「なぁにドーテーみたいな反応してんのさ。どーせ、ねーねと沢山エッチな事したんでしょ?」
にし、と悪戯っ子のように揶揄うと彼女はそのまま背中からラグナに抱き着いてくる。
「……生憎オメーのねーちゃんに、オマエには手を出すなって言われててだな」
それを律儀に守ろうとしている辺り、すっかり自分がアジサイに執心していることにラグナは気付きつつあった。
背中に押し付けられる暴力的な膨らみで理性には早速罅が入りつつあったのだが。
「はーい、お背中流しまーす♪」
「あれーガン無視かな?」
甘ったるい声で囁きながら、ラグナの背中を石鹸で泡立たせるヒマリ。
そして──遠慮なく自分の最大の武器をラグナに押し付ける。
マシュマロよりも柔らかいそれが滑りながらラグナの背中を洗う。
「んしょ、んしょ──これ、なかなか上手くいかないなっ……」
「……オメー、何を使って俺の背中洗ってやがる?」
「えー? 分からないってことないでしょ、にーに♪」
「……このエロガキ」
「イヤなら摘み出せば良いんだよ」
「あのなァ、大体何で俺──」
「カッコよかったんだもん。もう一回、会いたかったんだもん」
ぽつり、と彼女は零す。
ずっと胸に秘め続けてきた初恋。
自分にハンターの事を教えてくれた相手。そして、違う道があると示してくれた相手。
交流したのはほんの数週間だったが──それでも、ヒマリにとっては一生忘れられない経験になった。
その後も彼のウワサを追っていたヒマリだったが──それを聞く度に、自分とは違う世界の相手だ、と思わされたわけで。
「まさか、目の前に現れるなんて思わないじゃん。ねーねと一緒に居るだなんて思わないじゃん」
それが、手の届く場所に現れてしまったならば──掴み取らなければならない。
「”欲しいモノは力づくでも手に入れろ”、それがオニガ島の人間の掟だよ」
「んまぁ……そうかもしれねーけど」
「ねーねは良くて、あたしはダメなの?」
「ダメというよりだな──」
「……手を出すのがダメなら、あたしがにーにに手を出すよ。あたしに襲われたって事にすれば良いでしょ!」
そういうことではない。
煮え切らない顔で──ラグナは言った。
「──
「ッ──!?」
びくり、と身体を震わせたヒマリは辺りを見回した。
間もなく──観念したように天井が開く。そこから、身体にタオルを巻いたアジサイが飛び降りてくるのだった。
顔を真っ青にしたヒマリはへたり込んでしまう。
一方、最初からお見通しだったと言わんばかりにラグナは首を横に振った。
「ねーね!? なんてところに隠れてんの!? なんでそんなところに隠し扉があるの!?」
「……バレちゃいましたか」
「いや、あたし全然わからなかったんだけど!!」
姉の行動に困惑を隠せないヒマリ。
しかし、ラグナは全てを見通していた。
此処までのアジサイの様子に違和感があったからである。
「オメーは酔いが回り始めたら理性が全部消し飛ぶまで飲むだろ。中途半端に寝るなんてことは一度も無かった。つまり、全然酔ってなかったんだオメーは」
「ッ……ウソ、じゃあ狸寝入りしてたってこと!? どーして──」
「貴女を泳がせたんですよ、ヒマリ。ボクが寝込んだ隙にラグナさんを誑かしに行くとは──我が妹ながら、とんだ胆力ですね」
「あ、いや、それは……ッ」
ヒマリは顔を真っ赤にしていく。
姉の前で漸く自分のしていることに恥ずかしさを覚えたのか、一歩、また一歩と後ずさる。
だが、アジサイとしては妹の度胸をむしろ買ったのか──蠱惑的に迫る。
「どうです? 此処は二人でラグナさんを──」
「あ、あたし、逆上せちゃったから上がるねーッッッ!!」
「……」
そのままヒマリは尻尾を巻いて逃げ出してしまうのであった。
それを見て、呆れたようにアジサイは肩を竦めた。
「……いくじなし。肝心なところでビビりなのは、今も昔も変わりませんか」
「オメー的にはOKなのかよ」
