※※※
──同時刻、バラージュの町にて。
「物資の送達は問題ないようだな……!!」
積み荷を運ぶ手伝いをしながら、ディシプリンは汗を拭う。
絶え間なくバラージュからは大渓谷に向けて物資や弾薬が届けられていく。
そんな中──喧騒を貫くようにして、何処からともなく響いたのは──
「オオオオオオオオオオオオオ……」
遠く、しかし重い咆哮。
それにディシプリンや商人たち、そして労働者たちは本能的な恐怖、そして戦慄を掻き立てられる。
遠い大渓谷に居るはずの巨龍の叫び。しかし、それは此処まで届くものなのか、と悍ましさすら感じさせる。
「クソッ……あいつら、大丈夫なんだろうな……!!」
ディシプリンがラグナの顔を思い浮かべた時だった。
「ギュリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッッッ!!」
今度はもっと近くから、町を揺さぶるような咆哮が轟いた。
ディシプリンは部下たちと共に、商工会の建物の地下に急ぐ。
思い当たる節は一つしかない。
「ピーちゃん……!」
ディシプリンは地下の螺旋階段を降り、そして足を止めた。
普段、決して起き上がらないエスピナスのピーちゃんが──両脚で立ち、そして翼を広げ──遠くに向かって威嚇をしている。
その硬い緑色の甲殻には血管が赤く鮮やかに浮かんでおり、既に彼女が臨戦態勢に入っていることを示していた。
「ピーちゃん、ダメだ! 相手は飛竜じゃない、古龍なんだぞ!?」
「ギュリオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!」
「す、すごく興奮しているようです!! ピーちゃんが、ラオシャンロンに呼応している──!?」
「……ピーちゃん」
ディシプリンは口をキュッと絞る。
長年、連れ添って来た相棒同然の飛竜。
彼女が今、何を成そうとしているのか、種族こそ違えどディシプリンは理解していた。
「バラージュはピーちゃんの縄張りだ。たとえ相手が古龍でも、ピーちゃんは一歩も引かない──そうだろ」
「ぴゃあ!」
甲高く鳴くピーちゃん。
ディシプリンは──何かを決意したように叫んだ。
「1番ハッチを開けろ!! ピーちゃんを出撃させるぞ!!」
「ハ、ハイッ!!」
すぐさま商人たちが部屋のレバーを開ける。
すると、地下室の天井にあるハッチが大きく音を立てて開いた。
その先は商工会の大きな庭園に繋がっており──日差しが降り注ぐ。
大きく羽ばたいたピーちゃんは、再び咆哮すると空に向かって飛び立っていく。
「行け!! ピーちゃん!! 思いっきり暴れて来い!! そして──あいつらを助けてやってくれ!!」
「ギュリオオオオオオオオオオオオオン!!」
飛び立つエスピナス。
その様を見ながら、商人の一人が呟く。
「ピーちゃんが出るのは……何年ぶりだ?」
「3年前の飛竜災──セルレギオスの群れがバラージュに迫ってきた時以来だ」
「……大丈夫なのかなぁ!? 飛竜と古龍じゃワケが違う!!」
「勝つさ。それに、ピーちゃん一人じゃない」
ディシプリンは祈るように両指を握る。
「……頼むぞ、ラグナ」
※※※
「──オイイイイイイイイイ!! どうなってんデスかァァァーッ!! 技研の汗と涙の結晶、早速乙ってるじゃないデスかーッッッ!!」
翼竜で後から追ってきたバジルはあんまりな惨状に絶叫した。
そんな彼女の声を後ろから浴びながらも、ラグナは翼竜で崖下に飛び降りる。
下の方ではハンターたちがラオシャンロンに集っていく中、ラグナは横転した戦車に向かっていた。
「何とかならねーのかニャ!? このままじゃあ撃龍戦車も燃えねえゴミなのニャ!!」
「しゃーねえ、力づくで起こすしかねえみてーだ……!! だけど──」
