※※※
──状況は刻一刻と悪くなっていく一方だ。
イコール・ドラゴン・ウェポンの速度は戦いを経るごとに加速的に増していく。
「ッ……バカな、今の読まれたのか!?」
後ろ脚に回り込んだラグナに対し、イコール・ドラゴン・ウェポンが激しい後ろ蹴りを見舞う。
先程までは行っていなかったパターンだ。不意を突かれたラグナは大剣を弾かれ、そして蹴りによって吹き飛ばされてしまうのだった。
そして前脚に回り込んだアジサイだったが、今度はそれを狙いすましたかのようにイコール・ドラゴン・ウェポンが地面に向かってブレスを解き放つ。
足元を中心にして火の海が広がり、それが容赦なくアジサイの身体を焼いていく。
煙に巻かれながらアジサイはその場を脱したが、鎧の中から高温が彼女の皮膚を焼けただれさせていく。
「ッ……コイツ、戦いの中で学習している……!!」
回復薬を飲む間にイコール・ドラゴン・ウェポンが咆哮。
辺りに水銀が満ち満ちた。足を取られないように駆け回る二人。
しかし──
「キィイイイイイインッ!!」
イコール・ドラゴン・ウェポンの羽根が大きく広がると同時に金属粉が辺りに散布され、周囲に満ちていた水銀に触れると──硬化。
それが棘となり、アジサイの腕を、そして足を深々と突き刺す。
柔らかくも柔軟で張りのある筋肉を、頑強な鎧諸共に貫き、辺りには鮮血が撒き散らされる。
激痛が走り、アジサイは走る事を止めた。そんな彼女に追い打ちをかけるように、更に竜乳結晶が生えていく。
「──ッ!?」
赤黒い龍気の稲光が迸った。
四肢から無理矢理棘を引き抜こうとするが、体内でアマルガムは返しのように棘立ち、引き抜くことすらままならない。
水晶はそのまま爆発四散し──金属も再び形を失う。
「アジサイッ!!」
叫ぶラグナ。
だが、そんな彼目掛けて全体重を込めた渾身の拳をイコール・ドラゴン・ウェポンが見舞った。
反射的に大剣で受け止めるラグナ。しかし、その威力は先程よりも遥かに強くなっていた。
ずしりと大剣にかかる重さを前に本能的に分かる生命の危機。
全身の筋肉がみしみしと唸り、潰されそうになりながら──ラグナは押し返そうと踏ん張る。
だが──
「ギャオオオオオオオオオオオオンッ!!」
──翼脚に赤黒い稲光が迸った。
破軍大剣に罅が入り──砕け散った。
「あ、ぇっ──」
間抜けな声が響いた。
ラグナはイコール・ドラゴン・ウェポンに身体を掴まれ、そして地面に激しく叩きつけられる。
呼吸もままならず、脳が揺さぶられて意識も混濁する中、眩い光が視界を覆おうとしていた。
(……やっべ、しくじった……)
仰向けに倒れるラグナの横には、最早使い物にならなくなった鉄塊が転がっている。
だが、それを握り締める事すらラグナには出来なかった。
火花のようなものが視界に飛び散っていて、身体を動かそうにも動かすことができない。
「可哀想ですが……よく持った方ではないですか?」
至極当然の結果だ、と言わんばかりにローズマリーが柵から身を乗り出した。
ラグナ達の粛清を心待ちにしている彼女は、疾くトドメを刺せと言わんばかりにペンダントを握り締める。
「それでは──ルートゥに……いえ、龍灯に祈りを。ハクシ様に彼らの命を捧げなさい、イコール・ドラゴン・ウェポンッ!!」
「キィイイイイイイイイイイイインッ!!」
イコール・ドラゴン・ウェポンが口を開き、ブレスを解き放とうとした。
その時。
──ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!
