ワンナイトから始まる狩猟生活   作:タク@DMP

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第四十一話:思い出は石の中から這いずり出てくる

 ──その日の晩。

 ロアルドロスの肉を焼いて祝杯を盛大に上げた後、島の廃材置き場に残っていたもので簡易的なキャンプを作り、ラグナはそこで寝泊まりすることにした。

 武器を作るのに2日かけたので、明日には迎えの漁船がやってくる。 

 ふぁあ、と欠伸をしながら──ラグナは仲間達の顔を思い浮かべた。彼女達はもうポートヴァインに着いているだろうか、と考える。

 流石に疲労も溜まっており、腕を枕にしてさざ波をBGMに眠りにつく──はずだった。

 

「……うん?」

 

 がさごそ、とズボンをまさぐる何か。ラグナは飛び起きた。

 暗闇の中で──加工屋少女と目が合った。

 

「……何やってんの?」

「……おかしい」

 

 質問の答えは帰って来なかった。

 ぷるぷると震えた少女は──納得がいかないと言わんばかりに叫んだ。

 

 

 

「おかしいよ!! 何で襲ってこないのッ!?」

 

 

 

 少女の愛らしい怒声がテントの中に響き渡った。

 ラグナは言いたい事は色々あったが、その前に少女が矢継ぎ早に言葉を浴びせかけた。

 

「あたし知ってるよ!? ”飛竜落としのラグナ”は女に目が無いんだって!! 下半身に脳みそがついてるんだって!! 皆言ってるよ!!」

「うーん、事実だけどギリ悪口だなソレ」

「何で襲ってこないの!? この流れで!! 苦難を乗り越えた男女がやることなんてひとつだよねえ!?」

「いうほど苦難じゃなかったからじゃねーか。ほら、お前の大剣は素晴らしい出来だった、そして俺は素晴らしいハンターだった、ロアルドロスなんて敵じゃなかった、以上」

 

 残念だが事実なので何一つ反論が出来ない少女。

 そこで、別の角度から攻めようとする。

 

「男女が同じ屋根の下!! 何も起こらない訳が無く!!」

「いや屋根なんてねーから。天幕しかねーから。何? 襲ってほしかったのオマエ」

「そーだよ!! こちとら川でこっそり水浴びまでして身を清めてたよ!! 何で寝ちゃうの!? あたし──あの頃から、こんなにおっきくなったんだよ!?」

 

 よりによって少女は、暴力的なサイズの乳房を強調してラグナの胸板に押し付けた。

 しかし──肝心のラグナの反応はと言えば、あまり芳しくないものであった。

 

「いや、だってまぁ──ねえ?」

 

 ラグナの脳には世界一面倒くさい相棒の顔が浮かんでいた。

 

(流石にアジサイに悪いからなあ……)

 

 ラグナはチンカスである。しかし、仮にも現在進行形で心配をかけているアジサイを差し置いて目の前の少女を頂いてしまうほどのカスではない。

 流石に良心の呵責というものが彼にもあるのである。「良心とかあったんだ」と考えた紳士諸君らの反応は正しいのであるが、あるもんはあるのである。

 

「まさか、付き合ってる相手が居るの!?」

「そういうわけじゃあねえんだけど」

「じゃあ良いじゃん!! 手ェ出してよ!!」

「俺はオマエが何者か知らないし」

「それはラグナにーにが思い出すまで教えてあげない!!」

「良いかコノヤロー、俺ァガキには手ェ出さねーって決めてんだよ」

「……くせに」

「あ?」

 

 ぷるぷると震えながら──ヒマリが叫ぶ。

 

 

 

「あたしのハダカ、見た癖にッ!!」

「何の話だよ!? いつの話だよ!? 何処の世界線の話だよ!?」

 

 

 

 目に涙を浮かべながらヒマリはラグナの襟を掴んだ。

 しかし、ラグナからすれば全く身に覚えがない。何なら今こうして大胆に迫っているヒマリだが、辛うじてショートパンツを履いて水着状のトップスも身に着けている。

 薄着ではあるものの、断じて裸とは言えない格好だ。

 

