ワンナイトから始まる狩猟生活   作:タク@DMP

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第二十五話:目覚めし巨龍

 ※※※

 

 

 

「──その報告は、確かなのか?」

 

 

 

 円卓にて──ディシプリンは冷や汗をかいていた。

 否、かかざるを得なかった。彼の元に入ってきた最悪の一報──それは、バラージュの遥か北部に古龍・ラオシャンロンが現れた事であった。

 

「まあ、待ちたまえ。何かの見間違いと言う事もあり得るだろう」

 

 そう言いつつ紅茶を持つ手が震えているのはシャイン・マスカット氏だ。彼は手に紅茶をこぼしながら続けた。

 

「──かの特級危険生物ラージャンも、その昔は異次元の生態から”幻の神獣・パオシャンロン”と呼ばれていたらしい」

「知らねーよ誰だよパオシャンロン」

「故に今回も60メートル大の巨大なテツカブラと見間違えたのだろう」

「確かにテツカブラも赤いが!!」

「きっと恐らくメイビー。テツカブラならぬデッカブラとでも言っておこうか」

 

          【両生種”大鬼蛙”デッカブラ】

 

「あーかわらずオメーはバカだな、60メートル大のテツカブラならそれはそれで大問題だぎゃ」

 

 テッカメン博士が至極真っ当な指摘を入れた。

 

「飛竜祭は何年も続けとるが、えりゃー古龍がやってくるなんてのは初めても始めて、ビックラポンだで」

「だ、だから、まだ古龍だと決まったわけでは……」

「いやギルドの発表ではほぼ確実にラオシャンロンだ」

 

 いい加減観念しろと言わんばかりにディシプリンがシャインを窘めた。

 ラオシャンロンは古来より突如出現するなり目の前のものを全て薙ぎ倒して移動し、被害を出してきた超大型古龍である。

 それ故に、一般人でも知名度は高く──ラオシャンロンの出現は特別厳戒態勢の発令を意味する。

 

「……とにかく、ラオシャンロンのご機嫌次第でバラージュは終わりだ」

「古龍がバラージュを襲ってくるなどと!! 絶対に許せませんわッ!!」

 

 甲高い声が聞こえ、三代表は会議室の入り口に視線を向けた。

 そこにはハンマーを構え、鉢巻を巻いたローズマリーが立っていたのである。

 

「断固ッ!! 教会は抵抗する所存ですッ!! 必ずやラオシャンロンを討伐してみせましょうッ!!」

「なんかえりゃー張り切っとんな、教会のお嬢さん……」

「我々は対策部隊を再編しますッ!! それではッ!!」

 

 そう言って、ローズマリーは配下の聖騎士達と共に会議室を出ていってしまった。

 いつになく気合の入っているローズマリーに、ディシプリンは聊か引いてしまった。

 何故ならば、古龍級生物と古龍とでは大きな隔たりがある。生命の常識を超越した存在、それこそが古龍だ。

 ラオシャンロンもまた例外ではないのである。尾の一振りでそこらの飛竜ならば骨を爆砕せしめると言われているのだ。

 

「オイオイ正気か? 古龍を討伐するなんて──しかも、超大型だぞ!? 可能なのか!?」

「学会の誇る技研をナメるんでねーど」

 

 ディシプリンの横で、テッカメンが覚悟の決まった様子で言った。

 

「今にバッチリ見てろよ、古龍だかラオシャンロンだか知らねえが、学会はこの時の為に秘密兵器をバッチリ開発してるんでの」

「それはそうかもしれんが……! ラオシャンロンに踏み潰された町は数多いと聞く!!」

「だから何だで、諦めんのけぇ? だったらオメーは大好きな金を守る為にトンズラするが良いで、じゃあのん」

 

 そう言い残し、テッカメンも会議室を去っていく。

 

「どうやら二人共いつになくやる気みたいだ。貴族会としてもこの状況は見逃せない。何故なら、町の北部には黄金のマスカット像がある。破壊されるわけにはいかない」

「シャイン……」

「あがくだけあがいてみるよ。ノブレス・オブリージュ──高貴なる者には相応の責任が伴う」

「オラッ!! キリキリ歩け!!」

「また全裸で会議室に侵入したのか貴様は!!」

 

 キメ顔で言ったシャインの両手には手錠が嵌められていた。

 彼は──部屋に入った時から紛う事無き全裸だったのである。そのまま、いつものように衛兵に連行されていく。

 

「──約束するよ。このシャイン・マスカットが居る限り、バラージュの安寧は守られる──と」

「いや、オメーが居る限りバラージュに安寧は永遠に訪れねーよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 商工会の本部に戻ると、部下たちが詰め寄ってくる。