──爆轟。
聖堂のステンドグラスが次々に割れていく。
そして、そこから一気に水のようなものが溢れ出した。
鋭敏な聴覚を持つイコール・ドラゴン・ウェポンはブレスのチャージを止めて振り向くが──そこに、瓦礫と共に水が襲い掛かる。
「んなっ!? 一体これは──」
ローズマリーが驚く間もなく、イコール・ドラゴン・ウェポンは瓦礫を浴び、怯む。
ラグナは何が起こったのか分からなかった。
だが──何かが空中を舞い、べしゃりという音と共に地面に落ちたのは分かった。
「マ……タビ……?」
思わずその名を呼ぶ。
頭を丸焦げのアフロにしたマタビが息も絶え絶えに叫ぶ。
「な、なにしてやがんのニャ……命懸けでおぜん立てしてやったのニャ、立つのニャラグナ……!!」
「つっても、もう武器が──あっ」
ラグナは流れて来た瓦礫の中に、大剣のようなものがあることに気付く。
それを見て──勝機を得たかのように笑みを浮かべた。
「……マタビ、助かったぜ。オマエは最高のオトモだ!!」
最後の力を振り絞り、ラグナは立ち上がった。
そして、怒り狂うイコール・ドラゴン・ウェポンの尻尾による一薙ぎを躱し──藁にも縋る思いで瓦礫の中に落ちている大剣を拾い上げて構える。
「何だこりゃ……見た事ねエ形してやがる……!! 鼓動を大剣から感じる……ッ!?」
肉塊が纏わりついたような刀身と柄。
だが、そこから覗く刃はこれまで見たことも無い程に鋭く、そして妖しく光っていた。
見ているだけで意識が吸い込まれてしまいそうな深淵だ。
それを思いっきり握り締めた時、剣からは考えられないような熱がラグナに伝わってくる。
「ッ……!! ッッッオオオオオオオオオ!!」
だが、最早ラグナはなりふり構っていられなかった。
意識を失って倒れているアジサイにこれ以上攻撃させない為に。
そしてオトモの決死の行動に報いる為に。
何より──目の前の獲物を狩る為に。
「キイイイイイイイイイイインッ!!」
竜機兵がブレスを最大出力で解き放った。
最早、ラグナは虫の息。この一撃で消し飛ばせるはずだ、という算段があったのだ。
しかし、それを正面から大剣で盾にしたラグナは──微動だにすることなくそこに立っていた。
「へっ、へへ、すげぇや……今のを受け止めたのに、全く重さを感じねえ……!!」
そればかりか身体から力すら漲ってくる。
体の内側に何かが入り込んでくると共に異様な高揚感が彼を包み込んでいた。
どくん、どくん、と何かがもう一つラグナの中で鼓動している。
それに心地よさすら感じながらラグナは聖堂の中を駆ける。
「バカな……アレに適合する人間がいたなんて……!?」
ローズマリーが驚きの声を上げる。予想外、計算外と言わんばかりに。
ラグナは駆ける。竜機兵の攻撃を大剣で受け止め、そしていなし、一撃。また一撃と入れていく。
さっきまでは傷ひとつ付かず、仮に付いても直ぐに再生されていたが──斬れば斬る程にイコール・ドラゴン・ウェポンに抉るような傷が刻まれていく。
鉄のような装甲は削り取られ、再生しようとしても赤黒い龍気と共に肉が結びつくことが阻害されていく。
想定外の敵を前にイコール・ドラゴン・ウェポンは咆哮し、全力で叩き潰そうとする。
何度も何度も何度も、翼脚で殴りつけ、ラグナを肉塊へと変えようとする。
だが、それらは全て無駄に終わった。
砕かれた破軍大剣とはけた違いの耐久力を持つ”生きた大剣”は──竜機兵の攻撃ではびくともしなかった。
(剣と、まるで一体になっているようだ……!!)
目を血走らせながらラグナは言い知れない爽快感に身を焼かれつつあった。
自分が、得体のしれない何かに変じつつあることも分かっていた。
そこから逃れられないことも分かっていた。
しかし、それでも剣を振るう手は止まりはしなかった。
(アジサイッ……!!)
ラグナは薄れ行く自我の中でアジサイの姿をちらり、と見た。
彼女の防具は穴塗れで、辺りには鮮血が満ちている。だが、それでも辛うじて身体は震えており、アイテムポーチを精一杯の力でまさぐっている。
(ああ、大丈夫だ……アジサイなら、まだ立ち上がれる……)
何故なら彼女は「飛竜落とし」が見込んだ数少ない狩人だからだ。
これまでの記憶が走馬灯のように駆け巡っていく。
最初は自分が助けた側だった。これからも自分がずっと彼女を支えていくのだろう、と思っていた。
だが──実際は違った。助けられてばかりだった。救われてばかりだった。
少なくとも、ラグナは一人の時よりアジサイと一緒の時の方が楽しかった。
(ああ、ダメだ。俺……多分、元に戻れねえ)
自分の身体を蝕む黒。
襲い掛かる破壊衝動。
剣を振るう度に思い出が消えていく。
彼女の名前も、声も、そして顔も──薄れて消えていく。
そんな中でラグナは願った。
(……済まねえ、アジサイ。もしもの時は……頼む)
※※※
「う、ぁ……ラグナ……さん……!?」
体中を走る苦痛で意識を取り戻したアジサイが真っ先に目にしたのは、これまでとは異次元の動きでイコール・ドラゴン・ウェポンを追い詰めるラグナの姿だった。
