※※※
「……ん、があ?」
異様な空腹感でラグナは目を漸く開けた。
全身が鉛のように重く、なかなか起き上がれない。
だがそれでも、目を擦り──欠伸をしながら彼は起き上がる。
痛みは無かった。腕や胴には包帯が巻かれてはいたものの、回復薬のおかげか然程傷は深くはない。
上を見上げると、見慣れた宿の天井だった。ベッドはふかふかで、自分の頬を触っても掌を見ても何処もおかしい箇所は見当たらない。
「……俺、助かったのか……?」
ふと、ベッドの傍を見る。
そこには椅子があり──アジサイが背もたれに寄り掛かったまま小さく寝息を立てていた。
周囲には酒瓶が幾つも転がっており、自分が寝ている間に好き放題飲んだのだろうか──と察せられる。
(このバカ……どんだけ飲んだんだよ)
とはいえ経緯が経緯なだけに、今回ばかりはラグナも注意する気になれなかった。
「あっ、起きた!! ラグナ、起きたのニャ!?」
声がしてラグナは思わず足元を見た。
ベッドに腰かけていたマタビが驚いたように此方を見ている。
「マタビ……俺……!?」
「もー、ラグナったら一週間も目ェ覚まさなかったのニャ!!」
「はぁ!? 一週間!?」
道理で外傷も回復して腹が減っている訳だ、とラグナは納得する。
だがそうなると、どうやって自分が助かったか、であった。
ラグナは掌を握り締めては開く。最早、身体の何処にも異常らしき異常は感じられない。
「……なあ、どうやって俺助かった?」
「あのグロい剣を、ラグナから無理矢理引き剥がしたのニャ!」
「……ハハ、マジかよ」
「ケガの処置ももう終わってるけど……ラグナ、もう何ともないのニャ? 暴れ出したりしねーのニャ?」
「……ああ、今はもう平気だ。悪かったな、マタビ。お前らには……世話かけた」
「それはこっちの台詞だニャ!! 俺様があの大剣を落とさなきゃ……」
「……バーロー、ちげーよマタビ。俺が悪かったんだ。あの剣が無いと、イコール・ドラゴン・ウェポンは倒せなかったからな」
ラグナは己の未熟さを呪う。
「……だから、マタビ。あんがとな」
「ニャ。ニャハハハ……素直に褒められると照れるのニャー……それに、礼はアジサイに言っておくべきだニャ」
ラグナは苦笑する。
本当に──何処までも期待を超えていく少女だ、と感心した。
正直、もう二度と元には戻れないと思っていた。
あの黒い衝動に飲まれた時、後はもう怪物として討伐されるしか道はないと思っていた。
それでもアジサイならば自分を殺してくれるはずだ、と信じていたのだが──
「あろうことか、助かっちまうとはな……俺ァ地獄の鬼にはとことん嫌われてるらしいぜ」
「そんなわけだから──後は御若い二人に任せるのニャ」
そう言ってマタビはぴょんと飛び跳ね、アジサイの顔に抱き着く。
「ふがっ」と声がしてアジサイがばたつき、そしてマタビは──降りるなり部屋を出ていった。
困惑したように首を振ったアジサイは──目を擦り、ベッドの方に視線をやった。
「……ラグナ、さん」
「あ、あはは、アジサイ……えーと……」
ラグナの顔を見たアジサイは──くしゃり、と顔を歪ませ、ラグナに向かって一直線に飛びつくのだった。
「ラグナさん!! ラグナさん、ラグナさん!!」
「わー、わー、落ち着けって! 俺、一応病み上がりで……ッ」
「良かったぁ……良かったです、ほんとうに……ッ」
ぐすぐす、と泣きながらアジサイはラグナの胸に顔を擦りつける。
もう二度と離さないと言わんばかりに抱き着く。
それを見たラグナは、自分がどれほど彼女に心配をかけていたかを実感するのだった。
「……ただいま、アジサイ」
「……おかえりなさいッ……ラグナさん……!」
しばらく嗚咽を響かせていたアジサイだったが、ぽんぽんと背中を叩いてやるとだんだん落ち着いてきたのか抱きついたまま──話し始めた。
「……本当に大変だったんです、あの後」
「造竜工廠はどうなった?」
「──爆発して……瓦礫の下敷きです。地下都市も……もう入れません」
曰く。
あの後、ギルドの調査員が例の地下都市に行こうとしたが、地下都市自体が爆発によって崩壊してしまっており、最早誰も造竜技術について知る事は出来なくなっていた。
