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ラグナとアジサイは一歩、また一歩と工廠の内部を進んでいく。
そして、その最深部に座すは──青白く輝く象牙多層球。
まるで心臓のように拍動するそれを貪るは、全身を機械で覆った人造龍。
その異様な光景を前にアジサイは心胆が冷え切っていき、思わずラグナの影に隠れた。
「あれが……龍灯……!?」
「……どっかで見たことあると思えば」
ラグナはローズマリーや聖騎士がぶら下げていたランタンの形を思い出す。
今思えば、彼らがルートゥと呼んでいたソレの正体こそ──ローズマリーが信奉するものであったのだ、と。
周囲には狩場に聖騎士達が持ち込んでいた白い羽の龍の像が幾つも置かれている。
何処か神聖な空気さえ感じさせるその場で、人造龍が巨大な龍灯を喰らいつき啜る様はグロテスクそのものであった。
「……我らの一族は龍灯、そして──竜都の守護神たるハクシ様を信奉していたのです」
ローズマリーが穏やかな笑みを携えたまま目の前に現れ、ラグナもアジサイも身構えた。
「全ては来るべき災禍に備えるため。貴方達もハンターならばわかるでしょう? 此度現れたラオシャンロンのように、古龍の災禍はいつ人類に襲い掛かるか分からないのですよ」
「……そのドラゴン……材料に古龍の身体を使ってやがるな。じゃねえとさっきの力、説明がつかねえ」
「ええ! ええ! イコール・ドラゴン・ウェポンは古代に、30匹あまりの古龍の身体と血を素材に作り出された兵器ですもの」
「……なら、ソイツの存在自体が古龍を呼び寄せている。古龍は同胞の死骸を取り返しにくる習性があるのを知らねえわけじゃあるまいな」
アジサイはハッと気づかされた。
ラオシャンロンが襲撃した後にラグナが話していたドンドルマの古龍骨の話だ。
他のモンスターを退けるはずが、古龍骨が古龍を呼び寄せてしまっているのである。
同様に、イコール・ドラゴン・ウェポンもまた──その存在自体が古龍の怒りに触れるものなのだ。
あのラオシャンロンがバラージュにやってきた理由を漸くアジサイは理解した。
ラオシャンロンは、同胞の死骸を取り戻しに来ただけなのだ。遥か古代にイコール・ドラゴン・ウェポンの素材に使われた同胞の一部を。
しかし、それを知ってか知らずかローズマリーは断じる。
「関係ありませんわ。イコール・ドラゴン・ウェポンならば、全て返り討ちにできますもの」
「お話になりません! その間にどれ程の被害が出るか!」
「まあ待てよ」
カッとなったアジサイをラグナが手で制した。
ラグナとて言いたい事はある。だが、これ以上の説得は無意味だと理解したのである。
彼が今此処に立っているのは──イコール・ドラゴン・ウェポンを狩るためだ。
それが正しいかどうかなど、彼の行動には関係ない。
「おや、ラグナ様。イコール・ドラゴン・ウェポンのすばらしさに気付きましたか? もし貴方が良いのであれば、貴方も私と共に──」
「……御託は良いぜ。決めようじゃねえか、俺とイコール・ドラゴン・ウェポン、
「はい? 貴方は何を言っているのでしょうか。あなた方ハンターの犠牲をゼロにするためにも──」
「
そんなもの、今幾ら考えたところで結論が出るモノではないことはラグナは知っていた。
だが、それでも彼は竜機兵に剣を向ける。何故ならば──
「──
