※※※
──ほぼ同時刻、北の防衛砦外層にて。
バゼルギウスの討伐後、防衛設備の立て直しに手間取った商工会組だったが──それでも襲い掛かってくるイャンクックを討伐ないし撃退し、無事に第一波を乗り切ったのである。
カラクリに詳しいマタビが現在も破竜砲の応急修理を手伝っており、更なる防衛設備の増築の為の物資も届き、次のウェーブまでには盤石の態勢が出来そうだという。
そんな中、ハンターたちは交代で砦の見回りをしており、非番の班は砦内に設けられた部屋で束の間の休息を取っていた。
勿論、完全個室などという贅沢なものではなく、1班辺り1部屋というものではあったが──それでもベッドは完備されており、英気を養うには十分だ。
「……つーん」
「あのー、本当にすいませんでした……」
「つーん……」
そんな中、第三班──ラグナ達──の部屋ではラグナがベッドの上で胡坐をかきながら明らかに拗ねた様子でそっぽを向いていた。
狩猟中こそ完璧な連携を取っていた二人。
しかし、インターバルに入るなり完全にラグナは露骨に拗ねた様子を見せるようになった。
理由は簡単。初日にアジサイから冤罪ドロップキックを喰らった件である。
「ヘッ、良いモン良いモン、どーせ俺は下半身に脳がついてるヤリチンナンパ野郎ですよーだ」
「あの、ボクが全面的に悪かったです……幾らラグナさんと言えど、狩猟中にナンパをするなんてことしないのに」
(俺が言うのも何だけど、ローズマリーさんの件忘れた?)
完全に罪悪感で記憶の一部が閉ざされてしまっているアジサイ。認知とはかくも簡単に歪んでしまうのである。
「ま、まあ、俺も鬼じゃねえし? 誠意を見せてくれれば許してやらねーこともねえよ?」
「誠意、ですか? ……こんな貧相な身体で良ければ、どうぞ……」
最早慣れた、と言わんばかりにアジサイは己の服を捲り上げる。
しかし、ラグナはそれを手で制した。
「あーらら、流石酔った勢いで襲って来た女は察しが良いな」
「直ちに死んできます、我が人生に一片の酒無し」
「判断が速い、人の話は最後まで聞け──後オメーの人生はむしろ酒しかねーだろが!!」
すっかり罪悪感でぺしょぺしょになってしまっているアジサイ。しかし、そんな彼女が相手でもラグナは情け容赦はしない。
ラグナはクローゼットから一着の衣装を取り出した。バラージュから後生大事に運んできた一品である。
「オマエには──これを着てもらう」
「なんですか? この黒い服──」
アジサイは衣装を手に取る。
思わず己の目が腐っているのではないか、と二度見した。
それは──所謂バニー風コスプレの服だったのである。
ただし、それだけならばアジサイもバラージュの町の繁華街で散々見かけたので驚きはしない。ラグナにこのような服に興奮する趣味があっても何もおかしくはないからだ。
……それがただのバニー衣装だったならば、の話であるが。
「な、何ですか、この服……これもしかして、背中じゃなくて……
じっくりと衣装を見て、それの恐ろしさに気付いたアジサイは心の底からドン引きした。
通常のバニー衣装は背中が開いており、大きく露出する形になる。それ自体はアジサイとて普段着の着物の背中が開いているので慣れている。
しかし、このバニー服は背中ではなく──前。胸から股に至るまでの布地が存在しないのだ。
所謂「逆バニー服」とでも言うべきコスチュームだったのである。
「ああそうだ、こいつは特殊なウルクスス装備でな……ウルクススって分かるか? 雪山に住んでるデッカいウサギみてーなモンスター」
「それは知ってますがッ!! 絶対違いますよね!? ウルクススの素材で作る必要ないですもんね!! 何ですか、この装備はッ!!」
「ンだよ、人が折角アルシュベルド討伐の報酬で買ったってのによ」
「貴方は折角の報酬を何に使ってるんですか──ッ!?」
「素材にウルクススのものが使われるのはホントだ」
「ウルクススもあの世で浮かばれないでしょうね!!」
全く以てその通りである。
「そんでもって、こいつは前面の防御を捨てる代わりに背面の守りを高めている非常に機能的な構造になっている」
「こんなもので一体何を守れるって言うんですか!! 官能的な構造の間違いでしょう!! こ、これでは急所が丸出しです!」
「そりゃオメー、大事な部分はこれで守るンだよ」
ラグナがベッドに放り投げたのは──ハート型の前張りであった。アジサイは心底頭を抱え、膝を突く。
こんなものではランポスの攻撃からも守れないだろう。
「こ、こんなの、裸の方がまだマシです……!! ぜ、全然隠れてないじゃないですか!!」
「隠れてんだろ」
「隠れてるとは言わないんですよ!! こ、こんなの着た日にはボクは即刻自害しますからね!?」
「バーロー、人の脇腹蹴とばす行儀の悪いバニーちゃんにはピッタリなお仕置きだろがよ」
「ッ……う、ぐ」
痛い所を突かれたアジサイは目を伏せる。何も反論が出来ない。
「……分かりました。着ます」
「へ?」
アジサイは──顔を真っ赤にしながら小さく頷くと着物を捲り上げた。
想定していたよりも早く折れたアジサイに、ラグナは意外そうな顔を浮かべるしかなかった。
※※※
──数分後。
「ッ……」
そこには──見事に逆バニーを着用したアジサイが震えながら立っていた。
大事な箇所こそ前張りで隠れていたものの、腹も胸も大きく開かれた衣装をいざ着てみれば心許なさしか感じなかった。
そればかりか、顔ばかりが熱くなっていき、隠したくても隠せないという状況に羞恥心が内側から込み上げてくる。
「……ごめん、なさい」
涙目になりながらアジサイは──ベッドに座り込んだ。
「ごめん、なさい……ラグナさん……」
そしてポロポロと零すように謝罪の文言を漏らし始めるのだった。
「……蹴ったの、本当は気にしてたんです……でも、ラグナさんなら大丈夫だろうっていつの間にか甘えてて……そう考えちゃう自分がイヤで……」
「……」
(……ヤバい、予想以上に効いてるし落ち込んでやがる……)
尚、アジサイが存外に気にしいであることなどラグナは知っていたし分かっていた。二人きりになると、余計にその傾向は強くなる。
彼女は己のやらかしに自覚的だし、思いつめるとなったら思い詰めてしまう(それでも多量飲酒だけは絶対に改善するつもりは無いのが彼女の酒カスたる所以だが)ことなど、此処までの間で分かっていた。
この4日間、アジサイはずっと遠慮がちで、ずっとラグナの顔色を窺っていた。しかし、それではラグナもコンビ相手としてやりづらく感じていたのである。
こんな時の彼女にいつものノリで許しても、余計に罪悪感を与えてしまうことなど目に見えていた。ラグナはこれでも面倒くさい女の相手には慣れている。
故に──ラグナは敢えて自ら悪漢を演じることにした。改めて自分が好色のチンカスである、とアジサイに示す事で彼女の罪悪感を低減させてやろうという考えである。
(だーッッッ!! もっと反抗するモンだと思ってた!! 怒ってくるもんだと思ってた!! こんなにすんなり着るなんて!!)