元々、死ぬ程重い大剣を振るいながら縦横無尽に動き回るラグナだったが、最早抜刀状態でも納刀状態のように軽快に戦場を駆け抜けている。
とてもではないが人間とは思えない身体能力に覚醒したラグナを前に、アジサイは恐怖すら感じていた。
さっきまで劣勢だったのが嘘のように、ラグナはイコール・ドラゴン・ウェポンの身体を斬り刻み続ける。
鋼の雨がラグナ目掛けて降りそそぐが、それは彼の鎧を貫くことは出来なかった。全てが突き刺さると共に砕け散り、水銀へと戻っていく。
龍気を帯びた結晶が生え、ラグナの傍で爆ぜる。だが──爆風の中から平然とラグナは飛び出し、竜機兵の頭部にまた一太刀を浴びせた。
ラグナの瞳孔が開き、眼の強膜が黄金に染まっていく。
頬には黒い根のようなものが這いずっていき、防具の暁丸は漆黒に染まっていく。
「キィイイイイイイイイイインッッッ!!」
大きく口を開き、ブレスを解き放とうとするイコール・ドラゴン・ウェポン。
しかし、ラグナは大きく跳び──空中で力を一気に溜めた。
──流星一条。
ラグナの身体は一瞬のうちにイコール・ドラゴン・ウェポンの真下に飛び降りていた。
そして──ブレスを放とうとしていた竜機兵の頭が真っ二つに割れて──ブレスが空中で拡散して消えていく。
巨体が音を立てて崩れ落ちていく。
翼は力を失い、巨体を支えていた四肢も脱力して折れていく。
それと同時に竜機兵の全身を覆っていた金属も水銀へと戻り、どろどろの液体と化していく。
数百年、いやそれ以上に年月を重ねて復活した竜機兵は、あまりにも呆気なく討たれたのだった。
「ラグナさんが……勝った……ッ」
アジサイがぽつり、と呟いた。
マタビが起き上がり──イコール・ドラゴン・ウェポンの前に佇むラグナを見て、立ち竦む。
「ラグナ……?」
「ラグナさんッ!!」
真っ先にラグナに駆け寄ろうとしたのはアジサイだった。
しかし──
「ッッッルッッッアアアアアアアアアアアアアアーッッッ!!」
野獣の如き咆哮が響き渡り、アジサイは足を止めた。
ラグナの鎧は黒い肉塊のように包み込まれており、表層は龍の鱗のように不気味な艶を放っている。
兜は竜の顎のように形を変えており、手に握っていたはずの大剣は肉塊が沸き立ち、彼の手を無理矢理繋いでいる。
「ラグナ……さん……? どうしたんですか……?」
「素晴らしいッ!! 素晴らしいですよラグナ様ッ!! これで貴方も真の意味で
パチパチと拍手が上の方から上がる。
殺意を込めた視線をアジサイは向けた。
そんなもの意にも介さず、ローズマリーは叫ぶ。
「プランD──”リグヴェナロク”計画!! 造竜大剣リグヴェナロクは、人の細胞と結合し、適合することでその力を120%以上に引き出すシロモノ!! 人を──
「人を……イコール・ドラゴン・ウェポンに──!?」
ぞわり、とアジサイは肌が粟立った。
目の前のラグナは完全に意識と自我を失ってしまっており、獣のようにイコール・ドラゴン・ウェポンの死骸を貪っている。
その様を見て、アジサイは思わず後ずさってしまった。しかし、その事実を拒否するように怒鳴る。
「ふざけないでくださいッ!! そんなものが何故、この造竜工廠に!?」
「イコール・ドラゴン・ウェポンの計画が失敗した時の為の安全弁です。尤も、リグヴェナロクは使用者の細胞を浸食し……適合できなければ殺してしまう劇物。仮に適合しても、その人間の自我も素材としたモンスターの意識に塗り潰されてしまう欠陥品でした」
「素材としたモンスター!? あの剣と呼ぶのも悍ましいナニカは……一体、何を使ったのですか!?」
「
恍惚とした顔でローズマリーは宣った。
「──かつて竜都で製造された最強の
全身から血の気が引きながらマタビは膝を突いた。
「……お、俺様の所為だニャ……!! 俺様の所為で、ラグナが……!?」
「ッ……ルァァァァアアア!!」
全身から白い光を放ちながら──ヒトガタの
そして、大剣を地面に叩きつければ辺りに白い結晶が幾つも湧き上がる。
「アハハハハハッ!! さあ祝いなさァい!! ラグナ様とリグヴェナロクが合わさりし新たなる竜機兵……ラグナロクの誕生なのですッ!!」
【造竜種”竜機兵”ラグナロク】
「……ふざけ、ないでください」
アジサイは──双焔を握り締める。
体力はもう限界だった。
立つのも、もうやっとだ。
しかし──それがどうして引き下がる理由になるだろうか。
ラグナはもっと苦しいはずだ。今も戦っているはずだ。
ならば、自分が諦めてどうするのだろうか。
愛しい人を──アジサイは決して諦めはしない。狙った獲物は決して逃がしはしない。
彼女もまた、
「ラグナさん……聞こえますか。こんなところで勝手に終わって満足するなんて……ボクが絶対に許しません」
「アジサイ……!?」
「マタビさんッ!! 武器を取って、立つんです!! ラグナさんを……絶対に取り戻します!!」
【討伐クエスト】
英雄の黄昏
依頼主:飛竜落としのラグナ
メインターゲット:ラグナロク一匹の討伐
何となく……分かってたんだよ。この剣を握った時に、こうなることは。だけど──アジサイ。オマエならきっと、終わらせてくれるって信じてる。