか女子とは露とも思われていなかったのだ。この事実はアジサイのプライドを著しく傷つけた。

 

「何で……憧れの人が……貴方なんですかぁ……」

「ほら、憧れっつーのは理解とは程遠い感情だって言うしよ」

「そんな人を、ボクは酒で無理矢理……もう、死んでしまいたい……」

「へーえ、そうか……でもあん時のガキが俺に憧れて……フフフッ、今じゃ立派なハンターに、フフフッ」

「笑わないでくださいッ、ううう、ラグナさんなんてキライです……!!」

「良いのかなー? 命の恩人に向かってそんな口利いてよー。ま、でも俺はどっかの誰かと違って心が広いからな、命の恩人らしく飯まで奢ってやるとするよ、命の恩人だし」

「ぐぬぬぬぬ」

 

 悔しいやら悲しいやら、自分への怒りやらで歯噛みするアジサイを横目にガサゴソとポーチを漁るラグナは──手を止めた。

 ポーチの中に、あるはずのものが無いのである。

 手を動かし、思わず中のものを全部取り出すが──見当たらない。

 

「……無い」

「……どーしたんですかぁ」

「ね、無ェんだよ──財布が……」

「えッ」

 

 サァッとラグナの顔から血の気が一気に引いた。

 

 

 

「財布が……無ェ……!! 全財産の半分がアレに入ってんのに……!!」

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