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「──ピーちゃんのいる地下室の奥に通路がある。そこは今はもう使われてない倉庫になってんだが──」
翌日、ラグナ達はディシプリンの案内を受けながら商工会の地下を進んでいた。
相変わらずピーちゃんが堂々と番人のように寝息を立てている。ディシプリンは近寄ると「行ってくるよ、ピーちゃん」と一声かける。
ピーちゃんは「ふが」と一瞬だけ寝息を詰まらせ、眠そうに「ぴゃあ」と鳴くと──何事も無かったかのように寝てしまうのだった。
それを見届けたディシプリンは、狩人たちを開かずの間へと連れる。
「……扉の鍵はあの手帳に紐で括りつけられていた。だから俺しか入れない」
「では、ピーちゃんはどうやって此処に入ったのでしょうか? 入り口も壊された形跡がありませんし」
「ピーちゃんは、あの天井に穴を開けて地上から侵入したんだよ」
「……力技、流石古龍級生物です」
「おいおいピーちゃんに感心してる場合じゃねえ。いよいよ、地下世界だぜ」
ラグナは期待と不安に胸を膨らませながら、先頭に立つ。
何かがあった時の為に、真っ先に彼が体を張れるようにするためだ。
「ところでバジルさん、今日も細剣ですか?」
「本当は剣なんて好みじゃないんデスけどネー」
薔薇のあしらわれたロビンフッドハットを身に着け、ペリースマントをたなびかせた姿はさながら貴族のようだ。
バジルが身に着けているのは所謂ラバラシリーズと呼ばれる防具で、その姿はさながら男装の麗人である。
この防具は女性が身に着けることを想定したスカートタイプもあるのだが、活発なバジルはこれを敬遠したのである。
そして彼女の腰には──ギルドナイトの使う対人用の細剣が差されていた。
「……まるで背信行為をしたらいつでも背中から刺せるぞと言わんばかりですね」
「フフッ」
「笑うだけなのやめてもらいますか!?」
「生憎ワタシは、ギルドの命令で動いていマスので」
アジサイは──この2日間ですっかりバジルの事が分からなくなっていた。
これまで見せていた姿とギルドナイトとしての姿。
どちらが本当の彼女で、このままバジルを信用していて良いのかということだ。
「ただ一つ言えるのは──ワタシは、貴方達とは対立したくないということデスよ」
「……何処まで本当だか」
「よしオメーら、無駄口はそこまでだ、行くぞ」
「ああ」
リュックサックを背負ったディシプリンが頷く。
全員は扉を開き、地下世界へと一歩踏み出す。
そこには──
「き、きれい──!?」
──青白い光が辺り一面を覆っていた。
らせん状に渦を巻く道、中央にぽっかりと開いた大穴。
そして奥にまで続く光。
太陽なんて無いはずなのに、地下を光が照らしている。
「……信じられません。夢でも見ているのでしょうか?」
「これ、どうして光ってんのニャ!? 壁に亀裂みたいなのが走って──そこから青い光が漏れてるのニャ!!」
「……この壁、人の手が加わってんのか? なんか根っこみたいなもんが見えるぞ」
「……どうやら、悪い方の仮説は当たっていたようデスね」
苦々しい顔を浮かべるバジル。
「取り合えず進みマショウ。きっと、実物を見て貰った方が速いデスから」
螺旋状に続く道を慎重に進む一行。
どれほど進んだか分からない。
口を噤みながら、足を滑らせないように一歩、また一歩と下層へ続く下り坂を降りていく。
数時間ほど歩いただろうか──大穴の奥まで辿り着いた一行だが、そこでまたしても絶句することになる。
「まだ続きがあんのかよ……!!」
うんざりしたようにラグナが言った。
大穴の奥に広がる空間。
そこにはぽっかりと洞窟が開いていたのである。
飛竜ほどのモンスターならば簡単に通れるくらいの穴だ。
「バラージュの地下は蟻の巣のように幾つもの空洞が開いているらしい。恐らく今まで俺達が歩いてきたのは、ほんの入り口に過ぎないってことだな」
「結構歩きましたけどね? 上はもう見えませんよ」
「なあ、こいつは何だ?」
ラグナは──青白い灯りに照らされた地面を指差す。
そこには、珊瑚のように細かく枝分かれした白い結晶が生えていた。
「……きれい」
「見た事の無いモノだニャ!! こいつを売ったら、大儲け間違いナシだニャー!!」
「いや、鉱石的な価値はあるんでしょうか? 触ったらボロボロと崩れてしまいマスよ」
「ちぇー、シケてやがんのニャ」
「何だか得体のしれないものだな。バジル──何か知ってんのか?」