「どっちにしても責任取ってもらうからね!!」

「知るか!! ちったぁ恥じらいってモンを持てよ!! 興奮するモンもしなくなるわ!!」

「じゃあ紹介してよ、にーにの付き合ってる相手!! じゃないと納得できない!!」

 

 あまりにもうるさいので──ラグナは、耳を指で塞ぎながら売り言葉に買い言葉で返してしまうのだった。

 

「いーよ、紹介してやろうじゃねーかコノヤロー!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「はぁぁああああ……はぁぁああああ……」

 

 

 

 ──ポートヴァインの酒場にて。

 アジサイは飲んだくれて、途方にくれ、そして悲しみと絶望に打ちひしがれていた。

 ラグナが落ちた。夜の海の中に。捜索隊が探したものの、ラグナの姿は何処にも無かったらしく──何処かに流されてしまったのではないか、と判断されてしまったのである。

 それでもラグナの死を認めたくない彼女は、来る日も来る日もラグナ発見の報せを待ち続けたのだが、未だにラグナは帰って来ない。

 

「アジサイ……ラグナがあれしきで死ぬわけねーのニャ……」

「ボクが、ボクがあれしきでくたばっていなければ、ラグナさんは助かっていたかもしれないのに……ヒック」

「飲みすぎだニャ、アジサイ……それでもう何本目だニャ……?」

「確かにラグナさんは海に落ちたくらいでは死なないかもしれません! でも、幾らラグナさんと言えど……海のモンスターと海中でやり合うだなんて無理があります……お終いです。終わりです。ボクは、どうしたら……」

 

 涙を流しながらアジサイはテーブルに伏せていた。

 

「ボクの所為だ……ボクの所為で……ラグナさんが……」

「自分を責めるのはやめるのニャ、アジサイ! あんなのどうしようもねーのニャ!」

「えーと……そうだ、あんまり自分を責めねえほうが良いぞアジサイ」

「だってぇ! ボクが、ボクが居れば鉄糸でぇ……」

「だから、そのだな……えーと、落ち込まねえでほしいっつーかだな……」

「落ち込むに決まってるでしょ!? 貴方に一体ボクの何が分かるんですか!!」

 

 テーブルを叩き立ち上がるアジサイ。

 その視線の先には──見覚えしかない偉大夫の姿があった。

 ラグナ・オークロックが、気まずそうな顔で手を振っている。

 アジサイは目を擦る。見間違いか幻ではないか、と確認するために頬を抓った。

 

「えーと悪い。今さっき此処についてさ。お前なら何処にいるかって考えたんだけど、すっげー美少女が連日飲んだくれてるって話を聞いてよ……ひょっとしたらお前じゃないかって思って」

「あ、あああ、らーぐーなーざぁぁぁん」

 

 涙で顔をびしゃびしゃにしながら、アジサイは飛びつこうとする。

 しかし、彼女はそこで足を止めた。同時に、酔いも醒めたように顔が蒼褪めていく。

 そして──がたんと音を立てて再び椅子に座り込んでしまった。

 ラグナの背中からひょこり、とブロンド髪の少女が顔を出す。

 マタビが──叫んだ。

 

「って、ラグナーッ!! 何しらねー女を連れてやがるのニャ!!」

「いや、こいつがどうしても一緒に来たいって言ってだな」

「俺様達がどれだけ心配したのか分かってねーのかニャ!? 新しく女を引っかけてくるなんてどんな神経してやがんのニャ!!」

「だから話を聞けって」

「しかも、こんなおっぱいが大きい子を!! 欲望に忠実すぎだニャ!! アジサイも何とか言ってやるのニャ!!」

「……ヒマリ」

「え?」

 

 憤慨していたマタビは思わずアジサイの顔を見た。

 普段の彼女ならば嫉妬して怒り狂っていそうなものだが──今は逆に、恥ずかしいものでも見られたと言わんばかりに震えている。

 一方の少女──ヒマリも驚愕した表情で後ずさった。

 

()()()……()()()()()()()……!?」

「はい?」

 

 ラグナは──アジサイの顔を見た。

 