 ラオシャンロン襲来の報告は彼らの耳にも届いていた。

 

「逃げましょう会長!! 古龍になんて勝てるわけがないですよ!!」

「──しばらく考える。お前達は備えろ」

「しかし──」

 

 故にディシプリンは部下たちを押しのけ、一人執務室に籠った。

 だが、うんうんと唸っていても結論は出なかった。

 古龍の相手は未知数。どんなにハンターたちが奮戦したところで、討伐は勿論撃退できる保証など何処にもない。

 そうなれば、バラージュにある資産の数々は全てラオシャンロンに踏み潰されることになる。

 

(商工会のボスとしての俺は──逃げるべきだ、と考える。きっと、先代もそうするだろう)

 

 飛竜祭で不正を働き、追放されたかつての先代会長の事をディシプリンは思い返していた。

 商人としての自分の師匠であり、上司であった彼の事が──ディシプリンは反吐が出る程キライだった。

 人の心を顧みず、他者を数値でしか見ないような男だった。だが、その考え方の一部は今でもディシプリンの中に根付いている。

 やり方はさておき、彼は商人としては間違いなく一流だったのである。

 

(悔しいが……それしかない。むしろ、逃げ一択だ)

 

 商工会に戦闘員など居はしない。

 彼らの安全、そして何よりディシプリン自身の安全を考えれば、商人たちは皆バラージュから避難するのが最適だ。

 誰も彼も、ハンターのように戦えるわけではない。古龍を恐れ、慄き、狂乱する者達も居る。彼らにバラージュに残れというのはあまりにも酷であった。

 結論を出しかねたディシプリンは一人、地下室に行った。

 

 

 

「ピーちゃん。最近、よく起きてるな」

「ぴゃー」

 

 

 

 がつがつ、とドクガスガエルを食しながらエスピナスのピーちゃんは存外可愛らしい声で鳴く。

 普段はずっと寝ているのに、此処最近のピーちゃんはずっと起きたまま何かに備えているようだった。

 餌を食べる量も普段に比べると格段に多い。

 

「……なぁ、ピーちゃんは……何で俺達の味方してくれるんだ」

「ぴゃー?」

 

 ピーちゃんは言っている意味が分からない、とばかりに首を傾げる。

 背中の大きな棘は生まれてすぐに切除されたのか生えておらず、その代わりに人を乗せる為のサドルを背負ったエスピナス。

 彼女が何処か遠い地域で人と共存していたことは確かで、今もこうして人と共に居てくれるのはきっと奇跡のようなものなのだろう、とディシプリンは感じる。

 

「ピーちゃん。此処で良い子にしてな。此処に居れば、絶対に無事だからな」

「ぴゃー」

 

 ……結局。

 古龍と相対するなど、ディシプリンも初めてだ。全てのリスクを天秤にかければ、夜逃げするのが最善まである。

 尤も、飛竜祭の時期に無事にバラージュから脱出できる保証など何処にもない。東西南北何処からもモンスターが迫ってきているのだから。

 特に、ラオシャンロンの襲来に伴い、モンスターたちが更に活性化してバラージュを通過する可能性は否めない。

 だがそれでも──巨龍とまともに戦うよりは、ハンターを護衛につけてバラージュを脱出する方がマシだと考えてしまう。

 

(よし。決めた。決めたぞ。俺達は──逃げる!!)

 

 部屋を出たディシプリン。その前には、部下たちが不安そうな顔で彼の判断を待っていた。

 

「お前達。商工会は──」

「ディシプリンのオッサン!!」

 

 声が何処からともなく聴こえてきた。

 全員は振り返る。そこに立っていたのは──ラグナだった。

 ラグナが群集をかき分け、ディシプリンの前に出る。

 

「話は──聞いてるか?」

「ど、どうしてここに」

「俺の口から改めて伝えたいことがあってな。翼竜飛ばしてスッ飛んできた」

「ああ、翼竜……」

 

 ディシプリンは改めてハンターのフットワークの軽さに脱帽する。

 ある程度の距離ならば、ギルドで調教した翼竜にフックスリンガーを引っかければ空を運んでもらえるのだ。

 

「アジサイたちは今、防衛砦で準備をしてる」

「……ラオシャンロンの件だろう」

「話が早い。伝わってたか」

「……ラグナ。俺は……」

 

 俺達は逃げる、その護衛をしてほしい──そうディシプリンが言おうとした時だった。

 

 

 

「あんたは部下や家族連れてさっさと逃げな、ディシプリン」

「ッ……」

 

 

 