だが──あんな恐ろしい代物が世に出なくて良かった、とラグナは安堵する。
「んで、俺の身体はどうなってんだ?」
「バラージュで一番のお医者さんに診てもらったのですが、ビックリするほど回復が早かったらしいです。正直……健康そのもの、だと」
「……そっか」
ラグナは──拳を握り締める。
あの黒い力は確かに自分の身体に入り込んでいた。
まだ見えないところで影響があるのかもしれない──と考える。
今の所はあの破壊的な衝動も感じられない。もしもの事がまたあったら──また、アジサイたちを巻き込むかもしれない、とラグナの中に一抹の恐れが浮かんだ。
「……なァ、アジサイ。やっぱり──」
「お医者さんはそう言ってましたが──あの力がまた暴走しないとも限りません」
ラグナが言いだす前にアジサイは告げた。
しかしそれは拒絶ではなく──決意だ。
「ですが、もしラグナさんの身体に何かあったら……その時も、ボクがラグナさんを止めます」
「ッ……」
「だから、絶対にボクの傍から離れないでくださいね。ラグナさん」
ぎゅっ、とアジサイがラグナの服を掴む。
「絶対、絶対……約束、ですよ」
「……分かった。オマエなら……安心して任せられる。お前が傍にいたなら大丈夫だ。きっと俺を止めてくれるだろ」
「ラグナさんッ……」
ぱぁっと顔を明るくするアジサイ。しかし──返答は思わぬものだった。
「アジサイ──オマエに殺されるなら悔いはねーよ」
「は?」
アジサイが下瞼を引きつらせながらラグナを見上げた。
この期に及んでこの男は何を言っているのだろう、と──
「俺がモンスターになったら、きっとオマエなら狩ってくれる。今回だって……そうだろうって思って任せたんだぜ」
「……」
「お前は俺と違って狩る対象に同情しねえからな。それはきっと俺に無い美点だ。ま、結果的になんか助かっちまったけどよ」
「……」
「おん? どした? 黙っちまってよ?
扉の隙間からその様子を見ていたマタビがやれやれと肩を竦めさせ──静かに去った。
「ラグナは肝心なところでクソボケだニャ……知ーらんぴ、だニャ」
アジサイの目は真っ赤に染まっている。鬼人化した時のように。
そしてラグナの胸倉を掴み、馬乗りになった。
「ふーん、そうですかそうですか……つまりラグナさんは、
「あ、いや、まあ、でも、ほら今回は結果的に助かったけどよ? やっぱり未来はどうなるかなんて分かんねーわけで──あのー、もしもしアジサイさん? 動けねえんだけど」
ラグナは──己が致命的に言葉選びを間違えた事を流石に察した。
アジサイは獲物を狩る目でラグナを見下ろしており、するするとインナーをその場に脱ぎ捨てる。
「……ボクがどれだけ貴方の事が好きか分かっていないようですね。ボクがどんな気持ちで貴方と戦っていたか」
「いやー、待てよ。俺さぁ、病み上がりでよ、腹も減ってて動けなくってさ」
「……どうやら、心じゃなくて身体で分からせる必要がありそうですね」
「ねえ怖い!! 待って!! ごめんって!! 心配かけたのはさ!! でもさァ!! またいつかああなるか分かんねーじゃん!!」
「後一つ勘違いしているようですが──ボクはラグナさんの事なら私情をばりばり挟みますよ。もしまた暴走したらブン殴ってても元に戻しますから。絶対に死なせてなんてやりません」
捕食者の笑みを浮かべ、アジサイはラグナに圧し掛かり──熱を帯びた下腹部を擦り合わせた。
「それでもどうしようもない時は……その時はボクも一緒に、世界の敵になりますので覚悟の準備をしといてください」
「あ、あはははは……冗談は止せよ、物騒じゃねえかあまりにも」
ラグナ改めクソボケは漸く理解した。
とんでもない重さの愛を持つ女に──否、鬼姫に好かれたことを。
きっと離れようとしても離してくれないし、地獄の底まで追ってくることを。
「……ボクの言ってることが冗談だと思っているようだ。しばらくこの部屋から出られないと思ってくださいね、他の女の子なんて見られないくらい搾り取ってやりますから」
南無三、ラグナ。
※※※
──それから四日後。
ラグナは商工会に訪れていた。
未だに頭に包帯を巻いているディシプリンが出迎えてくれた。