「な、なんでヒマリが……ラグナさんと一緒に……!?」

「それはこっちの台詞だよ。ラグナにーにと付き合ってるのって、ねーねだったのォ!?」

「いや、付き合ってるわけでは……」

「おい待て。話についていけてねえぞ、どういうことだ。アジサイお前、こいつと知り合いなのか」

「知り合いも何も!! ってか、その子が誰なのか知らずに一緒に居たんですか!?」

 

 アジサイは──ヒマリと呼んだ少女に指を突きつける。

 

 

 

「その子は──ヒマリは、ボクの妹ですっ!!」

「……はい?」

 

 

 

 ラグナは思わずヒマリの胸を見た。

 そして──

 

「……全然似てねえじゃねーか!!」

「今どこ見て言いました?」

 

 一瞬で鬼人化してラグナの胸倉を掴むアジサイ。

 性懲りもなく一言多すぎる男であった。

 

「だが待て。俺はコイツと会った事なんてねえぞ──」

「あるよ。あるもん……ッ!!」

 

 ラグナの袖を引っ張りながらヒマリは言った。

 

「……5年前。ラグナにーにがラギアクルスを討伐した後!! 覚えてない!?」

「討伐した──後?」

 

 ラグナは当時の事を思い返す。

 アジサイの故郷・オニガ島は5年前に海竜ラギアクルスに襲われ、大きな被害を被っていた。

 そこに派遣されたのがラグナ達精鋭ハンター集団だったのである。

 ハンター見習いだったアジサイは単身ラギアクルスに突っ込んでいき大怪我を負ってラグナに救助された。

 そして──ラギアクルスは無事、ラグナ達の活躍によって討ち取られた。

 

「その、後だろ……?」

 

 ラグナは脳から記憶を手繰り寄せていく。

 その後、しばらくラグナ達は島の集落の復興を手伝いながら滞在していた。

 いろいろな事があったので一々覚えていないというのが本音であるが──

 

「あ」

 

 ──その中の一つがラグナの中で思い当たる。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ハンターさん、ひとつ頼みごとをしても良かと?」

「おん? 何だよ」

 

 その日もラグナは壊れた漁村を立て直すための資材を運んでいた。

 そんな彼に話しかけてきたのは腰が曲がった老人──村の長老だった。

 長老の後ろにはまだ幼い子供が控えめそうに隠れている。

 

「作業は村の若か衆に頼んで、今日一日だけこん子ん遊び相手をしてくれもはんか? この子、ハンターに憧れちょっと」

「ほーん。おいガキんちょ、名前は?」

「……ヒマリ」

 

 こんがりと肌が焼けた10歳くらいの子供だ。

 ラグナはこれでも正直者だ。ちやほやされるのに悪い気はしない。

 

「ねーねを助けてくれてありがとう、ハンターさん。……一回で良いから、外のハンターさんと話してみたくって……」

「ねーね? ああ、お前の姉ちゃんの事か」

 

 ラギアクルスの襲撃で倒壊した村から人を救助していたので、その中にヒマリの姉も含まれていたのだろう──とラグナは勝手に推測する。

 尤も、勘の良い諸君はお気づきだろうが、この推測は完全に間違っていたのであるが、今は置いておく。

 

「島の外の事、いっぱい教えてほしいんだ」

「良いってことよ。ガキんちょの相手は慣れてんだ」

「っ……! うんっ!」

 

 その後、村の外でラグナはヒマリに語らった。

 今まで戦ってきた飛竜とのこと。武器はとても重く、決して人には向けてはいけない誓いを立てさせられること。

 何より──自然は恐ろしく大きいが、同時にとても面白いものでもあること。

 

「ラギアクルスを──怖い、って思ったか?」

「……うん。ラグナにーには……怖くなかったの?」

「こえーよ。だけどな、あいつらは只必死に生きてるだけなんだ。俺達人間と同じだ。腹が減ったら飯を食う。眠くなったら寝る。敵が来たら反撃して戦う。同じだろ?」

「……じゃあ、殺しちゃうのは可哀想だったかな……」

「だけど、殺さなかったら食われてたのは俺達の方だぜ」

「あ、そっか……」

 

