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──大渓谷・対巨龍臨時要塞。
崖上に待機するハンターたち、そして遥か向こうから進軍する赤き巨龍。
四つ足で地面を這い、そして均していく──ラオシャンロンだ。
それを目にしたハンターたちは武器を構え、あるいはバリスタを始めとした兵器の照準を向ける。
臨時要塞には既に幾つもの対巨龍武器が輸送されており、ラオシャンロンを何としてでも此処で倒すというギルド、そしてバラージュの意地が表れていた。
しかし問題が一つ残る──
「撃龍戦車、やっと完成して今バラージュから運んでるのデース!?」
「……みてーだな。そういや作戦会議の時俺達に見せたのはガワだけだって言ってたぜ、あの鉄仮面博士」
蹲るバジル。無理もない。決戦兵器が未だに到達しないままラオシャンロンの討伐を決行する事になってしまったからである。
「んまあ、オメーはいつも通り後ろでドッカリ構えておいてくれよ。そろそろ──見えたみたいだからよ」
「ラオシャンロン、確認できました!!」
双眼鏡を覗いたアジサイが感嘆の声を上げる。
通常の飛竜の三倍、あるいは四倍以上の全長を持つラオシャンロンを前に、彼女も震えが止まらない。
果たして、本当にあれを殺す事が出来るのか──と。
「目標良し……破龍砲、撃てェェェーッッッ!!」
号令と共に陣営問わずハンターたちが破龍砲を撃ち放つ。
通常の防衛装備のそれを遥かに上回る大きさの砲弾が雨となってラオシャンロンに降りかかった。
そして──しばらくして、砲弾の雨が止む。
「……?」
砂煙の中から出てきたのは──怪訝そうに首を捩じる巨龍。
そのあまりの動じなさに、ラグナは勿論、他のハンターたちも戦慄する。
「ウソでしょ、効いていないんですか!?」
「いや、効いてねえって事はねえはずだが──!!」
「あ、あいつ、ピンピンしてやがるのニャ!! 飛竜なら今のでイチコロの火力だったのにニャ!!」
ぶるぶる、と首を振るうラオシャンロン。
そして──鬱陶しそうに崖上を見上げると──瞳孔をキュッと開き、大口を開けるのだった。
「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
ぐらり、と地面が揺れたかと思えば巨龍が二本の足ですっくと立ちあがる。
そして咆哮はその周囲に居たハンターたちの鼓膜をブチ破る勢いで劈く。
巨龍は目に怒りを滲ませ、小粒のハンターたちを「敵」として認識するのだった。
「ちげぇ!! あいつデカすぎて、痛みを感じるのが遅かっただけだニャーッ!!」
「グゴオオオオオオオオンッ!!」
一気に地面に前脚を叩きつけるラオシャンロン。岩盤に罅が入り、捲れ上がる。
そして、それをひっくり返すように持ち上げるとあろうことか空に投げ飛ばす。
空中で分解した岩盤は礫となり──崖上に降りそそいでいく。
「退避!! 退避ーッ!!」
「岩が上から降ってくるぞーッ!!」
ハンターたちは防衛設備を放棄せねばならなかった。
間もなく、岩が破龍砲やバリスタを押し潰していった。
「あーあー、言わんこっちゃねえ!! 言ってねえけど!!」
同じく降り注ぐ岩を避けながらラグナが叫ぶ。アジサイも顔を真っ青にしてラグナに呼びかけた。
「あの、話に聞いた以上の暴れん坊なのですが!? あんなにアグレッシブに動く生き物でしたっけ!?」
「そりゃオメー、古龍にも個体差ってあるからよ、暴れん坊将軍なラオシャンロンも居るだろーがよ」
「そう言う問題ですかあ!?」
間もなく、再び起き上がったラオシャンロンは腕を大きく振るい、崖上を薙ぎ払っていく。
古龍の膂力で振るわれた拳は崖を麩のように崩していくのだった。
「しゃあねえ、こうなりゃ俺達で食い止めるしか無さそうだな……!!」
言ったラグナはフックスリンガーを崖に引っかけ、そしてラオシャンロンが迫る崖下に飛び降りる。
同じく、翔蟲でアジサイも彼を追うのだった。
全高は50メートルを超える巨龍を前にたじろぐラグナ達。
しかし、最早退くという選択肢は残されていない。
「崖上の防衛設備が再び再建するまでの間……俺達でラオシャンロンを食い止める」