「それがあの子の意思だというならば問題ありませんよ。ただし──ボクもきっちり可愛がってもらう前提ですが」
「……それで言えば今のアイツの行動は0点だと」
「0点です。普段は強気な癖に、想定外なことが起きるとすぐに日和ってしまう」
「じゃあ乱入しなきゃ良かっただろ」
「なーに言ってるんですか?」
目を真っ赤に光らせながら──アジサイがラグナをマットの上に押し倒した。
「……獲物を目の前で好き放題されて黙っていられるほど、ボクはお利口さんじゃないんですよ」
「そんじゃあ──どっちが獲物か決めるか?」
ラグナがアジサイの腕を掴み、態勢を逆転させる。
そして──風呂場の壁に無理矢理彼女を押し付けるのだった。
「きゃっ……!? もう、乱暴なんだから──ッ」
「今更じゃねえか。激しいのが好きなんだろ」
「……ケダモノ」
「どっちがだよ」
──この後、朝まで風呂を楽しんだ。
※※※
「……昨晩はオタノシミデシタネー……」
──その翌日である。
ヒマリはアジサイを行きつけの喫茶店に呼び出していた。
用件は──ただ一つ、昨晩の一件である。
眠そうに欠伸をするアジサイに対し、ヒマリは拗ねたように詰る。
「しんじらんない……邪魔をするなんて」
「人の男に手を出す方が信じられないと思いませんか」
「ウグッ……それはそうかもだけど、別に良いじゃん! ねーねが正妻であたしが側室って事にすれば良いじゃん、オニガ島では許されるよ」
「口は達者ですが結局貴女が日和って逃げ出したんじゃないですか。ラグナさんはボクの獲物です。むしろ分けてあげようとしただけ有情まであります」
「あげようとしたって上から目線が気に食わないんだけどぉ……? もうあたし、子供じゃない!」
「子供ですよ。ボクからすれば何歳になっても可愛い妹です」
言いくるめられてしまい──ヒマリはテーブルに顔を突っ伏した。
分かってはいた。結局、自分が怖くなって逃げ出したのだ、と。
今も昔も変わっていない自分に、ヒマリは辟易した。
「結局、あたしがビビりだっただけなんじゃん」
「最初っからそう言ってるじゃないですか、かまちょ女。友人がませていたから、自分も追いつこうとしたんでしょうが──今の貴女は恋に恋しているだけです」
痛烈に指摘するアジサイ。
そして、ヒマリはそれに言い返す事が出来なかった。
「……なんで二人は付き合ってないの」
「……」
アジサイは珈琲を一口。そして、アルコールの味がしないことに不快感を覚えるのだった。
「……やっぱりカルーアミルクが良かった」
「此処喫茶店!! 昼間っから酒を入れようとしない!!」
「あの人が女好きで色々トラブル起こしていたのは知っているでしょう」
「それは──うん。風のうわさで幾らでも伝わってきたよ」
「ハンターはいつどっちが死ぬか分からない職業──もしボクが死んだ時、あの人の重石になりたくない。それは、ボクの本意ではありません」
「……滅多でもない事言わないでよ」
「人は簡単に死にますよ。もっともボクは絶対……あの人を先に逝かせるつもりはありませんが」
「それって矛盾してるよ。ねーねは──
そう言われ、アジサイは──口ごもった。
「……本当は今の曖昧な関係を崩すのが怖いだけなのかもしれませんが」
「ねーねも人の事言えないんじゃん」
「うっさいですね」
泥のように粘り気を帯びた重い感情。
それは姉の語り口からも伝わってくる。
故にヒマリは理解出来なかった。どうして姉がそこまでラグナの事を好いているのか、が。
「……なんで、アジサイねーねは──ラグナにーにの事が好きなの」
「……何ででしょうね」
自分でも分からない感情を飲み下すように、珈琲に手を付けるアジサイ。
苦さを咀嚼しながら、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「ねーねは、殆どにーにと顔合わせてないじゃん。それに、ケガが治った後、ずっと修行場に籠りっきりで……」
