「……あー、思い出した」
結局ラグナは荒れ狂う海の流れには勝てず、そのまま力尽きて流されてしまった次第である。
そして──今に至る。
またしても漂流して打ち上げられたことに諦念を抱えつつも、希望は尽きていない。
(此処が何処か分からないが……人がいるのは有難いッ!!)
ラグナは手を合わせた。断じて目の前のおっぱいに感謝をささげているわけではない。断じて。
「それにしてもビックリしたよ、おにーさん。朝ゴハンを獲りに来たら浜辺に流れ着いてるんだもんッ!! ねえねえ、あたしの事──覚えてる?」
「……うん? 俺達、会ったことあるのか?」
「そだよ? あたしのこと覚えてない?」
目を輝かせて迫ってくる少女。
人懐っこく開いた口から八重歯が覗く。
「覚えてる?」という発言から、彼女はラグナと面識があるようだが──
「……わりーな。女は星の数程抱いたもんで覚えてねーんだわ。名前を聞いたら思い出すかもだけどな」
──ラグナは記憶をどんなに手繰っても目の前の少女の顔を思い出せないでいた。
そもそも、眩しいブロンドにこんがり焼けた肌、そして大きくたわわに実った双房──に反してあまりにも幼い顔立ち。
こんな少女、一度見れば忘れられないはずだ。ラグナはしょうもないウソを吐けるような性分ではない。
彼女の言う「おにーさん」と自分は別人なのだろう、と断じる。
「……ふーん。やっぱり、女好きなのはウワサ通りなんだ。”飛竜落とし”のラグナ」
「ッ!? ……俺の事知ってんのか!?」
「だから、昔会ってるって言ってるじゃんっ。もーいいよ、あたしのこと思い出すまで名前教えてあげないもんね」
挑発的に舌を出すと、少女はくるりと振り返る。
ラグナは愕然とした。背負った荷物はいずれも、少女には重すぎるはずの代物だ。
真っ先に目についたのは製錬炉。火をくべて燃やし、鉄を焼く石窯である。そこに金床やハンマーと言った工具をぶら下げている。
幼い見た目に反し、ハンター、あるいはそれに匹敵する程の怪力であることをラグナは察する。
(
「おいおい、重くねえのか!? いや、重くねえんだろけど」
「ああ、これは仕事道具だよ。あたし──
「そりゃあ見りゃ分かるが……」
加工屋はハンターの武器を生産・加工する職業だ。
彼女の背負う製錬炉や工具からもそうであろうことは容易に察せられる。
ラグナの聞きたい問題はそこではないのだが──最早突っ込むのを諦めた。
よくよく考えればラグナ自身もあの巨大剣を握ったままぴょんぴょん飛び跳ねているのだから。
「この島はあたしの修行場。良質な鉱石素材が取れる上に、モンスターもあんまり出なくて安全だから、二か月くらい引きこもるんだ」
「島!? って事は、此処は──ポートヴァインじゃねえのか」
「ポートヴァインはこの近くだよ。船で数時間くらい」
鬱蒼とした緑が生い茂っているが、島自体は然程大きくないのだろう。
それに加えて、彼女自身もサバイバルを苦にしている様子はない。
見かけによらずかなり頑丈なのだろう、と判断する。
まるで──離れ離れになった相棒のようだ、とラグナは苦笑した。
「……加工屋がわざわざ自分で採取か。ハンターに頼めばいいだろうに」
「あたしはまだまだ無名で、ハンターからもナメられてるんだよ……だから、自分で材料を集めて練習してるの」
加工屋の少女は唇を尖らせた。
「……みーんなあたしのことを子供だって言うんだよね」
「そんな事はねえと思うぜ。一人で修行だなんて立派じゃねえか」
ラグナは視線を胸元にやるのをバレないようにしながら励ましの言葉を送った。
「……だけどよ、それじゃあ製錬炉をわざわざ持ち歩いてる意味が分からねえ」
「違うよ……あたしだって好きで背負ってるんじゃない。持ち物全部まとめて逃げてきたんだ」
落胆したように彼女は肩を落とした。
「……あたし、本当はここから森を超えた先の海岸に工房とキャンプを建ててたんだ。でも、モンスターが近くに居座っちゃって」
「モンスターだと!?」
「こんなこと初めてだよ……ロアルドロスが陣取っちゃったんだ」
「ロアルドロス……ッ!?」
よりによって自分が船から落ちる遠因となったモンスターの名前を聞き、ラグナは驚愕する。
当然だがポートヴァイン周辺に大型モンスターは本来生息していない。安全な海域のはずだ。
ロアルドロスがそう何匹も居るはずがないので、恐らく船を襲った個体と同一だろう──とラグナは推測する。
「よりによって船着き場を破壊して上陸しちゃってさあ。これじゃあ、迎えの船も来られない! マジで最悪! ルドロスくらいならあたしでも何とかなるのに!」
「そりゃあ困ったな──俺も理由あってポートヴァインに行かねえとならねえんだ」
「そうだったの?」