一通り積もる話も終えて──ディシプリンは珈琲を啜る。
ピーちゃんを喪った悲しみも感じさせない程に、彼は気丈に振る舞っていた。
「……地下であったことはキツく口止めされていてな。まあ、言ったところでもう誰も確かめられんね」
「とにかく、全員無事でよかったよ。そんでバジルは?」
「あいつはもうバラージュを出た。お前達も──バラージュを旅立つんだろう? 狩人共」
「ああ。黒い飛竜を追わねえといけねえからな」
飛竜災も完全に収束しつつあり──バラージュには完全に平穏が訪れた。
結局地下の事はギルドの手で隠蔽され、イコール・ドラゴン・ウェポンの事は表に出る事は無さそうだという。
「そうか。オマエは……オマエの道を歩け。バラージュに留めておくには惜しい人間だ」
「本音は?」
「手放すのも惜しい人材さ。だが──それを決めるのは俺じゃない。そうだろう? バラージュの──
「……それって」
「最早飛竜落としなんて異名じゃあ惜しいね。古龍も造竜も落としたんだ。お前達は……名実ともに鋼の雨さ」
それはバラージュの災厄を祓う英雄の名だった。
しかし──それをラグナは受け取りはしなかった。
「俺一人でやったんじゃねえよ。アジサイとマタビが居てくれたから──今此処に立ってる。だから──そいつは受け取れない」
後は「飛竜落とし」という異名をラグナ自身が気に入っているのだ。
彼の目標は何処までいっても、あの黒い飛竜なのだから。
「なら、お前達のパーティの名前にすれば良い。俺が許す」
「あんたに何の権限があんだよ……」
「ハハッ、それもそうだな」
笑い合う二人。
そして──ラグナは、もう住民の居ない地下室への入り口に目を向けた。
「……その、何だオッサン。ピーちゃんの分までキッチリ長生きしろよ」
「言われなくてもだ。俺には、まだやるべき事が沢山ある。ピーちゃんやジイさんの分まで生き汚くやっていくさ。それに──新事業を始めようと思っててな」
ディシプリンは部屋に飾った垂れ幕を指差した。
そこには、エスピナスをデフォルメしたような絵が描かれていた。
悲しみはまだ癒えない。だが、楽しかった思い出はずっとディシプリンの胸に残っている。
忘れないように、ディシプリンはその名を刻み続ける。
「いつでもどこでもハンターたちを支援する輸送サービスだ。名前は──”ピーちゃん便”。きっと俺は──離れててもお前らの助けになるぜ。必ずな」
「……ああ。その時は頼むよ」
「俺は大丈夫だラグナ。しっかりやれよ」
湿っぽい空気は似合わない。
ラグナは手を振り、踵を返そうとする。
そんな彼をディシプリンは呼び止めた。
「あっ待て。一つ聞いていなかったことがあってだな」
「どうしたんだよオッサン」
振り返ったラグナの顔を見て──ディシプリンは目を擦った。
「……ラグナ……お前、見ねえ間に大分やつれた?」
「……色々あったんだよ」
「いや、だってオメー、一週間でそんな痩せる? あ、おい、ラグナ、ラグナーッ!?」
ディシプリンの言う通り、ラグナの目には隈が出来ており、頬もげっそりと痩せこけている。
だが──ラグナはその理由を語る事無く商工会を後にした。
何故ならば──思い出すだけで恐怖が蘇ってくるからである。
(……もう二度と……アジサイは怒らせんとこ……)
※※※
それからしばらくバラージュで出発の準備を整えたラグナ達。
結論から言えばこの一か月の間に溜めた金は相当なもので家を買える程度には稼げており、懐はしばらく乾く事は無い。
とはいえ蓋を開けてみれば防具の暁丸は朽ち果てて使い物にならなくなっており、破軍大剣も折れてしまったので装備も元の破軍装備一式とボーンブレイドに戻ってしまった。
装備はまた作り直しが確定してしまったのである。
「折角ラオシャンロンの装備を作ったのに残念ですねラグナさん」
「んま、今回の件で金はたっぷり手に入ったんだ。装備の素材はぼちぼち集めるさ」
「それでラグナ、行く当てはあるのかニャ?」
馬運車に揺らる一向。
目的地は海辺の港町。
そこからラグナは海を渡ろうと考えていた。
バラージュ地方に黒い飛竜は居なかった。ならば、思い切って活動拠点を変えてみたいと考えたのである。
