「──ほい、コーヒー」
「……ありがとうございます」
ベッドに座り──何事も無かったかのようにインナー姿でコーヒーを飲む二人。
熱も収まりかけた中、何処か複雑そうな面持ちでアジサイはラグナの方をちらりと見やる。
そして、体重を彼の方に預け──さらりとした銀の髪をラグナの胸に擦りつけたのだった。
「おっとお嬢さんは甘えたか?」
「……別に良いじゃないですか、今更」
「さっきまではあんなに従順だったのにな──すっかりワガママないつものオメーに戻っちまった」
「……あの。言っておきますけど……あんな格好、他の子にさせたら怒りますからね」
「わぁーってるよ」
世界一信用ならない返事を聞き、アジサイは眉をひそめた。
だが、それでも──さっきのような暗い表情は消えており、ラグナの頬を引っ張るのだった。
「いでで、何でだよ。ったく、可愛い顔して凶暴なヤツ」
「……可愛くなんてないです。女の子らしい膨らみなんてないし、背も小さいし……ガキっぽいし」
「でも、狩りの時のカッコも可愛いし」
「かわいいって……ボクの装備、そんな風に見てたんですか!?」
「オロミドロの装備って、猫耳ついてるからな」
一見武骨な鎧に見えるオロミドロ装備だが、頭部だけは猫耳フードのような形状になっている。
そして、フードから見える銀の髪と青い瞳が──ラグナを強く惹きつける。
あの可憐さからは考えられない程の苛烈な狩りは、少なからず彼の心に焼き付いている。
「……アレはボクが頼んだわけじゃないんですけど」
「似合ってるってことだよ」
「……ホントーに調子のいい人です」
頬を赤らめるアジサイだったが、もう反論する元気は無かった。カワイイ、と言われて悪い気はしない。
問題はラグナという男は誰にでもそういった事を言ってそうなものである、という点であるが。
「んまあ、でもいつものオメーに戻って良かったよ。あの空気のまま過ごされたら堪ったモンじゃねーし」
「落ち込みもしますよ。勝手に冤罪吹っ掛けて、遠慮なく蹴っ飛ばして……貴方に執着してるのがハタから見ても丸分かりで、自分でも嫌になります」
どうかしている、とアジサイは自分でも何度も思った。
こんなどうしようもない男に恋焦がれてしまっている自分自身の狂いっぷりは自覚している。
「おいおい、素直じゃねえなあお嬢様は」
「……貴方は……そういう重い女は好かないんじゃないですか」
「……」
「いえ、今のは忘れてください。本当にボク、嫌な女です。貴方の自由を──奪いたいわけじゃないのに」
今まで組んで狩りをしていて分かった。ラグナ・オークロックという男は、羽根が無くとも飛竜のように自由な男で──それこそが彼の魅力なのだと、アジサイ自身も分かっていた。
気ままで自分勝手で、しかし誰よりも強く──誰よりも覚悟の決まっている男。そんな背中に、アジサイは確かに惹かれたのだ。
故に──他でもない自分自身がラグナの枷になってしまうことを恐れつつあった。
(んまあ、湿度がすげーのは事実だよ)
部屋の中は乾いているはずなのだが──アジサイの所為で湿っているように感じてしまう。
じっとりと、梅雨の日のような重い感情。命の恩人であり、憧れの人であり、いずれは追い越すライバルでもあるラグナを──誰にも取られたくない、そして自分以外見てほしくない、と独占欲同然の気持ちを抱くのは必然であった。
(……普段ツンケンしてるくせに、ずっしりと重い。確かに俺の好みからは外れると言えば外れる)
刹那的で、後腐れの無い関係を求めてきたラグナにとっては──まさに以前であれば面倒くさがって相手にしなかった手合だ。
体型も、性格も、そして執念深いこの性質も──ラグナの好みとは何もかもが違う。
だから──分からないものだ、とラグナは自嘲した。他でもないラグナが、好みとは真逆のアジサイに執心しかけている。
その理由は、唯一つ。
アジサイは──ラグナの夢どころか、
(黒い飛竜を見れれば、死んでも良いとすら思ってた。だけどこいつは──黒い飛竜を倒して、俺を追い越すとまで言った)