「止められるんですか──アレを」
「止めるしかねーだろがよ。そうすりゃ俺達、飛竜落としから巨龍落としだぜ」
「勝手に巻き込まないで下さい。んまあでも──覚悟は出来てます!!」
後に続くようにして、他のハンターたちも飛び降りてくる。
「過去の記録から、例に漏れず弱点は頭だ。先ずは、ヤツの態勢を崩す。
「はいッ!!」
「オトモするのニャ!!」
マタビがラグナの背中に乗っかる。
粉塵を手には握っており、ラグナ達をサポートする姿勢だ。
狙いは後ろ脚。二足歩行になったラオシャンロンの態勢を崩し、四足歩行に戻すため、ラグナ達はラオシャンロンの右足に向かう。
しかし、タダで攻撃させるラオシャンロンではない。その長く、丸太より遥かに太い尻尾を振り回し、ハンターたちを薙ぎ払う。
速度は遅いとはいえ、圧倒的質量と巨大な尻尾が迫り、ハンターたちは薙ぎ払われていく。
吹き飛ばされ、風に舞う塵のように宙を舞う狩人たち。その中から一抜けして飛び出すのはラグナとアジサイだ。
ラグナはアジサイに鉄糸で括られており、半ば強制的に空へと連れ出されていた。
「危なかったです──空中に逃げられたからよかったものを!」
「ッ……」
ラグナは空中から地面を見遣る。
立て直しを図っているハンターも居るが、防具諸共頭を砕かれ、既に物言わぬ屍と化しているハンターも居た。
「あ、あれ、死んでるのニャ……!?」
「此処から生き残れるのは身の程を弁えてるヤツだけだな……」
古龍の膂力は異次元だ。そこらの飛竜とは訳が違う。攻め時を見誤れば、即死が待っていることをラグナは嫌と言うほど理解している。
早速、生き残ったハンターたちにより、後ろ脚への攻撃が始まった。
ある者はボウガンの弾をありったけ浴びせ、ある者は戦斧を振り回し、巨体を支える脚に傷を入れていく。
だが甲殻は硬く、なかなか貫くには至らない。
そればかりか、体重を支える脚先を重点的に攻撃しようとするハンターたちを追い払うようにして足を踏み鳴らすラオシャンロン。
地響きだけで人を吹き飛ばす勢いだ。
「グオオオオオオオオオオオオーッ!!」
そして、足元に集るハンターたちが鬱陶しくなったのか、ラオシャンロンは両前脚を大きく振り上げる。
その動きを見たラグナは本能的に危険を感じた。巨龍が全体重をかけて自ら倒れ込もうとしているのである。
「全員、退避だッ!! 退避ッ!!」
必死に呼びかけるラグナ。
流石に歴戦のハンターたちも危機を感じ取ったのだろう。
すぐに蜘蛛の子を散らすように離れていく。
間もなく──巨体が音を立てて岩盤の上に倒れ込み、そして周囲に地響き、そして亀裂が走る。
同時に地面が大きく隆起し、それが逃げ遅れたハンターたちを容赦なく突きあげた。
「暴れるだけでこちらは致命傷です!! 押し潰されたら一発アウトですが──」
「だが、倒れてくれたなら話が早い!!」
ラグナはすぐさまラオシャンロンに向かって一直線に走る。
そして、地面に接地した頭部に向かって飛び乗った。
恐れなど有りはしない。むしろ、好都合だ。何かが飛び乗った事に気付いたラオシャンロンは再び後ろ脚で立ち上がるが──ラグナは大剣をラオシャンロンの皮膚に突き立ててブレーキ代わりにして、しがみつく。
「っらぁ、大人しくしやがれ!!」
「ニャーッ!? ラグナ、正気かニャーッ!?」
「正気で古龍の相手なんてやってられっかってんだ!!」
そのままラグナは再び破軍大剣を振り上げ、ラオシャンロンの脳天に突き刺した。
悲鳴を上げるラオシャンロン。そして、頭部のラグナに古龍の意識が向いている隙に、ハンターたちが再び後ろ脚に猛攻を仕掛ける。
更に、崖上のバリスタや破龍砲の配備も完了したのか、砲火がラオシャンロンを再び襲う。
頭部、胴、そして足。
苛烈な同時攻撃を受けた巨龍は遂にバランスを崩し、今度はよろめきながら態勢を崩したのだった。
当然頭部に乗っていたラグナは勢いよく空中に放り出されたのであるが──
「ニャギャーッ!? そりゃこうなるニャ!! そりゃこうなるのニャ、分かってたのニャーッ!!」
「ったく、何も考えてねえ訳ねえだろが!!」
ラグナは宙を舞いながら口笛を吹く。