「そうですね。再会するまで、ボクは自分を助けた相手がどんな人物だったのかすらよく知りませんでした」
ラグナに助けられ、大怪我が治った後──ハンターライセンスを取るまで、アジサイは只管己を追い詰めるような修行に明け暮れた。
そうしてやっと里に帰ったかと思えば、そのままハンターになって島を出ていってしまったのである。
あまりにも早い急成長に、彼女を知る村のハンターたちは驚愕していた。ケガをする前と後では別人のようだった、と。
そんな彼女が、ラグナの事をよく知る余地など無かった。
「正直、最初は事故だったんです。……あの人が命の恩人とも知らず、酒の勢いで……うっかり」
「ウソでしょ、ねーね? やらかしたの? 人としてどうなのソレは。確かにねーねは酒乱だけど、そこまでとは思わなかったよ」
流石に負い目があるのか死にそうな目でアジサイは頷いた。人としてどうなの、という言葉に関しては全く反論のしようがない。
「じゃあ、結局ねーねがラグナにーにの事を好きなのは……命の恩人だから?」
「一緒に過ごすうちに──命の恩人として以外の、あの人の側面が色々分かったんです」
今のアジサイが知ってるのは──ただ眩しいだけの後姿だけではない。
「狩りや命に何処までも真摯なところ。それでいて、情を捨てきれないところ。何より──意外と寂しがりなところ」
「……」
「だから、あの人に惹かれたのかもしれない。誰よりも頼りになる彼の──弱いところに」
「……弱い、ところ」
「ヒマリ。覚えておいてください。パートナーというのは、一緒に居ればイヤでも弱い所、悪い所が見えてくるものです」
「……はぁー、どっちにしたって……あたしに割り込む余地無いんじゃん……」
嫌気が差したようにヒマリは突っ伏した。
「その辺は貴女の覚悟次第ですがね」
「……覚悟ォ……?」
「覚えておいてください、ボクはヒマリの事も大好きなので。だからこうして──わざわざ遠いのに様子を見に来たんですから」
「……ん」
※※※
「……やっぱり今日も成果は無し、か」
「無しも何も、ポートヴァイン周辺に大型飛竜種は確認されていない。安全だから港湾都市になっているというのに」
「クソッ、ハズレか……」
ギルドの受付嬢は怪訝な顔でラグナを見遣る。
此処はポートヴァインに集会所。ギルドがハンターに仕事を斡旋するため、クエストを紹介する場所だ。
そこに連日詰めかけていたラグナは、黒い飛竜の捜索をギルドに逆依頼していた。
しかし、進捗は芳しくなく、そればかりか大型飛竜を見たという証言すらないのだった。
クールな雰囲気の受付嬢は続けた。
「ところで……飛竜落としのラグナ、だったか。君の事は色んなところで聞いている」
「ほう? そりゃあ有難い」
「てっきりナンパの一つでもされると思ったのだが」
受付嬢は自らの身体を隠す。
完全に警戒されてしまっている。
ラグナも己の振る舞いには自覚的なので、否定はしない。
「あー、悪名の方か。安心しろい、今は生憎口説かれてる側なんだ」
「……まあ良い。頼むから騒ぎは起こさないでおくれよ。私の仕事が増える」
「起こさねーよ……」
「それで? 君はこれからどうするつもりだ」
「装備を作りたい。この辺で良質な鉱石──ドラグライト鉱石とマカライト鉱石が取れる場所は何処だ」
「
「決まりだ。採掘ついでにクエスト受けりゃあ一石二鳥だぜ。もしかしてアンジャナフとか居たりしねえか?」
「なら、こいつはどうだろう」
そう言って受付嬢が提示したのは──用紙の束。
そこには、このように書かれていた。
【狩猟クエスト】
燃え盛る蛮顎、手に負えない
依頼人:焦土樹林に住む獣人族
メインターゲット:アンジャナフ一匹の狩猟
目的地:焦土樹林
アンジャナフの毛皮が欲しいのね! すっごく良質な毛皮なのね! 代わりに狩猟してくれたらウルトラハッピー!