「ああ。ポートヴァインに船で行くはずが、ロアルドロスに襲われてな。一緒に船から落ちちまったんだ」
「……えー、カッコ悪ー……」
「カッコ悪い言うな。事実陳列罪だぞ」
とはいえ──どちらにせよ、ロアルドロスを排除しない事には船も上陸できない。
そうなれば、ポートヴァインに着くのが遅れに遅れてしまう。
「後三日でポートヴァインから知り合いの漁師さんの船が迎えに来るんだけどさぁ……このままじゃあ、漁師さんたちが危ないよ。だって、ロアルドロスが出て来てる事なんて知らないわけじゃん!」
「つってもな……俺も今はどうしようもねえんだよ。早いところ、ロアルドロスを狩猟しないといけねーのは分かるけどよ」
だが、ラグナには武器が無い。海に落ちた時に手放してしまったからだ。
幾ら飛竜落としと言えど、武器無くして大型モンスターに挑むのは自殺行為も同然である。故にラグナは提案する。
「そこで、だ。此処は一つ協力しねーか?」
「協力?」
「俺は武器が無い。あんたは──ロアルドロスを何とかしたい」
「うん」
「……大剣を作ってくれ。支払いは──ロアルドロスの討伐で頼めるか?」
ラグナの申し出に──少女は困惑すように首を傾げた。
「あ、あたしで良いのかな。あたし……まだ修行中だよ?」
「今はあんたの力が必要なんだよ。丹精込めて打ってくれや」
「……」
その言葉に嬉しさを押し殺しながら、少女は製錬炉を砂浜に下ろす。
「もーう、よりによって……貴方にそう言われたらやるっきゃないよね!」
※※※
──すぐさま大剣の製造が始まった。
少女が炉に火をくべて基盤となる刀身を焼く間、ラグナが森に入り採掘する。
事前に採掘スポットは少女に教えてもらったため、ピッケルを持って該当の地点に急ぐ。
(あった……鉱石の塊!!)
大剣に比べればはるかに軽いピッケルを振り上げようとするが──すぐさま後ろから気配を感じ取った。
羽音が遅れて聞こえてくる。
赤い甲殻で顔面を覆った1メートル程の羽虫──ブナハブラがぞろぞろと現れた。
尻尾には毒液を垂れ流した針が生えており、それをラグナに向けてじりじりと迫ってくる。
(マッズい──此処ら一帯、こいつらの縄張りだったか!!)
すぐさまラグナはスリンガーに石ころを取り付けると、ブナハブラ達目掛けてぶつけて応戦する。
だが、それだけで落ちる程ブナハブラはヤワではない。怯む様子すら見せずに迫ってくる。
ラグナは辺りを見回した。樹木の一つ一つを注意深く観察する。そして、樹に掴まる一匹の虫に目を向けるのだった。
「見つけたッ!!」
フックスリンガーを飛ばし、小さなカナブンのような虫を手に取ると、それを無理矢理スリンガーにセット。
そして、ブナハブラ目掛けて撃ち放つ。
次の瞬間、眩い閃光が辺りを包み込んだ。ラグナがスリンガーに嵌めこんだのは閃光蟲。気化した体液が強烈に光って周囲を白く塗り潰す──言わずと知れた閃光弾の原料だ。
飛行中に強い光を浴びたブナハブラ達はばたばたと地面に落ちていく。そして、ラグナはその隙にピッケルを思いっきり振り下ろし、一匹、また一匹とブナハブラを仕留めていくのだった。
普段こそ大剣で殴ると死骸が四散してしまうブナハブラだが、今回はピッケルで突き殺したからか状態が良い。
「へへ、ラッキー! コイツ等の素材、なかなか剥ぎ取れないんだよなあ」
るんるん顔でラグナはブナハブラの翅や甲殻、そして体液を採取していく。
そんなこんなで必要な鉱石を集め終わったラグナは、少女が海岸に造った臨時拠点に足早で戻るのだった。
「もう集め終わったの!?」
「採取はハンターの基本だぜ。ついでにブナハブラの素材も持って帰ってきた。今回は使わねえだろうけどな」
「すご……あたし、そいつらから逃げ回りながら素材集めてたのに」
「とにかくこれで足りるだろ? ……最高の一品を頼むぜ」
「……うんっ!」」
カン、カン、と鉄を打つ音が聞こえてくる。
その間──ラグナはずっと寝ずで見張りをしているのだった。
※※※
「コヒュ、コヒュウウイイイイイイイ……!!」
壊された船着き場に這い上がり、ぶるぶると身体を震わせるロアルドロス。
獲物にありつけられなかったからか、機嫌が悪そうに喉を鳴らし──首の海綿体を膨らませる。
しかし、そこに──ざっ、ざっ、と砂を踏みしめる音が聞こえ、振り返った。
「──よう、借りを返しに来たぜ」
ギョッ、とロアルドロスは一瞬震えあがる。
一度登った餌場で、自分に歯向かって来た小さな人間。
それが再び立ち向かって来たからだ。
その名は──ラグナ・オークロック。新たなる得物を背負い、ロアルドロスに相対する。
(時間が無かったから、簡単なやつしか作れなかったけど……大丈夫かなあ……!?)