 事もあろうに、ラグナの方からディシプリンにそう告げたのである。

 あまりにも意外な言葉に、ディシプリンはたじろいだ。逃げると言って、罵倒の一つでも受け止める覚悟でいたのだ。

 

「何で」

 

 ディシプリンは絞り出すように問うた。ラグナはいつものような豪快な笑みを浮かべると言った。

 

「依頼人のあんたを危険にさらすわけにはいかねー。幾ら俺と言えど、超大型古龍の相手は初めてだ」

「勝算はあるのか」

「ショージキ、成功するかどうかは分からん。だけど、あんたは守るべきモンがある。商人は金と財産がありゃあ再起出来るだろ? それと──命だ」

「なら、オマエはどうするんだ」

 

 ディシプリンの問に──ラグナは答える。

 

「足掻くよ。最後まで諦めない。ハンターは──武器を持たない人の代わりに戦う。俺達が逃げたら、誰がラオシャンロンを止めるんだ」

「ッ……」

()()()()()()()()()()()()を、今俺がこの町の人の為にやる。ただそれだけだ。それが、俺のハンターとしての在り方だ」

 

 ディシプリンは──顔を伏せる。

 そして、拳を握り締めた。

 結論は出せた、とずっと思っていた。逃げる事が最善である、と己に言い聞かせていた。

 だが、それでも今の今までずっと迷っていた理由を──ディシプリンは漸く理解する。

 

 

 

「に、に、逃げるか! 逃げられるかってんだ!」

 

 

 

 部下たちがざわついた。ラグナが、驚いたように目を丸くしていた。

 手も足も震えている。自分でも何を言っているのかディシプリンは分からない。 

 勝算の無い戦いに挑むなどバカのすることだ。そんな事は彼自身が一番分かっている。

 だが、それでも──ディシプリンは自分の心にだけはウソがつけなかった。

 

「バラージュは、俺は、今までハンターたちに散々お守りされてきたんだ! 命懸けでだ! なのに、危なくなったら全部放り投げて俺達だけ逃げるってのか!! そんな情けない真似出来るかってんだ!!」

 

 振り絞るように──ディシプリンは言った。

 そして、部下たちにも必死に呼びかける。

 

「お前達!! 聞け!! ラグナだけじゃない、この町に来てくれたハンターたちは……飛竜祭が無けりゃ縁も所縁も無かったこの町の為に、命削って戦ってくれてんだよ!!」

「会長……!!」

「なのに俺達は何をビビってやがる!? バラージュは俺達の町だ、そうだろう!! 俺達の町は俺達で守る!! 違うか!!」

「だ、だけど──」

 

 よりによって食い下がったのは提案をしたラグナ本人だった。

 しかし、ディシプリンは無理矢理笑みを浮かべると、ラグナの肩を掴み返す。

 

「見くびるなよ、ラグナ。俺達のように武器を持たない商人が何で戦うか分かるか? 算盤と金だ」

「ははッ……あんた、商人の鑑だな」

「……商工会は、ラオシャンロン討伐作戦を……全力で支援する。これは、決定事項だ。命が惜しい奴は逃げろ!! 俺は責めん!! だが──俺は最後までこの町に残るッ!!」

 

 一瞬、静寂が包み込む。

 だが──遅れて、歓声が上がった。

 

「古龍にこの町を好き勝手されて堪るかーッ!!」

「会長が行くなら俺達もついていきますよ!!」

「商人は商人らしく、後ろからハンターたちを支援する!! 絶対飢えさせるか!!」

 

 ディシプリンはもう迷い等無かった。

 部下たちも付いて来てくれている。最早発言を取り消すことなど出来ない。

 

「良いか、ラグナ。どの道逃げ場はねーんだ。バラージュから逃げても、凶暴化したモンスターの群れに襲われるかもしれねえ。それなら──俺達も最後まで足掻く」

「……サイコーだぜ、あんた達」

「お前達!! 全力で物資の手配を行え!! 火薬、食料、弾頭、ありったけを北部砦に運送する準備をしろ!! ──俺達もまた、鋼の雨(バラージュ)となってハンターを支えるぞ!!」

 

 最早、火の蓋は開けられた。

 逃げられはしない。

 だが──それでいい、とディシプリンは悔いない。

 

 

 

 ──甘いな、ディシプリン。オマエは何処までも甘い。反吐が出る。オマエのやり方では──いつか破滅するぞ。

 

 

 

 汚職を働き、追放されていった先代の最後の言葉をディシプリンは思い返す。

 そして、思いっきりそれに中指を立ててやった。

 

 

(甘くて結構。クソ喰らえだ、ヴァーカ)

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