 川の岸に腰かけ──ラグナは石を投げ込む。

 

「モンスターは……敵じゃない。競争相手だ。生き残った方が食う側になる。食われたくないなら──強くなるしかない」

 

(練習用双剣を持ってラギアクルスに挑んで大怪我したクソガキにも同じこと言ったけど)

 

「……ボクには、無理かも。ねーねが……ラギアクルスにケガさせられたから……すごく、怖くなっちゃって」

「この島の子供は──ハンターになるための訓練を受けられるんだっけか」

 

 ヒマリは頷き、膝を抱きかかえる。

 皆が皆というわけではなく、希望者がハンターとしての訓練を大人から受けるのが習わしらしい。

 しかしそれ故にヒマリは迷っているようだった。

 

「……キツくて、辛い。モンスターは怖い。でも──ねーねも……頑張ってるから、ボクも頑張りたい」

「姉貴もハンター目指してるのか」

「狩りには興味あるけど……ボクには無理かもって思っちゃった。ボクみたいな怖がりが戦っても、足を引っ張っちゃうだけだよ」

「これは変な話だけどよ……俺は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ラグナは石を投げる。

 石は水を切り、何度か跳ねた後──沈んだ。

 

「……どういうこと?」

「狩りに使う道具は店の人から買うし、飯は料理人に作ってもらう。でも、そいつらは武器を取ってモンスターと戦うか? 戦わねえだろ」

「……そうだけど」

「でもよ、その人らにはその人らの戦いってモンがあって……日々、技を磨いたり仕事を頑張ってる。何が言いたいかっていうと──道は一つだけじゃねえってことだな」

「一つじゃない……?」

「……俺が使ってる大剣も加工屋に作って貰った逸品だ。道を究めた職人の技だぜ。モンスターと刃を交えるのだけが、狩りに携わることじゃねえんだ」

 

 まだオマエには難しいかもだけどな、とラグナはわしゃわしゃとヒマリの髪を撫でた。

 

「とにかく! ……オマエの進むべき道は、オマエがよく考えて決めるべきだぜ?」

「……ボクの、進むべき道」

「さてと、小難しい話はやめだ!」

 

 ラグナはインナーを脱ぎ捨てる。隣に座っていたヒマリが驚く間もなく、彼は川の中にばしゃんと入り込む。

 太腿が浸かる程度の深さで、清涼感が体を駆け巡る。久々に童心がラグナの中に蘇った。

 

「入らねえのか? 一緒に遊ぼうぜ!」

「ッ……」

 

 ヒマリは少し躊躇を見せた後に頷き──シャツを脱ぐ。こんがりと日に焼けた身体が露わになった。

 そして、川の中に飛び込むのだった。

 結局日が暮れるまで二人は遊び──疲れて寝てしまったヒマリを、ラグナは負ぶって村に帰るのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「わっりぃ、ヒマリ!! 俺、オメーの事男だと思ってたわ!!」

 

 

 

 沈黙がその場に横たわる。

 漸くラグナは理解ができた。

 ヒマリの言っていた「ねーね」が「練習用双剣を持って大怪我したクソガキ」ことアジサイであったこと。

 そして、ヒマリが言っていた「ハダカを見られた」の意味を。

 何より──姉妹揃って当時の彼女達を男と誤認していたことを。

 

「……」

「……ラグナさん。それボクの時も言ってませんでした?」

「胸があるか無いかでしか性別を判別出来ねえ悲しい生き物だニャ、率直にくたばればいいのニャ」

「おいおいこれ俺悪いか? 髪も短かったし女の子だとは思わなかったんだって。いやー、スッキリした! 謎は全て解けたってか! ガハハ!」

「取り合えず言いたいことは沢山ありますが──ヒマリに譲りましょう」

 

 ぷるぷる、と羞恥、そして怒りで震えるヒマリ。

 彼女は鍛冶用のハンマーを取り出し、それを大きく掲げた。

 

 

 

「にーにを殺して──あたしも死ぬからーッッッ!!」

「考え直せーッッッ!?」 

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