少女は岩陰で恐る恐る狩りを見守る。
先端が歪曲した刀身に鉱石がくっついたような外観の大剣。
その名はヴォルガベル。島で採掘できるシーブライト鉱石で鋳造された武器だ。
「コォオオヒュウウウウウウイイイイイイイイイイッッッ!!」
ロアルドロスは早速牙を剥きだしにして、ラグナに飛び掛かる。
だがラグナはヴォルガベルを振り回し、真正面から突進を受け止めてみせるのだった。
その様を岩陰から覗きながら──少女は呟くように応援する。
「……がんばれ──
ロアルドロスの巨体を受け止めたラグナは、ごろんと転がると再び起き上がって膨れた海綿体にヴォルガベルを叩きつける。
悲鳴を上げたロアルドロスだったが、あろうことか海綿体を足場にしてラグナは更に跳躍した。
(エリアルスタイル──空中溜め斬り!!)
チカラを思いっきり溜め、真下のロアルドロスに振り下ろせば海綿体に刃が食い込み、そして表面をえぐり取った。
海水が漏れ出し、噴き出す。
「ヒュウウウ!? コヒュウウウウウウウッ!!」
怒り狂いながらロアルドロスは転がり、ラグナを押し潰そうとする。
しかし、それもラグナは正面から大剣で受け止めいなしてしまうのだった。
そして再びロアルドロスの前脚を踏み台にして今度は脳天目掛けて斬撃を見舞う。
「へぇ、なかなか筋が良いじゃねえか! このヴォルガベル──俺が思いっきり振っても壊れなさそうだぜ!!」
「ッ……!」
ぱぁっ、と少女の顔が明るくなった。
加工屋にとって、自分の打った武器が褒められるのは、まるで自分の子供が褒められるような喜びだからだ。
ロアルドロスは泡を吐き散らすが、そのいずれもラグナに当たる事は無い。
大剣を背負っているとは思えない身のこなしでロアルドロスに迫ると一太刀、また一太刀と重い剣戟を浴びせていく。
「……すごい」
少女はラグナの狩りを前にして──ただただ感激したように目を潤ませていた。
「……やっと見られた……貴方の狩り……ッ!」
「っらァァァァァァーッッッ!!」
吼えるラグナ。
跳び、大きく一回転すると──ロアルドロスの脳天に渾身の一撃を叩き込む。
そして、赤く熱されたエネルギーが刻み込まれて爆ぜる。
ヴォルガベルの刀身は赤く光っており、大剣に込められた熱エネルギーが発露した証拠だった。
「──完璧だ。爆破属性もしっかりと込められてやがる」
「キュ、キュオ……ッ!?」
その衝撃が決め手となった。
ロアルドロスは泡を噴き出したかと思えば倒れ込み、そのまま痙攣──程なくして、動かなくなるのだった。
「っと、一丁上がり」
ヴォルガベルを納刀し、ラグナは腕を伸ばす。
彼にとっては何てことのない相手であったが──
「……すごい。やっぱりすごい! ハンターって、すごいっ!」
──それを目の当たりにした少女は飛び跳ね、そしてラグナに抱き着くのだった。
「すごいよ、にーにっ!! やっぱり、にーには凄いハンターだっ!!」
「わぁぁ!? オマエ、いきなりすっ飛んでくるんじゃねえよ、危ないじゃねえか!」
「だってだって──あたしの作った武器で、貴方が狩りを無事に終えてくれて──こんなにうれしいこと、他にないんだもんっ!」
「……」
ラグナは申し訳なさそうに顎を掻いた。
生憎彼は、この少女の事を何一つ覚えていないのである。
(本当に……何処で出会ったんだ……この子と……?)