「……」
「バジル?」
青白い顔をしながらその結晶を見つめたまま動かないバジル。
彼女の両の手は震えている。
「どうしたんだよバジル。具合でも悪いのか?」
「……これが存在するという事は……逆説的に……」
「バジル?」
「先に進みマショウ。急いで!!」
「あ、おい!」
バジルは先に洞窟の先に進んでしまう。
ラグナ達もそれを追いかける。走り慣れていないディシプリンは大きな腹を揺らしながら、一番後ろから追いかける。
「おいおい今日の編纂者サマは随分とお急ぎなんだな!」
「……バジルさん、どうしたんでしょう?」
「分かんねーなあ、乙女の考える事は」
「……ッ」
洞窟を抜ける。
バジルも、そして後からやってきたラグナ達も足を止める。
一番最後に追いついたディシプリンは思わず見惚れてしまった。
そして、先程の結晶に覆われた壁や大地。
地下空間や空洞などという言葉では生温い。
見下ろす先には真っ白な建造物のようなものが幾つも建っていた。そのいずれもが崩れ、朽ち果ててしまっていたが、かつてここが都市のようなものであったことは推測できる。
そして──中央に堂々と座すのは、すり鉢状の建造物。それは一際大きな光を放ち、この地下世界を妖しく照らしている。
「……こいつが、ジイさんの見た景色……広い、あまりにも広すぎる」
「確かにこりゃあ、先々代とやらが引き返すのも無理はねえなディシプリンよ。バラージュと同等の広さだろーな」
「……ヘヘッ、ラグナ。俺は武者震いしてきたよ!! 造竜工廠とやらは……本当にあったんだ!!」
ディシプリンがガッツポーズしたその時だった。
「アオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
何処からともなく、遠吠えが響き渡る。
全員は周囲を警戒して見回すが、遠吠えの主は見えない。
「何だ? いきなり──」
ラグナが抜刀する。
だが間もなく、今度は勢いよく地面に何かが落ちる音がした。
嫌な予感がしたラグナが振り向く。
先程まで洞窟の入り口があった場所に──岩の壁が堂々と塞いでいる。
「やっべぇ、帰り道が無くなった!!」
「嘘デショ!?」
「俺様達どうやって戻るのニャ!?」
「……おいおいマジかよ! まさか、嵌められたのか……!?」
「……ッ」
「アオオオオオオオオオオオオオンッ!!」
再び遠吠えが響く。最初に動いたのはアジサイだった。
ディシプリンの巨体を抱きかかえ、鉄糸でその場から離れる。
それを合図に、狩人たちはいっせいに散開した。
一瞬遅れて何かがその場に着地する。
「アオオオオオオオオオオオオオンッ!!」
「うひゃああ!? 何だァァ!?」
「……崖上の方に居ましたか!!」
降り立ったそれを狩人たちは目の当たりにした。
全身を黒い毛皮で覆った、見上げる程に巨大な狼のようなモンスターだ。
しかし、その頭部や四肢には青白い光が刻まれるように迸っている。
「な、なんだニャあいつ!! 見た事無いヤツだニャ!!」
「オルガロンだ!!」
「オドガロン!?」
ラグナの背に飛び乗ったマタビが涙目で問う。
「ちげぇよ!!
「何なのニャ、あいつ! なんか青く光ってんのニャ!」
「ああそうだ、だからおかしいんだよ! あんなピカピカ光るモンスターじゃねえんだが……!」
「……やっぱり、ワタシの危惧は当たってたようデスね……!!」
一方、ディシプリンを地面に下ろしたアジサイは──新たな殺気を感じ取り、抜刀する。
「……ディシプリンさん。物陰に隠れていてください」
「まだ、何かいるのか!?」
「……もう一匹──!!」
静かに足音を立てながら、それはぬうと現れた。
カム・オルガロンとは対照的に真っ白な毛皮に覆われた狼型のモンスター。
「……カム・オルガロンが居るならこっちも居ますか……ノノ・オルガロン!!」
「なあ、そのカムとかノノって何なんだよォー!! 俺ァ商人だからモンスターの事はサッパリだ!!」
「オルガロンはリオレウスと同じく雌雄で姿が異なります! オスはカム・オルガロン、メスはノノ・オルガロンです!!」
「ルルルルルルルウウウウウウウウ!!」
威嚇するように唸り声を上げるノノ・オルガロン。
しかし、やはりこちらも頭部や四肢に青白い紋様が刻まれている。
そして両者に共通するのは──生気も感情も全く感じさせない漆黒の眼球であった。
それを見て確信したように、バジルが叫ぶ。
「気を付けてくだサイ!! そいつらは
【???”護響狼”
【???”護雌響狼”