「ボク、何でも、しますから……見捨てないで、ください……」
(予想外にしょんぼりしちまってる!! 見捨てるって何!? オマエ程、俺についてこれるハンターなんて早々居ねえのに!! 黒い飛竜を一緒に探そうだなんて言うヤツは他に居ねえのに!!)
しかし、それを素直に言えないのがラグナの面倒くさい所であった。
「ラグナ……さん?」
「……えーとだな、アジサイ。着替えて良いぞ」
「えっ……」
アジサイの顔が青くなっていく。似合っていなかったのだろうか、それともいよいよ見放されたのか、と絶望に染まっていく。
当然そんなわけはないので、今度はラグナの方が弁明するハメになるのであるが。
「いや、あのだな……お前にそんな顔してほしかったわけじゃねーっつーかな……俺は、オマエにいつも通りになってほしかっただけっつーか……とにかくスベった。スマン」
「ラグナさん……?」
「無理させて嫌な気持ちになってほしかったわけじゃねえんだよ……蹴られたのだって気にしてねーし……その、普段の自分の行いくらい分かってるし……だから、その、えーと……オマエも気にすんな!!」
「……ごめんなさい」
「謝んなって。大体オメー、普段はもっと俺の事ぞんざいに扱ってんだろが……調子狂うんだよ、そんなんだと」
それでもアジサイの顔は晴れない。こうなったら、とラグナはクローゼットからとっておきを出す。
正直彼自身もこれはどうなんだろう、と思って出さなかった品であった。
「何でも言う事聞くって言ったよな、アジサイ」
「……? はい」
「……んじゃオメー、これ付けてみろ」
「ッ……これって」
アジサイは──それを見て思わずゴクリと喉を鳴らす。
有体に言ってしまえば、それは首輪であった。ペットに着けるような、そんなデザインの首輪だ。
「ッ……そ、そんなものまでついてたんですか!?」
「何でも言う事、聞くんだよな?」
そう問われ、アジサイは──静かに肯首する。
ラグナも内心戸惑いながら、ベルトを外した首輪を彼女の細い首に巻いていく。
「……苦しかったら、言えよ」
「……ッ」
カチリ、と留め具が付けられた。
露出するべき場所が入れ替わった扇情的な逆バニーの格好に加え、自分の所有物だと言わんばかりの首輪。
流石のラグナも、アジサイの格好の危険さ加減に内心から冷や汗が流れてくる。
一方のアジサイはと言えば、胸がずっと高鳴ってしかたなかった。少しだけ感じる息苦しさ。ベルトの感覚。
その全てが──「自分はラグナのもの」というラベリングをされたかのような錯覚さえ覚えた。
「……あの。これで、終わりじゃないですよね」
少し恨めしそうに、上目遣いでアジサイはラグナに視線を向けた。
期待と不安が入り混じった眼差し。そして他でもない自分自身が支配されたがっていることに対する戸惑い。
「ヘッ、やっぱオマエも大概俺の事言えねえよな」
「……いじめないでください……」
「ちゃんと口に出してお願いしてみろよ」
「……ッ」
口をもごもごさせていたアジサイだったが──悩みに悩んだ末──ぽつり、と吐き出す。
「悪いボクに……お仕置き、してください……ラグナさん」
※※※
「うん?」
砦内に作られた自室で、編纂者として狩猟記録を纏めていたバジルは──自室の扉がノックされる音で作業を止めた。
扉を開くと、そこには──げんなりした表情のマタビが立っていた。
「あれ? マタビ、どうしたデス? 確か、ガラクタで新しい兵器を作ってるって言ってたじゃないデスか」
「そんなもんはもう終わったニャ」
「じゃあどうして? 確か三班の部屋はあっちじゃないデスか。編纂者は作業用に別室を設けてるんデスよ。ベッドなんて無いデスからね、此処」
「……ベッドどころじゃねーのニャ」
恨めしそうにマタビは言った。
「──ラグナがアジサイにとんでもねえ服着せて、部屋でサカってやがるから入れねーのニャ」
「あのバカ二人……」
どう考えても鍵の閉め忘れである。