「何をバカな事を。あの飛竜がしゃしゃり出て来なければ死なずに済んだだけのことなのに。無謀なエスピナスが一匹、死んだだけのことでしょう!」
「……かもな。だけど──それで、大事なモンを喪って泣いてる人が今居る。俺は──その人の為に武器を振るう」
それが、ラグナのハンターとしての在り方だ。
アジサイも頷き、双剣を抜刀する。マタビもニャンニャン棒を取り出した。
「──そうです。それが、ボク達の進むべき道!」
「それにオトモするのが俺様なのニャ!」
「さあ恨みっこ無しだ。勝った方が生き残る。この世で一番原始的な命のやり取り──狩猟の始まりだ!」
「……愚かな」
ローズマリーの背後に
龍灯は光を漏らしながら点滅する。既にそのエネルギーの殆どを吸われ、機能は停止しつつあった。
だが、イコール・ドラゴン・ウェポンが復活した今、造竜工廠の役割は失われ、同時に龍灯も存在意義も失ったのだろう。
ローズマリーは龍灯の停止など些事だと言わんばかりに手を叩いた。
「実に愚かですよ、貴方達……大義も無ければ理想も無い。しかも他者に頼まれたから、などという理由で?」
愉快そうに言ったかと思えば、ローズマリーはすんと表情を消し、ラグナ達に告げる。
「あくまでも神に逆らうというのですね
「ああ、そうだ」
ラグナは目を閉じる。
ディシプリンがいつしかかけてくれた言葉が蘇る。
──お前らは……
「──俺達は
ラグナのその声で3人は一斉に飛び出す。
イコール・ドラゴン・ウェポンが咆哮を上げ、口に光を収縮させた。
「──ラグナさん、さっきのが来ます!!」
「威力はデカいが直線的だ! 散開するぞ!」
「にゃにゃーっ!!」
ラグナの背中にしがみつくマタビ。
翔蟲で一気に距離を取るアジサイ。
そして、大きく地面を蹴って飛び出すラグナ。
間もなく、イコール・ドラゴン・ウェポンの口から大口径の光の大筒が解き放たれていく。
それは地面をえぐり取り、そして壁に大穴を開けてしまう程の威力。
だが、ラグナ達は恐れずにイコール・ドラゴン・ウェポンの後ろ脚に回り込む。
特大火力のブレスは、当然だが足元に居れば当たらないのだ。
「ッ……イコール・ドラゴン・ウェポン! 大義の下に奴らを排除なさい!」
ローズマリーが口笛を吹くと何処からともなく
螺旋階段を駆け上がり、高台まで逃げていく。
「へっ、狂信者の癖に随分と小心者じゃねえか!」
「言ってる場合じゃないですよ、ラグナさん!」
「ギィギィギィ……キイイイイイイイイイイイイイインッ!!」
後ろ脚を武器で殴っていたラグナ達だったが、すぐさま方向転換したイコール・ドラゴン・ウェポンが翼脚で殴りかかろうとする。
地面にはクレーターが開き、並大抵の威力ではないことをラグナ達は察するのだった。
辛うじて予備動作から避けることは出来たものの、流石に古龍をツギハギして作っただけのことはある。
だが、ラグナから言わせれば所詮はそれだけだ。動きはぎこちないし、時折硬直してしまっている。
動作は激しく、そして図体の割には速いが──暴力的な基礎スペックを振り回しているだけで古龍のような知性が感じられないのだ。
「さっきの
振り回される尻尾を軽々と跳んで避けると、ラグナはその背中に飛び乗った。
一方でアジサイは鬼人化を解放し、人造龍の足と足の間を縫いながら斬撃を刻み続ける。
そんな彼らをマタビが粉塵でサポートし続ける。
(エリアルスタイル──”空中溜め斬り”!!)
(”鬼人乱舞”!!)