ラグナはちらり、とラオシャンロンの方を見遣る。
向こうでは──アジサイが今も、巨龍の攻撃をいなしながら戦っている。
あの巨体の相手に自分一人が向かっていってもどうしようもないことはラグナも分かり切っているのであるが──
「ッ……アジサイ」
「ラグナ!! アジサイは……覚悟は出来てるって言ってたのニャ!!」
「……ッ」
ラグナは歯噛みする。
かつて、後ろでバリスタを打つことしか出来ず、仲間の死に目にすら遭えなかった無力な自分を。
「……怖かったら、逃げて良いんだぜアジサイ」
「でも、アジサイは絶対逃げねーのニャ」
「……そうだな」
ラグナは目の前に横たわる鉄の塊を見た。
またいつ、あの尻尾攻撃が来るか分かったものではない。
そうなれば、今度こそ撃龍戦車が破壊されてもおかしくはない。
ならば一刻も早く戦車を復帰させ、撃龍槍をラオシャンロンに撃ち込む必要がある。
「大剣で鍛えた馬鹿力、今こそ発揮する時のようだな」
「鬼人の粉塵で更に筋力アップだニャ!!」
ラグナは横転した撃龍戦車に手を掛けた。
しかし、流石に重い。あまりにも重すぎる。
全身岩のようなグラビモスを押しているかのような感覚だ。
幾らラグナと言えど、全く手応えを感じないのである。
「クソッ、せめて車体の裏側からスリンガーで引っ張って貰わねえと──!!」
「ッ……」
ラオシャンロンが怒りと共に身体に紫電を迸らせていく。
急がなければ、またあの攻撃が来る。ラグナが焦燥観に駆られたその時だった。
ずしん、と車体が大きく揺れる。
隣を見遣ると──そこには、見覚えのある顔があった。
「ロ、ローズマリーさん──ッ!?」
「あら、お久しぶりですわね、ラグナ様♪」
教会・トップのローズマリー。
周囲には、聖騎士隊たちも居り、既に何人かがスリンガーを車体の裏側に引っかけている。
「あんた、此処に居て良い立場なのか!?」
「バラージュの危機に……立場など関係ありませんわ。正義とは、成すべき時に成す。教会の上に立つ者、いざと言う時には己の身体を貼って奉仕するのは当然の事!」
「……助かるぜ!!」
狩場でハンマーを振り回していたこともあり、ローズマリーの膂力はラグナと同等、あるいは竜人族であることを鑑みればそれ以上。
更に聖騎士達も車体を押し込んでおり──みしみし、と車体が徐々に動き、傾いていく。
「ローズマリー様に続けーッ!!」
「お手を煩わせるなーッ!!」
しかし、無情にもラオシャンロンは尻尾を身体に巻きつけていく。
再び──チカラを溜める姿勢に入ったのだ。
「ク、クソッ!! もうちょっとだって言うのに!!」
「諦めるなッ!! 全力で戦車を押せ!!」
そう言うラグナも嫌な汗が伝っていた。
このまま戦車を押していれば、ラオシャンロンの超広範囲攻撃に巻き込まれるのは確定だ。
そうなれば全滅は免れない。
現に、既に退避の姿勢を取っているアジサイは、撃龍戦車の方を見て真っ青になっていた。
ラグナが撃龍戦車を立て直す為に車体を押しているのは彼女の方からも見えていたからだ。
「ラグナさんッ──!!」
だが、今からラグナの方に向かっても間に合わない。
そうこうしている間に、ラオシャンロンの全身に紫電が迸る。
アジサイが居てもたっても居られず、翔蟲を飛ばそうとしたその時だった。
「ギュリオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!」
咆哮。
そして、巨大な何かがラオシャンロンの頭部目掛けて全体重をかけて圧し掛かった。
ラオシャンロンは飛来したそれに対応する事が出来ず、態勢を崩し、倒れ込む。
思わぬ来訪者に、全ハンターは目を見張る。
サドルを背中に着けた一風変わった棘だらけの飛竜。