「……アンジャナフというと、あの蛮顎竜か。わざわざご使命とは」
「昔使ってたのさ。アンジャナフの防具を」
ラグナは此処最近の自分の防具事情を思い出す。
リオレイアシリーズは下位装備だったが故に型落ちしてしまい、暁丸はイコール・ドラゴン・ウェポンとの戦いで朽ち果ててしまった。
残っているのは破軍装備だが、これも量産型装備であるが故にこのまま使い続けるのに不安が無い事はない。
そこで、以前使っていた防具を此処に来て再現することにしたのである。
アンジャナフはバラージュ周辺には生息していなかったので、飛竜祭の間は作ろうにも作れなかったのだ。
「承知した。じゃあ、この仕事は君に任せよう。尤も──飛竜落としともなれば、この程度は造作ないのだろうが」
「何言ってんだ、狩りってのはいつ何が起こるか分からねえよ、どんなツワモノでも死ぬときは死ぬぜ」
そんなわけでクエストを持ち帰ったラグナは、早速帰宅していたアジサイとヒマリ、そしてマタビを呼び寄せた。
「アンジャナフの狩猟依頼、ですか」
「それに加えて目的は採掘だ。ただ、ドラグライト鉱石はとても稀少でなかなか見つからねえ」
「にーには何の防具を作ろうとしてるの?」
「ハイメタ一式、頭だけアンジャナフ」
それを聞いてピンと来たのか、ヒマリはテーブルに身を乗り出した。
「集中と抜刀術・技、そして耳栓! 大剣御用達スキルだね!」
「そういうこった」
防具には──スキルというものが込められている。
素材に応じて、それは様々な効能を発揮し、ハンターの狩猟を助けるのだ。
そして、モンスターの素材に応じてどのようなスキルを持った防具になるかは概ね決まってくる。
概ねというのは──加工屋の腕に応じて、最終的にどのような性能になるかもある程度変動するからであるが。
「流石に詳しいですねヒマリ。ボクは全く気にしたこと無いですよ」
「ねーねはもう少し考えて防具を作りなよ……ハイメタの装備には抜刀術・技、これは武器が致命傷を与える確率を高める。そして防音性能が高いからモンスターの咆哮をシャットダウンしやすい!」
「大剣は溜めてる途中でモンスターの咆哮に邪魔されがちだからな」
「そしてアンジャナフの頭部防具、集中力を研ぎ澄ませるような機構になってるの! 視界を程よく遮断するからだね!」
「大当たりだ。それを俺は作りたい」
「ねーねも装備更新したら?」
「ボクはもうしばらくこのままで。武器を新調したばかりですから」
気に入ってるんです、これ──とアジサイは立てかけられた自分のオロミドロ一式装備を指差した。
そして、ほんのり顔を赤らめる。
「……ラグナさんが兜の猫耳をカワイイと言ってくれたので」
「おっと命のやり取りに私情を挟むヤツは早死にするぞ」
「む”ーッ」
あっさりと躱されて憤慨するアジサイなのだった。
「ねーねのオロミドロ装備、双剣としては優秀なスキルがあるけど……高速変形って言うチャージアックスとかを補助するスキルもあって……正直無駄になっちゃってるんだよね」
「初めて知りました」
「ひょっとしてねーね、加工屋の説明全然聞いてない?」
「双剣ならディノバルドの装備が良いって聞いた事があるけどな。ディノバルドなんて早々出て来ねえ」
ディノバルドは、尾が巨大な剣のようになっている獣竜種だ。
言うまでもなく獣竜種の中でも頂点に近い強さを誇る生物故に、現れるだけで大事になる。
「結局、今よりも良い装備を作るのは難しいという事です」
「一旦は現状維持だね。でも、防具を鍛えるならあたしに任せてよ。採掘した鎧玉で、もっと防御力を上げられるからさ!」
「よっし、そうと決まれば早速出発だな」
「あ、そうだ! 採掘はあたしを連れていってよ!」
ヒマリが手を挙げた。ラグナは即刻却下する。
加工屋は非戦闘員だからだ。
「ああ? 加工屋を前線に立たせるハンターが何処に居るんだ。ベースキャンプで待機に決まってんだろ」
「ナメてはいけませんよ、ラグナさん。妹は──ちょっとした才能を持ってるんです」
自慢げにアジサイが無い胸を張った。
「……良質な鉱石をニオイで判別できるんです。妹は」
「採用ォォォーッ!!」
ハンターが世界一欲しい才能の持ち主であった。