崖上の方からギルドに飼い慣らされた翼竜が一匹飛んでくる。それを見たラグナは空中でフックスリンガー射出。
フックは翼竜の脚に勢いよく引っ掛かり、そのまま崖上まで引き上げて貰うのだった。
地面に足を突いたマタビは青い顔で手を突き、そしてゲロゲロ嘔吐。
それを見ながらラグナは涼しい顔で一言。
「おいおい、大丈夫か? 酔ったか?」
「ひ、ひぃーっ、ひぃーっ、生きた心地がしねーのニャ……!! オメー、マジで覚えてやがれなのニャ!!」
「ヒューッ、翼竜ってすげーよな、自由落下の勢いが乗った俺と大剣の重さを軽々持ち上げちまうんだもんよ、流石だぜ」
「無視すんじゃねーのニャ!! こちとら死ぬかと思ったのニャ!!」
ラグナは崖下を覗き込む。
態勢を崩したラオシャンロンは、そのまま四足歩行のまま這いずっていく。
進行方向は更に大きく開けており、渓谷の出口となる部分が砦で塞がれている。
その名もエリア2。ラオシャンロンとの決戦を想定した広大な戦闘区域だ。
「あいつ逃げやがったのニャ!! 今までにないスピードで走ってやがるのニャ!」
「だけど長くは持たねえよ。あの自重を支えながらあの速度では走り続けられねえ。だから──エリア2に必ず留まるはずだ」
「あれをハンターの武器で倒すのは無理があるのニャ!」
「だからみんなバリスタや破龍砲をドカドカ撃ってんだろが。問題は撃ってアレなんだけどな」
崖下の動かぬ屍を見ながらラグナは苦々しい顔を浮かべた。
「……既に死人も出てやがる。俺達ばかり安全圏には居られねえ、行くぞ」
「もう危ない橋は何度もわたってんのニャーッ!!」
騒ぐマタビを無視してラグナは再び口笛を吹く。
翼竜にフックスリンガーでしがみつき、彼はラオシャンロンを追う──
「それに、アジサイをいつまでも1人にしておくわけにはいかねーだろ。ラオシャンロンに踏み潰される程間抜けなヤツじゃねえとは思うがな」
※※※
──大渓谷・臨時砦エリア2。
周囲を覆う崖はラオシャンロンよりも高くなっており、そこには破龍砲やバリスタが配備されている。
待機していたハンターたちは、迫る巨龍に弾丸の雨を次々に浴びせるが──それでもやはり決定打には成り得ない。
そして、追いついてきたハンターたちも再び足に攻撃を加えていく。
しかし──突如硬直したラオシャンロンは、尻尾を大きく体に巻き付けると、そのままじっとしてしまうのだった。
「あ、あいつ、何やってるのニャ!? いきなり動かなくなりやがったのニャ!!」
「マズい!! チカラを溜めてやがる!!」
どくん、どくん、とラオシャンロンの尻尾が脈動していく。
全身の筋肉も硬直し、武器は弾かれてしまっている。
此処に集っているのは歴戦のハンターたちばかりだ。
ラオシャンロンの様子がおかしい事は誰がどう見ても明らかであった。
「これは嫌な予感がしますッ──!!」
アジサイは翔蟲で空へ飛び上がる。
そうでないハンターたちも地面に伏せた。
間もなく、バチッ、バチッ、と龍気を帯びた紫電がラオシャンロンの全身を一瞬迸らせたその時であった。
「おー、皆揃っとるようだな!! 俺様だ!!」
「あっ……」
「あっ……」
翼竜に掴まったままラグナとマタビは顔を蒼褪めさせた。
砦の入り口が思いっきり開き──我らが最新鋭の撃龍戦車が入場してきたのである。
だが、あまりにもタイミングがよろしくなかった。
操縦席に座すテッカメン博士は意気込みながら自慢の戦車でラオシャンロンに向かっていくが──
「今に見てろ、このテッカメン博士を甘く見たら大間違いだぞ、この新型撃龍槍はなオモチャの撃龍槍とは違うでのう──」
「グオオオオオオオオオオオオーッ!!」
ラオシャンロンが全力を解き放つ。
尻尾が暴れ乱れ、鞭のようにしなっていく。
辺りに生えていた岩は次々に崩れ落ち、ぶつかった崖も崩落していく。
そして──尻尾は、真正面から入ってきた撃龍戦車を跳ね飛ばし──そのまま横転させてしまったのである。
周囲に沈黙が横たわった。
ガラガラ、と履帯の音だけが空虚に響き渡っている。飛竜のサイズに匹敵する戦車だ。当然だが起き上がれるはずもない。
「ハ、ハハハ、どーしよう……撃龍戦車、開幕で沈んじまったけど……」
「お終いだニャ……」