しかし──それでも全く手応えが感じられないのは、偏に竜機兵の身体を覆う装甲の堅牢さにあった。
一見、生身に見える部分すらも鉄のように硬く、斬っても斬っても有効打が与えられない。
そうしている間に、イコール・ドラゴン・ウェポンが吼えれば辺りにどくどくと音を立てて鉛色の液体が流れていく。
地面に降り立ったラグナも恐怖した。足に液体が付着しており、それが急速に冷え固まっているのである。
「んだこれ、金属か……!?」
がちがちに固められた足を見てラグナは全てを察する。
辺り一帯に液体状になった金属が沼のように染み出しているのだ。
アジサイも足を止められてしまい、動けない。
そうして動けない彼らを狙うようにして、沼から棘のように金属が競りだし、突き刺す。
「がああっ!?」
「痛ッ──!?」
鎧を突き破り、貫く金属の槍。
硬化は一時的なものなのか、ラグナ達の足を固めていた金属も、彼らを貫いた槍も再び液体へと戻り、彼らは解放される。
だが、ダメージを受けて膝を突いたアジサイに──竜機兵の尻尾が容赦なく襲い掛かった。
「ッがぁっ!?」
ゴム毬のように吹き飛んだアジサイ。
ラグナは思わず視線を向けるが──彼を叩き潰したのは、竜機兵の巨大な翼脚だった。
めりめり、と音をたてながら翼脚が引き上げられていく。
クレーターの真ん中で血を吐きながらラグナは、竜機兵の無機質な顔を眺めていた。
「ク、クソッ……」
「威勢が良かったのも最初のうちでしたわね? 貴方達も自分の無力さが理解できましたでしょう? 神に歯向かうことがどれほど愚かな事かを!!」
「──おらぁっ、粉塵だニャー!!」
ローズマリーは思わず声のした方に目を向けた。
マタビだけが先んじてラグナから飛び降り、難を逃れていたのだ。
生命の大粉塵が辺りにばら撒かれ、ラグナとアジサイの傷をいやす。
身体に活力が再び漲ったラグナはトドメの翼脚による叩き潰しを間一髪で避けるのだった。
「サンキュー、マタビ!!」
「オトモするって言ったのニャ!! ラグナは逃げなかったのニャ、だから今度は俺様も逃げねーのニャ!!」
「ッ……おのれ。三人掛かりでなければ対抗すら出来ない癖に!!」
「ローズマリーさん、貴方も見ていたはずです」
アジサイが”螺旋斬”をイコール・ドラゴン・ウェポンの頭部に叩きこむ。
怯んだ人造竜の喉元にラグナが大剣を薙ぎ払う。
「──人ってのは一人一人じゃあ非力だが、集まれば古龍も屠る!! 寿命は短いし簡単に死んじまうが、力を合わせりゃああんたらの一族が必死こいて積み上げてきたもんにだって──追いつけるんだよ!!」
「……果たして、それはどうでしょうか?」
ローズマリーは──冷笑する。
集団での強さなどに意味はない、イコール・ドラゴン・ウェポンは──単騎で龍すら屠るのだから。
ペンダントを強く握り締める。イコール・ドラゴン・ウェポンの全身に青白い紋様が浮かび上がるのだった。
「ッ……まさか、あれは
「……まさか今のが本気だとでも? 私達が積み上げたものが何百年に渡るか──それに簡単に追いつくなどと笑わせる!」
竜機兵の周囲に、否──辺り一面に乳白色の巨大な結晶が次々に生えていく。
更に天井からは鉛色の雫が垂れ、それが槍のように降り注いでいく。
空から降り注ぐ鋼の雨を前に逃げ惑うラグナ達。だが、そんな彼らを嘲笑うように、イコール・ドラゴン・ウェポンは真下に向かってブレスを吐きだした。
「──貴方達はあまりにも、竜機兵の力を軽く見過ぎているのですよ」
聖堂中に生えた特大の結晶に赤黒い稲妻が迸っていく。
属性エネルギーを流し込まれた竜乳は爆ぜる。
それも──連鎖的に。
爆炎と共に爆風が聖堂を覆い尽くした。
後に残るのは、聖堂の中央で吼えるイコール・ドラゴン・ウェポン。そして──
「……ほうら、もうお終いでしょう?」
──力無く倒れ伏せるラグナとアジサイの姿だった。