それが──バラージュの守り神であることは、誰も疑いようもなかった。
「エスピナス……ピーちゃん!?」
車体を押していたラグナは目を見開いた。
だが感心する間もなく、怒りで全身に血管を浮かべたピーちゃんは倒れ込んだラオシャンロンに火炎弾で追撃を見舞う。
辺りには猛毒の煙が立ち込めた。エスピナスの体内を駆け巡る劇毒の成分を含んだ火炎だ。普通の生物ならば吸っただけで命の危機に瀕してもおかしくはない。
だが、ラオシャンロンは古龍だ。不意の攻撃に戸惑いはしたものの、即座に身体を起こすと炎を真っ向から突っ切ってエスピナスの喉元に喰らいつき、そのまま崖目掛けて投げ飛ばす。
「ッ……おいおい、マジか!! エスピナスはそこらの飛竜じゃ相手にならねーくらい強いんだぞ!!」
これが飛竜と古龍の間にある圧倒的な差。
無理もない。体躯だけで言えば三倍以上、更に古龍と飛竜ではそもそもの身体の作りが違う。
悲鳴を上げたエスピナスはよろめきながら飛び立とうとするが、受けたダメージは大きかったのか──次なる一撃を繰り出すには至らない。
「ピーちゃんさん、助太刀しますッ!!」
ピーちゃんは思わず空を見上げた。
アジサイが──鉄糸を飛ばしながらすっ飛んでくる。
そして、彼女のサドルに座ったかと思えば、その全身に翔蟲の糸を巻きつけた。
「操竜──ッ!! もう一太刀、浴びせてやりましょう!!」
「ぴゃー!!」
初めての感覚だが、エスピナスは甘んじてそれを受け入れる。
背中に乗る人間は味方だ、と理解しているのだ。
「あ、あいつエスピナスの背中に乗ってるぞ!」
「あれがカムラの操竜か!! 初めて見たぜえ!!」
そして、奇跡のコラボにハンターたちも歓声を上げる。
再び突貫したピーちゃんはラオシャンロンに飛び掛かる。
一方のラオシャンロンも起き上がると、尻尾を振り回して迎撃しようとするが──
「そこっ!!」
──アジサイが鉄糸を手繰り、ピーちゃんを飛び上がらせた。
そして続け様に空中で翻ったピーちゃんは、棘の生えた全身を以てラオシャンロンの胴にぶつかっていく。
腸への衝撃を受けたラオシャンロンは態勢を崩し、ぐらついた。そこに追い打ちをかけるようにして尻尾、そしてトドメに再び渾身の頭突きを浴びせる。
「グゴオオオオオオオオオオオオ!?」
ラオシャンロンが倒れ、再び地面に伏せた。
同時に鉄糸もほどけ、アジサイはピーちゃんのサドルに縋りつく。
巨龍を相手にした操竜は想像以上に彼女の身体に負荷がかかっていたのである。
しかし、時間は十二分に稼げた。
「ッ──し、今だッッッ!!」
ラグナの叫びと共に撃龍戦車が大きく土煙を立てて倒れ、元の態勢に戻った。
そして、標的たるラオシャンロンはピーちゃんの攻撃を受けたことでダウンしている。
「何が起きたかよう分からんが、戦車が元に戻ったみたいだのん──砲主共ォ!! 撃龍槍、1番、2番、3番、用意ーッ!!」
「ニャンニャ!!」
操縦席のテッカメンの号令で、砲主であるアイルー達が照準を合わせる。
撃龍戦車に備わった3つの砲塔が回転し、ラオシャンロンの頭部目掛けて照準が合わされる。
そして──大きく音を立てて砲塔から槍が一斉に射出された。
一本は右前脚に、もう一本は左前脚に。
そして最後の一本は──巨龍の額に。
「グゴオオオオオオオ!?」
突き刺さった撃龍槍は回転して巨龍に捻じ込まれ──食い込んでいく。
そして、槍の尾から炸薬が起動し──間もなく巨龍の体内でそれは大きく爆ぜるのだった。
「ゴオオオオオオアアアアアアアアアアアーッッッ!?」
横転するラオシャンロン。
痛み、そして衝撃で全身が揺さぶられ、もだえ苦しむようにして地に伏せる。
この瞬間──巨龍との戦いは、一気に人間達に大きく天秤が傾いた。