彼女自身は黒い飛竜を見たことが無い。その恐ろしさを知らない。そう言ってしまえばそれまでだ。
しかし──それでも、ラグナは自分の夢に乗りかかってくれた彼女のおかげで、孤独が埋められつつあることを自覚していた。
「オマエ、自分で言った事を忘れたんじゃあるめーな」
「……え?」
そんなアジサイに、ラグナは確かめるように問う。
「黒い飛竜を一緒に探すんだろ? だから俺は──今もオマエの隣にいる」
「ッ……それは」
「迷惑だ? 自由を奪う? オマエは俺をナメ過ぎだ。飛竜落としのラグナ様を手籠めにしてェなら、やってみやがれってんだ。俺は──俺の進むべき道を常に見ている」
自信に満ちた笑みを浮かべるラグナ。
あまりにも大胆で不敵な彼を──アジサイは、最初から捕らえられるはずがなかったのだ、と首を横に振る。
「付いてきてぇならしがみついてでも付いて来い。振り落とされたくなかったらな。だから遠慮なんてナシだ、水臭いだろ」
「そっか。遠慮なんて、最初っから要らなかったんですね」
アジサイはスッとワインボトルを取り出した。ラグナはそれを手で制し、カバンの中に押し戻す。果たしてどこから持ってきたのか分からない。
どちらにせよ、いつ何があってもおかしくない時に飲酒をするべきではない。
「……それはそれ。これはこれ」
「……分かりましたよ。自重します」
閑話休題。
「それにしても首輪──まだ外さねえのか?」
「う」
指摘され、アジサイは首輪に手を触れた。逆バニーはとっくに脱いでしまったが、首輪だけは無意識のうちにそのままにしていたのだ。
こんなものを嵌めて乱れていたのか、と思うと──己の倒錯っぷりに眩暈すらしてくる。
しかし、首の息苦しさは何処か心地よく、指でなぞると妙な嬉しさが込み上げてくる。
「……あ、いや、その。ペットってこんな気分なのかなって」
「……」
「ごめんなさい忘れてください、ガチ目に引いた顔するのやめてくれませんか?」
「俺はとんでもねえもんを目覚めさせちまったかもしれねーな……」
「やめてくださいッ!?」
「……んまあ、気に入ったならつけてれば良いんじゃねえか? 狩猟中も」
「さ、流石に狩猟中はイヤですよ!!」
顔を真っ赤にしたアジサイは首輪を外す。
しかし、それでも──名残惜しそうにそれを眺めると、呟いた。
「でも、どうしてもって言うなら……ラグナさんが──つけてくださいね。つけてる時だけは……何でも言う事聞いてあげますから」
ラグナは、変な笑いが出そうだった。
彼にはそんな性癖は無かったはずなのだが──あの気丈で強気で誰にも靡かなさそうなアジサイが、自分にだけは隷従願望を剥き出しにしてくることに背徳感が込み上げてくる。
「……ボク、全然イヤじゃないので」
ラグナの理性は蒸発した。
この子は何処まで男の情欲をくすぐるのが得意なのだろうか──と感心する。
(本当に俺と会うまで生娘だったんかね、この子は)
もう一度ラグナが首輪を手に取ったその時だった。
カーンカーンカーンカーン!!
甲高い銅鑼の音が何処からともなく響き渡る。
ラグナは──反射的にベッドから飛び降り、そしてすぐさま装備に手を掛けた。
「警報──!? ……こんなクソ夜中にか!?」
窓の外は──真っ暗だ。
「イャンクック含む飛竜の多くは昼行性です、一体──」
「……いや、夜に飛竜っつったら嫌な予感がする。飛竜は飛竜でも、飛ぶ方の鳥竜種だがな」
兜を被ったラグナは──部屋の戸に手を掛けた。そして「あっ」と間の抜けた声を発する。
「どうしたんですか」
「……鍵、掛かってねえわ」
「……」
「閉め忘れてたなコレ。もしかしたらマタビに見られたかもしんねー」
それが意味するのは──誰かに先程までの痴態を見られていたかもしれないという事実。
アジサイは崩れ落ち、そして首輪を投げ捨てた。
「ボクはもう恥ずかしかッ!! 生きてはおられんごッ!!」
「いや、もう今更じゃねーか? 酒の勢いで散々人を襲っておいて」
アジサイは泣いた。