「次はもっと落ち着けるような拠点が欲しいな。手当たり次第に黒い飛竜の居場所を探すさ」
「手掛かりも何も無いならば仕方ないですね。行ってから考えるしかないでしょう」
「デカい町なら、大儲けの話も沢山出てくるはずだニャー!!」
「とはいえ、旅先は決めねえとだよな──」
そんなことをごちりながらラグナが窓から空を眺めた時だった。
「あん? 何だありゃ」
思わずラグナは空を二度見して双眼鏡で見た。
何処までも続く大空を悠然と飛ぶ──ワイバーン。
それ自体は珍しいものではない。
だが、その鱗は、陽の光さえも吸い込むくらいに真っ黒で──
「あっ、おい、嘘だろ!?」
「どうしたんですかラグナさん!?」
「出た!! 出た出た!! 奴だ!!」
思わずラグナは身を乗り出し、窓から落ちそうになる。それをアジサイは必死に引き寄せた。
「ヤツってまさか──」
「あいつ──何処まで飛んで行くんだ!?」
黒い飛竜はそのまま地上のことなど気にも留めず、そのまま海を超えて小さく消えていく。
その方角は──南。
「ッ……ハハ。マジかよ。やっぱり居るんじゃねえか」
「ラグナさん、居たんですか!? 黒い飛竜が──」
「そんな! 俺様も見たかったのニャー!」
「だけど遥か遠くだ。追いかけたって追いつけねえだろうな」
きっとこれから先、何年かかってでも──絶対に追いついてみせる、と改めてラグナは決意する。
その一歩は小さくとも、確実に黒い飛竜には近付いているのだから。
「……待ってろよ」
飛竜落としに鬼姫、そして泥棒猫。
決して退屈する事の無い旅が──始まろうとしていた。
チャプター2「飛竜の集う街・後編」──(完)
セーブしますか?
▶はい
いいえ
※※※
「……以上が今回の件の顛末、デス」
──学術院の一室で、バジルはバラージュ地下の件を報告していた。
その相手は白い髪を長く伸ばした壮年の男だった。その名は──ファビウス。
学術院のトップであり、モンスターの研究の最前線を未だに張る男。
そして、誰よりも「知られざる秘密」に近い男でもある。
彼の目の前には幾つもの分厚い本が置かれていた。いずれもバジルが造竜工廠から持ち出したものだった。
「……
「ただ、不可解な点があるのデス。ワタシはてっきり、造竜工廠で
「だが、ローズマリーは言っていたのだろう。
「YES。そして、
「つまり、造竜工廠は専ら竜機兵を製造及び修復するためだけの施設で、龍灯も造竜工廠を動かすためのものだった──ということか」
「禁足地のものよりも小規模デシタからね。でも、そうなると──あの
「東地域から持ち出されたものではないことだけは確かだろう。バラージュからは距離が遠すぎるし海を超えなければならない」
「じゃあ、一体……」
ぎり、とバジルは唇を噛み締めて左薬指の指輪に触れた。
「……バジル君。気持ちは分かる。だが、私にはもう1つ気掛かりな事がある」
指を組み、ファビウスはバジルに向かって投げかけた。
「──
「確かに──何故デショウ……?
「私はこう考える。今回の一件は氷山の一角に過ぎないのではないか──と。そして」
「……」
敢えて言葉を選ぶことをせず、ファビウスは言った。
それが、バジルの行動理由の全てであることを知っていたからだ。
「1年前──君の婚約者が
バジルは──目を伏せた。
「……辛い事を思い出させて済まない。だが、君にはまた仕事を頼みたい」
「仕事とは──」
「監視対象として──
此処までご愛読ありがとうございました! 今回の第二章を以て、バラージュを舞台にした飛竜祭編は完結です! モンハンの小説は書いた事が無かったのもあり、苦戦の連続でしたが何とか此処まで書き上げる事が出来て感無量です。ただ、ラグナ達の冒険はまだまだ続きます。護竜の謎、そして黒い飛竜の謎、現れた謎の少女に「完全なる調和団」と気になる事は沢山あると思います。ですがそれは一先ず先のお楽しみにとっておきましょう。
次は第三章、まさに折り返しとなる山場です。新キャラや新たな展開、そしてムフフな展開もより激化する狩りも待ち受けています。お楽しみに!
もし楽しんでいただけたなら、感想、お気に入り、高評価お待ちしております! ではでは。